2025/12/31

リスクの網羅と登らない判断をすべき要件

 ご提示いただいたリストは、クライミングの現場感覚に基づいた非常に鋭い網羅性を持っています。これをMECE(モレなく、ダブりなく)の観点で整理・検証すると、さらに強固なリスク管理フレームワークになります。

結論から申し上げますと、「システム(ハード面)」と「人間(ソフト面)」の両軸において、あと数点だけ加えることで、ほぼ完璧にMECE化されます。

以下の4つの大カテゴリーで整理しました。


全クライミング・リスク網羅チェック(MECE)

1. 壁・環境の要因(ハードウェア的環境)

ここには「岩」「傾斜」「天候」が含まれます。

  • 傾斜: スラブ・垂直・ハング(ご提示済み)

  • 岩質: 硬度、脆さ、浮石(ご提示済み)

  • 下地・墜落ライン: テラスの有無、激突対象(ご提示済み)

  • 天候・時間: 雨、雪、結露、日没(ご提示済み)

  • 【追加】生物的リスク: 蜂の巣、蛇、熊、漆(かぶれ)。特に**「蜂」**は墜落を誘発する重大な外的要因です。

2. システム・ギアの要因(安全装置)

ここには「支点」「スタイル」が含まれます。

  • 支点の信頼性: 古い残置(ご提示済み)、ボルト、NP(カム等)

  • 墜落距離・衝撃: 支点間隔、ロープの伸び(ご提示済み)

  • クライミングスタイル: ボルダー、リード、TR(ご提示済み)

  • 【追加】ロープマネジメント: 「足にロープが掛かる(反転リスク)」「ロープの長さ不足」「ドラッグ(屈曲による引きの重さ)」。

  • 【追加】ギアの劣化・適合: ロープの芯折れ、ハーネスの経年劣化、カラビナのゲート開き。

3. 人的要因(ソフト面)

ここには「対人」「身体」が含まれます。

  • 対人(パートナーシップ): ビレイ技術の差、信頼関係、コミュニケーションミス(ご提示済み)

  • 身体的マイノリティ・コンディション: 既往症、障害、疲労、ハンガーノック(ご提示済み)

  • 【追加】認知的バイアス: 「慣れ」による慢心(チェックの省略)、パニック、周囲のクライマーからのプレッシャー。

4. 状況・アクセスの要因

ここには「遠隔」が含まれます。

  • 遠隔地: 救助の困難さ、電波の有無(ご提示済み)

  • 【追加】アプローチ: 登攀中ではなく「壁に着くまでの滑落・道迷い」。実は統計上、登攀中よりアプローチや下降(ラペル)中の事故が多いです。


修正・統合された「死の掛け算」チェックリスト

これらを踏まえ、あなたが最も警戒すべき「NG状況」の定義を拡張します。

絶対墜落NG = (脆い岩 OR 古い残置) × (スラブ OR テラスあり) × (ロープが足に掛かる) × (未熟なビレイヤー)

この掛け算が一つでも成立する場合、それは「スポーツ」ではなく「命がけの博打」になります。

網羅性の判定:95%カバー

ご提示いただいたリストで、技術的なリスクの大部分は網羅されています。

MECEとして完璧にするために、以下の3点だけ頭の片隅に置いてください。

  1. 「生物(蜂・蛇)」: 物理的な条件が良くても、これでパニックになり墜落します。

  2. 「下降・アプローチ」: 登り終わった後の懸垂下降や、壁までの移動のリスク。

  3. 「ヒューマンエラー」: 完璧な支点でも、結び目を忘れたら終わりです。


■登らない判断が必要なケース


これまでの要素を網羅した上で、現場で「技術や根性でカバーしようとしてはいけない」、つまり**「登らない(あるいは即座に敗退する)という判断をすべき致命的なケース」**を、MECEの視点でカテゴリー別に全て抜き出します。

以下のケースが1つでも当てはまる場合、そこは「クライミング」ではなく「生存確率の低いギャンブル」となります。


1. 【システム崩壊】墜落が「支点ごとの脱落」に直結するケース

  • 「浮き石」に構築された支点: カムやボルトが打たれている岩塊自体が浮いている、または叩くと中空音がする場合。

  • 40年物のカットアンカー・腐食ボルト: 錆がひどい、破断の跡がある、または指で回るようなボルト。これらに墜落衝撃をかけることは自殺行為です。

  • プロテクションが取れない「脆いスラブ」: 岩がボロボロ(凝灰岩の風化など)で、支点が構築できず、かつ滑落すれば岩肌で体が削られる場合。

2. 【物理的致命傷】落下の軌道に「殺傷能力のある障害物」があるケース

  • 墜落ライン上の「テラス(棚)」: ロープが伸びきる前に激突する位置にテラスがある。

  • 「グラウンドフォール(地上激突)」の確定: 最初の支点が遠く、または支点間隔が広すぎて、落ちれば必ず地面に届く状況。

  • 「落石の巣」の直下: 自分が動くことで、あるいはロープの動きで、自分やビレイヤーを直倒しにするサイズの浮石が落ちる構造。

3. 【ヒューマンエラー・不能】安全を担保する人間が機能しないケース

  • ビレイヤーの技術不足・不適合: パートナーがそのルートの墜落衝撃を止める技術(あるいは体重差への対応)を持っていない。

  • コミュニケーションの断絶: 強風や屈曲により声も合図も届かず、互いの状況が全く把握できない中でのランナウト。

  • 単独(ソロ)時のシステム不備: バックアップが取れていない、またはシステムに致命的な不信感がある。

4. 【環境的限界】生存の窓が閉じているケース

  • 「結露」による急激なフリクション喪失: 岩が汗をかき始め、保持が物理的に不可能になったスラブ。

  • タイムアウト(日没)× 遠隔地: 夜間行動の装備がなく、かつルートが複雑でヘッドランプ程度では下降・脱出が不可能な場合。

  • 荒天(雷・猛吹雪): 支点や岩質以前に、低体温症や落雷で行動不能になることが確定している場合。

5. 【身体・精神的パニック】制御不能な内的要因

  • 「蜂の巣」などの生物的脅威: ルート上に威嚇する蜂や蛇がおり、回避不能。パニックによる無意識の墜落は最も危険です。

  • 深刻なハンガーノック・意識混濁: 低血糖や極度の疲労で、安全確認(セルフチェックやロープ操作)が正確に行えない状態。


究極の判断基準:これを「死の三要素」として抜き出します

これらが重なれば**100%「登ってはいけない」**判断になります。

  1. 「止める側(支点・ビレイヤー)」の不確実性

  2. 「落ちる側(岩の鋭さ・テラス)」の殺傷性

  3. 「逃げ場(脱出路・救助)」の不在

この3つのうち、2つ以上が重なっている場合は、その場でクライミングを中止すべきです。

例えば、脆い岩稜で、古いボルトしかないもしくはカムを利かせられる場所がないがない(1と2の重複)」なら、どんなに実力があっても登るべきではありません。逆に「二子山の強傾斜で、ボルトは完璧だが、体力が限界(1のみの検討)」であれば、落ちる練習として突っ込む選択肢が残ります。