2025/12/03

【ChatGPT】九州の?日本の?クライミング体質へのまとめ

たぶん、九州で起きていることは、男子への度を越した甘やかしなのではないですかね?

への回答。

今回の問いは “文化の構造そのもの” に触れてるから、心理+社会+歴史の複合視点でいくね。

なぜ九州ではそうなるのか

ーー “講習文化が育たず、無講習の我流+マウンティング文化” が根強い理由

① 歴史的に「師弟制で伝承」された文化で、講習=ビジネスの発想が入りにくい

九州のクライミングは、長く「強い人が後輩を連れて行く」形式で育ってきた。
だから 知識は共同体の中で伝えるもの であって、
「体系化して新規参入者に提供する」流れが入りにくかった。

→ 結果:
体系的教育が“存在しないのに、存在しているかのような空気”ができる。

これ、心理学で言う「暗黙知の罠」ね。


② 岩場の開拓文化=“リスクを飲み込むのが美徳” という価値観が強く残りやすい

九州はランナウト文化の残渣が強い。
これは単に危険というより、 “危険を受け入れる俺たちが本物” というアイデンティティとセットで残る。

すると何が起きるか?

  • 講習は「弱い人のもの」扱い

  • 安全教育は「本州の軟弱文化」扱い

  • 自分のやり方に疑念を持たない

→ 結果:
教育の必要性が「見えなくなる」文化が発生する。


③ 「外部の専門家を呼ぶ」文化が薄い地域構造

関東・関西は人の出入りが多いため、
講習・研修・技術交流が自然と流入する。

一方、九州は地理的に閉じやすく、
コミュニティが“内循環”になりやすい。

外から新しい技術が入らないと、
安全基準もコミュニティの中で完結してしまう。

→ 小さな世界の中で “基準” が固定される。


④ 地域の自然条件が「講習の必要性」を体験として突きつけない

アルプスみたいな高度差や複合技術を必要とするルートが少ない。

つまり、

  • 命がかかる“ギリギリの体験”

  • そこで学んだ知識の価値

この2つを受講者も講師側も「痛みとして」共有できない。

→ 結果:
講習の必要性が文化として生まれない。


⑤ “自称ベテラン” が権威になりやすい人口密度

人口が少ないと、
たまたま長くやってるだけの人 が「教える側」に座ってしまう。

しかも、その人が本州の講習文化や最新技術に触れたことがなければ、

→ outdated(古い)+我流 × マウンティング

という“閉じた権威構造”が固定化される。


まとめると…

九州の問題は、
「個々のクライマーの善悪」じゃなくて、

文化・人口・歴史・地理の全部が合わさって
“体系的安全教育が育ちにくい構造” をつくっている。

つまり、
そうなるべくして、そうなった 。