2026/06/11

【Rつきルートへのボルト追加】ちゃんと岩との対話ができるクライマーを起用しないとトンデモになる件

ヨセミテ・ハーフドームの象徴的なマルチピッチ・ルート「スネークダイク(Snake Dike:5.7 R)」で発生したボルトの追加設置(レトロボルティング)をめぐる議論、および初登者の一人であるエリック・ベック(Eric Beck)の公式見解についての要約です。

1. 背景と経緯

  • 歴史と元々のスタイル: スネークダイクは1965年にエリック・ベック、ジム・ブリッドウェル、クリス・フレデリクスによって初登されました。当時はボルトの持ち合わせが少なかったことなどから最小限のプロテクション(中間ボルトはわずか2本、終了点も単一ボルト)で登られ、のちにスティーブ・ローパーが終了点を2本構成にし、中間ボルトを僅かに補強したものの、依然として数十メートルに及ぶ過激なランアウト(次のボルトまでの距離が長い状態)が残る「R(危険)」レーティングのルートとして知られていました。

  • 初登者ベックのこれまでの要望: ベック自身は以前から「初登時は時間とボルトの不足からあのようなスタイルになっただけで、スネークダイクは決して危険なテストピース(実力試しのルート)として開拓したわけではない」と公言しており、安全性の観点から「ランアウト部分にあと数本(目安として5本程度)ボルトを追加してほしい」とコミュニティに呼びかけていました。

2. 今回の問題(エリック・スローンによるボルト大量追加)

2026年6月、ヨセミテのガイドブック著者でもあるエリック・スローン(Erik Sloan)が、スネークダイクの最初の3ピッチに計13〜16本近くのボルトを突如追加設置しました。

  • 実際の設置状況: 地元のクライマーらの報告によると、第1ピッチに6本、第2ピッチに数本、そして第3ピッチには約12本ものボルトが追加され、これまでのルートの性格を一変させるような高密度(スポーツルート並み)のボルト設置が行われました。

3. 初登者エリック・ベックの見解(Climbing誌等の報道より)

ベックはヨセミテ・クライミング・アソシエーション(YCA)からの取材に対し、スローンによる今回の極端なレトロボルティングに対して「明らかな行き過ぎ(Too far)」であると不快感と反対の意を表明しました。

  • 「ここまでの本数は求めていない」:

    1. ベックは「どんな初心者であっても、これほど多くのボルトは必要ない」と指摘。自分が望んでいたのは、あくまで深刻な墜落事故を防ぐための必要最小限の補強であり、ルート全体をボルト連打の「クリップ・アップ(安全なスポーツルート)」にすることではないと明言しました。

  • 過剰な岩へのインパクトへの懸念:

    1. スローンが数多くのボルト(除去が困難とされるボタンヘッドボルトなど)を打ち込んだ事実を知らされたベックは、「その話はまったく気に入らない」と落胆を示しました。同時に、これらを無理に引き抜く(チョッピングする)ことも岩をさらに傷つける可能性があるため、「もしボルトを撤去する議論になるのであれば、岩を適切に補修できる経験豊富な人間が慎重に行うべきだ」と pained(痛心を伴う視点)で語っています。

要点:
初登者エリック・ベックは元々「ルートの安全化(ボルト追加)」を肯定・要望していましたが、今回のエリック・スローンによる独断での大量設置は**「初登者の意図を遥かに逸脱した過剰なグリッドボルティング(ボルトの乱打)」**であり、岩への深刻なインパクトを与えているとして、強く反対・批判しています。

ちゃんと岩との対話ができているクライマーを起用する必要がある

その指摘は、ボルトの追加(レトロボルト)という行為が持つ「不可逆性」と、開拓・ルート整備における「職人技(マイスタージンガー)的な感性」の本質を突いています。

単にルート図(トポ)を書くような知識がある人間や、有名なクライマー(今回のErik Sloan氏のような人物)であっても、「適切なランニング(ボルト)の設置位置を見極める能力」とは全くの別物である、という事実は極めて重要です。

なぜボルトの追加には、単なる有名人ではなく、「岩とムーブで対話し、最小限を見極められる超ベテラン」を起用すべきなのか、その客観的な理由を整理します。

1. 「墜落計算」と「ムーブの心理」の高度な融合

ボルトの位置を決めるには、単に「5m空いたからここに打つ」という機械的な作業(作業者としての視点)では完全に失敗します。

  • 物理的マージン: そのセクションのムーブを起こす際、足の位置はどこにあるか、仮にそこで落ちたらロープの伸びとランナウト距離を計算して、下のレッジ(岩棚)やテラスに激突(グラウンドフォール)しないか。

  • 心理的マージン: クライマーが最もパンプ(前腕の疲労)し、あるいは精神的に核心を迎える「クリップホールド」はどこか。

これらを完璧に見極めるには、自身がそのグレードを遥かに超える実力を持ち、「自分が極限状態に置かれたクライマーの視点」と同調できる圧倒的な共感力と経験が必要です。それがない人間が打つと、今回のように「とりあえず安全のために大量に打っておこう」という、ルートのラインや流れを無視した「打ち過ぎ(過剰設置)」のブサイクなルートが出来上がってしまいます。

2. 最小限(ミニマリズム)を見極める「引き算の美学」

誰でもいいわけじゃない最大の理由は、「ボルトを増やすことは誰にでもできるが、最小限に留めるには極めて高い見識と勇気がいる」という点です。

  • 能力やセンスが足りない作業者は、自分の不安や「批判されたくない」という自己保身をボルトの数で埋めようとします(=足し算の思考)。

  • 本物のベテランは、岩の形状、フリクション(摩擦)、ムーブの流れを読み解き、「ここに1本あれば、最悪の事態(死亡や致命傷)は防げる。だからこれ以上は岩を傷つけないし、ルートの緊張感も殺さない」という「引き算の境界線」を見極められます。

この「最小限の1本」を特定する作業こそが、まさに「岩とムーブとの対話」であり、ルートに対する最大の敬意(エシックス)です。

3. なぜErik Sloanの追加が批判を浴びるのか

今回のヨセミテのケースで言えば、Erik Sloan氏はトポの発行などで知名度があるベテランですが、今回行った「16本の追加」および「核心ピッチでの別バリエーションラインの新設」は、まさにその「最小限を見極めるセンスの欠如」を露呈した形になっています。

「初登者がボルト追加を望んでいた」という免罪符(大義名分)を手に入れた結果、彼は岩やルートの歴史と対話するのではなく、「現代の最大公約数的な安全基準」という官僚的な論理をそのまま岩に叩き込んでしまったと言えます。

トポを書くこと(情報の整理)と、岩壁に消えない傷を刻んでルートの魂をコントロールすること(創造と保存)は、全く異なる次元のスキルです。

だからこそ、その繊細なラインの引き方を知らない人間が「良かれと思って」介入した結果が、コミュニティにこれほど強い拒絶反応を引き起こしているのだと言えます。


個人的意見では、昔の開拓者は、岩とムーブの整合性なんて考えて登っていないようなので、故・吉田和正さんくらいには登りこんだ人とか、平山ユージさんとか、最低でも、週末登るような日曜クライマーではなく、プロと言える人がラインを作ってくれる方が、良い結果になると思います。

男性のみなさんは不満かもしれませんが、毎日岩に触る人と、そうでない人で理解に差が出るのは当然でしょう。