さて、水泳で躍進中です。
もはや、現代のクロールは、運動の原理からして別物になっていました。
そして、思うのは、現代クライミングの無理解のことです。
ギリギリボーイズの皆さんがやっていることって、アルパインというより、スーパーアルパイン、つまり、5.12がギリギリではなく、まるで5.9のようにスイスイ登れる力を5000、6000mに持っていくってことですからね。
ボルトに引っ掛けて登る、日本式エイドで登ることをアルパインだよーと教わってしまっていると、もう目も当てられなくないです?
現代アルパインクライミングが持つ「自立性・クリーンさ・自己完結性」の哲学から大きく外れています。古い指導法は、クライマーに「現実的に対応する能力」ではなく、「外部に依存する慣習」を教えてしまうため、本質的なリスク管理能力が育ちません。
しかも指導が、現実的に対応する能力を教えるのではなくて、ポジティブシンキングの悪用でどんな危険なところも、「行ってらっしゃい!」例えば、ゴルジュの沢に2名とか。
適切な指導とは、ネガティブな要素(リスク、困難度、体力不足)を客観的に評価し、それを打ち消す技術と準備(ギア、人員、エスケープルート)を徹底的に教えることです。
私は大山北壁はかなり行きたかったのですが、2名はリスクが高すぎると思い、あと一人を調達しようと頑張りましたが、メンバーがそろわなかったので諦めました。相手が巨体で、私は小さいからです。もう一人いれば、何かあっても対処できるでしょうが、リードが落ちたとき、私一人では…と思いました。
この決断について相方は「心配した」と言っていました。責任を取り切れないと思って私が誤ったことが分かっていたからです。
祝子川のゴルジュの件ももう一人追加しようとしたら、「素人はごめんだ」と言われたのですが、それを言った人がロープ長計算しないでリードした人なので、素人は君だよ、だったんですよね…。もちろん「かっこつけたい衝動」は誰にでもありますが、それを克服し、安全な行動に変えるには、社交辞令ではない、厳しく客観的な評価が必要です。
素人は素人すぎて、誰が素人なのか区別ができないのかもしれません。
たぶんかっこつけたいという衝動は、自覚できないほど普通なので、その衝動がキチンと現実的な山の実力と比較して変換できるように、山の本音と建て前をきちんと区別して男子には教えないと、えらいことになる、現在なっている、ということかもしれません。
この時の相方の態度は、お前だけでもお荷物なのにさらに荷物かよ、みたいな感じ。自己認識が間違っていると思いました。
これを言った彼も一度でいいから、普通に岩根のアイスコンペにでも出れば、自分の実力の客観視ができたように思うのですが、現代ではアルパインクライミングをする男性は少ないので、どんな内容でも、年寄りからは褒められてしまいます。それは社交辞令であるにもかかわらず。
コンペの後の会食会で、コンペで培った上位クラスのスキルを山に転用しているのが、現代のアイスであり、現代の冬壁なんだなーと思いました。富士山のアイスとかです。
私は自分のアイスクライミングスキルで行ける場所としては、上高地のアイスに興味がありました。