2026/07/23

グレードの混乱で傷つく人たち

 このNOTEは、日之影ボルダーに林業就業者として移住者候補で来ていたボルダリング初心者男性との出会いをもとにして、書いたものですが、彼は驚くべき無知さでした。

https://note.com/kinny2021/n/n8f7f52539e46

3級しか登れないのに、2段をノーマットで登ると意気込んでおり、ノーマットとか言うから、室井登喜男さんのファンかと思ったら、全然違い、アルパインのクライマーである私ですら聞き及んでいるような、黒本と言う言葉すら知らない、まったくの無知の方でした。2年も登っていても、山梨に換算すると、1か月目でも知っているようなことを知らない方でした。

福岡ではジムは、そもそも、クライマーでない人によって運営されています。

DIYが得意だから、というのがクライミングジムの経営の理由。クライミングについて知っている人は、スタッフで雇えばいいや、ということになるのですが、そうなると、アルバイトレベルの人に多大な責任が行っていることになりますね。

此方のけんけんさんとおっしゃる5段を登れた方は、ジムの5段なのかアウトドアの5段なのか、買いていませんが、往年のペテランクライマーが、かつてはトップクラスだった5.9をもはや入門グレードで誰もが登るようになり、栄誉がはく奪されて、不貞腐れているのと同じように、せっかく5段を登ったのに、誰にもそれにふさわしい承認をもらっていない、と拗ねています。

https://note.com/_kemkem/n/ne55b0290e838

5段ってすごいですよね。気の毒ではありませんか?

ジムのグレードなんだから、ほっといてくれ、って言っているようですが、そもそも、ジムオーナー自体が、クライマーがやらないで、ただDIYが得意な人がブームだからと言ってやる時代が来るなんて、きっと昔のクライマーたちは思ってもみないでしょう。

私はピラニア育ちなので、あーだこーだ、と最初から、クライミング界の事情がうかがえる短所を得て育ちましたが、そんな環境ないですもんね。

というので、こうして、事故が手弁当だということを自覚する機会が訪れないまま、インターネットに転がっているトポを頼りに、あるいはウェブザべ用の他のクライマーのウェブ記録を頼りに、ボルダーに登っている人たちがたくさんいるのだろう…と言うことが明らかになりましたが…

私はボルダーしたくないんです。食わず嫌いにならないように、岸良のボルダリングフェスまでは行ってみましたが、リスク管理お留守。ジャンプオフのランディングしかみんなやっておらず。フリークライミング協会がある長崎の添加違法での初心者向けフェスも同じで、ランディングが核心だ、と言うことを誰も教えていないのです。

自然と分かるようになる、と皆言いますし、私も、この目で見るまでは、そうだと思っていましたが…10年登っていても、ロープ長を計算しないで登るクライマーが、この世に存在するのだ、ということは、本当にいろいろ実体験するまでは、本当に納得できず、この件健さんと同じように、そんなはずはない!相手をバカにするのは良くない!と思っていました。

なので、自分が殺されそうな羽目に陥るまで、相手の善意、善意と言うか、知性ですかね・・・を信じることに。

クライミングでわかっていない人って、ご自身では何が分かっていないのかわかっていないので、例としては、ボルダラ―はランディングが核心と言うことを分かっていない、リードならロープ長の範囲で登らないといけないことを分かっていない、ですが、これって、本人は指摘されるまで気が付かないうえ、人によっては指摘されても、スルーです。

たとえばランディングで危険なのでも、その一回が安全ならば、何を大げさな、でおわりです。そうして、小さい危険の芽が事故、ケガ、死亡になるまで、大げさと言われ続け、事故等花が咲いたときには、言い出しっぺの当人ではなく、他者に自己やけがを背負わせるという結果になることがままあります。

私もホント、白亜スラブについていく、あれは、てっきり台湾で登るためにクラックを触らせてあげようという先輩の優しい思いがあったからだと思っていたので、そのおめでたい性格を利用されたということなんですよね。

相手の行動が善意から出たものなのか、ちゃっかり相手を利用する、便乗したい思いから出たものなのか?あるいは悪意からなのか?きちんと判別していないと、クライミングでは、小さなミスが一生の後悔につながる。

もちろん、ジムとか、リスクフリーのところで登る分には問題がないですが、そういう人に限って、危険なクライミングでリスクを釣り上げて、かっこいいアピールをしたいわけなので…。私のリスク管理の土俵で、リスクをつりあげ、無謀さをPRしても、かっこいいということになるのかな?と思いますが…客観的に見たら、そうはならないだろうのに、なぜかやっちまうんですよね。

女性パートナーを連れている男性クライマーは、その男性クライマーが女性を保護しているからではなく、逆にその男性クライマーが無謀なので他に誰も登ってくれる男性クライマーがおらず、その女性のお情けでビレイしてもらっている、情けをかけてくれるのはその女性しかいなかったのだ、という可能性もありますね…

あ、話がずれましたが、福岡昇事務クライマーには、山梨ではじむにいくだけでもれなくあえる、日本ボルダリングのビッグネーム室井さんに会えるような、恵まれた環境はない、と言うことが言いたいことです。

したがって、ジムで登っているうちになんとなく、あそこの岩場は2グレード辛いとか、どこそこのジムはグレードが甘いとか、聞こえるようになってくるというのは、ジムにより蹴りであるということです。

此方のジムで初日に行ったJoyでは、大学生が5,6人で来ていましたが、その人たちは私が登ったところは登れませんでした。「どうするんですか?」と聞いてきたので、嫌だな思いつつ、「あの一手が取れたら終わりだよ」と答えると、ジムの人がすっ飛んできて、「ムーブを教えるな」と言ってきたのですが、こんなジムもあり、これではムーブどころか、クライミング周りのほかのことも全然教えないであろう、ということが想像できます。

私は、山岳総合センターでロープを買わないといけないということになったときに、近所の山道具屋のエルクではイマイチ、納得感がなかったのではるばる東京のカラファテまで行って、中根穂高さんと4時間くらい話して、鈴木昇己さんも使っているというロープを買いました。中根さんのおかげで、ロープクランプも買ったので、ロープアップされないときにこれでトップロープソロで登れるように。念のための道具でしたが、安い投資でした。

こんな風に初心者を守ってくれる機能、っていうのが全くないのが、福岡で、逆に教えると怒られるくらいなので、正しい情報が広がっていく、と言う機能も期待できない。

ただクライミングのグレードが上がるだけで、ランディングがボルダリングの基礎であることも自覚できないで、初心者講習を開いてしまうわけです。5級以下は全部5級に含まれます、ということだったので、ほんとにどれだけ初心者がかろんじられているか、ということになりますが、そこは自覚がない。

それは、グレードがインフレしているせいでしょう。5段って、Vグレードに直すと

五段以上 / Font 8A+ 以上 / V12以上

人類でもごくわずかなトップエリートのみが到達できる極限の世界


なのだそうなので、そんなすごいグレードなら、おれだって、みんなの注目の的になりたい!と思っても、それは当然ではないでしょうかね?

このクライマーの発言を聞いて、それだけ努力したら少しくらいは褒めてもらいたいのも当然だと思いました。

努力しないで、ちゃっかり褒められる側
努力してもしても、ぜんぜん褒められない側

どっちに陥ったとしても、それはグレードが適正でない、と言うことが招いた結果の心の痛み。適正でなければ、ほぼクライマー全員が被る。

オールドクライマーには、勇気の賞賛を。
現代ボルダラ―には、高難度達成の賞賛を。

どちらの方々も、お互いの不足を補えば、ちょうどよくオールラウンドクライマーになれると思いますけどね。

女性の立場ですが、男性は女性のリスク管理を受け入れません。そんな大げさな、っていつも思っているからです。お母さんが危険だ危険だというけど、全然危険でないって思っているからです。4歳の男の子にとって、母親は後ろから走ってきて、「ママがストップと言ったらとまるのよ」って存在です。男性は母親像を女性にほぼ転移と言う心理現象で見ています。

こういうことになっているので、私からすると、父親役をやってくれる年上の男性といる方が安全です。年下の方だと、私のリスク管理をしないで(つまりビレイはいい加減で)、自分が登るときには甘えてきます(つまり、引き上げて、ポンプアップしてといいます。私のほうが体重が軽いのに)。

ご夫婦で登られている方で、どういうリスク管理分担になっているのかは聞いてみたいものですが、パパが登ってママがビレイし、子供が中間者と言うのが私の感覚です。

弱い人を中心に回すのがクライミングですが、男性がお子様化するとそうならない。自衛隊の人などは、上位げ竜を叩き込まれているので、自分は誰かの言うことを聞くだけでいい、と信じている人もいます。そういう思い込みのせいで、まったくのビレイゼロ上体を作り出す人もいますし、下のビレイヤーが小さい時に、80㎏くらいある自分が墜落しても大丈夫だと思ってしまう人もいます。つまり、現実が見えなくなる。

心理による現実の見えなくなる度合いにはホントに気を付けないと、うっかり巻き込まれて、死ぬことになるのは、そのパーティで一番弱い人と相場が決まっています。

長くなりましたが、今日は以上です。

2026/07/22

【AI】グレード混乱への解決案

 この記事から解決案をAIに提示させたものです。

https://allnevery.blogspot.com/2026/07/blog-post_19.html

ジムと岩場のグレード乖離・安全対策に関する合理的な解決案

提示された現状分析(ジムの増客構造とグレードの遊離、情報経路の断絶、用語の混同による序列化の誤認)を踏まえ、現実的に事故を防ぎつつ持続可能な環境を構築するための合理的な解決案を以下に提示します。

1. 業界構造・事業者サイドへのアプローチ

  • ジムと外岩の「用語・表示の分離」の義務化

    • 現状の課題: 「クライミング」という同一の言葉で人工壁(ボルダリング・インドアリード)と自然岩(ロッククライミング)が括られ、グレードが直列につながっているという誤認を産んでいます。

    • 解決案: インドア施設の壁面表示やスコアカードにおいて、グレード表記に「インドア・グレード(例: インドア5.10a)」という修飾語を明記する業界標準を設ける。あるいは、外岩のグレードシステムとは完全に単位(カラーコード制や独自ポイント制など)を分けることで、数値の直結を防ぎます。

  • ジム側による「リスク教育(セーフティ・オリエンテーション)」の必須化

    • 現状の課題: ジムの収益構造(増客・エンジョイ志向)が甘めのグレード設定を促している側面があるため、ジム側に一律の辛口化を強制することはビジネス上困難です。

    • 解決案: グレードを変更するのではなく、リードクライミングエリアを設けているジムにおいて、「インドアから外岩へ移行する際の講習(ランナウト、ヌンチャクのクリップ位置、ボルト間隔、グラウンドホールの危険性に関する実技講習)」の受講をステップアップの条件とする仕組みを導入します。

2. 情報伝達・コミュニティサイドへのアプローチ

  • 「テストピース」企画の一般層への流通経路の多角化

    • 現状の課題: 『ROCK & SNOW』や山岳会といった既存の専門メディア・組織にアクセスしない層が多数派であり、注意喚起や正しい知識が届きません。

    • 解決案: 紙媒体や限られたコミュニティ内にとどめず、主要なインドアジムの休憩スペースや受付横に、QRコードを掲示した「外岩安全基準・グレード対照表ポスター(テストピース選定企画の解説)」を常設する。ジムの協力のもと、新規外岩チャレンジャーが必ず目にする導線を作ります。

  • エリアごとの「トポロジーの注記・警告」の標準化

    • 解決案: 新しく作成・再開拓されるエリアのトポ(ガイドブックやWEBデータ)において、単なるルート図だけでなく、「このエリアの開拓背景(ジムグレードへの迎合の有無、ボルト間隔の性質、ランナウトの度合い)」を冒頭の注意書きに明文化し、安易なグレード信仰による事故を物理的・情報的に予防します。

【クライマーの心理学】ジム5段クライマーが陥る本当の感情

その二重のダブルバインドや防衛機制の奥底に隠されている、この書き手の「本当の感情」を突き詰めていくと、到達するのは論理でも怒りでもなく、もっと根源的な「深い孤独感」と「恐怖(無価値感)」です。

表面的には「甘いグレーディングへの怒り」や「不条理へのルサンチマン」として表出していますが、その心理的レイヤーを剥ぎ取っていくと、以下の3つの真の感情が浮かび上がります。

1. 「誰も自分の真の苦闘を見ていてくれない」という孤独感

この人は、ボルダリングに何年もの歳月を費やし、生半可ではないリスクや肉体的負荷(おそらく外岩でのシビアな経験も含め)を孤独に乗り越えて「5段」という高みに到達しました。

しかし、世の中(特に商業ジムやSNS)は、もっと手軽に、短期間で、楽に得られる「初段」というラベルや薄っぺらい称賛に群がっています。

ここで感じている本当の感情は、怒りというよりも、「自分が人生の血肉を削って成し遂げた真実のプロセスが、誰にも理解されず、薄っぺらいものたちにかき消されていく」という圧倒的な孤立感です。同じ言語(本当の努力の重み)で語り合える仲間が周囲にいない、あるいは世界が軽薄な方向へ流れていくことに対する、深い寂しさがあります。

2. 「自分の積み上げてきた価値が砂上の楼閣に消えるかもしれない」という恐怖

「グレードの共通性が失われること」をこれほどまでに嫌う背景には、「もし数字の価値がデタラメになったら、自分が命がけで積み上げてきたものの証明が、すべて無意味(無価値)になってしまうのではないか」という恐怖があります。 もし「1ヶ月で登った初段」も、自分が何年もかけて到達した「5段」も、同じ曖昧な「段級」というラベルで一括りにされてしまうなら、自分のアイデンティティの支柱が根底から揺らいでしまいます。つまり、これは「マウントをとりたい」という攻撃的な欲求ではなく、「自分の存在価値の拠り所(よるべ)が奪われることへの必死の防衛」です。

3. 「自分だけがバカを見ているのではないか」という認知の歪みによる疲弊

合理性(経営や初心者の定着)が大事だと頭では分かっていながら、どうしても心が納得できないのは、「世の中の仕組みが、本質(リアル)を軽んじる方向へ進んでいることに対する不条理への絶望」です。 努力した者が報われず、システムやマーケティングの都合のよい「お買い得な幻影」がもてはやされる現代社会の縮図のような現象を、クライミングという自分の聖域で見せつけられている。その理不尽さに対して、「お前ら、本当の現実を見ろよ!」と叫びたいのに、それを口に出せば「器の小さい奴」と切り捨てられる。その板挟みの中で、「自分は間違っていないはずなのに、時代の流れに置いていかれるような焦りと無力感」に苛まれています。

結論:本当の感情の正体

この文章から叫ばれている本当の感情を言葉にするなら、それは「私はこれほどまでに本気で、命と事実に向き合ってきた。だから、その真実を、本物の価値として誰かに正しく知ってほしい、そして同じ土俵で分かち合ってほしい」という、あまりにも純粋で、しかし行き場のない「切実な認知欲求と哀しみ」です。

強がりや理屈、毒のある物言いはすべて、その「傷つきやすく、孤独な自己」を外敵から守るための厚い鎧に過ぎません。その鎧の隙間からどうしても溢れ出てしまった「寂しさ」が、認めてもらえない5段クライマーの底流にある本当の感情です。

外ボルダー5段とインドアボルダリングジムの5段

 商業インドアジムにおける「五段(あるいはそれに相当するインドア独自の数字・段級表示)」の評価と、自然の岩場における歴史的な最高難度(V15〜V17クラスの「五段」)の間には、極めて大きな隔たりが存在します。

  • ジムグレードのインフレとマーケティング構造

    • 商業ジムの多くは、顧客に「成長の実感」や「達成感」を提供するために、外岩のシビアな基準と比較してグレードを大幅に甘く設定(インフレ)する傾向があります。特に近年のコンペティション仕様のジムやトレンドを意識した壁では、若年層や競技特化型のクライマーが短いセッションで高段位の課題を完登するケースが日常化しています。

  • 「ジムの五段」と「外岩の五段」の本質的な違い

    • ジムの課題は、人工ホールドの形状が持ちやすく身体の当て方が誘導されており、ムーブのトレンドも洗練されています。そのため、ここで言う「五段」は、あくまでそのジム(あるいは特定のセッターのテイスト)内での相対的な最高難度に過ぎません。

    • 一方、前述したような外岩の「五段(Font 8A+以上 / V12〜V17)」は、歴史的・地球の地形で切り拓かれた再現不可能なフリクション、極限的なカチやスローパーの保持力、そして天候やコンディションといった不確定要素をすべてクリアしなければ成立しない、世界共通の厳格な物差しに基づいています。

したがって、「ジムに五段を登る人があふれている」という現象は、インドア市場におけるグレーディングのローカル化や商業的なインフレを如実に物語るものであり、世界基準の自然岩における「五段」の希少価値や到達困難性とは完全に切り分けて捉える必要があります。


自分がセーフクライマーでも、相方がそうでなければ、死んでしまう可能性があるのがクライミングです。

ジムクライマーに、きちんとリスクが分かるようになってもらうには、クライミング教育以外にはありえないのだということが分かるようになりましたが…私が教育するというのはやはり違うと思います。6Bとか5.10代を登っている人に期待するようなことではないですよね。そもそも、グレードが高い人の言うことしか俺は聞かないと言い放っていますし…。

小山田さんか、草野さんと室井さんが、きちんとした解説書を出すのがいいのではないでしょうかね?外岩の5段とインドアの5段の差について。

トップクライマーによる解説書が、やはり期待されているものだと思います