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2023/05/31

「クライミングに最近入ってきた人は、経験がなくてわからないかもしれないが…」

■「マーケットに最近入ってきた人は経験がなくてわからないかもしれないが…」

という田中泰輔師匠の言い方が気に入りました。https://www.youtube.com/watch?v=bJl7SzvXHko

経験者が経験値を語るときの、意図が明確になる良き言い回しではないか?と思います。みんなこれを言わないで、そういう時は丸々だ、と言うから、若い人に「過去の栄光」と言って煙たがられ、若い人は、”やっぱりやると思った…”と想定内の失敗を繰り返す…というサイクルになっている日本のクライミング界…。

■ 巨人の肩に乗る

例えば、医学で、もし医学部がなかったら、人は今の医療のことを一人で学習することができるでしょうか?できませんよね?

同じことで、人類の進化はすべて、ゼロから積み上げ、ではなく、だれかに教えてもらってある程度の最前線まで出てから積み上げ、で成り立っています。

だから、クライミングだと二世クライマーばかりですよね、まともな人は。

そうでないクライマーでまともな人っていうのは、

 講習会上がり 

です。裏道として、カラファテ店員になる、とか、ジムの店長、という道もありますが…

一般的に、どれくらいのグレードが取れるか?はスタートした年齢次第ですので、あんまり個人差は生まれないと思います。

成人してからクライマーになった人は、5・12に到達したら上がり、で、それより先に行く人はほとんどいないかもしれません。

逆に、未成年から始めるなら、5.12はスタート地点ですよねぇ。ので、基本、プロとアマは、アマのゴールがプロのスタートです。

■ 八ヶ岳の赤岳は一般登山者のゴールで山岳会所属のスタート

同じようなのが一般登山とアルパインの差で昔あったなぁ・・・

一般登山者のゴールは、アルパインクライミングのスタート…。

アルパインも5.11までしか昔風のアルパインでは要求されていないので、5.12をたとえ人工壁やショートの岩場でも登れるようになったしまったら… そのカテゴリーではトップクライマー?!って誤解が生まれてしまうかもしれませんね…。それは現代には通用しない恥ずかしい誤解なので、改めましょう。

とはいえ、アルパインクライミングという同じ名前を使い続けている業界のほうも、誤解を招きやすいので反省してほしいかもしれませんよね…

40年前のエイドで登っていた時代の評価基準から何もアップデートされていない九州を見て、こりゃ言葉が同じだから誤解を生むんだろう、と思いました。

現代のアルパインクライミングは、スーパーアルパインとか、ニューアルピニズムっていう風に名前を付けなおすほうが良いと思いました。

じゃないと一般ピープルのアルパイン男子が、誤解の上塗りで、ばたばた死ぬことになるんでは…?

あるいは人を殺しそうになるってことです。

■ フリークライミングの古いクライミングと新しいクライミング

普通の小川山みたいな伝統的なフリークライミングの世界にも、伝統派と革新派の軋轢があります。

なんせ、伝統のフリークライミング=花崗岩、革新派のフリークライミング=石灰岩と区別が明確でない…

アメリカのフリークライミングとラッペル主体のヨーロッパのフリークライミングは違うはず。その辺の事情を語られたものがないです・・

そのうえ、日本では、高齢化で、岩場の主問題があるんですよね…

過去30年の”失われた30年”で、老人資本主義をしていては、日本の未来はない、ということはすでに学習済みのはずです。

年配の人は、自分の主義を押し付けるより、若い人に技術を伝えたり、自分の山とある時間を生かしてできる開拓などの作業にいそしんだり、古いルートを整理して岩場を再生したり、過去の遺産の最大のもの…40年経過して役立たずというよりも、むしろ害悪、となってしまったボルトのリボルトなどにいそしんだらどうでしょう?

そういう活動は、上がりのクライマーとして5.13が登れるとかより、尊敬される立派な行為と思うのですが…

2023/05/24

【トップクライマー】青木達哉さんの鹿島槍北壁

【北アルプス 鹿島槍ヶ岳2889m】冬のアルパインクライミング 鹿島槍ヶ岳北壁中央ルンゼ 厳冬期2023年2月17日

青木達哉さんの記録です。

甲府にいる頃、私より登攀できない若い男性クライマーに一緒に鹿島槍北壁に、と言われて、"はぁ?おとといおいで"って思ったことがあったよなぁ…

私は自分が管理できる、鹿島槍鎌尾根とかなら、ロープ合わせや足合わせの意味で行ってもいいんですが、いきなり北壁って…。普通の無雪期の壁が登れていないのに北壁???って感じです。

男性の皆さんは、大体、行きたいルートのレベルが、
 
   初めての一歩

が高すぎます。

小さい一歩を積み上げていくということをしないから、死んでいるとしか思えないのですが。

それは、そのルートに必要になる体力度とか、登攀の困難度とか、あるいは必要な判断力がどのような内容なのか?ということが、伝わっていないからだと思うんですよね。

これをみても、人工壁のスポーツクライミングで5.12が登れるとか、無雪期のショートでしか登っていない仲間とロープが組める、とかが、核心じゃないですよねぇ??

核心=山の経験を共有して判断をそろえる

  リスク= 天候、早出、生活技術、雪上でのロープのリスク判断(凍って滑るとか)、落石、アイゼンワーク、下山の安全性確保、体力 
  
九州でも、そもそも実力を客観視できていない事態…

 例:根子岳が登れるアルパインクライマーになりたい!→ 足元が崩れる山のリスクはヘッジできない

 例:3級しか登れないのに2段のボルダーをノーマットで登る!→ 2段がフリーソロで登れるためには3段を落ちても登っている必要があるがどうやってそこへ達するつもり?!

…とか、そんな人ばっかりでした。バカは休み休み言えって感じ。

昔の山岳会の在り方…つまり、行くルートのリスクを先輩にダメ出ししてもらえる…CMCは毎週ミーティングがあるそうですよ…に含まれることができなかった場合(昨今は、会といっても名ばかりで、相互助け合いや監視体制はなく、技術も教えられず、ただお荷物なだけです…)、男性は、基本的に、

 過信

に傾くと思われました。過信した人は過信と全く分かっていない。事例は白亜スラブです。

しかも、もっと悪いのは、過信に傾いた人をヒーロー扱いする傾向です。

ちっともすごくない記録をすごい!と言っていたりします…(汗)。周囲の人も、ばかは休み休み言え!って感じ。

事例はこっちの若い人の会の記録です。フリーで登ったみたいにエイドの記録が書いてある。

いくら私が過剰適応したよいこで、相手に寄り添う人でも、さすがに ばかじゃないの?とわかりますよ…

もう、表現としては世紀末的状況、というのが正しい表現なのではないか?と…