■ 岩場のボルトがフリークライミングを安全に行うのに適していないのは、だれの責任か?
<責任のパイ>
0% 最近になってクライミングをスタートしたクライマー
50% 歴史的経緯
30% ランナウトをした課題を作った当人、つまり開拓者本人
20% それを支持した外野
■ それぞれに名前を付けます。
0% 最近になってクライミングをスタートしたクライマー=現代クライマー Lさん
50% 歴史的経緯 = 菊池さんのようなKさん 声は理性的だが大きくない
30% ランナウトをした課題を作った当人、つまり開拓者本人 = 比叡のMさんのような往年クライマー Mさん 声が一番大きい。過去の栄光から逃れられないでいる。
20% それを支持した外野 =福〇山〇会のような、取り巻きクライマー Yさん
■ それぞれに対話させます
Lさん:「さて、今日はみなさんに、岩場のボルトが40年を過ぎ、更新時期をとっくに過ぎている問題について語り合ってもらいたいのですが…」
Kさん: 「リボルト進まないよね~ 最近の若者はビンボーだからな」(←責任転嫁)
Lさん:「というと、リボルトは若者仕事、と考えておられるということですか?」
Kさん:「そりゃそうじゃないの?クライミングって、そもそも登りたい人がプロテクションを設置するものでしょ」(←古いクライミング倫理)
Mさん&Yさん:「そうだ、そうだ」「俺らの仕事じゃねーよなー?(年金暮らしでふところもさみしーのだし)」(←共通の利益による同調)
Lさん:「じゃ、まぁ、若者の仕事だということでいいですが、既存ルートの変な位置にあるボルトとか抜きますよ?」
Mさん:「いや、それはダメだ」
Lさん:「なぜですか?」
Mさん:「だって、俺があのルートでどれくらい苦労したか、あの敗退のラインが無かったらどうやってわかるんだ?」(←満たされていないインナーチャイルド)
Lさん:「でも、若者が勝手に打ち直せば?ってのがリボルトの方針なんですよね?」
Mさん:「そりゃそうだけど。俺らはもう登れんからな。金は出さんぞ。」
Lさん:「でも、失敗したルーファイの結果である敗退ラインからボルト抜くなと?」
Mさん:「敗退も含めてクライミングなんだよ。先人の苦労を分かってくれてもいいじゃないか。なぁ、Y。」
Yさん:「ごもっともでございます。Mさんのあの雄姿、眼裏に焼き付いて離れません」
Mさん:「だよなぁ。おい、Kはどう思うんだ?」
Kさん:「そういうことは歴史が結論を出すことなんで、LさんとMさんが話し合って決めれば、それが歴史になる」
会話全体を見ているアダルト自我:「なに、この無責任発言。なるようになるさ路線かい!」
Mさん:「言っとくがな、俺は当時一流クライマーだったんだ。名前を轟かしていたわけよ」
Yさん:「ですです。わたくし一生ついてまいります!」
Lさん:「そうはいっても、今のクライマーには、5.8で40mランナウトとかしても危険なだけなんですよ。しかも韓国のインスボンですら、市民開放され、ボルト整備されているんですよ」
Lさん:「今では、5.8はエンジョイクライミングのルートなんですよ。誰でも楽しむことになっている。Mさんだってインスボンの記帳に名前書いていたじゃないですか。見ましたよ。楽しかったでしょう?」
Mさん:「たしかにそうなんだが、それなら、なおさら、ボルトなしで登れば?フリーソロでもすれば?」
Yさん:「ですよね。おれら初登したときは、ボルトなかったんだし」
Lさん:「そんなのは、今時、流行らないんですよ。アレックス・オノルド、5.12のレベルでフリーソロしているのが現代のレベル感なんですよ」
Mさん:「ここに登りに来る奴らは、落ちているじゃないか」
Yさん:「ですよねぇ。ったくもう、今時の若者は…私らの時と違って、気骨がない」
Lさん:「若者の世界は二極化しているんですよ。一般クライマーは、みなジム育ちだからスラブは慣れていないんですよ。一流クライマーは、海外で世界最高難度を登っているんですよ」
Kさん:「今時のクライミングジムは、クライマーがやっていないからなぁ、そもそも。スラブに備えさせる、なんてないよな。今はボルダリング一辺倒で」
Mさん:「なら、お前らボルダーをやればいいのだ」
Lさん:「もう、とっくにやっていますよ。40年。ボルダリングだと日本の岩場は、世界レベルですよ」
Mさん:「ならいいじゃないか。俺らにも俺らの存在価値を認めろよ」
Lさん:「いや認めろって、ボルトが古くて、登れば、危険でしょ」
Mさん:「分かった。じゃ俺らでボルト代は出す。打ち換え要員は、お前ら出せよ」
Lさん:「仕方ないなぁ、分かりましたよ。打ち換え要員は出しますよ」
Mさん:「ほら、これが打ち換え用ボルトだ」
Lさん:「え?!カットアンカー?! これって40年前のスタンダードですよ」
Mさん:「俺らは、こいつで登ったんだ、何か文句あるか?」
Lさん:「文句あるかって・・・Kさーん!」
Kさん:「さすがに現代でカットアンカーは強度不足ですよ。ほら、電話だって誰ももう黒電話使わないでしょう、今スマホでしょ」
Mさん:「通話できれば、どっちでもいいじゃないか」
Kさん:「いや、そーゆー問題では…」
Yさん:「さすがMさん!私は一生Mさんについていきます!」
Kさん:「岩場保存の原則から、その時代で手に入る最も強度が高いボルトを採用するのがいいんじゃないですか?そうそう、打ち換えれないんだから」
Mさん:「なら、ボルト代はださんぞ」
Lさん:「え?! なんで、俺らに一切責任ないことに、全額負担なんですかね?おかしいっすよね、これ」
Yさん:「なら、登らなきゃいいんでは?ひっひっひ」
Lさん:「は?自分たちは、長年楽しんでおいて、次世代には、ボロボルトが嫌なら登るな?しかも、ボルト、ボロで危険なのは明瞭なのに?」
Yさん:「そのとーりです。落ちなきゃ、ボルトはいらないでしょ。」
Kさん:「それならフリーソロと一緒なので、ボルト抜けばいいんじゃ?」
Mさん:「
それはダメ!俺の偉業が歴史に消えていくじゃないか!」(憤怒のチャイルド)
という具合に、延々と議論は続いて終わりそうにない、っていうクライミング界なのでした。
でも、誰でも冷静に考えたら、承認欲求と人の命では、人命が勝つと思うんですけど…
このメンタル構造に、ドラマを作るには、どうしたらいいのでしょうかね?トランスコーチングの皆さんに、助けていただきたいです。