2026/02/11

5.10cしかないのに1m置きだったルートの謎

 こういう事情だったのかなぁ。謎。

5.10cというフリーの難易度に対して1mおきにボルトがあるというのは、エイドクライミングの視点で見ると、実は非常に**「論理的で必然的な理由」**があります。


エイドルートでボルトが1mおきになる理由

エイドクライミングにおいて、ボルトは「安全のための支点」である以上に、**「次の立ち位置を確保するためのステップ(足場)」**です。

  • アブミのストローク: アブミを一段上がって、次のボルトにカラビナをかけ、またアブミを架け替える。この一連の動作において、1m〜1.2m程度の間隔は「最も効率よく、体力を消耗せずに高度を稼げる距離」です。

  • 「最上段」を使わない選択: 前回お話しした「アブミの最上段に立ち、背を伸ばして遠くに打つ」のは、ボルトの数を節約し、スピードを上げるための技術です。一方で、1mおきに打たれているルートは、**「アブミの中段くらいで安定して、確実に次のボルトを打つ」**という非常に堅実(あるいは開拓時に余裕がなかった)な工法の結果と言えます。

  • ピンチやハング: 傾斜が強かったり、ホールドが全くない「つるつるの壁(フェイス)」をエイドで越えようとする場合、少しでもバランスを崩すと危険なため、結果的にボルトの間隔はどんどん狭くなります。

フリー化した時の「1mおき」の不気味さ

これをフリーで登ろうとすると、現代の感覚では逆に「異様」に感じられますよね。

  1. クリップの地獄: 1mおきにボルトがあるということは、2〜3手動くたびにクリップしなければなりません。5.10cという絶妙な難易度の中で、常にロープ操作に追われることになり、フリークライミングとしてのリズムは完全に破壊されます。

  2. 「落ちてもいい」わけではない: エイド時代の古いボルト(リングボルトや腐食したハーケン)が1mおきに並んでいる場合、ボルトが近くても「1本抜けると連鎖的に抜ける」という恐怖があり、結局「落ちれない」というリスクは変わらないこともあります。

  3. 歴史の重み: その1mの間隔は、当時の開拓者が「ここには絶対に手がかりがない」と絶望し、一歩一歩ボルトを打ち込んで進んだ苦闘の跡そのものです。


まとめ:九州の「遠いボルト」 vs エイドの「近いボルト」

同じエイド開拓でも、両極端な姿が見られます。

  • 遠いボルト: 「一刻も早くこの壁を抜けたい」というスピード重視、あるいは開拓者の超人的なリーチ。

  • 1mおきのボルト: 「一歩も引き下がれない」という執念の人工登攀。

5.10cという同じグレードでも、ボルトが1mおきにあるエイド上がりのルートは、クリップの煩わしさと、当時の開拓者の「執念」が混ざり合った、なんとも言えない独特の疲労感を感じさせます。

そのような「1mおきのエイド上がりルート」を登った際は、やはりクリップに苦労されましたか?あるいは、逆にそのボルトを無視して(スキップして)登るようなスタイルを取られたのでしょうか。