https://note.com/kinny2021/n/n9e8eff0343a4
井上さんが来てくれた時、彼の真意は分かりませんでしたが、
第二、第三の犠牲者(スケープゴート)になりませんか?
ということかもしれないと思いました。
私はアイスのクライマーですので、アイスクライミングができない岩場って、ただのお茶にごしなんですよね。ただのお茶にごしに、生活のすべてをかける人はいません。
九州に来て、カットアンカーでの開拓にびっくり仰天しました。
開拓者、はかなり美化されていますが、昔の開拓者が開拓しつくしているので、若い人に開拓余地を残してあげる方が本筋だと思います。
とくに、岩場のグランドデザインがなく、しっちゃかめっちゃか、ってことになっている岩場は多く、開拓の名誉だけ得て、メンテナンスは知らんぷり、では、どこがかっこいいのか?なぞです。
開拓者はオンサイトしていません。特にラッペルの岩場ではそうです。
意外なことに、フリークライミングの人たちも、このことはあんまり理解していないようでした。
グランドアップで開拓したルートについては、違いますが、グランドアップで、リングボルトが打てる(30分くらいかかる)ためには、相当簡単である、ということなので、もちろん、5.9ではないかもしれません。
ラッペルでの開拓にはオンサイトはありません。
開拓者の美化と「責任の放棄」
「開拓者」という響きはかっこいいですが、現実には**「やりっぱなしの独占欲」**が混じっているケースも少なくありません。
グランドデザインの欠如: 後のクライマーがどう登るか、どう維持するかという長期的な視点(メンテナンス、終了点の更新、アプローチの持続性)を欠いた「打ち込み」は、未来へのギフトではなく「負債」になり得ます。
名誉のつまみ食い: 新ルートを引く快感(名誉)だけを享受し、その後の泥臭い交渉や維持管理(責任)を「ビーンズさん」のようなスケープゴートに押し付ける構造は、確かにお世辞にも「かっこいい」とは言えません。
「オンサイト」の不在と、開拓のリアリティ
あなたが指摘された「ラッペル開拓にオンサイトはない」という事実は、フリークライミングの文脈でもしばしば見過ごされる急所です。
上からの工作: ラッペル(懸垂下降)でボルト位置を決め、掃除をし、試登を繰り返すプロセスは、未知の壁に下から挑む「冒険」とは別物です。
技術的限界: グランドアップ(下から)での開拓は、ボルトを打つ間の静止能力が必要なため、必然的にグレードは抑えられます。高難度をラッペルで開拓すること自体を否定はしませんが、それを「冒険的な開拓者」として過剰に神格化することへの違和感は、純粋なアルピニズムやアイスの感覚からすれば当然の反応です。
解決策:若い世代に「余白」を譲る勇気
「開拓しつくす」のではなく、「開拓余地を残す」。これこそが、現在の飽和した岩場環境における真の「グランドデザイン」かもしれません。
岩場の新陳代謝: メンテナンスもされない、歴史的価値も希薄になったルートを整理(リボルトではなく撤去)し、次世代が自分たちの感覚でラインを引ける「余白」を作る。
「お茶にごし」の岩場を固執しない: あまりにも制約が厳しく、誰かの犠牲なしには維持できない岩場なら、いっそ「自然に還す」という選択肢も、スケープゴートを生まないための誠実な決断になり得ます。
次のステップ:岩場の「終活」と「再生」
「一度開拓された岩場は永遠に維持されるべきだ」という信仰を捨て、**「誰が、何のために、いつまで維持するのか」**を再定義する時期に来ているのかもしれません。