個人名を出して恐縮だが、久しぶりに廣瀬さんのFB投稿を見ていて、リボルト職人として、あちこちにリボルトに出かけられている様子が見え、ああ、よかったなあと思う反面、熊本のアソボウの松井さんに関しては、なんだかなぁ…という残念な気持ちを禁じ得ない。
奥村講習に廣瀬さんは来ていて、松井さんは来なかった。廣瀬さんのその後の活躍をしるにつけ、あの講習に対する姿勢の差が、明暗を分けているように感じられる。松井さんを勝手にアンにしてしまって申し訳ないが、ここでは暗さをリボルト知識の差、ボルト自体の理解の差、で分けているとしてもらいたい。
リボルトするのには資格が必要だが、開拓するのには、資格はいらない。
ここにクライミング界の大きな矛盾があるように思えて仕方ない。
最近出たマルチピッチのトポだが、九州では、米澤さんが紹介したルートが出ていたんだが…あれは、私から見ても、渋いというか、もっと他に素敵なルートはいっぱいあるだろうと思え、県外者を体よく追い払ったのだろうか?とも思えた。まぁガイドさんが使うルートだから、初心者でもフォローできるルートが選ばれていると思うが。
信州では男山ダイレクトが出ていた。
男山ダイレクトは小川山近所のマルチだが、私の中では、山梨にいた当時から、”私でも”リード出来そうなルート、として候補に入っていた。
”私でも”というのは、私は、山梨界隈では、43歳スタートで当然だが、弱いクライマーとして自覚があったからだ。5.13が普通に登られている世界で私の中ではそういう人たちとは、世界が交差することはない、という意味だ。小鹿野に行く気になれないのもこれ。
そのうえ、ア以上ある父親に恵まれなかった私には、ロートルを自認する米澤先生との時間が、私にはいなかったお父さんとの時間でちょうどよかったんだが…。米澤先生のほうでは、47歳はぴちぴちギャルという認識だったかもしれない。
関東圏、山梨周辺では、大体がガイドさんが岩場の整備をしている。
私の出身山岳会である御坂山岳会のおひざ元である、西湖の岩場も、ガイドの堤信男さんが整備していた。地域の山岳会は、整備するだけの余力が現代ではなくなっている。逆にガイドさんのチカラに便乗して新人さんのトレーニングに使っているということだ。
これは九州では起こっていない。ガイドの実力がないのだろうと思う。大体が本州のガイドさんが、ご褒美クライミング、遠征で使っているようだ。比叡など、リボルトしてくれる若い人がいなくて困っていた。山本さんのお弟子さん?澤田さんは、リボルト職員の認定を受けていないのではないだろうか?したがって、未確認だが、カットアンカーを延々といまだに使い続けているのではないだろうか?
まぁ、そのカットアンカーが使われていたとしても、普通にフリークライミングのレベル感にある人が登れば、静加重以外がかかることはないと思える内容だと思うが。
■男山ダイレクトを知らなかった青ちゃん
関西のクライマーだから知らなくても仕方ないかなと思っていたが、私がリードするのに適していると思ったので、提案したら、侮蔑の眼差しを投げられたのが男山ダイレクトだった。
私は、最近のクライマーなので、クライマー界隈の男性たちの内部対立は分からない。
アルパイン族とフリークライミング族の間に決定的な、溝があるのではないかと。青ちゃんもアラーキーも、フリークライマー族からの承認を熱いほど求めていたように思ったからだ。あんまり才能がないみたいだったが。
アルパインクライミングは、泥臭いように見えるが、実際は神経質な世界だ。正確なロープ裁きが求められ、できないと、まぁすぐゲームオーバーであり、ロープ長を計算に入れていないような奴は、最初からマルチにはお呼びでないだろう。それに、雪の山での生活は神経質で厳しく楽しみは少ない。それに比べると20mの壁を行ったり来たりしているだけで、夜には暖かい布団と温かいご飯にありつけ、特にリスクがないフリークライミングは老後の楽しみに思える。
そのフリークライミングにしても、壁の真ん中でうんうん唸っているレベルの違いはあれど、5.9でうんうん唸るか、12でうんうん唸るか、どちらにしても、やっていることは同じで、フリークライミングの世界には上下関係がない。だから、登るグレードが上だからと言ってアルパイン族は威張ることができないので残念だろう。
正しいモノサシに含まれれば、どのクライマーも平等だ。
だから、私が海外で自由を得て帰ってきたわけである。
そして、そのような平等の場では、かえって、特別扱いがされなくて、生きづらくなってしまうのが、特権を享受してきたアルパインのおじいさんクライマーってことになっている。
だからトポには、文脈からして不自然に、老クライマーへの賛辞が述べてある。
私は、米澤さんは、相方だったアラーキーよりもフリークライミングの能力は高かったと思うが、リッジ登攀がお好きだったので、その理論を相変わらず、ボルトの配置に乗せてしまうので、結局ムーブの都合でボルトの配置がきまるわけではなく、結果としては、低グレードは危険なボルト配置となっていたと思う。
理論的には、5.12だろうが、5.9だろうが、同じ高さにボルトがいるのだ。5.9という目安は何のためについているかというと、5.9を登っている人はここを登りなって意味だからだ。結果、5.9は危険で、5.9を限界グレードとする人が登るには適していない。だから、ラオスを私は若い人にはお勧めしたい。低グレードを登る人が一皮むけるには、日本ではトップロープ以外ないので、海外ではラオスがおススメ。
さて、今回私が思ったことは、松井さんは、廣瀬さんの奥さんが必要なのではないだろうか?ということだ。
廣瀬さんの投稿を見ていたら、自分の写真は少なくて奥さんの写真のオンパレードだった。愛妻家ということなのだろうが、クライミングでも、判断を奥さんも一緒にやっているのではないだろうか?
アルパインクライミングでは判断が難しい。フリークライミングで、そこまで判断が難しいことはないだろうが、山岳会の運営では判断が難しいだろう。
リードデビューさせていいのか?悪いのか?
そこは判断がいる。新人さんの側は分からないからだ。
そういう責任にかかわるところで自信がなく、自信がないとも立場上言いづらく、どうしたらいいか、ひっそり、こっそりサポートされたい、つまり、立ててもらいたい、のが九州の男性なのかもしれない。
アラーキーと私の事例にしても、私が計画を立て、彼がリードを取れば、白亜スラブは滞りなく登れたであろう。そして、彼はできるクライマーの認知や賞賛を得れたかもしれない。
ロープの計算をしたり、必要なプロテクションを調べたりする、見えない努力は、見えないままにされて、実質”ただフィジカル的にのぼっただけ”であれば、登れるだろうからだ。敗退なし、だって、こっそりとセカンドが気を利かせて、実はもう一本ロープを持ってきてました、だってありうるわけだ。(実際、私は摩利支天で、アイススクリューを貸している。すでに彼は、自分の実力のよらずに、ちゃっかり成果を横取りした前例を作ってしまっている)
それを男性クライマーのほうは、実力を偽っている、とは感じずに、相互協力、とかんじているのではないだろうか…。
そして、これは男性同士では起こらない。
青木ちゃんは、インスボン毎年行くのが生きがいになっていた。私にとってインスボンは全く興味がなかったが、フォローがいなくて困っているようだったから行くことになった山だった。
大体、私は西洋社会のほうが相性がいいのである。ちなみに台湾は全然西洋社会だった。インスボンに男性のフォローができない理由は、リードの取り合いになるから、なのだそうだった。なるほどね。だろうね、って感じはする。
しかし、だったら、恩を売っているのは私のほうであって彼ではない。ご都合主義のクライミングに付き合わされている、と言える。
■自己愛ホイホイからの卒業
こうしたことが起こるのは、私の察しが良い、から。
一報、廣瀬さんの奥さんが廣瀬さんと登るのは、廣瀬さんが好きだからであり、知恵を差し出す(差し出しているかどうかは分からないが・・・)のは、彼を愛しているからだ。
そうでなかったら、女性の側には何のメリットがあるというのだ?
松井さんに話を戻すが、アソボウはほかにアットホーム系の山岳会がないためと思うが、大人気になってしまい、福岡の文登研上がりのクライマーも参加していた。
この若い人はとても、文登研で訓練を受けたとは思えない、ていたらくだった。文登研では懸垂下降をやらないのではないだろうか?
長野県の山岳総合センターでは、オリエンテーションを覗く、初日の講習の内容が、懸垂下降だった。
私は初めての懸垂下降をした日、人工壁は一度たりとも触ったことがなかった。17mの垂直の壁をノットの結び方だけを教わって降りるわけだが完全に空中懸垂。おったまげた。その前に、ゆるい傾斜の公園などで予行演習をしておくべきである。
しかし、どういう導入をするにせよ、懸垂下降はクライマーなら、最初に教わっておかないといけない。本チャンでロープが足りないなんてありえない。死への一直線の道だ。
カラビナでの懸垂、肩がらみなども、ありとあらゆる形態の懸垂過去の方法を全部マスターしていない限り、マルチピッチには連れていくべきでない。(ガイドクライミングを覗く)。
その基礎のキをやらないで、マルチに行きたがる人が多すぎる。松井さんはガイドのように利用されているのではないだろうか?
というわけで、私が思ったのは、松井さんと廣瀬さんの違いを分けるものは、奥さんの支えではないかということだ。
しかし、その廣瀬さんの奥さん役を私に求められても無理だろう。
なんせ私はエニアグラムタイプ1で、曲がったことを曲がっているとみるのが得意なのである。男を立てるというよりは、その男性の欠落を正直に映し出す鏡なんである。白亜スラブの記録を見ればわかるだろう。
それは、もちろん、実力がない人は、実力が内容に映しでてしまうということである。
でも、その方が良い。愚かなミスで死ぬよりは、恥ずかしい方がましだろう。
■前の先輩の話
前のクライミングパートナーだった人が黄連谷で遭難したそうである。さもありなん。クラックを一緒に登らせてもらって感謝はしているが…アイスを一緒に登ったことがゼロ回なのに黄連谷に行きましょうというのが無理があったよなぁ。と私自身の彼との経験を振り返っても、思うからだ。黄連谷に行った人とはゲレンデでアイスを組んで登ったのかもしれないが。
私と青ちゃんで言えば、非常に優しいマルチのルートからリードフォローのつながりは作っていったと思う。まぁ私のほうの譲歩が大きかったが、それは、私には5年のフォロー経験が必要だと思っていたので私の判断でもあった。
しかし、それを、おまえだって金魚の糞登山ではないかというのは違うということをくぎを刺しておきたい。一年の山岳総合センターでのトレーニングを経て山岳会に入会する新人はほとんどいない。ツルネ東稜は登れるようになって、また読図も普通にできるようになってから私は山岳会に来たのだ。トポを読んできません、なんてない。海外で飛行機のチケットが取れないだとか、一人で宿泊先を見つけられずに街中で往生するとかもない。
だから、最初から連れていく側で、連れて行ってもらったのは鎌尾根であり、真砂尾根であり、それは、私が提供した山行のトレードオフ、お返しである。ツルネから川俣尾根なんて、完全に連れて行った側だった。しかも初回の山だった。
それにしても、レベルに合った、きちんとしたビレイヤーというのはほんとに得難いものだ。
ビレイだけできれば合格でしょ、と一般の人は思って、お願いしまーす、組んでくださーいとやってくるが、そういう人は野北の岩場には行けない。懸垂下降ができないからだ。
前述のトポ集に野北の岩場が出ていたが、地元のクライミングジムの店長はそこに行くことが最初からできないし、やりたがってもいない。地元では、野北は、好事家が行くところだという扱いだ。ボルトは悪く、頼みの綱は米澤さんだが、米澤さんのボルトはカットアンカーなのですぐに腐食する。
かといって、グージョンやケミカルが必要なほどのグレード感は野北にはないし、私の意見としては、全部のボルトを撤去してしまい、クラシックなレッジトゥレッジの岩場として、リードフォローで登り、アンカーもカムの三点使いで、三つ峠のように登るのが、適している岩場だと思う。なんせフリークライミングとしては超簡単なのだから。
そんなところで、支点整備をしてしまったら、比叡の二の舞である。
■比叡のこと
簡単なのに、支点まで整備されていて天国、って書いてあったが、それはガイドだからだろう。
あんなに登攀が簡単なのに、支点が整備されていれば、アルパインクライミングの本質とはかけ離れたた、楽しいところ”だけ”のクライミングが可能で、それは山野井さんみたいなまじめクライマーの正反対を行くアルパインの姿だ。あのレベルでは、普通のフリークライミング教育を受けた人なら当然まず落ちないのであるから。
ボルトが遠い理由を初登スタイルに求めていたが、それを言うなら、終了点も撤去すべきであろう…初登を引き合いに出す人は自分の言っていることの自己矛盾に気が付いていない。
初登したときに終了点のボルトがあったんだろうか?
当然、レッジTOレッジであったはずだ。なら、今もそうするべきなんであろう。
結局のところ、日本的アルパインクライミングは、終了点や中間支点という残置に侵されて、技術お留守の軟弱クライミング化し、それはガイドを利するものとなっているが、それはそれで、私はガイドさんはそれだけのリスクを取っているのでいいと思うが、現状を肯定するのは違うだろうと思う。
現実は、ジムでクライミングを覚えた人には危険なルートと化しているし、死者が出ている。その人のせいとは言えない。ボルトを増やし、安全にしておくことに、何の不都合もない。初登と異なるから嫌だというのなら、増えたボルトは使わなければいいだけなのだ。
フリークライミングのレベル感で登るようになると、簡単で、リスクが多いルートなんて、ご褒美が少なくてリスクだけがあるということなので誰も来なくなる。そりゃ当然だろう。
私みたいな、おばちゃんクライマーにレベル最適化されているルートなのだ。フリークライマーの立場から見れば、リスクが高く、ムーブの解決による報酬が少ないルート、という意味だ。
そういうルートを渋いルートというのかもしれないが、意地悪に言えば、中高年の火遊びルートともいえる。そういうところに、実力(アルパインのあれやこれや)もないのに行きたがる人についうっかり付き合ってしまったのが、私の白亜スラブということだ。
フリークライミング界を見渡しても、アルパインクライミング界を見渡しても、誠実さがあるまっとうなクライミングは、日本のどこにもないようである。