■ 合理的配慮: 大事にされて幸せ
最近、いつも行ってるカフェのメンバーの若い男性たちが、私が母親世代の年配の女性と言うことで、きちんと大事にしてくれてる感があり、なんか、ほっとしているというか、これが普通だよな、というか…
これは合理的配慮というものです。
トラウマが活性化した、白亜スラブというルートでの経験は、私がいくら対等だと気張っても、受け取る側だと思って出向いたら、受け取る側ではなく、与える側、もっといえば、奪われる側と言う話だった…(汗)。え?私がしりぬぐいしてあげる立場? さすがに、それは想定できなかったぞ?
■ レベル低下が師匠クラスが登ってくれる理由なんでは?
結局、こんなレベルのクライマーばかりなので、師匠らとしても、若い男子に教えてやりたい!と思ったところで、自分の身を危険にさらすわけにはいかない…(汗)なので、順繰りにランクを下げて行った結果、クライミングカーストの最底辺のワタクシまで、ランクを下げて、やっとまともに分かっている人に出会う…
ので、師匠らとしても、「えー、女性か、登れないし、体力無いし… …けど、少なくとも俺を殺す目に合わせることはないだろうな…」ということになって、私に順番が巡ってくることになっているのだろう…
男子は、間違った自信で、相手を殺す目に合わせる可能性があるので、それよりは、私と登るほうがまだマシ、という選択になったと思われる(笑)。
しかし、九州に来た時点では、九州の”重鎮”と言われる人のレベルをすでに超えて、私は九州に来たので、彼らよりクライミングが分かっており、”娘っ子か…しゃーねーなー 教えてやるよ”というポーズが、すでに無意味になった状態で、
”え?ビレイはこうするんですよ”、と逆コーチングされてしまう…
となったら、
”…。” (バレた…)
となってしまったんだろう…。
それもこれも、40年サボったからというか…、山岳会というシステムが壊れて、はや40年って感じなのだ。
東京大阪でも山岳会は機能しておらず、もはや誰も会の名前で相手を判断することはない。個人の時代、と言われて久しい。
しかし白洲次郎の時代から、人の手柄を取っていく天才というのはいるものです。
■ 長所をPRしているつもりで欠点をPRしている動画
個人の時代となると、どうやって自己PRするか?
が、クライミングパートナーゲットの要諦となってしまうわけなんだが…。
なぜか、勢い余って、ブイブイ自慢、イケイケ自慢、になってしまうのだろう…
そこへもって、クライミングについての無知が重なっていると、
技術が未熟で落ちました
みたいなのを自己宣伝してしまって、
長所をPRしているつもりで欠点をPRしている
ということになるんだろう…
■ 事例:
https://www.youtube.com/shorts/eoAnucfjI3o
私はアイスクライミングしか、きちんと分からないが… それでも、中級者に入ったばかりで、初級者時代を終わったばかりのところだ。(しばらく登っていないので、再度スタートするときは、初級者からやり直しだが。)
この動画によると、この人は、
・アックスのテスティングが甘く、ついでに言えば、
・登り方が稚拙で、
・アイゼンのフロントポイントが全く効いていない。
しかるに、当然、墜落。リード許可が出るレベルにない。
って、普通にボルトに止まっているし…、止まったからOKってことです。
アックスのネックを持ってはいけない、という教訓を教える事例?
しかし、普通
・あんなでっかいホールドで落ちるか?
って感じ…。
なんで、この映像が自慢になるのか?謎だ…
このような感じで、トップクライマーのクライミング内容を、誰かが解説する動画っていうのが、クライミング理解の正常化に必要なことなのかもしれません。
こっちは正しいリードクライミング