2024/05/28

山は泣いている…

■ メランコリーな朝

今日は朝から、しとしと雨で、梅雨入りを思わせるメランコリーな朝です。

山は白く霧に覆われており、稜線は雲に隠れて見えず、そして寒い。

悲しみを表現したら、こうなるのではないかだろうか?

怒りの後ろにある悲しみ…

山で失われた多くの命…私が最初に山で亡くした友人は、環境問題ライターの新井和也さんでした。五龍山荘勤務中でしたが、山を下り、追悼登山をしました。

そして、山岳総合センターの同期仲間。涸沢岳西尾根での滑落事故でした。

そして、パートナーにならないかと立候補してくれたカホさん。宝剣で滑落し、九死に一生をとりとめましたが、クライマー人生を終わりました。

アイスを登るはずだったのに、一人で冬富士に行ってしまい、そのまま、帰らぬ人になった誰か…。

故・吉田さん…私の周りには常に山での人の死があります。

九州では、自分自身がパートナーから殺されそうになり、驚いた。

パートナーだけではなく、

指導者自体が、人を死に導くだけと思われる間違った指導を行っているようだった…。

私の言説は厳しいですが、愚かなミスのために亡くなって行った(つまり、相手のミスにより殺された…)大勢の人たちの実態を知るとき、その言説が厳しすぎる、と言えるはずがありません。

登山は、合法的な殺人の道具、と化しています。

あなたが、25+35は60であると計算できない、計算する気がない、というそれだけの動機で…それも、俺がかっこいいことを世の中に示したいというそれだけの動機で…

誰かの命を奪うことが、正当化されるのか?

この問いにYESを出してしまうような世の中は、愚かであり、そうした答えの中で死んでいった人たちの気持ちが浮かばれることは、ない。

いったいどういう気持ちが、自分のエゴのために他者の命を奪うことに、YESを出させるのでしょう…

山は泣いています…