2024/05/28

読了 『ニッポンのミソジニー』クライマー界は、ホモソーシャル界

 ■ 被害者の苦悩が軽視されている

あの登攀以来、ここ3~4年も、苦悩しているわけだが、これは被害者としての苦悩だと思う。

自分を殺そうとした相手をあなたはどれくらいの時間がたてば、許せますか?

未遂に終わったとしても。

というか、未遂に終わったから、よかった☆よかった☆ ってなりますかね?

なりませんね? まぁ、普通は。

殺されかけた人は、たとえ、死なずに済んだとしても、相当の心的ダメージをこうむって、心理カウンセラー代などの、経済的負担も、大変なものだと思いますよ。

私の場合は、すでに200万円近く心理カウンセラーや、通院にかかっていますが…

多くの人は、そのような被害者に対して、知らんぷり、ですね。

俺の問題じゃねぇ…って感じかな。

やべ、怒ってるぜ、隠れとこ、そんなところかな。

まぁ、女の人をはらませて、子供を産ませたのに、養育しないのと同じですね。

■ そのあとの反省が大体の場合、不適切…

今日は、上野千鶴子さんの『日本のミソジニー』という本を読みました…

男女間で組んでいる場合の、事故原因の大部分が、男性の精神性にあるような気がします。

ホモソーシャルとは?

・ちゃちな特権意識

・男らしさ

・共犯意識

で固められた集団と言うことです。

というのは、岸良で、私が肉離れをした、その一回目の事故で、痛くて立つのもやっとだと、相方に訴えているのにも関わらず、あちこちに観光で連れまわそうとし、どうやって、相方を捨てることができるか?と思案した結果、安い宿泊施設になだれ込み、彼をおいて、私は福岡へ帰る提案をしたのですが、その瞬間まで、医者が必要だと思わなかったみたいでした。

立つのも痛くて無理だ、と言っているのに、なぜ分からないのか?そこが分からないですが…。

パートナーは、長年連れ添った奥さんが「食事を作るのがつらい」と言っても、それを手伝う意識もなく、ジブンゴトとは全く思っていない風だったので、私にピンと来たのは、

 女は男に服従するものだ 

 ⇒ 俺は男だ

 ⇒ したがって、目の前の女は俺に服従するものだ

 ⇒ しがって、俺は、女性が怪我をしたとしても、彼女を自分に服従させても良い

であるように思いました。

その源泉は、ホモソーシャル…男性の世界での、覇権争い「おぬし、やるな」という男性成員のあいだでの承認であるようです。

「よぉーし、お前を男の仲間に入れてやろう」

それが、各岩場で、別の開拓チームが入ってくると、グレード激辛競争が始まってしまって、グレードが大混乱してしまう原因のようでした。

他チームが入ってくると競争がおっぱじまって、なぜかグレードが激辛になる、というのは、どうも男性クライマー自身の身内からも、冷静なクライマーからは、観察され、小鹿野のクライマーズトークでも、そう語る初期クライマーの登壇者がいました…

しかし、現象の観察で終わり、洞察までは行っていないようです。

男性は、そもそも、女が言うことを軽視している。

背の低いクライマーが多い女性クライマーにとって、遠いボルトは、常人に増して危険です。

トップクライマーの、ヘイゼルが言えば、聞くんですかね?

  はぁ?5.9だぜ、それくらい登れよ。

とか

  俺はそうは思わねえ

で終わりでしたけど?

でも、結局は、私の考察の内容のほうが、正しかったし、男性がそう思わなくても、手がピンに届かないという事実は変わらず。

単なる、相手の立場に立つ想像力の欠如の問題のようでした。

性差を入れ替えれば、不可能であることが、女性が相手だと可能になる。

男性のパートナーが、「俺、肉離れしたから、帰る」と言えば、「そうか」となったのではないでしょうか?

あるいは、男性のパートナーが、白亜スラブのセカンドを登ったのだとしたら、夏ミカン一個で肩が付くとは、考えないのではないでしょうか?

そこらへんが私にとっては、未確認の謎なわけですが…。

大抵の男性クライマーは、女性パートナーを

 自分の言いなりにしていい対象

として選んでいるような気がします。

男同士の権力闘争に敗れてリーダーシップを取れない と思われたくないという心がその背後にあるのではないでしょうかね?

しかし、いくら、クライマーの絶対数が少ないからパートナー見つからなくて気の毒だなぁと私が思っていて、その気の毒だという親切心に付け込んだとしても…

いっくら親切でも命までは、さし上げられません。

親切で差し上げられる内容的には、もう十分以上のものを相方には差し出したと思うし、私が怪我をした岸良に一緒に行った方にも、十分以上のものを私は差し上げたと思います。

カットアンカーが九州で、まずいボルトだと認知されるようなったのは、私の考えによれば、私の功績です。

その開拓者は、いまだにそれで開拓しているのではないかと思いますが…新しいニュースが聞こえてきませんので…

それどころか、グージョンが適さない岩質もあるとか、こねくり回して、遠巻きにカットアンカーを擁護するような言説をSNS上に見ることもありますが…グージョンとカットアンカーって、構造が似ているので、それを外すと、オールアンカーになりますし、オールアンカーって、どの本にもNOって書いてある…。

巷の一般的な知性のクライマー諸氏に議論を任せていたとしても、25+35が計算できず、50mシングルで突っ込むのが普通だと考えたり、身長の低い女性に向かってエイドで鍛えてやるというようなレベルの知性しかないわけですから、現在の低知性化、低知能化してしまった日本で、草の根活動に、議論の行方を任せるのは、それこそが無謀というものです。

特に男性社会で。

男性同士の低レベルの覇権争いに終止符を打つには、

 国の機関である文登研あたりが、国として最高レベルの知性でガイドライン

を作れば済むことでしょうし、それに必要な人材も、原資もすでにあると思われます。

過去、戦後70年で、時代の試練を経た、適切な支点素材選びがすでにできると思いますし、クライミングは一部の好事家のするもの、という逃げ口上も、もはや通用しない。

なんせ、自分たちがスポーツ振興でクライミングを取り上げてきたことが、クライマー人口の増加なのですから。

このような状況において、

 ・岩場のボルトの放置、

 ・岩場の安全性の要である整備の基準作りの放置は、自らの首を絞めるだけだ

と思います。

要するに、男子はお山の大将の言うことしか聞かないのです。

被害を被るのは弱者です。それは、最近、証明されてしまった…

祝子川にボルト打ってスポーツルートみたいに安全って賞賛する程度の、理解しかできない人が世間を率いているんですよ?

文登研などの上の方の人は、現実的になりましょう。