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2024/07/02

【クライミング心理学】軒先貸して母屋取られないクライマーになる


5 Ways a Super Empath Destroys a Narcissist

1”. A Super empath destroys a Narcissists sense of entitlement

・質問を使う。
「被害者の権利は踏みにじられていいのですか?」
「この状況で、もっともかわいそうなのは誰ですか?」

2.A Super empath sees through a Narcissists mind games

 ・被害者のフリに騙されない
 ・”シンパシーバンパイア”という言葉を知る
 ・ナルシストの常套手段について知る
 
3. A Super empath destroys a Narcissist ego
 ・ナルシストには、賞賛やバリデーションが必要だが、それを与えない
 
4. A Super empath does not take anything a Narcissist says seriously
 ・Blame sifting =責任転嫁に騙されない

5. Super empaths fight a Narcissist real hard
 ・相手の行動が予想できるので良く戦える

 ■ 期待に応える人生はしんどい

倉上慶大さんの業績と死を考えていて、期待に応える人生は、大変だということを改めて考えていました。

クライミングで、クライミング史上誰にも成し遂げられなかったことをしたのに、それでも、不満で、もっと!もっと!とクライミング界が彼に求めたことが、彼の死の遠い原因だったんではないかと思います。

こちらにロビン・ウィリアムズの死について述べている心理分析があります。

https://youtu.be/uARqjJb1tc4?si=epofyX5caT2_QhkJ

私は梯谷先生の、”息子、やったな”論を支持しているというか、直接の原因は病死でも、わざわざ心停止を招くような、富士山をやっての死なので、自分自身で期待された死だったのではないかと思います。

■ 期待に応える=エンパス 期待が理解できる人&能力がそもそも高い人

私はもともと、エンパスであるために、6歳で、母が困っているということが分かりました。(普通の子は14歳でも分からない)

エンパスであるために、本で読む内容がすごく理解できたのだと思います。エンパス能力は共感力であり、本に書かれたことを共感する力=理解力なのです。

そして、親の期待は、大体は子供の幸福を願ってのことなので、私は相手の期待を

 善意だと勘違いする癖

があります。これは、気が付いたので改めて行こうと思います。

善意ではなく、悪意のことがあります。

■ 例) 相手の期待をすぐ善意の期待に勘違いする癖 

例えば、白亜スラブの時は、

あ、私が一人で龍洞に行くと言っているから、応援で、クラックを登らせてくれようとしているんだな…

と相手の意図を善意に勘違いしてしまい…

実際は、殺されそうになった…(><)

なので、私の解釈がかなり歪んでいる、という問題があります。

おそらく一般の人は、同じ人が同じように言っても、ひっかからないのではないかと思います。

原因としては、私が、愛情にあふれた、良い生い立ちで、周りがいい人ばかりだったということなのかもしれませんが…。愛されて育ったということです。

逆に感謝体質だったのが良くないのかもしれません。

子どもには与えられて当然の愛にも、感謝してきたということです。

相手の意図が、全部、善意に見える、っていうのは、どういう病なのでしょうね?

■ 父にも愛されたという前提で生きたかった

あ、分かった。私は愛されて生まれてきた、と思いたかったのですね…。

実際は、父に、2歳でプールに突き落とされ、子供として、”父親への信頼と愛を裏切られた”のですが…、それを実感するのは、後回しと言うか…父は実際のところ、いないほうがよかったような父だったのです。なので、子供時代の本音は、あんな父ならいらない、でした。

父親に愛されなかったという事実はつらすぎるので、受け入れたくなかったがために、

 あれは、私のためを思ってやったのだ

と思いたかったんですね…。しかし、完全にナルシズムの勝利でした。

子ども相手だから、勝って当然ですね。

逆に私が大人になってからは、私を打ち負かすことはできない、という証明に、青ちゃんとの関係がなってしまったかもしれません。父へ報復する代わりに、青ちゃんにしてしまったかもですねぇ…

■ エンドレスに求めてくる人=共感吸血鬼=シンパシーバンパイア

母に始まり、子供時代の弟、妹、祖母、そして元クライミング・パートナーに至るまで、彼らは、私がいくら与えても、もっともっとと求め続ける......。そんな感じでした。

ありがとう、はなし…。

クライミングでは、一人一個しかない私の命を奪われそうになった。

それでもありがとうはなく、最後は暴言を吐かれました。全く感謝がないし、反省もゼロだったみたいだった。彼らがナルシストかどうかの試験は、例えば、貸したものを返さない、ロクスノを返さないとか、そういうことでも分かります。

あとは、犯罪への抑止力が超弱いです。残置のカラビナ、ねえねぇ一緒に山分けしようよ、って感じです。逆に、貢献への意欲は低く、JFAの井上さんが訪ねてきてくれた時は、一緒に会おうと誘いましたが、嫌がってきませんでした。ので、せっかく良い仲間が出来たかもしれない可能性の芽が摘まれました。逆にいえば、私の善のエネルギーより、彼の悪のエネルギーが勝っていたから、彼は組みたかったのです。

私の命は、彼のエゴより重要ではなかった。彼にとって、クライミング・パートナーの命は、ナルシストの人にとっては、ものすごく軽い。自分がかっこつけるために、相手の命は軽んじてよいと言語化して思っているわけではないだろうが、行動の結果は、そう示しています。

エンパスがナルシストに主導権を渡しているフリをするのは、めんどくさいからです。うまくこちらが従うふりをして御したほうが、正面から対決するより楽、と思ってしまうのです。

たとえば、なぜ、実際にマルチピッチに行く前に、ロープの計画を立てないといけないのか?なぜロープは2本なのか、説明する手間が…始めると一から十まで説明してやらないといけなくなります。

相手はそうしたことをマスターしてからクライミングに来るのがマナーだ、とは考えておらず、来ましたー、俺、どうですかーでOKだと思っているのです。

特にクライミング界自体が、「クライミングは自己責任」という標語で、無知で無学の上でパートナーを殺してしまう側の権利を擁護して、不当に殺されてしまった側に、自己防衛できなかったのは、「自己責任だから仕方ない」を押し付けている。

ある意味、それこそが、ナルシストにとってクライミングが魅力的である理由なのです。

かれらから見れば、チャンス!と映ります。自己責任って「人にせいにしていいって意味ですよね」としか聞こえないのです。

死んでしまうほどのことがあるのだから、きちんと勉強してから挑め、という意味には聞こえていません。

その上、業界的な文化的後進性が彼らの態度を後押しし、正当性を与えています。

これは、彼のナルシズムが山梨では抑えられ、九州で炸裂したことで伺えます。

要するに元から赤でしたが、朱に混じれば赤くなるの、赤が、濃くなるってことです。悪い人でも、良い環境にいれば、悪さはできないですが、悪い環境にいれば、やっていいんだーと抑制が外れるって意味です。

■ 自分への課題

日本のクライミングコミュニティで、私がクライミングを続けるためには、白亜スラブのようなことが、私に二度と起こらないように、予防し、防御しなければならない。

■ ナルシストから身を守る

倉上さんは、秀でることで、世間から自分を守ろうとしたのではないか?というのが私の読みであり、それは、私自身の戦略が、初期にそうだったからです。

強くなりたい… 母を守れるほど…

強くなりたい… 家族を守れるほど…

それが私の子供時代の強い願いだったので、神は私に試練をもたらしたが…

試練から帰ってみると、強さとは、孤独のことであり、弱者であると主張する人たちからエンドレスに搾取され続ける人だということが分かった。

その上、大人になれば各自自分を守れるのです。守ってもらわなくても。

■ もっともっとの名誉搾取

もっと成果を、もっと名誉を、もっとメダルを、の”もっともっと”は、スポーツ界に顕著に言える。ぼろぼろになって、引退するまで、搾取され、続ける選手たち。結局、もうかっているのは、企業であるスポンサー。アスリートは使い捨て、です。

クライミング界においては、クライマーは、集客力がないのが、そこそも幸いしているのではないだろうか?エンドレスな搾取は、まだ聞いていない。

スポンサーは、金をくれてやっていると思っていると思う。

しかし、お金をもらう側は、魂まで売り渡していないか、気を付けなくてはなりません。

優れた選手になれば、スポンサーがついて、クライミング三昧できると思うだろうが、そのお金はひも付きであり、人であることを超えるほどの挑戦をしても、さらなる挑戦を追いかけることが前提の金だ。無理です…は、許されない。

そんな苦しい立場に自分を追い込みたいです? 戦略的に脆弱性があることは、予見できますよね?

■ 14歳の時 ライオンズクラブの奨学金を断りました

私は、上記と同じ理由で、14歳の時、月3万円のライオンズクラブの奨学金を断ったことがあります。

魂を売り渡すのはいやだったんですよね…

それで相当貧しい生活を潜り抜けることになりましたが…今でもよかったと思っています。

クライマーも同じで、

スポンサードされて羨ましいなぁ

ではなく、自分の足で立って、そしてクライミングしていくということのほうが、よほど立派ではないでしょうかね?

人生はだれのものか?あなたのものですよね?スポンサー企業のものではなく…

その独立を守るカギは、お金。だから、伝統的にクライマーは超ビンボーを受け入れて、クライミングしてきたのでしょう…。

その伝統に立ち返ったほうが強い。山野井さんは、人にお金をつけてもらわないクライマーで有名です。


2024/04/10

【開拓】なぜ日本の岩場には5.9の名作がほとんどないのか?

■ 男性5.12、女性5.11

まぁほっとけば、男性は、みな5.11~5.12の間に落ち着くのです。

女性は、5.10~5.11の間が落ち着きどころです。

私は、40代からクライマーをやっているのですが、43でスタートしたときは、大町の人工壁3mくらいで落ち、トップアウトしたら、拍手がもらえる感じでした。

ところが、3年やったら、アイスはすいすい、ラオスの登攀で海外パートナーと登ったことで、日本の岩場の怖い理由が分かって、呪いが解け、5.10Aではまず落ちない、というくらいになりました。5.11を初オンサイトくらいでクライミングからは離れましたが、それで4年目とかでした。

つまり、どんなにパワーがない人でも3年もやれば、イレブン。あとは老後に向かってゆっくり退化して行ったり、仕事の状況によっては成長できたり、いろいろでしょうが、大体そんなところが平均的な運動能力の落ち着き先です。

ボルダーグレードなら、女性で5級。男性で3級。

そうすると、開拓者は、男性が多いので、5.11~5.12の間の課題が増えるでしょう。

女性開拓者は、ほとんどいないので、5.10~5.11は増えない。

さらに誰もが通る道である5.9も少ない。

ナインアンダーになると皆無、ということになります。

これが、

 初級者のうちから海外に出たほうがいい、

と言われる理由です。

海外では、日本よりもクライミングの歴史が長く、最多クライマーは、6A~6Bです

つまり、5.9~5.10です。

なので、ナインもテンも登りつくせないくらい課題数があります。

龍洞の岩場なんて、5.4からありました。

そういうところでバンバン数をこなして登っているから、上達できるんですよ。

クライミングジムでいくら登っても、外岩経験は積めません。岩の歌も聞けるようにはなりません。(ヘンテコリード

なので、海外に2週間行ってバンバン登ってきましょう。

      インスボンで、チラ見した隣のクライマー たぶん韓国の人


ある日本人女性のデジタルノマドの投稿。男子なのに、なんでみんな行かないのかなぁ。
女子でも頑張っているのに?

https://workfromgreece.gr/

2024/04/08

【クライミングで愛を紡ぐ】上野

■ 上野

分子栄養学のディプロマ授与式が日本橋だったので、近くに宿を探した。

今回の宿は、HostelOwl 小さな手作りカプセルだが、たったの2500円で銭湯の隣にあり、快適に過ごせた。東京方面に登りに行くクライマーにはお勧めだと思う。

https://www.hotel-owl.co.jp/

寝るだけの用事に、ビジネスホテルに泊まっている日本代表クライマーたちはクライマーにしては甘やかされている。

以前は仕事で、ウェリントンに一か月いたときはインターコンチネンタルに泊まり、カンザスにいたときは、CandlewoodSuiteに一か月いた。

https://www.ihg.com/candlewood/hotels/us/en/overland-park/mkcgv/hoteldetail

そりゃ一日中、ホテルに缶詰で、デスクで16時間仕事するんだから、多少払っても価値があると思う。

そこから、山の中のテント泊で、ー25度の寒さの中でも一人で完結できるほどに成長した。

この写真は、ちなみに11月で、-25はない。どちらかというと楽勝系テント泊だ。

実際には、私は2月の八ヶ岳で雨の中、テン泊している。

思えば、遠くに来たもんだ。

 


■ 誰にも奪えない自信

ただどこかに宿泊する、ということだけをとっても、これだけの

 経験の幅

がある。そのことで広がる視野がある。

その知見だけは誰にも動かすことができない、揺らぐことがない自信だ。

それが大人として、経験をもち、知見を増やすということの意味だ、と思う。

宿泊なら、ホテルなら、雪の中のキャンプから、高級ホテルに1か月。

■ 思い出の上野

今回は、ディプロマ授与式の後、クライマーの友人と上野でご飯を食べた。

一番うれしかったのは、その年上の先輩クライマーに、ご飯をごちそうすることができたこと。

私は、愛が余っていて、私の愛を利用されることなく、愛する対象が欲しいだけなのだ。

その先輩クライマーには、恩義があった。

クライミングでは、ここぞ!というときに登場してもらった…

私のアルパインクライマーとして区切りになるルート、旗立岩中央稜に行ったときは、セカンドを務めてもらった。

あそこは、アルパインの精神をミニチュア版で味わえるルートで、懸垂で始まるが、ルートファインディングから必要で、きわどい登攀のあとは、山頂では一般登山者と合流する。

今でも、私の人生の誇らしい瞬間として、大事に写真にとってある。もし私が死ぬことがあれば、その瞬間を回想し、一緒に登ってもらった大事な人として、彼を思い出すだろう。

■ 上野

上野は、桜はまだだった。そういえば、大学のころ、ジョージア・オキーフの展覧会を見るために上野の美術館に大阪からやってきたことを思い出した。

私の子供時代は、美術館通いの日々だった。母が東京女子美卒だったので、大きな展覧会が来ると、抜け目なく見に行くのが我が家の伝統だった。だから、美術館とそれに付属した森は、自分ちのようになっていた。

大学1年生のあの頃、私は東京に憧れており、一ツ橋大学に進学した中学の同級生を訪ねたが、東京とは名ばかりの遠くの郊外(町田)にワンルームマンションがあり、驚いたのだった…。

早稲田に進学した友達の家は、豊島園近くの下宿で、ワンルームですらなく、トイレも共同だったので、さらにあまりの田舎具合?に驚いた…。

それを見て、大阪でも、電車の最終駅からバス1時間の箕面の学生寮に住んでいた私は、東京方面って言っても、私が大阪の、外に住まわされているのと同じで、全然、都会は遠いのだ…、と思ったのだった。

オキーフのその展覧会を見たのち、私は、その後、すぐにアメリカに働きに行くことになったため、その後は、すっかり東京や、大都会への憧憬は無くなってしまった…。

アメリカ合衆国という大きな世界を見て、すっかり興味を失ったのだった。

今となっては東京は行くだけでもめんどくさいな~って感じだ。

まるで、ラオスや龍洞に行った後に、小川山やまして、日向神、に興味がなくなったように。

その、もともとはあこがれの対象だった上野に、また舞い戻って、そして、世話になった先輩にごちそうができる…。

そんな自分の、遠く、長かった道のりを思って、すっかり大人として、自分が成長していることを感じた。

そう、もう、おとーさーん!と言って泣きつく年齢は終わったのだ。

もちろん、先輩はいろいろな人生の助言をくれる。

とくに私自身も、老いがスタートする年齢になり、どう、岩と向き合っていくか…そういうことは当然だが、先に行っている先輩たちが教えてくれる。

前からそう思っているが、フリークライミングってアルパインから見れば、引退後のEnjoyClimbingなんですよね(笑)。

■ 若い男性が写真を撮ってくれた

桜がまだ開花していない上野公園で、一本だけ桜が咲いているところがあった。

そこで、うろうろしていた…のは、誰か記念の写真を撮ってくれないかしら?そう思っていたからだった。

すると、それを察してくれたのが、20代のいかにもチャラ男そうな若い男性だった…その男性は、見た目によらず、すっと察して、「写真を撮りましょうか?」と言ってくれたので、その言い方が、いかにも私の心にすっと入ってくる、気取りのない言い方で、とても配慮のある男性だということが分かった。

人は人を見た目で判断し、そのことを大人時代に学ぶが…もちろんスーツ姿で丸の内を闊歩したOL時代を経て、人は見た目で左右され、良いサービスを得たかったら良いスーツを着ていないといけないと学ぶわけだが…そして、大人になれば、人は見た目に寄らないということを学ぶわけだ…。

■ 内なる父なるもの、内なる母なるもの

私のお父さんは、私を育てた奥秩父の山々、南アルプスや前穂北尾根。そして、昇仙峡の日々…。三つ峠の登攀。岩っちゃんと登った奥秩父や小川山。故・吉田さんとの時間。インスボンでのマルチ三昧。そしてアイスクライミングの日々。

私のお母さんは、ヨガで私についてきてくれた生徒さんたちだ。


2024/04/05

【クライマー向け移住情報】岸良ボルダーのある肝付町に格安物件

■ SMOUTより引用

https://smout.jp/plans/16147?utm_source=smoutUser&utm_medium=Email&utm_campaign=rankingPvPJMail

より引用です。

ボルダラーなら、肝付は移住候補地になりますよね。

ーーーーーーーーー① 池のある立派なお庭が自慢の物件


物件No189

売買金額:100万円

間取り:6DK

土地面積:1054.37㎡

周辺地域:内之浦漁港が目の前、スーパーまで徒歩数分、

     小学校徒歩10分、中学校徒歩圏内

おススメポイント:元町長の家車は5台以上のスペースがあります。

         大きな納屋?蔵?が3個あります。元町長の家です。

残念なポイント:建築年数は古いです。増築を何回かしています。

        多少のリフォームは必要です。


※物件の詳細や住所は、SMOUTの「応募したい」から気軽にお聞きください。

ーーーーーーーーーーーー

大きな納屋を改装して、クライミングウォールにすれば、岸良ボルダーへ向かうボルダラー向けのゲストハウス運営が可能かもしれません。

参考になるのは、龍洞の岩居ですね。https://maps.app.goo.gl/grVSJ1BWtSuuXbUV7





2024/03/17

【ガスライティング事例】”クライミングは自己責任”というセリフの悪用=ガスライティング

これからクライミング界におけるガスライティングの事例を紹介します。

ガスライティングは、客観的に正しいこと、事実であることを、まるでこちらが間違っているかのように言うことで、 こちらの現実認識力を狂わせ、まるでこちらが間違っているのだ、と思わせることです。

自分の現実認知力に自信を失わせることが目的ですので、孤立化させようとしてきます。

映画の『ガス燈』から命名が来ていますので、意味が分かりにくいので、一度この映画を見られると良いですよ。

Youtubeでは中村りんさんほか、多数の心理カウンセラーが解説しています。

■ クライミングにおけるガスライティング事例

事例1)

事前に断りなく、人のロープを使っておきながら、「クラックに新品のロープなんぞ持ってきてはいけない」(フライングモンキー(取巻)のセリフ)

自分のロープで自分のリード課題を登る。リードを登るために買うのが自分のロープです。これが正しい認識。クラックに新品のロープなんぞ持ってきてはいけない、というのでは、ロープを使われてしまったクライマーのほうがまるで悪いみたいです。

人のロープで登ろうとするクライマーは自立していないクライマーです。UIAAの事務局長ですら、人のロープで登ることの何が悪いの?と言いますから、それは、その人が旅行中に誰かに好意で登らせてもらいたいという気持ちがあることを表しています。

相方に、私が登りたい課題がないエリアに連れていかれ、そして私の新品のロープを使って、自分の本気ルートを登りました。これは重大な

 境界線侵入

です。

ロープは高額です。

そして、伝統的にアルパインのクライマー内では、ダブルは一本ずつ持ち込むもの、と決まっています。

またフリークライミングで自立したクライマーは、自己規律として、ロープは自分がリードするために選ぶもの、と決まっています

このロープは私がリードするのために安全になるように、選りを掛けて選んだものです。軽いクライマー=伸びが良いロープです。

それで文句を言ったら、どうなったと思います?

「クラックに新品のロープを持ってくるほうが悪い」ですよ? 

は?

新品で登ろうが、古品で登ろうが私の自由です。

私は台湾の龍洞にも新品のロープで行きましたが、周りのアメリカ人クライマーの回答は、「こんないいロープで登らせてくれて、光栄です」でしたよ?

このように、こちらが正しいことをしていても、まるで悪いことをしているか?間違ったことをしているか?のように言ってくるのが、ガスライティングってことです。

自立していないクライマーを擁護するために、ロープくらいいいじゃないか?という人がいますが、そのような人には、「なら、自分のを買ってください」と返事をすることです。

クライマーとして自立できない時期は誰にでもありますが、その時期に他者のロープで登るのは、好意であり、権利ではありません。自分のモノではないロープを使う権利がある、と主張してよいということではありません。

事例2)

40年物のカットアンカーを使ってある岩場で、「すべて自己責任でお楽しみください」と張り紙。

そもそも、その岩場が、グージョンではなく、カットアンカーで、しかも、ハンガーとボルトの金属が一致していない異種金属であるかもしれない、ということを、岩場にデビューするクライマーに、そもそも教えていない。

無知な状態で置かれた上に、「自己責任でお楽しみください」は、全く道理に通らない。

その上、自己責任を言ってくる本人らは、その40年前のカットアンカーを放置しており、全く自らの開拓者としての責任を全うしていない。

開拓者になるということは、後世に自分の課題を残したい、ということでしょう。つまり、自分以外の人間も登ってほしいということです。

初登したいだけなら、登った後ボルトを撤去したらいいでしょう。

そうでなく、他のクライマーにも上ってもらい、グレードを確定したい、というのであれば、管理責任が発生します。すくなくとも古くて危険になったボルトを撤去するくらいの責任は発生するでしょう。

名誉だけあって責任はないやり逃げポジション=開拓者ってことになっていませんか?

もちろん、すべての開拓者がそうだ、というわけではありません。中には岩に向き合って、良質な課題を作っている人もいるでしょう。

ボルトの購入代金が出ないというのなら、登りたい人が後で新しくボルトを購入して使えばいいのです。

昔は、アルパインルートでは、ハーケンを打って、セカンドが回収して登っていました。ハーケンは打つのも回収するのも技術が必要です。現代は、カムがこの座に代わっていますが、それに従って、プロテクションが打ちやすい=登りやすいルートも変化しました。

さて、この慣行から、セカンドによる回収を差っ引いたのが残置です。回収できないほどしっかり埋め込まれちゃったということもありますし、次も来るから、と残置したのかもしれません。

その行為は、まぁ基本的に Leave No Traceの伝統からすると逸脱行為です。

本来のアルピニズムは、来た時と同じ状態にするものです。

元々のアルパインクライミングですら、ちょっとね…という価値観の残置。

フリークライミングの時代になって、ラッペルダウンで作られた課題が多くなると?さらに自己規律が緩くなったのでしょうか?

ありとあらゆるものが残置されるようになり、さすがにリングボルトやオールアンカー、RCCとか、は誰が見ても、危険なので、使われず、そこに産業廃棄物のようにあるだけですが…危険なんだからもう撤去したらどうですかね?

ハンガーがペツル製品で、ペツルの刻印があるにも関わらず、ボルトがカットアンカーと言うボルトが、一杯の九州…これは、九州だけの問題ではなく、たぶん、2000年以前に開拓された岩場は全部これみたいなんですよねぇ…。

1980年代以降の開拓で、40年経過して、すでに命を預けるには、信頼に足るものではなくなったボルトについて交換を進めていくのは、その岩場を開拓した開拓者が音頭を取ってやるべきだと思います。各岩場に、かならず2名は、音頭取りをした人がいるはずです。なんせクライミングは一人ではできないのですから。

肝心な時に、俺の責任だから俺がやる…というリーダーシップを発揮しないで、ちゃっかり目ざとく、名誉だけ取る、というのは…自己愛性パーソナリティー障害の特徴ですよね…。

たぶん、誰かがスタートして、それを見た周りの人は、そうか~、あれでもクライミング界は赦されるんだー なら俺も…と追随しただけだと思いますが…。

それって、結局、負の遺産を、次の世代に残すことにしかなっていないですよね?

もし撤去してくれたら、登るためには、最低1万円くらいのボルト代がかかるはずで、ならボルト打ちの勉強しようか、という若い人も出てくるし、1万円くらいのポケットマネーがだせない人は来ないわけですから。新しいボルトにする更新も進むでしょう。

そこに40年前のボルトがあって、それがペイントされていたりして、危険を分からないようにカモフラージュされているから… それを登ってしまう若い人が出るわけです。ボルト追っかけクライマーになるのは、当然ですが、そこにボルトがあるからです。

あっても使えない=機能不全ボルト

誰ですか、このアンカーのルートを

「ちょうどあなたのグレードだから登ったら?」

と言ってきた人は?

これを登れ、だなんて、バカじゃないの?
大堂海岸の懸垂に使われる支点
このような感じになっています。
開けたらこうなっている事例
日向神で現役。

こうしたボルトがさび、錆が表に出るほどの場合、ペイントでごまかされている場合もあります。

例:大蛇山

登った後、あのボルトは信頼できないのではないか?と私が言うと、そんなことはないと反論されましたが、根拠が希薄です。

いや…これは…。何かの隠ぺい工作か?と思っていたら、

すぐそのあとにリボルト対象になった(汗)。

やっぱし、ダメって意味だったってことです。


まぁ、クライマーの中にも、きちんとした人はいます。しかし、そうでない人が圧倒的に多い。

その上、そうでない人が、”それが何か?” とトボケてスルー出来てしまう、というのが問題なんです。

昔は、タバコを吸う人は、だから何?と言って(=不遜な態度)、社会全体に迷惑かけていたわけです。

今は許されないでしょう?

同じことなんですよ。

というのが、クライミング界の主たる問題です。


2024/01/28

【クライミング技術】女性でも5.12を登るための課題の条件

 ■ 女性で5.12の条件…

強さ…山で強い…というのは、ほとんど持久力を意味しますが…現代生活で持久力が発揮できる場はほとんどない。

私は、持久力と言う意味では、日本で登ることができない山は、そんなにないだろうという感じに、4年程度の修行で到達しました。女性のほうが一般に山での持久力は長持ちします。

もちろん、男性山やでがっつり体系の人にかなうような力ではないです。なにせ元の筋量が違いすぎます。女性の場合は、持久力に使っているのは、ケトン体で、体脂肪だと思います。

男性は、筋肉です。長くやっている山やって、ひょろ痩せ体形…筋肉喪失型…の人もなかなかいます。

老いに追加して、登山が嵩じてアルパインになると歩荷力がいりますが、アルパインが嵩じて、オールフリーで登るスーパーアルパインになると、フリークライミングの能力が問われます。そのタイミングで、筋喪失していることが、フリークライミングにおいては都合が良い、ということが起こります。ので、大事な骨格筋などを喪失しても放置していることがおおいのではないか?と思います。

昔のアルパイン型の体形…がっつりマッチョ型の人は、ほんとフリーになったとたん、全然登れません。細い針のような体系の女性のほうが登ってしまうので、自尊心ズタボロになって、フリーを嫌悪するアルパイン系男性は多いです。

■ 瞬発力

フリークライミングや特にボルダーでは、一転して強さは瞬発力です。瞬時に出せる最大筋力のこと。

大体、男子は、オールアウトして、その後、使い物にならなくなる… 女性はオールアウト自体ができない人が多いです。

瞬発的な強さが必要なのは、クライミングでは核心(クラックス)というものがあり、そこをこなすのは、一にムーブ、次に筋力で、男性は、二次的要素である筋力で、やりくりしてしまうため、ムーブの習得は後回しになります。

しかし、女性だと、ムーブは習得が先に来ますし、習得できても(正解ムーブでも)、その後は、筋力でカバーしないといけない局面に来る…そのときに、先立つもの…例えば、クリップで不利にならない、十分な身長、や、BCAA…がないと、乗り越えられないことが多いです。

それは、

 性による制限を乗り越える、みたいな、女性に対しては過大な要求

ってことが多いです。

女性で鉄棒にぶら下がって胸を鉄棒に着ける懸垂が可能な人には、あんまり会わないですが…そこを乗り越えるみたいなのが必要になる。女性の場合、1回懸垂ができるだけで、アスリートレベル(笑)。

私にとって、たぶん、5.12は性差を乗り越えるくらいな、運動強度は、

 達成不可能感

がありますが…。 

それは、

 課題の内容による

かもしれませんね。

特に低身長によるリスクは、努力で乗り越えられる質のものでは本質的にない、です。

女性は全般に低身長ですが(私は特に小さく、152cmしかないです)。

■ クリップ時のリスク増加について 男性は理解がゼロのことが多い

・その身長によるリスクアップというハンデがない課題

立てるスタンスがない、立てないところで、クリップを要求されると、たぐり落ちになり、ものすごく危険です。

・それなりにホールドの選択肢が豊富で、その選択肢のどれもが、5.12の難易度の範囲に収まる課題

 ホールドが届く範囲にあっても、2段とグレーディングできる極小ホールドやブランクセクションでは難易度、急上昇です。フットスタンスも同じです。

・その上、垂壁であれば、可能かもしれません

 オーバーハングでは、上半身の筋力が必要になります。

オーバーハングは、ワンポイントの課題以外は、まぁ、大体、男性の独断場です。

スポーツクライミングやアイスクライミングの選手では、オーバーハングも女性やってるのですが、ランナウトの問題はなく、またアックスを使えば、指を使わないでいい。アイスでは、アックスがあるので、指力の問題を回避できるのが魅力でした。身体張力でなんとかできる余地があります。

しっかし、私も、フィギュア4試してみましたが、いや~、これは、やり続けてできるようになるのかな?的疑問がわきました(笑)。全くダメ。

今、適性を感じている水泳やバタフライでの感触とは大違い。健康のため、であれば、合っている運動を行うほうが合理的です。

しかし、とはいっても、

 胸・肩・腕、という上半身の弱点

は、現代の日常生活で要らないから、使わないという方向性に行けば、退化の一途。

同じ筋トレなら、やるのが楽しいクライミングのほうが、一般的なトレーニングマシンより、モチベーションの点で有利です。

退化することを歓迎する人類はいない訳なので、

 楽しみの範囲でやればいい

のではないかと思います…。

■ 5.12の閾値

まぁ、5.12が登れねーならお前はクライマーじゃねえ!と言っているのは、日本の男性に限定したクライミング常識かもしれません。

なんせ、5.12まで行かないと、日本の岩場は安全に登れないように設計されてしまっています。

それがないのがラオスでしたし、龍洞でした。

そういう岩場に設計されてしまった理由が痛くて、

 男性がランナウトで勇敢を気取る、ヒロイズム

という クライミングの本質とあまり関係がないようなもの…。

しかし、それを若い今のクライマーに是正せよ、というのも酷ではないですかね?

だって、現代クライマーには楽勝だったりします。4級で40mランナウトって、現代のスラブで2段とか登っている人だとすると、ロープそもそも出すの?って感じだろうし。

4級40mランナウトでしびれて楽しいタイプの人がどういう人か?というと、まだフリークライミングの最低レベルである、5.9なら大体オンサイト出来るというレベルに達していなくて、易しいルートでもロープを出さないといけない段階の人。

普通にフリーのレベルで四苦八苦するのが楽しさだということになった人は、ランナウトはバカバカしく感じるのではないかと思います。

まぁランナウトってピンチって意味なので、ランナウトで燃えなえれば、火事場のバカ力出ていないって意味ですけど、わざとランナウトさせるのは、本末転倒です。

なんせ、本気のピンチに取っておいて出てくるのが火事場のバカ力なんですからね。


でもまぁ、おじさんたちにとってはでもそれが、人生のすべて、であったのかもしれません…。


2023/01/08

みんなのセカンド?

今日は久しぶりにワインを飲んだためか、入眠に失敗中。明日山の予定なのに…。

中途半端な覚醒の中で、描きたい絵が見えたりして、あれ?創造性回復中?と思って意外な気持ちもしている。それだけ私にとって、マウンテンバイクで、森の中を駆け巡ったのが、楽しく、癒されて、素直な気持ちが出てくるということだ。

機関紙ヒマラヤだが… 横山さんはほかにも何人もメンバーがいる中での遠征だったのに、2名でのアタックだし、記録のトーンから、自分の山というより、なんとなくお国全体の使命感を背負っての遠征みたいな感じだった。

伊藤さんはジャンボさんを、”担いでも全然遅くならないんですよ”とか言って褒めていたし、ジャンボさんは、

みんなの共通財産のセカンド、

なんだろうか?とふと思った。みんな色々事情がままならない中で遠征するので、メンバー集めも大変みたいなんですよね…。黒部横断でなんで宮城さんなのかなぁと思ったのでチラッと聞いた時、その時空いている人みたいな人選だった。

だったら、40kgが歩荷できて、5.12がスイスイと登れる人は、みんな、トップクラスのクライマーと登れる可能性があるそうなので、男性クライマーは、意外と、あれ?俺、手が届くかも?みたいな目標じゃないかと思うのですが…?

例えば、大学山岳部だったら、40kgはそんなに大した重さじゃないです。なんせ私が25kg担げるわけですから、同じ筋肉当たり重量を拡大したら、普通の男性でも、40kgは担げると思います。

5.12スイスイも、今どきの高校生は5.12は、アップ、ということなので、そう難しい要求をしているとは思えませんし…。

後は、まだジャンボさんみたいな頼れる判断力がある先輩がいる間に、いかに自分の存在に気が付いてもらえるか?みたいな話だと思いますが… 。

それには、やはり、アルパインの記録で、光るもの、が必要かもしれません。

■ こだわりは大体、しっかりした山やは共通

中高年の山の世界では、 モラルの低下が激しく、例えば、富士山を登るのでも、一番簡単な吉田口から、最短距離で、登って登頂でお終い、というのが、ちゃっかり登頂コース、ですが、そういうのは、出来る山やって雰囲気が出ないルートの選択です。

例えばですが、”どうせ登るなら、0合目から”、とか言いながら、一番下から登ろうとする、などは、山やたる忸怩が感じられる良き選択肢です。(いわば、シットスタート)

数ある選択肢の中で、一番長い尾根を登ろうとする、のも、山やらしいなと思う。

もっとも顕著なラインというのも、アルパインらしいかなと思います。

そうですね…ラインのとり方に、その山やの姿勢が表現されているというか…。私はアイスでしか、ラインを自ら作るというレベルにはありませんが、私のアイスのラインは、自己表現としてどこにもイケイケ、はないと思います。仮にあるとしたら、すごい難しいところを行こうとしているはずですが、私のは、普通にこのラインを登ろう、と思ってそれを初志貫徹していると思う。

例えば、最初は、強点…難しいラインに取り付いたのに、2段目で弱点に戻ったとしたら、あれ?志半ばで辞めたのね、とみている側には分かります。そのためにロープが屈曲したりしていれば、もう!って感じですね… なら、最初から見栄張るなよ…みたいな(笑)。ラインに性格が出ます。

岩では、こんな風なことは、見えづらいというか、岩の道、ってアイスより、クライマー側に選択肢が少なく、岩がクライマーを限定してきます…。リーチが小さいクライマーはそれだけで、岩からは、あんまり歓迎されていない。それに、プロテクションの位置も岩の都合で限定されます。岩の方が、氷より不寛容です。が、その分、クライマーのクライミング姿勢は外から見えづらい。

ので、漠然と、登れた、登れなかった、という記録を書いても、あまり、外部にアピールしないと思います。

普通は、そのクライマーが行ったルートを聞いて、その人のレベルを想像し、自分たちの山に交じってもその人が楽しめるようだったら、誘いがかかる、というのが流れなのではないかと思いますが…。甲府では強いクライマーには声がかかるみたいでしたよ?

問題は、完登と言えないような消化不良の記録を、見栄を張ってそうとは書いていないケースです。それは、多少、問題あり、です。

技術的に、これは到達ラインに達していないという登攀も、登れた、みたいな感覚だと…爆弾を抱えるようなことになる。

山屋の世界は狭く、みんなが記録を監視し合っている、という、まぁ良くも悪くも、監視社会なので、正直に書いても、別に助けてくれると思いますけど…。

みな、能力主義に染まって、見栄っ張りだと、自分の失敗を隠してしまい、失敗から学ぼうとしていないかもしれません。

山の記録は、判断をどうしたのか、というのを見せるように書くのが大事だと思います。山での安全、非安全は、判断が分けるからです。

■ クラックとアイスのミックスクライミングの習得

クラックとアイスのミックスクライミングの習得ですが、これも九州でも南部ならできるかもしれないですよね。

そういう意味では、鹿児島黒稜会の若い方などは、ヒマラヤで登るのに、一番近い練習環境にあるのかもしれません。宮崎方面のアイスのゲレンデ情報、ロススノに出ていませんでしたっけ?あと、宮崎は行縢もありますよね。掃除が結構大変かとは思いますが。

クラックにアックスを突っ込んで登るのは、私はお試し体験クライミングしか、したことがありませんが…アックスに悪そう…、という感想でしたが、アックスジャミングですので、手は痛くないし、寒くないし、アリかもと思ったりしました。

映画の『アルピニスト』で、マークアンドレがフリーソロで、クラックの間に詰まった氷のような雪をアックスで登っている映像がありますが…登れるけど…プロテクションが…です。氷だったらアイススクリューバチ効きですけど…雪の固まったようなのって気休めですよねぇ?いや、あれはヤバそうな映像でした。

そんなこんな思うので、汚い掃除されていないクラックをアックスで試登したりしたら、良いトレーニングになるのかもしれません。ちょうど良く掃除にもなったりして(笑)。

■ 都合のいい人扱い…

振り返ってみれば、私も、”みんなのセカンド”扱いされたような気がします…。

都合よく使われてるって意味で、ジャンボさんは舞台がヒマラヤだからいいかもしれないけど、私は近所の比叡とかで、ちっとも私の好みの山ではないので嬉しくありません…。フリーで登れないとクライミングってただの作業なので、たのしくないですし…。ジャンボさんの記録を読んでいて、なんか~分かるわーただの作業だよね、これ、って思った。 

同じセカンドでも、台湾の龍洞では、タオのリードでマルチをセカンドで登りましたが、あれは好みのクライムだったので、楽しかった。インスボンも個人的な目標があれば、違ったでしょうが、インスリッジなど、私でもリードが取れそうなリッジもあるのに、3回も行っているけれど、一度もリードしていない…。そのうち、2回はお付き合いでした。1回分のお付き合いのお返しクライミングは貰っていない(笑)。まぁ、クラックはまだ初心者でリードが心もとないクライミングなので、自分のせいですが。

そんなこんな考えた、ジャンボさんの記録でした。

男性クライマーで若い方は、是非、アックスで登るクライミングとクラックをマスターして欲しいです。

基本中の基本、スラブで命を落とすような、もったいないことは辞めましょう。 




2022/08/11

アルパイン教育で山の死を防げるか?

 ■ 一般登山→日本のエイド→フリークライミング→ビッグウォール→アルパイン

たぶん・・・なのですが…一般的に アルパインの教育のステップはこういう風になっていたのではないでしょうか?

第一段階 一般登山 (ピークハント→小屋泊縦走→テント泊縦走→一般レベルの雪)

第二段階 読図の導入 

第三段階 入門レベルのオールラウンドな山登り (雪→沢→岩→氷)

第四段階 フリークライミングでの基礎的登攀力作り (いわゆるフリーの基礎力)  

第五段階 ルート経験数を貯める 

第3段階のどこにスポーツクライミングという危険を排除した形でのクライミングを入れるか悩ましいですが、スポーツクライミングに基本的にはリスクはありません。リスクがあるとすれば、技術的ミステイク、です。

ただアルパインクライミングの価値観を学ぶ前に、スポーツクライミングのルール、フリークライミングのルールなどを学ぶことになるので、学ぶ当人が混乱しますよね。

例:

スポーツクライミング=ボルトはあって当然。プロテクションは、元々あって当然。

フリークライミング=いくら落ちても命取りにならない。ロープに守られる。

エイドクライミング=背が高いほうが有利

現代では、新人教育ができない山岳会がほとんどなので、読図が山の必須教育の一部だとか、あるいは、フリーでマルチピッチのルートに出る前に、危急時の講習が必要だ、とか、一般的にクライミングジムでスタートした人には、てんで皆目見当がつかないのかもしれません。

アルパインクライミングが、冬の壁を前提とするのは、夏でもアルプスには雪があるから、であると思われるのですが…雪渓歩きや、氷河歩行みたいなものは、日本の山で必要となるのは、ほんの少しであるので、日本でアルパインの教育を受けた人は、セラックが落ちる、とか全然想定しない可能性もあります。雪庇の崩壊などもです。

■ 夏山の事故

今、問題になっているのは、基本的に夏山の事故です。

ココヘリの配布などで、技術を教えるというよりは、保険を手厚くする方向に日本の山の世界は動いていますが、これは、遭難者のプロフィールが、

 定年退職後に山をスタートした高齢登山者=新しいことを学習するスキルが著しく低い

ということを配慮してのことのような気がします。

年配の人の老後の時間つぶしとしての登山には、特に登山史の一ページに何かを追加する力があるとは思えません。

ので、ココヘリなどのように、保護を手厚くする方角で、お金で解決するという方向性はあながち間違っているとは思いません。

肝心の年配者だって、ザックを肩代わりして背負ってくれるなら、快適に歩けるので、若い人を雇いたい、というニーズがあることも、実際目の当たりにしています。若い人のほうも、そのようなガイドでのニーズであれば、トレーニングしてお金を貰えるのであれば、それでいいのではないでしょうか?

いわば、日本版シェルパ。しかし、このようなタイプのガイドに、ガイド能力を求めない方がいいのではないかと思ったりします。例えば、花の知識とか、危急時の対応能力(一般的な救急救命措置以上の能力)を求める必要はないような気がしますね。

なんたって、年配の人、ただちゃっかりしているだけなので。送り迎えのハイヤーと荷物持ちが欲しい、持病の発作が起きた時一人だとかなわん、という程度のニーズだろうと思うからです。これは、往年のアルパインクライマーだって同じです。さりとて、高齢者の寄せ集めでは、誰もニーズを満たすことができないです。

■ 本質的なアルパイン教育

一方若い人は、高齢者のような、ただ歩ければ成功、みたいな山をしていても、埒があきません。

私みたいな中途半端な人ですら、北アの一般ルートでも、南アの一般ルートでも、一般ルートであれば、もはや歩けないところはないくらい、簡単に若い人は、山は歩けてしまいます。

特に、九州のような温暖地では、山自体の気候リスク、標高のリスク、岩稜リスクがないので、どう頑張っても、沢登りをさせ、読図を教える程度ができる精いっぱいかなぁ…という気がします。その沢にしても規模が大きいものがないので、宿泊を伴う沢の、例えば、幕営場所選択のイロハ、みたいなことは教えてあげる機会が著しき制限されます。

ほとんど、どこかのネイチャースクールでおぜん立てされ、リスクはあらかじめ取り除かれたような楽勝の沢のようになってしまっているって意味です。

 なので、ぜんぜん何年積み上げても、いわゆる未踏の地に踏み込むに十分なだけの知識とか、経験値とかは積みあがらない訳です。

■ 知識と経験を積み上げるには?

現代では、基本となる、能力が、

 5.12がスイスイと登れる  & 40kgを担いで山登りができる

で、この能力を身に着けるまでは、

 経験値を積み上げるというステップには入れない

ようです。

過去のレベル感では、同じく基本となる能力が

 5.9がスイスイと登れる & 積中泊1泊二日程度の重さのザックを担いで山登りができる

だったようです。女性25kg、男性30kgだということでした。

 5.9がスイスイ → 5.12がスイスイ

 30kg     → 40kg

というわけで、こうしてみると、歩荷能力の増強度よりも、フリークライミング能力の増強度のほうがスゴイ…。

5.9スイスイは比較的可能ですが、5.12スイスイは、大人になってクライミングをスタートした人が達成するのは難しいかもしれません。5.12がRPできる人はたくさんいますが、うんうんうなってやっとこさ登るっていう意味ですから…。うんうんうなってやっとこさでは、ダメって意味なんですよね。

そうなると、フリークライミングの基礎力、というのがものすごく習得に時間がかかると言うことなので、途中でアルパインクライマーであることは忘れてしまって、フリークライミングに行ったら行きっぱなしになるかもしれません(笑)。

■ フリークライミングの階段を駆け上がることができないのがネック

実は、フリーはフリーで結構楽しいというか… 私がラオスや龍洞で登ったような感じでいいのなら、私もアルパインは捨てて、別にずっとフリーでもいっかなーって感じでした。山で死にたいわけじゃないしなぁ…。

ところが、日本でネックになっているのは、フリークライミングで基礎力をつけたいとおもったところで、フリークライミングの階段を安全に駆け上がることができないということなんですよね。

登山のレベルの時は、Ⅱ級=遊歩道、Ⅲ級=登山道、Ⅳ級=鎖場程度、Ⅴ級=ロープなしに登るのは不可能、と登山道の難易度が分けられているので、フリークライミングのレベルになった場合、5.〇〇…と Ⅴ級の5.からスタートします。一番易しいⅤ級は、5.7です。日本では。 

しかし、5.7~5.8のルートというのは、フリークライミングのレベル感からみたら、あまり歯牙にもかけられず、伝統的に、そのスキルは、特にフリークライミングのスキルトレーニングなしに登れる程度、という意味ですので、移行グレード、みたいなグレーな区間です。

したがって、 フリークライミングの階段というのは、5.9をオンサイトする能力がそなわってからスタートするわけですが…。

ここで、クライマーの命を奪う、リスクとスキルの逆説現象が起きています。

 5.9のフリークライミングの課題 のほうが死ぬリスクが大きい

 5.12のフリークライミングの課題 のほうが死ぬリスク小さい

 という具合に、日本では逆転現象が起きてしまっており、原因は

 ・グレードの付与が不適切 (5.9でもほんとには5.9ではないとか)

 ・ボルトの配置が不適切 (5.9でも5.9を限界グレードとする人のためには打たれていない)

という事情があり、フリークライミングの入門期も、死者が多いという事情につながっています。

中級者と言われる5.12が登れるほうが、日本の岩場の課題は安全で、下手したら1mおきにボルトが打ってあります。

余談ですが、昔の基準では、5.12登れることは熟達者扱いをしてもらえるスキルでした。今では、ジムで今日来た!みたいなやつが、5.12をその日に登ってしまうこともあり、グレードを見当に、”ベテラン”とはとても言えなくなりました。

さらに余談ですが、年齢による見た目もベテランと非ベテランを区別できないです。昨今、引退してからクライミングスタートするクライマーもいます。

■ まとめ:多い遭難タイプ

1)高齢初心者の登山”客”による無知&過信によるもの 

2) アルパインクライミング入門期 技術へのヒューマンエラー

 例:5.7~8レベルの新人時代の岩場でのうっかり。三つ峠で懸垂失敗で死ぬなど。

3)フリークライミングの入門段階期  岩場の質によるもの

 例:5.1〇~5.11アンダー期 

ということになってしまっています。 

■ 対策

さて対策ですが…、私の勝手な考えですが…

1)高齢初心者の登山”客”による無知&過信によるもの → ココヘリ&若年シェルパ

2) アルパインクライミング入門期 

 → しっかりとしたアルパインクライミング教育機関の設立 と

   公的な子弟縁組制度のサポート

  例:師匠になれるベテランの裏付けを公的機関が行い、若い人と1対1、あるいは、ザイルパートナー2名対師匠1名でのペアを公的機関がセットアップ。師匠の行動に疑問がある場合、第三者に相談できるセカンドオピニオン制度も採り入れられる。

3)フリークライミングの入門段階期 

 → しっかりとしたフリークライミングインストラクター協会公認フリークライミングインストラクターの講習へ、国費税金によるサポートをつけ、各都道県で年2回開催。

をしたらいいのではないかと思います。

■ 山岳会 はあきらめましょう…

なんか、突拍子もない話題で恐縮なんですが、最近、フランス革命の勉強をして、

 王政が廃れ行く現実を直視しないで、あくまで王政復古を目指したルイ16世

が、断頭台の露と消える羽目になった主たる原因だと思いました。

時代の流れというのは、抗っても全然、得にならないものみたいなんですよね。

日本では、日山協と労山を2大派閥とし、下部組織に各都道府県の山岳会がぶら下がるというピラミッドシステムで来たわけなんですが…昨今、全然、機能しません。

実は、こちらに来てすぐ、福岡労山の事務局長をしていた吉永さんに誘われて、彼の作った会(と言っても会員は3人だけです)に属してあげたのですが、きちんとした山行は、ひとつも催行されないまま、労山に支払う上納金(山岳会の会費)だけ毎月払うというので意味を感じず、さっさと出ました。

私自身も、”岩とお友達になる会”という会を持っていますが、こちらのほうが基本的には活動がまだ出来ていました。

■ライフスタイルの変更が必要になる

基本的にアルパインを志向する会であったとしても、日ごろはフリークライミングで基礎力UPみたいな日常行事をしているのが、普通のクライマーのライフスタイルです。

ところが、一般登山の山岳会しか知らないと、そのようなライフスタイル自体を身に着けそこなっているので、なんで山の会なのに、人工壁でリード練習なのか?とか分かりません。

それどころか、正月に雪の山で冬山合宿をするためには、GWにどこか雪の高山に行って、雪になれておく必要があることも分からないかもしれません。

参考になるか分かりませんが、関東で一般的と思える会の月の会山行を書いておきます

GW: 雪山での雪渓歩きなど、雪訓、スキルレベルに応じて

5月:易しい岩場で岩登り訓練 もしくは海外など 

6月:雨なので人工壁 ビレイ訓練

7月:高山 ロープが使える素養がある人は岩稜帯へ ない人は歩きの歩荷トレで夏山

8月:沢 レベルに応じて

9月:台風シーズンなのでインドア 縦走組はお好きな高山 

10月:秋の岩トレ スキルに応じて  縦走組はカモシカ山行 フリーの本格シーズン

11月:雪足慣らしで北ア 宿泊はテントで アイスは凍結次第

12月:正月の冬山合宿 城ケ崎などのシーズン到来 

 1月:アイス本格シーズン  海外での登攀シーズン

2月:ラッセルの山本格シーズン

3月:春山合宿 

4月: 岩登り訓練  

こんな感じかなぁと思います。毎月 かわりばんこで行く山決めようね~という発想では、山はステップアップはできず、ずっと同じレベルに居続けるだけです。

なので、登山歴10年といっても、同じレベルに居続けただけの人と、ステップを上げる山の年間計画がある場合では、全く違う成果になります。

まぁ、だとしても、大体の人は、フリーでお茶を濁す山に落ち着きますので、別にハイキングの山しかできなくても、卑下する必要はないでしょうが、アルパインクライマー、フリークライマーのライフスタイルと、一般登山のレベルの山しかしない岳人のライフスタイルは大きく異なります。

そのライフスタイルの習得というところが、大きなステップの一つかもしれません。

週二日ジムに行き、土日は岩場というライフスタイルが標準です。

それだけ、歩きから登攀へのステップは大きい変化ということです。

それだけ山が人に要求する努力は大きいということなのかもしれません。 

 


2022/07/26

アダルト自我を使って真剣に遊ぶ=私の個性です

■ 「偽りの成熟を示す子ども」 

私は、発達障害気味の自己愛マザーの長子

なので

「偽りの成熟を示す子ども」 「小さな母親」

=母親の望む人間になった

のでした。(『結局、自分のことしか考えられない人たち』P85)

ちなみに、自己愛の強い親が生み出す子ども像は、他に「特権意識モンスター」もいます。

 ■ 小さいころからアトピーがあり、アメリカで良くなりました

 

アトピーは、自分で思っている自分vs周りの人が持つ自分のイメージとのギャップ

がある場合に悪化するそうですが、私のアトピーが軽くなったのは、アメリカでした。アメリカでも、ラオスでも、あるいは、龍洞でも、私の提示する、自己イメージを、そのまま受け取ってもらえるので、快適。

日本では、お前はこうあるべきだろ、と強いられます。良き妻とか、良き娘とか、女は男を立てるものだろ、とか。

が、その自我を

 本当の自我でしょ、

ということにされると、アトピー発症、ですね。
 

  50代にもなって、沢でMTBに乗っている女性 = お転婆 

ってことなんで…。社会規範には縛られていない人であることは明らかなのに、縛ろうとしないでください。

Adult自我より、FreeChild自我が本当の私。バレエを習っているときも同じでしょう。Aではなく、FC。

もちろん、FCの行動を実践するのに、アダルト自我を使って計画を立てるわけですが…。

  やっていることは遊びです。真剣に遊ぶ。 

私は、アダルト自我を使って真剣に遊びたいのに、FC自我を使って、ええかげんな計画で、遊ばさせられると? 苦痛です。

例えば、阿弥陀北稜に一升瓶抱えて宴会山行するみたいな愚かな行為、ということです。 ほかに、白亜スラブもですね。岸良もか。お子様とは登れない。

■ エゴグラム

精神科医の医師によるとTEGー3というのが、性格を分類するスタンダードだそうです。

交流分析の手法による性格分類ですが、

危ない性格のクライマー

を発見するのにおそらく利用できるでしょう。

バイクの事故が多いタイプ、というのは、すでに分析されているようでしたので。

私が思うには、強いクライマーはみな、アダルト自我を使って、クライミングに取り組んでいる人たちであると思います。そもそもクライミングは遊びですが、その遊びを、大人の知性で真剣に取り組むと?色々なことが可能になって、ずいぶん面白いことができる、ということですね。

https://be-counselor.com/ta-egogram?fbclid=IwAR31WdxT43IubVQFo6O0p-3-glTahZdD6DtCrAxIAbBYVpvB5l87-UeTRSI

2022/04/21

登る阿呆に、見る阿呆

今日は為末動画づいています(笑)

■楽しめないのは何が原因ですか?【為末大学】


■ 一番楽しかったころ…

ヨシーダさんと青木さんの両方がいたころですかねぇ… 後はラオスと龍洞。いいやつばっかりだったからなぁ…。

登る阿呆に、見る阿呆… 楽しく登ることが一番、って価値観で登れたからなぁ…。

■ グレードで一緒に登る相手を選ぶ =楽しくない

九州に来たら一発目に受けた質問が、「どのぐらいのグレードを登るのか?」でした…

要するにハイグレードを登らないなら、来るなって意味。

いや~ この人たちとは登りたくないと思いましたね…。

■ 10cでスゴイ!と言われる = 楽しくない

逆に驚いたのは、別の科医の人ですが、自己紹介で、5.10cしか登れないと言ったときに、すごく登れる人扱いを受けたことです‥‥

山梨では、

 10cでふがふが言っている=そんなに登れない人

という意味なので、誰も脅威には感じません。…が、その人には脅威に感じられるようでした…

■ 登れても登れなくても楽しくないんじゃ…?

じゃ、一体何が登れたら、相手は満足、なんでしょうね? なぞだ…

■ 10本ノックの会 = 楽しい

ベテラン開拓者と登っているときも楽しかった… 私はたくさん登りたいだけだったので、トップロープフィックスにして、各自が10本ノックの会…

でしたが、そんなのでちょうどよい訳なんですよね… 別に何か目指している課題があるわけじゃないんで。基本的に、部活とか、毎日の筋トレのノリなんで…。

なんせ、

 量 = 質

という転換を目指しているわけですから…

最近読んだロクスノの中で、一番共感したのは、横山ジャンボさんが、長野のしょぼい岩場で、あれこれ工夫して登っているという寄稿でした…。私も初めての岩は、アイゼン履いた岩だったからなぁ…。九州にはアイゼンで登っていい岩がない…。

■ 湯川アイス

私もアイスは湯川育ちで、湯川のアイスは、非常に高さが短いので、下まで降りずに連続で登って、距離を稼いだりしていました…

遊びつくした感、湯川アイスではありました…

トンデモビレイをまだしている後輩のビレイで、リードするように師匠の青木さんに言われ、大抵抗して、大喧嘩したことがありました…

こんな ビレイで登れます?


これじゃ、グランドフォール確実ですなぁ… 壁から5mも離れている。

師匠の青木さんは、ビレイが重たい、というのが苦痛なクライマーでした。このグレードでは落ちないからですね。

しかし、短い壁=落ちることが許されない壁、ですので、こんな短い壁は別にリードしなくていいと私の辞書では思います。裏から歩いてトップロープ張れますし。初心者のリードに適した課題は上が核心で下は簡単で、決して落ちないようなのです。

一方これが私が提供しているビレイ。 壁から10cmも離れていない…

これじゃ、あまりにアンフェアなトレードなので、ちゃんとしたクライマーとしか登る気になれなくても、まぁ仕方ないですね… 

命は一個しかないからなぁ・・・ 



2022/03/30

上級クライマーの世界観

■ その土地でできる最も良い活動を…

私のクライミングは、仕方なく行った山梨で

 山梨にいるかぎり、それが山梨という土地柄をもっとも楽しめる活動だから、やってる、

っていう風に位置付けていました…ので、土地が変わったら

 福岡では福岡でしかできない楽しい生活

を見出す気でいました…。

■ 運命に導かれて九州の事情を知ることになった

なので、最初の一年は、特にクライミングは頑張っておらず。師匠に遭いに長野まで出かけたりしていました。小川山で皆さんお久しぶりねクライミングなどをしていました。クライミングは年に一回のご褒美でいいか、と思っていたのです。

しかし、どういう運命の流れか、前の会の先輩が引っ越してきた。ので、2年目と3年めに岩場巡りをすることになりました。

そもそもクライミングをしないなら、しないでもいいか、ということだったので、特に登りたい!落としたい!みたいな課題があるわけでもなく、岩場にトポが置いてあったり、結び替えしないでロープ直がけがローカルルールだと言われたり、岩に人工ホールドが付けてあったり…と色々と小川山と違い、お目目まん丸…ということで、”JFAが見たら卒倒するね~”とか言い合っていました。

九州の事情が分かるようになったけど… 

 一体、それは何のため?

■ 意味は作るもの…

私は、意味とは自ら作るもの、と思っているので、色々と努力はしてみました。

八女、八面、長崎大村、色々と働きかけをしてみましたが、どこの岩場も動きが出て、良かった…と思います。

元JFAの井上さんも来てくれて、正しいボルトの解説を若い人にしてくれたし…。

あれは、ホントにうれしかった。

外岩クライマーのためのボルト知識:https://docs.google.com/presentation/d/1U9wQmwuxk38fPiqBEebrRldWjNLj3wlh3kpgE-jLmKY/edit

■ 時差が…

が、頂いた縁を次に繋ぐ人がなかなか現れず…。すごく困っていました…。

ほんとにどういう風に、頂いた貴重な縁を

 意味あるもの、

にしていくと良いのやら…と、途方に暮れていました。

今回、なんとなく繋がれたというか、私の目指したい方向性と同意してくれるクライマーがいたので、ホントにうれしかった。

■ 上級クライマーの世界観

九州では、私だけが分かっていて、みんなが分かっていない、ある種の側面がありました…。それをとりあえず、

 ”上級クライマーの世界観”

と呼んでおこうかと思います。

私はラッキーなことに、最初から、上級クライマーの世界観に接して登れたのだと思います。

■ 事例

山梨では、ジムのお兄さん、が、室井登喜男さんでした。ある時、5級の課題の中でどうしても私が登れないのがあり、相談したらあっけなくスタンスになっているフットホールドを捨て、好きなの使っていいよ、と言われました。あ、なんだ、そもそも届かなければ無理って話、とすぐに分かった。絶対に同じのを使わない限りダメとか、そういうのがないのです。九州の人は、ジムのセット=神のように絶対、と思っていると思います。

クラックは菊池さんと故・吉田さんの講習に行っています。菊池さんは、元々は講習生が結び替えができないと怒鳴って怒るくらいの怖い先生だと聞いていたので、行く前に結び替え練習をバッチリしてから行きましたが…山梨では、もともと公営の人工壁の使用者試験に結び替えが含まれているので、出来ない人はいないです… 一方こちらでは、結び替えを分かっている人のほうが少ないくらいな様子です…知らないのが当然視されている。

故・吉田さんは、歴史に残るクライマーです。特に何を教わったかな?という感じではありますが、講習に使った、クラックボルダーにはロープが掛けてあり、ボルダーだからマット、みたいな自動思考はなかったので、最初から、思い込み、という害がない状態でした。

こちらでは、ボルダーでロープ出していると非常識人扱いされそうです。

■ 九州でのアニキは、田嶋一平さんですよ

そういう”恩恵”に普通のクライマーは、浴してこなかっただけなのではないか?とは、思いますが…九州ではホントに嫌な思いばかりが続きました…。もう嫌…って感じ。

私は岩場に行く前から、当然ですが、懸垂下降できましたが、懸垂だって、自分の意思で学ぼうと思って講習会に行き、なにもせずに、棚ぼたで降ってきて、ラッキーなだけの奴みたいな扱いをされることは、不当だと感じました。

初心者のころから仲間を集めて講習会を開くような人でした。

今まで、こちらに来てから、私の教えた新人さんで、私が新人時代に持っていた情熱を持っている人は、いまだに見たことがなく、むしろ、ギアを無心したり、そんな人のほうが多かったです…。

登るほうは、私は年齢や筋力の不利があるので、すごいものは登れませんし。(そもそも登りたいと思ったことがないが…)

海外に行ったのも、自分に必要なものは、これだ!とひらめいたからであり、”誰かに連れて行ってもらった”ことはありません。一回目のラオスから集合は、”現地集合”です。

どうも九州の人の場合は、何か特別なラッキーガールと思われていませんか?

■ 誰でも気軽にクライミングに接する世界

クライミングをスタートしてから、ずっと気にかかる嫌な面がありました。

クライミングしている人の優越感、一般のハイカーや登山者を馬鹿にする傾向…です。

クライミングは、たかだか、”遊び” です。

例えば、ポーカーが上手でも、それで人間が優れていることにはならないですよね。

熊本高校は、熊本県のトップ高校ですが、勉強ができることは優れた人間である、ということにはならない、とちゃんと学生に教えていたと思います。

なんで、低いレベルで、競い合いになるんだか…。

海外に登りに行って、海外のクライマーと登っていたら、そんなアホなこだわりを持っている人は、ほとんどいませんでした。競争社会、というのは、むしろ西洋の方が強いのではないか?と思われるにも関わらず…。

北海道で登っていたアメリカ人のクライマーのトニーなんて、私が嫌がっているのに登らされているのを見て、助けに来てくれたくらいです…

あるいは、台湾で一緒にマルチに登ったタオは、セカンドしてくれる?という聞き方でした…

ラオスで一緒に登った唯一の日本人のヒロさんは、私が6Aでテンションしてしまって、「すいません!!」というと、「おれらも延々同じことしているだけよ」という返事でした。

はあ~?これくらい登れよ!みたいな人はいない…。

なんせ、クライミングなんて、接している時間の長さだけの話なのです。若い時に接すれば、誰だって上手になってしまいます。

そんな程度のことなので、楽しく登ったほうが誰にとっても良いのです。

やっとそれを理解しているクライマーで、トップレベルの人がいました…。

私がもらってどうしよう…と思っているご縁をつなぐことができ、なんだか肩の荷が下りました…。

■ クライミングカースト 間違った技術も正すことができない

日本人は文化的に上位下達なので、(女性)×(小さい)という、クライミングカーストの最下層に属している私が、何を指摘しても、若い男子はスルーです…。

山梨にいたころの山岳会で、クライミングの下手くそなワタシより登れない男子が、とんでもなく遠く離れたビレイをしたので、危険だと指摘しても、そして、その指摘を周囲の複数の人がバックアップしたとしても、その指摘を受け入れないくらい、クライミングカースト上位の ”若い男性” の ”おごり” は、強大です…。 

その点は、師匠の鈴木さんも、青木さんも分かっていたようでした…。40年、50年と登っている師匠らですら、もはや11以下しか登れないため、クライミングカーストの下位に属しているので、自分より登れないような若い男性ですら、俺の言うこと聞かない、という経験が豊富だったようです。

そういう状況だからこそ、師匠らが私と登りたい、というほうが正しかったかもしれません…

■ トップクライマーになれば王様になれる? なれません

登れさえすれば、どんな横暴でも許され、みんなから人気の自分になれる…あるいは、誰からも尊敬される…注目の的になれる…そんなことは、ありません。

トップクライマーに聞いてみれば、そんな夢物語は、発生しないことが分かります。

トップレベルの人ほど、責任は重く、発言に非常に気を使い、誰のことをも馬鹿にしない発言をしなくてはならなくなります。手足を縛られるようなもので、自由に発言できることはより少なくなる。

菊池さんや中根さんなど厳しいことを言ってくれるクライマーは、評判を気にせず、発言してくれているということで、ありがたい存在です。

存在しない青い鳥を求めて高難度を登ろうと、お買い得課題を探すより、一般レベルの人は、エゴの声を手放して、みなで楽しく登る世界を作るほうが、どれだけ素晴らしいか、と思います。

そういう世界が、ラオスにはありましたし、龍洞で私が一緒に登った人たちも同様でした。

この緑のシャツの子は、フランスのセユーズ出身ですが、初心者でまだ私より登れない人でしたが、だからどうってことはない世界でした。左からフランス人、シンガポール人、アメリカ人で、誰が登れるか?競争している人はいなかったように思います。誰かがリードした後は、それをトップロープで登りたい人がいないか?聞いてからロープ抜くだけの話でした。

■参考

福岡時代の全記録 https://allnevery.blogspot.com/p/log-2019.html

ラオスのベストクライム https://allnevery.blogspot.com/2018/03/b.html

オスカーとトニーの思い出 https://allnevery.blogspot.com/2018/03/blog-post_19.html

台湾の思い出 https://allnevery.blogspot.com/2018/10/12.html

すべてのスタート https://allnevery.blogspot.com/2016/04/blog-post_25.html

アイス 伊藤さんとの初クライム https://iceclmb.blogspot.com/2017/03/blog-post_50.html

https://iceclmb.blogspot.com/2017/03/blog-post_17.html

2022/03/28

繋ぐ壁…パタゴニア講演会の感想

 ■ ひさりぶりのパタゴニア

昨日は屋久島の開拓報告会で、パタゴニアへ…。店の場所が移転しており、初めにだいぶ慌てた…。ここんところ、全然、都心に用事がないもんなぁ…。行くのは、畑がある糸島方面であり、全く正反対…。

さて、屋久島。ずっと行ってもいいなと思っており、ほとんど無料で宿泊できそうなゲストハウスの目星もついてはいるんだが…

モッチョムの屋久島フリーウェイなどは登りたくはないので…行きたくないよなぁ…と思っていた。クライミングは愉しみであって、トーチャー(苦渋)ではないから、だ。死に行きたい人はいない。大体、ランナウトに燃えるぜ系の岩場では、セカンドでも殺される可能性が…(笑)。意味が分からない人は白亜スラブの記事を読んでください(笑)。

しかし、”繋ぐ壁”は、地元クライマー達との交流でできたご機嫌な岩場のようだった。

世界のクライマーのバカンスにも紹介できそうな、

  クライミングリスクと登攀スキルがマッチした岩場

…ということだ。初心者に過大なリスク…命がけ…を求めないですむ、プロテクション取り放題の緩傾斜の壁…繋ぐ壁…と命名されている…が、倉上慶太さんの一番のお気に入りだ、ということだったので、すごく好感した。

ほんとに、そのレベルでカムセットを覚えなければ、どこで覚えるのだろう…?

いきなり5級からカムで登る羽目に現代クライマーは全員もれなくなるが…教える立場に立つと、やはり、カムのプレースメントが確実になってから、5級へ進んでほしいと思うのが、当然の流れだが、現在の日本では、そのような岩場は、全くない。

(福岡では野北がカムセットで登れる易しい岩場だが、アプローチが懸垂なので、初心者を連れていくのはご法度)

易しい岩場がないと、基本的なクライミングのモチベーションである、てっぺんに登ってヤッホーする、という喜びを入門者に教え損ねる…

その喜びがないと、どうなるか?目先の競争に右往左往させられることになる…

というので、初心者が徐々に傾斜を上げて行って、少しずつ角度がきつくなって行き、それが、てっぺんに登る!という喜びにつながるような…、そんな壁があるそうで、その壁で登れる子供たちは、基本的に大事なこと…競争ではなく、登る喜びや岩との対話…をインストールされて、そのあと、困難度を上げていくわけで、ものすごく、良いクライミングの成長路線だと思う。

余談だが、私自身もそんな風に成長してきたと思う…なんせ、最初は丘レベルの雪山からスタートして、美ヶ原⇒八つ天狗⇒八つ権現⇒赤岳・中央稜⇒鹿島槍鎌尾根⇒立山真砂尾根⇒八つ単独バリエーション⇒アイスバリエーション⇒アイスゲレンデ⇒荒船昇天と進んだからだ。途中で岩と沢をやっている。

だから自然界のリスクを見る、ということに無理がないが…一般クライマーは、このプロセスが全部なく、インドアジムで5級もしくは5.11⇒外岩でランナウトで落ちれない5.9を登る、となっており、全然、間のステップがない…。

始めに山ありきで、段々傾斜をきつくしていくのではなく、最初から被った小さい壁しか登らないから、被っていないところも大きいだけで登れなくなるし、アプローチがこなせない。オーバーハングが登れても、全然歩けない。うんこ処理もできない。山のウエアリングもできない、みたいなことになってしまう…。

そうならないで済むために、取り付ける易しい壁…は、総じて、ボルトが腐った壁になっており…別の意味で初心者にはリードさせられない… ので、勢い、トップロープ祭りになってしまうし…。

この事情は山梨でも同じだったが、クラックがあるので個人の意思次第で回避できた。

が、九州はクラック貧乏なので、トラッドを覚える機会は限られる(が、全然ないとは思えない。油山川がおススメ)

というので、やはり、易しい壁をカムで登る、ということを素通りすると、クライミングのだいご味を味わい損ねる、と思うんだけどなぁ…。

まぁ、倉上さんもボルダーでクライミングをスタートしたそうなので、ボルダラーの人は、また別の喜びがあるのかもしれない…。私はボルダーは、スタートしたとたんに、右ひざ亜脱臼しているので、ほとんど何も分かってはいない。あんまり好きになれないってこと以外は(笑)。

■年配の人は理解できないようだ…

昨日は、つなぐ壁に興味があったのに、屋久島フリークライミング協会の会長さんからは、やっぱり、屋久島フリーウェイに登って帰れと言われ、辟易…。だから、ランナウト大好きの岩場は興味がないんだってば…しかも、開拓者の米澤さんの弁によると、屋久島フリーウェイのボルト、40年前のままで、M8のカットアンカーで、グージョン化されていなかったと思う… そんなところを10代アップアップの人にお勧めされても…。

12cの核心部は打ち換えたそうだが…今のスキルで楽しめるルートか?というと、絶対楽しめないだろう… 12c、下の方で出てきていたと記憶しているし…

それよりも、ジャンボさんがおススメとしていた、原始状態のマルチ…楽しそうでそそられた。…裏から歩いて降りれるそうなのである。ということは、ホントのクリーンクライミングが可能…。タオと登った龍洞のマルチ楽しかったなぁ…。 

もう、ずいぶん長いこと、あんな楽しいクライミングはしていない…。 

いつも誰かほかのクライマーが、”俺はすごいってことを証明するためのルート” に付き合ってやっている。だから、私本人は少しも楽しくない…。フォローしてやっている、って感じだ。引率の先生みたいに…。(なのに、”連れて行ってやってる”と、登っている方は思っているのだから、たまらない…)

そんな、こんなで国内のクライミングは疲れるので、海外のクライミングに行きたい…。

普通に海外で楽しく、自分のグレードに適したマルチを楽しく登ってヤッホーしたい。

   フェイスだけど、クラックでプロテクション取り放題の台湾の岩場 

2022/03/27

命あってのものだね 昇仙峡11ⅽ

ーーーーーーーーーーーーーー 

皆、命あっての物だね、なのです。

そこを基準に捉えない限り、何も見えてきません。

他人の基準で作られた世の中のものさしなど、何も役には立ちません。

あなた一人の全体、魂・心・体のバランスこそが大事なのです。

 ーーーーーーー  『ソウルリーディング』より引用…


■ 昇仙峡の11c

この11c、吉田講習で使っていたやつですが…(隣は5.9ワイドで、上は、ジャムジャム84)

ユージさん開拓の課題だったんですねぇ…

知らなかった…。

しかし、3月後半だと、もうシーズン終わりですね、昇仙峡は…。

上のマルチのジャムジャム、今ならリードできると思うんですが…

いいなぁ、遊びに行きたい。

長い間、ちゃんと遊んでいません(笑)。











■ 他人の基準で作られたものさしなど、何の役にも立ちません

というセリフが分かるには、普通のボルトクライマーは、クラックを登るべきですね。

クラックは手のサイズとの相性次第なので、例えばフィンガーなどは、手の小さい女性が有利だったりします…

5.8のワイドより、5.9のハンドクラックのほうが数倍簡単…

5.8のフィンガーって、どこに課題遭ったっけ?フィンガーってだけで、すでに10代に突入な気がしないでもないが… あ、そうだ大堂海岸にありました…。リードして、テンション入ってしまった奴。余談だが、日本の5.8はその岩場内で一番易しいのに、5.8とつけているだけで、本当にスキル的に5.8とは思えない。例えば、龍洞にあの課題があれば、絶対に5.8ではないと思う。龍洞における5.8の基準は、もっと易しい。登れなくなるような人がいないような課題でプロテクションが豊富な課題に5.8が与えてあると思う。

あ、話はそれましたが、グレードで何もかもが一列に並んでいるという幻想が事実であるのは、コンペクライミングだけで、それはコンペという性格上、そうなるように、あえて人為的に作っているからです。作る人(セッター)は大変そうですが。

自然界の中の岩場では、

 ・長い5.8は、長さゆえに5.9になり、

 ・怖い5.8は、怖さゆえに5.9になり、

 ・危険な5.8は、危険ゆえにRが付与されます

そういうことをちゃんとわかって登るのが外岩クライマーです。

例えば、小川山の愛情物語は、5.8で優しいですが、プロテクションディフィクルトなので、プロテクションが確実であるか、もしくは、プロテクションを必要としないで登れるかのどちらかである必要があり、そのどちらを取っても、初心者はあてはまらない。取り付くことが許されないです。つまり、愛情物語5.8を登っていいのは、11ノーマルの人になってから、です。

同じ論理で、白亜スラブの1ピッチ目5.8は、右上したボルト1本だけのフェイスですから、5.8といえども、11ノーマル以上の人でないと墜落時の保険がゼロ=フリーソロでも確実な必要があるので、10ノーマルの人はリードはできません。ましてや、5.8が限界グレードの人は禁止です。

それは、クライマーならば、見てパッと分かるものなのです。見てパッと分かるようになるのがクライミング教育です。

そういうことをきちんと伝える情報教育が、九州のクライミングに欠けている教育です。

■ 誰にも教わらないでも分かるのが普通

私が誰かに教わったか?というと、故・吉田さんを始め、別に誰からも教わっていません。

もちろん、私も愛情物語を登ろうとしたり、小川山レイバックなんて、かなりきわどいクライミングをしましたが…制止されてきて、その逆に、発破掛けられたりしたことはありません。

単純に、このユージさんの課題みたいに、5.9のワイドの隣にある11cフィンガーなどを触って、感触の違いから、自分で見出しただけです…。

そんなのは、外岩クライマーは誰だってやっているものだというのが山梨での認識でした…

関連記事: 白亜スラブ  昇仙峡11c (11bと思っていたようです)

2022/01/03

事故をわざわざインバイトするような姿勢vs実力の見せつけ

 ■ 事故を招くような姿勢と実力の見せつけは違う

実際、正直に言えば、私も台湾の龍洞で5.2の看板ルートをカムで登った時は、けっこうランナウトさせましたし、小川山の有名なクラックでカサブランカというのがありますが、上手なクライマーはカム4つくらいだったりして、同じ課題を登るのでも、”そこらの初心者と違うのよ”とアピールするクライマーは当然います。

カサブランカを例にとると、ここは、クライミングガイドの人が初心者にリードさせるのに使うルートでもあり、その際は、自分はフィックスロープにぶら下がって、リードクライマーが設置したカムがきちんと決まっているか?をガイドがチェックしながらリードさせる、というルートです。カサブランカは、少しフレアしていてカムが決まりにくいからです。

同じリード&ノーテンションで登るにも、

・初心者は、ガイドがプロテクションをチェックしてから…という念の入り用

・ベテランは、カム4つ

そんな質の差があります。ベテランは、4つでも、危なくない配置で登れる訳です。実際一本目をできるだけ高くに取れば、4本のランニングでもかなりの高度が稼げます。1本目が6mの高さにあれば、2本目は4m離してもよく、3本目は6m離しても良く、4本目は14mくらいは離してもグランドフォールはしなくなります。(ロープの伸びを大墜落30%、テンション10%として、30%で考えると)

たぶん、一般には、3m、2m、4m、7mみたいなのが普通だとは思いますが…。ただ、実際に、プロテクション間隔を非常に大きく取っても安全が確保される場合もある、というのは本当です。

全体のプロテクションの間隔に一番大きな影響を与えるのが1本目の高さで、もし下部が易しくて落ちないのであれば、できるだけ高い位置に一本目を取れば、間隔を大きくすることは可能です。

少し脱線しましたが、

ベテランがカムを節約で登る場合の実力誇示型のランナウトは、基本的に、安全マージンが大きいことのアピールです。10Aならカム4つでいいくらい、自分には安全マージンがある、というアピール。

つまり、楽勝さ、のアピール。

一方、事故を起こすタイプのアピールは、命知らず自慢…どれだけギリギリか?つまり、ゆとりがないか?ということなのです…

ゆとりがないことを自慢してどうするんです?

易しいところではセルフを取らなくていい、とかそういうアピールですが…。易しいところですらセルフが取れないゆとりの無さ、ということになってしまいます。

■ お前、階段、何段飛べる?

小さい男の子たちは、仲間内の序列を作るのに、自分が恐怖を抱く対象にどれだけ近づけるか?ということで順位を付けたがります。

小学校で、階段があるとしましょう…

お前何段飛べる?と、どの段から飛べるか競争が始まってしまうのが男の子の性質です。

ある子は5段、ある子は6段飛べました…

誰にも飛べなさそうに見える10段… それを誰が飛ぶのか? 皆がかたずをのんで見守る中、俺が行く!と飛んで見せる…

…と、たとえ、そのトライで失敗し、怪我をしたとしても、その場にいる男の子全員から敬意を集めることができる。

…というのは、男の子の世界では当然のこととして、知らない人がいないようなことでしょう… 仲間のほかの誰もが、勇気がなくて踏み出せなかった一歩を踏み出した一人として、問答無用の尊敬を集める。

しかし、女の子の世界では、最初から怪我をすると分かっていて、なんで飛ぶのか?意味が分かりません。

周囲の男の子たちが、たとえ、怪我をしたとしても、飛んで見せた男の子を尊敬する理由もわかりません…女の子には、ただ仲間からの注目を集めたいがためにやっているようにしか見えないからです。

失敗は失敗にしか見えず、勝ち目のない勝負に出るのはただの馬鹿にしか見えないのが、現実に生きる女の子の世界観です。

クライミングで生き残るのは… たぶん、後者です。アレックス君のフリーソロがどれほど分厚い安全マージンのアピールなのか?ということを理解したほうがいいですね。

イチかバチかではなく、徹底した自動化の勝利、ということは、普通にクライミングをやっているクライマーなら、100発100中の自動化が起こるまで、登りこんだという自動化のすごさにびっくりしてしまうと思います。





2021/12/28

どんなクライマーが最も幸せだと思いますか?それはどうしてですか?

 ■どんなクライマーが最も幸せだと思いますか?それはどうしてですか?

これは答えるのが難しく、見渡す限り、誰も幸福そうではないのに驚きました…。

幸せそうなクライマーが周辺にいません…(汗)

誰のことを羨ましいと思っているのかなぁ…と、探してみても、誰の事も羨ましくないかもしれません…

ハイグレードが登れても、ほとんどクライミングの喜びは増えないみたいなんですよね。

なので、うーん…答えにくい。

台湾の龍洞でお世話になった米国クライミングガイドのQXと奥さんのセットは、良い結論の形かなぁ…と思っています。

ラオスで会った、年配のクライマーで、イギリス人の女性と男性は、結婚もせず、定職にもつかず、クライミングを地道な趣味にして登って来ていた人たちでしたが、いい感じでした。

自分自身と人生が幸福に結婚していそうでした。



2021/12/17

リスク中心思考 九州クライミングの思考の続き

■ 安全ブックを読んでも、クライミングのリスク管理能力は身につかない

私は、『安全ブック』とは、クライミングを初めてすぐに出会ったし、自分が行く身近な岩場での事故がたくさん掲載されているので、クライミングをスタートして初期に、目を皿のようにして読んだのですが…、

例え、『安全ブック』を読んだとしても、

公開されている岩場でノーマットで登るのは、非常識だとは、どこにも書いていない…

という指摘を受けて、確かにそうだよなぁ…と思っています。

基本的に九州の岩場での事故情報は全く載っていない。どこかよそ事のような内容になっている。

よそ事感があれば、ジブンゴトと感じるのは難しいでしょう…

では、一体どういう情報を与えたら、現代の初心者クライマーは、ちゃんとしたクライマーになるための知識が得られるのでしょうか?

■ ボルダリングにおけるリスク中心思考のスタート地点

ボルダリングは9割落ちているクライミング形態です。

つまり、リスク管理としては、

 安全な落ち方をマスターしている

が第一義的に大事です。

ムーブを上げるというのは、それができたあとのこと。

安全に落ちるスキルがないと、練習すら積めません。

そしてボルダリングにおける安全に決定的に必要な道具がマット。クラッシュパッドとも言います。

インドアジムでは、どこで落ちても大丈夫なように、マットが敷き詰められていますが…アウトドアでは、それは当然期待できない。

自分が所有できる数のクラッシュパッドで何とかせざるを得ません。

ということは、

自分が所有できるクラッシュパッドで、最大の安全を確保するというノウハウ=ボルダリングにおけるクライミング技術

ですね。

■ クライミング技術=登攀グレード、ではないですよ

奥村さんも言っていますが、一般の人はクライミング技術というのは、ムーブが上手なことだと勘違いしているのだそうです。

もし登れるだけがクライミング能力なら、それこそ、クモが一番偉い、みたいなことになってしまいます。

これは案外見過ごされている点で、指導者クラスの人でも、高グレードが登れる方がえらいと勘違いしている人もいます。

安全にクライミングに行って、帰って来れる、自己完結したクライミングを出来ること=クライミング技術

です。

■ 何をどこでやるか?でクライミング技術の中身は違う

なので、活動の内容により、クライミング技術の意味する内容は、バラエティがあります。

例えば、登山であれば、誰か助けて!と山小屋に駆け込んだりしたら、自立していない登山者、つまり、登山技術がない、ということになります。

テント泊で宿泊している登山者が、山小屋の談話室に入室するのがNGなのは、このためです。

他には、水や食料といった必需品を持ってこないで、”山小屋にください”、という登山者も自立してない登山者と言われます。山小屋では、買い物はゆとりの範囲で行う募金、です。必需品はもって上がります。

■ ヘリでレスキューされたことは勲章にならない

夏の本チャンに行って、他人が作った支点に足を掛けて落ちてヘリを呼んだら、それは”本チャンクライミングを分かっていない”という意味になります。

なぜなら、本チャンで、残置を信用してはいけないことなど、当然の常識、だからです。なので、ヘリレスキューになっても誰も同情してくれません。

私の先輩も、春山の前穂北尾根でアイゼンを付けたままグリセードして、足を骨折してヘリレスキューになっていましたが(笑)、誰も同情していませんでした…(笑)。

アイゼン付けたままグリセードしてはいけない、ということは、雪山で滑落停止技術を学ぶ初日に、一声目に言われることだからなのです。げんこつが飛んできます。

■ クライミングの自立

クライミングが自己完結できることが、クライミング技術。

一般的なショートのフリークライミングなら、自分のロープと自分のヌンチャクで登って、降りてこれないといけないです。

それができるのに必要な技術は、人工壁で学ぶリードとローワーダウンだけではなく、結び替えと懸垂下降、支点構築、途中敗退の捨てビナ、程度が必要です。それがあるのが、外岩クライマーとして技術がある、という意味の中身です。まちがっても、”カラビナ直がけが九州ルール”という人にクライミング技術がある、と言えることはありません。

誰かにトップロープを上げてもらっていたら、自立したクライミングではありません。

当然ですが、自分が登る課題を選べない、トポを持ってこないというのも、自立したクライマーではありません。

そもそも、岩場に自分の足で来れない、というのも、自立したクライマーではありません。ということは、車で行かないといけない岩場に誰かに載せて行ってもらうのは、半人前です。

マルチのセカンドだったら、登れなくなって、ライジングされないと終了点に行けない、などというのも自立したクライマーではありません。行く前に登り返し技術や多少のエイド技術は身に着けてからいくものです。

https://allnevery.blogspot.com/2017/08/blog-post_13.html

ところが、現実的には、一回目の初心者は仕方ないね、と、自立しようとすると色々と面倒が多いので、多少は、多めにみられています。

問題は、多めにみられているという状況を分からないで、当然のように、要求し始める人を是正できない指導者が多いことです。

なので、多めにみられていることを当然の権利のように要求する人がいる会は、はてな?という感じです。5.12が登れるのに、結び替えを知らない、とか、自分は運転できないで載せてもらっている側なのに、運転者にえらそうに指示するとか、まるでモンスターチャイルド?みたいな感じです。

基本的に、その場所で事故になったとしても、自力で帰って来れる、あるいは、一緒に行った人と帰って来れる、というのが伝統的に最低限のマナーとなっています。

そのために必要な知識を一通り持っている必要があります。つまり、

 岩場での事故を想定したセルフレスキュー

です。それがないと、思い切った行動は普通は取れません。し、取りません。

山梨で登っていた時は、私は体が小さいので、私と登りに行って無茶をする男性クライマーは、常識上、皆無、いませんでした。

レスキューになった場合、相手は私を担げますが、私は相手を担げないからです。私にとっては保険付きだが、相方の男性にとっては私は大した保険にはなりません。もちろん、走って出るくらいのことは当然できますが。また私は日赤救急救命を受けています。しかし、それでも事故になって良い、というのとは違うでしょう。

ですので、チャレンジクライミング、をしたいときはお互いがお互いの保険になるようなパートナーを選びます。

私の中では、ゲレンデは基本的に誰と組んでも行けますが、準本チャンの沢…例えば祝子川は、誘われてもお断りしました… 膝を怪我したのでそもそも行くのは無理でしたが、ゴルジュってエスケープがないです。囂々と流れる水の中で、たとえば転倒したとして、現代の確保術では、流さないといけないということを知らない人もいます…沢ではATCではなく、そのため8環を使いますが…そういう知識のすり合わせを初級の沢でするのが普通ですが、その人はその発想はなくいきなり本番…なのでお断りしました。彼とではなく、別の人とだったら行きました。あとは2名でなく、3名とか別にメンバーがいれば行けます。

まぁ、フリークライミングしている人が、沢に行くような、大きなリスクを取るというのは、自己矛盾なので、考えにくいです。一般にフリーのゲレンデは、基本的には携帯電話が入れば、安全圏と考えられています。

要点は、誰と登るかによって取れるリスクの量は違う、ってことです。

一般に、フリークライマーは、パートナーを組むのですが、一緒に登ろうぜとなった最初に、人工壁で、お互いが持っているセルフレスキューの知識のすり合わせをします。

具体的には

 ビレイ

 リードフォロー

 懸垂

 宙づり登り返し

 ビレイヤーの事故脱出

 ライジング

です。互いにすり合わせて、知らないところやずれたところは、補います。斜バリまで行く必要はないと思いますが…熱心な人はやっています。

これには、

 ザックやストックを使った背負い搬送

 ロープバスケット

 救急救命法

などが入っていませんが、どちらも、ハイキングに行くレベル、登山レベルで、すでに練習しているもの、という暗黙の前提です。

ただ昨今は、ハイキングからステップアップしてクライミングをするようになった経緯の人の方が少数派で、山登りは全くせず、いきなりクライミングジムでクライミングして、その流れでアウトドアクライミングに進む人が多いので、やったほうがいいかもしれません。

その際は、具体的な場所を想定したほうがより実状に添ったシナリオができると思います。

例えば、九州で言えば、

・日向神の愛のエリアで

・グランドフォールが起き、

・クライマーは自力歩行ができない

と想定すると、下の林道までは、背負い搬送をしないと、救急車は入れません。

ので、クライミングを自己完結するスキル、の中には、

 背負い搬送を知っていて出来る

が入っていないといけません。それがそこでクライミングする者の最低限のスキルということになります。

■ ボルトルートクライマーなら、ボルトの見極めスキルはクライミング技術の一つですよ

私がいた山梨では、ボロい支点であることが、そもそも前提の三つ峠、と、フリークライミングの岩場である小川山では、全く違う登攀スタイル、ということが、誰の常識でも明らかでした。登り方自体を変えます。

小川山では、テンション!と叫ぶのはアリですが、三つ峠ではありえません。

なにせ、腐ったハーケンとかが支点で、後は自分でカムをもって上がって支点を取ります。岩の突起とか、チョックストーンになった岩とかに、スリングを掛けて、ランニング支点にする、とか、そういうのが、三つ峠における、”クライミング技術”なのです。

終了点は、一般的には普通に登山道を歩いて帰ります。山にある本チャンで懸垂で帰るというのは、敗退時以外ないです。支点はカムで3点で作ります(2点で作ると厳しく注意を受けます)。

小川山のほうは、フリークライミングの岩場でも、歴史的経緯からアレヤコレヤと細かい注文が色々ある岩場ということなので、その辺に詳しいガイドさんが詳細な、ステップアップに使うべき課題をネットに上げています。

ので、本州の人は、クライミングのステップアップ…クライミング技術というのは、具体的にどういうことなのか?が、分かりやりやすい。ある段階で今何が自分にとっての課題なのか?が比較的把握しやすいと思います。

その辺が九州ではきちんと区別して教えられていないように思います。アルパインとフリーとスポーツクライミングが混同しています。スポーツクライミングのノリをフリークライミングで要求するのは変です。

何kNの耐荷重があるか怪しいボルトで、落ちれ落ちれと言われて謎でした。やっぱり落ちるのはNGのカットアンカーでした。

もし、ボルトが崩壊して、落ちるクライミングを周囲がはやし立てたために、死者が出たらどうするのでしょうか?責任を取れるのでしょうか?

小川山はフリークライミングの岩場としては、100%落ちれるわけではないので、一般的に初心者は、落ちても大丈夫な岩場としては、城山、などが、ケミカルにリボルトされた岩場、初心者のリード向きの岩場として知名です。 

小川山は日向神と同じで落ちてはいけない岩場ですが、違うのは、そう認識しているかどうか?かもしれません。うちはボルトがヤバいとか、ランナウトしていて初心者には登らせられないと、岩場として自覚がある、あるいは課題として自覚があるかないか?が大きな違いなのかもしれません。

小川山は初心者向けではないという認識は、大体のクライマーが持っていた認識のように思います。その証拠に初心者クライマーは、目を皿のようにして、歩いてトップロープがかけれる課題を探します。

なにせ、先輩に連れて行ってもらって当然、というのは、基本的に ”ない” のです。

連れて行ってくれる人がいたら、かなり奇特な人として感謝されるものです。そこがだいぶ違います。

大体の人が、フリークライミングにデビューする前に、インドアジムでボルダリングをして、その後に人工壁でスポーツクライミングを経験して、ビレイを確実にしてから、外岩に来ると思いますが… そのコースの場合、

 外ではインドアのように安易に落ちてはいけない

というのが、実際のところなぜなのか、初心者は分からなかったりします。私もそうで、初期のころは、私は背が低いので、大体、ホールドはデットで取っていました。普通の人にとって何にもしなくても手が届くところが、大体デッドしないと取れないからです。

そんな登りをアウトドアでできるか?当然ですが、ダメですね…。外岩リードは基本的にスタティック、が定石です。それがすぐに分かったので、ボルジムでの登りも変えました。

しかし、そこのところが分からない段階の人用に、城山みたいな場所が用意されています。

先輩後輩のシステムで登っている人には、自動的に小川山の前に、城山が上がってきて、その経験から、なんとなく分かるようになっています。

城山はケミカルボルトの岩場です。小川山では、基本的にはボルトルートですが、えらい1ピン目が遠いとか、ジョコンダなどハーケン混じりです。え?ここアルパインの岩場?みたいな感じですが、まま、気やすく落ちるなよ、という警告を含めて、そういうものが残されています。

先輩曰く、ハーケンはオブジェ。もちろん信頼はしないですが、意外にしっかりしている場合もあります。

小川山におけるリングボルトも同じで、起点に打たれた課題もあり、大体がビレイ位置が不安定で、ビレイヤーも転がり落ちそうな課題などです。

そうしたリングボルトは、ビレイヤーのセルフビレイ用ですが、インドアクライミングでは、ビレイヤーがセルフを取ることはないので、ビレイヤーとして自立したクライマーになるにも、小川山でリングボルトを見て、”なんでここにリングボルトがあるのかな?”と思考し、その結果、”そうか、ビレイヤーも落ちそうでヤバいのか”、と理解することによって、ビレイヤーのセルフを取るという安全技術を知ります。

アウトドアでは、ビレイヤーもセルフがいるか要らないか、自己判断ができるようになって一人前。

私は軽いので、ビレイヤーとしては、自分を守るために、セルフが必要な場合があります。

例えば、大柄なクライマーに1ピン目で落ちられると、パチンコ状態になってビレイヤーとクライマーがぶつかります。”ビレイヤーのセルフ”が必要です。

”ビレイヤーのセルフという技術”、そういう知識があり、対策を知っているというのが、クライミング技術、の具体的な中身です。

一言で、”ビレイができる”、と言っても、中身の濃度は色々です。

前にアルパインのクライマーに、ゲレンデでの練習会で”ビレイできますか?”と聞いたら、元気よく”できます!”というので、お任せしたら、リードクライマーが落ちた時、真っ青になっていたので、交代してあげたのですが、聞いたら、彼は落ちたクライマーを確保したことはなかったそうです。

”落ちるクライマーをキャッチしたことがある、グランドフォールさせないスキルがある、ということが最低限ビレイができるということですよ”、と後で教えたら、”そう言われたら、そのとおりなのに、全く思いつきませんでした”と言っていました…。

彼は、”先輩は落ちないから、ロープは持っているだけでいい”、と教わったのです。

■ リスク中心思考=落ちたらどうなるか?

落ちたらどうなるか?

ということと突き詰めて考える、ということは、登る楽しさゆえに見過ごされてしまうのが、クライミングの悲しい宿命なのかもしれません。

が、逆に考えると

落ちたらどうなるか?すでに保険を掛けてある、

という状態だと、後は何をしてもいい、と考えることができます。

ショートのフリークライミング、つまりいわゆるクラッギングなら、2名で行ったとしても、ちゃんと行って帰って来れるスキルが、どちらもないといけません・・例えば、片方が運転できない、とかダメです…。

完全にリスクフリーというのは、ありえないので、リスクが何か、分かっているというのが大事です。

例えば、私は50kgないくらいの体重ですので、一緒に登っていた相方が74kgで、彼がドカ落ちするとビレイヤーの私の方が危険が迫ります。

なので、落ちることが分かっている、ランジで取りました、みたいな登り方は、相方もしません。下のビレイヤーの方がリスクだということが共通理解だったからです。

インドアから普通にいつも落ちている登りをアウトドアでやってしまう人だと、たぶん、そのようなことも分からず、当然のように、下のビレイヤーが誰か?など考慮せず、普段通りのクライミングをしてしまう人が多数だと思います。

つまり、こういうことも、”クライミング技術”の一例なのです。クライミングは、”ビレイヤーの内容”が、どう登るか?にも影響して当然なのです。

それを分かっているのが、クライマーです。

誰彼構わず、じゃんじゃん落ちているということは、クライミング技術、がまだ育っていない、ということです。

奥村さんなら、クライマー以前というのではないでしょうか?

つまり、まだクライマーではなく、今からクライマーになるところの人、という段階ということです。

■ リスク中心思考への切り替え

これは私の考えですが、山と同じで、クライミングは、リスクから考えれば、すっきりします。

リスクを中心に考える思考回路を身に着けたら、それがクライマーとしての完成となるのではないでしょうか。

世の中には完全なリスクフリーはありません。

数あるクライミング形態のうち、もっともローリスクであるのが、トラッド。命がかかる支点を他人任せ(ボルトを打ったのが何年の事なのか分からないとか、誰なのか分からない)にしない。カムによる支点のクライミング形態だと思います。

私もまだカム設置の能力は完成しているとは思いませんが、それなら、落ちないようなところを登るというリスクコントロールが可能です。

なんせ、カムは100% 自己責任ですから、ボルトの信頼性が分からなくても、カムの信頼性は分かります。

支点間の距離も、自分の見極めで、怖ければたくさん取り、大丈夫だと思えば、落ちたとき保険にならないことはない程度に間隔を広くとることもできます。(まあ、岩に強いられて、クラックがあったとしても、浅かったりフレアしていたりして、取れないことはありますが。それこそが岩との対話で、クライミングの愉しみの一つです。ランナウトに耐える能力は、そのような時…ここぞというときに取っておくものです。)

ボルトだとそんな芸当はできません。見ず知らずの人…つまり施工が上手な人か?それとも下手くそな人か?も分からず、さらに言えば、そのボルトはいつ打ったのか?もトポにあることは日本では稀です(台湾の龍洞ではエクセルで管理されていました)。

ボルトだから大丈夫だと思っていると、グージョンではなくカットアンカーかもしれません。

そして、それは、見た目では全然判断できなかったりするのです。私の山梨時代にも、カットアンカーとグージョンの見分け方を教わった覚えはありません。

(山梨では、もはやレガシーレベルのカットアンカーを使うような人がいなかったためかもしれませんが…。私も開拓者に出会ったとき、当然のようにFixe社のボルトを物色しました)

■ ボルト配置の不利・有利 グレードは相対的なものですよ

ボルトルートのボルト配置は、トラッドのピンクポイントと同じで、クライマーにとってはなんの合理性もない配置というのもあります。

特に背が低い人にとっては、背が高い開拓者が選んだボルトの配置は、ムーブ的な整合性は全く取れない位置かもしれません。

つまり、そのピンに行くまでに、ワンムーブ多く必要で、そのムーブのスタンスが極小、ということはありうるということです。極小スタンスに乗らないといけないとすれば、それは全然クリッピングチャンスではありません。安定したところで一本入れるべきです。

背が高ければ、そのスタンスに乗る必要はないので、背の高い人にとっては同じグレードでも易しくなります。180cmある男性クライマーは、核心部が飛ばしてしまえるそうです。

つまり、同じ5.9でも、小さい人にとっての5.9は一般的な人にとってより難しく、大きい人にとっての5.9は易しいことが多いということです。

もちろん、これは傾向であり、逆に小さいほうが有利な課題もあります。例えば、リン・ヒルは手が小さくてクラックに手を入れられるために登れることが多く、大柄で手が大きいクライマーは頻繁に愚痴っていたそうです。

そういう知識があることも、”クライミング技術”の一つに入るかもしれません。

■ コンペはクライミングの本質ではないですよ

なにせ、クライミングをスタートしてすぐは、

  クライマーとしての優劣をクライミンググレードで付ける

のが当然だと思い込んでいます。つまり、ハイグレードを登れるほうがえらいと思い込んでいます。

 クライマーの優劣が、クライミンググレードでつくのは、コンペの世界だけ

です。もちろん、コンペで優勝することは喜ばしいことですし、努力の証と言えますが、だからと言って、人間として優れているというわけでは当然ですが、ありません。

お受験の勝者が人間として優れているわけではないのと同様に、あるモノサシで計った時に、たまたま、その人が一番だったというだけで、別のモノサシで測れば、別の人が一番になる。

          『ビヨンド・リスク』 より

さらに言えば、10aでひいひいやっている人と、15でひいひいやっている人は、別のグレードで同じことをやっているだけです。本質的になんら変わることはありません。

クライミングを何年もやっていて、なぜ、それが分からないのか?そのほうが私には不思議です。

グレードで人間が一直線に優劣で並んでいる、という見方は、高速道路で隣の車とスピード争いをしてしまうと同じくらいの短絡した見方です。

スタートも違えば、目的地も違うのですから、どっちが登れるか?で、上下を決めることほど、愚かなものの見方はありません。

10歳でスタートした人は20歳でスタートした人より有利ですし、30歳でスタートした人は40歳でスタートした人より有利です。50歳でスタートした人が、15歳でスタートした人と比べて、そう伸びしろがないのは、誰が見ても明らかです。15歳の人が50歳の人を馬鹿にすべきでしょうか?

年齢は一つの例にすぎません。性別、持っていまれた体格、握力、指力など、色々個人差があり、それぞれです。ハッキリ言って、背が高くて、ひょろ系体形、指力強い人が有利です。

グレードが高い事が一つの有利になるとすれば、

 取り付いてよい課題の選択肢の幅を広げる、

ことです。5.9しか登れない人は一つの岩場で大体1つか二つしか登れる課題がありませんが、5.13が登れる人は、同じ岩場でも、大体全部の課題が登れます。

偏差値50の人が行ける大学の数は限られますが、偏差値74の人が行ける大学の幅は選り取りみどりです。

これで回答になったでしょうか?


   こういうのが高いクライミング技術の証なんですよ。パッシブ1ピン目のとり方



2021/11/14

岩場整備の資金源

■新しい仕組みのニーズ

日本のフリークライミング協会の仕組みでは、岩場は整備が進まず、うまく行っているとは言えないようだ。

台湾の岩場龍洞では、クライミングインストラクターのQXが整備や見回り、リボルトも含めやっており、ビールを飲めばリボルト基金になる、コーヒーを飲めばリボルト基金になる、ということで、とてもうまく行っている仕組みと思われた。ささやかなお金だから進んで出すし、端数が出た小銭も重いの、嫌だから入れちゃう。イラナイモノを出すのだから、あまり負担にもならない。

ラオスは、ゲストハウスを運営して、その営利資金から岩場の整備費用が出たということだろう。地域の観光資源にもなっており、地域にお金を落としているので、地域貢献企業ともいえる。たくさんの外国人を集めている。

台湾と同じことで、旅行中でイラナイモノはみんなが置いていくので、置いて行ってもらったもので、ほかの訪問者が成り立つという仕組みらしい。2度目に行ったら、余暇に読む本が増えていたり、ゲームが置いてあったりした。ヨガマット、私のは置いてきた。

ので、日本の岩場でも新しい仕組みを考えたほうがいいのではないだろうか?

庵はたぶん、先行事例何だろうと思う。

2021/11/10

下阿蘇ビーチ

 このビーチに行ったのは、本当に良き事だった…。

美々津に行って、津波注意の掲示板を見て、サーフィンと生きるということは、津波のリスクとともに生きることだと理解した半面、下阿蘇ビーチは11月でも冬シュラフが暑いくらいで、車が引っ越し荷物で満タンなので、車中泊ではなくPキャンに変更したんだが、それでも超快適だった。

朝に散策したら、波が砂浜を削って、プチシークリフを作っており、なるほど、こうしてシークリフは形成されるのか‥と思った。

城ケ崎、大堂海岸、台湾の龍洞、それくらいしかシークリフのクライミングは知らないが…石灰岩が山の中のクライミングであることに対して、シークリフは海のクライミングだ。

アルパインをやっていたら、山には行くけど、海にはいかない…ので、初めて城ケ崎に行くことになった時は、「なんで山をやっていて海にいくことになったのかなぁ?」と不思議な気がしたものだった…

自然農をやるつもりで木こりになった、みたいな感じかなぁ…

雪が好きな人は、スキーをやればとよく言われるけど、スキーにまで手を出したらギア代が半端ないよなぁと思って遠慮していた。山梨は雪国ではない。雪ではない乾燥した寒さのあるところ。雪があるところは湿度が高いところで、アトピー体質の私にはあまり快適そうではない…湿度が低いところが好き。

フォッサマグナ→ 皆伐は森林崩壊 → 下界は砂防林がある → シークリフクライミングの可能性あり 

という理解が進んだ。岸良海岸も同じような成り立ちなのだろう…

どこの田舎に住むにしても、農業のスキルと伐倒スキルはベーシックスキルセットだろう。


2021/01/02

心がすり減る対応=安心して失敗できる環境

 ■心がすり減る

クライミングでのリードで

 心がすり減る、

のです…。振り返ると…

1)三つ峠リード時代

ともかく落ちてはならんと当然のように思っているのと、そもそも落ちない程度なので、落ちるつもりは全くないので、ビレイヤーどころか、支点すら信用など一顧だにしておらず、まったくリード問題なし。むしろ、自分の作ったロープワークの支点がいいのか悪いのか、師匠の清高さんが評価(ダメだし)してくれず不満。(多分、OKだったんでしょう)

2)アルパイン的ゲレンデ時代(西湖の岩場)

ガイドの堤さんが整備した岩場で地元の山岳会では、年に一回の岩トレ(アイゼントレ)に使う。岩をクライミングシューズで登ったことがないのに、アイゼンで岩を登っていた時代。もちろん、クライミングシューズを履いたらリード楽勝なので、同期と20ピッチ目指してロープワークの習得で岩場に通っていた…ので、リードが怖いなんて、意味分からず…今思えば、3P 5.6。

3)リード怖い怖い期

そのまま、大ランナウトの3P 5.7の小川山春の戻り雪での練習にスライド。いや~、心すり減る!でも相方も信頼していたし…。自分を鼓舞していました。10Aのトムと一緒、登れず。

4)手繰り落ち

小川山屋根岩1峰で、10bにトライしてたぐり落ち。でも止めてもらう。2トライ目に完登。その日一番危険な人アワードを受賞する。

5)クラック修行

湯川。疑似リードさせてもらえず、不満を貯める。5.8だけリード。

6)小川山行っても登れるものがないんですよねぇ…な時期。

色々行くが小川山で私のリードに適した課題がない。このころ、三つ峠に行って楽勝で5.9をリード。あれ?みたいな楽勝さ。小川山の5.9は相変わらず、登れず。

7)ラオスに行って城ケ崎

城ケ崎でリードデビューしてみんなに一皮むけたね~と喜ばれる。ほとんどラオスで一皮むけたと思う。ラオスでは5cは全部登りつくし、6Aに行っていたころ。1日5~8本登る。小川山とエライ違い。

8)落とされる 頭を7針縫う

兜で。ちょっと違うムーブを試してみたかっただけなんだけど、落ちてキャッチしてもらえず、担がれて山を下りる。血みどろの岩場。そのあと、その場に行っていない…私の流した血はどうなったのだろう… 

9)残念ながら山梨時代を去る…ので日々登る生活お終い

ヨガの日々に入ろうとするも挫折し、九州クライミングは、本匠の山女5.10bを1墜落で2撃でRP。リードはしたいけど、えらい怖い。特に日向神。愛のエリア。夢中歩行、文字通り夢中。

10)槙尾山の岩場(大阪)

でリード三昧すると、師匠の青木さんがビックリ仰天。師匠が連れている男子は私を見てリードしようと取り付くが静止される。君はまだダメ系。青木さんはビレイを信頼できるので登れる。

11)師匠のビレイもダメかもしれんと自覚

佐久の岩場にサブガイドみたいな感じで呼ばれていく。なんだかイケイケの女性がいてドン引き。別のペアのだらりんを指摘したら、師匠が「まぁ、クライマーが確実だからええやろ」と言う…そういう問題じゃない…佐久では過去に2度、浮石を掴んで落ちた先輩をキャッチしていた私の心の声…

12)九州でリードを強いられる…

というか、九州って、この支点なんなん?っていう疑問自体が解決できない‥‥ので疑念が深まる…一方で安心は増えず。人工壁も外岩クライマー向きではなく、ピラニアは良かったなぁ~とかベースキャンプ行きたいーとか思ってしまう

13)だんだん支点の謎が明らかになる ボルトの謎も解ける

14)三倉で撃沈

15)龍洞に一人で行く

楽しく登って、やっぱプロテクションは自分で設置すればいいでしょとか思う でも海外なので落ちないクライミング

16)関東のクライマーと登って登りこみのすごさを知る

それと比べたら、私はギリギリをリードしている…と自覚。12登れるスキルのある人が10台みたいな安全マージンのぶあつさ

17)怪我も重なりクライミングお休み中

まぁ怪我もしたし、古いクライマーと一緒だと、ビレイヤーもボルトも信頼できないのだから、登る環境にない、と結論。

心がすり減る問題は解決せず… 一番解決したのは、ラオス。そもそも、登っているときに落ちることを考えていない。

落ちることを考えていると、本当に落ちると思う。夫とか甘えやすい人がビレイヤーになってくれないかと思ったりする。なにしろ、私がムーブと格闘している間に、世間話とかをビレイヤーがし出すと、きちんと観察してもらっていないのではないかと思って、安心できずに登れなくなる… じわーとしか登れないので、そんな登りだと、パワーロスにつながっている。それは分かるが、スタティックにしか取る気になれない。無邪気にデッドとかありえない…と思う…。

墜落して頭を縫った翌日ですら、負けてはいけない、と思って岩に登っていたが、今回は 負けてはいけないとは思えない…むしろ、負けるべき、と思えてしまう… 

対策がないまま、ボルダーへ。ボルダーもボルダーで危険でやっぱりやめた系。






■心がすり減る対応=安心して失敗できる環境
自分で流れを書いて納得。
三つ峠、大ランナウトの小川山、九州と、落ちること(=失敗)が許されない環境にいることが成長の足かせ。
落ちても大丈夫なところでバンバン落ちて、”失敗経験を積む”、”そこから自分の安全マージンを引き出す”というのが大事なことですね。

■二撃の事例

心がすり減る対策、で成功事例が2件ありました。1件は大蛇山。核心は2個あるのですが、1個目でクリップが遠いので、一旦降りて、再度トライしたら登れたのでした。その時は2撃で登れました。

小川山のボルダーで2段を登る先輩と初の4級を落とした時も、1撃目は一旦降りて、心を充満させてから再トライしたら登れたのでした。この時は登れるのは分かっていましたが、根性がいる系だ、と分かっていたので、一旦降りて、しばらくしてから登りました。先輩がビックリ眼でした。

この2つの事例は、普段の安全マージンから、より薄いマージンを取って登って成功した事例…

ここから、落ちるというライン…ここからは自分には無理…というラインの見極めが、落ちる経験がないと、ぶわーとした太い線になりますが、フリークライミングの世界と言うのは、その線がどんどん正確にシャープになっていく世界だと思う。これはダメ、これは行けるというのが明確化していくというか…

2020/10/01

プレゼンシング 岩場の収益化モデルとしてのグリーンクライマーズホーム&理想としてのグリーン&ダイバースクライマー

 ■ 都会から田舎への自己変革

2度目の転勤(山梨転勤)で起こった最大の自己変革は…

 ・都会生活 → 地方都市生活
 ・地下鉄電車通勤 → 車通勤
 ・インドア派 → アウトドア派
 ・多忙(心を亡くす=思考停止) → 思索&瞑想
 ・流される → 自ら律する
 ・消費生活 → 創造生活
 ・リスクを避ける生活 → リスクと向き合う生活
の以上でした。

■ クライミング本格化という自己変容

以後、

 一般登山→本格的登山→クライミング→海外登攀…

と脱皮を重ね、プレゼンシングは

 ラオスのグリーンクライマーズホーム

です。向かうべき未来が見えた~!

   欲しい未来            今
エコ&ミニマリスト     ⇔    環境破壊&モノに埋もれて窒息・停滞
クライミング(共通項)でつながる ⇔ 損得勘定でつながる
多様性       ⇔        単一カルチャー

このステキなGCHの在り方を日本に伝える、をミッションにしています。

一言で言えば、 グリーン&ミニマリスト&インクルーシブ・クライマー

対立は、非エコ&エクスクルーシブクライマー。

■ シェアしたい未来

これを多くの人と 共有したいわけですが…
 
 A)海外に日本の若者が行かない 
 B)なら、海外の人に来てもらったらいいのでは?

というのでB)の戦略を立案し、それが

  クライマーのゲストハウス構想

です…しかし、問題が…

 1)海外からクライマーがわざわざ来るほどの価値ある岩場がない?
 2)ボルトが時代遅れで危険すぎて、クライマーにおススメしづらい?

   → かといって、リボルト進まない = 資金難
   → クライミング文化の遅れ =鶏が先か?卵が先か?

うーん…というので、とん挫中。ならば!というので、

 対策1)すでにいる外人さんに日本のクライミングを伝える
 対策2)その外人さんの意見を日本に伝える

■ 穴の開いた桶活動の成果…

1)インスボン  → 国際性
2)韓国アイス  → 国際性
3)登山総合ハンドブック 思わぬグッドラック → 国際性
4)天空の茶屋敷  → グローカル
5)クラッグドットコム → 国際性、インクルーシブ
6)自然農 → エコ
7)台湾 龍洞  → 別のスタイルの理想像 追加情報  
8)子供体験クライミング → インクルーシブ
9)観光ガイド活動  → 多様性 
10)地域活性化 → グローカル
11)空き家活用 → 打ち手
12)再建築不可不動産 → 打ち手
13)ヴィーガン化  → 質素、多様性、インクルーシブ
14)ヨガ  → 質素 

穴の開いた桶活動のほうが8割で、主たる活動のほうが2割の達成というのは、残念ではありますが、私の力の及ぶことではないので、良しとしましょう…。

■ クライミングの成果を計っても仕方ないこと

私個人のクライミングの成果を計っても、私の場合、それがOKR(ObjectiveKeyResult)でないので、意味がない…

ので、OKRを定める必要がありますが…

 O=外国人クライマーと日本で登る、海外で外国人と登る、それぞれをサポートする

 KR= 2018年、ドイツ人夫妻、台湾から来たドイツの彼、スイス人医師、最後はリアルクライマー 

です。足を脱臼してしまったので、去年の実績で、4件。1年で4件の成果は悪くないかもしれません。私を尋ねてくる外国人クライマーはいます。

本当は、日本からラオスに一緒に行ってくれるクライマーがいるといいのですが、私が一緒に行ってしまうと、そのクライマーに、つきっきりのタダ働き通訳、となってしまう恐れがあり、なかなか、私の気持ちが妥協点を見いだせない、というのが問題なのかな(笑)。

日本のクライマーが海外で交流しながら登るのに必要なのは、語学力ではなく、度胸のほうです。