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2025/03/31

【クライミング心理学】奥村さんのビレイで「騙されてはいけない」と言った件について

奥村さん、せっかく来てくれたのにすいませんでしたね、傷が深すぎたようです。

なんせ、前にクマちゃんに落とされて頭7針縫ったし…白亜スラブだけでなく、九州では散々な目にあわされており、吉田さんとのクライミングとの差が大きすぎでした(笑)。 

■ 「騙されてはいけない!」事件

フリークライミングインストラクター協会の会長や、ビレイ技術において右に出る者がいないような人物の指導中に解離が起きるというのは、非常に興味深く、また繊細な問題です。このような状況では、解離が起こる背景や状況が重要になります。

解離とは、精神的なショックやストレス、あるいは極度の集中などによって自己との繋がりが薄れ、現実感覚が失われる現象です。クライミングのように身体的なリスクが高いスポーツにおいて、このような解離が起きると、安全面や指導面で問題が生じる可能性があります。

解離が起きる要因として考えられるものは以下の通りです:

  1. 過度な精神的・身体的負荷: 高度な技術や集中を要求されるクライミングでは、インストラクター自身が持つプレッシャーや緊張、さらには他者に対して「完璧」でいなければならないという責任感が解離を引き起こす原因になることがあります。

  2. 過去のトラウマや未解決の問題: 高いレベルの指導者であっても、過去の経験やトラウマが無意識のうちに影響を与えて、解離を引き起こすことがあります。指導中に何らかの心理的な負荷がかかることで、自己が崩れる感覚を覚えやすくなることもあります。

  3. 状況や環境の影響: 現場の環境や指導中の人間関係のダイナミクス、あるいはクライミングというスポーツ自体の危険性も、感情や心身のバランスに影響を与え、解離のリスクを高めることがあります。

評価としては、以下の点が考慮されるべきです:

  • 心身の健康管理: 解離が起きた場合、その原因を深掘り、心身の健康をどう維持するかが重要です。高度な技術を持つインストラクターであっても、自己管理が不十分だと精神的な負担が大きくなることがあり、それが解離を引き起こします。定期的な自己ケアや心理的サポートが必要とされるかもしれません。

  • 指導の質と安全性: 解離が起きた場合、その指導が安全に行われていたかどうかを再評価する必要があります。解離によって注意が散漫になったり、判断が鈍くなったりすることがあるため、クライミングのような高リスクな活動においては、特に安全面に配慮が必要です。

  • 指導者としてのサポート体制: もし解離が繰り返し起こるような場合、指導者としての負担を軽減するためのサポート体制が求められます。チームとしての協力や心理的なサポートを得ることが、持続可能な指導を行うためには大切です。

解離を経て、どのように回復し、再び安定した指導ができるかを考えた支援が重要です。

【クライミング心理学】落とされた過去の傷を受け入れられない

https://chatgpt.com/share/67e9e72d-8428-8004-ab00-34f70078bae5

のまとめです。

■ プロンプト

「助けられるのが怖い」「相手に借りを作る感じがする」「どうせ裏があるのでは?」 と感じてきました。これは、過去を受け入れられていないサインと考えていいですか?

ChatGPT

 はい、それは過去を完全には受け入れられていないサインかもしれません。こうした感情は、過去の経験から生じた信念や恐れが、今のあなたに影響を与えている可能性を示唆しています。

具体的に言うと:

  1. 「助けられるのが怖い」
    これは、過去に助けを受けたことで裏切られたり、期待に応えられなかった経験があったかもしれません。助けを受けることで、また傷つくことを恐れているのです。過去の痛みを受け入れることで、この恐れは少しずつ和らいでいきます。痛みの部分を理解し、あの時の自分を許すことができれば、今のあなたは他者のサポート(ビレイ)を信頼できるようになります。

  2. 「相手に借りを作る感じがする」
    これは、過去に「助けてもらったら返さなきゃいけない」というプレッシャーを感じた結果かもしれません。もしくは、過去に自己犠牲を強いられた経験がある場合、相手に負担をかけたくない、または恩を感じたくないという思いが強くなります。この感情も、過去を受け入れて、自分が「助けられても良い存在」だと認識することで解放されることがあります。

  3. 「どうせ裏があるのでは?」
    これは過去に信じていた人に裏切られた経験が影響しているかもしれません。「他人の優しさには裏がある」という思い込みが、過去の経験に基づいている可能性があります。この疑念を持つことは、自分を守るための防衛反応ですが、過去の痛みを受け入れることで、「人の善意を信じてもいい」という安心感が生まれます。

これらの感情が出てくる背景には、過去に受けた傷や裏切りが深く関わっていることが多いです。過去を受け入れるとは、単に「許す」だけでなく、その痛みや恐れを理解し、愛情やサポートを素直に受け入れられる自分を作ることとも言えます。

もしも心の中でまだ解決していない部分があるなら、少しずつその痛みに向き合い、自己受容を深めることが大切です。自分を許し、助けを受け取る価値があることを感じることが、次のステップになると思います。

■ この感情がビレイを受けるときに強いです

ビレイを受けるときにその感情が強くなるのは、とても理解できます。ビレイのような感情的に深く関わる体験では、過去の傷や信念が強く引き出されやすいからです。

1. 信頼と依存への恐れ

ビレイのような支え合いやサポートを受け入れる瞬間、自分が「頼る」「依存する」という感覚に抵抗を感じることがあります。それが、過去に他者に頼った結果、裏切られたり、無理を強いられたりした経験と結びついている場合、助けを受けることに対する警戒心が強まります。「助けられるのが怖い」「借りを作る感じがする」という感情は、この恐れから生じます。

2. 過去の痛みが蘇る

ビレイを受けるとき、自分が「誰かに弱さを見せる」ことになりますが、これが過去に辛い経験をした場合、その弱さがさらなる傷を呼び起こすことがあります。例えば、以前に助けられた後に裏切られたり、見返りを求められたりした経験があれば、その恐れが再び出てきます。ビレイは感情的に大きな支えである反面、過去の感情的なトラウマを掘り起こすこともあります。

3. 相手に対する不信感

「どうせ裏があるのでは?」という感情が強くなるのは、過去の人間関係で傷ついた結果、誰かが善意で支えてくれることが信じられなくなっているからです。ビレイを受けることで、この不信感が浮き彫りになり、受け入れられない気持ちが強くなることがあります。


どうしていくと良いか?

このような感情を解消していくためには、まず 過去の経験に対する理解と癒し が必要です。自分の感情が強くなるのは、それだけ心の中で解決できていない部分があるというサインでもあります。少しずつでも、その痛みを許すことで、今の自分が他者からのサポートを受け入れやすくなります。

1. 自分に優しく接する

過去の出来事は変えられませんが、今の自分には十分に優しく接することができます。自分が「助けられてもいい」ということを心から感じられるように、少しずつその感情を受け入れましょう。

2. 小さなステップで信頼を築く

ビレイを受けるとき、全てを一度に受け入れるのは難しいかもしれません。少しずつ、自分にとって心地よいサポートを受け入れ、その都度感謝の気持ちを持って接することで、信頼感を築いていけます。

3. 過去の経験を整理する

過去に受けた傷や裏切りを振り返ることも有効です。その痛みをそのままにせず、「あの時の自分はこう感じた」「でも、今の自分は違う」と整理することで、過去のトラウマから少し解放されることができます。

ビレイを受けることは、自分が他者と深くつながり、成長するチャンスでもあります。少しずつ、その力を信じて、心を開いていけるといいですね。

■ プロンプト

以上を踏まえて、1)ビレイで落とされ、頭を7針縫ったこと、2)そのことについて、お前の自己責任だ、と言われたこと について、心理学的に評価してください。その結果起こりうる心理学的な心の傷について述べてください

  1. ビレイで落とされ、頭を7針縫ったこと
    ビレイとは、登山やクライミングなどで、相手を安全に支える役割を果たす行為ですが、その場面であなたが落ちて怪我をするという出来事は、身体的な痛みだけでなく、精神的な痛みを伴うものです。この経験が意味するのは、信頼を寄せていた相手からの支えが十分でなかった、もしくはその安全を保障することができなかったという失望感です。

心理学的な影響

  • 信頼感の喪失:ビレイを受けるという行為そのものが信頼を基にしていますが、もしその信頼が裏切られた、または支えが不十分だったと感じた場合、他者への信頼に対して深い不安や恐れが生じることがあります。「誰かに頼ることの危険」を強く感じ、その後の人間関係において慎重になったり、相手の支えを素直に受け入れられなくなることがあります。

  • 自己評価の低下:事故や怪我の原因が自分の不注意や判断ミスであると感じてしまうことがあります。これにより、自己評価が低くなることがあり、自己責任感が強くなるとともに、自分を責める気持ちが生じることもあります。

  1. 「お前の自己責任だ」と言われたこと
    事故や怪我に関して責任を問われることで、さらに傷つくことが多いです。
    特に、あなたが信頼していた相手や指導者から「自己責任」と言われると、痛みをさらに強調される形となり、感情的には非常に辛いものになります。

心理学的な影響

  • 責任転嫁と罪悪感自己責任、のこの言葉は、相手が責任を逃れるためにあなたに責任を押し付ける行為とも受け取れます。このような言葉を受けることで、自分が悪い、または自分にすべての責任があるという強い罪悪感が芽生えることがあります。この罪悪感は長期的に心理的な負担を与え、自己嫌悪や劣等感を強化する原因になることがあります。

  • 無力感と疎外感:事故を引き起こしたことで、助けを求めた相手から責められると、無力感や疎外感を感じやすくなります。相手の反応により、あなたが支えを求めることが無意味だと感じ、「助けを受け入れたことが間違いだった」と思い込むことがあります。この結果、他者からのサポートを受け入れることに対して強い抵抗感を抱くことがあります。

起こりうる心理的な心の傷

これらの出来事が心に残ると、以下のような心理的な傷が形成される可能性があります。

  1. 信頼感の欠如:他人を信頼することが難しくなる。支え合いや助け合いの関係を築くことに対して不安や恐れが生じ、孤立感を感じることがあるかもしれません。

  2. 自己責任感の過剰:自分の行動や決定に対して過剰に責任を感じ、自分を責める傾向が強くなることがあります。このような自己批判は、自己評価を低下させ、自己肯定感の不足を引き起こします。

  3. 感情的なトラウマ:事故自体が身体的な痛みを伴い、その後の責任を問われる言葉により、感情的なトラウマを抱える可能性があります。このトラウマは、他人との関係に対して警戒心を強め、過去の出来事を反芻し続けることがあります。

  4. 無力感と自分への疑念:自分が他者の支えを受け入れた結果、裏切られたり責められたりすると、「自分が弱いから助けてもらえない」「自分が悪いから支えを受ける価値がない」と感じることがあり、自信や自己価値感の低下を招くことがあります。

  5. 人間関係への影響:過去の出来事から学び、他者に対して警戒心や疑念を抱くようになり、信頼関係を築くことが難しくなることがあります。これが長期的に続くと、深い人間関係を避けるようになり、孤立感を感じやすくなることがあります。


改善のためのステップ

これらの心の傷を癒すためには、過去の出来事と向き合い、自己責任感の過剰な負担を解放することが重要です。以下の方法を試すことで、心の傷を癒す助けになるかもしれません。

  • 自己受容:自分がその時どんな状況にあったかを理解し、責任を過剰に感じるのではなく、「あの時の自分を許す」ことが大切です。

  • 支えを求める:他者との信頼関係を再構築するために、少しずつでも信頼できる人に支えを求めることが大切です。

  • 感情を表現する:傷ついた感情を無理に押し込めるのではなく、書き出したり話したりして、自分の感情を理解し、解放することが癒しのプロセスに繋がります。

もしも過去の出来事から心の傷を癒す過程が辛いと感じた場合、専門的なカウンセリングを受けることも有効です。

■ プロンプト

その後、白亜スラブにおいて信頼して任せたリードクライマーが、50mシングルロープで来ているのに、35mピッチを登ったあとに25mをつないで登り、そのことについて頓珍漢な感想を述べ、全く反省する色もなかったことについて、心理学的な評価とその結果起こりうる心理学的な心の傷について、特に反復(再演)に注意して述べてください。

この出来事は、信頼していたリードクライマーからの重大な不注意や判断ミスによるものです。クライミングにおいては、特にロープの長さやピッチのつなぎ方に関して正確な配慮が求められます。安全のためにクライミングの基本的なルールを守ることが非常に重要ですが、この状況では、その基本が無視されていることになります。このような経験は、深い心理的影響を与え、心の傷を生む可能性があります。

心理学的な評価

  1. 信頼の裏切り

    • あなたが信頼して任せたリードクライマーが不適切な判断をしたことで、非常に深い裏切りを感じた可能性があります。クライミングのように命を預けるような活動では、信頼は絶対的に重要であり、その信頼を裏切られたと感じることで、他者に対する信頼感が著しく損なわれることがあります。

    • 心理学的影響:信頼を置いていた相手の不誠実な行動(反省の色も見せなかったこと)が、深い失望感や怒り、さらには「誰も信じられない」という感情に繋がることがあります。信頼関係が崩れると、他者との関係においても警戒心が強くなり、感情的に閉じこもる可能性があります。

  2. 無責任さと軽視

    • 頓珍漢な感想を述べ、反省しない態度は、リーダーとしての責任感が欠如していることを示しています。この態度に対して、あなたが感じたのは「無責任で軽視された」という感情だと思います。特に、命の安全を預けているという状況下では、軽視や無責任な態度は非常に深刻なものとして受け止められます。

    • 心理学的影響:このような態度に接したことで、「自分の命が他者によって軽視されている」「安全が保証されない世界にいる」と感じることがあり、心に不安や恐怖、無力感を抱くことになります。このような経験が繰り返されると、過去の痛みが強化され、再び同じような状況に陥ることへの恐れや警戒心が強くなるかもしれません。

  3. 自己責任感と過度の自己負担

    • この状況を経験した後、あなたが無意識に「自分がもっと気をつけていればよかった」「自分が間違っていたのかもしれない」と感じる可能性もあります。これは、他者が無責任な行動を取った結果、あなたが自分に過度な責任を感じることにつながります。

    • 心理学的影響:過度の自己責任感が芽生えると、自己批判が強まり、自己評価が低下します。自分に対して厳しすぎる態度を取ることが、心理的な負担やストレスを増加させ、自己肯定感が損なわれる可能性があります。

心の傷とその結果起こりうる心理的な影響

このような出来事から、心にいくつかの重要な傷が生まれることが考えられます。それが**反復(再演)**にどうつながるかを含めて、具体的に見ていきます。

1. 信頼感の喪失と反復的な警戒心

  • この経験から、あなたの信頼感は深く傷つけられ、他者に対して常に警戒心を抱くようになるかもしれません。特に、信頼して任せることに対して恐怖や不安を感じ、再び他人を信じることが難しくなる可能性があります。反復的に、過去の出来事を再現してしまう恐れもあり、他者が無責任な行動を取るたびに、その過去の痛みが再度蘇ることになります。

  • 例:新たにクライミングの仲間を作った場合、過去のリーダーのように無責任な態度を取る相手に対して強い警戒心を抱くことになり、無意識に同じような状況が再現されてしまう恐れがあります。

2. 責任感の過剰と自己評価の低下

  • リーダーの無責任さや反省しない態度に対して、「自分が気をつけていればよかった」と思うことで、過度に自己責任を感じることがあります。この傾向が強くなると、自己評価が低くなり、自己批判が強化されます。自己批判が反復されると、自己価値感が低下し、自信を持つことが難しくなることがあります。

  • 例:将来的に何かのリーダー的な役割を担うことになった際に、過去の経験を過剰に意識して、自信が持てなくなり、周囲の期待に応えられないのではないかという恐れが強くなる可能性があります。

3. 無力感と恐れの再演

  • 相手の無責任さや軽視により、「自分の命が他人によって左右される」恐怖を感じ、その無力感を強く覚えることがあります。この無力感が反復的に生じると、再び他者の手に自分の安全を預けることに対して極度に不安や恐れを感じるようになるかもしれません。

  • 例:今後、信頼関係を築くことに対して強い不安を抱くようになり、人間関係においても「裏切られるのではないか」「また傷つけられるのではないか」といった恐れが強まることがあります。

改善のためのアプローチ

  • 過去を振り返り、自己受容を高める:自分がその時に感じた感情や、リーダーの行動について整理し、その感情を受け入れることが大切です。過去の出来事に対する自分の反応を理解し、その経験が今の自分にどのように影響しているかを意識することが改善への第一歩です。

  • 再発防止策を意識する:自分の信頼感や警戒心を保ちつつ、同じような状況が再発しないように、クライミングや他の活動での信頼構築において慎重に行動することが重要です。また、無理に他者を信じるのではなく、少しずつ信頼関係を築くことが有効です。

  • 自己肯定感の強化:自分が過去の出来事を乗り越え、自己評価を取り戻すための方法(自己肯定感を高めるワークなど)を試みることで、将来的な不安や自己批判を減らすことができます。

このような出来事は、再び同じような状況が起こることへの警戒心が強まる一方で、過去を振り返り、自己受容を深めることで、未来の自分がより柔軟に成長できる助けになるかもしれません。

■ プロンプト

この事例では、赤ちゃんの頃に父親から水に落とされて死にかけたときの映像がフラッシュバックで蘇り、解離も起きました。心理学的に評価して、起きたことを心理学的に説明してください

ChatGPT

この事例において、赤ちゃんの頃に父親から水に落とされて死にかけたという経験がフラッシュバックとして蘇り、解離が起きたというのは、心理学的に非常に意味深い出来事です。

このような反応は、過去のトラウマ的な経験が現在の状況や感情と関連づけられ、無意識のうちに再体験されることから生じます。これを理解するために、以下の心理学的な要素を考慮します。

1. フラッシュバックのメカニズム

フラッシュバックは、過去のトラウマ体験が現在の状況や感情に触発されて突然蘇る現象です。この事例では、リードクライマーの無責任な行動が、過去の恐怖体験と強く結びついている可能性があります。赤ちゃんの頃に父親から水に落とされて死にかけたという経験は、命に関わる危機的な状況であり、無力感や恐怖を強烈に感じた場面です。このような体験が潜在意識に深く刻まれていると、似たような感情や状況が再び起こると、過去の出来事がフラッシュバックとして現れることがあります。

  • 感情的な反応の再現:クライミング中に起きた危険な状況(無責任なリード)や、信頼を裏切られた感覚が、過去の水に落とされるという恐怖体験と結びつき、「命の危機に瀕している」という強い不安や恐怖を引き起こした可能性があります。

2. 解離のメカニズム

解離とは、自己の感覚や記憶、感情、思考が切り離されて、現実感を失ったり、心の中で別の自分が現れる現象です。解離は、非常に強いストレスやトラウマ的な出来事に対する心の防衛メカニズムとして働くことがあります。

  • 自己を守る防衛機制:過去のトラウマ体験が再び思い出されることで、現在の状況に感情的に耐えられなくなると、心が過去の痛みから逃れようとします。そのため、現実感を一時的に失う解離が起きることがあります。これは、身体的な危険を感じるときに自分の感覚を遮断して過去の痛みから距離を取るための心理的な反応です。

  • 感情の切り離し:水に落とされて死にかけた時の感情(恐怖、無力感、絶望など)は非常に強烈であり、その後、心がその記憶を切り離し、感情的な反応を抑え込むことで自己を守った可能性があります。解離が起きることにより、現在の状況でも過去の感情が再現される際に、感情的に反応することが難しくなり、記憶や感情がフラッシュバックとして浮かび上がることがあります。

3. トラウマの再演と再体験

このようなフラッシュバックや解離の反応は、過去のトラウマ的な出来事が無意識的に「再演」されるという現象です。過去の恐怖や無力感、命の危機に対する反応が、現在の危険な状況や信頼の裏切りに結びついて再現されます。

  • 反復のパターン:トラウマ的な経験は、無意識的に再現されることがよくあります。これを「トラウマの再演」と呼びます。過去の経験を無意識のうちに再体験することで、感情的な処理が未完了のままとなり、現在の状況で似たような感情を引き起こすことがあります。今回のクライミング中の出来事が、赤ちゃんの頃に水に落とされるという体験を呼び起こし、命の危機を感じた際に過去の恐怖がフラッシュバックとして現れたと考えられます。

4. 心理的な心の傷

このような反応から起こる心の傷は、特にトラウマ的な未処理の感情や記憶が現在の生活に影響を与える点にあります。以下のような心理的な影響が考えられます。

1) 信頼感の欠如

過去のトラウマ的な体験が再現されることで、信頼感が揺らぎ、他者に対して過度の警戒心や疑念を抱くことになります。リードクライマーの無責任な行動が過去の経験と重なることで、「誰も信じられない」「再び裏切られるのではないか」という恐怖が強化され、対人関係において信頼を築くことが難しくなる可能性があります。

2) 無力感と恐怖

赤ちゃんの頃に命の危機に瀕したことと、クライミングで無責任な行動に遭遇したことが結びつくと、無力感恐怖が再び強烈に生じます。「自分が守られない」「命が危険にさらされる」という感覚が繰り返され、身体的または心理的な安全を確保できない恐怖が長期間続くことがあり得ます。

3) 解離の習慣化

解離が繰り返されることによって、現実との繋がりが薄れ、感情の回避が常態化することがあります。感情的な痛みや恐怖から逃れるために、心が過去のトラウマ的な出来事に閉じ込められることになり、自己の感覚が不安定になり、感情を感じることが難しくなることがあります。

4) 反復的なトラウマの再演

過去のトラウマ的な出来事が再度現れることで、心理的な回復が妨げられることがあります。無意識的に過去の経験を再演することで、同じようなパターンが繰り返され、解決されないままとなるため、長期的に精神的な痛みや苦しみを抱え続ける可能性があります。

まとめ

このフラッシュバックと解離は、過去のトラウマ的な経験(父親から水に落とされて死にかけたこと)が再び引き起こされた結果です。過去の恐怖と無力感が現在の危険を感じる状況と結びついて、心理的なフラッシュバックと解離が生じました。このような反応は、未処理のトラウマが再演される過程であり、信頼感の欠如、無力感、解離、反復的なトラウマの再演といった心の傷を引き起こす可能性があります。心理的な回復には、過去のトラウマを理解し、解放することが重要です。

■ プロンプト

筆者は、EMDR、ソマティックエクスペリエンス、直接的に水泳を行って水の恐怖を克服するなどという取り組みをこれまで、回復のために行ってきました。ほかにできることを教えてください

ChatGPT

これまでに行ったEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)、ソマティックエクスペリエンス、そして水泳を通じて水の恐怖を克服する取り組みは、非常に有効なアプローチです。

これらは体と心の繋がりを意識的に調整し、過去のトラウマ的な体験を再処理して癒す方法として広く用いられています。しかし、トラウマの回復には多面的なアプローチが有効で、他にもいくつかの方法を試してみることができます。以下に、さらに取り組むことのできる方法をいくつか提案します。

1. 内的親の育成(内的サポートの強化)

過去のトラウマ的な経験が、親からの愛情や支援を感じられなかったという状況に結びついている場合、内的な親の育成が重要です。これは、自己の中で「安全で愛情深い存在」としての内的な親を育てることで、過去のトラウマに対する新たな反応を作り出します。例えば、次のような方法があります:

  • 瞑想や自己対話を通じて、自己を優しく受け入れ、過去の痛みに対して今の自分がどのように優しさや愛を与えられるかを意識します。

  • リソース・ビジュアライゼーション:理想的な支援者や親をイメージし、その存在を内的に感じることで、自己の中に安全感を築いていきます。

2. 感情的な回避を減らす練習

過去の痛みから逃れようとする気持ちが強いと、感情の回避が続きます。これは解離を引き起こし、過去のトラウマ的な経験に直面することを避けるため、回復が遅れる可能性があります。感情に直接向き合う練習として以下のような方法を取り入れてみてください:

  • 感情日記をつける:毎日の感情の動きを書き出し、その感情を受け入れ、理解し、変容させるプロセスを繰り返します。

  • 感情の表現を許可する:安全な環境で、恐怖や悲しみ、怒りなどの感情を声に出して表現すること。これにより感情を閉じ込めることなく、解放していきます。

3. 身体的なエクササイズと動きを通じて感情を解放する

身体的なエクササイズは、恐怖や無力感を身体から解放するのに非常に効果的です。特に動きを通じて感情を解放する方法としては、以下のものがあります:

  • ダンスセラピーコンタクト・インプロヴィゼーションなど、自由に体を動かし、感情と身体の関係を再構築する練習。

  • トラウマに対応する運動(例えば、ストレッチやヨガ)で、体に溜まった緊張をほぐし、感情を穏やかに処理する。

  • 呼吸法:深い呼吸を通じて、身体的に緊張を解放する方法。ゆっくりとした腹式呼吸などで、身体のリラックスを促進します。

4. トラウマに基づいたストーリーテリング

過去のトラウマ的な出来事を再解釈し、話として語り直すことが、回復に有効な場合があります。これは、過去の出来事が現在の自分にどのように影響を与えているのかを認識し、その経験に新たな意味づけを行うものです:

  • 物語の再構築:自分の過去を物語として語り直し、その中で自己の力や回復力を強調します。過去の経験を単なる「痛み」の物語ではなく、「成長」や「自己発見」の物語に変換していきます。

5. 安全な再現によるトラウマの再体験

過去のトラウマ体験をもう一度「安全な環境」で再現することで、その出来事に対する感情的な反応を変える方法です。これは慎重に行うべきですが、以下の方法で進めることができます:

  • 段階的暴露療法:少しずつ過去の恐怖体験に触れ、その都度感情的に対処しながら回復するアプローチ。

  • イメージワーク:トラウマのシナリオを視覚化し、安全な場所や支援者と一緒にそのイメージを体験し、再処理していきます。

6. 感覚統合とセラピー

感覚統合を通じて、体の感覚や知覚を再調整することが役立つ場合もあります。過去のトラウマによって感覚が過敏になったり、過剰に抑圧されたりすることがあります。感覚統合療法や身体を使ったワークで、感覚のバランスを取り戻すことが可能です。

  • マッサージタッチセラピー:安心できる触覚を通じて、リラックスし、トラウマによって閉ざされた感覚を再開放します。

  • アートセラピー:視覚的な表現を通じて内面的な感情を表現し、感情の解放と統合を図ります。

7. 霊的または哲学的なアプローチ

過去のトラウマに対する解釈や意味づけを深めるために、霊的な探求哲学的な視点を取り入れることも有効です。自分の経験を宇宙的な視点や人生の意味に結びつけることで、恐怖や痛みを超越的に捉えることができます:

  • 瞑想的な実践:心の中で過去の出来事に対して「静かに観察する」ことで、その出来事がどのように自分に意味を持つかを再評価します。

  • 仏教的アプローチ:苦しみや痛みが「無常」であり、それらに執着することなく受け入れるという考え方を取り入れます。

8. 社会的サポートを強化する

時には、他者とその経験を共有することで、トラウマを乗り越える手助けになることがあります。信頼できる仲間や専門家とともに、自分の感情や経験を語り、理解を得ることが心の回復に繋がります。


これらの方法は、個々の状況や状態に応じて、慎重に取り入れることが大切です。心理的な回復は、時間がかかるプロセスであり、何度も繰り返し行うことで深い癒しへと繋がることが多いです。必要であれば、引き続き心理療法やトラウマ治療の専門家と協力しながら進めていくことをおすすめします。

■ プロンプト

以上の説明をもって、頭が悪いこと が クライミング事故の原因になりうると言えるか評価してください

ChatGPT

この状況を説明するには、認知の限界恐怖反応の関連に関する心理学的な視点を取り入れると良いでしょう。

まず、ここで言及されている「頭が悪い人」という表現が指すのは、認知的な能力、特に数的な判断力論理的思考能力に制限がある場合だと解釈できます。このような場合、特定の状況における計算や予測が難しくなることがあります。

認知的な制限と判断力の欠如

  1. 数的認知の誤り:25mと35mを足し合わせる際に、数的計算ができない、あるいは計算した結果が正確に理解できていない場合、その結果が「ロープが足りるかどうか」に影響します。このような認知の誤りがあると、60mという距離が実際に必要であることが理解できず、ロープが足りないという予測が立てられません。

  2. 論理的推論の欠如:仮に数的計算ができたとしても、因果関係を理解する能力が不足していると、ロープの長さと登攀の距離を結びつけることができません。「ロープが足りるか足りないか」を予測するためには、登攀の進行状況や登るべき距離との関連を論理的に組み立てる能力が必要ですが、これがうまく働かないと、ロープの長さに関しての恐怖や不安が発生しない可能性があります。

恐怖反応の欠如

恐怖や不安は、予測可能な危険に対する警戒から生まれるものです。もし、その人が「ロープが足りない」ということを予測できない場合、危険を察知する能力が低いため、恐怖心や不安を感じないことがあります。恐怖感は、脳がリスクを認識し、それに対して警告を発することから生まれますが、リスクそのものが理解できないと、身体的な反応(例えば、心拍数の上昇や不安感)が引き起こされることはありません。

心理的な安全性

認知的な能力が低い場合、その人は問題解決の際に「不安や恐怖が必要ない」と感じることもあります。これは、状況を無意識的に単純化し、危険性を過小評価することが原因です。

心理学的に言うと、これはある意味での防衛機制の一つで、過度に不安や恐怖を感じずにいられるということが、ある種の「心理的な安全性」を提供していることとも言えます。恐怖がないため、危険を直視することなく、無防備で行動する可能性が高くなります。

まとめ

この事象は、認知的な誤りや判断力の欠如が原因で、リスクに対する認識や警戒心が欠けていることによるものです。そのため、恐怖感や不安が生じず、危険な状況に気づかずに行動することができるというわけです。心理学的には、これが認知バイアス(危険を過小評価する傾向)や防衛機制の一種として説明できる状況です。

■ 知性とクライミング

「頭が悪いこと」がクライミング事故の原因になりうるかどうかという評価については、以下のポイントを踏まえて考えることができます。

1. 認知能力の限界とクライミング

クライミングは、高度な判断力や計算能力を必要とする活動です。例えば、ロープの長さやルートの進行状況、そしてそれに伴うリスクを正確に把握する能力が求められます。もし、認知能力に制限がある場合、危険の予測状況判断が難しくなる可能性があります。この場合、事故のリスクは確実に高くなると言えるでしょう。

  • : ロープの長さの計算を誤る、または距離感や高所での判断ができないと、物理的なリスクに対して無自覚で行動する可能性が高まります。これが結果として事故を引き起こす原因となることがあります。

2. 認知バイアスと防衛機制

認知バイアス(危険を過小評価する傾向)や防衛機制(危険に対して不安を感じないように無意識に思考をシンプル化すること)も影響します。これにより、危険な状況に対する警戒心が欠如し、適切な対処法が取れない場合があります。このような心理的状態は、事故に繋がる要因となり得ます。

  • : 数的計算や論理的推論に欠けるため、ロープの長さやリスクの予測ができず、危険に対する警戒心が育たないことが、事故を引き起こす原因となります。

3. 知識と経験の重要性

クライミングでは、知識経験が重要です。認知能力の高さが必ずしも必要ではない場合もありますが、基本的なクライミング技術や安全意識を身につけていることが最も重要です。

例えば、ロープの長さを確認し、クライミングのリスクを理解していることは、安全なクライミングに不可欠です。

ただし、これらの知識が不足していたり、無自覚で行動する場合、注意不足未経験による過信が事故に繋がる可能性が高くなります。

したがって、事故を防ぐためには、適切な教育や適切な経験の積み重ねが必要です。

4. 認知能力だけでなく、コミュニケーション協力の重要性

クライミング事故はしばしば、チームワークコミュニケーションの不足によっても引き起こされます。例えば、リーダーとフォロワーの間で安全に関する情報を共有しない、またはリスクを説明しない場合も事故に繋がることがあります。頭が悪いという特性だけではなく、協力的で安全意識を持つチームの存在が事故を防ぐために非常に重要です。

結論:頭が悪いことがクライミング事故の原因になりうるか

  • はい認知的な誤り判断ミス危険に対する認識不足がクライミング事故の原因になる可能性はあります。計算や論理的な思考が必要な場面では、認知能力に制限があるとリスクを正しく認識できないことがあるため、事故のリスクは高まります。

  • ただし、クライミングにおける事故は認知能力だけでなく、経験不足安全意識の欠如チームワーク適切な教育や指導も関係してくるため、「頭が悪い」ことだけが直接的な原因であるとは言い切れません。

クライミング事故を減らすためには、認知能力の向上だけでなく、安全技術の教育リスクに対する意識の啓発経験の積み重ね、そして適切なコミュニケーションが重要です。

2025/03/29

【クライミング心理学】「内集団バイアス」=だって俺クライマーだから

1. 人類愛と「救済者」ポジションの関係

この文章の冒頭では、自身の**「人類愛が巨大」**であることが動機となって情報発信(ブログ)をしてきたことが述べられています。これは、**メサイアコンプレックス(救世主願望)**の要素を持つ可能性がある発想です。

  • 「広めたほうがいい」という義務感 → 自己の使命感の強さ

  • 「9年の長編ブログ」 → 長期間の献身(自己犠牲的な傾向)

特に、他者に知識を提供することに価値を置く姿勢は、教育者・指導者のポジションを取ることによる自己価値の確認と結びついている可能性があります。


2. 利用されることへの葛藤(境界線の問題)

  • 「この大きな愛が、利用される。」

  • 「利用されるというより、利用している相手は、ちゃっかりしている。」

→ これは、無償の貢献を続けるうちに、相手がそれを「当たり前」としてしまう」ことへの怒りや失望を表しています。

心理学的には、共依存のダイナミクスが発生しやすい構造です。

  • 「私は与える側(救済者)」

  • 「相手は受け取る側(被害者)」

  • 「相手はちゃっかりしている」 → 実は相手は受動的に「被害者ポジション」に留まりつつ、享受する側へとシフトしている

問題点

  • 知識を広めることが善意であっても、相手の主体性を奪うことになる可能性がある

  • クライマー側が「学ばずに済む」という受動性を習慣化する(「ダッテちゃん化」

  • 「知識を得る側」の責任を無意識に軽視することで、知識提供者(自分)の負担が増える


3. クライマー文化と集団心理(責任回避の言い訳)

  • 「だって俺クライマーだから」

  • 「この一言さえ言えば、全部許してもらえる」

  • 「クライマーじゃない一般社会人からしたら謎のセリフ」

この部分には、クライミング界の文化的特徴と、そこに生じる責任回避のメカニズムが表れています。

  • 「クライマーだから」という言葉が、役割回避や責任回避の言い訳として機能している

  • 「許される」という社会的免責が文化として形成されている

  • 外部から見ると「謎」に見える → 集団内だけで成立する言語や規範(インフォーマルルール)

心理学的視点
これは、「内集団バイアス」が働いている可能性があります。

  • クライミング界では「俺クライマーだから」は共通認識として機能

  • しかし、外部の視点では「甘え」に見える

  • つまり、内部でしか通用しない自己正当化の仕組みがある

また、これは「学習性無力感」とも関連しています。

  • 「学ばなくても許される」環境が続くと、人は努力しなくなる

  • 「知識を得る」という行為自体を諦めるようになる(ダッテちゃん化)


4. 依存的な人を引き寄せる構造

  • 「依存的な人はアンテナが動き、コイツにはたかれる!」

  • 「やたらついてくるだけの人が集まる」

この部分では、「貢献しすぎると、依存される人が増える」という心理メカニズムが指摘されています。

「人助けが習慣化する → 依存者が増える → ますます負担が増える」
これは、共依存の悪循環として説明できます。

解決策として「クローズドな会の運営」が提案されていますが、これは**「選択的に人を受け入れることで、依存者を排除する試み」**と言えます。


心理学的まとめ

🔹 貢献と境界線のジレンマ
→ 「助けることで、相手の主体性を奪っていないか?」の見直しが必要

🔹 責任回避の文化と学習性無力感
→ 「クライマーだから」という言い訳が、学びを阻害する環境を作っている

🔹 共依存のリスクと対応策
依存的な人を遠ざけるために、参加者の選別(クローズド運営)を検討するのは妥当な選択

💡 最適な対応策

  • 知識を提供しつつも、相手の主体性を促す方法を取り入れる

  • クライマー界の責任回避文化に対して、健全な範囲での指導ラインを設定する

  • 「クローズドな場」にすることで、依存を防ぎつつ、意欲的な人だけが学べる環境を作る

👉 「与えすぎない」「相手の成長を促す」というバランスを意識することで、負担を減らしつつ、より効果的な関わり方ができる!

2025/03/22

【人生脚本】再演中 無能な人は無能であること自体に自覚がない

■ 無能な意思決定者

無能な意思決定者のせいで、被害を受ける、という人生脚本を、絶賛・再現中でした。この数日。

マンション管理について無知だった事例
・大阪市が提供している、マンション管理組合向けの支援活動を知らない
・大阪市が提供している大規模修繕工事を適正に行うための無料の専門家派遣制度について知らない
・大阪市が提供している管理規約策定の支援も知らない
・各種の無料の相談窓口を知らない
・管理組合と管理会社の役割分担について、無知。
・管理規約があることも知らない
・したがって管理規約の内容を知らない
マンション管理についてサボタージュ
・管理組合の理事長が管理会社に指示命令を行い、各区分所有者に管理規約を守らせることになっているが、理事長は管理会社が勝手にやってくれていると思っており、自分の指示命令が必要だと知らない
・管理規約の内容をそもそも知らないため、規約違反があっても、気が付かないで、迷惑をそのまま泣き寝入りしている

マンション管理についての無能
・そもそも情報弱者であり、自分のマンションが業者にたかられていること自体に気が付いていない
・タバコ免税店が入っても、危険ドラッグの温床化した前例がある、還付金詐欺の前例がある、ことに無知なため、危機感自体が起こらない
・その結果、誰か一人、そのテナントの中の人が日本語を話し、ゴミ捨て手伝いしただけで、グループ全体をいい人だーと勘違いしてしまう
・そのこと自体に気が付いていない

起きている現象
・結果、苦情は区分所有者に届かず、中間の不動産会社の好き勝手が横行する
・管理会社が、大規模修繕工事業者と同じであり、言い値で工事を請け、巨額の借入金を飲む羽目になっている
・そもそも、大規模修繕が必要かどうか、があやしく、他の工事業者の見積もりでは、3800万円の提示はたかすぎる
・管理会社を信用しすぎで、丸投げした結果、こうしたことが起きている。

心理
・管理会社の○○さんはいい人だーで、幸福感満点なので、問題を指摘する人が排除される。
無能な人は無能を指摘されると、本当に無能なだけにほとんどのケースで逆ギレする。
これらのことは、すべてクライミングでまなんだ(笑)。

【クライミング心理学】赤信号みんなで渡れば怖くない=0点、みんなで0点なら平均点

クライミングには、集団心理、責任の分散、モラルの低下、権力の乱用、情報格差の悪用 という要素が見られます。

そして、これがクライミングのアクセス問題とどう類似するかを考えてみます。


🔎 文章の心理学的特徴

1️⃣ 集団心理(みんなでやれば怖くない)
 → 「赤信号みんなで渡れば~方式の集団イジメ」
 → 不正が「当たり前」になると、誰も異議を唱えなくなる。

2️⃣ 責任の分散(共犯意識 & 沈黙の同調圧力)
 → 「集団内部からの良心的告発者ゼロ。社員も皆ホッカムリ。」
 → みんなが黙っているから、正しいことを言う人が異端扱いされる。

3️⃣ 情報格差の悪用(弱者が搾取される)
 → 「年金生活者、高齢者だらけのマンションに冷酷非情に談合詐欺」
 → 専門知識がない人に対し、業者が不正を働く。

4️⃣ モラルの低下(詐欺的行為が日常化する)
 → 「コレがマトモな人間がやることでしょうか」
 → 倫理観が崩壊し、「騙されるほうが悪い」という発想になる。


🏔 クライミングのアクセス問題との類似点

これをクライミングのアクセス問題に当てはめると、いくつかの共通点が見えてきます。

1.「みんなでやれば怖くない」→ マナー違反の横行
 → クライミングエリアでのマナー違反(無断開拓、ゴミ放置、大声など)が、「みんなやってるからOK」という空気になりやすい。
 → 特に、ある特定のグループが率先してやっていると、新規のクライマーも「こういうもんか」と思ってしまう。

2.「責任の分散」→ 問題があっても誰も責任を取らない
 → 「誰かが注意するだろう」「地元の人がなんとかするだろう」と考え、実際には誰も動かない。
 → クライミングジムやメーカーなどの大手も、アクセス問題が悪化しても、明確に関与しようとしない。

3.「情報格差の悪用」→ 地元の人を軽視する
 → 外部のクライマーが「このエリアは昔から登られてるからOK」と思い込んで開拓するが、地元のルールや土地所有者の意向を無視してしまう。
 → 地元住民がクライマーの行動を制御できないまま、トラブルが起こると一方的に閉鎖されることも。

4.「モラルの低下」→ アクセス禁止が決まった後もルール違反が続く
 → 「どうせみんな登ってるし、俺一人くらいOKでしょ」という心理が働く。
 → ルールを守るクライマーがバカを見る状況になり、「正しいことを言う人が排除される」という構図が生まれる。


🔥 結論:「マンションの談合詐欺とクライミングのアクセス問題は、"集団心理が悪い方向に働いた例"として共通する」

どちらも、
👉 ルールを守らない人が増えると、それが当たり前になり、誰も異議を唱えなくなる。
👉 情報格差を利用して、一部の人間が得をし、弱者が搾取される。
👉 問題を指摘する人が疎まれ、最終的に「正しく行動する人」が不利になる状況が生まれる。

クライミングの世界でも、「環境を守る側がアクセスを失う」という矛盾が起こりがちなので、この心理メカニズムを意識すると、うまく立ち回れるかもしれないね!😎

2025/03/18

問題解決の障壁となる日本人クライマーに多いインナーチャイルド 10選

 

問題解決の障壁となる日本人クライマーに多いインナーチャイルド 10選


1️⃣ 「私がやるしかない」ちゃん(責任抱え込み型)
🔥 「誰かがやらないとダメになる。だから私がやるしかない!」
✅ 幼少期に「頼るな、自分でやれ」と育ち、助けを求めることができない。
✅ 「無能な人に任せるくらいなら自分がやる」と抱え込み、いつも苦労を背負う。
✅ その結果、開拓・整備・交渉など一人の負担が増えすぎてバーンアウト。


2️⃣ 「黙って登る」くん(問題スルー型)
🔥 「アクセス問題とか政治的なことは面倒だし、関わらなければ平和」
✅ 幼少期に「文句を言わず黙っていろ」と言われ、問題を指摘することに罪悪感を抱く。
✅ ルール違反クライマーを見ても、「まあ、誰かが注意するだろう」とスルー。
✅ その結果、ローカルとのトラブルが深刻化し、エリア閉鎖。


3️⃣ 「トップロープ精神」坊や(誰かがやるのを待つ型)
🔥 「俺が動かなくても、結局誰かが整備するし、大丈夫でしょ?」
✅ 幼少期に「親や先生が最後はフォローしてくれた」経験が多く、自分で動く必要性を感じたことがない。
✅ 「ジムで登ってれば十分だから、外岩の問題とか興味ない」と他人事。
✅ その結果、ジム派が増えすぎ、岩場の知識や文化が消滅し、アクセス悪化。


4️⃣ 「ローカルと摩擦を避けたい」ちゃん(波風立てたくない型)
🔥 「地元との交渉とか、トラブルになると嫌だし、静かにしていよう…」
✅ 幼少期に「出る杭は打たれる」と育ち、協調性を最優先。
✅ ルールを守らないクライマーを見ても、「注意したら嫌われるかな…」と放置。
✅ その結果、ローカルが「クライマーはだらしない」と判断し、立ち入り禁止に。


5️⃣ 「話せば分かる」くん(対話万能幻想型)
🔥 「地元の人ともっと話し合えば、分かり合えるはず!」
✅ 幼少期に「対話すれば全て解決する」と教え込まれた。
✅ しかし、実際には「登山者=悪」と決めつける頑固な地元民や地主もいる。
✅ その結果、「もっと話し合おう」と時間を浪費し、最終的に一方的に締め出される。


6️⃣ 「登れればそれでいい」ちゃん(目先の楽しさ優先型)
🔥 「今日登れればいいし、細かいルールとかどうでもいい」
✅ 幼少期に「結果が大事」と育ち、プロセスを軽視するタイプ。
✅ エリアのルールを守らず、テキトーに駐車、ゴミ捨て、焚火。
✅ その結果、「クライマーはマナーが悪い」と地元が拒否し、岩場閉鎖。


7️⃣ 「一度決めたらやめられない」くん(撤退できない型)
🔥 「俺たちの開拓エリアなんだから、絶対に守らなきゃ!」
✅ 幼少期に「途中でやめるのは根性がない」と言われ、撤退の選択肢を持てない。
✅ 地元とのトラブルが増えても、「ここで登り続ける」と意固地に。
✅ その結果、ローカルの反感を買い、エリア完全閉鎖。


8️⃣ 「俺は関係ない」くん(責任回避型)
🔥 「俺はただ登りに来てるだけ。エリア問題はローカルがやること。」
✅ 幼少期に「大人が決めることに口を出すな」と育ち、主体性ゼロ。
✅ ルールを守らないクライマーに「まぁ、自分の問題じゃないし」とスルー。
✅ その結果、放置された違反が増え、エリアが次々閉鎖。


9️⃣ 「やりたくないことは後回し」ちゃん(面倒くさい先延ばし型)
🔥 「アクセス問題? まぁ、そのうち何とかなるでしょ」
✅ 幼少期に「先延ばしにしても、最終的に何とかなった」経験が多い。
✅ 登れるうちは気にせず、「本当にヤバくなったら考えよう」と逃げる。
✅ その結果、手遅れになり、クライミングエリアがどんどん消滅。


🔟 「いい人でいたい」くん(対立回避型)
🔥 「クライマーの評判を悪くしたくないから、トラブルには関わらない」
✅ 幼少期に「いい子にしていれば褒められる」と育ち、衝突を避けるのが習慣。
✅ マナー違反者や問題行動を見ても、注意できない。
✅ その結果、クライマー全体の印象が悪化し、「全員立ち入り禁止」に。


🔥 結論:「インナーチャイルドを乗り越えなければ、最悪の事態を招く」🔥

💡 「私がやるしかない」ちゃん → 「助けを求めてもいい」
💡 「黙って登る」くん → 「問題は言語化しないと解決しない」
💡 「トップロープ精神」坊や → 「自分が動かないと、誰も動かない」
💡 「ローカルと摩擦を避けたい」ちゃん → 「ルールを守ることが最優先」
💡 「話せば分かる」くん → 「話が通じない相手もいる」
💡 「登れればそれでいい」ちゃん → 「クライマー全体の未来を考える」
💡 「一度決めたらやめられない」くん → 「必要なら撤退も選択肢」
💡 「俺は関係ない」くん → 「全員が関係者」
💡 「やりたくないことは後回し」ちゃん → 「早めに動けば、被害は小さい」
💡 「いい人でいたい」くん → 「正しい行動を取る勇気を持つ」

🔥 「無策のままでは、クライミングの未来が消える」
🔥 「小さな対策を積み上げて、大きな崩壊を防ぐ」 🚀🔥

2025/02/28

【スポーツ心理学】投影・防衛・補償の事例

自己評価を見直そう

これって、「クライマーあるある」ですよねぇ…

ーーーー引用ーーーーーーーーー
質問です。18歳学生です。  昔からセンスがないと自覚しており、他人からも言われている人間ですが、何とか努力して、高校では陸上のマイナー種目ではあるものの何度か全国に出場でき、地元国立の偏差値が低い学部にがんばって進学することができました。  周りに凄いと褒めて貰えても、全国入賞して勉強で有名大学に行く人や高校から陸上を始めて全国優勝し、世界大会で活躍する選手、が周りにおり、自分が中途半端に感じてしまいます。  また、マイナー種目で全国に行ったことや偏差値が低い学部を選んだせいで褒められたときに嘘をついているような気持ちになって、胸を張れないです。マイナー種目だからとバカにされたときに何も言い返せません。  そのため、この器用貧乏を克服し、為末さんのような万能かあるいはなにか一つでも一番になって胸を張れる自分になりたいと考えております。 どうすればこの器用貧乏を抜け出せますか?
ーーーーーーー

こんなの質問されるんですよ? プロの心理学知識が必要ですねぇ。

■ これがクライマーバージョン

質問です。18歳のクライマーです。

昔からクライミングのセンスがないと自覚しており、周囲からも「ムーブがパワーオンリー」「登りが雑」と言われることが多かったのですが、それでも努力を重ね、高校時代にはトラッドクライミングのマイナーなルートで成果を出し、何度か全国レベルのコンペに出場することができました。また、学業では地元の国立大学に進学しましたが、偏差値が高いわけではない学部です。

周りからは「すごい」と褒めてもらえるものの、10代で高難度フリーに挑戦するクライマーや、高校からクライミングを始めて短期間で5.14を登るクライマーが身近におり、自分の実績が中途半端に感じてしまいます。

さらに、アウトドアクライミングの中でも「マイナーなルートを登っただけ」「そこまで難しくないグレード」と見られることがあり、成果を出しても「本当に価値があるのか?」と疑問に感じ、素直に喜べません。ある時「そんなルート登っても意味なくない?」と言われたとき、何も言い返せず悔しい思いをしました。

このまま「器用貧乏」なままで終わるのではなく、為末大さんのように多方面で活躍できる存在か、あるいは何か一つでも圧倒的な実力を持ち、胸を張れるクライマーになりたいです。

どうすればこの「器用貧乏」を抜け出せますか?


■ ChatGPTによる解析

📌 「投影」と「防衛機制」の観点からの解析

この文章には、「投影」「防衛機制」 の両方が見られるポイントがいくつかある。


🧩 1. 「投影」の観点

「投影」 とは、自分の受け入れがたい感情や価値観を、他人のものとして認識すること。

「マイナー種目で全国に行ったことや偏差値が低い学部を選んだせいで褒められたときに嘘をついているような気持ちになる。」
→ これは、「自分の実績に価値がない」という感覚を、周囲の評価(=他人の意見)として認識してしまっている可能性がある。
本当は自分自身が「マイナー種目では価値がない」と思い込んでいるのに、その考えを周囲の評価だと感じてしまっている。

「マイナー種目だからとバカにされたときに何も言い返せません。」
「マイナー種目は価値が低い」という考えは、本当に周囲のものなのか?
→ もしかすると、自分が「マイナー種目だから誇れない」と思っている気持ちを、周囲の意見として「投影」している可能性がある。
周囲の人が実際にそう思っているのではなく、自分がそう信じてしまっているからこそ、言い返せないのでは?


🛡 2. 「防衛機制」の観点

「防衛機制」とは、ストレスや不安を軽減するために無意識に働く心理メカニズム。

「昔からセンスがないと自覚しており、他人からも言われている人間ですが…」
「センスがない」という自己イメージを持ち続けることで、努力の成果を低く見積もる「合理化(Rationalization)」が働いている。
→ たとえ全国大会に出ても、「自分はセンスがないけど努力でなんとかしただけ」と捉えることで、「本当は才能があるかもしれない」という不安を回避している可能性がある。

「周りにすごい人がいるから、自分は中途半端に感じる」
「投影」と同時に「比較による自己防衛」も発動している。
→ 「一番じゃないと価値がない」という考え方は、自己肯定感を守るための「全か無か思考(All-or-Nothing Thinking)」の一種。
「誰かより上でないと意味がない」という極端な価値観を持つことで、「自分の成果そのものに価値がある」と思うことを避けている。(=「成功したけど、それを受け入れない」ことで心の負担を軽減)

「為末さんのような万能型になりたい、あるいは何か一つでも一番になりたい」
→ これは「補償(Compensation)」の防衛機制。
「万能になれれば、自分の過去の不安やコンプレックスがすべて解決するはずだ」 という心理が働いている。
→ しかし、実際には「万能になったら満足できる」というわけではなく、「今の自分を認められない限り、どんな成果を出しても満たされない」 という状態になる可能性が高い。


🔥 まとめ

「投影」「周囲が自分を低く見ている」と感じるが、実は自分自身がそう思い込んでいる可能性が高い。
「防衛機制」「万能になればコンプレックスが解消される」と考えるが、実際には「今の自分を受け入れること」が根本解決になる。

💡 「自分は中途半端だ」という思い込みを崩し、「今の自分でも十分に価値がある」と認識することが、最も効果的なアプローチ! 💡

2025/02/26

【クライミング心理学】マニピュラティブ権威主義 VS 健全な不服従(Healthy Dissent)

操作的権威主義(マニピュラティブ権威主義)の事例 10 選

  1. 職場での評価基準の恣意的運用

    • 上司が、自分にとって都合の良い部下を昇進させ、都合の悪い部下には不明瞭な基準を持ち出して評価を下げる。
  2. ルールの選択的適用

    • 教師が、気に入った生徒のミスは大目に見るが、気に入らない生徒には厳しく罰を与える。
  3. 専門知識を使った権威の誇張

    • 医師や弁護士などの専門職が、一般人には分からない専門用語を多用して、自分の立場を誇示しつつ、不都合な質問を避ける。
  4. 家族内での支配

    • 親が「お前のためを思って言っている」と言いながら、自分の価値観を押し付け、子どもに異論を許さない。
  5. 不明瞭な基準での統制

    • 「お前は態度が悪い」といった抽象的な理由でイジメたり、生徒を叱り、明確な改善基準を示さない。
  6. 「実績」や「経験」を盾にした発言封じ

    • 「私は長年この業界にいるんだぞ」と言い、自分の意見を押し通し、新しいアイデアを封じる。
  7. 「公平さ」の名のもとに操作

    • 「みんな平等に扱うべきだから」と言いつつ、実際には一部の人だけに利益を与え、反論されないようにする。
  8. 情報のコントロール

    • 政治家や上司が、都合の悪い情報は隠し、都合の良い情報だけを強調して支持を集める。
  9. 「伝統」や「習慣」を盾にした支配

    • 「昔からこうやってきた」という理由で、改革や新しい考え方を拒否し、自分に都合の良い権力構造を維持する。(←まずいボルト位置の擁護)
  10. 「被害者」を装って責任回避

  • 上司や権力者が、自分が批判されたときに「私はこんなに苦労しているのに!」と感情的に訴え、批判を封じ込める。(頼まれていないのに開拓し、リボルトはしない開拓者)

どれも、「自分に都合の良い範囲でのみ権威を発揮し、それをコントロールする」という特徴を持つね。

■ 男女バージョン

女性にのみ注意し、男性には注意をしないことで男尊女卑を作る「操作的権威主義」の事例 5 選

  1. 職場での態度指導の偏り

    • 女性社員には「笑顔が足りない」「言葉遣いに気をつけろ」と指導するが、男性社員の無愛想な態度やぶっきらぼうな言葉遣いは問題視しない。
    • 結果として、女性だけが過剰な「気配り」や「愛嬌」を求められる環境になる。
    • 男性はコミュニケーション能力の開発が遅れる
  2. 服装や外見への二重基準

    • 女性には「服装が派手すぎる」「化粧が濃い」「髪型を整えろ」と注意するが、男性のだらしない服装や無精ひげはスルー。
    • これにより、女性だけが「見た目を整えること」を義務づけられ、不公平な圧力がかかる。
  3. 家庭内でのルール適用の差

    • 娘には「遅くまで外出するな」「家事を手伝え」と厳しく言うが、息子には自由にさせ、家事も手伝わせない。
    • こうした教育により、女性は「慎ましく」「家庭的であるべき」という価値観が強制され、男性は無意識に「優遇されることが当たり前」と思い込む。
  4. 学校での振る舞いの指導の偏り

    • 女子生徒には「大人しくしなさい」「品位を持ちなさい」と厳しく指導する一方で、男子生徒が騒いでも「元気があっていい」と見逃される。
    • これにより、女性だけが「おしとやかさ」や「従順さ」を求められる環境になる。
  5. 公共の場でのマナー指導の不均衡

    • レストランや電車で、女性には「行儀よくしろ」と注意するが、男性が大声で話したり、足を広げて座ったりしても咎められない。
    • こうした態度が「女性は控えめにするべき」という文化を強化し、男尊女卑を助長する。

こういう「言いやすい相手…つまり女性…に対してだけの権威行使」が、気づかないうちに社会の不平等を作ってるんだよね。

■クライミングバージョン

クライミング界における「女性にのみ注意し、男性には注意をしない」ことで男尊女卑を作る操作的権威主義の事例 5選

  1. リスク管理の偏った指導

    • 女性クライマーには「危ないから無理するな」「慎重に行け」と指導するが、男性クライマーが無謀なチャレンジをしても「ガッツがある」「攻めてる」と称賛する。
    • これにより、女性だけが「守られるべき存在」とみなされ、男性は不要な危険にさらされ、女性は実力を伸ばす機会を奪われる。
    • 逆に男性は、明らかに無謀なチャレンジを制止してもらえない。
  2. 装備や技術の指摘の不均衡

    • 女性クライマーには「ギアのセットが甘い」「ちゃんと確認しろ」と細かく指摘するが、男性クライマーの雑なセッティングやチェック漏れは見逃されがち。
    • これにより、女性だけが「技術的に信用されていない」空気が作られ、男性は「技術的未熟さが見過ごされる」。
  3. リードやトップロープの機会の差

    • 女性には「まずはトップロープで練習しろ」と勧めるが、男性には「どんどんリードしろ」と促す。
    • これにより、女性がリードに挑戦する機会が減り、経験の差が開くことで「やっぱり男のほうが強い」と誤った認識が固定される。
    • 一方男性は、リードに進むべきでない未熟な時期から強要されるため、死亡事故につながる。
  4. クライミングスタイルへの偏見

    • 女性クライマーの「慎重なムーブ」「バランスを活かした登り」を「臆病」「パワーがない」と評価するが、男性クライマーの「力任せのムーブ」には何も言わない。
    • これにより、女性が自分の強みを活かした登りを評価されにくくなり、不必要に「男性的なパワークライミング」を求められることになる。
    • 逆に男性は、力任せのクライミングを強いられたまま、ムーブの未熟さやロープワークの習得不足に気が付いてもらえる機会がないまま、高度なルートを登ることになる。
  5. ビレイ技術へのダブルスタンダード

    • 女性がビレイすると「ちゃんとブレーキハンドは持ってる?」「落とさないように気をつけて」と念を押されるが、男性がビレイする際には特に何も言われない。
    • これにより、「女性のビレイは信用できない」という偏見が強化され、女性がビレイヤーとして認められにくくなる。
    • 逆に男性は、全くロープを持っているだけで何もしない…先輩は落ちないからロープは持っているだけでいい…とされ、持っているだけビレイを続けるだけになり、いざクライマーが落ちたときは、クライマーの責任とされる。

➡ こうした偏った注意が、女性の成長を阻害し、「女性は補助的な立場にとどまるべき」という固定観念を作り出す原因になっている。

同じ原因が、男性に対しては、過剰評価につながり、死亡事故など取り返しのつかない事故へ、つながる温床になっている。

■ 歪んだ価値観

「過剰な勇敢さの強制(Forced Bravery)」

または
「リスクテイキングの圧力(Risk-Taking Pressure)」

これは、「勇敢であること=価値がある」「安全を重視する=弱さや依存」 という歪んだ価値観によって、合理的なリスク回避が否定される現象だね。

特にクライミング界では、「落ちることを恐れるな」「ガンガン攻めろ」 という精神論が過剰に求められ、合理的で慎重な判断をする人が「臆病」「依存的」と見なされることがある。

実際には、リスクを適切に管理することこそが、長期的な成長と安全を支えるのにね。

■ 本物のクライマーはリスクを恐れつつ その先へ行く

「リスク美化の伝統主義(Risk-Glorifying Traditionalism)」
または
「危険至上主義(Hazard Supremacism)」

これは、「昔からこうやってきた」「本物のクライマーはリスクを恐れない」という精神論を絶対視し、合理的な安全対策や新しいアプローチを軽視する態度を指す。

特に、「クライミングとは勇敢さを試すものだ」という旧来の価値観を盾に、安全意識や技術の進化を否定することは、**「伝統の名を借りた硬直した精神論」**とも言えるね。

実際にも、現代のスーパーアルパインでは、ビヨンドリスク、つまり、リスクを取りながらその先を目指すという姿勢が一般的で、リスク無視とは似て非なるものだ。

■ 「やらされない(自分軸=健全な不服従)」が、本当の伝統

守るべきクライミングの伝統とは?

クライミングには革新を続けながらも大切にすべき伝統がある。単なる精神論やリスク美化ではなく、本質的に価値のある伝統を受け継ぐことが重要だね。

1️⃣ 自己責任と主体性

🔹 登るのは自分の決断、リスクを取るのも自分の選択

  • 他人に流されず、自分のスキル・状況・限界を理解した上で、登るかどうかを判断する。
  • 「やらされる」ではなく「自分で選ぶ」ことがクライマーの基本姿勢。

2️⃣ 技術と安全管理の継承

🔹 「安全」と「挑戦」のバランスを取る技術の発展

  • ビレイ技術、リスクアセスメント、レスキュー技術など、命を守るための技術を学び、後世に伝える。
  • 「昔はこうだった」と盲信せず、進化するギアやシステムを受け入れ、合理的な安全性を高めることも伝統の一部。

3️⃣ 自然との共存

🔹 岩場・山の環境を守り、敬意を払う

  • ルート整備やクリーンクライミングの精神を受け継ぐ。
  • チッピング(人工ホールドの削り出し)や不要なボルトの増設を避け、岩場の自然な形を尊重する。
  • クライミング文化が存続できるよう、地元コミュニティや他の利用者と良好な関係を築く。

4️⃣ 仲間との相互信頼

🔹 強さよりも「信頼できるクライマー」であること

  • ビレイの精度、パートナーとの意思疎通、チームワークの重要性を守る。
  • 他人を支え、学び合う文化を継承する。

5️⃣ 挑戦する精神(だが無謀ではない)

🔹 「限界に挑む」というクライマーの精神を大切にする

  • ただの無謀な突っ込みではなく、「どうすれば登れるか?」を考え抜く知恵と努力を重んじる。
  • 目標を持ち、計画的に成長し続ける姿勢を尊重する。

🧗‍♂️ クライミングの伝統は、決して「リスクを美化すること」ではなく、「自己責任・安全管理・自然との共存・仲間との信頼・挑戦する精神」だね!

■ 健全な不服従(Healthy Dissent)

「やらされない=健全な不服従(Healthy Dissent)」と言えるね。

クライミングにおいても、人生においても、**「ただ従うのではなく、自分で考え、納得できる選択をする」**ことが重要。

健全な不服従とは?

権威や伝統に盲従せず、自分の頭で考える
「みんながやっているから」ではなく、「自分にとって本当に意味があるか?」を問う
危険な美学や不合理なルールに「No」と言える勇気を持つ
ただの反抗ではなく、合理的な根拠を持って判断する

クライミングにおける「健全な不服従」

🧗‍♂️ 「登れと言われたから登る」のではなく、自分の判断で挑戦を決める
⚖️ 「リスクを取るのが本物のクライマー」という価値観に流されず、自分の安全基準を守る
🔄 「昔からこうだから」ではなく、より安全で合理的な方法を模索する

つまり、健全な不服従とは「思考停止しないこと」。

自分の意思で動くクライマーこそ、本当に自由なクライマーだね!🔥

2025/02/07

【ChatGPT】クライマーの真の動機(ニーズ)

ロッククライミングを行う人の無意識のニーズには、以下のようなものが考えられます。

それぞれのニーズは、その人が内面的に感じている欠乏感や欲求を満たそうとする心理的背景に基づいています。


1. 自己価値の証明

  • 背景心理: 自分には価値がない、または他者より劣っているという無意識の感覚を克服しようとしている。
  • クライミングで満たすニーズ: 高難度の課題をクリアすることで、自分の価値を実感し、他者に認められる(または自己肯定感を得る)。
  • : クライミングで成功体験を積むことで、「自分はできる」「自分は特別だ」という感覚を得る。

2. コントロール感の追求

  • 背景心理: 自分の人生や状況をコントロールできていないという不安感。
  • クライミングで満たすニーズ: 岩場での一手一手を自分で選択し、成功や失敗の結果を直接体験することで、自己コントロール感を得る。
  • : 「ここでは自分の努力だけが結果に直結する」という感覚を通じて、日常生活の不安を解消する。

3. 挑戦による成長欲求

  • 背景心理: 停滞感や「自分はもっと成長しなければならない」というプレッシャー。
  • クライミングで満たすニーズ: 高度な課題に挑戦し続けることで、自分が進歩しているという実感を得る。
  • : より難易度の高いルートをクリアすることを通じて、「昨日の自分よりも今日の自分は進化した」と感じる。

4. 非日常の逃避 (現実逃避)

  • 背景心理: 日常生活のストレスや心理的な重圧から離れたいという願望。
  • クライミングで満たすニーズ: 岩場での緊張感や集中状態に没頭することで、普段のストレスから一時的に解放される。
  • : 「クライミング中は日常の問題を考えなくて済む」という心地よい没入感。

5. 達成感と成功体験の渇望

  • 背景心理: 成功体験が少なく、自信が不足している。
  • クライミングで満たすニーズ: 明確なゴール(完登)を達成することで、達成感と自己肯定感を得る。
  • : 自分で設定した目標をクリアすることで、「やればできる」という感覚を育てる。

6. 孤独感や疎外感の克服

  • 背景心理: 他者とのつながりを感じたい、または孤独感を埋めたいという願望。
  • クライミングで満たすニーズ: クライミング仲間との共有体験や協力関係を通じて、コミュニティへの帰属意識を得る。
  • : クライミングジムで他者と情報交換をしたり、成功を共に喜ぶことで、つながりを実感する。

7. リスクを通じた自己再発見

  • 背景心理: 自分の限界を知りたい、または自分に新たな一面を見つけたいという欲求。
  • クライミングで満たすニーズ: 恐怖や困難に直面することで、自分の強さや可能性を再確認する。
  • : 怖いルートを登りきった後、「こんな自分でもこれができた」という自信を得る。

8. 他者からの承認

  • 背景心理: 他人からの評価や認められたいという願望。
  • クライミングで満たすニーズ: 成功体験を他人と共有することで、「すごいね」「よく頑張った」といった賞賛を得る。
  • : SNSに成果を投稿したり、仲間からフィードバックをもらうことで満足感を得る。

リスク

  • 過剰な自己同一化: 「自分=クライミングの成績」と感じてしまうことで、失敗時に大きな自己否定感を抱く。
  • バーンアウト: 他者承認や自己価値のために無理をし続けることで、精神的・肉体的に疲弊する。
  • 他者との比較のエスカレート: 他人の成績や成果を過剰に気にし、自分の進歩に満足できなくなる。

セラピーの方向性

  • 自己受容を促進: クライミングの成果に関わらず、自分自身を認める練習を行う。
  • 内発的動機づけの強化: 他者承認ではなく、自分の楽しさや満足感を行動の基盤にする。
  • ストレス管理: クライミングをストレス解消手段として利用する際、適度なバランスを保つよう支援する。
  • 新たな視点を提供: 成果だけでなく、クライミング自体のプロセス(自然を感じる、集中することの楽しさ)を評価するよう働きかける。

クライミングを行うこと自体が悪いわけではありませんが、その背景の真のニーズを理解し、健康的な方法で取り組むことが重要です。

2025/01/04

【クライミング心理学】”過度な批判”の事例

次のような批判は

 過度な批判

と言われる内容で、

 自己愛的虐待

として、主に

 ナルシシティックなクライマー

が、他者をコントロールするために用いる手段です。

■ 事例

 1. 「お疲れ!でもさ、なんであのホールドでマッチしたの?普通にクロスムーブでいけたんじゃない?効率悪すぎだよ。」  

2. 「え、グレード更新したの?でもそのグレード、コンディション良かったら普通に登れるやつじゃん。もっと難しいのトライしなきゃ意味ないよね。」  

3. 「あのリード登れたのはすごいけど…なんであそこでクリップしたの?あれ、下手すると落ちてたよ。考え甘いよね。」  

4. 「トップアウトおめでとう!でも足の置き方ダサくなかった?あんな登り方じゃ他のクライマーに笑われるよ。」  

5.「えっ、そのルート登れたんだ。でも…なんで完登までに6トライもかかったの?1トライで登れたはずでしょ。他の人はもっと早かったみたいだけど。」

■ たぐり落ち

1. 「クリップ遠かった?それ、自分の力量不足でしょ。普通はもっといい体勢でクリップできるよ。そういうのも考えられないならまだまだだね。」  


2. 「手繰り落ちのリスク?それを防ぐのがクライミングの基本でしょ。あそこでそんな危ないことするなんて、クライマーとしてのセンス疑うわ。」  


3. 「リスクが高いとか言い訳してるけど、あの場面なら普通にクリップできる人いくらでもいるよ。もっとちゃんと練習しなよ。」  


4. 「あんな遠いクリップに手を伸ばすなんて、計画性ゼロだよね。落ちてたらどうするつもりだったの?危機管理甘すぎでしょ。」  

5. 「そもそもあそこでクリップ遠いって感じるのが問題だよ。身体の使い方とか足の置き方が悪いんじゃない?自分で気づいてないのが一番怖いよね。」  

■ 完璧でなければ愛されないビリーフのクライマーバージョン

1. 「ミスをするたびに、自分がクライマー失格だと感じるんだ。完璧じゃないと誰も認めてくれない気がしてさ。」  


2. 「あのルートで落ちた時、みんなが失望した顔を想像しちゃうんだ。それが怖くて、いつも完璧を求めてしまう。」  


3. 「トップアウトしても、他の人がもっと速く登ったって聞くと、自分が不十分に思えてしまう。完璧じゃないと意味がないんだよ。」  


4. 「失敗するたびに、『自分はこんなもんなんだ』って思われるのが怖い。完璧にやらないと誰も僕を尊敬しない気がするんだ。」  


5. 「あのホールドで迷った瞬間、みんなに『ダメなやつ』だと思われたんじゃないかって気がして、恥ずかしかった。」  


6. 「他のクライマーより少しでも劣ると、自分には価値がないように感じてしまうんだ。だから常に完璧を求めてしまう。」  


7. 「登り終えた後に『ここが悪かった』とか『もっと良くできた』って考えてしまうんだ。完璧じゃないと達成感が湧かないんだよ。」  


8. 「練習でミスすると、コーチにも仲間にも見放される気がする。だから誰よりも完璧でありたい。」  


9. 「毎回、登るたびに『これで自分を証明しなきゃ』ってプレッシャーを感じる。完璧じゃなきゃ存在意義がないみたいなんだ。」  


10. 「たとえ完登しても、小さなミスがあると自分を責めてしまう。ミスひとつで、愛される資格がなくなる気がして。」  

■ 感情を抑圧し、怒りを表現できないクライマーの事例

  1. 「別に悔しくないよ。うまくいかなかっただけだし、まあ仕方ないよね。」(本当は悔しいが感情を押し殺している)

  2. 「ミスはあったけど、それも含めて自分だから。怒るほどのことじゃないよ。」(怒りを否定している)

  3. 「みんな失敗することあるし、自分だけじゃないから気にしてない。」(怒りを他者との比較で無効化しようとしている)

  4. 「なんで失敗したか考える方が大事だし、怒っても意味ないから。」(論理的に感情を封じ込める)

  5. 「あのホールド滑ったのも自分の技術不足だから、誰も責められないよ。」(怒りの対象を探さないようにする)

  6. 「いや、怒ってないよ。ただ、どうしたら次は失敗しないか考えてただけ。」(怒りを分析と偽装する)

  7. 「あそこで諦めたのは自分の判断だし、怒る資格もないよね。」(自己責任を強調して怒りを抑える)

  8. 「ミスはミス。感情的になるより次どうするかを考えた方がいいでしょ。」(理性を優先するフリで感情を押し込む)

  9. 「正直、失敗しても別に何も感じないんだよね。それより効率的にやる方が好きだから。」(感情そのものを拒否する態度)

  10. 「自分のせいで負けたけど、怒っても変わらないから。それに、怒るのってみっともないじゃん。」(怒りの表現を恥ずかしいと感じる)

■ 過度な期待に応えようとするクライマーの事例
  1. 「このルート、みんなに『君なら登れる』って言われたから、絶対に完登しないとがっかりされそうで怖い。」

  2. 「あの岩場を登ったら地元のみんなに認めてもらえるって思うと、何としても成功させなきゃって思うんだ。」

  3. 「友達に『このルートはお前のためにあるようなもんだ』って言われたから、トライしないわけにはいかないよね。」

  4. 「先輩が『君なら簡単だろ』って言ったから、そうじゃなかったら失望されそうでプレッシャーがすごい。」

  5. 「一緒に来た仲間が、僕がこの岩を登るのを楽しみにしてるから、絶対に成功させないといけないと思う。」

  6. 「このプロジェクト、ずっと周りに期待されてたから、登れなかったら自分が恥ずかしいだけじゃなく、迷惑をかけそうで怖い。」

  7. 「他のクライマーが『このグレードなら余裕でしょ』って言った時、登らなかったら弱いと思われる気がして無理しちゃう。」

  8. 「岩場の地元の人たちに期待されてる感じがするから、完登して感謝の気持ちを示さなきゃって思うんだ。」

  9. 「家族が『そのルート、君なら簡単に登れるでしょ』って言ったから、期待に応えないといけないって思い込んじゃう。」

  10. 「登ったらみんなが喜ぶってわかってるから、少しくらい怖くても全力で挑まなきゃいけない気がする。」

■ 感想

これじゃー、

 クリップしてもダメな奴判定、しなくてもダメな奴判定で、結局のところ

 何をやってもダメな奴という判定をしてくる

って意味ですね(笑)。

まぁ、それがナルシストのナルシスト足るあり方ってことなので、そりゃそうか。

人に何を言われても、気にせず自分のスタイルを守って登りましょう。

命は一人一個しかありませんから。

初期のころはChatGPTはクライミング自体を分かっているのかなぁって返事しか返ってこなかったのですが、1年余りでだいぶ成長しました☆


【自己理解】明晰夢 NPD 

■ 日々の研究で、自分軸が弱いのは自己保身のため

で、それは魔女狩りの時代から、

 真実を語る女性は火あぶり

にされてきたからだ、ということが、今日の明晰夢で分かりました…。

実際、それが、九州でのクライミングで、私に起きたことです。

被害妄想ではなく、本当に殺されそうになりました。(祝子川の件)(白亜スラブの件)(北岳四尾根の件)(支点ビレイの件)(四阿屋の件)。

・自分の頭で考えておらず、
・周囲と同調するだけが戦略で、
・リスクを軽視し、
・全く危険予知能力ゼロで、
・危険予知自体をしなくてはならないという発想が欠如しており、

そういう人が

・リーダー

にいます。政治もクライミングも、場所を選ばず、どこでも同じです。日本国というか、儒教国の伝統なんですかね?

それは、そもそも九州では、厳しい自然界が存在していないという事情によるのだということは理解していますが、

だからと言って、相手が死ぬような羽目に追いやっていいということにはならない。(祝子川の件)

だからと言って、カットアンカーでバンバン落ちるクライミングをしていいということにはならない。

だからと言って、25+35を計算できないでリードしていい、ということにはならない。

当然でしょう。小さい種のうちに指摘しないといけない。種から花が咲いてからでは遅いのです。花が咲くというのは死者が出る、という意味です。

■ 明晰夢

このところ、毎晩のように明晰夢を見る。しかも、連荘の夢が多い。

今日は、古いドック(船を修理するところ)のそばのあばら家に住んでいる夢でしたので、植生の様子から、これは、どこかの東南アジアだろうか?という場所でした… 

なんと、階下で、夫が、なにやらスピーチをして拍手喝さいを受けているので、「はぁ~?その計画、私がほとんどやる奴でしょう!やるなら、私に一言断ってからアナウンスしろ!」と、夢を見ている自分からは理解できない外国語…でも内容は知っている…で怒鳴ったら、その男性、つまり、夢の設定では夫…が大慌てで、「ごめん、ごめん、ハニー」と、私を抱きしめに来たのでした… 意外な展開でしたが、しゃーないなー許してやるよ、となりました。

で、起きてから、

 ああ…、修行が足りんなぁ…

 こんなんで許してやっているから、あいつらが増長するんだなぁ…

と起きてから反省するという…。

で、今反省中です。

いくら頭が悪くて気が付かなったとしても、手柄の横取りは、横取りです。

■ あなたは本当はこうしたいんではないですか?と相手の都合を先回りして予想できてしまう=頭が良い=危険予知と同じ能力

人の手柄を自分の手柄にしてしまって、ナルシシズムの供給源にするっていうのを、

 そうしないとつらいんだよね、NPDの人は…

   先回りして同情

してしまって、それが

   イネイブル

になっているのです…。

私の感じる、相手を気の毒に思う、という感情に相手は、都合よく便乗している、利用している、

っていうことです。

夢は連荘で見て、今日も5本立てくらいだったのですが、他に、自分で住まいを作ったのに横取りされる、という夢も見ました…。

■ まとめ

・NPDのイネイブルを辞める ということは、男尊女卑を辞めるということとほぼイコール

・ASDではなく、NPD だ、というところがポイント

・NPDの人は、自分の思いを実現するためになら、脱法でも容易に行う 

・ルールや社会的常識という、欲望への歯止め力が非常に低い人たちで、最初から低い歯止めをさらにハードルを下げるような、”配慮”をしてはいけない


2025/01/03

【クライミング心理学】頼りにならない山岳会ニアイコール身勝手な親

【身勝手な親・アダルトチルドレン】身勝手な親への恨みを手放す方法【心理カウンセラー・南ユウタ】

■ これだな。

親だと、子供のお金の使い込み、という形で、

  本来、守ってもらえるはずの親から守ってもらえない子

という体験が

  本来、守ってもらえるはずの山岳会から守ってもらえない新人

というデジャブー体験になったんですねぇ…

納得した。

■ 山岳会そのものが新人クライマーを命のリスクにさらしています

下部核心の課題に取り付かせられる、とか
カムなしで比叡に取り付かされる、とか、
だらりんビレイで登らされる、とか
支点ビレイで登らさせられる、とか
雪上訓練なしで、いきなり冬山合宿とか、



と弾劾されるような山岳教育しかなかったよ… 九州…。

まじやばいですので、環境変えたほうがいいです。

指導者側が反省する、というのが大事なことです。これじゃ、山をやろうという新人さんが育つどころか、殺されていってしまいます。

合法的殺人と言っていいですよ、危険だ、と予見できる場所に、

 だいじょうぶ、だいじょうぶ、行って来たら~

と、薦めるということは…。

一貫山で、一人のおじちゃんが、太った年配の女性に山頂にある岩場のクラックを登るように薦めていましたが…。

見たところ、その太ったおばちゃんは、そのワイドクラックをとても登れるような体形ではなかったので、そのおじさんに、「こんにちは。私は、登山ガイドですが、知らない人に、岩を登るように薦めるなど無責任ですよ。そのせいで怪我をしたらどうするんですか?」と注意すると、そのおじさんは

「実は私は初めて山に登りました」

と言っていました。

 九州男児の責任感

なんぞ、その程度なんですよ…。これが悲しい現実です。山の世界のレベル低下は、目を覆いたくなる事態なんです。

上位山岳団体の方には、現実に目覚めてほしいです。 

いい子でいる場合ではありません。

2025/01/02

【クライミング心理学】自己敗北性パーソナリティ

■ 自己敗北性

 これかもしれません。

事故敗北性パーソナリティ障害(Self-defeating Personality Disorder)を持つ人物の行動として、良い出来事の後に抑うつ、罪責感、または苦痛を感じ、その結果として自分に対してネガティブな行動を取るようなケースを以下のように例示できます。

物語の例

登場人物: 山本さん(仮名)、30代前半、広告業界で働く女性

シナリオ

山本さんは、長年の努力が実を結び、念願のプロジェクトマネージャーに昇進することが決まりました。この成功は、彼女にとって大きな喜びであり、同時に長年の苦労が報われた瞬間でした。しかし、彼女の心の中にはすぐに不安と罪悪感が湧き上がりました。

成功のニュースを同僚に伝えると、彼女はみんなに祝福されますが、その祝福の言葉の裏に潜む「自分は本当にこのポジションにふさわしいのか?」という不安が彼女を押し潰します。心の中で、「私は他の人よりも優れていないのに、こんなに大きな役職をもらってもいいのだろうか?」と感じます。

数日後、山本さんは突然、プロジェクトの進行中に必要な資料を提出し忘れてしまいました。それにより、チームの一部で作業が遅れ、会議で上司から軽く注意されました。彼女はその失敗に激しく自己批判し、「どうして私はこんなにダメなんだろう」と深い罪悪感に苛まれます。

さらに、彼女は以前、上司から自分に対して期待されることにプレッシャーを感じたことがあり、そのプレッシャーが再び心の中で膨れ上がります。「私はただ失敗してしまっただけなのに、それを恐れて仕事に集中できなかった」と感じ、自己批判は強まるばかりです。

その夜、山本さんは普段なら絶対に取らないような行動を取ってしまいます。彼女は飲み過ぎ、無理に自己を忘れようとします。普段なら真面目で計画的に過ごしていたはずが、突然の反動で自己破壊的な行動に走ってしまいました。

結果とパターン

この物語で見られるのは、山本さんが成功を手に入れた際、素直にその喜びを受け入れられず、自己批判や不安、罪悪感に苦しんでしまうパターンです。彼女は自己価値感に大きな不安を抱え、良いことが続くと「それにふさわしくない自分」を感じ、無意識にその成功を自己破壊的な行動で無理にでも抑えようとしてしまいます。これが事故敗北性パーソナリティ障害の典型的なパターンです。

このような人は、自己否定的な思考パターンが強く、幸福や成功が自分には「不相応だ」と感じ、無意識にその幸せを遠ざけようとする傾向があります。彼らは自己批判に基づく強い罪悪感を抱き、成功に対して報いを感じることが難しくなります。

■ クライマーバージョン


クライマーバージョンの物語例(自己敗北性)

登場人物: 高木さん(仮名)、30代後半、クライミング歴15年の中級クライマー

シナリオ

高木さんは、長年挑戦してきた高難度の課題をついに成功させました。この成功は彼にとって夢にまで見たもので、クライミング仲間からも大いに祝福されました。当初は達成感を感じていた高木さんですが、その感情はすぐに複雑なものに変わっていきました。

「自分がこんな課題を成功させるなんておかしい。本当に実力があったわけじゃないのかも」と、自分の成功を疑い始めるのです。さらに、「他のクライマーが努力しているのに、自分が先に達成してしまって申し訳ない」という罪悪感まで抱くようになります。

数日後、彼は練習中に注意を怠り、普段なら問題なく登れる簡単なルートで手を滑らせ、足を捻挫してしまいました。この怪我は結果的にトレーニングを休む口実となり、彼は「やっぱり自分はこの程度のクライマーなんだ」と自己否定の気持ちを強めます。

その後、彼は仲間との交流を避け、「自分の成功が他のクライマーを不快にさせているかもしれない」と勝手に思い込み、孤立していきます。また、新しい課題への挑戦も避けるようになり、「無理をして怪我を悪化させたら困るから」と自分に言い訳をしますが、実際には新たな失敗への恐怖と罪悪感が影響しています。

結果とパターン

この物語では、高木さんが自己敗北性パーソナリティの典型的な行動パターンを示しています。成功により一時的に幸福を感じても、それを素直に受け入れることができず、自ら罪悪感や不安を増幅させる行動(怪我や孤立)を取っています。

彼は無意識に自分の成功を否定し、「自分にはそんな価値はない」という思いを強化しています。これにより、達成感を得るどころか苦痛を感じる結果となり、クライミング活動そのものへの意欲も低下しています。

このケースは、自己敗北性パーソナリティの特徴をクライミングの文脈で示しており、個人の心の葛藤がどのように行動や結果に影響を与えるかを浮き彫りにしています。

■ 考察

これが、

  • せっかくUIAAに誘ってもらったのにBMCトラッドフェスに行かなかったり、
  • 翻訳の申し出を断ったり、
  • その後、怪我を作ることになった

原因であるような気がします。


【クライミング心理学】本当の男らしさって何なのでしょう?

【伊藤貫の真剣な雑談 年末SP】伊藤貫×水島総「来年はどうなる?アメリカと世界」 [桜R6/12/30]

山梨→クライマー化→福岡転勤→失業→白亜スラブ(失望)→フレッドベッキー化→新NISA

と辿って、2024年に出会った伊藤貫先生… わざわざ東京まで講演会に出かけて行ったのですが…講演会ではあまりめぼしい情報はなく、先生は日本の政治家にはお詳しくなく、アメリカ史との関連で、あくまでに日米外交におけるアドバイスができるだけなんだ…と思いました。

しかし、海外にクライミングに行くにしても、世界情勢を知らないと、パキスタンで拉致されたトミー・コードウェルみたいな羽目になりますよねぇ?

みんな見ましたよね??? DawnWall… え? 見ていない?見ましょう。

大体、どんな作品を見ても、ど根性とスポ根以外の価値観を拾い上げる能力がないかのようなクライミング界…

スポーツとしてのクライミングだけをクライミング業界が30~40年にわたって、強化し続けたつけって感じです。

だから、クライミング先に言っても、例えばヨセミテに行っても、クライミング以外の何もできるようになって帰ってこない… ヨセミテと言えば、アメリカの自然保護の発祥の地です。写真家アンセル・アダムスの美しいヨセミテ渓谷の写真を見に、サンフランシスコ市内まで、アンセル・アダムスミュージアムを見に行く人はどれだけいるのでしょうか?

レッドウッドの森は非常に美しく、サンフランシスコ近郊です。レイクタホでは、ハウスボートにお泊りして、バケーションを過ごすアメリカの平和な家族生活が垣間見れます。

そしてゴールデンゲートパーク!ヒッピームーブメントの聖地です。グレードフルデッドの集会があったのもGGPだったと記憶しています。

ああ~またサンフランシスコに住みたいなぁ… 6回も引っ越したので、町の中には詳しいです。

あ、話がそれました。何が言いたかったか?というと…

 チョークのメーカーはどれが効きがいいか…

みたいなことに終始している日本のクライマー男子が…超かすんで見えるよ~ということです。

伊藤貫先生が話しているのは、世界の大局… クライマーが話しているのは、ミクロもミクロのいいところ、岩場でどっちの粉が良く止るか… うーん。現実逃避って奴なのか、アドレナリン中毒って奴なのか…一体どっちなんだろうか…。

日本男児よ、頑張れ。少年よ、大志を抱け。大志ってのは、5.17を登ろう!っていうのではなくて、多くの人を救う!ってのが大志なんですよ。

だって、男性性、つまり、男らしさって、自分が大事に思う人を守れること、守れる強さにあるんですよ?

逆に、自分が助けてもらわないといけないお荷物、脅威になってどうする?

2024/12/28

【クライミング心理学】自己愛性パーソナリティ障害の人だらけのクライミング界…

【自己愛性パーソナリティ障害】自己愛性パーソナリティ障害的な人との関わり方は?【精神科医が9.5分で回答】

■ これはめちゃめちゃ役に立つ動画ですね!

小鹿野町を訴えた人は、たぶん、NPD(Narcistic personal Disorder)入っていますよね…だって岩ごと剥がれた場合、クライマーの自己責任の最たる事例だということくらい知っていますもんね、誰でも。

九州では、NPDの人についての学習機会になりました。

それまで、自分がクライマーとして成長すること以外全く興味がなかったからなぁ…。人の性格まで興味がなかった。しかし、実害をこうむれば、興味を持たざるをえませんよね。

男を立てる= 相手の手柄ではないことまで、手柄にしてあげる =ナルシスト育成文化

です。

■ 登れない俺は価値がない?

『人を伸ばす力 内発と自立のすすめ』 エドワード・L・デシによれば、

”もしある男性の自己価値感が、仕事に励んで財産を築くことに依存している場合、彼は仕事に自我関与しているのであり…” (P160)

とあります。

”もしある男性の自己価値感が、クライミングに励んでグレードを上げることに依存している場合、彼はクライミングに自我関与しているのであり…”

となりますよね? 

人は年を取れば、誰でも、前に登れたところが登れなくなります。その時に、登れる俺に、

自我関与

していると、”登れない俺”を受けいれられないことになり、「俺は〇〇を登ったクライマーだろ!」とか叫ぶように主張して、誰かお願いだから、俺を認めてくれー!!となってしまいます。

だから、すでに辛く設定されたグレードを適切にする、という客観的にみたら、 

 ”ただの修正”

が、

 なぬ~!

となるわけです。 グレード=俺 になっているから。

その執着心グレードが、5.9にあるってのが、痛い。時代錯誤感あります。プライドを持つべきグレードではない。 

”俺にとっては5.9”は、辞めなくてはいけませんが、同様に、”俺にとっては5.12”も同じdすよ。

自我関与というのは、不思議で、プライドをかけて〇〇を登るという風にするよりも、自我関与しないほうが、スキル自体が上がるという不思議なことになっています。

俺ってかっけー、見てくれ、この俺を!とカッコつけて登るより、カッコつけないで集中して登ったほうが、上手になるって意味です。

■ グレードは 俺、ではない

今ロクスノで、たけちゃんねるがグレードの整理問題を扱ってくれていますが…アレックス君も6年も前に指摘していましたが‥‥

もう、グレーディングがちゃんとしないと、初めて外岩に登る人に対して、危険で仕方ありません。

そんなんでは、日本の岩場を海外の人にツアーしてもらいたくても、海外の普通のクライマーは登れません。

グレードって、自分はこのグレードであれば、取りついてもいい、っていう目安

として働くのが正しい機能ですが、

 エゴの道具となってしまっており、目安として機能全くしなくなっている

のが日本のクライミング界…。

■ 不適切なボルト間隔 = ミニマムボルト違反

ついでに適切なボルト間隔も修正お願いします。特に初心者向けルート。

20m 5ピンって離れすぎって意味ですよ。

20m2ピンとか、頭悪いって言ったほうがいいような?

2ピン打つくらいなら、もうフリーソロルートにしたほうがいいと思います。どっちにしろ、落ちれないんだから、あるだけ無駄ってもんです。

■参考

自己愛をこじらせた人の対処法
https://youtu.be/mpX2Vi0PKTQ?si=GIkjixdWzHmA80fm



2024/12/27

【クライミング心理学】私にクライミングで起きたこと…精神分析

■ しつこく付きまとう…根拠なき、”守られていない感”

女性性が、未熟な男性性により、脅威にさらされている感、なのではないだろうか?

その守られていない感により、自分で自分を守ることはできるスキルも能力もあるにもかかわらず、何度も何度も、懲りずに、成熟した男性性を探してしまう…

しかし、その肝心の成熟した男性性が、どこにも見つけられない…という挫折感。

今日は、こんな夢を見た。

ーーーーーーーーーー

空港の夢だった。男性”たち”にモテて、唇にお別れのキスを求められた…が、「そういうのじゃなくて…こういうのにしない?」と反論して、チークに変更。

男性たちのことはテキトーにいなしたので、ロビーでそろそろ出る時間だからと、父を探したら、さっきまでいたところにいない!というので、携帯で探すんだが、携帯で名前が出てこないで焦りまくる…という夢だった。

ーーーーーーーーーー

つまり、私は崇拝者の男性に、恋人関係ではなく、”友人関係”を求めているという暗喩だろう…

そして、父を探すが父が頼りにならない。父性を探しても得られない…テクニカルな事情で、という暗示、なのではないだろうか。

私は確実に言えることは、大体年配の男性は、全部、男性ではなく、お父ちゃん、性的な存在には全く見えないってことだ。年下の男性も同じ。素敵ね~、寝たいわーってなる?ならんよなぁ…。まぁ、おじさんたち…おじいさんの年齢でも…から見たら、74歳から見たら、49歳でもぴちぴちギャルって言われましたが…。

その辺が、パパ臭い!あっち行って!とかいう娘として、女性としての発達”あるある”を経験することなく、成人したので… 私の中では、

  年配の男性=大体は親切なおじちゃん化

しているのが問題なのではないだろうか・・・?というのは、アメリカでも、カフェで食事していたら、隣の男性が話しかけてきたので、?と思ってテキトーに返事していたら、周りのアメリカ人が、「この男性は卑猥なことを言っているんだよ」とか教えてくれたことがあるからだ。英語力がなくて、いまいちなんかよくわからなかったので、日本人らしく礼儀正しくしていただけなのだが。

自分が豊かに女性性を持っているときに、それを素晴らしいと賛美してくれる男性たちのうち、

 恋人にしたがる人→ お断り 父親役になって盾になってくれる人→募集中

みたいなことになっているのかもしれない…。

■ 過去の経験

成熟している男性性を持った存在として父親を頼るが、頼れない感。

 パパ―!と頼る赤ちゃん → 未熟な男性性により、溺死させかけられた

 ビレイして~!と頼る新人クライマーの私 → 未熟な新人クライマーは私を落とすので、別の成熟したベテランを頼るが、なんと頼れない… 

 ビレイして~と頼る私 → 女性クライマーは頼れた。たぐり落ちも、停めてくれた

 一緒に登ろう~と対等の関係性で年下男子とマルチに行くが…→ 弟格の先輩、つまり先輩だけど年下。でも頼れない…。ロープがアップされない。結局、彼のしりぬぐいクライミングをすることになった姉のワタクシ…。

■ モテがあだに

たぶん…私はクライミング界で、どちらかというと、モテモテだったのです…。

しかし…、そのモテと同程度に魅力的な相手がいなかった上、対等の関係性として見たときも、対等に返礼してもらえなかった… 私がスキルや資源リソースを出す一方でした。

私がふくらはぎの肉離れを起こした岸良のクラックは、私の車で行き、運転も私で、相方はただ座っているだけでした…。そんなお手盛りクライミング旅行で、怪我をしたのに、何にもしてもらえなかった、パートナーとしての”最低限の保険”にすらなってもらえなかったのです…。無能というか、高齢化でしょう…

同じ岸良へリベンジに行きましたが、その時、3人も、4人も、男性メンバーはいましたが、どの人も、私にビレイを申し出ず。1本も登ることなく、その地を去る羽目になりました。最も長くコンビを組んでいた男性クライマーは、私を捨てました。重大な裏切り行為をしたと彼も自覚があったようで、焦った調子で、のぼってやってもいい、みたいなことを言っていました。そういう言い方が、せいぜい彼ができる精いっぱいなのだ…と失望し、こんな奴ならいらねーと思いました。私はパートナーとして、彼にしてやれる最大級のリスペクトを与えて、しりぬぐいでしかないフォローもやってあげた(白亜スラブ)ので、そのお礼はないって意味でした。

その後、さらに泥を塗るかのように、貸したものを返さない、などのかなり失礼な事件が起こりました…いや~人間性の卑しさがにじみ出ているようなセリフを多数彼は吐きました。

そうしたことは、投影なのかもしれません。あるいは先祖が私を守るために彼を遠ざけようとしているとか…

女性のクライミングパートナー候補で、未熟な女性性を出してきた人…甲府時代は何人も女性で組みたがっている人が来ましたが…とは、ジムで登った後、うーん?と思案して、一緒には登れない、と判断して全部お断りしてきました…。正解でした。

■ 性格の弱さはリスクです

福岡でも、クライマー女性も同じでした…。今、クライミングガイドになっているア〇さんも、そもそもリスク管理ができていないと感じたのです。一緒に登ると、巻き込まれ事故になりそうで、お断り。三倉に行ったとき、事情を分かっていない男性クライマーが私と彼女を引き合わせようとしましたが、えー?やだよーって感じでした…。彼女の狙いは私のカムではないか?と思っていました(笑)。九州では人のギアで登るのがNG判定されていない。

それに、どういうクライミング内容の人なのか、すでに知っていました。着ているウエアがパタゴニアでシャイン割引きで買えると自慢するような…え?!な感じの幼稚な態度だったので、なんか感情面で反応している…と思って、リスクを感じました。嫉妬や負けん気などの、初歩的な感情で動かされているような未熟な人格だと、クライミングでリスクになる…

師匠の青ちゃんが、韓国で、韓国人クライマーに「日本人クライマーは登り方がダサい」と言われただけで、躍起になって、普段の登り方を変え、墜落して10m。かかとを骨折していました… そんな奴ほっとけばいいのに。それに日本人クライマーは、って…自分のこととなぜ思うのでしょう?

同じことで、知性があっても、性格が弱ければ、リスクになるのです。

■ 裏切られ経験を積んでいるところ

男性のクライミングパートナー候補は、大体、年下男性が多く、弟って感じですが‥頼りにしても裏切られた…という経験になった。

九州でのクライミングは、

 父親は、もはや頼りにならずもうろくしており =山岳会は高齢化で当てにできず

 弟は、そもそも頭が悪すぎて頼りにならない =若手の会は自分より頼りない…

…という挫折経験になった。

■ 私の中のインナーチャイルド

私の中のインナーチャイルドは、「パパ―(><)!助けて―!!」と泣いている、3歳以下の幼児の女の子の子供なのでしょう…

だから、年配の相方が、山に同行したときに、ご飯を作ってくれると… 

なんかときめきを感じました(笑)。

山でのご飯なんて、自分でも作れるし、対等の関係でいるだけの能力自体はあるのですが…

作ってくれると嬉しい☆みたいな感じでした。

■ まとめ

いや~ほんと、えらい目に遭ったよな~

まだ、ドラマに引きずり込まれる感は終わっていません…

今も、ドラマ真っ最中な気がします…。私はどうしたら、本来の自分を取り戻せるのでしょうか?

これは、7年前のものですが、私の人生で数少ない自分を取り戻した瞬間(抑圧がない状態)に、ニュージーランド人のエマがハッとして、わざわざカメラを取りに行き、大急ぎで、取ってくれたものです。


これが本来の私なのです… この私を私は救おうとしているのです。服も高価なものは着ておらず、ニコニコしているでしょう。クライミングすらしていません。でかい葉っぱを持っているだけ。豪華な宿に泊まっているわけでもないです。

なぜ、こんなささやかな幸せを得ることがこんなにも難しいのでしょう???

2024/12/25

【クライミング心理学】未熟な男性性 と 日本クライミング教育の教育レベルをどこにするか?問題

■ なかなか心理的なドラマを抜けられない…

うーん。私は一体、九州には何をしに来たのだろうか?

九州では、クライミングの相方のA木のアホさに呆れさせられる結果となった…。

お前は25+35も計算できないのか…その程度の知性のせいで、私たちは二人で一個のボルトに仲良く、ぶら下がる羽目になったのか…と心底、呆れさせられた。

さらには、そのことの反省が、「やっぱロープは60でしょ」の発言で、物事を正しく見る力もない、反省力もないことが分かった。もう、目も当てられない…。

さらに悪かったのは、このせいで、言語獲得以前に、父親にプールに突き落とされたフラッシュバックが蘇るようになったことだ…。

さらに追い打ちをかけるように、「〇〇さん(私のこと)は、A木と登れよ」と上級のクライマー、〇ボ―さんに言われてショック…

”お前にはこの程度の男で十分だろ”と、価値を下げられた気がしました…。いや~。そんなに素敵な奴だったんなら、〇ボーさんが奴と一緒に登ればいいと思いました。

…っていうか、登ってやってください。彼を男にしてやってよ。

■ 繰り返し…再演

”思慮の浅い男性に、命の危険にさらされて、一命を危うく取りとめる”…ということが、A木さんとのクライミングで、人生で3度目だったのです。

一度目は言語獲得前の赤ちゃんの時に、父親に水に落とされ、溺死しかける。2度目は、ビレイがダメなクライマーに墜落を停めてもらえず頭を縫う、3度目は、この件です。

もう、いい加減学べよ、みたいな感じですね。

■ 一回目 成功体験へ昇華

一回目は、言語能力獲得以前なので、私の記憶からは抹消され、何か理由は分からないけど、学校のプールの授業から逃げ回っていました…。例えば、プールの授業で自分が飛び込む番になるとトイレに行って、列の最後尾に並び、それを繰り返すと泳がないでいいというものです。たぶん、恐怖に顔が引きつっていたので、先生も何も言わなかった(笑)。

後は母にスイミングクラブに入部させられそうになり、行ってきたことにして、公園で頭を水でぬらして、ただいまーと帰ってきたことがありました。無言で受け入れてもらえました。仕方がないです。なんせ、下を向いて髪が洗えるようになるまで、8歳までかかりました…。ある日突然、下を向いても平気になり、一人で髪が洗えるようになったけど…。心の発達はどういう風に行われるのか?不思議ですね。

水泳の先生によると、溺れかけた人は、大人でもその回復にはかなり手こずるのだそうです。たしかに私も水中で目を開けている、というだけに2,3レッスンかかりました。なんか目をぎゅっと閉じている瞬間があり、前の人にぶつかったり… もうターンはあきらめモードです。

私にとってはバタフライが、転換点でした…。バタフライってドルフィンキックでしょう?あれで、イルカとびというドリルをするのですが…深く潜って、浮き出るときに浮力を感じます。あの浮力が、大丈夫、浮く、という感覚につながりました。だから、潜ったらよかったのです。でも、それができないから、怖いわけですよね。1mみたいな水深のプールが必要なのは、このためです。いったんできるようになったら、1mの水深でも、3mの水深でも、あるいは海でも、やることは同じです。ですから今は3mでも泳げるわけ。

これは、女性の指導者の下で泳いで、成功体験になりました。今では、みんなが羨ましく見て来る側です。

■ 2回目 中根さんの講習会に参加して昇華

2度目の事件は、兜岩で、はじめの一歩という課題で落ちたとき、きちんとビレイの保険が働かず、頭を7針縫ったということです。

この事件は、クライマー中で話題になり、みんなの知るところです。私は当時まだ初心者のクライマーで、5.12登れるという自己申告するくらいのクライマーなら、当然ビレイも習得済みの人である、と想定していました。そうではなかったのです。

しかも、「初めの一歩」という課題は、すでにリードして4度目だったので、飽きている課題であり、その時、ふと色気を出して、いつも左に行くけど、右に行ったらどうなるのかな?と思ってしまったのです。これはアルパインクライマーあるあるです。何か冒険、新しい要素がないと、つまらないと思ってしまうのです。

しかし、相手が悪かった。いつも一緒に登っているベテランではありませんでした。しかも、その彼、ちょっと発達障害チックでした。

間が悪いことにヘルメットもその時に限って被っていなかったのです。いつも被っているのに。

自分に過信があった?いや、過信があったにしても、私はすでに1ピン目を取った後だったので、落ちたクライマーをキャッチするのは、ビレイヤーの責任です。逆の立場だったら、私は身を挺してでも、クライマーの墜落を停め、怪我をさせるにしても最小限にすることができたでしょう…。しかし、相手は、自分と同じ能力はない。

これは救急車に登山口に来てもらい、病院直行で、いわばは血塗られた岩場となりました。

頭だったので、結構、出血しましたが…切っただけでホッチキスで終わりました。次の日は、楽しみにしていた、中根穂高さんのボルダリングの講習会だったので、頭を切った翌日でしたが、登りに行きました。これは、負けてはいけない!という感じがありました。

岩場では、6級でちょっとしたマントルがある課題があり、それはみんなに、あれ?登れそうなのになぜ登らないの?と言われましたが、とりあえず、マントル落ちは避けたいというので、登りませんでしたが、怪我の影響はそのくらいでした。

ので、落ちて頭を縫ったことも、否定的経験にせずに終わりました。

■ 未熟な男性性=ビレイヤー君

このビレイヤーは、後日、全く反省力がないことが判明しました。

ジムで、私を落とした日に居合わせた女性クライマーを私に紹介してほしいと言うのです。私を落とした奴を?あなたの彼氏にどうお?って?紹介できるはずがないだろ!アホ!と一蹴しました。全く自分の立場を理解していないことが判明。

その後、このクライマーは誰とも登ってくれる人がいないので、世界一流のギリギリボーイズのクライマーが拾ってやることになるという… もう、ごね得のクライミング界。クライミング界は本当に心優しい業界です。

私がアイスクライミングで登っているときに、お付き合いクライミングに来てくれたのは、こういうつながりです。

もう、前世でも同じことやっていたに違いない…。なんか因縁を感じますよね。

■ 3回目  知性の欠如

そして、3回目は、例の白亜スラブでの登攀です。

いい加減、ちゃんと教訓を覚えていなさい、という天の声に違いありません。

私は、早くに弟を亡くしました。私自身は26歳、弟は24歳での死でした。その弟には、彼が亡くなるまでの8年間、18歳から一度も会っていませんでした…。理由は、母からの自立が私にとってはかなり重荷だったためです。なんせ、弟と妹に進学にかかる原資…つまり、お金を譲るために、私自身は、夜学で、しかも、全生活を自分でねん出して、進学したのです。

いくら国立大学の学生寮が安くても、学生は学生です。学生アルバイトのお給料は最低賃金。その中から、学費と生活費を出すわけですから…。めちゃ大変です。なので、帰省するお金もなかったのです。

弟が死んだとき、お葬式に急遽、熊本に帰りましたが、飛行機片道5万円でした。クレジットカードで払いました。ラオスにクライミングに行ったら、トータル9万円でおつり来ますよ。そんな風に国内の運賃が激高なのです。これは、自民党の支配のためです。余談ですが。アメリカでは、ガソリン代が日本の4分の1で、サンフランシスコから関空の格安航空券が5万円でした。日本人の市民が一般的にどれだけぼられているか?ってことです。

そのぼられ具合を跳ね返すだけの力強さは、勤労学生の私にはまだなかったんですねぇ…。

だから、私の中の弟の顔は16歳の弟の顔のままで、死に顔は別人の顔のようでした。

■ 未熟な男性性への、未解決の強烈な怒り

さて、このように、何度も未熟な男性に命を取られかねない羽目に陥らされているワタクシ・・

南ユウタさんのカウンセリングで、父への手紙を書きました。

怒っている。絶対、許さない。という以外に、父への…というか、師匠だった青ちゃんへの愛憎が含まれる内容でした。師匠の青ちゃんというより、

 ”ちゃんとクライミングを教えていない日本クライミング界全般”、

 ”ペテラン”

を含め、

 ”すべてのベテランクライマーに対する、こんな幼稚な世界にしやがって、という怒り”

が込められていました。

大体、ペテランの方って、新人と自分を比べて、俺だってまだまだイケてるなーとやっていますよね? なんで40年登ってて、1年しか登ってない新人と自分を比べるのか謎。比べる相手が低すぎ。比べるなら、同じ40年選手と比べるもの、でしょう。要するに父性が育っていないのです。

父性というのは、男性性にアダルト自我である理性が加わってできるものです。

他者を養育する力=父性が育っていなくて、男性性があるというのは、どういうことか?と言いますと、未熟な男性性だけがある男性、ってことです。

■ 未熟な男性性とは?

 支配性
 自己中
 切り捨て
 自己愛 
 命知らず

です。どうです?ナルシストそっくり。ちなみに、これらは、

 自己主張
 自分を優先する
 自立
 決断力

の行き過ぎです。

いくら決断力があっても、根底に知性がなければ、ただの無謀になってしまいますよね?

例えば、こんな感じ…。
ーーーーーーーーーーーーーー
「よし!4ピッチ目、制覇!

 (このピッチは簡単だったな…いいや、次のピッチもつなげて登っちゃえ!)」
ーーーーーーーーーーーーーー

理性(この場合、単純な知性でもいいかもですが)が育っていると?

ーーーーーーーーーーーー
「よし!4ピッチ目、制覇!

(このピッチは簡単だったな…次のピッチもつなげて登ろうか?

いや、まてよ?50mシングルで来ているんだっけ?

あとロープ何メートル残っているんだ?50ー25だから…25mか。

ん?まてよ、次のピッチの長さはなんだったっけ?

うーん、覚えていない…。

25m以下である可能性は低いよな?

だとすると足りなくなるぞ。行くか?いや、辞めておくのがここでは確実だ…」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

となるはずなのです。知性というかね、もう日本人なら算数で習うレベルのことなので…。

こういう発想にならなかったというのは、アルパインルートで、リード慣れしていない、って意味でしょう…

まぁ、慣れていなくても、初見でもロープ長くらい計算しながら登っていますけどね。

教訓:アルパインのルートに出るクライマーにはロープ長を計算させろ

■ 普段から、リードしてない?

要するに、普段から、

 ザイルを伸ばす

という”経験値”が、不足していたってことですね。 っていうか、私ですら、これくらいのことは考えながら、リードしているというか、”ザイルを伸ばしている”ので、私より経験値が低かったのかもしれませんが…。

”経験値”、ではなくて、”クライミングのグレード”、で言えば、彼がリードするのが適切かもしれませんが、こんなリード内容では、パーティ全体をリスクに陥れることになるのです。客観的事実として。

まとめると

    経験値 グレード
相方  低い  高い
当方  高い  低い

という組み合わせになり、お互いにLOSE:LOSEの関係になります。相方がリードすれば、経験値が低いことによって、パーティ全体のリスクが高くなり、私がリードすれば、グレードが低いことによって、相方は楽しく登り損ねるというわけです。クライミングは自分のレベルに合っていないと楽しくないので。

ということになって、パーティは組まないほうがいいと思います。

■ 女性性を”利用”された

こうしたクライマーの関係性の中では、私は、自分の養育的な資質…その養育的資質は、弟の死の悲嘆が済んでいないことからの罪悪感から来ていそうなのですが…

ナルシスト男性に、その資質を、”ちゃっかり”利用された…と思っています。

一緒にいる段階から、ちゃっかり感がかなり強くありました。なんか、相手に都合が良いことばかりになっているなぁ…というか‥。

そこには、俺らの活動に混ぜてやるよ、という傲慢さがあったと思います。

私はなぜ普段強い男性性、指摘する力、が弱かったのかなぁ…。自信がない、というのは、登攀グレードに対する自信、かもしれません。私なんて登れないんで…みたいな?

ここは改善しないといけません。

■ 傲慢さの中に優しさも

しかし、アラーキーがただ傲慢な奴だったかというと、クライミングに混ぜてやるよ、という気持ちの中には、優しさもあったともいます。

親戚の子を遊びの輪に入れてやるような感じというか…。

私は、どちらかというとワイワイ登るよりも、1対1でしっとりとしたパートナーシップの中で登るほうが好きですので、ちょっとタイプ的に合わないというのは、最初からありましたが、向こうからすると、女性は誰も一緒には登ってくれないという事情があったんではないかなぁ… 私からすると気の毒な人、って感じでした。パートナーに困っていそうでした。
 
なんせ、小さい男の子をベビーシッターする時みたいに、あれや、これやとリスクを指摘してやらないといけないので、初心者の女性だったら、女性の側がまだ面倒見てもらいたい側なんだから、というので、普通はベテランと登るほうが魅力的です。

優しいんだけど、優しさが見当違いだったりしたんですよね、元・相方。

それは、たぶん、失礼かもしれませんが、純粋に知性が低いから、みたいな気がする。そういう人が自衛隊の人で、前にいた山岳会にもいました。頭が悪いと頭が悪いこと自体に気が付けない…。その人は自分で気が付いていました。ビレイの習得に対してでしたが。

相方の優しさ、は、みそっかすの、仲間の輪に入れないでいる、男子に対する優しさで、女性から見ると、そんなの優しいにカウントされない、みたいな感じもしました。

僕がリードしてあげるよ~って言われても、その優しさの見返りが、あなたの命、俺にください、では、割に合わないからです(笑)。

私の立場で学習すべきことは、誰にでも彼にでも同情してはいけない、ということです。

頭が悪い人には、しっかり算数ができていない欠点を、相手がきちんと理解できる、分かるまでかみ砕いて解説しないといけない、という経験になりました。

■ 個人の取り組みでは限界

しかし、これは、私個人の取り組みで解決できるような問題ではなく、登山界・クライミング界全体で取り組まないといけない問題である、と思います。

教育の不在、と、どのレベルから教えないといけないか?という基準、という意味です。

25+35が計算できていなかった相方は、日本の平均的な知性と思います。偏差値74ではないです。だから、一億総大卒という時代になったら、山に行く前に、25mのピッチを登った後、ピッチを切らないとロープが足りなくなるよ、ということは、あらかじめ予習で教えないと分からない、というのが日本の真実の姿、なのです。

一方で、私は私で個人的に自己成長の道を歩みたいと思います。

■ 投影は続くよ、永遠に…

彼のことは、頭が悪かった弟と重ねていましたが、弟ではなく、父でした…

私は、赤ちゃんとして、子供として、娘として、

 未熟な男性性によって深い傷を負った女性

ということになります。一体全体、これは、

 未熟な男性性への復讐劇

なのだろうか? 

だとしたら、これは山梨時代から延々と続いており、フィナーレが彼だっただけで、Mさん、Nさん、S田さん、Wさん、クマちゃん、青ちゃん、と連続多発事件的なんですが…

事例は、子供6人いるから俺可哀そう、5.11ジムで登れるからバットレス四尾根、俺だって佐藤ユースケ、などなど・・・誰が聞いたり見てたりしても、

 えー?!

って思う内容のやつ…

ダメ男性 ひきつけているような?つまり投影?ということで、それがそうだとすると、これは私の内部で、抑圧した部分(子供自我)が、相手に投影されているってわけなので、その抑圧を開放しない限り、永遠に続くのだそうです…

一体、私は、何を抑圧しているんだろうか?

全く分かりません。抑圧は板につきすぎて、普通のことになっている。

2024/12/23

【クライミング心理学】自分のニーズの掘り下げ

■精神的サポートが必要

クライミングによる地域おこし活動をこのまま進めていくにあたって、私に必要なのは、

 精神的サポート

なのですが、それを得られるべき相手=夫からは得られない(理由:夫はクライマーではない)

…新人クライマーとして頼るべき相手(ベテラン)が頼りにならない、という九州は、なんか私の父娘関係を再演しているかのような経験でした。

  頼るべき相手に頼れるどころか、逆に殺されかけている、

という関係性です。

=父親と赤ちゃんの娘だった私の関係 (父娘関係)

ニアイコール クライミングパートナーと私の関係 (本来は対等であるべき)

ニアイコール 九州のペテランクライマー勢と私の関係(上下関係)

と類似して感じられています。

本来、クライミングのパートナーシップは、父娘関係のように一方的にサポートを受け取るという関係ではなく、普通に互いに支え合う関係だけどなぁ。

なぜか逆に、一方的に私が支える事になってしまっている…

■ 正常な判断ができる状態にまずもっていくのが大事…

私の発達した理性は、かなり戻っては来ているのですが…

まだまだ 戦いに、正常な判断ができる状態にないので、判断自体が保留になると?

停滞。

というメカニズムが働いています。

■ Vulnable

どうも、私自身が、Vulnarable な自己(私は弱い)という父との関係性での自己イメージが湧くことが、原因のような気がします。

私は全く弱くはない。

なのに、

  ”赤ちゃんの時の自己”

が出てくるってことですね。泳げないえーん(><)となる。

 だから、〇〇されたという表現になる。

例えば、白亜スラブで、25+35も計算できないで60シングルなら次回は大丈夫という反省の仕方をしてしまうのは、私のミスか?というと、一般的な小学生レベルの算数の課題なので、ここまで私がミスを救うべきだったか?というと、疑問だと思います。山行計画を立てるときに、前提として、トポを当然見ているはずだ、と考えるのは、一般的な期待、で、過剰な期待、とは言えない。

祝子川に2名で沢登り行ってらっしゃいというアドバイスも、私は受け入れなかったことが成功体験ということに、あとで事故死された女性が出たことで、結論付けられました。この事故の女性犠牲者に私がなっていてもおかしくなかったのに、ならなかった。

つまり、私自身が自分を守る力は、きちんとある、ということです。

海外で数年暮らしたことがありますが、まぁ、海外は、あからさまな詐欺だらけです。家賃を二回請求するなどは、ごく普通です。自己防衛力が必要。

九州での経験は、その力が十分ある、という証明にはなったかもしれませんよね。

■ 恐怖が原因みたいな?

一方的に受けいれるしかない、傷つきやすい自己、無力な自己、という自己観念ができてしまうトリガーは、恐怖、のような気がします。赤ちゃんは無力だから。恐怖=泣き叫ぶ、ということができればいいわけですが…。

正常な大人の恐怖に対する反応は、怖い、と声に出して言うことでしょう。

これが、言えない空気感…というのが、九州クライミング界の最大の欠点でしょう。

なぜなら、クライミングにおいて恐怖というのは大事なナビゲーションスキルだからです。

■ クライミングライフにおいて身に着けるべき能力

クライミング力とは? (ムーブの解決力) + (ロープワーク)です。

それだけでは、ルートには出れず、加えて

 (ナビゲーションスキル)=(読図) + (ルートファインディング能力)

 (危険予知による危険回避スキル)

 (野外のでの生活スキル)

の3つが必要です。

海外に行くには、加えて、(海外旅行を企画立案するスキル)に、(インターネットで調べ物をするスキル)が必要です。これは、旅行コンシェルジェという立派な職業スキルです。

ただであげなかったら、ケチ、と言われたみたいな感じの経験になっています。

■ どうすれば、エンパワメントされるのか?

赤ちゃんの私にエンパワメントするイメージワークを行えばいいのかなぁ…。

かんがえてみると、赤ちゃんの時、父に殺されかけたときは、母がその後何年もかけて、水が怖くて頭が洗えない娘を、しかたないね、と我慢強く辛抱して、寝かせて頭を洗ってくれ、その後、ある日突然、頭は自分で洗えるようになったのです。

水恐怖症は大人時代の後半に解決する課題となり、48歳で解決しましたが、解決には女性の母性溢れる人たちのお世話になった。80代のおばあちゃん先生でした。

…というわけで、

 (未熟な男性性に痛めつけられた傷)を(成熟した女性性)で癒すというメカニズム

になっています。



■ 未熟な男性性への恐怖心の克服が課題

今の私に必要なのは、成熟した人たち、です。

クライミングによる地域おこし、の活動で、出会いがちなのは、精神的に非常に未熟な未成熟者が多いのです… それが私が躊躇する理由です。

無責任で自分さえよければいい!というパワーをはねのける、自分の心的パワーが十分あるかどうか?が、不安な要素です。

というので、成熟、という面で、対等にサポートになってくれる人がいたらうれしい…

私は私の我慢力による、困難の乗り越えはもう嫌なのです。

私についている重石は、我慢による愛、です。

なんとセックスを断ったら、我慢しろ!といってきたんですからね… 嫌なもんはいやです。

https://youtu.be/CORrAGug2Qo?si=YD6L1JIWDLrKMkAg


2024/12/15

【クライミング心理学】カープマントライアングルに陥っていますね…

■ 山岳会衰退の理由=山岳会が陥っていた仕組み

こちらのカープマントライアングルの解説の引用より、

用語の置き換えにて、ケースを検討しています。

https://www.balancedgrowth.co.jp/column/dramatriangle.php

ドラマを演じている状況は慣れ親しんだ場所。1次プロセスです。ここは居心地の良い場所です。

ドラマを演じている場所 → 山岳会

迫害者(=山岳会・先輩)はパワーを駆使して犠牲者(新人・後輩・未組織登山者)を下に落とし込むことで、自分の存在意義を確認でき、自尊心を満たします。

救済者(=山岳会・先輩・あるいは登山ガイド、クライミングガイド)は正義の味方として振る舞う自分にOKを出すことができます。

犠牲者(=山岳会・新人・後輩)は、救済者(=山岳会・先輩・あるいは登山ガイド、クライミングガイド)から気づかってもらえますし、ダメ人間を演じつづければ本質的な努力をしないで済むメリットがあります。

そして、3つの役割全てに言えることは、

   オープンな本当のコミュニケーションを避けることができます。

本当の自分を勇気をもって見つめ、それに従って他者との意思疎通を行うのは、大変なエネルギーを必要とします。

一方で、ドラマトライアングルのどれかの役割を演じるのは、とても楽なことです。

これらの沢山のメリット、すなわち:

・慣れている

・相手に能力がないことで自分の能力が相対的に高く見え、自尊心を満たせる

・正義の味方になれる

・本当の努力をしないで済む

・本当のコミュニケーションを避ける

・エネルギーが節約できる

を手放すことがエッジとなり、多くの場合はドラマを継続してしまう(1次プロセスに留まりつづける)ことになります。

一方で、ドラマを演じ続けてはいけないことは、多くの人たちが薄々は気が付いています。そこから現れ出ようとしている2次プロセスとは何でしょうか。

今までは、逃げていた(避けていた)「本当の自分に向きあうこと」が始まります。

■ ここまで読んで、登山界、クライミング界の課題は何か?

・本当の自分に向き合うこと

=山岳会自体のレベル低下

=アルパインルートの荒廃

=クライミング教育の不在

=しょうもない事故の多発

=トンデモボルトなどのその他、不祥事

■ 王様は裸だ!

という役目がワタクシに…(涙)

ああ、大変でした…。

日本人は勤勉ですから、取り組みさえスタートすれば、あっという間に治りそうですけど!

■ 解消法 エンプティチェア療法

相手の立場に立ってみるという心理療法です。

各自に「なぜそのロールをとっているのか?」について考え、気づいてもらう

ここでは、自分以外のロールをとってワークしてみることが有効です。「被害者の椅子」「迫害者の机」といった具合に、3つの異なる場所を明確に定め、その間を当人たちに動いてもらうことが必須です。以下のような気づきが起きるでしょう。

 <今まで新人・未組織登山者・後輩だった人>

山岳会の先輩(クライミング上位組織)のロールをとると:楽でパワフルだ。事故は、全部新人のせい(=自己責任)にすればよいのだ。

(先輩、登山ガイド・クライミングガイド)ロールをとると:楽だ。良い人になって心地よい

 <今まで山岳会や先輩だった人>

新人・未組織登山者・後輩 ロールをとると:こんなに窮屈なのか。想像もしてなかった。頭が真っ白だ。

先輩・クライミングガイドなどのロールをとると:山岳会・先輩の人は怖い。この役割は安全だ。心地よい

 <今まで先輩・クライミングガイド、登山ガイドだった人>

新人・後輩・未組織登山者ロールをとると:予想していたけど、それ以上につらい。

山岳会・先輩、上位山岳団体ロールをとると:パワフルだけど、うしろめたい。

… 今まで放置プレイだったので、権力がある人が後ろめたいのは、正当な感じ方のような気がしますけどね。

こんな日本に誰がした?若い人のせいじゃないよ?みたいな…



2024/12/12

【クライミング心理学】 説明し続けようとする心理にハマっていました…

■ 以下抜粋

もう、ほんとにこれですね。

 なんど、優しく、丁寧に、言っても、”ナルシストやボーダーの人には”、分からない、のです。

ナルシストやボーダーではないクライマーと言うのは、現代では少数派なのです…

ーーーーーーーーー
いのち軸で自己肯定感を育む
心理カウンセラーの南ユウタです。

ナルシシストやボーダーラインの人の考え方や行動は、非論理的で利己的なことがよくあります。

感情的に未熟ですので、「子どもっぽい」ところがあります。

健康な人なら、ナルシシストやボーダーラインの人とかかわることがあっても、そうした子どもっぽさに対して怒ったり、困った顔をしてため息をついたりして、最終的には離れていきます。

でも、ケアテイカーの人は違いますよね。

ナルシシストやボーダーラインの人の非論理的な言い分に対して、

論理的に説得をしようとしていませんか?

「正してあげなきゃ」と思ってしまいませんか?

そして、長いことそういう

「何回も言って聞かせても、同じことをくり返される」

パターンを繰り返していませんか?

実は、それもナルシシストやボーダーラインの人と

ケアテイカーさん

の間ではよくある

「罠」

です。

加害者、被害者、救済者の3つの役割をくり返して抜けられなくなる「人間関係の昼ドラ」にハマる罠です。

僕も、高校生や大学生の頃、相当な時間とエネルギーをそういうことに費やしていました。

当時は言葉にしていませんでしたが、

「もし、僕が論理的に説明してあげて、わからせてあげられたら、もうこんな風にはしないはずだ。」

と信じていたのですよね。

あなたも、そんな風に信じていませんか?

実際には、ナルシシストやボーダーラインの人の思考回路の大きな特徴は

「ランダム性」

だと言われています。

論理的に考えられる時もあるけれど、非論理的な時も多くあります。

「そんなこと、普通の人でも同じじゃないか」と、思う人もいらっしゃるかもしれませんが、ナルシシストやボーダーラインの人の思考回路のランダム性は、そんなにかわいいものじゃありません。

非ナルシシストや非ボーダーラインの人なら、非論理的に考えふるまった後に、「あっ、これはまずかったかな」と気づく確率が高いですよね。

さらに、自分のふるまいが相手をどんな気持ちにさせたのか、想像がつきやすいです。

「私のあの時の言動は、きっとあなたを傷つけ、不快な気持ちにさせたよね」

みたいに考え直し、謝罪したり、関係を修復しようと努力できます。

ところが、ナルシシストやボーダーラインの人は、これがとっても苦手なのです。

また、思考の特徴として「自分を中心にしか考えられない」というものが出やすいです(いつもではないですが)。

こういう時のナルシシストやボーダーラインの人は、「論理でもの考える」のではなく

「感情でものを考える」のです。

だから、どうしても被害的に受け取ってしまうこともあります。

そんな状態の人に、論理的になるよう説得をしながら絡み続けると、

救世主のポジションに知らないうちにハマっていくのです。

そもそも、救世主を求めている段階や、救世主を実際にそばに置いているナルシシストやボーダーラインの人は、セラピーや心理治療の場にほとんど現れないです。

「自分で自分をよくしよう」とセラピーの主人公になっていないナルシシストやボーダーラインの人を、説得するのは無理があるし、原理的に不可能です。

ーーーーーーーーーーーーー