2026/02/13

虐待の内面化=クライミングによる精神虐待

内面化された「自己愛母」の10の声

「結果さえ出せば、これまでの苦しみは無かったことになる」 (国立大学進学という「結果」を、過去の悪癖を塗りつぶすための消しゴムとして使わせようとする声)


「お前が優秀なのは、私が苦労して育てたからだ(私の手柄だ)」 (あなたの自力救済や努力を横取りし、あなた自身の主体性を剥奪しようとする声)


「これくらいのことで弱音を吐くなんて、恵まれている証拠だ」 (あなたの正当な苦痛を他人と比較させ、相対化することで、感情を封じ込めようとする声)


「世間が見ているのは『立派な私』。それ以外を見せるのは恥だ」 (ありのままの自分ではなく、常に「演じている自分」でいることを強要する声)


「私が不機嫌なのは、お前が私を怒らせるようなことをしたからだ」 (親の感情の責任を子供に背負わせる、100%の責任転嫁の声)


「お前は私なしでは、まともな人間になれなかったはずだ」 (あなたの生存能力をディスカウントし、心理的な依存状態(共依存)に留めようとする声)


「『疲れた』『嫌だ』というのは、私に対する攻撃と同じだ」 (子供の境界線を認めず、自己主張をすべて「親への反逆」と見なして罪悪感を植え付ける声)


「過去のことを蒸し返すのは、心が狭い人間のすることだ」 (自分の非を認めないために、あなたの記憶や傷を「終わったこと」として封印させようとする声)


「お前が私を助けるのは当然で、感謝されるようなことではない」 (ヤングケアラーとしての献身を「当然の義務」として扱い、あなたの存在価値を「機能」に限定する声)


「どんなに酷い親でも、親なんだから愛し、許すべきだ」 (「這っても黒豆」の不条理を、道徳や宗教観のような大きな言葉で強引に丸め込もうとする声)

■検証としてクライミングに応用すると?
「自己愛クライミング」の10の声(変換版)


「登れたら、俺の仲間として認めてやる」 (プロセスや安全への配慮を無視し、結果という「手柄」だけを搾取しようとする声)


「お前が登れるようになったのは、俺の教え方が特別だからだ」 (あなたの身体感覚や努力をディスカウントし、すべてを師匠の功績にすり替える声)


「この程度のランナウトでビビるなんて、クライマーとしての根性がない」 (あなたの正当な恐怖心や生存本能を「弱さ」として蔑み、感覚を麻痺させようとする声)


「俺のルート(やり方)が絶対だ。他のスタイルは邪道だ」 (あなたの個別の身体的特徴や判断を否定し、自分のコピーになることを強要する声)


「お前が落ちた(失敗した)のは、俺のアドバイスを完璧に再現しなかったからだ」 (指導の不備や状況の不確実性を認めず、すべての責任を弟子に押し付ける声)


「俺がわざわざ時間を割いてやっているんだから、お前は俺に従う義務がある」 (親切を「負債」として感じさせ、心理的な支配下に置こうとする恩着せがましい声)


「『怖い』『今日はやめておく』と言うのは、俺のメンツを潰す行為だ」 (あなたの安全管理のための意思表示を、自分への個人的な侮辱として受け取る声)


「昔の俺はもっと過酷な条件で登った。今の環境で泣き言を言うな」 (過去の苦労を美談化し、現在のあなたの苦痛を相対化して握りつぶす声)


「俺が認めた課題以外を登っても、それは登ったことにはならない」 (あなたの成功の定義を自分が握り、常に自分に承認を求めさせようとする声)


「俺が厳しくするのは、お前を愛している(期待している)からだ」 (支配や虐待的行為を「愛」や「指導」という言葉でコーティングし、拒絶を封じる声)