2019/03/12

白亜スラブ

■ 白亜スラブの記録がMissing!だったこと

白亜スラブの記録がないのは、たまたま当時Moveという会に所属しており、その会を抜けるときに会のブログから記録をこちらに移すのを忘れたためだ。記録はきれいさっぱり無くなってしまった(--;)。

白亜スラブは、私にとって学ぶことの多かった、意味あるルートなので、思い出せる範囲で、記録を書いておくこととした。

■ 「敗退なしで!」

「11のクラックがあるから難しいだけど、フォローやってくれないかな」と先輩が持ちかけてきてくれたのは、小川山のアルバイトから帰り、龍洞の遠征目前の9月。

行く予定の台湾・龍洞は、クラックの岩場なのに一人で行く。当然、誰だって心配だ。というので、できるだけ多くのクラックを触らせてあげたいという先輩のやさしい思いが見える、2泊3日の比叡行き。が、問題のクラックが…5.11と私の技量をはるかに超えている。・・・ので返事は保留(笑)。

初日は、台風一過の日之影へワイドクラックがあるボルダーを探しに行った。日之影は、とても美しく、楽しそうな場所で、何日も長居したい感じだった。ところが、台風で大増水中で、ボルダーは見つからなかった。ただとても美しい渓谷で、その美しさに満たされた。二人とも、別にボルダーが見つからずとも満足な感じだった。

翌日、マスターズルーフへ出かけた。5.12のルーフクラックだ。私は当然、ルーフには用はないのだが、下が5.9(と言われている10c)のコーナークラックなので、私にとっても勉強になる。この記録は割愛する。ただ、同行していたベテランが、もっとも行ってはならないと最初に教わった支点ビレイをしていて、肝を冷やした。ベテランたちのビレイが超怖いというのは、これで2例目だった。

最終日の帰宅日で、帰り間際にサクッと登ろう!と提案されたのが白亜スラブ。これは、私はクラックがやりたかったのと、最初の1P目と5P目はグレードが低かったので、私でもリードが取れるのではないかと思ったのだった。「行ってもいいですよ」。行って”も”、というところが、多少の譲歩感を出しているのだが、これは、自分のルートではないという意味だ。

先輩は、「じゃロープは一本で!敗退なしで!」という。振り返れば、この時に、よく事態を理解すればよかったのだが…。

最近とても強くなっている人で、上り調子だ、自信がある、ということに聞こえた。むしろ、問題は私がフォローで11のクラックを登れるかどうか?だと思えた。大体、登れなくなって、フォローもできないとなるのが核心のように思われた。

それで、一応ユマールを保険に持っていくこととし、目的は、5.11のクラック!という認識だった。2、3時間でサクッと登って早めに帰ろうね!ってことだ。宮崎は遠い。

5.11のクラックは、当然だが、まだ登れたことがなく、私にとっては難しすぎるチャレンジというのは明らかだったので、先輩は無理についてきて、とは言わない。でも、行きたいんだろうなぁというのは、感じられた。

いつも世話になっている先輩のことだし、ここはいっちょユマールを保険に頑張るか!と思ったのだった。

■ 当日

翌日も快晴でいい日だった。白亜スラブはとっつきも、簡単で、ほぼゼロ分だ。トンネルの上。それで、ルンルン気分で出かける。さっさと片づけよう~みたいな感じだ。

身軽に装備する。ロープ、最小限のギア、下山用の靴。水。まぁ5ピッチしかないしね!みたいな感じ。ランチは下山後でいいよね!ってことだ。セカンドがザックを背負ってリードする人は空荷だ。ずっと、これが標準スタイル。

ところが、最初の1ピッチ目を一目見て、私のリードはないと、先輩も私も瞬時に理解。

…というのは、確かに登攀は易しく段々なのだけど、斜め右に上がっていて、ピンは10mは先であり、地面は8m下であり、まったくピンの意味をなしていない配置だった。ゼロピン目を取りましょう~と言っても、そのゼロピン目は、ビレイヤーを守るだけで、クライマーには全く関係なし。たしかに人間は8mから落ちても死なないとは思うけど。

別の人だが、ずっと以前に雪の北岳で、下部岸壁のトラバースでフォローしていたら、全く中間支点がなかった。先行している先輩に「これ~、何のビレイにもなっていないよー!」と叫んだら、先輩から「すいませーん!!!」と返事があった…のを思い出した。あれは、先輩もアップアップで、中間支点が取りたくても取れないのだった。リードクライマーの先輩も危険だったし、フォローの私もノービレイと同じだった。ロープ、タダの邪魔。むしろあったほうが墜落した時、2名になってしまう。

 
しかし、これは違う。明らかにランニング(ボルト)を入れる手間を省いていて、ただ怠惰なだけなのだった。

私の目には、ただのバカっぽいピッチにしか見えなかった。

何も言わず、当然のように先輩のリード。まぁ、このルートは彼が来たかったルートなんだしね。

2ピッチ目は直上で素直なピッチで少しホッとする。しかし、ロープが上がらないので困った。しばらく待ったが、フリーは断念し、ユマールで上がった。今回は、いつも持っているロープクランプを持ってこなかったので、フリーで登れない。もし自己確保して登るとなると、自己確保に使える器具がユマールしかない。

上がったら、ロープが上がらなかったわけが分かった。カンテの屈曲でロープがスタックしている。カムの回収も、セカンドでも工夫が必要だった。少し振り子で振って回収。

■ ひん曲がったRCCボルト

その後が問題だ。3P目は、ルート名の由来になった、きれいな白いスラブ。

だが、先輩がなかなか離陸できない。 

私の見た目には5.10だし、普段ゲレンデのショート、フリーで登っている感じだと、そんなに考えるものでもなさそうに思った。ピンが右にも左にも見えた。どちらが敗退用なのだろうか?

連打されたRCCのボルトが困難を物語る。だけでなく、その支点がひん曲がっていた。

普段はもっと難しいグレードをゆとり付きで登っている先輩が、オブザベに長い時間をかけていた。

アルパインでは落ちれない。というか、落ちたら死ぬと思う。ここは3ピッチ目だが、スラブなので、落ちれば、大根おろしを免れない。しかも、敗退できないロープ配分だ。

オブザベ時間が長い。

どうしようか…。私は、敗退を考え始めていた。しかし、50mのロープ1本で来てしまったため、1P目が降りれない。2P目はギリちょんだが、まぁいい。スリングは120が一本、60が…と考えていた。最悪は継ぎ足しで降りるか。1P目が右上していたので、懸垂で降りると1P目の距離は正確ではないかもしれない?降りてみて、ダメだったら、フィックスにして回収に来るか?

考えている間に、先輩がスタート。スラブはだいぶ時間がかかった。

これは、セカンドは急いで登らねば…。セカンドで上がると、ランニングのヌンチャクにカムのビナが使ってあった…クイックドローが足りなくなってしまったのだった。ここナチュプロが取れるという話で、カムで支点を取りたいと、持って上がったので、その分、ノーマルのスリングやカラビナを節約したのだろう。

次は懸案の4P目。5.11のクラック。ここは比較的スムーズだった。しかし、ロープ一杯なんですけど!! ロープが足りなくなり、少し上がって、さらにロープを出す。

「ロープ一杯!」

と叫ぶが、リードクライマーには声が届かないようだ。しかし、このように少し登ってロープを出す、をいつまでも続けるわけには…。これだとコンテになってしまう。

ちゃんとランニングが取れているか、こちらからは見えないし、中途半端なところでロープが足りなくなれば登れないだけでなく、落ちるしかなくなる…。と思い、ロープを出すのを辞めた。ビレイヤーが少し上がるというのは、ほんのちょっと足りないときには、有効なんだが、ずっとは…。

コールを待つ。待つこと5分。ロープも動かない。もうちょっと待つ。動かない。動かないよね???と自問自答しつつ…ユマールを掛けた。コールが届かないのでは、アップもされない、と思ったからだ。ロープに全体重をかけて、ユマーリングで登った。最初の一歩に勇気が必要だった。まぁ、フリーで登れなかったことについては、もともと5.11は難しすぎると思っていたから、惜しいことは無い。

ユマーリングは宙づり登り返しと同じ方式で、足と腰に振り分けて、尺取虫のように上がった。途中カムの回収があるので、ユマーリングとはいえ、結構テクが必要だ。本来は、架け替えつつ回収するように教わったが、めんどくさく、まぁ、いいかと、フリー交じりに回収。途中から傾斜が緩んだからだが、足の側を抜くと、ロープテンションが無くなり、やり辛いのだった。やはり、ランニングが足りなくなったらしく、中間支点にカムのビナが使ってあった。

到着すると、相方は、テラスの一歩下、ほんの1ピン、終了点に足りないところにいた。立派なペツルに、二人でぶら下がっていた。(注:この時のボルトは、ペツルではなく、ペツルもどきカットアンカーである

以下は、こうすべきだった…という内容で、実際に起きたことではない。


「いいペツルですね~」(実際は1点にぶら下がっていることに、絶句してしまい、言葉にすることができなかった)


あと少しだったんだなーと見て思ったが、相方はバツが悪そうにしていた。支点は2個というのがクライマーの常識だからだが、この状況では、だれが見ても、それがベストであった…。

どうも4P目の終了点を見落として5P目とつないでしまったらしかった(これは後で、致し方なくやったのではなく、わざとであることが判明した)。少し3P目でオブザベに時間がかかったというのも、心理的に押された理由にあったかもしれない。

しかし、天気は良く、景色は素晴らしく、二人とも、少々の敗北感は忘れてしまいそうな大絶景だった。

最後は、終了点のあたりの座れるテラスまで2,3m上がるだけ。

そのテラスで、ビレイしたまま、並んでのんびり行動食を食べた。足が痛い。早くクライミングシューズを脱ぎたい。

なんだか、どういう感想を言っていいのか、この時点では分からなかった。(←ひどい目に合っているのに、びっくりしすぎて、怒れていない=怒りの内面化)

ただ、目の前の矢筈岳が絶景で、先輩も私も無事だった。

「いや~、ロープは60だね!」と相方の先輩が言う。「いや、そうか?」と突っ込む。「やっぱり、ロープは2本でしょう~」(実際は突っ込めていない。)

今回は、ダブルを二人とも持って行っておらず、シングルだったので、ロープは十分にあったのに、シングル2本は重い、というのが50になった理由の一つだった。誰もそうは言わないけど、二人とも分かっている。

実際、シングルロープをダブル使いすると、確保器から出なくて、ビレイヤーは大変なのだ。出さないとクライマーは、当然登れなくなるし。出ないのと、ダラリンでは出ないほうが困る。

ダブルロープであれば、二人とも60なので、たとえ60ダブル1本で登っても、最後の4,5ピッチは連結になったとしても、ロープは足りただろう。しかし、敗退となった時、やはり60一本では35mは降りれない。結局2本50もしくは60を持つか、1本なら70がいる。

また、いつものように最後はちょっとジャンプする(笑)? ちょっとロープが足りないというのは、実は時々あって、結局クライムダウンしたりとか、している。(こうした小さな予兆で、相手にOKを出してはいけない。厳しく諫めて相手の態度を改めさせないと大きな怪我や事故につながる)

しかし、ロープの相談をいい加減にしかしなかったからなぁ。それは、なぜかというと、デシマルグレードに引きづられ、一番辛いピッチの5.11以外は、楽勝!とか考えていたからだった。

私もセカンドだから、リードクライマーが考えることだという甘えが、どこかにあった。私の務めはユマールであっても、なんとしても上がることです!みたいな気持ちだった。上がれればいい、というザイルパートナーは、パートナーとしての最低限の要件を満たしているだけで、良きパートナーとは言えない。本来は、ちゃんと敗退用のことを考えて、何か助言をしなくてはいけなかったのだ。(自分ばかりが反省しており、相手は反省していない。それどころか成功体験になっている)

■ 難しかった

この白亜スラブは、私にとっては、少し挫折の山になった。というのは、5.11のピッチはともかく、ほかの易しいグレードのピッチでも、私がリードできるかという目で登ったが、私のリードは、この先何年もないだろうと自ら判断できた。

グレードをゆとりを残して登れなくてはならない、というのは、マルチやアルパインでは当然だが、そのゆとりの量が問題だ。

5.10のスラブをリードするには、5.10bのスラブがショートでリードできていればいいと思っていた。いや、5.11のスラブがリードできないとダメなようだ。プロテクションがプアなので、フリーソロするのと同レベルの技量が必要だ。

5.8のフェイスがリード出来るにも、5.11が必要みたいだった。つまり、ランナウトしているのでロープが保険になっていない。フリーソロと同じだ。

5.11のクラックは、5.12が必要だ。ここが一番易しいかもしれない。いざとなれば、カムエイドが可能だからだ。

要するに、ここを安全にリードするには、オールラウンドに5.12がギリギリ届いていないとならないという話だとセカンドでも理解できた。

5.12クライマーになるというのは、私の中にはない。

40の手習いのクライミングだ。5.11に届けば御の字と思っていたのだった。

それで、たぶん、日本中のクラシックルートは登れる登攀力だと思っていた。それが私のここ5年間の目標だった。しかし、このルートを経験して、ショートで5.11登れる力では、ほとんど選択肢が広がらないのだ、ということが理解できた。

クラシックルートは支点がプアなため、またランナウトしており、命綱であるロープの意味が全くなくなっているために、フリーソロと同じ技量を要求するのだ。

今の登攀力は、野岳の5.11だったら、もしかして登れるかも?みたいなところで、まだ5.11は届いていないが、見えてはいるくらいだ。しかし、その見えているゴールに到着したところで、ご褒美は出ない、ということがはっきりと分かった。

ニセピークだったのだ。読図でよく出てくるやつ。ここがピークだと思ったら、もう一個あった…ってやつ。しかも、到着時点でヘロヘロだから、次のピークに行く気力はもう残っていないパターン…。

これは、”クライマーあるある”なのか? それとも、敗北なのか…。

先輩はクライミング歴が私の倍くらいあり、しかもボクサー出身で、おしりはちんまりと小さく、肩はがっちりしている。いつも小さいお尻を羨ましく思っている。私は、と言えば、お尻がデカくて外側に引っ張られて重たい…つまり、お尻に一つ小さいザックを背負っているみたいな感じ。上半身は華奢で、筋力がなさそう…。これでも女性の中ではお尻が小さいと言われているけれど、しかし、中学のころから安産型と言われて下半身デブだ。お尻を削るのと、上半身を鍛えるのではどっちが早いのだろう…。

しかし、今までの経験では上半身が鍛えられる以前に、指が参ってしまう。全然、クライマーに適していない…。

■ 「それはすごい!」

帰りは仲良く、登山道を下った。二人ともプレッシャーから解放され、のんびりしていた。最後は竹林で、登山道を外して、適当に林道へ。帰りの林道も絶景だった。

帰りに、旨いと噂の鶏の南蛮だっけ?そういうものを道の駅で食べた。ランチの時間は終わりそうなギリギリの時間だった。

少し運転を交代したが、そのときも、このルートで受け取ったメッセージを昇華中で、少しぼうっとして考え事に頭が向かってしまい、運転があぶなっかしい…。

帰って、最近の師匠さん、キーボウさんに報告したら、「素晴らしいルートだったでしょう!」という答えだった。

素晴らしいルートだったのか?

それは、今もってよくわからない。分かるのは、あとで庵に行ったとき、比叡ではどこを登ったのと聞かれ、このルートをセカンドでも登ったと言えば、「それはすごい」と返されるってことだ。(ベテランの人たちも正常な判断ができていない)

もしかすると、ここはボルトを打ち替えたいのに、皆が年を取ってしまって、打ち換えられなくなっているのかもしれない。そのため、フリーソロするくらいの気合が必要なのだろう。そのことを地元は知っているが、来訪者は無知だ。

しかし、すごいという評価は間違っている。

それに、セカンドは基本的な知識があれば、スリングを2本持ってさえいれば、基本的にどこでも登れる。庵の人たちはそれを理解していないのかもしれない。

私はここをセカンドで登ったと”セカンドで”を強調しているが、庵では誰も意味を理解しようとしないようだ。クライマーはどんなに登攀力が低くても、セカンドなら、エイド交じりで、別にどこでも行ける。だから、セカンドで登ったルートは自分のルートではない。リードで登った山が自分の山だ。トップですらエイドを出して登れるようなルートがある。

というより、このボルトがプアなルートを行くか?ということなのだろうか?

■ もう登った

いつも都合よく自分が登りたいときに、最適なパートナーがいるわけではない。誰か行ってくれないかな~と思ったときに、「もう登った」と言われるのが、悲しい…。のは、クライマーなら、だれでも経験があることだ。もう登ったからって行かないの?って思うが、まぁ大抵はそうだ。(反省点としては、憐憫の感情を持たないこと)

今回の白亜スラブは、大体の強いクライマーは、”もう登った~”なんだろう。それで、お鉢が回ってきて、私も登ることになったが、私のクライミングではないし、”もう登った”ということにはならない内容だ。

しかも、もう一度行くということは、そうそうありそうでない。自分のリードで、ここに行くということは、おそらく未来永劫ないだろう。

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