■個人特性とクライミング指導法
1)指導に際して、まず対象者の特性をいろいろな側面から把握しておかなければならない。
- 技能レベル
- 体力
- 運動能力
- リスク管理でのレディネス
- パーソナリティ
- 目的
- 興味や関心の度合い
2)指導目標や課題を設定し、整理・配列する必要がある。(事例https://allnevery.blogspot.com/2023/02/blog-post_51.html)
3)指導中に何度も方向修正する必要がある。
■ 指導形態
- 岩登り講習会(一斉指導)
- 山岳会の日常クライミング(グループ指導)
- 師弟関係でのクライミング(ペアに対する個別指導)
- 相方と登る(ペア)
特定の指導形態に偏らないほうが予後が良い。師弟関係のみ、あるいは山岳会だけなど、狭い社会内でのクライミングしか知らない場合、極端な組織カラーに適応してしまっている場合がある。 例えば、5.9でブイブイ言わせる、など。
海外でのクライミングを含め、できるだけ多くのクライミングの機会に触れ、偏らないで登るほうが、視野を広く持て、極端な考えを持たないで済む。
指導者に対して人数が多ければ、それだけ、リスクの管理が疎かになることが多いので、ガイドレシオを参考に、あまり多くの場合は避けるべきである。
またクライミングの場合は、個人指導を受ける場合、パートナーと二人一組で受ける、ということが、指導内容の共有もでき、復習もできるため、早期の自立につながる。(例:一度リーダーにマルチに連れて行ってもらったら、その後2名で同じルートを復習に行く)
指導者は個人の特性を考えて、人工壁での課題のグレード設定、練習時間、を設定すべきだが、基本的に多数派に合わせざるをえないので、 メインストリームからズレる、子供、女性、高齢者の場合は、別の場を設けるほうが実りが多いかもしれない。
昨今クライマーの多数派は、20~30代の成人男性で占められており、それに合わせると健康が損なわれるとなれば、本末転倒だからである。子供、女性、高齢者の低体力なグループの習得戦略は、主に、短時間頻回である。メインストリームの男性は、長時間高強度が戦略になる。疲れてきてやっとムーブの習得に進むことになるためだ。
■ 個人差に応じた指導法
1)登れても降りれない… 下降は、もっとも基本的な習得技術
言うまでもないことだが、登ったら、降りなければならない。
このことは、文字に書いてみると、あまりにも当然であり、言語化すべきことではないようであるが…実際には岩場で起こっているヒヤリハットの9割は、登っても降りる技術を用意して来なかったことによる。(事例:比叡)
したがって、レベルに関係なく、登った後に降りる技術は、クライマーはすべからく全員が習得していなくてはならない。
主たる降りる技術は以下である。
- 懸垂下降
- ローワーダウン(ATC もしくはグリグリ)
- ジャンプオフ(ランディング)
- クライムダウン
これら4つの技術をマスターした後に登る、という意識的な技術習得が必要である。特に懸垂下降は失敗が許されない技術として知られている。
個人的に子供に教える際に成功した下降技術の伝達方法は
グリグリで自己ローワーダウンを習得した後、ビレイヤーによるローワーダウンを行う方法である。グリグリによる自己ローワーダウン時には、ノットを地上2mくらいに結んで万が一、滑り出してもそこで止まるようにしておく。この場合のノットは、バルキーであれば何でも良い。
2)技能レベル(グレード)
一般にフリークライミングといえるグレードは、外岩の場合、5.9からである。ゆとりを見て、5.8が入門グレードとされている。
現代の入門者でいきなり外岩に行く人は、あまり多くない。1:9くらいであろうか?
登山からスタートし、平坦地から、傾斜が加わって、徐々に壁になっていく、という成長の仕方を辿った入門者の場合、すでに手、足、足の3点支持、は、山歩きで身についている場合が多い(正体)。その場合、人工壁では薄被りを登らせ、側体(フリ、ツイスト)の習得、2点支持の習得、が、まずは第一の課題になる。
一方、現代のクライマー初心者の9割を占めるインドア・ボルダリングジムでの入門者の場合、楽しんで登らせ、インドアジムグレードで5級が、ほぼ落ちずに登れるようになった頃合いが、外岩で5.9が、おそらく怖がらずに登れるだろうと想定できる登攀力の目安になる。
3)ビレイ習得
したがって、これらの段階でビレイを習得しなくてはならない。
週2回で半年がビレイ習得の目安となる。
もちろん、外ボルダーでランディングの危険認知ができている場合、もっと低いグレードから外岩に触らせても構わない。むしろ、アウトドアでのリスク認知にとっては、より良い結果をもたらす。外ボルダリングでの主たるリスク要因は、ランディングであるので、登れても降りれない状態になる前に、リスクを認知させるのが大事だ。マットの隙間に降りるという事故がとても多い。
5)グレードでグループ分けすることに意味が薄くなってきている
現代では、登攀グレード(段級やデシマル)で初級、中級と分けたり、経験年数の長さで分けたりすることに意味がなくなってきている。
何ができれば初級者で、何ができれば中級者と言われるべきか?というのは、上級クライマーによる精査が必要な段階になってきている。
例としては、5.13が登れるクライマーでも5.8のワイドやスラブなどで落ちて死ぬ、などの事故事例が国内・海外問わず起こっており、グレードと実際の岩場で必要になる技能の内容が開きすぎている。
5-2)技術レベル区分 (案)
入門者 : 自立的な自己完結したクライミングがまだできない、上級者の監視が必要な状態 自分では登る課題を選ぶことができない。
初級者 : ギアの不足などもなく、事故らず、クライミングがグループで実践できる状態
中級者 : なんとか自分と同レベルのクライマーとなら、行って帰ってこれる状態
上級者 : 難しい登攀にチャレンジしても自分の命を確実に守って帰ってこれる状態
ベテラン : かなりのピンチに追い込まれても確実な判断ができ、指導も可能なレベル
熟達者 : クライミングに創造性を与えることができる
6)危険認知力というレディネスを高める
クライミングは、危険を伴うエクストリームスポーツであるため、運動そのものに対する適正はもとより、危険認知力を適切に見極めて、適切な指導を行うことが大事である。
特に、クライミングの初期に、命知らずな行為を称える思想を矯正されないと、初歩の段階で命を失ったり、クライマー生命を損ねたりすることになる。例として、涸沢岳西尾根での滑落死、など。
指導者の利己的な目的達成のために、トレーニングされると、グレード至上主義となり、矯正されない限り、排他的で、協調性や思いやりに欠け、攻撃的、情緒不安定、自己中心的な人間を作ってしまうことにもなる。特に、中学生、高校生を指導する場合、円満な人格形成の弊害になるような指導は、避けられなければならない。
成人クライマーの場合も、同様の問題が起こりうるので、クライミングの基本的なリスク管理への態度を文化面、倫理面で教える活動は、クライマー人口が増えた今後、より重要だと思われる。
本来、偉大な記録を残すかもしれない将来のある若者が、些細なミスで、クライミング人生の初期に死んでしまっては、クライミング界の振興はありえないからである。
この分野では対応が非常に遅れており、毎年、死ななくても済んだと思われる事故が報告されている。(例:学習院大学阿弥陀北陵)
命を粗末にする思想ではなく、偉大な冒険、偉大な記録は、どのような努力、どのような緻密なリスク計算から生まれたのか?を語るべきである。
事例としては、敗退計画なしのマルチピッチなどの失敗事例(白亜スラブ)を交え、失敗集として過去の事故事例を読み解くことで、より良いクライミング計画が立てられるようになる。
先人の残した遺産を活用すべきである。海外では事故報告書をまとめた書籍も出版されている。(AAC: https://amzn.to/3Ip5TSr)
一流クライマーとのディスカッション形式での学習で、偉大なクライマーの思想を伝達できるものと思われる。