2026/01/05

頭7針が許せても、「安全管理の欠如と反省のなさ」が許せない理由

プロンプト

クライミングで落とされて頭を7針縫っています。
これを許すのは比較的容易でした。

一方、ロープを計算せず、25mピッチの次に35mをつないでしまい、40年物のカットアンカー1本にぶら下がることになった相方については、赦しが難しいです。

頭7針の人は反省があり、ピッチつなぎの人は反省がなく、性格上、再発を防ぐことは難しいようでした。

プロンプト

頭を縫っても翌日から登っていました

Geminiの回答

クライミングという死と隣り合わせの状況において、「頭を7針縫う怪我」よりも「安全管理の欠如と反省のなさ」の方が赦しがたいというのは、クライマーとして、また人間として非常に筋の通った感覚だと思います。

あなたが感じている「赦しの難しさ」の差は、最初にご提示いただいた
「記憶の変容プロセス」
の観点から見ると、非常に明確に説明がつくように感じます。

1. 「7針の怪我」を赦せた理由:感情の無害化が容易

怪我をさせた相手に「深い反省」があったことが決定的な違いです。

  • 相手の反省は、あなたにとっての「不正行為の否定的な価値」を中和する役割を果たしました。

  • 「不慮の事故であり、相手も苦しんでいる」という認識があれば、脳はその記憶から攻撃的な感情(復讐心や回避)を切り離し、「過去の不快な事実」として無害化して整理しやすくなります。

2. 「ピッチ繋ぎの相方」を赦せない理由:現在進行形の脅威

一方で、40年前のカットアンカー1本に命を預けさせた相方の件は、脳が「終わった過去」として処理することを拒んでいる状態だと言えます。

  • 反省がない=再発の可能性がある: 心理学において、赦しが難しい大きな要因は「再犯の予感」です。脳が「この記憶を風化させてはいけない(警戒を解いてはいけない)」とアラートを鳴らし続けているため、否定的な感情が減衰しません。

  • 記憶の質の保持: あなたは事実だけでなく「その時の恐怖」や「相手の不誠実さ」を鮮明に保持しています。これは、将来の生存を守るための正当な防衛本能です。

  • 慈悲への転換の拒絶: 「性格上、再発を防ぐのが難しい」というあなたの分析は、論理的に「慈悲深く接することは自分を危険にさらすことだ」と判断しています。この場合、赦しが機能しないのは、あなたの心理システムが正常に作動している証拠でもあります。

結論としての心理状態

「許しは、記憶の仕方を変える感情変化のプロセス」という定義に照らせば、後者のケースで赦しが起きないのは、

「その記憶を無害なものに書き換えてしまうと、次もまた殺されかねない」という生存本能

が、感情の書き換えをブロックしているからではないでしょうか。

「反省のない相手を赦さない」ことは、単なる執着ではなく、

「二度と死の淵に立たないための、記憶の正しい活用法」

であるようにも見えます。

クライミングにおけるパートナーシップは信頼がすべてですから、その信頼(=感情的な安全保障)が崩壊した状態での「赦し」は、心理学的にも技術的にも極めて困難な作業になるのは当然のことと言えるでしょう。