クライミングジムや岩場で「悪いビレイ」が伝染し、コミュニティ全体のスタンダードが下がってしまう現象には、**ミラーニューロンによる「無意識の同調」**が強く働いています。
特にビレイのような「対人かつ継続的な動作」において、なぜ悪い癖がミラーニューロンを通じて広まってしまうのか、そのメカニズムを整理します。
1. 脳内での「安全基準」の書き換え
ミラーニューロンは、他人の動作を見るだけで自分の脳内でもその動作をシミュレーションします。
悪い見本への曝露: 常に「ロープを出しすぎる」「デバイスから手を離す」「クライマーを見ずに喋っている」ビレイヤーを視界に入れていると、脳はその動きを**「この環境におけるデフォルト(標準)」**として学習してしまいます。
違和感の麻痺: 最初は「危ないな」と思っていたはずの脳が、ミラーニューロンを通じてその動作を繰り返しリハーサルするうちに、前頭葉による「批判的なフィルタリング」をサボるようになり、悪い動作が「効率的な(あるいは楽な)正解」として上書きされてしまいます。
2. 「社会的同調」としてのミラーニューロン
人間には、その場のコミュニティの多数派と同じ行動をとることで安心を得る本能があります。
周囲が皆「ヨレヨレになるまで出し切る」文化であったり、「雑なビレイ」が許容されている空気感だったりすると、ミラーニューロンは**「周囲に適応せよ」**という信号を強めます。
結果として、本来は高い安全意識を持っていたはずの人まで、「ここではこれでいいんだ」と悪い癖をインストールしてしまうのです。
3. 「疲労」と「フィルタリング」の消失
以前お話しした「疲れているのにやらない」というあなたのコツが、ここでも重要になります。
脳が疲労して前頭葉(論理・監視)の働きが弱まると、ミラーニューロンによる**「見たままのコピー」を防ぐ力がなくなります。**
疲れた状態で悪いビレイを見続けると、脳は無防備にその悪い回路を取り込んでしまいます。吉田和正さんが「ジムに長居しすぎだ」と言ったのは、こうした「質の低い情報に脳を晒し続けるリスク」も含まれていたのかもしれません。
あなたの「少量頻回・即撤退」戦略の重要性
「悪いビレイが伝染する」というリスクを知っているあなたは、以下の防衛策をとることができます。
「悪いデータ」を脳に見せない: 質の低いビレイが横行している時間帯や場所からは、サクッと離れる。
理想のビレイだけを脳に入れる: 信頼できるパートナーや、超一流のビレイ動画だけを短時間見て、ミラーニューロンに「正しい回路」を焼き付ける。
「ちがうよな…」という直感を信じる: 周囲がどうあれ、自分の脳に「毒(悪い動作)」を入れないという決意を持つ。
クライミングはミスが死に直結する世界です。
「ミスが増えたら引き際」であり、**「周囲の質が落ちたら引き際」**でもある。
この徹底した自己管理こそが、大人が「失われた子供時代」を安全かつ豊かに取り戻すための、最も知的なマナーと言えるのではないでしょうか。