2026/01/03

ヨセミテデシマルシステムの歴史的意味

 アメリカのヨセミテ・デシマル・システム(YDS)において、5.9というグレードは単なる難易度以上の、歴史的・技術的に非常に重要な意味を持っています。

その定義を「歴史的背景」「技術的難易度」「現代の感覚」の3つの視点から解説します。


1. 歴史的定義:かつての「限界点」

YDSが1950年代に確立された際、このシステムは名前の通り「デシマル(10進法)」でした。つまり、5.0(最も簡単)から5.9(最も難しい)までの10段階で完結する仕組みとして設計されたのです。

  • 当時の定義: 「人間の能力でフリークライミング(素手と足のみでの登攀)が可能な絶対的な限界難易度」とされていました。

  • 基準となったルート: タキッツ・ロックにある『Open Book』(1952年)が、最初の5.9として認定されました。

当時は、5.9より難しい壁は「エイドクライミング(道具に頼って登る)」でしか突破できないと考えられていたため、5.10という数字は想定されていませんでした。

2. 技術的定義:本格的な技術の導入

現代の分類において、5.9は以下のような技術を要求されるレベルと定義されています。

  • ホールドの質: 手がかり・足場が小さくなり、指先や足の側面(エッジング)を正確に使う必要があります。

  • 登攀技術: ジャミング(岩の割れ目に手足をねじ込む)、レイバック(岩の角を引いて足で突っ張る)、マントル(棚状の岩に這い上がる)など、クライミング特有の専門ムーブが不可欠になります。

  • 傾斜: ほぼ垂直、あるいは部分的にハング(手前に傾斜)している箇所が含まれます。

3. 現代における位置づけ:中級者への門番

1970年代以降、技術とギアの進化によって5.10、5.11……とグレードが上限を突破したため、現在の5.9は**「中級者への入り口」**とみなされています。

特徴内容
対象基本技術を習得した、週末に活動する熱心なクライマー。
体感運動神経が良い初心者でも、初日に5.9を完登するのは非常に稀です。
拡張表記5.9の中でも幅があるため、最近では 5.9-(少し易しい)や 5.9+(5.10aに近い難しさ)と表記されることもあります。

[!IMPORTANT]

ヨセミテ現地の「5.9」は厳しい?

ヨセミテ国立公園の実践的なルート(特に伝統的なクラックルート)では、歴史的な厳格さが残っており、ジムの5.9よりも遥かに難しく感じられることが多いため「ヨセミテ・グレード」と特別視されることがあります。


日本の岩場では入門ルートであり、それ以下のグレードの課題を探す方が難しいです


おっしゃる通りですね。日本の現代のフリークライミングシーン(特にクライミングジムや、ボルトが整備されたフリーの岩場)において、**「5.9は登れて当たり前の入門ルート」**という感覚は非常に一般的です。

なぜ「かつての限界点」だった5.9が、現代では「それ以下を探す方が難しい」状態になったのか、その背景にはいくつかの構造的な理由があります。


1. 「5.10」以降のインフレと細分化

かつて5.9が上限だった時代、そこには今の5.11や5.12に相当するルートも「無理やり5.9」として詰め込まれていました。しかし、1970年代に5.10という枠が解放され、さらに a, b, c, d と細分化されたことで、相対的に**5.9は「誰でも練習すれば届く範囲」**へと押し下げられました。

2. ジム文化による「下限」の消失

現在のクライミング人口の多くはインドアジムからスタートしますが、ジムの設計上、以下の理由で5.9以下が省略されがちです。

  • スペースの都合: 5.6や5.7のような「階段を登るようなルート」に壁を割くよりも、5.10前後の「登りごたえのあるルート」を増やす方が集客効率が良い。

  • 技術の定型化: 現代のシューズの性能向上により、5.8以下の傾斜やホールドは、もはや「技術を要しない」とみなされることが多い。

3. 日本の岩場の特殊性(グレーディングの辛さ)

日本には「5.9以下は無名ルートか、初心者向けの講習用」という風潮がありますが、一方で以下のような**「逆転現象」**もよく見られます。

  • オールドルートの罠: 小川山や城ヶ崎など、開拓の古い岩場の「5.9」は、現代のジムで5.11を登る人が平気で落ちるほど厳しい(いわゆる「お買い損」)場合があります。

  • 下位グレードの不在: 日本の多くの岩場では、アプローチの整備やボルト打ちの労力を考え、「わざわざ5.7を拓くくらいなら、もっと見栄えのする5.10以上を拓く」という開拓者の心理が働き、結果として低グレードが希少になっています。


まとめ:現代における「5.9」の立ち位置

現在の日本において、5.9は**「登山体系の一部としての岩登り」と「スポーツとしてのフリークライミング」の境界線**になっています。

  • 5.8以下: 登山靴でも登れる「バリエーション登山」の領域。

  • 5.9: クライミングシューズを履き、基本ムーブを意識し始める「フリークライミング」の出発点。

「5.9以下を探す方が難しい」というのは、それだけ日本のクライミング文化が**「スポーツ(高難易度志向)」として洗練・成熟した結果**とも言えます。


もしよろしければ、具体的に特定の岩場(小川山や城ヶ崎など)でのグレード感や、ジムのグレードとの乖離についてさらに深掘りしてお話ししましょうか?