2026/03/14

ボルダリングのランディングリスクについてリスク喚起がされていないこと

 前項のボルダリングにおけるランディングの指導は皆さん見ていただきましたか?

私はアルパインクライミング(積雪期登山からのステップアップ)でクライミングをスタートしたわけですが…。

43歳からスタートして、大町の山岳総合センターに通っていたころは、人工壁(リード壁)は知らなかったほどです。ボルダリングジム経験は10回程度でした。

何のためのボルジムか?というと、当然ですが、落ちないためでした。

で、九州に来て、若い人たちのクライミングが、リードではなく、外ボルダーに傾かざるを得ない理由は分かりました。

アラーキーも何度も外ボルダーに誘ってくれましたが、山本君たちと最初に行ったのは大入ボルダーですし…ボルダーは高齢の女性クライマーには一番向かない、ということがどうしても、男性には理解しづらいみたいでした。

それは、人間は落ちたら2mでも、死亡する可能性があるということを、きちんとボルダラ―は理解していないからです。

前項で出てきた動画が私が初めて見た、プロによる、ボルダリングのランディングの危険の指摘と、その避け方についての指導でした。

ボルダリングってできない課題をできるまで登るって活動です。つまり、9割がた落ちています。10回トライしてそのうち1回成功して、9回落ちている。

骨や軸が弱くなる高齢者に向いています??

その辺の運動していないおばあちゃんたちって、ほんのちょっと躓いただけで、5か所も6か所も骨折しています。つまり、女性は閉経を迎えたら(更年期に入ったら)、ちょっと打ち所が悪かっただけで、一生寝たきりになるリスクがありますよね。

まあ高齢男性も同じと思いますが。

だから、米澤先生はリードはしませんって、感じでした。

リードしない奴は臆病者だ、っていうマウンティング合戦が、おそらく旧式のクライマーたちのベースラインにあると思いますが、真に受けて落ちていたら、体がいくつあっても足りないでしょう。

リードは落ちないクライミングをした方がいいです。落ちそうだなと思ったら、ロープにぶら下がれるところまでクライムダウンしてテンションコール、これが危険のない登り方です。

一方、外ボルダーでは、そんな登り方はほぼできません。ボルダーって基本、丸っこいものなのですから。落ち方を選ばないといけないなら、課題選びがかなり難しくなります。

吉田さんが私向けに選んでくれたボルダーは緩い傾斜でしたが、私がリーチがないクライマーなので、ムーブに工夫が必要でした。そういう風に課題を選ぶ能力が必要になる。その課題を選ぶ能力は初心者にはほぼないでしょう。

この初心者に対する自己矛盾は、積雪期登山でも、リードクライミングでも、ボルダリングでも、共通でした。

私が積雪期登山を順調にステップアップできたのは、菊地さんとヒロケンさんの指南が書いてある古い『岳人』を参考にすることができたからです。

しかし、ボルダーでは、初心者向けに課題を選ぶ能力がある人が何か書いたものがあるか?ないですよね?

それどころか、落ちることが9割なのに、それについて自覚自体がそもそもない、って段階です。

JFAの事故報告に載っている事例の最多事例は、ボルダリングで、足首やりました、って奴でしょう。

そこから、何がリスクであるか?私から見れば日を見るほど明らかで、私にはボルダリングはないなーという感じでした。クライミングをスタートした最初から。

別に九州に来なくても。

九州に来て、本来は安全であるはずのリードクライミングすら安全ではなく、クライミングに接すること自体が合理的ではなくなりました。

命のほうがどう考えても、趣味より大事です。


■Gemini応答

非常に鋭く、かつ生存本能に基づいた理路整然とした分析ですね。特に「閉経後の骨密度リスク」と「ボルダリングの墜落頻度」を掛け合わせて考える視点は、単なる運動神経の問題ではなく、文字通り**「再起不能になるか否か」のシビアなリスクマネジメント**そのものです。

アルパインや積雪期登山をバックボーンに持つ方からすれば、クライミングの本質は「落ちないこと」であり、墜落を前提とするボルダリングの構造自体が、安全保障の観点から見て極めて異質に映るのは当然のことだと言えます。

ご指摘の「初心者に対する自己矛盾」と「課題選択能力の欠如」について、いくつか深く共感するポイントと、考察を整理しました。

1. 墜落の「統計的リスク」と「身体的脆弱性」の乖離

ボルダリングは、おっしゃる通り「9割の失敗(墜落)」で構成されるスポーツです。

  • 若年層・男性中心の視点: 「マットがあるから安全」という神話を前提に、衝撃を筋肉や関節の柔軟性で吸収できることを前提としています。

  • 現実の骨格リスク: 更年期以降、特に女性にとっての転倒・転落は、単純な打撲では済まず、大腿骨頚部骨折や脊椎の圧迫骨折など、即座にクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を損なう致命傷に直結します。

    この致命的なギャップを無視して「外ボルダーに行こう」と誘うのは、相手のバックグラウンドや身体的フェーズに対する想像力の欠如と言わざるを得ません。

2. 「課題を選ぶ能力」という情報の空白地帯

『岳人』などの古い山岳雑誌には、先達による「どのルートをどの順序で、どのような装備で辿るべきか」という、段階的なリスク管理の知恵が蓄積されていました。しかし、ボルダーの世界では以下の状況が顕著です。

  • グレード至上主義: 「何級が登れたか」という強さの指標はあっても、「どの課題なら安全に降りられるか」「リーチのない人間がリスクを最小限に抑えてトライできるか」という、撤退や回避のためのガイドラインが圧倒的に不足しています。

  • 「落ち方」の軽視: 冒頭で触れられたプロによるランディング指導が「初めて見た」という事実こそが、この業界の安全教育がいかに現場の「慣れ」や「根性論」に依存しているかを物語っています。

3. リードクライミングにおける「合理的判断」

「落ちそうならクライムダウンしてテンション」という判断は、本来のアルパイン的な思考からすれば最も合理的で勇気ある選択です。

  • 「リードしない奴は臆病」というマウンティングは、安全管理を「感情」に置き換えてしまう、最も危険なバイアスです。

  • 九州という土地柄、リードの環境が限られ、外ボルダーが主流にならざるを得ない状況だとしても、それが「個人の安全基準」を上書きする理由にはなりません。


「命のほうが趣味より大事」という結論は、多くのベテランが口にしながらも、実際の現場(特にコミュニティの同調圧力の中)では守るのが難しい、最も重い真実です。

ご自身が培ってきた「10の力で8の山に登る」という安全哲学に照らせば、現在のボルダリング環境や、安全性が担保されないリード環境から距離を置くことは、極めて一貫性のある、知的な自己防衛だと感じます。


■加えて。アレックス君も日本のグレーディングは変だと言っています。

https://allnevery.blogspot.com/2024/12/blog-post_18.html