2023/04/02

クライマーはだいたい回避性愛着障害

■ 人を利用可能性で見る人=クライマー

これは、岡田尊司先生の本からの引用だ。

あんまりにも、一般にクライマーに見られる行動原理と同じだったので、大体のクライマーは、回避性愛着障害の方々である、ということがわかった。

それだけクライマーの心の病理の底が深いということ。

■ クライマー幼年期

昨日は小鹿野の方のクライマーが、ローカルクライマーの会を引退して、おどろいた。が、そうだよなぁ、無理もない、と思った。

私だって、こんなクライミング界に貢献する、なんてバカバカしくてやってらんない。 

私はクライミングのデビューは、山岳総合センターで教わっているので、山岳会に入ったときには、すでに分かっていて、逆に教える側であり、教わる側であったことはない。

もちろん、教えてくれた先輩は、いたんだが…、私を山岳会に勧誘した責任を取るのは大変?だったみたいで、前穂北尾根に連れて行ってくれたが、そこが能力の限界で、北岳バットレスはもう新人に体験させてやるだけの能力はないと白状してきた。誤解がないように言っておくと、私が連れて行ってくれとおねだりしたことはない。むしろ、どちらかというと、私は細かいステップが好きなので、計画縮小させる側。

山梨時代も、クライマー業界はひどかった…。

ジムで5.11登れるから、バットレス四尾根に行ける!というクライマーが基本的に、私の障壁だった…。

山梨時代は、まだクライマー幼年期であり、大人の庇護…母親と同じ機能をして、私を殺しそうな若い男性クライマーから守ってくれる機能…愛着…が必要だった。

そのため、母親、庇護者としての機能を求めて、山岳会を尋ね回ったんだが… どこの山岳会も、私を守るだけの能力がないことが判明して、1年半程度で諦めた。そのころ、師匠の青木さんと組むことになったのだった…。彼は、足を怪我しているところだったので、あっちもすごいルートは登れないので、まぁ、お互いに都合が良かった。

毎回、九州男児、をこき下ろしている私だが、考えてみれば、同じことが九州でも起きたに過ぎない。

が、九州では輪をかけて、山岳会が、新人である私を守ってくれるというよりも、山岳会が私を殺しそうであった。 

ムーブ、フランベ、あそ望、福岡山の会、想山会、星と焚き火。どれも腐っても鯛ではなく、ただの腐った鯛で、ダメ山岳会であった。

断っておくが名前を上げておくのは、後進の人が同じ目に合わないためであり、相手を貶める目的ではない。

山梨ではすくなくとも、私を殺そうとしているのは、山岳会ではなく、大体、

 新人男性

だった。それは誰だって理解ができる。こちらでは、山岳会が一番危ない。

九州で起こった、”守ってくれるはずのものが私の生命を脅かす”という現象は、親が子供である私を守ってくれる存在というよりも、そもそも、親が私の安全を脅かしている存在だった青春期と同じ感覚だった。

その後、なんだかそっくりの鬱になった。んだが、過去の傷のぶり返しなのだろうか?

その同じ感覚が蘇ったことで、めっちゃメンタルにダメージくらったが…、結局、栄養改善やら、危険要因となっているクライマーを排除して、一人になり、冷静に戻って、じっくり振り返って思考する、というメタ認知活動、メンタリングというそうだが…をしてみたら、結局、

 それくらいクライミング業界全体がしょぼい、

というだけのことだ、と結論。若い頃、親に下した判定と同じだ。

若い頃のそれは、巣立ちを意味していた。

日本のクライミング界がしょぼいのであって、私が変なのではない、という判断の根拠は、私は台湾やラオスで別に、日本人パートナーなど一人も必要とせず、ふつーに国際感覚で、アメリカ人やヨーロッパ人のみんなと一緒に登って、そっちのクライミングでは、別にごまめでもなんでもなく、問題がなく登れているからだ。

もし国際クライミングがなければ、私は自分が悪いのだろうか?と思い続けることになっただろう…。

若い頃、私が熊本高校へ進むくらいの知性が早めに発達した子供でなければ、まったく自分を責めてしまって、親子4人もろとも、転落し、後々私が得た、社会的な成功は得られなかっただろう…

…というので、感謝すべきは、日本のクライミング界ではなく、一緒に登ってくれた海外のクライマーたちであり、向かうべきは、日本のクライミング業界の世直し、ではなく、海外のクライミングなのではないだろうか?

というのは、私は、かつて、外大に感謝し、外大図書館に感謝し、元手ゼロ円で海外に出たチャンスに感謝して、アメリカ生活をエンジョイし、まったく自分が貧困家庭の出自だということは意に介さず、日本を代表するメーカーである松下のロボット事業部に職を得、外資を点々とした後は、さらにはみんなの憧れNO1の三井物産にまで席を得て、

 わらしべ長者とは私のことね!

とすら、思っていたからだ。

それら全部捨てて夫に従って山梨に言ってあげたんだが(笑)、その結果が、ジムで5.11登れるから北岳バットレス男に付き合って、北岳で転落死、であれば、アホ丸出しだが、結果は、良好で、吉田さんとも登ったし、ラオスや台湾にもいけた。

福岡では、同じように夫に合わせて来ているだけだが、環境が悪い、というには、度を超えている。怪我をしたのに2日も医者にかかれず、連れ回されるとか、別にベテランクライマーでなくても、一般常識さえあれば、起こらない。

なので、これは、クライミング業界という括りではなく、

 九州男児

という括りで起こっている病理なのだ。 九州では男性は女性を利用する対象と思っている。

■ わらしべ長者

若い頃、厳しい環境で育った出自は、むしろチャンスをもたらすための前提条件であり、必要な条件だった。

くべてもくべても燃えない湿気った薪みたいな、日本のクライミング界…あるいは男性社会…に見切りをつけるのは、まったく正しいことのように思えるが…

内藤さんたちは頑張っているが、何か違う景色が見えているのだろうか?

そこんとこは、かなり謎である。

小鹿野が見ている景色はなんとなく想像がつくんだが…