本州のクライマーは、アックスでアイスとミックスになったクラックを登るんですけど…足元は、フルーツブーツで…
九州では、
アイスクライミングはゲテモノ、
さらにドライツーリングはゲテモノ、
さらに、ドライをやらないからミックスをやらない、
という理由で
冬壁は一生大山北壁年一回
から出れないという話なんではないですかね?
まぁ、九州は寒くないのが、気候的な制限なので、
ボルダリング
×
川遊び
で頑張るのが、気候に即した自然遊び、のような気がします。
本州のクライマーは、アックスでアイスとミックスになったクラックを登るんですけど…足元は、フルーツブーツで…
九州では、
アイスクライミングはゲテモノ、
さらにドライツーリングはゲテモノ、
さらに、ドライをやらないからミックスをやらない、
という理由で
冬壁は一生大山北壁年一回
から出れないという話なんではないですかね?
まぁ、九州は寒くないのが、気候的な制限なので、
ボルダリング
×
川遊び
で頑張るのが、気候に即した自然遊び、のような気がします。
■ 山野井さん×福岡山フェスタ
数日前に知ったのですが、今日は福岡山フェスタでした…
福岡に来て初年度は、福岡の山事情を知ろうというので、私も、海外登山研究報告会みたいなのに出たりしたんですが…
その時の講演者が、南谷真鈴さんとか…、全然山ヤじゃないじゃんか!と腹が立ち、福岡の人は何にも分かっていないなーと思ったんですよね…
しかも、その時の報告が、マッターホルンヘルンリ稜敗退記で、がっかりしたんですよね…。なんで現代の若者が、ヘルンリ稜? こんなの、行くくらいなら、普通に中崎尾根でも行けばいいのに…と思ったりしたのでした。
そんなこんなで行かなくなった山フェスタ…素人さんのお祭り…という悪口を書いたせいか(笑)?今年のゲストは、泣く子も黙る山野井さんでした…。
実は、私は今年は、小屋に2か月ほど詰めるのですが…久しぶりに、私の大型ザックを出してみると、内張がポロポロと外れてきたので、これは…(汗)と買いなおしを迫られ、それでザックを選びに山道具屋へ行ったことで、今回のフェスタ開催を教わりました。
■ 相変わらず、”山ヤ”も”クライマー”も、おらず、登山客しか来ていないようだったが…
宝満山は良い山だし、岩場もあるが、と言っても、エイドで登りましょう、みたいなのが九州のアルパインクライミングだし、宝満の登山者の99%は、一般登山”客”。
で、それを反映しているかのような聴衆だと思われた。
もちろん、私がそう思っただけで、本格山仕様の人もいるのかもしれません…めちゃデカいザックを背負った若い兄ちゃんを一人見ましたので。
でも、ここでデカいザックを背負う必要はないので、何かのアピールとしか思えないしなぁ…。
よほど、暇でないと普通はクライマーは、こういう山フェスとか来ませんよね…
私は、山野井さんにお礼が言いたかったので、今回その機会が持てたのは、まさに神の采配!と思いました。
■ スティーブの件
実は、以前、UIAAのスティーブ・ロング氏が日本を訪ねてきたときに、知人伝いに、ご対応いただいて…。
お世話になったので、お礼は言わなくては…!と思っていました。
今日は、直接会うのは無理かなと、あきらめかけたときに、トイレに行く途中で、山野井さんとすれ違ったので、お礼を言う機会が持てました。
他の方はファンとして、行列に並んでいたので…。並ばず、お礼が言えて助かった…。
というのも、午前中、試験を受けて、ランチなしの足で向かったので、腹ペコで限界でした(笑)。
■ 山の価値観を伝えるのは難しい
しかし、福岡県民は、山野井さんの偉業は、たぶん、内容的なものは分からなかったと思います…
クライマー向けには話しておらず、山野井さん的には、写真と山人生を紹介するだけの、内容的には、軽い内容だったと思います…。
大きな声では言えないですが…、たぶん、詳しい話をしても、どうせ、この人たち、わかんないし、って感じだったのではないかと…。
■ 野田勝さんと山野井さんの違い
鹿島槍天狗尾根で亡くなった野田さんの笑顔の写真と動画があったのですが…彼と自分との違いは?という自問自答に、山野井さんが、山頂では、自分は緊張を緩めない、と言っていたので、だよなぁと思いました。
山を下りるまでが、山、と習いました。下山のほうが難しい、とも…。
降りるまで緊張を緩めない、そこが違い、とおっしゃっていて、かなり重要なポイントだと思ったけど、誰も分からなかったのではないかなぁ…
だって、プロセスはどうでもよく、ピークをゲットしたら、よっしゃ!ってのが最近の登り方ですもんね。
■ おじさんは何を象徴していたのか?
隣に座っているおじさんが、金山につながる登山道で花乱の滝コースっていうのがあるのですが、そこを推したので、「金山、山頂からは何も見えないですけど、良いコースですよね」と言ったら、おじさんが誤解し、
「山の初心者はピークから見える景色がないとか言うんだよ」
と、私、言われたんですよね…(笑)。
積雪期ガイドステージⅡ持ってるけどね… 山、初心者扱い(笑)。
そのあと、山野井さんのスライドショーで、ガンガン、山のピークから、大絶景が広がる写真ばかりがたくさん出てきました…(笑)。
あの景色をご褒美に頑張っているって話なんだもんねぇ…。
まぁいろいろな山があってよいと思います。私もいつもプロセスを楽しむタイプですし。
けど、ヒトを見た目で判断して、すぐ素人扱いするのは、どういう心の習慣なんでしょうかね?
で、そのおじさんに、「これ、八ヶ岳ですよ」とアイスクライミング中の写真を見せ、「これは岩登り中です」と、ラオスの登攀中の写真を見せたら、黙りました…。その後反撃され、携帯の画面がまぶしいと苦情を言われました…。そんな姑息な嫌がらせ、よく考えつくもんだ、と思いました。まさに、私がナルシストマグネットであることを自覚した瞬間でした。
その後おじさんは、山野井さんの話は聞かずに、ずっと私を責める言葉を頭の中で言い続けているんじゃないかなぁと思いました。山野井さんが話しているのに、寝てた…。
そのおじさんのおすすめルートは花乱の滝ルートで、私もそのルート好きですけど、山頂に景色がないのは、事実なので、その事実を指摘しただけで、”山初心者”、呼ばわり…。
こんなことを年配の人がしているから、若者が山からいなくなるんだろう…。
もう私も、山を教えるのはあきらめて、山野井さんみたいに、クールに着々と自分の山をやろう!と思いました。
上を見ても、下を見ても、がっかりするような人しかいないんだもん…
結論、これです(笑)。
■ アウトドアに来る人の期待値が、現実の山と大きくかけ離れている
先日は、初心者の30代男性3人と近所の裏山に行っていました。
山登りの際、私は、かれらに
自分で道を発見することの大事さ
を伝えようとしていたつもりでした。
しかし、ルートファインディングをすることの大事さや、逆に面白さが、理解されなかったんだなぁと感じることがあり…、どうも怖くて懲りたみたいです…、心外な思いをしました。
■ こんな小さな山で、”懲りる”、かぁ…
今回の山登りでは、期待値が違うのではないか?と最初から少し不安でした。
どうも、なんとなく、いわゆる、”お花畑”を想定していそうだったんですよね…。梅雨時だし、標高500mの里山って、暖かい九州ではなくて、本州でも、もう不快な時期で、普通は行かないよなぁ…。
でも、えり好みしても行くところないしなぁ。油山は、観光開発されて、お金儲けの山になりつつあります。
今回行ったのは、その裏。子供が自由自在に遊んでも、親が心配しないで良いような山です。規模が小さい。
山梨のふるさとの山、茅ヶ岳を長年ホームグランドの山にして、同じような読図山行を初心者のころたくさんしていましたが、それでも1700はあるし…は、小さい里山、っていっても、小ささのレベルが違いすぎますね、油山とは。
でも油山は米澤さんのおかげで岩場もあるし、沢もあり、一応、すべての要素が揃っている山です。ミニチュアで、こんなに揃っている場所は、なかなかないです。
今回、油山を読図で1尾根、尾根を拾い、下りは一般ルートを歩いてきただけですが、最後、上級向け一般ルート(300mの北上)を歩いただけで、
とても懲りた
と言われてしまいました…。
でも、山の難易度を下げるにしても、これ以上下げれないし、読図をするにも、これ以上小さくできない、小ささのレベル。しかも、公園で、最初に、道の見分け方まで、”予習”していったので、これ以上ないくらいの親切丁寧さ、レベルなんですよね…。
これで懲りるなら、もう、山の才能というか、そもそもアウトドアは全部だめな人なんでしょうかね…。
沢の水を触った手を、魚臭い、と言っていたことも驚きました。山に香水とか持ってこないでね~って感じかなぁ。それだけ、若い人が子供時代に、自然界で遊んでいない、ってことなんでしょう… 用水路とかでも遊ばなかったんですかね?
用水路などと比べると、上に人工物がない沢の水は、格段にきれいなのですが…。いや、あまりに自然界に、非自然的なものを期待して、当然視しているので驚きました。
あれかな? 自然を求めて、若い人が、人工の極みである”農業”に行ってしまったり、森林を求めて、”林業”に行ってしまって、むしろ自然破壊に汲みすることになってしまったり…という、そのパラドックスに気が付けていない状態なのかも?
本当の自然を知らなさすぎる、ということが問題なのかもしれません。
■ 自然を求めて、
私は、山登りは、ただのスポーツではなく、自分自身と向き合う貴重な時間、と考えています。
そのため、一つ一つのステップや景色を楽しみ、大切にすることを重視していました。
また、特に私の中で大切にしているのは、一番弱い人を大事にするという価値観です。
山登りの中でも、ペースが遅い人や体力がない人を気遣い、全員が楽しめるような環境を作ることが重要だと思っています。
■ オーダー
登山にはオーダーがあります。パーティで歩く場合の順番をオーダーと言います。
今回でいうと、一番強い人はAさんだったと思うのですが、Aさんが一番前を歩いてしまえば、その後ろの人は全員急いで歩かないといけなくなり、
足を置く場所を自分で選ぶ
という肝心のところができなくなります。急ぐといい加減なところに足を置くことになるからです。
大体、一番弱い人が2番目と決まっているので、ので、正しいオーダーは、
歩く順番
1)3番目に強い人が先頭
2)一番弱い人、
3)2番目に強い人、
4)一番強い人、
が良かったかなと思います。
一番弱い人の歩きが、だいぶ雑になっていたので…。疲れると、誰でも雑になるのですが、昨日聞いたところでは、男性たちにとって、体力的な問題は何ともなかったようなので、疲れではないと思います。
一番弱い人を置いて、先頭が、たったか歩くので…たぶん、早く帰りたい!という気持ちが働いたと思うのですが…、最後とても残念でした。
山で大事なのは、一番弱い人を中心に行動を組み立てることです。
私なんて、七倉沢の講習会では、男性は普通に雪道を歩いたのに、一人だけ歩きが強かったせいで、ラッセルさせられました(涙)、罰ゲームみたいでした。
■ 地図を持ってこない
あと、地図を持ち、事前に標高差と距離を知っておくことも徹底しないといけません。
最後の道は、登山道で、読図の必要はなく、山ヤだったら、適当に歩いて補正すれば、道に出る、を繰り返すだけで、特に不安はないです。
もちろん、みんなはまだ山ヤではなく、今からなるところだから、不安があったとしても、それが当然なのですが…。
でも、非難する(他責)のは間違っていると思う。自然界のほうがあっていて、自分の期待ほうが間違っている、というのが正しい認知だと思う。
距離的に近いことがあらかじめ、分かっており(地図を見れば300m)、単純に谷の内部を北上すれば、道に出る、ということが明らかな場所です。
逆に言えば、谷内部であれば、どこで遊んでもいい。わーい、となるはずなんだけど、ならなかったのは、残念だけど、まぁいいです。
でも、私を責めるのはおかしいと思うんだけどなぁ。
テント泊しようが、焚火しようが、ここではOKです。尾根では焚火は厳禁です。
さて、連れて行った男性3人は、不安だったそうです…。残念。
こここそが私的には、遊び放題の場所だったんだけどなぁ…。
工夫次第でいろいろ遊べるのが谷です。安全安心に遊べる谷を持つのは、なかなかない特権です。ここではないですが、伝丈沢ではだいぶ遊んだな。沢筋で、誰も来ない上、手が入っていなくて、燃やせる焚火材料に事欠かない…。
■ 不安に対する耐性が低い
彼らの不安は、知らなかったことによる不安でした。まぁ、初心者の時に、道迷いの恐怖を感じて、地図を持つことの大事さを知るのは良いことだと思います。
私も不安を克服するのに3年くらいかかったし。しかし、自分があっている!こんなところはひどい場所だ、という感覚はなかったです。なんせ、最初の沢は奥多摩の海沢で、今思うと、沢っていうより、水遊びな感じでした。
■ 一人に権限委譲しすぎる
多くの人が、パーティの中の1人が分かっているからいい、と考える傾向があることが分かった。
しかし、山に行く全員が、できないなら、できないなりに、地図を見ないといけないです。
その辺を共有したかったのですが、伝わらなかった…。
チームっていうのは、能力の凸凹であって、役割の凸凹はできるだけないほうがいいです。
リーダーを助けようという意識が大事で、リーダーを責めるってのは、自己責任の棚上げです。
■ 懲りるのは良いことですが、懲りて反省して対策を強化せず、ただ一般登山道だけを登るのでは、むしろ、後退‥‥
まぁ、怖いのは、初心者の時は仕方ないと思います。
しかし、この経験が教えてくれることは
1)地図を持つことの大事さ
2)標高差・距離をあらかじめ把握しておくことへの反省
3)コンパスを持つこと、
4)ヘッドライトを持つこと、
5)失敗から学ぶことの大事さ
…どれをとっても、この山行を失敗と位置付けるのは、間違っていると思います。なんせ、普通に帰ってきているから、誰も困っていないし。
どれも、登山で、基本中の基本で、基本のキができないまま、一般登山道を登り続けたい、しかも安全に…というのは、無理な相談です。
それこそ、リスクが一方的に加算されていくだけの登山です。技術的知識ゼロで、体力度だけを上げていきたいって…意味ですよね。
高所遠足になってしまった高額公募登山エベレスト登山に続く方法論、だな。
■ 若い人の価値観の尊重は、基本的教育が終わってから…
もちろん、皆それぞれの価値観があることは理解していますし、それがそれぞれに違うこと自体に問題があるとは思いません。
山に景色を求める人がいてもいいし、おいしいコーヒーがいい、という人、整備されている道以外は歩かない、という価値観の人がいてもいいと思います。
しかし、山登りには、伝統があり、その伝統も尊重してもらえたら、山から生き方を見つけることができるのではないかと感じています。
道は、ヒトが歩くからできるもの。
他者が歩いたところをなぞるのは、ただの追随という行為です。
山の伝統は、自ら道を開くほうです。
山の水平道も、自ら道を見出して歩けない人が、クライミングになった時に、ホールドを見出せるわけがないです。自分の道を拓ける人になることが、山登りとクライミングの伝統です。
ブログを通じて、少しでも私の思いが伝われば、うれしいです。
もうどれだけ山を小規模にし、言語化を詳細にしても、ヒトの歩いた後を追随することが喜び、という価値観では…どんなに長年山を歩いても、山を何一つ分かったことにならないかもしれません。
しかし、私にとっては、こういうわけで…つまり、恐怖心による、技術の獲得の無視…で、登山遭難者数過去最大を記録しているんだなぁということが分かりました。
若者三人が恐怖に陥った道…394.8 と439を結ぶラインから出ている十字路を北上するだけの道。実際は、沢が2股に分かれているので、歩いていて、インゼルで行き詰まり、またよけると、道に出る。■ 男性で高いところが苦手な人
今回の山で、とても感動したというか、驚いたことがありました。
自分がいつも、感情的に置いてきぼりにされてきて、それを不思議だとも思わずに、ひどい扱いを、ひどい扱いだと気が付かずにいたことに気が付きました。
これは、子供のころからなので、
「お姉ちゃんでしょ、ガマンしなさい」
のためかもしれません。
■ 仲間の感情をケアする男性
今回は、ヒヤリハットがありました。そのヒヤリハットについては、対策を考察済みです。
でも、もっと感情が動いた事件が実はあったのです…
そのあとが、その驚きのポイントでした。
仲間が一人ヒヤリハットにあった後、別の男性が、
「このままだとただ怖かった、ひどい目に遭ったという体験になってしまう」と言って、
どういう風にしたら、再チャレンジできるか?試行錯誤してくれた
のです。
その男性の相手の気持ちをケアする、という態度に驚きました。
驚いたのは、私がしてもらったことがないから、です。
してもらったことがないのだ…ということに気が付いた…。
■ ケガをしてもケアしてもらえない
これまで、落とされて頭を縫う怪我、肉離れ、膝の亜脱臼、アキレス腱断裂、と4回もひどい目に合っていますが…、いつも、自分で自分を救っている…(汗)。
1)落とされて頭を縫う怪我… 自分で救急車に電話
2)肉離れ… 自分で5時間運転して家に帰る
3)膝の亜脱臼 … 自分で運転して帰る
4)アキレス腱断裂… 自分で歩いて病院へ
という具合です。
でも、甘ちゃんの人だったら…?
ギャーギャー泣きわめいていれば、誰かが助けてくれる?
これは、私には一番ありえない選択肢です。
念のためですが、今回のヒヤリハットの男性が泣きわめいていたわけじゃないですよ。その人は至って冷静にしていたので、私も彼が、懲りた目に遭った、ということに気が付かなかったくらいでした。
■ 泣きわめかなくても助けてくれる
今回の山では、おでこ付近の髪の毛をグリグリに巻き込んだ、というヒヤリハットでしたが、ロープにしがみつく、という動作が原因でした。
ロープにしがみつくという動作が起きたのは、パニックのため。
パニックだと、最初からその動作自体をしない、のが良かったかもしれません。つまり、懸垂下降をしないことですが…。
ただ、難しくて、やらないほうがいいくらい怖いか、ちょっと怖いだけか?は、他者からはよくわからないのです。
3重にも4重にも安全対策していても、ロープに対するしがみつきが起きると、ヒヤリハットになる、という経験でした。
彼だけ、やらせないとなると、尊重している、というよりは、劣等生扱いしている、みたいになってしまうしなぁ…。
という風に考えてしまうので、やらないほうがいいか、やったほうがいいか、判断が難しかったです。
■ 感情のケアをされたことがない
慰めるというか、「大丈夫だった?」「うん」という会話は当然経験がありますが、自分が怖い目に遭ったとき、例えば、上記の4つの怪我が起きたときですが、その場の人が、例えば、私を落としたビレイヤーが、どうすればよかったのか?と思案している内容を聞かされたことは今まで一度もないかもしれません。
白亜スラブにしても、反省した、ということは聞かされていませんし、次回へ生かせる教訓を自分はこう考えたんだけれど‥というフィードバックをもらったこともないです。
結局、嫌なことをされても嫌だったということがフィードバックにならないので、Forgiverということになってしまう…。
■ Foregiver とは?
ーーーーーーーーーー
何でも許してしまう人(Forgivers)
イヤなことをされてもイヤと言わない。ダメなことに対してダメと言わない。相手の責任を追及したり、自分を侵害する人から離れたりせず、何でも受け入れて許してしまう人がいます。
ナルシシストが無責任な行為をしたり、有害な行為をしたりしても、「あの人は可哀想な人だから」「まだ未熟なんだから」「両親に愛されなかっただけなのだ」などと思って許してしまうのです。
困ったことに、何でも許してしまう人は、自分のことを「優しくていい人間だ」と思っているんです。でも、実際にはナルシシストを甘やかして図に乗らせ、搾取させてあげているだけだと言えます。相手が失敗してもしても繰り返し第2のチャンスを与えてしまう人、尻拭いをしてあげてしまう人は注意です。
ーーーーーーーhttp://blog.livedoor.jp/rsuganami/archives/1826530.html
より引用。
■ クライミングバージョン
という言い訳、全部否定されますよね…(汗)。
ただ計算ができないだけなので、どう考えても、本人が悪い。情状酌量の余地が、まったくゼロです。
いくら私がForgiverでも、合理化という思考回路の限界を試す事例ですね…。
きっと私が似たようなヒヤリハットが、いくつもあって、兆候を示されても、懲りない、わからずやだから、決定打として神様が示してくれたんでしょう…
事故というツケを払う前に気が付いてよかった、ということなのでしょう。
■ロープに頼る=腕でロープを掴む
一昨日は山にいました。
そこで気が付いたこと、です。
■懸垂下降は、腰でぶら下がるへのパラダイムシフト
登山で出てくる鎖場になれてしまうと
(ロープに頼る=腕でぶら下がる) という思い込みが形成され、
それを
(腰でぶら下がる)
に変えることが懸垂下降の習得項目、といえるかもしれません。
登山道で、ロープや鎖が出てきたら、手でつかみますよね。それを引っ張りながら登れ、という意味に、誰も教える人がいない、一人で登っている、普通の人だったら、感じてしまいます。
■ 鎖は引っ張ってはいけない
本来は、鎖場の鎖って、引っ張ってはいけない、と私は教わりました。
九州では、山のグレーディングがないので、難しい山に老女が来てしまう。
ので、そういう特別に配慮が必要な人に向けて、ロープがアチコチについていて、山梨で登っていたころは絶対ここにはロープないよな、ってところにもロープが出ています。
なので、元気いっぱいの若い男性でも、
ロープを見れば、手で引っ張ることに ”無意識に”誘導されている
んでしょうね。
無意識だから、その箇所が
そもそも、ロープや鎖に頼らないと登れないようなところではない、
のに、使うように誘導されていることに気が付けない、ということです。
既設の鎖だと、毎年何十人もの人が鎖場の鎖に全体重をかけて、ゴボウで降りたり登ったりしている、ということです…。
支点に力が異様にかかって非常にむしろ、危ないです。
支点がロシアンルーレット化しています。
■ ロシアンルーレットを危険だと指摘すると、むしろ逆に無謀呼ばわりされる
それを危険だ、と指摘すると?
逆に、鎖なしで登れということを言ってることになり…老女に向けて、それはかわいそうだ、というのが、拡大解釈されて、元気一杯の男性でも、同じだ、となってしまいます。
鎖を使わず登れ、と言うなんて、ひどい奴だ、という解釈です。
■ 逆に体力的・技術的には無理をすることになる
九州のクライミング界で起きたことですが、逆に、私が支点の強度を問題にすると、じゃ支点を使わず登ればよい、という話になり、今度は保険なしに飛躍します…。
それは4級(5.8)40Mランナウトを、登れというのと同じことになってしまいます。
ロープをつけるのは正しいのですが、40mランナウトしたら、ロープをつけている保険には全くならない…。というので、部分点までゼロ点になってしまう…。ならフリーソロするほうがまだはっきりしているってことになります。
つまり、この辺のバランス感覚のずれ感、というのは、本州で普通に安全に登っているクライマーと登らないと、意味自体が分からないのかもしれないです。
5.8から上でランナウトを、フリーソロ出来る人が、40mランナウトしても、別に怖いとすら感じないのが普通だと思いますが、世の中には、若い男性でも、老女と同じく、山で弱者で、同じ5.8でも怖いと感じる人がいます。
5.10を登る人が5.7をフリーソロするのは、怖くないです。
また
5.12を登る人が5.9をフリーソロするのは怖くないです。
逆言えば、
5.7なら、5.10の人はフリーソロ出来る(するのが健全化は別)
この厚みは、個人別かもしれません。
最初から運動能力が高かったり山に向いているタイプは、保険なしでも、保険がないことにそもそも気が付かず、登りたい!と感じるようです。その人口比率は、たぶん3:1くらいなのではないかと思います。
昨日は山に行っていました☆
教えたことリスト
1)登山道の等級
2)スラブはジムでは学べないこと
3)落ちて死ぬ衝撃が何キロニュートンか?何メートルから危険か?
4)5級の傾斜と4級の傾斜が幅広く、異なること
5)ルートファインディングしてから登る重要性 (石垣利用)
6)登る前に降りる方法を確認する重要性
山で
7)ギアの分担
8)尾根地形と谷地形、トラバースの見方
9)懸垂下降のさわり
10)現在地確認 方角、距離、緩急、標高差
11)大体早めに感じすぎることが多いこと
12)ヴィアフェラータの確保
■ 読図初心者は尾根を行くのより、沢沿いに下る破線ルートが苦手っぽかったです
読図というより、地形を読む、っていうことですが、尾根を素直に登るのは、登山道がない場合でも、初心者でも難しいと感じることはないようでした。
が、廃道気味の破線ルートで、現在でも、一応登山ルートになっているところを最後に歩いたら、不安に襲われたみたいでした。つまり、破線のほうが、恐怖心を感じたようです。
そこ、
1)なんとなく、沢沿いに行って、
2)進退が極まるたびに、補正すれば、
3)なぜか、いつも道に出る、
という、人生の縮図みたいな成り立ちの道なので、どちらかというと、
思考プロセスが山ヤだったら、みんな同じなんだよなーな道
なんですよね。
行詰まるたびに、補正すると、なぜか赤テープやロープが出てきて、ここだったんだなぁと分かる。事後承認付き、練習課題、みたいな感じです。
登山の王道は、
道迷いを内包しながら歩く、
ということです。
ただ誤解がないように言っておくと、今回、同行者たちが不安に思った道は、ピンクテープを探せ!式歩行スタイルでも、歩けます。まだ、上級向けとはいえ、一応、登山道なので、赤テープ追っかけも、できるんですが。
初めてそこを通る人はビビっていました(笑)が、それが今回の目的なので、良かったです。
まぁ、その心理を味わうのが、目的で、この怖さがないと、地図をきちんと見て歩こう、という意識づけが、そもそも根本的に生まれないので、初めに道迷いはありうる危険なのだと認知するために、ビビる体験をするのが、良かったのではないかと思います(笑)。
■人の手で整備された道=レールの上
こういう体験がないと、人の手によって整備された山を登り続けて、異様に自己肯定感が高まってしまうことが起こるんですよね…。
体力や登攀グレードで、行けるか?行けないか?の判定をしてしまうと、行けない山は、日本国内には、ゼロです…。なんせ、富士山は日本一の標高ですが、初心者でも行けますから…。
いくら体力があっても、私がいないと、このビビりルートに行くことはできなかったので、遭難時の心理の疑似体験ができてよかったのではないかと思います(笑)。
失敗の保険になるのが、先輩の役目なので。
■ ヒヤリハット
今回は、私は大きな反省点がありました。それは、髪の毛の巻き込み、です。
初心者の方が懸垂下降する場合、パニック耐性が、3人3様に違うことが分かりました。
私は、生い立ちから、不安に対する体制がかなり強いタイプなんです。ほとんど、パニックにならない。むしろ追い込まれると、冷静さが増します…。というわけで、三つ峠は2度目から、リードです。
でも、そんな私でも、1回目の懸垂下降を山岳総合センターで、やった時は、やっぱり、え?ってなりました…。
センターのやり方では、講師が横につかずに、一人で降りる。ので、私は、懸垂下降のセットや、自分がコントロールしている器具の操作が、自分がこれでいいのか?納得がいかない感じで降りた(自己信頼が育っていない状態)のが、嫌だったので、
反省で、
・両足で立てるところで、
・グリグリで(ATCではなく)
・一度手を放して全体重をロープに預けても、落ちない、という感覚を習得して、
・下でロープを引けば、落ちない(だけでなく、降りることもできない)という
確信を深めた後
・傾斜が変わるところが恐怖を感じやすいことをあらかじめ警告して
・さらに失敗に備えて、ノットを結ぶ
ことで、保険付きにし
・降りる量が10m超えないミニサイズ
・さらに隣で講師がぶら下がっている状態で教える
ことで、共感ベース強化
という、普通に教えられている懸垂下降(ATC使用、介添えなし、途中停止なし、ノット無し、基本20m程度)とは、サイズ感も保険の量も、だいぶ違うのですが…。
まぁ、やっぱり怖いですよね。初めてのことをする怖さは、誰にでもあります。
徐々に装備も、グリグリ→ATCみたいに、ステップアップすることだと思います。
■ 巻き込み
今回は、盲点だったのは、怖いとロープにしがみついてしまいますので、ロープが髪の毛の近くに来るということです。
ローワーダウンでも、荷物のようにズリズリとおろされている人がいますが、あの状態になってしまうと、体が座った格好にならずに、立っている状態になるので、髪の毛がロープの近くに来てしまいます。
髪の毛の巻き込みは、頭皮の剥離、になりかねない重大事故の原因ですので、髪を切る必要があり、それには、救助者が上からアプローチする必要があるので、再度、上に回ろうとしたのですが、仲間の一人がショルダーをしてくれたので、うまく髪の毛を巻き込みから抜くことができました。
体の体制をどうつくるか?というのは、かなり大きなポイントだということが分かりました。
水難事故のレスキューでも、水難者はしがみつきにより余計溺れてしまいます。水泳でも、頭を上げようと、もがけばもがくほど、逆に体は沈んでしまう…というパラドックス…。私も最近、やっと水泳のもがき動作を克服しつつありますが…
このパラドックスの登山バージョンが、
懸垂下降での体制、
なんですね。
何が本当に危険か?は認知には、知識教育が必要なことが分かりました
パニックによるとっさの反応でグリグリを握ってしまったら落ちてしまいかねないですし、ロープを握って、かかっていた体重を、ロープから手に移動すると、逆にハーネスが緩んで危険になってしまいます。
ロープに体重を預けず、腕力…手でロープにしがみつけばしがみつくほど、余計、懸垂下降は、難しくなるのです。
■ 一般登山道での経験が逆効果になる
一般登山道にある鎖やロープは、ゴボウ(しがみつき)による安全を象徴することになっているので、むしろ、害になっているかもしれません。
鎖やロープは、引っ張って、使わず、保険として使う
ように一般登山道時代から、習慣づけるのが、伝統です。
■ 懸垂デビューから心理ショックを排除するのは難しい
しかし、難しいのは、怖い気持ちに配慮しても、リアリティがない設定でやっても、身につかないし、先に登ることだけ覚えてしまうと、”登れても降りれない人”になっちゃうし…
心理的なハードルをどんなに下げても、どのようなことにも一回目はあるので、恐怖心をゼロにして懸垂下降する、というのは、非常に難しいです。
■ チェストハーネスはむしろ危険かもしれません
座った体制を作るための、定番が、フルボディハーネスで、今回は、幅広スリングでフルボディハーネスを作ったのですが、ロープがむしろ、顔の近くを通れてしまうので、
チェストハーネスをつける場合は、より、 髪の毛の巻き込みに注意が必要
かもしれません。一般にチェストハーネスって安全の代名詞になっていますが…。
■ 方針転換しました
器具を本人に使ってもらうのが大事だ、
という大方針でいましたが、自立のタイミングは人それぞれ、なので、器具を指導者がコントロールして一緒に降りる、振り分け懸垂のほうが、彼には良かったと思います。
判断の分かれ目は、感覚的にロープに全体重を預けられるかどうか?だと思います。
懸垂下降では、ロープから体重を抜いてはいけない。
預けられない人は、振り分け懸垂で、最初は懸垂下降を体験するのが良いかもしれません。
https://stps2snwmt.blogspot.com/2015/06/blog-post_86.html
今回は、この降りる人がどのような行動をとるのか?最初に予見できなかったのです。
先の2名はスムーズに降りれたので。最後の人はハーネスで不利だったのですが、ハーネスの機能の不利より、不安にドリブンされた影響のほうが大きかったと思います。
というのは、ハーネスは幅広スリングでのボディハーネスで、これは救助で使うのと同じにしたからです。
■ 対策
・顔の近くにロープを持ってこない注意喚起
・ロープに全体重を預ける感覚の獲得強化
・恐怖がある人には、緩傾斜での懸垂下降
・不安がある人には、振り分け懸垂での体験
■ その他、良かった点
・ルートファインディングの重要性を教えるとみんなすぐ分かる
・降りることは、登ることより、誰にとっても機会が少ないせいで、恐怖が先立つ
・降りることは、登る回数と同じだけついて回るので、降りることに心理的な慣れを作るほうが先決
・破線ルートでの道のロストについては、道を見出す、思考回路を教える
・3人、4人などの多人数での参加で、緊張緩和
・ピンチの人をショルダーしてくれた人がいてすごく助かった。
■ お勧めギア
・ペツル スパサ https://amzn.to/4co6nWv
■ 誇大性
ナルシシズム診断インタビュー(Diagnostic Interview for Narcissism ,DIN)第二版における誇大セクションは、以下となる[5]
My trauma at age 2
https://youtu.be/TekCevV2Tf0?si=S5xxmT9YOIRxflc8 より引用
1)言っている意味が分からない
2)何の話してるの?
3)感情的になりすぎ、過剰反応しすぎ
4)気にしすぎ、敏感すぎ、大げさすぎ
5)あなたのせい、あなたに問題がある
6)あなたが間違っている、あなたがおかしい
7)やっていない、言っていない、起こっていない
8)ほかの人もこう言っている
9)〇〇の言うことを聞かないほうがいい
10)そんなつもりで言ったんじゃない
■ 全部心当たりあります!!
特に、遠いピン、は、女性差別と同じで、女性の立場に立たないと意味が分からない構造になっているので、俺はそうは思わねえ、で終わりになる。
たぶん、その時々の、
誰の側につくのがお得か?
という判断で、人を切ったり捨てたりしている人=ナルシスト
なんではないかなと思います。
■ 何かを達成しても別にうれしくないんですよね…
私は、客観的に見て、達成してきたことというか、経歴はすごいほうだと思う。これですごいと言わなかったら何をすごいというのかな?ってレベルではないかね??
自分のすごさ自慢をしても、意味がないので、ここでは詳細を省くが…気になる人はプロフィールでも見てください…
しかし… 何を達成しても、まぁそんなにはうれしくない。
なぜなんでしょう?
達成感というのは、私のドライブ(モチベーションの原動力)ではない。私の原動力は
好奇心
です。山も探究する対象があると楽しいが、なくなったので興味関心が失せました(笑)。
で、褒められてうれしい!とは、ならないんだが… その理由。
■ 褒めるというコントロール (飴と鞭)
母:「あなたの淹れたコーヒーはホントにおいしいわ」(意味:今度からコーヒーを入れるのはあなたの仕事ね)
私: (黙って)(分かった。次からママが帰宅したらコーヒーを淹れるわ、だから、私を開放してちょうだい)
というのが、非言語の親子コミュニケーションでした。
これは、言われなくてもやるのが大事!自主性が大事!という母の教えです。
しかし、これでは、自主性ではなく、忖度、ですよね?
自主性=自分の欲求に従う
忖度=相手の欲求に従う
その結果…
どんどん要求が、エスカレート。
↓
燃え尽きる。(14歳の時、生徒会と部活キャプテンと連盟の仕事と級長と家では家事で、玄関で気絶しました…。役職6個くらい持っていた…。)
↓
理不尽な要求に気が付く 例:リビングのモノの配置が昨日と同じと言われてビンタ
↓
あ、これは…私の努力で、何かが改善することはあり得ない…
↓
どう頑張っても、要求を満たすことは不可能だ…という理解。
↓
誰を救うこともできないのだ…
↓
どうする?
↓
もういいや。すべてを放棄し、生きているだけで合格ってことにしよう…
↓
自分だけを救おう…
↓
スレスレライフ
↓
ボンビーライフのクライミングライフをすると、なぜか妬まれる
↓
怪我をして、自分からクライマーとしての魅力を減ずる
↓
なぜなら、豊か(幸せ、ゆとり)になってしまうと、またクライミング搾取される対象として魅力的になってしまうから…。
■ 身体化という防衛
ロッククライミングでは、相手から見たパートナーとしての魅力を減じるために、数々の怪我で、魅力を減じるように身体化してきたのだろうと思います。
相方が私をクライミングに誘うと、もう、いつも
「〇〇君は?誘ってみたの?」
と聞いていました。なんで私に来るの…?はぁ(ため息)、きっと私しか空いている人がいないんだわ…と、思っていたんですよね…。
私からすると、彼はもともとリスク管理が甘々なので、1対1は、リスク管理の面で、ちょっとしんどいなってのがありました。
次男坊の彼が得意なのは、ちゃっかりすること、のほうなのです。しっかりすること、ではなくて。
なので、ちゃっかり、しっかりしている人に便乗する、ということが得意技。
気が付いてはいましたが、仕方ないなぁもう、という感じで、許容していました。
■ 相手を助けていてもそのことに気が付いてくれない
クライミングでは、大体同じくらいのグレードを登る人と組むのが、互いに助け合いになって、ちょうどよいです。
その場合でも問題は、
・恩着せがましく助けないと、相手が助けられていることに気が付かない
でした。
例えば、北岳バットレス四尾根事件の彼とでは、雪の山は、蓼科山に行きましたが、蓼科山って雪山としては超簡単なので… テント泊や縦走の足のすり合わせにはならない…。いい子ぶったままで、仮面を脱がずに済ませられる山なんですよねぇ…。
しかし、かといって、いきなり本気の山に行くわけにもいきませんしねぇ…。
この山に行ったことで恩を売ったと相手は思ったみたいなんですが…蓼科山に行って、お返しが北岳バットレス四尾根って、レベル感、あっていないですよね?
蓼科山=ハイキング、北岳=命がけ
ハイキングを受け取って、命を差し出す人います? いませんよね?
■ ユウタさんのメマガより引用
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★「支配されるトラウマ」~あなたは私を支配するに違いない~
支配されるトラウマとは、圧倒的なパワーによって、上から直接的に抑え込まれるような傷つき体験を指します。
しばしば、権威への怒りや不信感の元になります。
・親の考えが絶対で、口答えを許さない。
・親から脅し、怒鳴り声、暴力、「愛情」と言う名の支配等で恐怖の感情を植え付けられ、命令に服従させられた。
・親のニーズ、世間体、都合が常に優先され、子どもはそれにただ従うことだけを求められる。
・力の強いものが弱い者を上から押さえつけ、思い通りにして当然であり、口答えすれば「義務を果たさずに権利を主張するな」などと抑え込まれる。
・親は「私」ではなく「私たち」を主語に、あたかも親とあなたの意見や感情は全く同じであるかのようにふるまうことが多かった。
・親は自分が欲しいと思うものは当然子どもも欲しがると考え、親が正しいと思うものは当然子どももそう思うべきであると信じていた。
・歯向かうと脅されたり、激怒された。
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これ、まるでクライミング界みたいですよね?アルパインのクライマーには特にこれが強いと思います。
それは、パートナーも同じ山に燃えてくれないと、盛り上がらないからなんですが…。
なかなか無理がある。今時、40mランナウト(比叡)で燃える人いませんよ。
『いまを生きる』という、ロビンウィリアムズが高校の教師を務める映画がありますが、そこで、自分のやりたいことを発見した若者が親にそれを告げると、親は反対して、その若者を軍隊に入れ、医者になるんだ!と怒鳴ります。
その若者…親を殺さずに、自分が自殺するんですよ…。
いや~、めちゃ気持ち、分かるなぁって思いました。
親の言うとおりに生きるか?自分の生きたい生き方をするか?
自分の生きたい生き方でないくらいなら、人生イラナイ=自殺、です。
私の母のややこしかった点は、
非言語に母に従うことを要求されていた
ことです。
■ 防衛プロテクションの種類
①服従する
②急ぐ・きちんとする
③保護者になる・尽くす
④自己卑下
ーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーーーーーー
「服従する・喜ばせるプロテクション」
服従する・喜ばせるプロテクションを持つ人の中には、親から支配やコントロールを受けて育ってきた人がとても多いです。
支配的な人が上から目線なのに対し、服従する人は下から目線です。
相手が上で自分が下なのだから、従うしかないと学んでしまいます。
そして常に相手の顔色を伺い、相手のニーズを優先し、自分のニーズは後回しか、一切無視してしまいます。
相手を喜ばせ、相手のニーズを満たすことが自分の存在価値だと思ってしまう人もいます。
実際、
支配的な人と暮らす上では、服従する・喜ばせるプロテクションの方が安全だったのです。
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これが、九州で、従順さのために若い人が命を落としている理由ではないかと思います。
■ 5.10代時代を、いかに安全に過ごすか?が日本でのクライミングの課題
私が合わせるほうが師匠とのクライミングでは楽でした… 例えば、私がリードするということになると、初心者なので、
・直上したリードしやすいルート、
・ピンが遠くないルート
など、課題を選ぶ必要が出てきます。逆に言うと、5.9~5.10代は、ほとんどがピンが遠いルートなので、
・クライマーが依存者か依存者でないかに寄らず
・全員トップロープ
です。
なぜなら、そうしないと、
・まだ5.10代を登っている入門レベルなのに、腰椎骨折でクライマー人生終了
になるからです。それが日本の岩場の現実…ということになっています。
そこが、日本のクライミング界の共通認識になっていないのは、不思議です。
■ ガイドは分かっている
しかし、暗黙知にはなっている。というのは、日本のクライミングガイドはトップロープをかけてもらうためだけにあるからです。
ただトップロープ掛けてくれるだけです(笑)。何も教えてくれませんよ。
これがピンが遠い課題、5.10代の現実です。誰に利益なのか?トップロープ掛けるだけで収入になるクライミングガイドなのです。
■ 5.10代が安全な岩場
さて、そういうのが嫌な人は?
誰でも安全にリードできるラオスの岩場に毎年、行きましょう☆
女性の人生に現れるダメな男性は、「女性だって、なんでも一人でこなせる」と教えてくれるでしょう。
しかし、真の男性は、女性が何でもできることを知りつつも、女性にそうさせません。彼は女性のそばに立ち、重荷を分かち合い、共に繁栄するように助けてくれます。
真のパートナーシップでは、強さは孤立ではなく、団結の中に見出されます。そして、関係の調子を整えるのは、真の男性の役目です。だからこそ、彼は常に姿を現し、一貫していることがとても重要です。
男性がしっかりとリードしなければ、女性はあなたと一緒にいても安心できないのです。