2025/11/30

FBで回ってきた写真を見てすら学べる。回想録20


こういう写真は見るだけでも教育になる系。クライマーは映っていない。

海外でクライミングすると、こういう風に他人のクライミングから学べるという事例です。

■プロテクションを映さずにクライマーばかりが映っているYouTube

クライミングが「成果誇示ツール」になり、プロセスや文化への尊敬が薄れるという副作用は確実に起きています。

人のナルシシズムを眺めて楽しいのかなと私などは不思議に思いますが。

SNSが
「短時間で視聴者が共感・快感を得る」(=バズりやすい)
内容を強く促す構造を持っているから起きる現象です。

つまり

  • クライマーがナルシストだから → 自撮り動画
    というよりも

  • 自撮り中心にしたほうが"数字が伸びる"
    という環境づくりの問題が大きいです。

それは、かれらの主たる性格がNPDだからではないのだろうか?と疑っていました。

というのは、ビジネス界ではNPDの実害が広く知られており、会社案内の作成スタイルから、どのCEOがNPDで、どの人がそうでないか、区別されていたからです。

NPDの人は、写真に納まるときに自分が真ん中です。そして、とても真ん中にいること自体が快適そうなんです。

で、巷に流布しているクライマーの登りました報告の画像が大体、ナルシストを思わせるんです…(汗)。

NPDで人格障害になるほどの人は、例えば、チッピングしても有名になりたいというようなタイプの人でしょうね。

支点が遠くて6件も重大事故が出ている斜陽で、リボルトを曲げない人とか…たぶん、テストすると人格障害が発覚するかもしれません。

■歴史

そもそも、日本ではクライミングがアウトローの活動として、なにか危険で怪しげ、秘密をまとった活動だったからカッコよく感じる、という歴史的スタートがありました。

特権意識というか…、悪い意味の。

谷川岳では、昔夜行列車に乗って山に行くのが常だったそうなのですが、それをキセルするのが自慢だったのだそうです。

そういえば、小鹿野に行ったとき、中学生がバスのお金がなくて半泣きになっており、かわいそうだし、少額だから、肩代わりしてあげようとしたら、バスの運転手さんが「この人はいつも乗っている人なので、あとで今日の分払ってもらいます」って言ったんですよね。

谷川の件はそういう牧歌的なのではなく、踏み倒してやったぜ、いえい!系です。

今、外国人移民問題で、散々、日本人が外国人の民度を批判している系。

私は、これらの批判を聞いて、日本人の平均的な道徳観がどこにあるか?クライマーにもわかってもらえていいんじゃないか?って思ったりするんですよね。

で、SNSに載っているクライミング礼賛というか推進動画が、苦労のプロセスやどういう経緯でそこに登り、今日はどういう決戦の日なのか、そういうことを描くのではなく、

ただ、5.14登れました、みたいな動画

なので、動画の作りがどうも、自分のナルシシズムを満足させるのがクライミング(特にショート)なんだよーと、サブリミナル効果でクライマーに教えてしまうみたいなんですよね…

■ハングドッグっていつ広まったの?

甲府時代ですが、それこそ、ハングドッグで何時間もぶら下がって、うんうん唸って、岩に向かって、ちくしょー!なんでのぼれねーんだよ!と悪態をついている男性クライマーに結構会いましたが…。あまり科学的なクライミング力向上法とは思えなかった。

どうも、こうらしいです。

ハングドッグ(レッドポイント方式)は

  • 1980年代アメリカ

  • 1980年代後半〜90年代フランス・日本
    に大きく広がります。

そして「ハングして吠える」「悔しがる」という演出的な文化が生まれたのは、
ジョン・バーカー、カート・スミス、90sクライミングメディア
などの影響が強いと言われます。

つまり、80年代から時代を止めているってことなんですね…。

■多様なクライミングを味わう方が成長戦略として秀逸

私は平山ユージさんのクライマーとしての成長記録から、なんで、みんな学ばないのかなぁという感じで若い人については思います。平山さん、若い時に7年海外に行っていませんか?

クライミング中心の生活を海外でしたんではないかと思うのですが、私もアメリカの時は英語を習得することを中心に生活したので、仕事は週に2,3日だけで貧乏上等!って感じで暮らしていました。

■海外生活は難しくはない

海外の暮らしって、モノを持たない暮らしなんですよ。持っても帰国するとき、売り払うことになるから。なんなら、ひとんちを渡り歩いて、泊めてもらう。

HPにカウチサーフドットコムってサイトがありますが、男性ならこれで、ホテル代なしで旅行できます。(女性は危険です)

現地に行けば、子守や皿洗い、草刈りなどの、個人対個人でできるおこづかい労働がいっぱい。子守するから、晩御飯食わせろと言えば、たぶん、楽々成立します。

日本では若い人が弱弱しくなってしまって、海外のクライミングに行くのに、シティホテル並みの施設を求めるので一泊1万円の高額宿泊料になってしまい、それじゃ10日で10万円…そんなお金持ちは誰?ってことになってしまいますよね。現在海外の家賃は爆上がり中で月600ドルではなく、週600ドルですよ。

私が海外にいたときは、一か月200ドルのミッション地区のアパートに最初、移動しました。ウォルナッツクリーク近郊のバスケットボール選手が住んでいるような、白人富裕エリアから移動したので、最富裕層から最下層への移動でしたが、そこ日本人経営のガンショップだったんですよ。まだあるのかなぁ…。

日本人経営ってのも安心だし、ガンショップなので毎日警察官が見回りに来て安全。ってので、ミッションに住む=危険と刷り込まれた頭からは、そこに住みたい人が出ないので、家賃が格安だったんです。

ミッションは東洋人である私にとっては住みやすく、当時の白人の恋人は危険なようで、彼は、理由もなく棒を持って中国人ギャングから追いかけられたそうです…。

私は景色になじんでいたから、安全だったのかもしれませんが、そうでもない、見る目がある人は分かっていたのかも。

ある時、横断歩道を渡っていたら、体を持ち上げられ、そして、道路の反対側に置かれたのです。これは親切な若いヒッピー崩れの人が、きみ、危険だよーと教えてくれたのかもしれないのですが…それを帰宅後、恋人のデイビッドに話すと、手のひらサイズの小型の拳銃を渡され、一発だけ入っているから使うときは慎重になるようにと言われました。本当に小さい手のひらサイズのです。ガンって持っていても、使えないと意味がないので、シューティングレンジに行って打ち方覚えたんですが、なんせ握力が低いので、振動で振られてしまい、ハンドガンって私にはホントに向いていない…。

それで、しばらくは懐に入れて持ち歩いていましたが、そもそもカリフォルニアでは持ち歩くことが法律違反だし、もっていると乱発しないか気になってしまい、落ち着かないので、結局すぐにギブアップ。

さてどうしようか、というので、恋人も白人だし、彼のいるSFSU近くのシェアハウスが空いたので、移り住みました。もっと穏やかな生活がいいかなって。それでちょっと都心からは遠くなりましたが、当時のアメリカの大学は開かれていたので、私は彼氏とキャンパスを自由に闊歩でき、コンピュータルームすら常連で使わせてもらえたので、日本との連絡が楽になりました。

日本では、学生寮だったので家財を置くところがなくて、何人もの友人に分散して預かってもらっていました。

当時、彼と結婚するつもりでいて、彼は日本にも私を頼ってきて3か月ほど滞在しました。吹田にいたんですよ。デイビッド。

英語人材がいないため、孤独からアル中になってしまい、私に隠すので、それがもとで三叉神経痛というひどい病気になってしまい、吹田から関空までタクシーを飛ばして3万円。その足で最も速く帰国できる飛行機に乗り、担架で飛行機を降りてそのままヘリで病院に搬入され緊急手術して、一命をとりとめたそうです。その後トリプルA、全米アルコール中毒者の会に入り、教会で間借りして、人生の再建に取り組んだのだそうです。

デイビッドは、父親がAT&Tの人でした。私とデイビッドが分かれた後も父親のジョージは大阪に私を訪ねてきました。友人ら5人と。それでアジアの若い人の生活を見ようという感じだったのかもしれませんが、マンションの部屋の小さいことに驚き、そしてサンフランシスコなんかと比べたら、ものすごく大阪が大都市であることに驚いていました。

まぁ平たく言うといかにアメリカが富の頂点にいるか分かったみたいでした。

話がそれましたが、ジョージとジュディとは、私は別のきずなで結ばれており、恋人と別れた後でもつながっていたりするのはアメリカではよくあるよって話でした。ジョージは単純にアメリカの豊かさを若い人に分けるのに寛大な人でモラガの彼の家には、いついってもヨーロッパの若い人が居候でいたので、私にも同じ感覚だったと思います。

まぁそういうわけで、居候するというのは、アメリカでは比較的楽にできる親切であり、土地の少ない日本とはわけが違います。

私自身もサンフランシスコ時代、フランス人の映画監督を家に泊めています。

話を戻すと、海外に若い間は出て、多種多様なクライミングの多様性、文化に触れるのが大事だという話、それはユージさんの経歴からうかがえるという話です。

日本で誰か偉い人に目をかけてもらって育ててもらおう、というのとは違うんですよ。

そりゃ誰でも幼苗期というか、お米で例えたら、玄米から芽が出る時期がありますよね、その時期は競争したほうが良く育つんですが、その時期は、樋口先生みたいなきちんとした指導者について、クライミングはこんなことだよ、というのをある程度学んだら、後は自分で海外に出る方がいいよってことです。

奥村優君も海外で修行しているようだし、倉上さんもイギリスに行っていたと思いますし、強くなるのに必須なのは師匠ではなく、経験値の多様さではないかと思います。

それに海外に出たら、上記の写真みたいなのを見ますよ、嫌でも。

基礎ができたら、多様なクライミングを学ぶのが大事ってことですよ。

いわゆる5.12波状のぼりって、多様性の真逆ですよね。ばっかりクライミング。

■吉田さん

いわゆる5.12波状のぼりって、故・吉田和正が広げたスタイルなんですかね?

私が吉田さんを知ったころには吉田さんは、ハングドッグで何時間も過ごすみたいな登りはしておらず、呼ばれてビレイに行くと、え?っていうくらいあっさりと、「今日はもういいです」と言ってしまい、すぐに私の番になってしまって、逆に「私はもういいです」というのが許されないという、なんか不均衡な関係にあったような気がしないでもないです(笑)。

要するに私が言いたいのは、彼らがとっているハングドッグでうんうん唸り、ちくしょーと悪態つくというスタイルが、かっこいいのではなくて、成長には、非合理的だということを言いたいわけなんですよ。

で、合理的な活動は何か?というと一番のおススメは海外ってことです。

石灰岩も登り、花崗岩も登り、ボルダーもやり、マルチも登り、雪の山もやり、沢登もやりと、ある程度、無節操にクライミングに取り組んでみたら、右に倣え!の5.12波状攻撃ではなく、自分の好きなクライミング、が見えてくるんじゃないですかね?

私はアイスが好きなのは、雪の山が好きだからです。だから、九州に来たら、さっぱり楽しくないです。

山梨では、フリークライミングは、無雪期の活動でやっていました。アイスが好きって言ってるのに、トラッドになったのは、山梨でクライミングと言えば、トラッドだからです。

なので、冬は凍って無雪期はクラックになる湯川には大変お世話になりました(笑)。

ホームは湯川かもしれんなくらいかもしれない。

瑞牆は通うほどは行っていないので、私は瑞牆クライマーとは言えないです。しかし、地元なので、大やすり岩にエイドルートがあることくらいは聞き知っています。

まとめ

ナルシシズム的SNS文化ではなく、プロセスや技術に光を当ててほしい

若いクライマーには海外で多様性を学んでほしい

非合理的で文化的背景を知らない“型”に閉じず、自由で文化的なクライミングをしてほしい