■ 完全にロープストレッチを除外して考えたケース
1~3本目のボルト位置について考察します。
まずは、ロープの伸びがないケース。
1ピン目、3m上で考慮します。
3m=通常、許容され、落ちても、致命的な怪我にはならないだろうと想定される。ボルダーの高さ。
原理をもとめるものなので、岩場の形状は考慮せず、単純に上に登っていくものとします。
1ピン目が3mにあるということは、2ピン目は最低3m以内で、打たないといけないという意味です。2ピン目が6m地点にあるとすると、ロープ全長6mですから、次のピンは6m離して良いということになります。同様に、4ピン目は、12mのロープ全長ですから、12m離して良いということになります。(24mで4本)
≪基本形≫
1ピン目 3m
2ピン目 6m
3ピン目 12m
4ピン目 24m
トータル:24m
さて、これが安全なのか?どうか?試し算をしてみたいと思います。
■ ロープの伸びを考慮すると
これはロープの伸びが考慮されていないので、現実には、この距離だけ、離して中間支点を入れると、確実にグランドフォールになります。
一般に、ダイナミックロープは、衝撃荷重で30%、静荷重で10%のロープの伸びがあります。
10%伸びる=テンション、30%伸びる=足元以下に支点があるときのフォール、です。
■ 10%
上記の支点間隔に10%の伸びを加算してみます。
1ピン目:3m
2ピン目:6m 2ピン目直前で落ちると、6mの全長のロープストレッチの分、グランドフォールになる つまり、このピン配置は危険
3ピン目:12m 3ピン目直前で落ちると、12mの全長なのでロープストレッチの分、グランドフォールになる つまり、このピン配置は危険
ということになります。では、次のピンを打つときに、手前の支点までに、10%の伸びを配慮したらどうでしょう?
1ピン目:3m地点
2ピン目:5.7m地点 (3m×0.9 +3m)
3ピン目:10.83地点 (5.7m+(5.7×0.9)
この配置で行くと、1ピン目を取って、2ピン目を取る前の5m地点でフォールすると、5m×1.1=5.5mのロープストレッチとなり、地上3mの支点では、50cmしか地面から離れていないことになってしまいます。つまり、2ピン目直下は落ちられないということです。たぐり落ちと同じような状況ですね。
2ピン目を取って、1m程度登った6.7m地点でのフォールでは、6.7×1.1でロープストレッチ7.37mは、支点は、地上5.7mですから4m地点で止まることになります。トータル墜落距離は、約3.3mです。けっこう落とされますね?
3ピン目を取る前の、たとえば、10mの地点で落ちれば、確実にグランドフォールします。ロープ全長10mに10%のロープストレッチを入れると11mで、5.7m地点の支点2で折り返すと、5.7m-11m=5.3となり、確実にグランドフォールです。
つまり、この設定での3ピン目の位置では、2-3ピン目の間では落ちれないです。安全にしたかったら、もっと手前で3ピン目を打たねばなりません。ではどこに打てば安全になるのでしょう? 2ピン目に、3mを加算した8.7mで試算してみます。
1ピン目:3m
2ピン目:5.7m
3ピン目:8.7m(5.7m+3m)
この3ピン目が安全なのか確かめるために、3ピン目の1m下、7.7m地点でクライマーがフォールしたとします。7.7m+ロープストレッチ0.77m=8.47mがロープ全長ですから、2ピン目の位置が5.7mとすると、8.47-5.7m=2.77、つまり地上約3mの位置で止まることになります。7.7mから3mまで落ちるのですから、約4.7mの墜落とけっこうな距離です。
これは、ロープ伸び率10%、つまり、ロープ全長は1.1倍の計算でこれです。
実際は、5mのフォールはロングフォールで、30%のロープ伸び率です。1.3倍のロープ全長で計算しなおしてみますと…
7.7m+ロープストレッチ2.31=10.1mがロープ全長、2ピン目の位置から引くと、10.1の全長で、5.7m地点から落ちると、地上1.3mで止まることになります。7.7mから1.3mまでおちるというのは大フォールですね。
ということで、3ピン目が2ピン目と離れていない、というのは、非常に重要なことなのです。
■ 考察
昔の人は、ロープの性能が低い時代に登っていました…つまりロープの伸びということを、ビレイする際に考慮せずに済んだ、という気配が濃厚です。
その分、人体が衝撃吸収体になってしまい、墜落でクライマーが衝撃を受けてしまい、人体が壊れる事故は多かったのではないかと思います。
しかし、現代のロープは衝撃吸収能が良く、ロープは大体、大フォールで30%伸びるように設計されています。
大体ロープには、どの体重で、というのも書いてあると思いますが、軽い人は伸びの良いロープ、重たい人は伸びないロープ、です。
■ 四阿屋の事故
四阿屋へ初めて行ったおり、3ピン目を取り損ねてグランドフォールした人を見ましたが、ビレイヤーの立ち位置は、1ピン目の真下で、2mもは離れておらず、きちんとしていました。それでも、グランドフォール…つまり、ボルト配置の設計が悪いということです。
こうした配置の悪さが、なぜ起こってしまったのか?というと、昔は、ロープが伸びなかったから、ということが言えるのでは?と思います。
このボルト配置の問題は、当時の装備では仕方なかった、という問題なので、普遍的で一朝一夕には替えようがないです。
また、一般に自分でプロテクションを打ちながらリードする習慣がないボルトクライマーにとっては、理解が難しいはずです。
逆にオールドクライマーにとっても、ロープの伸びでクライマーを守る時代になっているということは気がつきにくいです。ロープはそう頻繁に買い替えるものでない上、一度分かっていると納得してしまうと、再考しない傾向があります。
いくら支点が強固になっても、ロープストレッチによって、3ピン目以下のボルト配置が、クリティカルになっている、ということは、なかなか理解しがたいのではないかと思います。
■ ラオス
ラオスでは、この問題をどういう風に解決していたか?というと、大体3m離れる前、2m置きにピンが打ってありました。3m離れるということも少なかったので、1ルート20本もヌンチャクをぶら下げていくことがありました。
1ピン目:2m
2ピン目:3m 2ピン目が近いことがポイント!1mくらいしか離れていない
3ピン目:5m 2ピン目から2mしか離れていない。3m地点からロープストレッチを加算した2.6m落ちると、地面まで40cmしかないので、この近さでもギリギリ。
4ピン目:7m 3ピン目から2mしか離れていない。例えば、地上6m地点から、ロープストレッチを加算した7.8mの距離を落ちると、地面から2.2mしか離れていないので、すごく安全という訳でもない。
ということになり、”2m間隔で打ってあるよ”ということが、すぐさまチキン(=臆病)ということで馬鹿にできる状況ではないのが分かると思います。
ラオスに行って楽しかったからってキチンクライマーということには、ならないです。それなりに危険です。やはり、3ピン目を取るまでは落ちるべきでない、というのはその通りです。
■ 逆にインスボンのような大ランナウトの岩場では
師匠が、韓国人のクライマーの馬鹿にされ、登り方を変えたために、自分のカムを取ってすぐに墜落し、10mも落とされたと苦情を言っていたのですが…。
支点を取ってすぐでも、現代のロープはとても良く伸びるので、落ちたら、けっこう距離を落とされます…。
テンションと言われて、テンションを掛けるのでも、ロープストレッチ分を手繰るのに、ロープが長く出ていれば出ているほど、ビレイヤーは手繰る回数が増えます。
ランナウトを楽しむ岩場では、ロングフォールはありえないと心し、支点を取ってすぐでも、ヤバいと思ったら、支点下の、反対側のロープを掴むなどして、フォールを自分で阻止するか、落ちる前にカムエイドしてしまうほうが良いのではないかと思います。
もちろん、それがオールフリーを賭けた記録的クライミングなら、カムを握ってしまった時点で、あーあ、Aゼロしちゃったよーとなるわけですが…そういう記録的登攀を登っているのではないかぎり、落ちることのデメリットのほうが、必ず大きいと思われます。師匠の場合は、かかとの骨折でした。かかと程度でも、日常の不便は計り知れません…特に足はクライミング自体ができなくなります。
大ランナウトの岩場は、もしかすると、2グレード下というよりも、何度もセカンドで登り、自動化してから、リードするのが良いかもしれません。
自分の墜落が予想できない、とか、ちょっとでも負担があるとすぐにあきらめて落ちる方針で日ごろ登っている、とかそういう場合は、ほんの些細な墜落をしているつもりで、予想以上の距離の大フォールになる可能性があります。
とくに、スラブは、寝ているので、どこで落ちても大根おろしですし、フェイス、クラックのような垂壁でも、3ピン目を取るまでは、墜落は禁忌、です。
昔の課題は、現代のロープのロープストレッチ(伸び)を考慮していないため、です。
これは私がリードした、アイスクライミングでの支点の配置です。2ピン目と3ピン目が近いのが分かるでしょうか…。
今打たないとどうなるか?安全か?危ないか?は、自分で打ちながら、リードしていないと分かるようにならないような気がします。
セカンド(ビレイヤー)でも、きちんとしたリードクライマーのリードの様子を見ていれば、身につくのかもしれませんが…。考えていないビレイヤーだと、「もうそろそろ取らないと危険だよ」と下から声をかけることがビレイヤーの義務と気がつかないかもしれません。
■ 2006年の最新アルパインクライミングに…
『最新!アルパインクライミング』にこのような記述があります。
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いわゆる「ロープを流して止める」制動確保は30年ほど前までは、ビレイの鉄則だった。
それは、ビレイ方法も「肩がらみ」だったからという前提がある。
中略
70年代前半~中盤で、おりしもビレイは「グリップビレイ」そして「エイト環」と大きく変わりつつあり、さらに現在のビレイデバイスが登場するにいたって、確保方法はロープを瞬間にロックする「静的確保」(スタティック)へと決定づけられたのである。
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『最新!アルパインクライミング』が出版されたのは、2006年と、16年も前です…
2006年の30年前は、2022年の46年前。グリップビレイは、1970年代の技とすれば、もはや50年前の技術です。
スタティックに取るようになってから、すでに50年もたっています…(溜息)