■ 相談相手が欲しくなり、大阪のクライマーを訪問
”クライミングによる地域おこし”で、私の夢が実現する機会が生まれた。
ところが、私は現在、無職で活動費が出ない上、家賃の負担も、現状の住まいの福岡は、不動産バブル最盛期で、家賃負担が重い。
そこで、一人住まいではなくシェアハウスの運用を考え、一緒に住んでくれる協力者を求めたら、協力、ではなく、
乗っ取り
に会いそうになっており…
どうしたもんか?ということを相談したかったのだ…
■ 岩場とローカルの関係性の構築を教えられる上級クライマーはいるのか?
福岡では、米澤先生から、地権者との交渉術を含む、開拓を学びたかったが、これは失敗に終わった。
その代わり、いかにクライミング教育が不在か?ということを学ぶ結果になった。
クライミング界の問題点は?と言えば、アクセス問題に尽きる。
これまで、クライマー界は、
単純に、自分の欲望の充足”だけ”を第一
にしてきた人を、なぜか、
高いグレードが登れるから、という理由だけで賞賛
する習慣にあり、それは結論的に言えば、わがまま言った人が勝ち、という原理になっている。
つまり、子供っぽい態度でいればいるほど、取り分が多くなるって意味だ。駄々っ子が駄々をこねているだけで、賞賛が得られる、というのと同じことになっている。
特にグレードにオブセッションな人はそうで、たった一つのグレードだけを
執着心 という単なるわがままの正当化をオブラートに包んだ言葉
で、
パートナーへの責任や社会的責任、道義的な合理性
を無視して活動することの言い訳にしている。平たく言えば
強ければ何でも許される
という横暴が、なぜか公式見解、って言うことになっている…。
これは、ビジネス界も同じで、ただ利益だけを追求してきた結果が、
環境問題、貧富の格差の問題、
などなど…いびつな世界を作り上げた。その反省の波が、世界中で起きている中、日本のクライミング界はいまだに、グレード一点豪華主義、でなんかなー感がある。
そうでない、地域とクライミングのより良い在り方を構築してきた人…そういう人から、地域との関係性の作り方を若いクライマーは学んでいない。
そのため、幼稚園生が食べたいものを食べ、遊びたいときに遊ぶ、のと同じ存在になってしまっており、結局、地域の皆様にお目こぼしをもらって、
地域に落としているのは、迷惑と事故だけ
って結果になることを回避できないでいるのである…。
地域の人たちから、岩場があるおかげで、地域経済が成り立って、うれしい…と言われる… そういう風にクライマーは持っていかないといけないのだ。
なのに、そうなっていない…のが、まぁ全体的に共通の岩場の事情だ。
で、ヒロさんというクライマーの店に、岩場とローカルの関係性の作り方を知りたいと思って出かけた。
(※ほかにもネパールのことなど聞きたいことがいくつかあったが)
■ 中村天風の 霊性を中心とした生活
この日は気の流れが良い日で、朝から流れが良かった。毎朝のジョギング兼ねた散歩に出たら、中村天風の会にバッタリ。飛び入り参加したのだが…。
教えられていた行法自体は、ヨガを学んだあとの私には目新しいものはなく、クンバカも心身統一法も、ヨガの本に書いてあることだったし、バレエでもお尻の穴を締めるということは普通にやるんだが、
・マインドフルネス
・言葉に出す自己暗示
・欲ではなく、霊性を高めることを目的とする
・ビジョンを揺るがせないこと
などが、改めて、そうだよなぁと思わされた…
そういう偶然の出会いのあと、会いに出かけた。
■ 分かったこと
彼は岩場に住んでいるが、仕事は別のところでやっている。
会にもいろいろあるそうだ…。
しかし、清掃活動など地域貢献活動をしている。岩場に住む立場、というのはどういうことか?そんなことを聞きたいと思った。
その肝心のところは、先客が多くて聞き損ねたんだが…
面白い出会いがいっぱいあった日だった。
■ 高校偏差値
途中で学生時代のご友人が多かったせいか、大学進学と高校の偏差値の話になった。
偏差値75の学校だったそうで、大阪の高校ランキング…北野高校の話になった。北野高校と言えば、三井物産に勤めていた時代の後輩が、北野高校から九大に進んだ人だったんだが、福岡では、九州大学と言えば、そこのけそこのけおいらが通る…って感じだが…
私の母校、熊本高校での認識では、九州大学っていうのは、九州大学に”しか”行けなかったのね…って感じに受け取られること必須なので、普通みんなプライドがあるので、なんとしても九大以外の大学に行くのが普通だった。よっぽど親の事情で九大を避けることができない事情がある人しか行かない。家を継がねばならない、とか…。北野高校の後輩もそうだろうと思い、特に気をとめることもなかったんだが…
彼が非常に高学歴のクライマーであることが分かったのだった。阪大の研究室のつながりの人がいっぱい来ていた。大阪外大は阪大に吸収されてしまい、残念なことになっているのだが…。
外大生が大阪大学に吸収されたことを残念がるのは、阪大は理系で外大は文系で、まったく学術分野的にミスマッチだからだ。互恵関係にないよね、みたいな。
でも面白いことに阪大卒のヒロさんは、海外の放浪に出て語学が堪能になり、外大女子の私は、松下のロボット開発室でキャリアをスタートした…大阪で社会人になると、自分の立ち位置感が正確に分かるような気がする…外大って言うことのポジションも正しく設置されるわけだし…。
外大は、どちらかというと阪大よりも、京都大学の前座に近い立ち位置で、外大で教えた後に京都大学にステップアップして行ってしまう先生方が多かった。私の時代は、就職氷河期で、6コマもかけ持ちしても、食っていけない若手の助手やパートタイム雇用の教授たちが、外大の図書館には相談にたむろしていて…というのは、自費で研究に必要な書籍が買えないので、一般学生向きの図書予算で必要な本を買ってもらいたいわけ…そういうのを見聞きしている間に、今院に進むとこんな羽目になるんだ~と思い、私は在学中からパナで働くことにしたのである…。院に進むことはだいぶ色々な人に薦められたんだが、ただ痛みを後伸ばしにするだけのようにしか感じられなかった。
話がそれたが、やはり、
地域の中で視野の高いクライマー
が必要で、クライマーでも、知能知数が高い人は、人間力も高く、ちゃんとリスクを考えて避けて通ることができるのではないだろうか?
結局、そうでない人たちは、
人生の一発逆転
を求めてクライミングに来る。今はそういう烏合の衆のようになっているって話なんだろうなぁ…
という話だと遠回しに感じました(笑)。
考えていなくても、あまりにも明らかで、誰でも分かるようなリスクや危険でも、現代クライマーは、
いちいち言語化
しないと、現代のクライマーには理解すること自体ができない人が増えたのかもしれません。
なんとなくそういう結論になった(笑)。そういう知性の低下した相手のためには、言語化という能力がある側からない側への、努力、それによってしか、必要な相互理解が得られない時代ですね。