■クライマー向けゲストハウス(によるクライミング教育普及)を辞めた理由
ゲストハウス構想を辞めた理由は簡単に言うと2つあります。
1つは、ゲストハウス運営だと収入がゲストハウスに一極集中してしまい、岩場がある地域の人にとって、関係ない話になってしまうこと。地域内多点AirBのほうがベター。
2つは、今までクライミング教育を私が先輩として、渡してきた人達の行動を見て。
長野県山岳総合センターのリーダー講習は、誰でも入れるところではありませんでした。もちろん、昨今の登山業界の現実から、限りなく敷居は低くなっていたとは思いますが、それでも、山行履歴は出さねばならず、「昨日、山、始めました」みたいな人は入れないのです。
理由は簡単。誰でも出れるんだったら、リーダー講習=リーダー育成にならない。
仕事で忙しく、人間関係のめんどうな山岳会に入る時間がない
煩わしい山はしないけど、個人では、きっちり行ける範囲の山に着実に登ってきて、実力を上げている
という人達が存在し、その人達こそサポートが必要で、将来のリーダークラスであると山岳総合センターは思っているのでしょう。
特にコロナで職を失った山ヤもいるし、40代、50代は、介護が必要な家族への負担が増えたり、と公私ともに忙しく、山=余暇という世間の認知から、40~50代って登山人口ではもっとも少ない年齢層です。
私が山岳総合センターに属して分かったことは、登山教育が問題と言うよりも、そもそも、
登山の指導法が確立されていないことが問題
のようでした。つまり、指導者マニュアルの不在ということです。みな教え方が分からない。
講師になってくれている先生たちですら、指導法について、喧々諤々の議論をして、懸垂下降のセット一つでも、議論した結果のベストだと思える内容を教えてくれたそうです。
今、日本で足りていないのは、この議論、みたいな感じです。
■ 先鋭クライマーを作る方法と、本格的登山をきちんとこなせる人を作る方法、は違う
A)山野井さんとか、ギリギリボーイズのような先鋭的登山者を作るための必要な登山教育
と
B)一般山岳会のリーダークラスに必要な登山教育
は、
誰が考えても違いますよね? そこが切り分けられないで、議論されているのが、たぶん、何を教えるべきか、意見が分かれる源だと思います。
A)懸垂下降のロープの末端は結ばない
B)結ぶ
おそらく歴史的に、A)とB)は限りなく近い時代があったのだろう…と思いますが…社会人山岳会がバンバン歴史的登攀を登山史に残した時代もありましたよね…。でも、それって、もはや40年前。
アルパインクライミングの土台になる、フリークライミングの基礎力をクライミングジムの出現によって、”山に通わずに”あげられるようになった1980年代以降、特に2000年以降は、もう、
スーパーアルパインの時代
に入り、A)のレベルは、もうB)の人が理解できないくらいに、ずこー!!と上がったんですよ。
A)5.12はフリーでオンサイトできるほどの楽勝で登れる × 40kg歩荷
B)5.12はPRで何とかやっと登れる (昔のⅤ級には、12まで含まれていたから)
たぶん、九州ではそのこと自体に気が付くこと、そのものが抜け落ちてしまっていたようですが…。
一方、B)のほうは、もう零落中というか… 昔の標準的な市民山岳会のレベルすら維持できないくらいなんではないか?と。
八ヶ岳の赤岳で、ひいひい言っているレベルでは、山岳会ではなく、一般登山愛好家レベル、です。市井の山岳会でも、もう、サロン的な会になったほうがいいです。
九州では動くものに道標つけて、これで良し!とか言ってるレベルの低さです。
■ ジム上がりのクライマーは?というと…
さて、ジム上がりの一般クライマーは…というと別の話。
彼らの外岩デビューについては、
与えられても、受け取るだけのキャパがない
です。
一般にクライミングガイドの開催するクライミング講習に参加すると、トップロープ祭りなんですが…。
その指導方針だと…?
お腹がすいている人に魚をあげても、明日またおなかがすく。
です。
同じ人に魚の釣り方を教えたら、自分で出来るようになる。
でも、魚をあげると、また魚を欲しがる・・・。
インドアジムクライマーを外岩教育してみて感じたことは、ここでした。
コロナでお客さんが減ってしまったクライミングジムは、たくさんあると思います。立て直したいですよね…
で、外なら三密もないし…誰か教えてくれないかなぁと思いますよね… できればタダで。
見ている限り、トップロープの端を持っているだけで、簡単そうだし…
知り合いの男性クライマーの様子からして楽勝っぽいし…
ロープ? どんなのがいい? みんなが人工壁で使ってるのでいんじゃね?
ビレイ? やってりゃそのうち覚えるでしょ。
どこを登るか? そんなの、登ってる人みて判断すればいい。あいつが登れるなら俺だって登れるだろ…
誰と登るか? そりゃ俺の言うなりになってくれる奴に決まっているだろ…
外岩を登るための知識? は?何のこと言ってるの。クライミングはクライミングだろ…インドアもアウトドアも何が違うものかよ…
ボルト? え?40年物?でもペツルって書いてあるぜ… なら、いんじゃね?
事故? そんなのは、自己責任だろ…俺は事故らねぇ。
俺が無責任すぎて組めねー?って? じゃいいよ、俺、ボルダーしかしないから
…とまぁ、そんな調子なんだろうなぁ…という心の声が読める感じでした。
でも、自分がビレイされる側になった時、そんなんで登れます?
クライマーが言う”自己責任”は、責任転嫁のための、自己責任。自分だけ責任逃れをし、相手に責任を転嫁するために言うのが、「クライミングは自己責任です」のセリフです。
ボルトが40年経過したカットアンカーの時、それは、登る人の責任範囲にありますか? そんなのどこに書いてあるんです?トポに記載してあれば自己責任ですが、そうでないなら、設置した奴の無責任です。
自分が登るために設置したというのなら、とっとと抜いておいてください!
「クライミングは自己責任」…このセリフが、誰かから聞こえたら、相手は自分の責任を棚上げしている、転嫁している、と見て、ほぼ間違いないです。
自粛期間、クライミングがほとんどできなかった人も多いでしょう。
気の毒に思って、外の岩に安全に登る方法を教えてあげようかなと思って、いろいろと巡り合う人には、先輩の義務があると思って知識を伝授しました。
特に岩場がある自治体の人たちには、今、転勤中でゆとりがあり、時間があるからこそ、外岩を安全に体験してほしいと思って、サポートをしていたのですが、残念な様子も見えました。
全員じゃないですよ!
でも傾向が見えたという事ね。
”岩場に連れていくお礼として、次の人に教わったことをシェアしてほしい。
そうすれば、他にも必要なクライマーに情報を届けることが出来るから。”
とお願いしていたのですが、そのような行動は全くない人もいましたし、自分のビレイ技術は棚に上げて、講習は全然来ない…
スポーツクライミングのビレイをオリンピックのボランティアで習って、外岩のビレイはオリンピックで習ったのでできます!とか…。
新人じゃなくて指導者層が問題なんです。
そもそも、分かっていないことが分かっていない指導者がほとんどのようでした。
急務なのは、新人をクライマーにする育成じゃなくて、指導者育成。
分かっていないことが分かっていない…それって新人の常で、新人なら許されますけど…教える側。
こういう人達に限って、私が身銭を切って、講習会を開いても、参加はしないかもしれませんよね。故・村上先生はやってくれるって言ったけど。
樋口先生が開いてくれた、奥村さんのビレイ講習会イベント(=1000円で勉強出来る☆)にも、指導者は一人も来ませんでした。
そもそも、学ぶ必要自体がある、という自覚自体がないのです。
山ヤは一生勉強だ、という山ヤ道を教わり損ねているからです。
まぁ、山梨にいたころも、勉強したはずの!危険なビレイを、のんびりやっている後輩の様子が見えました…。
うーん、あんときは、めちゃ深く挫折しました…。
なんせ、彼には蒼氷の先輩にも登場してもらって、めちゃエリート教育したんでしたっけ…。
でも、彼指導者ではなく、新人君ですから…。
23歳の彼の様子から、私が43歳の非力な女性にしては、非常にスピーディにクライマーとして成長したことが分かりました。
大体、20代で3か月かかるところが大人は3年って言われているんですよ。
でも、たぶん、それは運動習慣のない人で、今水泳を習っていますが、数か月でだいぶ向上したので、ヨガやバレエ歴の長かった私とは別の話かもしれません。
■ 新人は悪くない
若いクライマーが全然クライミング技術を学ばない理由も少し分かる気がするんです。
人気だから、そんなシリアスなのじゃなくて、ちょっとだけクライミングしたい。体力や熱量が余ってるから、消化したい。暇だし、やってみようかな、的な気持ちだけの人もいたのかもしれませんし…、
”みんながやっているから” ”自分は困らないから”
バッドビレイのまま、という人もいるかもしれません。ビレイは相手に文句を言われないと自分のビレイが悪いと気が付けない。そして、悪いことを指摘すると、相手はたいてい怒るので指摘しづらいのです。
ここが、「己の姿を知らないから、自分では気が付きようもない」ってところなのかもしれません。
とはいえ、日本のトップクライマーからじかに教えてもらえる機会となる奥村さんの講習会に来ないって、ちょっと自信過剰じゃないかとも思いましたが、
こういう勉強をしている事を知られたくない(俺、山岳会の会長なのに、会員に知られたら、気まずい)という人もいるのかもしれません。
たぶん、奥村さんがトップクライマーだということで嫉妬したのかもしれません。
変化は怖いかもしれないけど、変えなかったら、変わらない
これが、私が九州の指導者層のクライマーに言いたいことです。
もうね… めちゃイケていないですよ…
会の方針を変えたり、考え方&指導を変えるのは怖いかもしれないですよね。
特に長年やってきたなら。
でも、同じことをやっていたら、同じ結果しかでません。
山岳会に人が入ってこない
入っても、「失望して」と辞めていく
若い人の数が増えない
ちゃんとした人ほど当会を避けているようだ…
このような問題があったら、同じことを繰り返していても変わらないはず。
「昔はこうだったのよ」的な考えを捨てて、人工壁は外岩の代わりにはならない事を理解して
現状の指導法の何かを変えなければいけないでしょう。
これまでもずっと書いてきましたが、私も含め、登っているときにクライマーの安全を第一にすることが「当たり前」でなかった時代の指導者は、
ただしいビレイ知識のインプット=今までのクライマー人生を覆されたような、自分を否定されたような気持ち
指導へアウトプット=今までの間違った指導に罪悪感をもちつつ、生徒と向き合う
という内面の戦いもあると思います。
さしずめ、孤独ですよね。
並大抵のことではありませんよね。
でも、今のままでは上手くいっていないんでしょう? 何か変えなきゃ、変わらないよね。
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狂気とはすなわち、同じことを繰り返しおこない、違う結果を期待することである。
Insanity is doing the same thing over and over and expecting different results.
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これは天才物理学者アルバート・アインシュタインの発言と言われています。
小さなチェンジでも問題なし!
「何か変えなきゃいけないよね?」とお話すると
すぐさま拒否反応を起こす人達がいます。
うちの会では無理だから
大先生が聞かないから
ド田舎だから無理
それだけの規模じゃないし
トップクラスを目指しているクライマーはいないし
などなど。
でも、その傍ら、自分の山の会の、会員が10人以下でも、山の指導をしている山ヤが、きっちり勉強を続けているのも知っているし
田舎でも、山岳会をよりよいものにするために、考えている山ヤも知っています。
変化は小さくてもいいんですよ。
前にいた御坂山岳会では、地図を持ってこないおばちゃん登山者がいました。地図を持ってこない人が一人でもいた時点でその日は敗退にします、と事前に告知して、私の当番の山行リーダーはやりました。
一人の先輩が、そのおばちゃんの自宅玄関に行って、地図、渡していた(笑)。
でも、山に地図持っていかない会員がいる、なんて、山岳会って言えます?普通は恥ずかしくて言えませんよね…?
凄く小さな変化だけど、一人が一つ変えれば、12か月後には12回、変わっている。
この会の端にも棒にもかからなかった新人君が、谷川馬蹄形を一人でやっていてうれしかった。
この会であったエイドがクライミングのことだと思っていた男性が、クライミング講習会の音頭取りをしてくれるようになったそうで、うれしかった。
この人、「俺はやっぱりアホです。落ちた人をキャッチしたことがなければ、ビレイはできていることにならない。そんなことはちょっと考えればわかるはずなのに、分かっていませんでした」と私に書いてきた人です。
何よりも、その人のクライミング理解が向上している。
そうした小さな一石を投げることを皆が恐れた結果が、今のていたらく、なんです。
同じように
「ランナウトがしびれる」「流して止めてあげる」など、会で言わない言葉を1つずつ増やしていく(=良い環境作り)
カットアンカーは使わない、ペツルのサイトを皆で見るなど技術をちょこっとだけ伝えてみる(=クライミング技術の理解)
登攀前後は、きちんとウォーミングアップ(=集中力維持によりケガ予防)
マルチはちゃんとレスキューを共有してから(=競争ではなく山としての成功を考えられるように)
グレードではなく、その人のレベルや得意を生かしたオリジナルなクライミングとする(=レベルに合わせた登攀)
など、ちょっとしたことでいい。
粋がるのを辞めて、そういうことをしていく。
上で挙げた例はお金がかからない。
だべりんぐしかしない、つまらない飲み集合のために会費をあげるくらいなら、講習会を開いたらどうでしょう?
ビレイとか、山行計画の立て方とか、レスキュー訓練をみんなで練習するとか。
だって山岳会って、一人で登る可能性より、団体で登る可能性の方が高いんだから。
そこに必要なのは、弱い者に合わせてロープを出す、ですよ?
だから、北鎌尾根で死者だすんですよ?その人の死を本当に意味あるものにしていますか?
私に言わせれば、そんなことも習っていないのか…ですけど。
でも、私も講師の高橋さんに言われましたからね、そんなこともしらねーのかって。
知識は絶対に無駄になりません。ちゃんと使えたら。
ロープの理解は、自分の理解。
つまりクライミングを辞めても、実社会で使える知恵なんですよね。
魚の釣り方ではないけど、ロープを組む、その相方との関係性の作り方が大人になった時に会社で使えるとか、結婚生活で使えるとか、
チームワークや表現力、創造力は社会生活で必要でしょう。
何より、楽しいから、クライミングを辞めたくない!と思う人達が増えてくれたら、山岳会の幹部としては嬉しいはずです。
ま、そんなわけで、クライミングを人に教える活動のためにゲストハウスを作る構想は、クライマー界のほうがまだ機が熟していないと思って、辞めました。
でも、クライマーとしての気づきの蓄積、は引き続き行っていきます。
魚を与えるだけでなく、釣り方を覚えてもらえたら、より多くのクライマーをサポートし続けることが出来ると思うからです。
・楽しく安全に登りたい
・今の事故だらけのクライミングから、次のもっと楽しいクライミングの世界にアセンションしたい
・一生楽しくクライミングを続けられる未来の日本を作りたい
人達とお会いできるのを楽しみにしています。
■参考記事
https://allnevery.blogspot.com/2023/09/blog-post_29.html
https://allnevery.blogspot.com/2023/09/blog-post_22.html
https://allnevery.blogspot.com/2023/10/blog-post_84.html