2025/03/12

トラウマ発動中…の苦しみ 絶賛悶絶中

もう、絶賛トラウマ反応中で苦しいです。

トリガーは、ルールを守らずやりたい放題の中国人対応、ということです。

しかし、今こそ、子供時代の無力な私を救いに行くのだ、という気持ちでいます。

私はこの動画の人だと思いました。よくストーキング被害にあうタイプです。



私はもう7歳からこの背中に地球を背負っているアトラスと同じイメージを自分に対して持っていました。




理由は、母がピンチだったので、私は自主的に家事を担い始めたからです。

ところが大人は、重荷をとりのぞくどころか、どんどん私に荷を積んでくる感じでした…学校でも役職だらけ。学業への期待も高く、遊ぶ時間、本当にゼロの15分刻みの一国の大統領みたいな生活を子供時代にしていました。成績は常にクラスで一番か2番で、100点でない方が珍しいのです。なぜなら、他に家事で忙しいので、勉強なんてさっさと終わらせておく感じだからです。

そのインチャ癒しをしないといけないのですが、これが取り組みの一番難しいところです。

”無価値感”ではなく、”無価値観”、つまり、観念になってしまっているのです。

でも、私自身が私を無価値に扱っているって感じはしないのです。

じゃなくて、他者が私を無価値に扱っています。(投影)

自分を粗末にどころか、自分では、自分のことはできたうえで、他者の手助けをしているのですが…なぜかどっと疲れる。

それは、気が付いたら、弟や妹がフリーライドしているからです。白亜スラブで何が起きていたか、クライマーなら記録を読めばわかるでしょう。インスボンで何が起きたか、普通師匠が弟子を置き去りにしますか? 

要するに私を”便利に”利用していた人たちだったことが明白でしょう。

気が付いたら、必ずどこの山岳会であっても、私以外の人は、相手に何が間違っているか教えたりしていないのです。命がかかって死にそうなのにも関わらず。保身が優先だからです。

で、結局、起こっているのは

幼児期: 母と同じ視座に立っているのが私だけ。
学童期: 先生と同じ視座に立っているのが私だけ、
成人期: 会社の社長と同じ視座に立っているのが私だけ、
登山で: 山岳化の指導者と同じ視座に立っているのが私だけ
クライミングで: UIAAと同じ視座に立っているのが私だけ

なので、結果、誰が見ても、私がやるのが適任だ、という風に感じられるなと、私のほうでも客観視ができるため、感じてしまうのです。

しかし、どんなに優秀な私でも、クライミングでは、なぜ43歳スタートの私がクライミング界の発展に責任を背負い込まねばならないのか?

え?ちょっと待てよ、と思いますよね。普通。

で…BMCトラッドフェス…イギリス開催のトラッドの祭典ですが…は行かなかったのです。行ってしまったら恩を売られることになり、恩返し路線を期待されてしまいます。

だから、行きませんでした。もちろん、私がUIAA日本支局になってもいいのですが、そうなるとどうなるか?

ものすごく日本の既存の山岳団体のお偉方が私を一斉に攻撃してくるでしょう…。

なんせ男同士のルサンチマン以上に、女にメンツをつぶされた男の嫉妬は醜いものなのです。すでに山梨県で経験済みです。九州クライミングでの出来事はその確認、でした。

山の世界は男がいかに醜い生き物か、ということを分からせるために私に神が経験させたのではないか?というほどの、ひどい内容でした。

ということで、昨日は、夜中の2時に起きて、ゴミ出しルールと喫煙ルールを守らない中国人入居者の資料を作り、大阪市に3通の依頼メールを書きました。

私は海外出張や海外での暮らしを作るときに、ものすごく自己有効感が高まります。アメリカでも独立自営で働いて暮らしていましたし、メルボルンでも自分で留学手続きをし、銀行口座を開きました。生まれて始めての運転はアメリカです。

ラオスに行ったときも、航空券の日付ミスなどありましたが、時間的プレッシャーがあっても、やりたいことができ、なんだ、自分はなまっていないな、と思いました。

ところが、タイだけは嫌でした… もう、無能な男性の掃き溜めか?みたいな気がしました…ラマ16世通りだったかな?に行くようタクシーに指示したら、14世通りに連れて行かれ、ビジネスミーティングに遅れるなど、自分以外の要因で責任が全うできず、もう情けないやら、なんやら。

一方ベトナムでは、同じようにタクシーを一日借り上げて、郊外の工場まで出向くのですが、普通に仕事ができ、理由は、戦争で男が減って、企業幹部が全部女性だから、という話でした。日本を含め、東南アジアでは、もっとも楽をしているのは、無能な男性、なのです。

そして、無能な男性を背負っている、私がこの石を背負っている女性です。だから、許せない!のです。女性ですらなく、フリーライドされている当時、まだ子供ですから。

私は憎しみすら、無能な男性に感じています。

カウンセラーの南ユウタさんに、男性恐怖症の根源となったトラウマの話をした成果で、恐怖症については薄らいできて、少しづつ、相手を見て話しができるようになってきています。

しかし、次の課題の、この憎しみを、現在の自分と切り離すこと、外在化がとても困難です。