2016/10/14

順調に成長中でした

■ 最近理解したこと

さて、最近、理解したことをまとめておく。

 1)クライミングは長距離走 焦るべからず。

 2)山はバランス フリーに集中したくても、天候その他で叶わない場合もある。

 3)今まで通り積み上げ式登山が一番安全。安全な山=楽しい山。

 4)体作りも同時並行で必要

■ クライミングは長期計画が必要

クライミングに一緒に行ってくれる人は、私が初心者なので、大抵の場合、”先輩”。

なので、がんばってほしい勢い余って、「ホントはもっと登れるのに・・・」とか、「来年は11だねっ!」とかコメントしてしまう・・・。コメントされる側は、心苦しいノダが・・・

 結論: 気にしなくて良い。

 理由: 気にしても、しなくても、成長スピードは変わらない。

がんばろう~!という意思(=根性)だけでは、どーにもならないのが、クライミング。

早く成長したい!!!と、いくら思ったところで・・・そう思わないクライマーがこの世にいるのだろうか?・・・、そんなに性急に結果が出るものではないのである、クライミングは。

ここから学んだこと: 私自身が先輩役をすることがメインだった去年・・・、今年は後輩役で色々と登ってみて、自分が先輩の時は、後輩にプレッシャーを与えないように気を付けよう~と思った。

焦って頑張らせたせいで、故障して、登れなくなったら、本末転倒だ。

女性クライマーで、2年前に今の私と同じくらいを登っていた人が、現在11bが限界だそうだ。彼女は、先輩として、10Aのクラックをテンションまじえつつ、リードしてくれた・・・ので、限界グレードとゆとりがあるリードの関係は、正しいと思う。つねに2グレード下なのだ。

12歳私よりも、若い彼女が人生のすべてを費やして2年かかったなら、やっぱり私にも、2年は必要なんじゃないだろうか?

山もクライミングも集中力を要求するもの。安全のためには、集中力を持続的にする、段々長くしていく、ということを主眼に据えるべきである。

■ バランスが必要

一口に山と言っても、要求されるスキルは色々で、アクティビティには、バランスが必要だ。

これは、まぁクライミングを主体とする山が初年度だったので、まぁ仕方がない。今まで縦走メインの年間メニューしか、理解の範疇になかったわけなので・・・。

岩場にも適期があり、スラブは真夏は向かない。

フリーと言っても、スラブ、クラック、フェイス、みなどれかに集中して登るべきである。課題は具体的にあげられる。・・・などなど、知識が不足していたのである。

まぁ、どう活動計画を立てるか?も経験を通して学んでいくので仕方がない。

真夏に小川山でキャンプしても、全然岩には登れない・・・。行くなら、今頃、秋がおススメである。

 冬: 曇ったらアイス、晴れたら雪稜ハイキング、もしくは昇仙峡クラック
 春: 湯川、小川山、春山はロングな雪稜
 真夏: 高山は人で渋滞中。スラブはダメ 岩もヌメッて適期とは言えない 結果、沢を楽しむべし
 秋: 小川山シーズンイン、紅葉狩りハイキングで、冬山向けトレーニング 

結論的には、

 ・夏はお休みして体力を温存
 ・朝のトレーニングを継続 
 ・フィットネス値を夏にインドアで高めておく

毎朝歩いていたが、真夏は不快なのでしないでいた・・・これは正解であった。今まで、秋口に体を壊していたのは、夏も冬と同じように頑張ってしまっていたからだったと今年、理解。

年々、人は年をとるのだから、毎年同じことを自分に強いてはいけないのである。

今年は真夏に頑張っていないので、比較的好調。沢も過ぎると、体にも負担があるからなぁ・・・。

というわけで、休息と活動のバランスよい生活をし、精神を充実させるのが大事なことが、良き山につながる、と理解。

山やクライミング以外の要素も重要だ。

■ 捨てるべきこだわりと捨てなくてもよいこだわり

一般に、どの程度の実力が自分にあるのか?良く分からないのが、未組織登山者・・・行くべき山が分からない、というのが、問題の根底にあり、それは、山でも、フリーの課題でも、同じだ。

客観的な実力評価が難しいのである。

山なら、単独では10の実力があっても6の山しか、行けない・行かない。安全マージンがたくさん必要だからだ。

フリーなら、トップロープでは11を登っても、リードなら10Bを登るべきだ。

そう言う風にしていても、特殊な山は漏れや抜けが起きる・・・たとえば、カモシカはしておくべきだがやっていないし、私は、もはや一般ルートと言われている阿弥陀南陵には行っていないし、積雪期の入門ルート阿弥陀北陵にも行っていない・・・先輩は、どうせ私が退屈しそうなので連れて行きたがっていなかった・・・エイドのルート大やすり岩もそうだし・・・ 適したときに適した課題を消化できない。

だが、無理して、カリキュラム通りである必要もないのだろう・・・と理解した。体系的に山をステップアップするのは、ごく限られた環境でのみ可能になる贅沢なのだ。

なので、時代の背景に適応して、その辺は、こだわりを捨てても良いことらしい。

また今回は連れられていく山・・・例えば、烏帽子岩左岩稜は連れられていく山だった・・・に対しても、こだわりは捨てて良いらしいと理解した。

経験のためにはベテランの同行が必要であり、ベテランが同行しても良いよ、という気になることは、そもそも稀にみるラッキーである。幸運は掴むべきである。

が、連れられて行った山が自分の実力だと、天狗にならなければいいだけである。(これが実に難しいことらしいのだが)

人のことは言えないが、復習山行の企画自体が大変難しい。

(連れて行ってもらう)→(自分が連れて行く)の循環がうまく回らないことが多いのが、限界集落的様相を見せる人口激減社会のアルパインの世界・・・ 

実際、私は、春のもどり雪はオールリードで行きたいのだが、連れて行く後輩格の人が今いないので、実現していない。先輩は、ラクラク過ぎて何もタノシクナイのだし、かといってビレイが不安な人をセカンドで連れて行くわけにもいかないのだし。

そうこう考えると、今現在登れなくても、ビレイが確実なだけでもありがたいのが、後輩ってものだ。クライミングは勝手に上達してくださいって感じなわけなので。

まぁ、そういうの・・・も、こだわりを手放して良いうちに入るらしい。懐に溜めておいて、機会が巡ってきたときに打ち出せば、よろしい。

望むにせよ、望まざるにせよ、目の前にある道を歩くしかないのが、クライミングが出てくるようになった山なのだ。

・・・というわけで、今与えられているパートナーや環境には、大変、感謝している。

大事なことは、山が訴えかけてくるメッセージを丁寧に拾っていくことなのである。

■ 体づくり

女性は、クライミングが前提条件として要求する、基礎的な、肉体的頑強さ(=指の腱の強さ)がないかもしれない・・・。

もちろん、これは、体重と指との関係による。骨皮筋みたいな人は、指力トレーニングをはしょることができるようだ。

私は、骨皮筋ではないので、指力の強化は端折れないようだ。今は指と広背筋、肩を強化しないと。

山は相反する要素が、絡み合って難しい・・・。骨皮筋みたいな人だと、クライミングは、すぐに上達するのだが、冬山ができない。実際、ものすごく寒いのだそうだ。それに荷を担ぐのも、難しくなるだろうし・・・。

私も特別担げるタイプではないので、最低限自分の荷が担げるだけの体力トレは必要だし、それはクライミングだけしていては、落ちていく。普通の歩きも、それなりに必要だ。筋力は生ものであるからにして。

マシンを使ったトレーニングのようなことは、必要がないと言う人もいるが、クライミングしていて実感としては必要だ。

10A程度であっても、やっぱり少しでも荷を担ぐ必要があるなら、体幹の力は、自分の肉体以上の重さに耐えないといけないのであるから。

私は本格的なアルパインクライミングをしようと言うのではなく、標高差1000位内、ピッチ数10ピッチ以内の易しい趣味的アルパインをしたいと思っている程度のことだが、本格アルパインクライマーの、馬目さんが書いているこちらの論文を読み、たかだか岩を始めて3年目の私が、10代でも怖い思いをしているのは、当然の帰結だと納得した。

岩・・・2013年は、人工壁、3mで落ちていた。腕力もムーブもゼロだからだ。男性は腕力で登っていた。14年は既に外岩5.8をリードしたが、10代では落ちていた。人工壁は単純に腕力問題だった。15年は小川山でクラックデビュー。人工壁はお休みしたが、問題なし。16年の今年は2点支持マスターした。外岩5.9をオンサイト貯め中、10b限界グレード。立込とパワーが課題。

ごく一般的な成長速度だ。

世界のクライマーが5.9であっても10代の安定力が必要と言っているのだから・・・その辺の市井のクライマーで、なおかつ女性、中高年登山者、であれば、なおさら、トレーニングが必要だろうと言うのは想像に難くない。

逆にまだ13年当時の私と同様の認識度しかなく、広沢寺や日和田、十二ヶ岳の岩場程度が必要な人を小川山に連れて行ってしまえば、怖がって将来がダメになるだろう・・・と思う。

実際これは、過去の私のこと(笑)。 だから、”よくつぶれないで頑張りましたね~”って自分で自分に思う。

というわけで、山に倦んでいるわけでも、山で成長できていないわけでもなく、順調に正しく成長中だと言うことが、焼岳に行って分かったのであった。









2016/10/13

山さえあれば・・・

■ 命の洗濯

今回は、久しぶりに命の洗濯。

5年来の山の先輩、敦子さんの山に同行した。島根から。

敦子さんは、現在60代に入ったところで、山は大ベテラン。今回は脳の腫瘍手術からの復帰戦。参加させてもらえたのは、率直に言って光栄だった。

悪性リンパ腫・・・最近、吉田和正さんが亡くなったことで知った病名だが、敦子さんは20代前半で患い、その時受けた放射線治療の影響で腫瘍ができたのだそうだ。検査を6か月ごとにしていたのだそう・・・

開頭手術は10時間にも及んだそうで・・・リハビリも4か月かかり、大変だったようだ。しかし、今回は、しっかり歩いていて、タイムもコースタイム通り。

山があるからがんばれる・・・それを地で行く人だ。私とは山があるから頑張れる、同士。

■ 何はなくとも何さえあれば幸せか?

失職し、流産もあり・・・、もうこれから、どう生きたらいいものか・・・という状態でたどり着いた山梨・・・私の出した答えは、山梨にいる間は山さえあれば幸せ、というものだった。

山梨にいる間は、何はなくとも、山さえできれば・・・。そのような登山者であった私に、山は色々と答えてくれた。登山1年目から雪の穂高に登り、登山2年目で山小屋のご主人と山を歩き、3年目で山岳総合センターのリーダーコースに通った。

その山小屋のご主人と歩いていた頃、運命が与えてくれたものの一つが敦子さんとの出会いで・・・それは、”本格的”という形容詞がつく登山との出会い・・・だった。

敦子さんと南アで会った時、私は、”ぬんちゃく”という言葉も知らない登山者だった。

そこでの出会いが、本格的がつく登山への導入となった。

■ 闘病とリハビリ

それにしても、敦子さんの闘病は壮絶だ。ガン、脳内腫瘍摘出手術。

そのような闘病生活の中で、リハビリと称して、毎日歩く。日常的にヨガをしている。週1でボルジムにも通っているそうだ。

私自身も、カモシカ縦走の為、毎朝20kgの歩荷散歩をして備えたが・・・私のトレーニングは大体、山が見えてからしか、やっていない。春山のための歩荷トレは大体2週間程度だ。

したがって敦子さんと私では、ハッキリ言って気合の入り方が違う。

今回は焼岳をご一緒したが、素晴らしい山だった。 コースタイムで歩いていたのに、非常に驚いた。

■ 松本

移動日は、移動だけだったので、ゆとりがあり、寄り道多数。

諏訪南のPAは、改装が済んで、前よりサービスが低下していた・・・スタバは無くなり、食堂のメニューは魅力がなく、お土産物売り場は前と変わらず・・・。良かった点が省かれてしまった。

次は、定番のレストラン十字路へ。なんとなくデミグラスソース味が食べたくなったのだった。車中泊の予定でもあったので、しっかり目のランチを食べておきたかった。

その後、カモシカへ。店長のキタさんと、愉しくお買いもの・・・ トレランシューズをお買い上げ。実は、いつも乗っている車ではないので、靴を入れるのを忘れたのだった・・・

どちらにしろ、一足はラン用のシューズが必要だったから、まぁよい。以前はアイスに靴を忘れていったこともあったっけな。そんな話で盛り上がった。

カモシカは、クライミングギアも充実しているので、ギアも見て、長いぬんちゃくにするための中間部の堅いスリングを購入。

お給金が入ったばかりなのに、予想外に出費してしまう。

■ 秋山

上高地線を飛ばす。エクストレイルは快調だ。山に入れば入るほど、秋が深まり、黄色がメインになっていく。秋の山はきれいだった。

今回は安房トンネルを通らず、安房峠をなんと4回も通過したが、安房峠のあたりは紅葉が非常にキレイで、気持ちが良かった。

それでも平湯温泉には15時についてしまい、時間が早かったので、敦子さんに連絡したら、すでに山を下りていて、すぐに会えた。こっそりお宿に通してもらい、しばらく、キャッチアップに忙しかった。

楽しく過ごした後、それぞれ夕食へ。私は、近所の定食屋でとろろ定食を食べたのち、お気に入りの平湯の湯で温泉に浸かり、ポカポカと温まってから、登山口で車中泊した。

平湯の湯は、本当に良い。いつも空いていて、寸志で入れる。

この日は、10月にしては冷えた日で、温泉入って温まっていたこともあって、寝つきはよかったものの・・・夜半にかなり冷え、日中マイナスだったのだから・・・寒くて、夏用シュラフでは失敗だったことを後悔しつつ・・・ツエルトを出してきて、かぶって寝た。結構、寒かった。が、朝が来るのは早かったので、寝ていたのだろう。いつも持っているダウンパンツを持っていなかったのだった。山はもう夏は終わり、冬モードだった。

車中泊・・・初めてしたのは、2014年・・・師匠とモロクボ沢に行った時だ。あの日は会の例会があり、家に帰ると時間的に押してしまうので、道の駅に泊まった・・・小さい車だったので、助手席でねるしかなく、非常につらい夜だった。

回想はすべて・・・幸せ色だ。懸命に何かを習得しようと追っている自分を回想するとき・・・あのころは本当に幸せだったなぁと感じる。

幸せとは、何かテーマを追いかけている時のことなのだろう。

・・・当時と比べると、快適な車中泊。快適さの理由は車がオールフラットになる車だからだ。しかも一人なのでスペースにもゆとりがある。ただ、寒さが予想外だった。

最後は頭も寒かったので、毛糸の帽子を出してきて被ったくらい、よく冷えた夜だった。

■ 快晴

朝はR2とナノパフを両方着て、歩きだす。焼岳の中の湯ルートは今冬計画して、歩かなかったルートだ。

焼岳へ通じる最も容易な道であるはずだ。実際そう傾斜もきつくなく、樹林帯である下部とルンゼを上がる上部と大きく2つの部分で成り立つルートだった。

天気は、高曇り。下に雲海が見え、空気は安定しており、冬型で、風もない。

ゆっくり標高をあげて行くと、笹で覆われた解放部に出る。ベンチがある。そこから上は、ルンゼをあがり、焼岳の火口、山頂へと突き上げていく。ずっとルンゼを上がる。

この登りは、敦子さんは少しつらかったみたいだった。でも良く歩いていた。ずっとコースタイム通りで全く問題がない。

森林限界を超えると、白い球の形の花をつけた高山植物が一杯だった。景色はミニ南岳、という感じだった。

岩稜はほんの少しなので、あまり問題がなく、山頂につく。直下の風が防げるところでランチ休憩。

下り始めは、ちょっと天候が悪化していた・・・。が、少し先へ降りると、天気の回復がすごく、振り返ると、素晴らしい青空を背景にして屹立する岩峰・・・山頂部が美しく、皆でお名残惜しい思いを残しながらの下山となった。

森林限界より上の下山中、何度も後ろを振り返り山の姿をカメラに収めた。久々に見る山の神々しい姿だった。

このところ、山・・・は、パートナー問題やら墜落事故なんやらで、山の山らしい神々しさを失い、どちらかというと、昼のメロドラマか、オペラのドタバタ騒ぎのような様相になっていた・・・私にとっては人間的過ぎて、辟易するような状況だったりもしたので・・・

久しぶりの山の山らしい、純粋な姿に再会できたようで、うれしかった。山はサットバ。人はラジャシックだったり、タマシックだったりするが、山はいつだってサトビックだ。

下りは12時ごろ。すぐに平湯の森へ。温泉に30分ほど浸かったのち、ランチで、朴葉焼きを食べた後、敦子さんたちと別れる。

その後、まだ帰りにはゆとりがあったので、もう一度平湯の湯に入り、保存されている茅葺の家で、ラムネ(150円)を飲み、岐路に着く。

帰りは、セブンでコーヒーを飲んだ以外は、一直線に高速に乗った。エッジに行ってもいいなと思い、クラミングシューズは入れていたが、帰りに立ち寄る気にはなれなかった。

甲府についたら、まだ18時半・・・ 焼岳は甲府からでも、日帰りの山だということだ。









2016/10/11

右手薬指が変形

■ 指が変形!!

当初、全然痛くなかったので、ノーマークだった右手の薬指、第一関節・・・ 突然、違和感を発し、終に、節が大きくなり、変形してしまいました・・・(涙)。

左手は痛かったので、テーピングしたり、アイシングしたりしていたのです・・・右手はノーマークでした。

指が変形したと言うことは、基礎的筋力が、その課題を登るには不足していたということです。

■ 指の筋力不足

握力は、クライミング力の指標にはなりませんが、腕の元々の強さの指標にはなります。

基礎能力として、私の握力は、左手が17kg、右手が26kgと、両手合わせて、やっと自分の体重が支えられる合計でした。

なので、右手クリップは嫌いでした。左手一本だけにぶら下がることは、そもそも不可能だからです。

結果、右手が酷使されたのでしょう・・・ ちょっと、これはヤバいという感じがあり、痛みが引かないので、ロキソニンジェルなどを使っていましたが、ついに変形です・・・(残念)。

■ 怖いという感覚

私は前傾壁でクライミングを始めたことが、「落ちそうで怖い」という感覚を定着させることになった元凶ではなかったか・・・と今では思っています。

元々ぶら下がることができないのに、ぶら下がりを強要されれば、必ず落ちます。落ちれば、死ぬのがアルパイン。怖くて当然。

怖いと言う感覚は、個人の筋力や自覚している登攀能力の総合判断であるので、その総合判断は、本人の知覚がもっともすぐれた知覚であるのではないでしょうか・・・。

なぜなら、初めて行った三つ峠の登攀・・・何が怖いの?くらいの余裕のよっちゃんで、何も怖くなかったからです。三つ峠では被ったところなど一切でてきません。

(今ではリスク認知ができるようになってしまい、怖い)

■ ボルダ―5級をこなす指力

5級に入るようになって、突然、課題の質が変わり、ホールドが悪くなりました。悪いホールドを持ったことが、指の変形の原因です。

・・・ということは、私には、まだ5級をこなす指力がない、という意味です。

大抵の男性には、(5級をこなす指力)は、そもそも何もしなくても、備わっているものだと思われます。

ただ女性には、手の強さというのは、備わっていることは一般に少ないと思います。

手も上体も、筋力がないのが、一般的な女性です。 ちなみに私の下っ腹は、脂肪たっぷりで、ぷるるんとしているのに(やだなぁ・・・)、上半身は、鎖骨が出て、脂肪ゼロだけでなく、筋力もゼロっぽいです・・・(><)

これって着やせして見えて良いのですが、上半身の筋力は弱く、下半身デブって意味で、まったくクライミングには不利です。

■ パワーウエイトレシオ

つまり、総合的に見ると、クライミングは、ゆっくりしか成長できないですよ、という意味です。私は何事も、焦らずたゆまず、長期熟成が良いと思います。

詳細に見ると、今は指を使うカチでぶら下がる系の課題はダメです。

クラックかスラブです。というか、前からクラックか、スラブしか、好きじゃなかったですけど・・・(笑)。

要するに、パワークライムではなく、バランスクライムしか、すべきでないです。

もしかすると、5級のバランスクライミングをするための最低限の指力もないのかもしれません。

その場合、

 パワーウエイトレシオを改善しないと、全部の指が変形せざるを得ない

でしょう。取れる選択肢は・・・

 1)ダイエットして体重を下げる

 2)指力を上げるか、

 3)指を保護できるだけの強い広背筋や肩の筋力をつける

どれかです。私は3)を取ろうと思っています。すこし上体の筋力は標準より不足しています。

下腿は強かったのに、フリーしかしないと歩かないため、筋力が最近失われたようで、歩きは弱くなったような気がしました・・・。

■ 女性には女性のアドバイスしか使えない

ちょっと女性クライマーに相談したら・・・

ーーーーー

私も、右手の中指の関節は太く変形したままです(・_・;) まわりのクライマーの女性も大体同じ指の関節が変形したり固まったりしてますよ・・・あまり無理しない方が良いと思います。

ーーーーー

ということでした・・・(汗)

  右手中指

は、変形する定番の指のようです・・・。

■ バラエティが必要です

やはり、同じジムに通っていると、課題のタイプは同じなので、色々というよりは、同じのをしがちになります。

例えば、北海道は岩場が少ないので、少ない岩場で上達するとなると、グレードを上げて行くしかなくなり、レッドポインターが多くなるのだそうです。

同じことで、ジムも色々行かないと、酷使が多くなるのかもしれません。

山梨のジムの特徴は、みな、かぶった壁ばかりということです。垂壁課題は、全く充実していません。

被っていれば腕力が必要になります。ようするに、ボルダリングムーブってことです。

■ バランスムーブ

私は今の課題は

 ・立ちこみ

なので、指を使わないで済む、

 ・垂壁
 ・傾斜110までの課題

で、バランスムーブを習得する必要があります。

これまでつけた基礎的なクライミング力(ムーブと腕力)を失わないためには、

 ・6級までの易しい前傾壁でのツイスト 習熟

あとは、ラオスでの前傾壁が予定されているので、腕力UPというか自重を腕力で支える力・・・広背筋や肩の筋力は必要です。

 ・筋トレ 体幹、広背筋、肩の筋力、軽いラン(肺活量)

■ 垂壁課題充実のジム

 ・ビックロック横浜店

 ・エッジアンドソファ

 ・江戸川 Tウォール

が、それにはふさわしいそうです。 今度、これらのジムに行く予定の人がいたら、ぜひ声を掛けてください。

外岩は、

 ・被りがない5.9までのカチ系課題

 ・クラック

 ・スラブ

です。






2016/10/10

兜岩リベンジ

■ 久しぶりの岩~♪

今日は、吉田スクールで知り合った友達(つまり、まともなクライマー)と、久しぶりの岩。

彼女のほうが12まで登れるので、ちょっと難しい課題も触らせてもらい、自分の課題は課題で、落ちた10Aもリベンジして、快適で楽しい外岩デーだった☆
いや~ やっぱり、ちゃんと分かっている人と行くのがいいですね!

9月は雨ばっかりで、岩に触れなくて、成長が抑制されているように感じ、ストレスを溜めていたが、今回でだいぶ解消した。

薫風 5.10A 朝一リード
テントウムシのレクイエム 5.11c TR
赤はワイン色 5.10c TR
はじめの一歩 5.10A
フラッシィ 5.11b TR
目覚め 5.10b リード テンション 3ピン目の下が難しい・・・

・・・という結果に。

■ 課題のまとめ

ずっと人工壁に行っていたら、かぶっている5級は登れるけれど、かぶっていない5級は足が自由でないので登れない・・・(汗)

ので、今までは被りが超苦手だったのに、今度は垂壁が苦手に。被っていてもガバのほうがいいや~と、ガバホールド限定になってしまっていた。

それを乗り越え始めたら、関節が変形し始めて来て、危機感・・・(汗) 小さいカチとかを掴むなど、指への負担が大きな課題は、ちょっとマズイ・・・ということに。

やはり垂壁で足で登れるような課題を登らないと!!

これではマズイと思っていたら、エッジ&ソファと江戸川のTウィールは、足自由の垂壁課題が豊富なのだそうだ。

そうだよなぁ~だって、足限定だと、どうしてもリーチの問題があるんだよなぁ・・・。

今回は女性のクライマーと登れ、色々クライミングの作戦も分かって助かった☆

それに、とっても楽しかった☆



ヘルメットサイズのキノコがいた・・・

2016/10/07

自己変革の歴史をふと振り返る

■信念

最近、

 信念

というものをよく考える。望むにしろ、望まないにしろ、人は信念に突き動かされて生きている、というように思うのだ・・・ ただそれを具体的に表現するのが難しいだけで。

私はヨガを教えるようになった。教えるときの方針は

 1)体型は変えられる

 2)その人らしい体型が、もっともその人らしい美しさ

 3)頭では分からなくても、体は分かっている

 4)それぞれ違って、それぞれ皆美しい

 5)ヨガの上達とは、一つのポーズからより多くを受け取れるようになることである

自然界に、肥満の動物はいない。肥満は人間にとって不自然であり、自然ではない。したがって、より、その人本来の自然体に近づくことで、肥満は解消されるはずだ。

私自身、今より15kgほど重い時代があったが、かなり不自然な生活を自分に強いた時期だった。健康を犠牲にして勉強していたり、働いたり、など。

うら若い女性にとって、肥満は本当に悲しい。だから、スタジオに来てくれる、若い彼女たちの気持ちがすごく分かる。応援団というところだ。

”体型”をそのまま、”生き方”に入れ替えたら、信念と言えるかもしれない。

■ 成長して行ける環境

もともと私は成長志向性が非常に強く、いつも成長したい、と言う思いが強い。

ときどき、野心家と間違われるのだが、経済的成功を成長の目安には、していないのである。

(…とはいえ、瞬間風速で年収800万円程度なら、記録したことはある。これは経済的成功を追い求めないためのノルマという感じだった。一度は到達しておかないと、求めていないと言っても、セリフに信憑性がない)

だから、成長していける環境が最も幸せな環境。

振り返ると、変わった部分と変わらない部分とがある。

■ 肉体的な自己変革

クライミングは、かなり大きな自己変革だ。というのは、子供の頃、もっとも苦手だったことが、うんてい、だからだ。これは親からの負の遺産。

一方で、変わらない点もある。ギムナスティクな運動・・・体操・・・は、子供のころから得意だったのだ。マット運動、跳び箱、平均台、そういう運動は得意で、模範演技をすることも多かったし、陸上やボールを使った球技は苦手だった。

ただそういう運動で体を痛めることも多かった。元がスポーツマンでないからだろう。体を鍛えに鍛えていた弟との違いだった。

今、じっくり体を作っているのは、それが私には必要だからだろう。指とか繊細すぎて、ちょっと頑張っただけで、すぐ壊れてしまう。基礎的な筋力が弱いのだろう。

だから、最初私にはクライミングはイラナイな~とか思ってしまったんだな。ハッキリ言って不可能感があったが、今は、筋力の問題だと言うことが分かるし、筋力は順調にアップしているらしいことがデータで確かめられて、確実な成長の実感を持っている。

■ 文系 → 体育会系? ・・・インドアからアウトドアへ

アウトドアアクティビティを志向する、ということ自体、かなり私には、大きな自己変革。

なにしろ、文系。休日は映画や美術館博物館めぐりが趣味、というような人だったからだ。

アウトドアって、かなり私の人生には遠かった。

ただ、伏線はあり、学生の頃、住んだのは、なんとサンフランシスコ郊外の高級住宅地。ヨセミテへ年に一度のキャンプへ出かけるのが、あちらのアッパーミドルクラスの家庭では定番だった。

当時、BFのデイビッドとアメリカ横断の旅へ出かける予定もあった。旅好きは、もともと。そこにアウトドアのスキルが加わったということになる。憧れは、ルート66だったが、今ではアメリカでのクライミングに興味がある。

3つのとき、一人で近所のパン屋に出かけたこともあり、もともと冒険心が豊富なほうなようである。

■ メンタルな自己変革 ・・・内向的性格から、外向的性格へ

甲府へ来る前は、会社で成長していた。もっとも変わったのは、外向的な性格に塗り替えたことだ。

今でこそ新規開拓営業向きな性格だが、1回で成功したわけではない。

実は、市場調査、医療翻訳者、商社の3つを経てやっと、性格が外向的になった。うち2つは挫折だ。

海外市場調査部にいたときは、もう出社拒否したいような苦しい時代・・・仕事自体は、興味深かったし、レポートの作成は得意中の得意なのだが、何しろ、人と会うのが苦手だったのだ。

あるとき、ベトナムに調査で飛んだら、ベトナムのエネルギー省のお役人が出迎えてくれたのだが、帰りの飛行機で何気にタイム誌を読んでいると・・・ その人が表紙だった・・・(汗)。あの人、大臣だったんだ~(汗)。

当時28歳の小娘に会ってくれたのは、名刺と国籍の力である。「この若さで、こんなことをしては、傲慢な勘違い人間になってしまうかもしれない・・・」と、本気で思った・・・。

もう少し自分だけの世界に入れる仕事を、ということで、外資の医療翻訳の仕事についた。脊椎外科である。そこで解剖学を覚えたが、この仕事は所長から、しつこく営業に誘われ、辟易して退職。

外資の営業は、あからさまな競争があり、営業成績上位者は、ホテルの会場で、スポットライトを浴びてお披露目を受ける・・・というような、非常にアメリカンな会社で、ちょっと私には合わないと思っていたのだが、向こうはラブラブと言う訳だった。

一方、当時、トレーニングで受けた、解剖学の方は、分析的な性格に合っていて、今もかなり役立っている。

営業に同行して通訳したりするのは平気だった。それで、営業向きと思われてしまうのだが・・・なんとかして営業へ、という所長の思いが重くて、期待に応えられないことが苦しくなり、退社。

その後は、古巣のソフトウェア業界へ戻り、小さな会社で幸せ満喫したが、転勤により、新事業開発室へ。運命は、しつこく私を外向的な職に誘う・・・新事業開発は、成績を問われない営業のようなもので、企業間の社交担当。

毎週のように異業種交流会や経済セミナーに出席して、名刺を配って回る。自分でスケジュールを埋めることができる人でないと、仕事にならない。夜の接待も必修で、そのために店を選ぶのが上手でないと務まらない。博多一本締めだって覚えた。

そういえば、ラオスの経済セミナーにも出席したことがある。ラオス大使館主催・経産省共催、というようなもの。

新事業開発部での経験が、登山に生きているのは言うまでもない。すぐに人と知り合いになる力が開花しているのは、なんと趣味において、である(失笑)。

■ スキル?

語学も学生時代は、苦手だったが、海外に飛び込んでいくことで克服した。

ソフトウェアやITスキルは、独学。14歳から、キーボードを打っている。

18で始めたバレエは、体重も今よりも15kgは重かったから、大きな自己変革だった。

登山は、なんだろう?まだ良く理解できない。なぜ登山だったのだろうか?登山と言うより、雪が好きなだけなんだが。

クライミングは何なのだろうか?

かつては、仕事で冷や冷やしていたので、その代替えとして、リスクに身をさらして、冷や冷やしたい?のかなぁ?と思わないでもないが・・・。

いわゆる自立は、精神的なものも、経済的なものも、非常に早期に達成してしまった。より難しいのは、むしろ相手を頼ること。なので、きっと今クライミングをしないといけないのである。

”長靴下のピッピ”というパーソナリティが、途中から、どうも”ジェーン・エア”に代わってしまったかもしれない・・・。最近、再読して、ハッとした。

が、ジェーン・エアというパーソナリティに、あまり満足していない。よりベターなロールモデルを探している。

正直、登山での成長や出会いの内容の素晴らしさ・・・については、非常に驚いているのである。

■ まとめ

変わったこと vs 変わらないこと

うんてい苦手    ギムナスティックなことが好き・体が繊細
外向的な性格へ   一人でいるのが好き・読書好き
英語          音から入る
アウトドア好きへ   ニセモノは嫌い・非日常・旅好き・冒険好き
体型          文化・芸術への愛
登山好きへ      本好き・コーヒーが好き・木が好き
クライミング      ヨセミテ・カウンターカルチャー
アイスクライミング  寒いのが好き 白が好き
肉体的なリスクをとる  リスクを取る
ITスキル        カウンターカルチャー




奥秩父主脈縦走予習中

■奥秩父縦走 予習

ここのところ、指の腱鞘炎が悪く、右手の薬指がおかしかったので、怖くなった。平時でも痛みがあるので、ロキソニン軟膏を買ってきたくらい、悪い。

クライミングは、インドアではなく、外岩でスラブをやるか、お休みしないといけない。

秋は冬山向け体力UPシーズン。ということで、長い縦走でも・・・というので、3連休は、奥秩父の主脈縦走に出かけることにした。

前から行きたかった奥秩父の主脈縦走・・・ 行っていなかった理由は、帰りが核心だからだ・・・。

主脈縦走は、雲取を起点にすると、登りメインになる・・・ので、下りメインとなる金峰山起点が楽なのだが、そうなると、今度は下山時の足が核心化するのであった・・・。

車での登山は、どうしても、ピストンが楽になるんだよなぁ。

計画書が送られてきたが、さっぱりしたもので、あまりにもさっぱりしている・・・ので、ちょっと不安になった。メンバー名も記載されていない。概念図の添付もない。

甲武信までは地理的に詳しいので大丈夫だが、雲取周辺はあまり知らないので、勉強中。

☆作業手順
 1)コースタイムを割り出す
 2)アップダウンを確認
 3)水場を確認

5日かかるところを3日で歩くカモシカということで、少し不安に思っていたが、70kmだった。

なんだ~。一日20kmは、結構、普通なので、じゃ、3日で70kmなら何とかなりそう・・・と、ちょっと安心。

明日はお天気が悪い。でも、3日目がホントは水場が少ないので、どうせ雨なら、2日目、3日目で振ってくれると、水が取れていいのになぁ・・・。

Day1 金峰山越え 9時間 あまり問題なし 登りでゆっくり目に歩くこと 水場豊富

10:00 瑞牆山荘 -
10:50 富士見平小屋 - 水 2L
11:50 大日小屋 -
14:10 金峰山(2599) -
15:10 朝日岳 (2579)-
16:10 大弛峠 -  水 4L 翌日の朝用
17:10 国師ヶ岳 (2591)-
19:10 東梓(2271)(泊)

Day2  甲武信小屋以降で水場がないので、水が核心化 水節約モード。14時間 

05:00 東梓 -
08:05 甲武信ヶ岳(2475) -
08:20 甲武信小屋 - 水 4~5L 夜と朝、用 
10:20 破風山(西破風山)(2317) - 水 水場20分 往復すると結構長い
12:00 雁坂峠 (2289)-
13:20 古礼山(2212) -
14:50 雁峠-
15:48 笠取山 (1953)-
17:48 唐松尾山 (2109)-
18:38 山ノ神土 (1872)-
18:58 将監峠(泊)

Day3 結構長い・・・長い下り坂。13時間。早出で。6hで昼ごろ雲取に到着し、あとは長い下山。

06:00 将監峠 -
08:17 飛竜権現 -
11:57 雲取山 (2017)- 水 2L 当日用
12:17 小雲取山 -
13:12 七ッ石山 -  水 2L当日用
16:12 六ッ石山分岐 -
17:22 三ノ木戸山分岐 -
19:22 奥多摩駅

核心部は3日目。3日目を出発してしまったら、山梨方面のエスケープは、笠取までなく、引き返しても12時間。

なので、奥多摩駅から甲府までの足が捕まえられるか?が、実は核心だ。

あまり遅くなると帰れなくなる恐れが・・・。20時に奥多摩にいても、甲府へ帰ったら23時となる・・・となると、これは駅泊1泊となるかもしれない・・・(汗) 

奥多摩 → 青梅 → 立川 → 甲府  21時限界説濃厚

というわけで念のため、駅ビバーク用ツエルトは持って行かないと、ヤバい。萌黄の湯に入って帰るゆとりがあるか、どうか疑問だ。

■ 長くてしんどい山

前から行きたかった奥秩父の主脈縦走・・・こんな長くてしんどい山・・・ということで、山岳会では、誰も付き合ってくれる人がいなかったのだった・・・。

でも、新人や若い人はこういうのを歩いておかないといけないと思うんだけど・・・違うのかなぁ?

色々考えると、年輩の人でも初心者だったり、かつて四尾根に行ったりしていたとしても今はメタボだったり、足が悪かったりして歩けないようになってしまった人・・・とは一緒に行かない方がむしろ良いのかもしれない・・・というのは、

 ・手持ちの行動食を分けてあげたり
 ・水を分けて上げたり
 ・水が足りなくなったときにはパーティを休止させて、沢に降りて水を取ってきてあげたり
 ・ザックを代わりに担いであげたり

等々、しないといけなくなり、予定通り歩けないというリスクが増えることが予想できるからだ。

何より、歩けない・・・と言うことになった場合の空気が超気まずい。

山行でサポート役に回るのは、全く嫌ではないのだが、自分の山を大きくしていけないのは否めない・・・。

誰でも年を取れば、歩く距離を短くしたいと思うのは普通のことなんだし・・・。

やっぱり、こういうロングな縦走は若いうちにやっておいて、歳を重ねたら、クライミングっていうのが良いのではないだろうか?



2016/10/05

行った山と行かなかった山 

最近学んだことのまとめ。

1) 80mのロープのこと

日本では、70m以上のロープは非常に手に入りにくい。気に入っているテンドンに問い合わせたら、輸入するのに3か月かかると言われた。

私はどうせなら南沢大滝でも使える長さのロープが良いと思い、80mを検討したが・・・ジムには、ベアールしかなかった。ベアールは耐久性がないと言われている・・・。しかも、3万円。

メーカーでは、

 ・マムート
 ・エーデルリッド

がおススメ。ペツルはエーデルリッドがOEMで作っているらしい。以前ミレーのロープを買ったが、同時期に購入したテンドンと比較して、固くなるのが早かった。もちろん、固くなっても、使用に問題はないのだが。

ロープは買い物が難しい道具のひとつだが、初心者の頃によく研究した成果が出ている分野でもある。ちゃんと議論できる。

あまり極端な細径を買いたいとは思わない。のは、ロープ自体の性能は良くても、ビレイが難しくなるからだ。

しかも、レスキューでは一本に二人がぶら下がるのですぞ?

極端な細径=ビレイヤーを選ぶロープ、と言うことだ。

≪比較の例≫

ロープ1
直径:9.4ミリメートル
静的伸び:: 8,9%   → 伸びが大きいとビレイが難しいが衝撃は少なく、支点に優しい
重量:58 G / M    → 大体60g前後が多く、60gを切ると軽い
ダイナミック伸び:: 35%  → 衝撃荷重で落ちたときの伸び 35% 10m出ていたら3.5m伸びる
UIAA数:5-7   →多いほうが良い
Knotability:0.8  →高いほうが良い
衝撃力:7 Kn  → 大体 人間が耐えられる限界が12kN


ロープ2
直径: 9.5 mm
タイプ: シングルロープ(CE EN 892, UIAA)
重量: 58 g / m
外皮率: 40 %
耐墜落回数: 7
静荷重での伸び率: 7.6 %  →テンションしたときの伸び
動荷重での伸び率: 32 %  →墜落した時の伸び
衝撃荷重: 8.8 kN

というわけで比較すると、ロープ2のほうが良い気がする。


2) モンスター化した人は手遅れ

昨日は、素直にビレイを学んでくれる21歳、二人にあって、納得した。

古い山岳会には、先輩の失敗作しかいなかったのだろう・・・と。”モンスター登山者”だ。この人たちを再教育する、ってのは、どんな優れた人にだって難しいことだったのだ・・・。

”先輩は、絶対に落ちないからロープは持っているだけでいい”っていうビレイ教育を受けてしまった人など。

もしかすると、山岳会にはダメな人しか残っていないかもしれない。自立心があり、個人で行動できる人は、入会しても早々と自立してしまうからだ。

これは、会社は有能な人から辞めて行くとい事情と似ているかもしれない。

昨日、初めてというような、まっさらな人に、ビレイの仕方を教えたら、ちゃんとできるようになった。

つまり、私が悪いんじゃない。だって、白紙の人に教えたら、ちゃんとしている。同じ教え方なのに。

しかも、感謝までされてしまった・・・。

山岳会では、身銭を切って覚えた技術を、無料で教えて、そして批判された。態度がエラそうなんだそうだ。

しかし、タダで教えてもらって感謝しないのだから、どっちがエラそうなんだろう・・・。

百歩譲ってエラそうだとしても・・・死の危険に晒すことを正当化する理由にはならない。

3) 愛され下手 

独学の人は主体性がある。その弱みは、なかなか人の言いなりにならない、ということだ。

主体的 → 人の言いなりにならない → 受取り下手 → 愛され下手

 強み 主体性 

 弱み 受取下手

これは前の師匠の時に気が付いた。

師匠は今の時期に必要なことをしてくれようとしたらしいのだが、何をしようとしているのか、意図が判明しないと嫌な気持ちになった。

・・・というのは、独学の人と言うのは、あらゆることを、意識的に取捨選択しているものだからだ。

・なぜ、今それが必要なのか?
・自分自身の目標達成に、なぜそれが役立つか?

を教えてやらないと、ヤル気にそもそもならない。受け取りさえしない。

例えば、フリークライミングの重要性は、アルパインクライマーにはなかなか分からない。特に世界の高峰を目指しているような人ではなく、ただ楽しく趣味でやれたらいい、くらいの困難度しか求めてない人が、なんでことさら、フリーを頑張らないといけないのか?というのは、ベテランでも躊躇するくらい複雑な説明になるだろう。

しかも、フリーをするには、インドアのスポーツクライミングをしなくてはならず、そうなると、山でさえなくなる・・・ので、かなり説得には苦労するだろう。

4) 説明上手

それでも、メリットもある。私は説明上手で、ヨガでは通っている。アルパインでも、クライミングでも、やっぱり、 説明上手だと思う。ジムで初心者の人に教えていたら、すごく説明が上手だと言われた。

私は、自分が説明されたかったなと感じるので、きちんと

 なぜ今それをしないといけないのか?説明できる。

なので、説明して、理解に基づいて納得して、私のいうことを聞いてくれる。不必要な権威に頼る必要がない。

人が納得するには、4つのパワーがあるが・・・正当性のパワー、恐怖のパワー、専門性のパワー、報酬のパワー・・・

説明を端折りたい指導者・・めんどくさがり屋・・・の人は、たぶん説明を省きたがるという点で、主体性がある独学タイプの人を教えるのは、その指導者にとってチャレンジになるだろう。

その人は誰かに何かを教えるには、ほかの権威を必要とするはずだ。

というわけで、私のもつ強み、主体性という強みからくる特徴は、説明上手である、ということだ。

5) 大人の指導

基本的に、大人から学ぶことは何事であっても、成長期とは学び方が違う。

大人の強みは、理論で理解し、理論で覚えるということ。

成長期のように、良きも悪きも、すべてを吸収し、物マネできる、ということではない。

今後の人口動態を見ると、どうしても大人に教える機会の方が子供に教える機会より勝る。

6) 率直に感情を表現できることが必ずしも良い結果になるとは、限らない

これは説明を省く。感情が表現できる人は、好感をもたれやすいが、表現されても、受け取れない感情というものがよくあるものだ。

7) 容姿についてのコメントは、どんな場合もNG

褒めたつもりでも、褒め言葉にならないことが往々にあるのが容姿。体型や見た目についてのコメントは、ひかえるべし。

8) 元気がもらえる

敦子さんからのメールはいつだって元気がもらえる。トレーニングした内容が書いてある。

私も日々トレーニング日誌をつけているような位置づけで、このブログを開設しているのだが、元気を人に与えてあげられるような内容になったらいいな~と感じている。

9) 食事

今日は朝からトレーニングで裏山に行ったら、帰ってきたらバテてしまった。

やはり食事による補給がイマイチうまく行っていないようだ・・・。糖質が切れて、電池切れ状態になってしまったのだ。

今日は蒸し暑かったし、予想より、長居してしまった・・・ってことがあるが・・・。

食事は、もう少し、一般人のカロリーよりも多くが必要なのかもしれない。

10) 規律

私の中で喜びと感じられることを精査すると、やっぱりトレーニングしたりしていると幸せである。

前に進みたいのだから。少しでもいいから。

・・・ということは、私は意外とストイックな性格なのかもしれない。もちろん、山ヤはみなMなんだが。

規律がある生活は、実はむしろ好きだった・・・中学の頃の洋上研修で理解した・・・が、好きだった理由は、それが人の都合ではなく、海の意思、言い換えれば神の意思だったから。

山もあまり早起きが苦にならないが、それは山の事情で人間の事情ではないからかもしれない。

11) 意欲と煩悩

山の良さはプロセスが作る。楽しても登っても山の良さは変わらない?いや、全然違う。楽して登れば、すぐに印象が薄くなり、忘れてしまう。

プロセス不在の山・・・もっともっと・・・という山はあまり好きではない・・・。

煩悩を満たしているだけのように感じられる。 実際、去年の沢山行は、立て続け過ぎて、それぞれの沢の良さが感じられなくなってしまっていた。

一方、チャンスには飛びつくべきだ。

が・・・今年飛びついた結果が、前から行きたかった、烏帽子岩左岩稜だが・・・これは、内容的に”受け取る”山になってしまった。

唐突だったからである。連れて行ってもらった山だ。

一方、同じようにチャンスが来て飛びついた山であっても、乾徳山旗立岩中央岩稜は違う。積み上げた結果の山となった。研究に研究を重ねて出かけた。

それぞれの記録を見ると内容の濃さが違う。 

私は、山を数こなしたいわけではなく、山をまつわる思い出を紡ぐという、紡ぎ活動をしたいのだ。

心を込めて、丁寧に紡いでいくことを・・・それは山ではなくても、どのような活動でも同じで、生き急いだり、味わうことを辞めてたくさん食べる気持ちで食べるときのような気持ちに走ったり、今買っておかなくてはもう買えなくなるという心理に走らされるバーゲン会場のような、消費活動に走ったりしてしまっては、山の味わいが半減する、ということだ。

味わいが薄れてしまっては、何かをしてもしなかったのと変わりがない・・・

したがって、そのような山は、傍目からは羨ましく見えるものだが、しない方が良い。

人間のインテグリティーは何を選ばなかったか?にも表れるものなのだ。




2016/10/04

広沢寺 岩トレ

■初めての広沢寺  

今日は初めての広沢寺へ。 

2014年の岩トレしたい盛りの頃、以前の山の師匠から、「行きたいんですけど・・・」「でも、山梨からわざわざ来てもらう価値がないんだよ・・・」とため息交じりに言われていた岩場・・・

でも、東京方面の人と話が通じるためには知っておかないとなぁと思い、行って見たら、高さこそ、十二ヶ岳の岩場よりはありましたが、規模的に小さく、クライミングも、より易しく、Ⅲ級くらい。なので、行ってから、「こ、これは・・・リードしないと、マズイ・・・」と理解しました。

今回は、グランドからの回復一回目のクライミングなので、できたら、心理的には、”いつものビレイヤー”でお願いしたいところでしたが、今回は、他会の岩トレに参加させてもらっているので、”誰かビレイできる人、お願いします”状態で、とりあえず、朝一リード。

まぁ、これでは落ちないから。

私以外の人はどうもリードせず、裏から回り込んで張っているようでしたが、この壁は、スタンスだらけ、ハンドホールドだらけなので、ノービレイで登っているのかもしれません。

真ん中くぼみは、ビレイなしで上がっていらっしゃまいました。まぁ、そうだよなぁ・・・とも思えるのですが、傾斜的に、ノービレイではやっぱり駄目かも?と思われる傾斜度ではあるので、形式的とはいえ、ビレイした方がいいでしょう。

ということで、ビレイの習得がテーマになっている人とご一緒するのが良いかもしれない岩場。

岩場の監視人みたいな年輩のおじさんが、我々パーティを監視していた・・・なんだったのだろう?


弁天岩


■ 可愛くない新人だったよなー

今日は、21歳の大学生が男女二人もいて、ギアもレンタル、靴もまだ持っていないと初々しかった。

私にもそういう時期はありましたが、山岳会に入った時には、そういう初々しい時期は、すでに過ぎていて、先輩たちは、何でもないことに感激してもらうチャンスを逃してしまったかもしれない(笑)

もうビレイも、流動分散も、スタンディングアックスビレイも、雪上訓練も受けてから、山岳会に入ってしまい・・・、「え?!雪上訓練ないんですかっ?!」

・・・というような、可愛くなーい新人だったワタクシ・・・ でも、私のせいじゃないよなあ・・・。

運命とは本当に難しいものです。

今日はなんだか成り行きで、飛び込みの人なのに、私がビレイと流動分散を教えてしまいました。スイマセン。

女性の方もビレイを頑張っていて、とても好感しました。

■ クラック?

今日はその朝一リード以外は、クラックのところが面白かった。クラックもリードできそうだったのですが、クラックなのにボルトルートだと言うところが新鮮だった。

クラックだけど、ジャミングは不要だった・・・。フェイス的にステミングで登ってしまいました。一部レイバック。

核心は一瞬だったので、5.9か5.8だと思います。


帰りは、上野原で雰囲気の良いカフェ、Cafa Coffeeを発見して、エチオピアンのスペシャルティコーヒーを飲んで帰りました。

運転2時間半の眠気さまし。ステキなカフェでした。誰もいない・・・が、蚊に刺された。岩場にはヒルがいて・・腕を噛まれた・・・。という、結果の広沢寺でした。

これで東京人の会話にもついて行けるかな~

いつのまにか、フリー的な難易度が普通になってしまい、十二ヶ岳の岩場は、今行っても、もう楽しくは感じないのかもしれないです・・・が、アイゼントレは、しないといけない。




Kotakuji rock garden

■ Kotakuji for the first time 

I've gone to Kotakuji rock garden for the first time. 

The place in my memories... in 2014 when I was still a beginner.... I used to said "I like to go" but my teacher climber who I was apprenticed to that time, said, "the place is not worth visiting from all the way from your town". 

Now I am in from of the rock, called Benten Rock, I realize it... yes, indeed... this is very easy rock climbing, the grade would be like 5.5 at most. Perhaps grade III. 

I was not with my own climbing mates but with other group this time because I really wanted to know what Kotakuji is like.

So I asked for a belayer, realizing lead climbing is the only way. 

To be honest, this was my first time climbing after the grand fall and riding on ambulance and getting my head stitched 7 stitches. 

This is the case I can justify myself wanting a reliable belayer desperately... but I did NOT. 

I just had lead climbed...  It's OK. Because I never fall with this grade. No matter what. 

There was a elderly guy staring at us, sitting nearby... what was him??? A guard or something? 

Benten Rock


■ The two beginners 

There was two total beginners and other girl and I had happened to teach them how to belay and they were such a good students.  

It was a simple stuff I taught, like "Never let go of the rope from your controlling hand", things so elementary.

Still there are a lot of climbers who can not belay properly... I wonder what's going on in this climbing industry... the belay is the thing it protect your life.

There is no standard? 

■ Crack

There were not much interesting route since it was easy but the crack route was relatively fun to climb.  The large crack so I did not need jamming I only needed lay back. 

Perhaps the grade is 5.9 or 5.8?  

■ cafe 

This is a cafe I dropped by on my way home, they served an excellent ethiopian beans! I have a word on coffee. I always drink specialty. This is my laxually I allow mysefe to have. And this is good for world economy. The coffee farmers should get treated fairly. 

I had been working on free climbing from the beginning of this year and I don't feel much progress myself, but certainly I realized the rock climbing is creating a "new me". I am not the same person I was, in a year ago. 



2016/10/03

フリークライミングについて理解したことのまとめ

フリーを今年は集中してみようと言うことで、年初から取り組んでいるわけだが、また見識が増えた。

ので、まとめておく。

今の登山の世界の問題は、ステップアップの手順がイマイチ教えられておらず、場当たり的に楽しんでいるだけ・・・ということに陥りがちだ。

ちゃんとカリキュラムとして組んでいる、ということが大事だ。

■ 外岩

スラブ、クラック、フェイスと3種目をきちんと学ぶことが大事。

初心者が外岩に行く場合は、スラブから。クライミングの歴史を振り返っても、フェイスや前傾壁は、歴史的に後のほうで出てきたクライミングで、習得もクライミングの歴史を踏襲するようなスタイルにすると無理がない。

1)スラブの習得

スラブをするなら、以下を順繰りにリードできるようになるべきだ。

 1)十二ヶ岳の岩場で優しい課題 (5.8トパーズ)

 2)小川山で”春のもどり雪”(5.7 3ピッチ)

 3)小川山で”ガマスラブ” (5.8~5.9)

 4)小川山 ブラック&ホワイト (5.10A)

 5)小川山 ジャーマンスープレックス

その他、アウトオブバランス、ブラックシープ、がスラブの習得に使える。

最初にスラブをしないと足遣いを覚えられないと思う。人工壁では前傾壁主体の為、足を使う感覚は覚えられない。

2)クラックの習得

 クラックもアルパインをするなら習得が必要。クラックの方が女性に易しいかもしれない。

 1)小川山レイバック 5.9

 2)湯川デゲンナー 5.8

 3)小川山龍の子太郎 5.8

 4)湯川コークスクリュー 5.9

 5)小川山 カサブランカ 5.10A

それぞれ、トップロープで習熟して、プロテクションの設置を学び、リードへ進む。クラックデビューには湯川は外せない。易しい5.9がたくさんあるからだ。

3)フェイス

フェイスは、もっとも難しいので、ハッキリ言って、初めて取り付く対象としてはツラいかもしれない。

 1)十二ヶ岳の岩場 山羊座の下に(5.8)

 2)小川山 小川山物語 5.9

 3)小川山 卒業試験 5.10A

 4)小川山 レギュラー 5.10b/c

■ 外岩デビューのタイミング

外岩へ連れて行くのに、良いタイミングは、山岳会の先輩などは、とにかく初心者は興味があろうがなかろうが、まったく登れない一発目から連れて行くというのが方針。

しかし、その後は放置である。とうことはつまり、体験的クライミング。したがってこれはデビューとは言えない。

一般にアルパインの初級ルートは、十二ヶ岳の岩場のトパズ5.8がリードできれば、問題がない。

トパズは、私が初年度でリードしていた課題だから、本チャンへ行くための登攀力はそう高いものが必要と言うわけではないと思われる。

■ 第一段階

一方、フリークライミングという領域に入るのは、5.9から上であり、5.9アンダーの場合は、まだフリーの領域には達していない。この段階ではガイドさんなり、なんなりの講習が必要だ。

5.9へ移行するのが、大変長い時間がかかる。これは、ただまぐれで一本だけ5.9が登れたというような状態ではなく、常に安定して登れるという状態との幅がかなり広いから、ということだ。

安定には、多少のムーブの習得が必要で、インドアジムに例えると、7級が滞りなく、スイスイと登れるという程度なのだろうと推測される。

7級と言えば、腕力がある男性は、クライミング初日でも登れてしまうが、だからと言って、そのスタイルで登り続けられるか?と言うと、登り続けられない。一か八かになってしまう。一か八かでは本チャンへは連れて行けない。

(何も習得していない状態で登れるグレード)と(習得済みで登れるグレード)では、大きな開きはないのだ。だから、この段階で、グレードを気に掛けても仕方がない。

したがって、インドアへ進み、インドア7級がエキスパート化するのを待つのが良いだろう。

インドア7級がスイスイになったら、5.7くらいから外岩での感覚を掴めばよいのではないだろうか?

ただしインドア7級と外岩5.9アンダーの質の差は大きく、登れないことにビックリすると思われる。

ここはもっとも時間がかかる段階だろうと思う。むしろ、セカンドで本チャンの数をこなす方がクライミング力は身につくと思われる。

■第二段階

次の段階は、

 ・外岩5.9のオンサイトを貯める
 ・5.10Aのリードが課題に因ってはできる
 ・10bが課題に寄ってはTRで登れる
 ・10代後半をTRで苦戦しながら登る

と言う段階かと思うが・・・現在私はこの辺だが・・・ こうなると、インドアでは5級がこなせないと、というような段階かと思う。

■ まとめ

というようなことを考えている。これまで3年の知見で分かったこと。

ルール1 体験的クライミングは早いうちが良い
ルール2 インドアで側対を覚える(7級)
ルール3 ”近所のゲレンデ”に毎週行く 日和田、広沢寺、十二ヶ岳の岩場レベル
ルール4 並行して本チャンへ行くべし
ルール5 5.9が登れるようになったら安定を目指す
ルール6 インドアクライミングは体が壊れるので集中して登ることはできない 時間をかけるべし
ルール7 5級はデシマル変換すると、11への壁に近いのでは???ここは不明。

私の周囲の女性クライマーを見たら、段階1から2まで行くので3年、安心して、5.10Aクラックがリードできるような状態(11が限界グレード)へ進むまで、2年くらいはかかりそうに見受けられる。

ということは、私が目指している ”5.9マスター”(マスターというのは習熟者と言う意味。5.9だったらどんな課題でも決して落ちない人)へ到達するのは、5年がかりということだ。

しかも、環境に恵まれスムーズに行った場合の話である。山岳会など環境がなければ、もっとかかるだろう。

インドアクライミングは、大体、7級、5級、3級で壁というか区切りがあるらしい。一旦3級をマスターすると、しばらく登らないで落ちても、5級は登れる、というような具合なのかもしれない。

■ 特急コース

もちろん、男性は女性とは比べ物にならないスピードで成長する。私より後に登り始め、みっともないムーブで登っていた若い男子のクライマーが、冬季登攀中級クラスの中山尾根にリードで取り付いていたりする。

が、結び替えでは、メインロープを自分自身から解いて、末端を支点に通して結び替えていたり、レスキュー自体を知らなかったり、ロープを出すのが当然のところでロープを出さなかったりする。

つまり、有り余っている体力と度胸で、一か八かのクライミングを若い間は繰り広げ、落ちて死んだらサヨウナラするという話になっているようだ・・・。

そのようなクライミングは当人は良いが、レスキュー技術と言うセーフティネットも不在で、ギリギリとも称することができない・・・。

その証拠に、子供ができるとこういう人は山に行かなくなる(笑)。つまり死ぬかもしれないと言う確率はかなり高いことをやっているという自覚が濃厚にある、という意味だ。相手も自分の技術不足で殺してしまうかもしれない。

ので、予備体力が20代の半分であるような中高年者にはおすすめできない。なにしろ、何かが起こった時、予備体力で切り抜けられる確率は、20代の半分である。

要するに彼らは、レスキュー技術の欠如を4倍の予備体力で補っているのだ。

ちなみに60代に入ると予備体力はゼロと言われている。

・・・ので、ますます一か八かは許されない。要するにプロテクションや万が一の保険が重要になるということだ。

年を取ればとるほど、予備体力で、技術不足をカバーできないと言うことは良いことなのかもしれない。

予備体力と言う名の体力とセットでレスキュー技術がある人が挑むべきなのが、ギリギリと思う。若い男性には、そういう風にギリギリに挑んでもらいたいものだ。レスキュー技術がなければただの無謀だ。

・・・という訳で今日の言葉。

Speed doesn't matter. Forward is forward.

2016/10/02

8・9月のまとめ

■ 体調&エネルギー

9月は毎年、調子が悪いが、今年は夏に過度のアクティビティをしていないので、体調の下がり具合は、まだマシなほうだ。

喉に少し違和感がある。本格的に、断食して、体内浄化したら良くなりそう。

今年は9月に色々なことが起きた。グランド、吉田さんの死、メルボルンからの来客。イベント目白押し感満載・・・(汗)

もっとも、心を動かされたのは、吉田和正さんの死。

■ 肉体的挫折

自分の墜落事件は、自分が死ぬかもしれないことだったのに、驚いたことに、あまり心的ダメージもない。そういえば、打たれ強いタイプではあった・・・。

私は、予知できる、避けることのできる、失敗を避けないのが、嫌なだけらしい。

なぜ嫌なのか、自覚している。バカバカしいと思ってしまうのだ。

でも、一旦起きた失敗にくよくよするタイプではないようだ。起きてしまったことは、くよくよしない。
それは親の離婚なんて、子供が考えても仕方ないし、原因は自分には関係ない天災みたいなものだと考えているからかもしれない。

あまり挫折が堪えていない・・・のは、たぶん、前から、いろんなタイプの挫折に慣れている・・・ということなのかもしれない。

今回は肉体的挫折に慣れる機会だった。でも、ハッキリ言ってアトピーや喘息の体質改善の方が、困難な戦いだ。

■ 姪っ子

今日は、メルボルンからの来客は、恵林寺を観光して、満足して帰って行った。

"Your are Hanna and Erica's Japanese anty, so you are my nephew!"
「あなたはハナとエリカの日本の叔母。だとすると、私の姪っ子だよ」

とおじいちゃんのPeterが言ってくれたのがうれしかった。

私を娘のようにかわいがってくれた人・・・いたっけな?と振り返って考えてみたが、いない。

私は、まだどの男性の娘にも、なったことがない。

というわけで、可愛がってもらうなら、姪っ子くらいの距離感がちょうどいいのかも・・・?

■ たくさんのお母さん

ハナとエリカはミキの子供だが、お母さんのミキだけが面倒を見るわけでもなく、日本の女性の助っ人も二人・・・子供たちは私も含め、何人も仮のお母さんがいるというような状態。

大学の頃、×1だった先輩も子供が二人目で来た時はそうだった。男子でさえ、子守していたよなぁ。

色々考えると、ベストは、やはりおばあちゃん・おじいちゃんと同居して、子供の面倒をみてもらいつつ、両親は頑張って働く、ということのような?

■ 8月&9月のまとめ

8、9月は、予定していた沢山行が、ことごとく台風で流れ、沢がない・・・という結果に。

その代り、インドアクライミング・・・。が、指の腱鞘炎の具合が一向に良くならないので、しばらくクライミングはお休みした方が良い。

ロングな縦走でもして、体力にカツ!を入れる時期。


  1. 小川山 マラ岩
  2. 八幡沢のスラブ状岩壁
  3. ジャーマンスープレックス
  4. 小川山レイバック
  5. レギュラー
  6. カサブランカ
  7. 韮崎ボルダ―


8月 人工壁11回
9月 人工壁8回

という結果に。

■積み残し課題

フェイス: 小川山物語 リード
クラック: 小川山レイバックリード、デゲンナーリード
スラブ:  何かをつかみかけ

■ 成果

  • 怪我からの回復
  • ボルダ―デビュー
  • 小川山レイバックのリード
  • 好きなタイプのクライミングのモデルゲット
  • 将来の山の目標、ランディング地点


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手作りのハシゴで、岩にチョークを付ける吉田さん






2016/10/01

擬似WASP

今日はメルボルン時代にお隣に住んでいたミキさん・デイビッド夫婦と子供二人、おじいちゃんピーター・おばあちゃんのAnne+友人2名(アシスタント?)、ショーンとアンナの8人の接待日(笑)

当時、まだ赤ちゃんだったハンナは、おちゃめな6歳になり、日本語と英語を同レベルで扱い、なおかつフランス語も話せるトリリンガルに成長していた。妹のエリカちゃんとは初対面で4歳。

知り合ったのは隣に住んでいたから・・・。私が住んでいた家は油彩画家の家で、大きなビクトリアンスタイルの家だった。マシューと言う老犬が、よく私の部屋に訪ねて来ては、ドアを開けて、とおねだりしたり、寒いから膝に乗せて、とおねだりしたりして来ていた。

私は海外の生活のほうが、圧倒的に人間関係が楽だ。

してもらいたくない嫌なこと = 言わなければ相手に伝わらない、のだから、”言う”。

してほしくないことはしてほしくないと言う。 好意が届かなくても、こちらの押し売りなのだから、押し売りを受け取ってくれなくても、腹を立てたり失望したりしない。

嫉妬深いほうでもない。基本的に他人に対する興味が薄い。

日本人の場合は、”こうしてほしくない”と言うと、大方の人が”拗ねる”・・・ので、してほしいこと、してほしくないことを具体的に鮮明に伝えることができない。

でも、互いに好意を持ちつつも、相手にとって不都合な形で好意を贈りあって、我慢し続けるなんて、非生産的だ。

欲しくない贈り物をもらっても困るのだから・・・気持ちは受け取っても、欲しくないモノ(コト)は、欲しくないと言わないと、一体誰が相手のことを最初から100%理解ているだろうか?

最初から100%自分とピッタリの人を探すなんて無理なことだ。互いに歩み寄りが必要だ。

自分が差し出したものが相手が欲しいものと違うなんてよくあることだし、そんなことは自分が相手に合せればいいだけだ。知らないのが普通なのだから、がっかりなんてしても時間の無駄だ。

相手がしてほしいと言ってきたことをしてあげる。してほしくないと言ってきたことはしない。

シンプル。私はそうしている。してほしいことは相手に言うし、してほしくないことも言う。初めから理解していることなんて期待していない。

最近は、そんなことを考える。 

■ レッテル貼り

通り一般のステレオタイプではないからって、変な人扱いするのはおかしい。

その人は、たぶん、通り一般のステレオタイプなのだろう・・・。

分かりやすい人というのは、要するに、どこでもいるタイプということである。

その人の個性を形作るのは歴史である。個人であれば、個人史である。

私の個人史には、メルボルンがあり、サンフランシスコがあり、人の赤ちゃんをあやした時間がある。

つらい時期もある。誰にでもつらい過去はあるものだ。できた傷が特殊だからと言って、傷があるほうがおかしいとか、間違っている、改めるべき、と考えるのは、間違っている。

それは、その人を否定することになる。

具体的に伝えてきたら、特にだ。普通はそういうことは伝えず、スルーしてその人の人間関係を断ち切って終わりである。伝えてくるということは、継続しようと言う意思があるから、そうするわけなのだから。

体の傷も、心の傷も同じことだ。体の傷には理解を欲しがるのに、心の傷に理解を与えないなんて、間違っている。

膝関節症で歩けないことと、家族の愚痴に共感できないことは、同じことだ。

傷(挫折)にも、栄光にも、その人自身が反映されている。どちらも尊重して扱うべきだ。

・・・というような考え方は、欧米の・・・特にアングロサクソンの、WASP的考え方なのかもしれない。

私は欧米の人から、誤解されることは非常に少ない。もしかしたら、前世はワスプなのかもしれない。したがって相手の期待を裏切ることも少なく、理解されないことも少なく、人間関係的に良好になりやすい。

振り返っても見ても、大人時代に長く友情を築いている人たちは外国人が多い・・・。

しかも、私は文化的にも、知っていることは平均的日本人をはるかに離れ、平均的欧米人のほうにより比重が偏っている。今日は、宣教と、ジェーン・エアとアンオブグリーンゲイブルスの話をした。

Anneが”E”をつづったのを見て、EがついているAnneなんだな~と言って、笑いあった。

・・・というわけで快適な人生には、自分に適した文化圏に身を置くと言うことが大事なことかもしれない・・・と思うようになった。

6歳の子供が3つの言語を話す時代なのだから、現代は。