■ ボルト位置に、開拓者の知性が現れる
ベテランの人に、いまだに気になっている九州の課題について聞きました。
というのは、ボルトの位置って、開拓した人がサボっているのではなくて、開拓者本人もアップアップでどこに打ってよいのか、わからなかったため、悪いのかもしれない。つまり、本人も悪気がないのかもしれないと思ったからです。
というのは、私自身もクリッピングするゆとりがないときに、クリップを飛ばすことがあるからです。
あとは、ラオスでクリップが近すぎて忘れたことがありました。日本の遠いクリップに慣れていたからですね(笑)。あれ、もうクリップだったの、みたいな?
というわけで、ボルト位置は、ゆとりがありすぎてランナウトするというのではなく、クライミングが難しすぎてボルトを打つゆとりがない、というのも考えられますよね。
ボルト位置などは、後世の人に悪いことをする気がなくても、やっちゃうってことは、人間なら誰しにもありますよね。まぁ、そういう場合は、間違いを指摘されたら、あ、ごめん、と言うと思いますが。
で聞いてみたら、
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ボルト位置というのは設定者の知性が現れます。
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ということでした。
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おかしなルートを作ると、あいつは馬鹿だと思われます。あいつのルートは危険だから登らないとなるでしょう。
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■ ドイツ式 vs フランス式
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ドイツ式 : 試登せずにいきなりラッペルしてボルトを打つ。
ステファン・クロバッツが小川山「Ninja(5.14a)を開拓したのがこれです。1メートル以上のスリングを掛けないと登れないルートになりました。トップロープでの試登はしません。
フランス式 : フランス式というのはトップロープで試登し、それからボルトを打ち、トップロープでトライを繰り返し、レッドポイントします。
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■ Ninjyaは悪い見本
…ということは、Ninjyaは悪い見本を提供していますね。JFAのリボルトの経緯を読んだ記憶がありますが、もうかなり苦戦してリボルトしたみたいでした。
…ということは、Ninjyaをあがめているというのは、悪い見本をあがめているということになり、日本人の西洋人コンプレックスの現れ、なのだろうか?
現代の若者が登攀力だけでボルト位置の悪いルートを克服している事例https://allnevery.blogspot.com/2022/10/ninjya514a.html
今あるボルト位置が絶対だとなると、克服する側の能力は異様に高くならざるを得ない、っていう事例かもしれません。
発達障害気味のお母さんを持つと、子供は異様に”できる子”になってしまう…みたいな(笑)?
ちなみに、故・吉田和正さんは、フランス式でした。私は、一本、吉田さんと一緒に開拓中のルートがありました。正確に言えば、私に初登させようと、吉田さんが選んだルートがありました。それで、吉田さんがフランス式と言うのが分かります。
■ 現代では、ボルト位置は、慎重に設定するべき
カムで登ったり、ハーケンで登ったりして、セカンドが回収するのなら、プロテクションの位置は、その時、たまたま気に入った箇所でもいいと思います。
現代の開拓では、初登する人には、かなり大きな権利が与えられています。
その最初のボルト配置は、未来永劫、そのまんま、という権利です。
しかし、その最初の配置が、
テキトー
で、
熟慮を全く含まないもの
であったとしたらどうでしょう?
たとえるなら、
落書きにモナ・リザ(傑作)と同じ著作権を設定
してしまうようなものです。
いやピカソは落書きでも立派でないか?と言う声がありそうですが、ピカソの模写、みたことありますか?ものすごい精密画です。それだけ高度な能力を有してから、らくがきみたいに力を抜いているので、らくがきでもパーフェクトバランスってことになります。
一方、ただの落書き、に陥っているらしいのが、ラッペルしただけで試登せず、いきなりボルトを打っただけのルート。
九州で有名なのでは、八面のカプチーノがそうでないかなと思います。なんか疑問が残るボルトの位置でした。このベテランによると有笠山南国エリアの白と黒5.11bもそうだそうです。
■ ハングの扱いが変なのでは?
九州では、ハングの乗越がある場合に、ボルトの位置が微妙だなー、これ、いまいちだなーと思うことが多かったです。
というのは、その位置では、岩の上でヌンチャクが寝てしまい、空中にゲートが垂れていない、と言う事例が多く、ロープをかけると、岩にロープが当たってしまいます。
もしくは、凹にボルトが打ってあるので、岩の下で長ぬんがいることになって、あまりプロテクションとしては機能しない、と言うことになる。
事例:アッポロ11号。これじゃロープが流れないのは当然。長ぬんがいります。たぶん想像するに、こういうのは、そもそも、アルパインロック(リッジ登攀)の凹凸があるルートを十分登りこんでいないで、岩場に来た人がボルトを打つと、こうなるのではないだろうか?
易しいルートで学ぶべきことをすっ飛ばして、開拓しているってことです。
■ ハングがある場合のボルト位置
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傾斜が垂直の部分から、例えば50センチのルーフを越えるとします。
ルーフの下にボルトを打っと、通常のヌンチャクではロープの流れが悪くなります。(日向神ではこれが多い。上記のアッポロ11号参照)
さらにルーフにエッジがあれば、墜落したらロープに損傷が起きるでしょう。(ロープがエッジにこすれると切れます)
それらを考慮すると、ルーフの上で、カラビナがルーフに当たらない位置がいいです。
しかし、安定した態勢でヌンチャクを掛けられない、しかもランナウトするなら、墜落しても危険でない位置にボルトがあるべきです。そのボルトがルーフ上のボルトと近くてもいいでしょう。
この様なルーフ上のボルトが遠いルートでは、クリップ側のゲートが開けたままにできる、スティッククリップが有効です。
岩の傾斜、オーバーハング、ただの前傾か、ルーフかで、この辺は変わります。
つまり、ロープがドラッグしない、クリップに危険がないのが前提です。
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きちんと安全が確保されていない、あまり知性が感じられないボルト配置のフリークライミングのルートでは、
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無意味なプレッシャーが入ります。
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とのことで、私が感じていた、”精神的プレッシャー”は、これではないか?と思います。
”無意味な”プレッシャー=ボルト位置悪いよ = 不必要に危険、ということ。
■ プレッシャーにはもともとめちゃ強いほう
…というのは、私は、自分を強くする、良いプレッシャーっていうのは、どちらかと言うと歓迎で、山でも、リスクには立ち向かうタイプだったからです。じゃないと、一人で海外へ行って働いてきたり、卒業課題を一人でこなそうと、阿弥陀北稜に行ったりしますかね?
ロープが出す・出さないの判断がありますが、こりゃいらねーだろ、みたいなところで、でも精神的に怖い人もいるんだし、勇気がないのを責めるのは、かわいそうだから出してあげようねーってタイプではありません。それは、今時の若い男子のほうです。
私が判定しているな、ってところは、ここで落ちたら一巻の終わりという、確実にリスクが見えているところです。
ので、岩場でも、別に怖がりではないんですよね。高いところが怖いってないし。
いつだったか、ボルダラーでリードに進みたいとかいう人を岩場に連れて行きましたが、アプローチで、フィックスロープが出ているところでも、怖がって降りてこれない始末でした。ボルダラーは歩けない。
■ 精神的な苦悩
私はかなり我慢強いほうなので、数々の、ん?んん?ってできことでも、相当に我慢を重ねたと思います。
しかし、登る人としての基本的な安全管理の認知能力が働いてしまうと、どっちかというと自分が悪いってよりは、ルートの質がどうなんだろう?と思ってしまうんですよね…
これは、他責 ということではなくて、
客観的なジャッジメント
のような気がします。