■ 膝の亜脱臼は6か月
私の膝の亜脱臼は、全治6か月です。9月12日に脱臼したので完治は3月。
■ 癖にならなければ 成功
ちなみに、回復の成否は、
脱臼が癖になっていないか?
です。脱臼すると、じん帯が緩くなっているので、ちょっと治って、頑張っては、再度、脱臼する、ということを繰り返しやすいそうです。
そうならなければ、成功、という訳。
経験者によると、ホント癖になるそうです。日向神奥壁で会った女性クライマーに教えてもらいました。
■ 温泉療法?!
昨日はうきは市に用事があったので、少し早く行き、耳納山荘で温泉につかって温泉療法してみました。1時間はたっぷり浸かってみましたが、あまり効果は感じられませんでした(笑)。残念。温泉の質の問題なのかなぁ?
耳納山荘、700円と思っていたら、770円に値上がりしていました(汗)。
雲が、まだ夏みたい…。
九州は、湿度が高いです(><)。
私は湿度が高い土地は苦手です…。
カビ菌がアトピーに超悪いです…。
この後、空き家プロジェクトIn福岡で出会った方が地域協力隊で、うきはの空き家ツアーに案内していただきました。
山間の古民家は湿度が高くて、私にはNG。
田んぼの中の古民家も、田んぼだけに湿度的にNG。
つまり、私は自分が生まれ落ちた土地柄が体質にあっていないみたいなのです(笑)。
山梨に行って、なんてドライな空気って快適なの~!ってなっちゃったんですよね(笑)。
乾燥は私にはあまり堪えないようです。しかも、雪すら、好きだという…。寒くても炬燵は出さない派ですし…。
■ ステキな出会い
この日はステキな人達との出会いがあり、民泊したいって人や、フリースクールをやっている人、それから、一緒にガイドツアーを作れそうな人、ステキなカフェ、MinouBooksさんを知ることになりました♪
■ 回復期 リハビリ中心の生活
私は、膝、治すのに全力投球しないといけません。
まずは、縦走で、ダイエットですね。
肉離れで2か月寝ていたので、筋肉量が落ちていると思われ、それが膝の脱臼の遠因と思います。
自分が思っているより、筋肉を失っているってことです。歩くと下半身が重くなると思っていましたが、まぁ今は歩くべきですね。
どこかを歩くかな?
アシュタンガヨガも良かったのですが、月会費が高すぎて続けられないです(><)。
自習でアシュタンガヨガするのも考えましたが筋に悪いので、自分でシーケンスを作るべきです…。
とにかく、体重を軽くすることが大事と思う。47Kgまで落とそうと思っています。
■ 食事
ダイエットと言えば食事です。
健康というものもトレードオフなのですが、南雲 吉則さんと言う方は20歳若く見えるそうですが、どうも秘訣は一日一食にあるそうです。これは、取り組んでみたいかも?
というのも、私は食事づくりにあまりエネルギーを掛けたくないみたいなんですよね…。
学生時代や貧乏時代は、おにぎりで乗り切った記憶あります。
ごぼう茶、がお勧めされていますので、飲んでみようかなぁ。
ゲストハウス暮らしで、無農薬玄米のご飯を炊きっぱなしにすることで、何とかなっている様子を見て、これなら、私にもできそう、と思いました。毎食玄米。
つぶつぶの雑穀ご飯が気に入ったのは、実は、手軽だからなんですが、酵素玄米も相当手軽です(笑)。
とりあえず、縦走は頑張っておきます。秋になり、山を歩きやすくなりました☆
2019/10/27
2019/10/25
ボルダーの歴史
うーむ。ボルダー、全然、適性が無さそうなんだよなぁ…。
2016年9月12日 グランドフォールによる頭部の怪我の後 6級
2017年 吉田和正さんと登ったボルダー
2018年6月 浮嶽ボルダー 大入ボルダー
2018年小川山 初の四級のスラブが登れた♪ハッシーとのボルダー
2019年 日向神のワイドクラックボルダー
2019年 黒木ボルダー 膝亜脱臼
という具合で、まったく適性ありそうでないんだなぁ(笑)。
2016年9月12日 グランドフォールによる頭部の怪我の後 6級
2017年 吉田和正さんと登ったボルダー
2018年6月 浮嶽ボルダー 大入ボルダー
2018年小川山 初の四級のスラブが登れた♪ハッシーとのボルダー
2019年 日向神のワイドクラックボルダー
2019年 黒木ボルダー 膝亜脱臼
という具合で、まったく適性ありそうでないんだなぁ(笑)。
どのようなパートナーが欲しいか?
■父との葛藤
両親の離別で、6歳から父は完全に人生から姿を消したので、私は父を知りません。が、別に父を恨んでいるわけではありません。
ただ子供には、教科書やノート、食べ物、と言った生活上のニーズは満たされる必要があり、そういうものが満たされない子供時代を過ごしたので、それは一種の
虐待
と同じことであったと今も昔も思っています。両親の離婚で起きたことは物質的な欠乏です。しかし、私自身はなぜか、そこで鍛えられて強くなりました。
一方、両親の離婚では、心理的には欠乏は訪れず、むしろ、不安定な状態から安定的な状態になったので、良かったと思っています。学業で私は優れていたので、父親代りを見つけることは難しくなかったためです。
父性的な男性に惹かれるというのは、アダルトチルドレンであった私にとって必然で、同年齢の男性だと、どうしても子供っぽくて、話自体が合わなかったのです。
私にとって初めての恋人デイビッドは、35歳、私は21歳でした。これでも、付き合ってみると対等で、私が期待した父性的な包容力、私を伸ばしてくれるというのは、期待できない感じでした。私に必要だったのは、私の才能を伸ばしてくれる父性のある男性でした。
■ 男性の人間的成長は女性の20年遅れであること
私にとって、クライミングという活動は、男性にとって人間的成長するのに、どれほどの長い時間がかかるのか?を垣間見れる機会でした。
仲間への思いやり、共感する力、そう言った力が、女性と同じ程度まで、大きくなるには、男性には、20年くらいの月日がかかるのだということが分かった。
つまり、父が私たち兄弟を母に産ませた、20代の男性なんて、ただの子ども、だったということが分かりました。
なぜ、父が子供を孕ませた女性を捨てたのか?という長年の問い…謎…も、納得がいく答えが見いだせました。
ただ、ただ、子どもだった、責任が怖くて、しっぽ巻いて逃げた、それだけです。
無責任男ではありますが、20代の男性に何が期待できるでしょう?
父でなくとも、多くの男性は社会的制裁を恐れて、家庭に収まっているだけで、社会が怖くなければ、父と同じことをする男性がほとんどでしょう。そうじゃない、人間的に成熟した男性を見出すほうが、難しい…と思います。
男性は、セックスにおいて、結果責任を全く想像していません。ただただ欲望の開放でしかない。食べる、寝る、遊ぶ、と同じです。ですから、節制(ブラフマチャリヤ)ということが言われるわけです。
自分を律する力、節制する力というのは、子どものころからできる子とできない子に違いがあり、マシュマロテストというので、結構有名です。
これは、知性の問題のようです。長期的損得を考えるだけの知性が必要というわけです。
■ 山は癒し、クライミングは男性の観察
私にとって山は、人間性を回復するための癒しの時間でした。オキシトシンの時間とでも言いましょうか?
一方、クライミングが主体になってくると山は、チャレンジや達成の時代に入りましたが、それは、男性たちの観察機会でもありました。
よく思い出したのは、弟です。私は、弟についても、強力な喪失体験をしています。
弟の急死です。夜普通に寝て、朝起きたら冷たくなっていた、という亡くなり方をしたそうです。彼が24の時の話です。私はまだ26でした。
弟とは私は年齢が近く、男の子というのは、本当に子供だなという印象で、ともに成長しましたが、思春期以降の肉体的な体力差が著しく、とてもかなわないという思いを持っています。体力差、腕力差は、弟には分かったようです。私は子供時代の延長戦にある体力で、弟のほうは、そうではなく、思春期に入って、指数的に飛躍的に伸びた体力でした。途中まで同じだったのに。
クライミングや本チャンでは、男性たちは、そのことが分かっていない、と思えました。私には、彼らが前提として当然のようにもっている体力がないということが、男性には分からないのでは?と感じていました。そのために、無理なルートに行きたがり、それについて行った場合、山に喰われるのは一番弱い、私ではないか?と。
それで一生懸命それを訴えることになりましたが、結果としては、男性たちが女性の体力について理解することを助ける、ということになったと思います。
私は男性の無知…何に対する無知かというと、女性の体力やパワー腕力に関する無知…のために、男性には許されても女性には許されないギリギリ路線に、相手はそうと知らずに、無理をさせられてツッコまされる羽目になるのを恐れていました。ベースが無知なので、相手を悪いと責めることができない。
そこで、欲しかったのが父性が発達し、男女の体力差も、山での事故も、すべてを理解できる経験値を持った、年配の男性です。つまり、師匠です。
若い男性に拉致されるという、私に襲い掛かりそうな不幸な出来事から、
守ってもらいたい
という気持ちがありました。それは、会で、「君たち二人には〇〇はまだ無理だよ」というような話です。会という枠組みで、別に構わなかったのですが、現実問題、会も、守ってくれる、も、なかったです。ので、個人のリーダーの方を頼りました。
こうした心理プロセスは、私の夫には見えていなかったかもしれませんが、私は庇護が必要だったのです。
そして、夫は私が必要とする庇護を与えられない人でしたので、クライミングになって以降、私の戦いは孤独の戦いでした。これが夫と心理的に距離が離れた理由です。夫は私の恐怖、私の体験、私の苦悩、私の成長、私の葛藤、そう言うものは一切理解していませんし、理解しようという姿勢すら、見せたことがありません。そのことについては、人生のパートナーとして不服に思っています。クライミングはしなくても、メンタルのバックアップをすることは可能だからです。
女性はおそらく、自分を守ってくれる男性を愛するようにできている、と思います。肉体的危険から、守られたいという思いが、非常に強くあります。払しょくが難しい。
私が一番求めていたのは、頼りになる男性、肉体的に私との体力差を理解しており、私を大事にしてくれる男性、つまり、弟、でした。
■ビレイについて
クライマーを守ると言えば、ビレイヤーです。私は、ビレイヤーとの心理的絆をもって登ったことは一回もありません。
師匠の青木さんですら、私が必要な心理的バックアップはくれたとは言えません。私がもらったことがあると感じているのは、トニーと登った6Aのフルメタルジャケットのみです。非常に励まされて登り、なおかつ、他にもクライマーが見守ってくれました。
落っこちながら、各駅停車で登ったのです。
このような登りを今後はしていく必要がある… となると、心理的距離感は、今まで一緒に登っていた青木さんとよりも近くなります。
私にとって心理的距離が近いことは少し怖いことです。
その怖さは、喰われるんじゃないか?みたいな怖さです。男性の節制心に期待したいですが、女性のパートナーであれば、その心配の必要がない。そのために、女性と登りたいという気持ちがあります。
私は母性に優れていて、自分自身が誰かの安全基地として、機能することには慣れがあるからです。アダルトチルドレンとして、私自身が長年、母の安全基地役、母の母、を務めたためです。
■ 私が母性を生かす場所
は、期せずして、クライミング、ということになりました…
子どもを持たない、というのは、時間的な失敗のためです。夫の精神的成長がなかった、私自身が自分の人生を子供が持てる生物学的年齢以前に確立する、ということの2点で失敗したからです。
母親本人に”自分の人生”がないと、子どもができれば、子どもが母親の人生そのもの、に成り代わってしまいます。それは母子ともに不幸なことです。私の母に起きたのは、それでしたので、同じ轍は踏むまいと私は幼いころから思っていました。
私の母は、私が生き甲斐でした。それは子供にとって不幸なことで、つまり、私は子供の自分を不幸な子供と位置付けていました。この気持ちは今も変わりません。
健康な卵子を生産することができる38歳のタイムリミットで、自分の人生を見つけられていない、ということは、子どもを持つ機会を永遠に逃した、ということです。
私は海外に暮らすという夢を持っており、その夢に最も接近したのが、32歳でのテレコムニュージーからのヘッドハンティング時でした。その後、35歳で夫の転勤により、永遠に労働市場からは姿を消すことになりました。すでに10年たっています。
今、労働市場に復帰しても同じように活躍可能だと思いますが、自分より判断力の劣る、知性に劣る男性に、使われる立場に立ちたいとは、全く考えることができません。
私がこの10年に自信を深めたのは、自分の知性と判断力リーダーシップと言った”男性性”についてなのです。そこらの男性より優れていることを、自分で自分に証明したと思います。
■判断力
私が登山、そしてクライミングにおいて自信をつけたのは、判断力においてです。私の知性は、ほとんどの人を上回って、良き判断が下せています。
私は、経験値による判断力には当然、経験自体が少ないので、論理的根拠がなく、判断力不足によるリスクを感じていました…。
しかし、ほとんどの経験値は、私の場合、地頭力、推測力、でカバーできるみたいです。
この推測力は、多くの人には、直観力、と傍目には見えるようですが、そうではなく、ちゃんと根拠があり、説明可能です。
私は、カウチサーフなどでは、賢明で、盗みを働きそうな人、トラブルになりそうな人、を避けています。客を選ぶというようなことですが…。それができないとトラブルで大変な思いをすると思います。
こうした力をさらに確信したのが、今回の韓国でした。推測力には、自信を深めました。調査力もです。
さらなる高みに自分を連れて行くには、信頼できるビレイパートナーが必要ですが、それは得難いものであると感じています。
何しろ、必要なのは女房役で、強いリーダーではないからです。
私自身のほうが、肉体的な強さという1点を除いて、リーダーであり、司令塔であり、強いリーダーです。ので、リーダーが二人は要らない、となります。
実は私は、父親自身を私の内に見出してしまった、ということです。子供がない、というのは、私のような、冒険を愛する女性にとって必然なのかもしれません。
とはいえ、私は男性と同じ、パワーを誇示する山をしたいとは思っていないので、別の価値を提示する、別のスタイルを模索しています。
まとめると
・達成感、グレード更新だけではないクライミングをできる人
・ビレイヤーとして、リードクライマーとしての私の心理的砦になれる人
・私自身がどこを登るか?などの判断するので、その判断に境界線の侵入を行わない人
・男女の体力差について十分、見地がある人
が求めるパートナー像です。 反対を書くほうが分かりやすいので、書いておきます。
・ジムで5.11が登れるから、バットレス4尾根行けると思う人 =NG
・これくらい登れるんじゃね?と思ってリードしなさいと命令する人 =NG
・カムエイドや疑似リードを飛ばす人=NG
・男性と同じ基準で私を判断し、ダメ判定を押す人=NG
・私を落として、頭7針縫わせる人= NG
です。
両親の離別で、6歳から父は完全に人生から姿を消したので、私は父を知りません。が、別に父を恨んでいるわけではありません。
ただ子供には、教科書やノート、食べ物、と言った生活上のニーズは満たされる必要があり、そういうものが満たされない子供時代を過ごしたので、それは一種の
虐待
と同じことであったと今も昔も思っています。両親の離婚で起きたことは物質的な欠乏です。しかし、私自身はなぜか、そこで鍛えられて強くなりました。
一方、両親の離婚では、心理的には欠乏は訪れず、むしろ、不安定な状態から安定的な状態になったので、良かったと思っています。学業で私は優れていたので、父親代りを見つけることは難しくなかったためです。
父性的な男性に惹かれるというのは、アダルトチルドレンであった私にとって必然で、同年齢の男性だと、どうしても子供っぽくて、話自体が合わなかったのです。
私にとって初めての恋人デイビッドは、35歳、私は21歳でした。これでも、付き合ってみると対等で、私が期待した父性的な包容力、私を伸ばしてくれるというのは、期待できない感じでした。私に必要だったのは、私の才能を伸ばしてくれる父性のある男性でした。
■ 男性の人間的成長は女性の20年遅れであること
私にとって、クライミングという活動は、男性にとって人間的成長するのに、どれほどの長い時間がかかるのか?を垣間見れる機会でした。
仲間への思いやり、共感する力、そう言った力が、女性と同じ程度まで、大きくなるには、男性には、20年くらいの月日がかかるのだということが分かった。
つまり、父が私たち兄弟を母に産ませた、20代の男性なんて、ただの子ども、だったということが分かりました。
なぜ、父が子供を孕ませた女性を捨てたのか?という長年の問い…謎…も、納得がいく答えが見いだせました。
ただ、ただ、子どもだった、責任が怖くて、しっぽ巻いて逃げた、それだけです。
無責任男ではありますが、20代の男性に何が期待できるでしょう?
父でなくとも、多くの男性は社会的制裁を恐れて、家庭に収まっているだけで、社会が怖くなければ、父と同じことをする男性がほとんどでしょう。そうじゃない、人間的に成熟した男性を見出すほうが、難しい…と思います。
男性は、セックスにおいて、結果責任を全く想像していません。ただただ欲望の開放でしかない。食べる、寝る、遊ぶ、と同じです。ですから、節制(ブラフマチャリヤ)ということが言われるわけです。
自分を律する力、節制する力というのは、子どものころからできる子とできない子に違いがあり、マシュマロテストというので、結構有名です。
これは、知性の問題のようです。長期的損得を考えるだけの知性が必要というわけです。
■ 山は癒し、クライミングは男性の観察
私にとって山は、人間性を回復するための癒しの時間でした。オキシトシンの時間とでも言いましょうか?
一方、クライミングが主体になってくると山は、チャレンジや達成の時代に入りましたが、それは、男性たちの観察機会でもありました。
よく思い出したのは、弟です。私は、弟についても、強力な喪失体験をしています。
弟の急死です。夜普通に寝て、朝起きたら冷たくなっていた、という亡くなり方をしたそうです。彼が24の時の話です。私はまだ26でした。
弟とは私は年齢が近く、男の子というのは、本当に子供だなという印象で、ともに成長しましたが、思春期以降の肉体的な体力差が著しく、とてもかなわないという思いを持っています。体力差、腕力差は、弟には分かったようです。私は子供時代の延長戦にある体力で、弟のほうは、そうではなく、思春期に入って、指数的に飛躍的に伸びた体力でした。途中まで同じだったのに。
クライミングや本チャンでは、男性たちは、そのことが分かっていない、と思えました。私には、彼らが前提として当然のようにもっている体力がないということが、男性には分からないのでは?と感じていました。そのために、無理なルートに行きたがり、それについて行った場合、山に喰われるのは一番弱い、私ではないか?と。
それで一生懸命それを訴えることになりましたが、結果としては、男性たちが女性の体力について理解することを助ける、ということになったと思います。
私は男性の無知…何に対する無知かというと、女性の体力やパワー腕力に関する無知…のために、男性には許されても女性には許されないギリギリ路線に、相手はそうと知らずに、無理をさせられてツッコまされる羽目になるのを恐れていました。ベースが無知なので、相手を悪いと責めることができない。
そこで、欲しかったのが父性が発達し、男女の体力差も、山での事故も、すべてを理解できる経験値を持った、年配の男性です。つまり、師匠です。
若い男性に拉致されるという、私に襲い掛かりそうな不幸な出来事から、
守ってもらいたい
という気持ちがありました。それは、会で、「君たち二人には〇〇はまだ無理だよ」というような話です。会という枠組みで、別に構わなかったのですが、現実問題、会も、守ってくれる、も、なかったです。ので、個人のリーダーの方を頼りました。
こうした心理プロセスは、私の夫には見えていなかったかもしれませんが、私は庇護が必要だったのです。
そして、夫は私が必要とする庇護を与えられない人でしたので、クライミングになって以降、私の戦いは孤独の戦いでした。これが夫と心理的に距離が離れた理由です。夫は私の恐怖、私の体験、私の苦悩、私の成長、私の葛藤、そう言うものは一切理解していませんし、理解しようという姿勢すら、見せたことがありません。そのことについては、人生のパートナーとして不服に思っています。クライミングはしなくても、メンタルのバックアップをすることは可能だからです。
女性はおそらく、自分を守ってくれる男性を愛するようにできている、と思います。肉体的危険から、守られたいという思いが、非常に強くあります。払しょくが難しい。
私が一番求めていたのは、頼りになる男性、肉体的に私との体力差を理解しており、私を大事にしてくれる男性、つまり、弟、でした。
■ビレイについて
クライマーを守ると言えば、ビレイヤーです。私は、ビレイヤーとの心理的絆をもって登ったことは一回もありません。
師匠の青木さんですら、私が必要な心理的バックアップはくれたとは言えません。私がもらったことがあると感じているのは、トニーと登った6Aのフルメタルジャケットのみです。非常に励まされて登り、なおかつ、他にもクライマーが見守ってくれました。
落っこちながら、各駅停車で登ったのです。
このような登りを今後はしていく必要がある… となると、心理的距離感は、今まで一緒に登っていた青木さんとよりも近くなります。
私にとって心理的距離が近いことは少し怖いことです。
その怖さは、喰われるんじゃないか?みたいな怖さです。男性の節制心に期待したいですが、女性のパートナーであれば、その心配の必要がない。そのために、女性と登りたいという気持ちがあります。
私は母性に優れていて、自分自身が誰かの安全基地として、機能することには慣れがあるからです。アダルトチルドレンとして、私自身が長年、母の安全基地役、母の母、を務めたためです。
■ 私が母性を生かす場所
は、期せずして、クライミング、ということになりました…
子どもを持たない、というのは、時間的な失敗のためです。夫の精神的成長がなかった、私自身が自分の人生を子供が持てる生物学的年齢以前に確立する、ということの2点で失敗したからです。
母親本人に”自分の人生”がないと、子どもができれば、子どもが母親の人生そのもの、に成り代わってしまいます。それは母子ともに不幸なことです。私の母に起きたのは、それでしたので、同じ轍は踏むまいと私は幼いころから思っていました。
私の母は、私が生き甲斐でした。それは子供にとって不幸なことで、つまり、私は子供の自分を不幸な子供と位置付けていました。この気持ちは今も変わりません。
健康な卵子を生産することができる38歳のタイムリミットで、自分の人生を見つけられていない、ということは、子どもを持つ機会を永遠に逃した、ということです。
私は海外に暮らすという夢を持っており、その夢に最も接近したのが、32歳でのテレコムニュージーからのヘッドハンティング時でした。その後、35歳で夫の転勤により、永遠に労働市場からは姿を消すことになりました。すでに10年たっています。
今、労働市場に復帰しても同じように活躍可能だと思いますが、自分より判断力の劣る、知性に劣る男性に、使われる立場に立ちたいとは、全く考えることができません。
私がこの10年に自信を深めたのは、自分の知性と判断力リーダーシップと言った”男性性”についてなのです。そこらの男性より優れていることを、自分で自分に証明したと思います。
■判断力
私が登山、そしてクライミングにおいて自信をつけたのは、判断力においてです。私の知性は、ほとんどの人を上回って、良き判断が下せています。
私は、経験値による判断力には当然、経験自体が少ないので、論理的根拠がなく、判断力不足によるリスクを感じていました…。
しかし、ほとんどの経験値は、私の場合、地頭力、推測力、でカバーできるみたいです。
この推測力は、多くの人には、直観力、と傍目には見えるようですが、そうではなく、ちゃんと根拠があり、説明可能です。
私は、カウチサーフなどでは、賢明で、盗みを働きそうな人、トラブルになりそうな人、を避けています。客を選ぶというようなことですが…。それができないとトラブルで大変な思いをすると思います。
こうした力をさらに確信したのが、今回の韓国でした。推測力には、自信を深めました。調査力もです。
さらなる高みに自分を連れて行くには、信頼できるビレイパートナーが必要ですが、それは得難いものであると感じています。
何しろ、必要なのは女房役で、強いリーダーではないからです。
私自身のほうが、肉体的な強さという1点を除いて、リーダーであり、司令塔であり、強いリーダーです。ので、リーダーが二人は要らない、となります。
実は私は、父親自身を私の内に見出してしまった、ということです。子供がない、というのは、私のような、冒険を愛する女性にとって必然なのかもしれません。
とはいえ、私は男性と同じ、パワーを誇示する山をしたいとは思っていないので、別の価値を提示する、別のスタイルを模索しています。
まとめると
・達成感、グレード更新だけではないクライミングをできる人
・ビレイヤーとして、リードクライマーとしての私の心理的砦になれる人
・私自身がどこを登るか?などの判断するので、その判断に境界線の侵入を行わない人
・男女の体力差について十分、見地がある人
が求めるパートナー像です。 反対を書くほうが分かりやすいので、書いておきます。
・ジムで5.11が登れるから、バットレス4尾根行けると思う人 =NG
・これくらい登れるんじゃね?と思ってリードしなさいと命令する人 =NG
・カムエイドや疑似リードを飛ばす人=NG
・男性と同じ基準で私を判断し、ダメ判定を押す人=NG
・私を落として、頭7針縫わせる人= NG
です。
2019/10/24
Killing me softly with his song
■ ”優しく歌って”?
和訳を見るとやっぱり変!
これは路上ライブしているところを通りがかったら、まるでその歌詞が、自分の人生を歌っているようで、心を動かされたっていう意味の歌詞です。
あまりに自分のことなので、恥ずかしくなり、歌うのを辞めてもらいたいくらいなのだけれど、聞いている人は、当然見知らぬ他人なので、シンガーは歌うのを辞めない。
ということを歌った歌で、”優しく歌って”というのは意訳でもなんでもないし、なんか歌のノリとして違う…
この歌詞の意味が分かるようになるまで、20年くらいかかりました。まぁ、ちゃんと歌詞を自分で理解して聞こうとはしていなかっただけってのもありますが、和訳の歌詞は、変なことが多いので、やっぱり翻訳に頼らずに、
自分で英語そのものを理解するのが良い、
という事例のように思います。
ロバータ・フラックとか、エラ・フィッツジェラルドとか、黒人女性の歌声が好きです。
この曲をウクレレ伴奏で歌えないかなぁ…。
ウクレレ、買ったものの、技はここ数年全く進展していません。
ウクレレ、練習するのを怠って、まだ一曲も引けませんが…また習いに行かなくては。
和訳を見るとやっぱり変!
これは路上ライブしているところを通りがかったら、まるでその歌詞が、自分の人生を歌っているようで、心を動かされたっていう意味の歌詞です。
あまりに自分のことなので、恥ずかしくなり、歌うのを辞めてもらいたいくらいなのだけれど、聞いている人は、当然見知らぬ他人なので、シンガーは歌うのを辞めない。
ということを歌った歌で、”優しく歌って”というのは意訳でもなんでもないし、なんか歌のノリとして違う…
この歌詞の意味が分かるようになるまで、20年くらいかかりました。まぁ、ちゃんと歌詞を自分で理解して聞こうとはしていなかっただけってのもありますが、和訳の歌詞は、変なことが多いので、やっぱり翻訳に頼らずに、
自分で英語そのものを理解するのが良い、
という事例のように思います。
ロバータ・フラックとか、エラ・フィッツジェラルドとか、黒人女性の歌声が好きです。
この曲をウクレレ伴奏で歌えないかなぁ…。
ウクレレ、買ったものの、技はここ数年全く進展していません。
ウクレレ、練習するのを怠って、まだ一曲も引けませんが…また習いに行かなくては。
2019/10/23
カムセット練習に最適 竜頭泉 新クラックエリア
■ 新パートナー、新エリア
先日、日向神奥壁へ来てくれた、新パートナーT中さん☆と初クライミング♪
彼は、関東でクラックを登っていたそうなので、クラックを企画です。当初、岸良を計画したのですが、どうも、竜頭泉に、易しいクラックが多数開拓されたという噂だったので、私の膝の脱臼のことも考え、今回は、運転が短い竜頭泉を計画してみました☆
2名だと、互いにビレイチャックはできない。新エリア、トポない。
という上記2点の理由で、助っ人で先輩が来てくれました~ 持つべきものは、心優しい先輩☆ありがとうございました☆
前回、見晴らし岩で、ご一緒したYさんもクラック触ってみたいとのことで、ご参加。開拓者のT田さんも偶然にもいらっしゃり、にぎやかな集まりとなりました。
しかも、Yさんはボルダー大変お詳しい!ということで、ボルダー見学にも出かけ、
クラックも、ボルダーでも、実りあるクライミング
になりました!
■ 新クラックエリア
九州では、クラックを練習するところがないのですが、新しいエリアが開拓され、10本くらい登れるようになっています。
ここのクラックは、湯川と同じで、崖沿いに、ずらーっと並んでおり、次々と登れます。開拓者の方に感謝、感謝です☆
この岩場は、クラックの内部が凸凹としており、カムセットが大変難しいです。初心者がカムのセットを身に着けるのに最適な岩場です。純粋なクラックムーブの岩場ってわけではないです。その点は、龍洞の岩場に似ています。(少しですが、クラックムーブの課題もあります)
このような岩場ではムーブ自体はフェイスで簡単で、カムのセットが難しいだけなので、カムは実際にテンションすることなく、気休めであり、登れても、カムセットがいいかげんである可能性があります。
看板ルート ドラゴンヘッド |
私は易しい5.8のクラックを朝一リードでとりついたのですが、カムのセット写真を取ってもらいました。このクラックは、カムは色々なパターンでどうとでも取れる。しかし、そこにセンスが現れると思いました。
私の場合は、まだ初心者なので、1ピン目は立てるところから入れろとは習っていますが、さすがにこの課題では、多少登ってから1本目を取りました。登攀は易しいからです。その意味では、去年、龍洞で登ったウエディングルートと同じ感じです。
その後、TRで、5.10dフェイスをやりましたが、やっぱり膝も調子悪いし、アップアップ。ところどころ、サムカム利いて、ちょっとうれしい。だいぶ落ちました。
左隣のワイドをTRで触らせてもらいましたが 、「リードで行けるんじゃ?」
うーん。確かに上部はなんとかなりそうでしたが、下部の出だしが…1本目のカムがバチ効きに利かせられるかが核心?
これは、易しいということですが、私のゆとり120%な登りではないです…ゆとりだいぶ現象…ギリギリまではいかないですが、まぁ快適な登攀というわけではないです。
こちらはTR限定課題?
プロテクションをセットするのがかなり難しそうな課題。全員TR.
これ、2日目に1撃で完登されていました!モチベーション高い!
ハンド→ワイドと進んだので、オフィズス5.9を試してみたのですが、カムエイドでも無理っとなり・・・相方が頑張ってくれなんとか。ひもを使わずカム回収…。
これ、よれました。あげこまるを思い出しました。5.9ではなく、5.10Aに改定されていたカサメリ沢の課題です。
ちょっと奮発?して、竜頭泉荘という近所の名物の店で、お夕食。
鯉こく定食 2500円(値上がりしていました)
うなぎ定食 3500円 (なんか高かった…)
3人で割ったものの、予想外にちょっと奮発系お夕食に…
それを思うと韓国安かったな~ プルコギの夕べ、安かった。
■ 翌日
翌日は、奥の課題をリード。やはりクラック内部が凸凹で、カムセットが課題。登攀はそうでもないです。
エリアを変え、入門クラック5.10Aへ。これは私は1フォールRPで登れていた課題ですが、相方の奮闘を見て、リードで取りつくのは辞めておき、TRにしておきました。
膝、あまり無理をしないほうがいいかなと。結果やはり上の右上で、左足足ジャム&右足スメアの右足スメアはありえないので、右足もジャムしかできないとなると、ムーブ的に困難になり、限定かけたみたいなことでした。苦労して登りました。でも、ここ以外では、純粋なクラックムーブって出てこないので、だいぶ満足。
手前の竜頭泉レイバックは、再登でもあるし、TR掛けれる紐がついていなかったので、辞めておきました。
再度、昨日リードでとりついた、5.8を再登。カムのセットが核心だということを理解。
カムは設置するとき、足で立てる場合は、腰でセットすると良いとアドバイスを貰い、なるほどと思いました。腰クリップのほうが安全です。
《カムセットのルール》
・1本目はできるだけ高く
・2本目は近く (1本目が効いているとは限らない)
・3本目以降はランナウトしない程度に入れる(腰クリップ)
・核心前には、2点
・乗越前も、入れる
・テラスが出てきた場合、地面と同じで1本目はできるだけ高く入れる、2本目近く
登攀に余裕があるが、ランナウトを避ける目的で入れるときは腰クリップ。
これが今回は一番の収穫でした。まぁ、膝の脱臼の回復に半年はかかるので、半年はチャレンジクライミングはなく、リハビリクライミングのみです。
私はまだカムのセットには自信がないので、竜頭泉は歩けるレベルの登攀でカムセットの安定のために通いたいと思いました。
竜頭泉から帰宅
■ 竜頭泉
クラック祭りから帰りました。コーヒー切れて頭痛がしてきた…と思ったんですが、低気圧通過の頭痛かも…。
1日目:T田さん開拓の新しいクラックエリアで易しいクラックをオンサイト。推定5.8。その後、フェイス10d TR.これ、5回くらい落ちました。フェイスは苦手系。ワイド推定5.8、TRですが、いや~、チムニーに経験がないと思って怖がっていたワイドですが、これが一番易しいだろうと。オフイズス5.9は、全然ダメでカムエイドもダメ。しかし、大変でした…。T中さんに助けてもらってなんとか回収できました。
竜頭泉荘という鯉の店で、お食事。ちょっと高かった!2200円で定食なら、まぁと思っていましたが、値上がりして2500円。一回でいいかな。
翌日は、朝からヨガ。リードでとりついた5.8、カムセットが難しいということが判明。竜頭泉は、カムセットが非常に難しい岩場だということが判明です。クラックの内部が凸凹しており、きちんと聞くところの見極めが非常に難しいです。
その後は入門クラック5.10Aへ。再登でしたが、久しぶりにまっとうなクラックムーブで満たされました。TR2回。膝の状態が悪く、やはり膝を強く屈曲すると、痛みが…。だいぶフォールしました。パートナーは結構苦戦していましたが、3便目でRP。竜頭泉レイバックは再登せず。膝の状態が悪いと思い、取っておくことに。
大体、やりたかったことは済んだのですが、前日の1本目の5.8を再度登り、カムセットが核心であることを確信しました。前日はそれが分からなかったのです。
パートナーから、立てるところでは腰のあたりで淹れると良いというアドバイスを貰い、なるほどと。腰クリップのほうが安全です。
その後、他のエリアを見に遊歩道を歩いてみました。立派できれいな滝がありました。あれを見ないで、今まで薄暗いところを行ったり来たりしていたんだなぁと(笑)。雨が降ってきたので撤退。のんびり高速を飛ばして(というか運転してもらって)、帰ってきました。三瀬は雨でした。
竜頭泉は岸良より、やはり少し難しく、私が楽しく登れるクラックは、岸良かなぁ…
クラック祭りから帰りました。コーヒー切れて頭痛がしてきた…と思ったんですが、低気圧通過の頭痛かも…。
1日目:T田さん開拓の新しいクラックエリアで易しいクラックをオンサイト。推定5.8。その後、フェイス10d TR.これ、5回くらい落ちました。フェイスは苦手系。ワイド推定5.8、TRですが、いや~、チムニーに経験がないと思って怖がっていたワイドですが、これが一番易しいだろうと。オフイズス5.9は、全然ダメでカムエイドもダメ。しかし、大変でした…。T中さんに助けてもらってなんとか回収できました。
竜頭泉荘という鯉の店で、お食事。ちょっと高かった!2200円で定食なら、まぁと思っていましたが、値上がりして2500円。一回でいいかな。
翌日は、朝からヨガ。リードでとりついた5.8、カムセットが難しいということが判明。竜頭泉は、カムセットが非常に難しい岩場だということが判明です。クラックの内部が凸凹しており、きちんと聞くところの見極めが非常に難しいです。
その後は入門クラック5.10Aへ。再登でしたが、久しぶりにまっとうなクラックムーブで満たされました。TR2回。膝の状態が悪く、やはり膝を強く屈曲すると、痛みが…。だいぶフォールしました。パートナーは結構苦戦していましたが、3便目でRP。竜頭泉レイバックは再登せず。膝の状態が悪いと思い、取っておくことに。
大体、やりたかったことは済んだのですが、前日の1本目の5.8を再度登り、カムセットが核心であることを確信しました。前日はそれが分からなかったのです。
パートナーから、立てるところでは腰のあたりで淹れると良いというアドバイスを貰い、なるほどと。腰クリップのほうが安全です。
その後、他のエリアを見に遊歩道を歩いてみました。立派できれいな滝がありました。あれを見ないで、今まで薄暗いところを行ったり来たりしていたんだなぁと(笑)。雨が降ってきたので撤退。のんびり高速を飛ばして(というか運転してもらって)、帰ってきました。三瀬は雨でした。
竜頭泉は岸良より、やはり少し難しく、私が楽しく登れるクラックは、岸良かなぁ…
竜頭泉 クラック新エリア
This Area is banned to climb since a risk of fallen rock, Do not climb this area!
Dragon Head |
This one is best in the new area,
Dragon Head 5.10a
Three star climb.
BTW, "ryutou", means Dragon Head in Jpanese.
This one is easy warming up 5.8.
This crag's crack is Protection Difficult.
So feel the difficulty of the setting in this easy warm-up. You'll know what I mean. It is so hard to find where crack is constantly parallel.
This one is only for TR. Since it is so thin, hard to put any micro cams.
It is considered it's not a good idea to put bolts and pitons. It's a human ego.
So it will remain bolt-less.
There are some other cracks like, Nyumon Crack 5.10a and Ryutousen Rayback 5.9, on the Chusyajyo Area.
See entire topo in Climbing.net.
Topo for new area is yet to come.
Vegetarian Near By
Kurage Syokudou
https://nekomachihanten.net/kuragesyokudou7357/
2019/10/21
All day, Every day
■ビレイヤーのことも考えられるクライマー
思えば、青ちゃんと出会ったころ、私は、自分のことしか考えられない男性パートナーに、もう、ほとほとくたびれていた。
私の最初のパートナーは、自分の都合は考えられても、下でビレイしているビレイヤーの都合は考えられない人で、自分の実力に見合わない、とんでもないルートに、私に付き合ってもらうために、説得作戦…北岳バットレス四尾根。
彼にはだいぶ疲れました。理論立てて無理だと説明しても、彼の会の会長が、”今の二人の実力では無理だよ”と彼に直接言っても、”私の師匠が、無理だと言っているよ”、と話しても聞く耳、持たず。
一緒に行って、ひどい目にあうのが目に見えていた。私は彼の奥さんに、”夫を頼みます”と言われているのに?
思えば、青ちゃんと出会ったころ、私は、自分のことしか考えられない男性パートナーに、もう、ほとほとくたびれていた。
私の最初のパートナーは、自分の都合は考えられても、下でビレイしているビレイヤーの都合は考えられない人で、自分の実力に見合わない、とんでもないルートに、私に付き合ってもらうために、説得作戦…北岳バットレス四尾根。
彼にはだいぶ疲れました。理論立てて無理だと説明しても、彼の会の会長が、”今の二人の実力では無理だよ”と彼に直接言っても、”私の師匠が、無理だと言っているよ”、と話しても聞く耳、持たず。
一緒に行って、ひどい目にあうのが目に見えていた。私は彼の奥さんに、”夫を頼みます”と言われているのに?
■ 経験しないと分からない男子 経験しなくても分かる女子
ビレイに限らず、ですが、
地頭力で考えないといけないこと
は男子は考えられず、
痛い目に遭うという経験からしか学べない人が9割
の世界のようです。もちろん、そうじゃない人もいると思いますが、傾向はそうです。
ので、アイス初心者とは言え、後輩君には感謝しています。何しろ、夫とは、峰の松目アイスは不可能です。私のオールリードで行きましたが、最後のF8では敗退してきました。
対等レベルのパートナーが欲しいと、いつも思っていますが、師匠の青ちゃんと出会った当時私には、こんなイケイケパートナー君か、完全初心者の後輩君か、私がガイド登山をしてあげる山岳会か、しかなかったので、師匠の青ちゃんと登るのが一番安全でした。
体の大きな男性の大墜落が下のビレイヤーに危険だ(アメリカンクラッカーになる)、などというような、ちょっと考えれば、別に経験しなくても分かるでしょ!みたいなことは、たぶん、どの男性も一度経験をしてみないと分からないみたいです。
合同クライミングで、シロクマくんの落ちるクライミングを見て、「俺、落ちるようなクライミングは嫌い」と最初に言われたので、私も落ちるようなクライミングはしないようにしておきました。
ビレイに限らず、ですが、
地頭力で考えないといけないこと
は男子は考えられず、
痛い目に遭うという経験からしか学べない人が9割
の世界のようです。もちろん、そうじゃない人もいると思いますが、傾向はそうです。
それは、子どもを守るという性、子どもが痛い目に遭ってからでは遅い…の女性よりも、もともと獲物に勇猛に挑むことを期待されていた男性には、全員が理解が難しいもののようです。女性は、だれでも危険の察知が早いです。私の場合は、加えて、論理立てて理由を上げることができます。
さて、私が同レベルのクライマーと一緒に成長していきたいとなると?
さて、私が同レベルのクライマーと一緒に成長していきたいとなると?
相手が怪我をするのは勝手ですが、私も付き合う羽目に陥ることが多くなります。
それで、基本的には、私自身がリスク管理できる自分がリードで、リーダーで行く山が一番安全になります。相手が足を引っ張る人でない限り。これは山やの女性の先輩も、そう言っていました。足を引っ張る人でない限り、というのは、昨今女性のほうが強いケースがあるからです。
それで、基本的には、私自身がリスク管理できる自分がリードで、リーダーで行く山が一番安全になります。相手が足を引っ張る人でない限り。これは山やの女性の先輩も、そう言っていました。足を引っ張る人でない限り、というのは、昨今女性のほうが強いケースがあるからです。
私はソロで阿弥陀北稜は登るスキルがありますが、リーダーとして、GWの仙丈まで夫を連れて行きましたが、それ以上は辞めました。夫はピンチになると、わざと足を引っ張るタイプだからです。共倒れの危険がある。
私はピンチになると強くなるタイプです。甲斐駒黒戸尾根など、夫には考えられません。ロープを出してあげないといけません。
というわけで、私にとって一番安全なのは、自分がリーダーの山です。
私はピンチになると強くなるタイプです。甲斐駒黒戸尾根など、夫には考えられません。ロープを出してあげないといけません。
というわけで、私にとって一番安全なのは、自分がリーダーの山です。
ので、アイス初心者とは言え、後輩君には感謝しています。何しろ、夫とは、峰の松目アイスは不可能です。私のオールリードで行きましたが、最後のF8では敗退してきました。
対等レベルのパートナーが欲しいと、いつも思っていますが、師匠の青ちゃんと出会った当時私には、こんなイケイケパートナー君か、完全初心者の後輩君か、私がガイド登山をしてあげる山岳会か、しかなかったので、師匠の青ちゃんと登るのが一番安全でした。
体の大きな男性の大墜落が下のビレイヤーに危険だ(アメリカンクラッカーになる)、などというような、ちょっと考えれば、別に経験しなくても分かるでしょ!みたいなことは、たぶん、どの男性も一度経験をしてみないと分からないみたいです。
…その、”一般男子は考えないと分からないこと”…を、全部、経験済みで分かってくれている青ちゃんが一番信頼できました。たぶん、青ちゃんも若いころは分かっていない男子だったみたいで、今、命があるのは、ただラッキーだったから…みたいでしたが(笑)。
■ 落ちるクライマー、止めてくれないクライマー
■ 落ちるクライマー、止めてくれないクライマー
合同クライミングで、シロクマくんの落ちるクライミングを見て、「俺、落ちるようなクライミングは嫌い」と最初に言われたので、私も落ちるようなクライミングはしないようにしておきました。
その”落ちない”私が、落ちようと思って落ちたのではない、やむを得ない墜落で、止めてくれず、グランドフォールさせ、頭を7針縫うことになったのは、自分はバンバン落ちているシロクマ君のビレイにおいてでした(笑)。
男子は、自分はしてもらっていることも、相手にはしてあげない… たぶん、男子にとって、私は”お母さん”だったのでは(笑)?
というので、神様に、”どうか、頼れるビレイヤーを下さい”とお願いしたら、青ちゃんが来たんだったということを思い出しました(笑)。
というので、神様に、”どうか、頼れるビレイヤーを下さい”とお願いしたら、青ちゃんが来たんだったということを思い出しました(笑)。
重たいクライマーの墜落で下のビレイヤーが頚椎を痛めている事例
■ 安全は下のビレイヤーも大事
体重差が大きすぎるパートナーだとこういうことになりがちです。
登っているクライマーに対する衝撃緩和については考えている人も、下のビレイヤーが受ける衝撃の大きさには、無関心なことが多いです。
私は一度、1ピン目で落ちるクライマーを停めて、ビレイヤーの私と衝突し、私は衝撃でふらふらになっているのにも関わらず、ビレイヤーの私を思いやらず、再トライして登ろうとしたクライマーに、ビレイをお断りしたことがあります。
■ ビレイヤーはクライマーの下僕じゃないよ
ビレイヤーはクライマーの下僕、という日本のノリは行き過ぎです。
クライマーでも、ビレイヤーに墜落の合図をしないで落ちる人も良くありません。落ちそうなときは、落ちそうと声を掛けるのが、マナーです。
ビレイヤーなんだから、止めて当然だろ!という態度は傲慢で、日本の悪しき習慣です。
■ 二人で作り上げるのがクライミング
クライミングは、ビレイヤーとクライマー双方が協力して作り上げ、二人の精神的活動です。
精神的寄り添いができないクライマーは一人で登るべしです。
つまり、落ちないところを、ビレイがあやふやな新人を連れて登り続けるということで、それだと永遠に上達はないです。
■ 上下関係ではなく、相談、で。
日本のクライミングには、グレードの上下による上下関係がつきものですが、それだと、12歳の子どもが一番偉いということになります。
その次は、クライミング歴の長さによる上下関係がついて回ります。これだと、クライミング歴だけがいたずらに長い人で、分かっていない人を排除できません。
最も良いのは、相談して、作り上げる、ということです。相手にどうしてほしいか、ということを話すと同時に、自分の正直なところを話して、してほしいビレイ、してほしいクライミングを作り上げていくというのが、良いことです。
久しぶりの見晴らし岩
昨日は、新パートナーのYさんと見晴らし岩で、初めましてクライミング♪
■ 鬼ヶ鼻岩
鬼ヶ鼻岩も、ついでで取りつきを案内したんですが、びしょびしょで福岡側はダメでした。この岩は濡れ勝ちなので、掃除が大変すぎて、実用に耐えていないかも…です。
■ 鬼ヶ鼻岩
鬼ヶ鼻岩も、ついでで取りつきを案内したんですが、びしょびしょで福岡側はダメでした。この岩は濡れ勝ちなので、掃除が大変すぎて、実用に耐えていないかも…です。
鬼が鼻岩は、アプローチも、ちょっと見つけづらく、案内者がいないと、なかなか発見ができないです。私たちも2度も敗退したんですよね。
■ 見晴らし岩 スラブ 5.10c
見晴らし岩も、下部は濡れ濡れ、上部だけは乾いていたので、トップロープで触ることに…。いつもの5.10cです。これ、下はもう不可能な感じの濡れだったので、TRでもエイド。
組んで初めての時は、互いのビレイチャックをしたいものですが、そのためには3人必要ということが、分かったのが今年の夏の遠征です(笑)。
■ ヨセミテノーズ
昨日は、ヨセミテのノーズに行った知り合いの報告が上がっていました。米澤さんもノーズは行きたいと言っていました。しかし、米澤さんがいくら強くても、知り合いたちの打ち込み具合を見ると…彼らのほうが現役数段強い…。その彼らは敗退だそうなので、まぁ、相当厳しいだろうなぁ。
フリーの聖地のグレードは、辛いという噂の三倉より辛いそうで、それなら、私がヨセミテで楽しいと感じることは、一生ないかも~です。
帰りは早めに帰ってきましたが、すごい夕焼けでした。お天気が心配に。
欲張らず、目の前のご縁と目の前の幸福を大事に登って行きたいです。
一杯きのこが生えていた!こちらは鬼が鼻岩周辺のキノコ観察の記録です。もうキノコ狩りに行く岩場として採用(笑)?!それだけ、湿度が高いってことでしょうか?
■ 見晴らし岩 スラブ 5.10c
台風で倒木が… |
見晴らし岩も、下部は濡れ濡れ、上部だけは乾いていたので、トップロープで触ることに…。いつもの5.10cです。これ、下はもう不可能な感じの濡れだったので、TRでもエイド。
組んで初めての時は、互いのビレイチャックをしたいものですが、そのためには3人必要ということが、分かったのが今年の夏の遠征です(笑)。
クライマーは、登攀中は、ビレイヤーのビレイを評価できないです。クライミング中は、下をちょっと見るくらいしかできない。
それもありますが、見晴らし岩は開拓者の米澤さんグレード辛めだし、すごくピン間隔が安全ってわけでもないので、初回は歩いて終了点へ行ける岩場なのですから、そのアドバンテージを取って、TRで全く問題ないと思います。
それもありますが、見晴らし岩は開拓者の米澤さんグレード辛めだし、すごくピン間隔が安全ってわけでもないので、初回は歩いて終了点へ行ける岩場なのですから、そのアドバンテージを取って、TRで全く問題ないと思います。
有名岩場でも、有名課題でもないし、この一本のOSのために苦節〇年!っていうような岩でもないです(笑)。練習用のゲレンデというのが位置づけとしては良いと思います。
まぁ、一回も落ちないで、登れそうだったら、登ったらいいと思いますが。落ちそうなクライミングをする岩場でもないです。
意味不明の敗退スリング? |
■ ヨセミテノーズ
昨日は、ヨセミテのノーズに行った知り合いの報告が上がっていました。米澤さんもノーズは行きたいと言っていました。しかし、米澤さんがいくら強くても、知り合いたちの打ち込み具合を見ると…彼らのほうが現役数段強い…。その彼らは敗退だそうなので、まぁ、相当厳しいだろうなぁ。
フリーの聖地のグレードは、辛いという噂の三倉より辛いそうで、それなら、私がヨセミテで楽しいと感じることは、一生ないかも~です。
それでも、別にラオスで楽しければいいんじゃないかと思ったりしています。
■ グレード感
■ グレード感
でも、不思議なのはグレード感。私と去年一緒に龍洞登ってくれたタオは、ヨセミテ育ちですが、私の登攀力を正確に測っていた。5.10Aぎりちょん、ってものです。
その5.10Aは龍洞の5.10Aですが…。合っていました。タオのグレード感ってかなり正確みたいなんですが、どうやってそれを得たのかなぁ?
■ ツタときのこ
私は、山に生えている、ちょっとした植物を見ると、なんか気分がほっこりします。
そろそろ岩より、自分のしたいことに帰ろうかな~
キノコと山菜かな?!
■ 夕焼けきれい
帰りは早めに帰ってきましたが、すごい夕焼けでした。お天気が心配に。
欲張らず、目の前のご縁と目の前の幸福を大事に登って行きたいです。
岩場にいたカエル君。
なんか、雨っぽいって意味なんですかね?
2019/10/20
自己犠牲としてのリードが存在しなくなった現代フリー
■ 昔のアルパイン=自己犠牲
ちょっと考えて閃めいたのですが、昔のアルパインクライミングにおいては、
自己犠牲が美化されていた、
と思います。例えば、
1)誰かが足を滑らせそうになった場合に、自分が下敷きになって自己犠牲する(多くの人の面前で)
2)下手くそなビレイでも登る
3)山において上げ膳据え膳= 歩荷してあげる、道案内してあげる、車で送ってあげる
…と全体に冒険的要素が少なくなる、ということです。段々、冒険がなくなり、安全で分かり切っていて当然になる…
です。これは、最初に山を教えてくれたガイドのM上さんが持っていた感性でした。
しかし、山って遊びです。ので、そんな自己犠牲、誰も頼んでいない。
■ 神風特攻隊気取りの山
神風特攻隊に、往年のクライマーが自分をなぞらえていることにも驚きました。
それは庵で知ることになったのですが、神風特攻隊はお国のために死んだ人たちで戦争という話でしょう。
いくらランナウトしていても、国家の威信をかけたマナスルなどならともかく、九州の山地の岩場では、特攻隊のつもりで山に挑んでも、特攻隊気取り、にしかならないです…。
残念ながら。その気取りを可能にするためのか弱き性=女性、だとしたら、茶番に対する道具立て程度にしかならない…。しかし、九州あるある、のような気がしてしまうのは、九州出身なので、自己批判とお許しください。
リード=自己犠牲=神風特攻隊的ノリ=かっこいい俺
と昔は繋がっていたのだと思います。しかし、そうでなくなってから30年くらいは立っているみたいです。
現代の落ちることが普通で、誰も命を掛けないでいいフリークライミングでは、その方程式は成り立たない…
■ リードしないと楽しくない…
現代のフリーでは、支点がしっかりしている限り、リードしないと緊張感が足りなくて、楽しくない。
リードクライマーの価値の低下が著しい…(笑)。
年配のクライマーは、若手にリードしてもらいたがります。それで気が付きました。リードしないと楽しくないというか、現代スポーツクライミングでは、5.6からリードしているのが普通なのです。
私はアルパインで、私が落ちるグレードのところをリードさせられるのが嫌なのです…。
アルパインは2、3グレード下からです。
丸3年懸垂も知らず、歩荷力ゼロ、読図力ゼロ、すべての時間をマルチに使っていた人が、5.7の二子山中央稜のリードを課題にするそうですから、私自身もそこからスタートしたいと思います。
■ もし、私が5.13登れたら
私はもし、私が5.13を登れるようになり、何も怖がらないとしたら?たぶん、そう言う人は自分を可能にしてくれる人がいなくなって、私から去っていくのではないでしょうか?
頼られる、には、頼ってくる人を必要とします。
イネイブラーというわけです。しかし、もし私が登れてしまったら、それこそ、
”可愛くない”
かもしれませんね?それは、まだ未知数のエリアですが、私は背が低く、優位性が属性として少ないですので、長い間イネイブラーでいれる、ということになるのかもしれません。
イネイブラーとして、価値が高いということだったら、とっても残念だなぁというのが、感想です。
別の活動しよ~
ちょっと考えて閃めいたのですが、昔のアルパインクライミングにおいては、
自己犠牲が美化されていた、
と思います。例えば、
1)誰かが足を滑らせそうになった場合に、自分が下敷きになって自己犠牲する(多くの人の面前で)
2)下手くそなビレイでも登る
3)山において上げ膳据え膳= 歩荷してあげる、道案内してあげる、車で送ってあげる
…と全体に冒険的要素が少なくなる、ということです。段々、冒険がなくなり、安全で分かり切っていて当然になる…
です。これは、最初に山を教えてくれたガイドのM上さんが持っていた感性でした。
しかし、山って遊びです。ので、そんな自己犠牲、誰も頼んでいない。
■ 神風特攻隊気取りの山
神風特攻隊に、往年のクライマーが自分をなぞらえていることにも驚きました。
それは庵で知ることになったのですが、神風特攻隊はお国のために死んだ人たちで戦争という話でしょう。
いくらランナウトしていても、国家の威信をかけたマナスルなどならともかく、九州の山地の岩場では、特攻隊のつもりで山に挑んでも、特攻隊気取り、にしかならないです…。
残念ながら。その気取りを可能にするためのか弱き性=女性、だとしたら、茶番に対する道具立て程度にしかならない…。しかし、九州あるある、のような気がしてしまうのは、九州出身なので、自己批判とお許しください。
リード=自己犠牲=神風特攻隊的ノリ=かっこいい俺
と昔は繋がっていたのだと思います。しかし、そうでなくなってから30年くらいは立っているみたいです。
現代の落ちることが普通で、誰も命を掛けないでいいフリークライミングでは、その方程式は成り立たない…
■ リードしないと楽しくない…
現代のフリーでは、支点がしっかりしている限り、リードしないと緊張感が足りなくて、楽しくない。
リードクライマーの価値の低下が著しい…(笑)。
年配のクライマーは、若手にリードしてもらいたがります。それで気が付きました。リードしないと楽しくないというか、現代スポーツクライミングでは、5.6からリードしているのが普通なのです。
私はアルパインで、私が落ちるグレードのところをリードさせられるのが嫌なのです…。
アルパインは2、3グレード下からです。
丸3年懸垂も知らず、歩荷力ゼロ、読図力ゼロ、すべての時間をマルチに使っていた人が、5.7の二子山中央稜のリードを課題にするそうですから、私自身もそこからスタートしたいと思います。
■ もし、私が5.13登れたら
私はもし、私が5.13を登れるようになり、何も怖がらないとしたら?たぶん、そう言う人は自分を可能にしてくれる人がいなくなって、私から去っていくのではないでしょうか?
頼られる、には、頼ってくる人を必要とします。
イネイブラーというわけです。しかし、もし私が登れてしまったら、それこそ、
”可愛くない”
かもしれませんね?それは、まだ未知数のエリアですが、私は背が低く、優位性が属性として少ないですので、長い間イネイブラーでいれる、ということになるのかもしれません。
イネイブラーとして、価値が高いということだったら、とっても残念だなぁというのが、感想です。
別の活動しよ~
2019/10/19
さようならの序章
■ また喧嘩別れ(笑)
青ちゃんとまた喧嘩した。喧嘩の原因は、もう本当にしょうもないことで、
1)私が行きたいと前日に頼んでおいた北漢山、縦走(6H)、朝から、だらだらやる気なし。私のしたいことの足をわざとひっぱったこと、
2)翌日はインスリッジ(易しい岩稜登攀)のハズだったのに、ショイナードBと医大ルート2ルート、と朝に急変。私の足を考えてのことか?と思ったら、アプローチですら4級で、むしろ大変なルートだった。つまり、結局のところ、思いやりという訳じゃ全然なかった。
というもの。なぜこのような相手を振りまわす行動をするのか?というと、小さい子供と同じことで、
相手の愛を試している
のだと思います。不安が背景にある。不安は加齢によるものかなと思ったりもしたのですが、違うだろうと思います。相手を振り回すのは、愛に不安がある人の特定の行動で、情緒不安定ということです。安全基地がない。愛着の問題です。
前回の喧嘩は、”残置があるのに、なんで懸垂なの!”でした。私は、クライミングに来ているので、クライマーとして合理的な行動ではない場合、当然ですが、意義を唱えます。それがパートナーとして責任ある行為だからです。
しかし、龍洞でパートナーを募集していたら、デートクライマーの存在を知りました。デート(=彼女への接待クライミング)が目的であれば、クライミングで合理的と思える行動が二の次であることは分かります。ラブラブでいる、というのが目的だからです。それなら、青ちゃんの行動も説明がつく。
1)はラブラブで歩くのが目的だから、のんびりしたかっただけで、まさか、私の足を引っ張っているとは思っていなかったのでしょう。
2)は昨日は相手にサービス(=合わせる)したのだから、今日は俺がしてもらう番と思っただけでしょう。
私はレスト日は、エキスパート、と書いてある箇所に、負傷した足で一人で行くのは不安だったので、一緒に行ってもらいたかったのです。翌日のマルチ2ルートは、肉体的に無理、でしたので、そんなに行きたかったのなら、他のメンバーと行ってもらっても怒らなかったのです。クライマー同士なので、気持ちは分かります。
ということで、もしかして過去の言動から推測すると、青ちゃんはクライミングを劇場としたデートを私としたいのであって、別に私をクライマーとして育てたかったわけじゃないのかもしれません。
たぶん…、娘さんの身代わりに私が登ってあげていただけかもしれません。彼にとって最も大切な人は娘さんだからです。でも、娘さんはクライマーではないので。
私にしょっちゅう娘さんの自慢話をしていました。
■ クライマーとして愛されなければうれしくない
ということで、私はなんとなく、自分が誰かほかの人の身代わりで登っているような気持なのです。期待している役割を演じるよう、強いられているような?
褒められたら謙遜しろ、というのは明らかなコントロールでしたし。
例えば、娘さんは身の回りの世話をしてくれるそうです。そして、飛行機のチケットをとってもらいたがったり、私にもその役割を期待しています。が、そんなこと、クライマー同士はしない。
結局のところ、私は私のクライマーとしてのニーズを満たしてくれる人が好きです。
ビレイをしてくれ、私が登れそうなルートを教えてくれ、あるいは新しい岩場を紹介してくれる人です。
私を可愛いな!と女性として個人的に好きになってくれるのは、それは予想外に光栄なことで、うれしいですが、もう売り切れていますし(笑)。以前、青ちゃんは、お酒を飲んでいるときに
”わがままだけど可愛いから許す!”
と私に発言して、私をビックリ仰天させました…。あれは驚いたな。
これだけ、合わせさせられておいて、わがまま、と称されたことも驚いたが、それ以上に 可愛いから許す、には、さらに驚いた。いや~、まさか、可愛さが核心だったとは。
私は可愛さで、誰かに登ってもらおうと思ったことは一回もありません(笑)。
私が欲しいクライミングパートナーは、私のビレイをきちんとしてくれ、私が楽しいと感じる易しいグレードでも、嫌々ながらではなく、ちゃんと安心ビレイしてくれる人です。
夏に行った志賀でも、今回のインスボンでも、私のクライマーとしてのニーズは後回しにされ、私は愛されてない、クライマーとして大事にされていない、と強く感じました。
いっくら、可愛いって言われても、私のクライマーとしてのニーズを満たしてくれない人では…。何のためのクライミングパートナーなんだか。
というので、世の中にごまんといるという噂の、”愛人クライマー”、あるいは、”彼女クライマー”の不満や不都合、そして、不自由…を非常によく理解できるようになりました…。
こういうことだったのか…。
以前は、M川さんのこともあって、こうした ”愛人クライマー&彼女クライマー”を軽蔑していました。それなりにトレードオフがあり、大変と言うことが分かった。
愛人クライマーの立場に立ちながら、自分の必要なニーズを満たしてくれるよう、相手をコントロールするのは、それなりに上級者の心理操作テクニックが必要です。私はそんなコントロールはしたいと思っていないので、関係解消、大いに結構です。
■ シングルマザーを助けない親は悪か? 答え:悪です。
青ちゃんとの間のことで、書いておくべき、大事なことは、青ちゃんの娘さんのことです。
クライマーとして知り合っているのに、娘さんの話ばっかりしていることには、最初から大きな違和感がありました。
一般にクライマー同士は、今後登りたいルートなど、クライミングの話題で持ちきりで、あれ?あの人独身?えっと…あ、実はしらない…って感想に陥ることが多いからです。結構、相手が誰と恋人関係にあるか?はどうでもいいっていうか。青ちゃんについては、まぁ、とりあえず、娘さんを愛しているんだろうなぁと理解。
娘さんは夫を亡くした寡婦のシングルマザーです。男の子一人。
私は自分がシングルマザーの3人兄弟長女なので、シングルマザーと言う人たちには、特別、同情的です。他人ごととは思えない。特に女親です。
私の母は、夫を失ったとき(我が家の場合は離婚です)、最初に父親や母親、私の祖父母を頼りました…しかし、母が欲しかった援助は得られなかったのです。
祖父には愛人がおり、祖母は自分自身も離婚したてで再建中でした。家族がバラバラ、です。
もともと、私の母の実家は、その土地で知らない人がいないほどの裕福な家庭だったのです。母はド田舎から、東京女子美に進学したという、かなり優遇されたお嬢様でした。
青ちゃんの娘さんも、同じような出自でした。両親ともに大阪市の公務員。大阪市職員と言えば、全国にとどろく高給取りで知られています。
娘さん、大学に進学するだけに1000万円もかかったそうで、芸術系の大学でした。母とそっくりです。
違いは?親に助けてもらえなかったこと。
青ちゃんの娘さんは、母と同じ、シングルマザーになったわけですが、違いは、お金持ちの祖父母が子育てを助けているという点でした。
特に奥様。その様子を知るにつけ、私自身は、母への憐みの気持ちが強くなりました。娘さんと同じように、母も、おばあちゃんに助けてもらいたかった、ハズです。母が3人の子を抱えて路頭に迷ったのは、28のときで、まだ小娘です。祖母はまだ50代です。
一方で青ちゃんの娘さんは30半ばを過ぎるまで、経済的な独立が遅れたとしても、親が娘の面倒を見続けた、というご家庭でした。
青ちゃんの自慢は、娘さんが芸術家として生計が成り立つまで、「10年かかりました」と言うことでした。その時の誇らしげな口ぶりは、一仕事成し遂げたのは俺、という半ば、疑問なノリも入ってはいましたが、娘さんへの愛を感じさせるもので、母を強く愛していた私としては、とても心安らぐものでした...。
母には愛してくれる両親が、特に父親の経済力が必要だったのです。
母の父=私の祖父は、孫の私が、”おじいちゃん”と呼んだことに腹を立てました(笑)。孫におじいちゃんと呼ばれて、傷ついた、っておかしな話でしょう。当時、私は6歳で、祖父は、妻と別れ、元愛人と新しい家庭を作っているところでした。60代ですでに引退して悠々自適の生活でした。
まぁ、私はクライミングで、男性としての自信を喪失中の年齢層の男性に多く出会って、まぁ、祖父のこの態度も、仕方ないかも…と理解するようになりました。
登れなくなっていく自分、男性性を失っていく自分…と言うのは不安なものでしょう。
そして、自分より若い女性というのは(別に美女でなくても)、そのような自分から現実逃避させてくれる存在だということは、夏の佐久で知りました。
しかし、どんな人間も、老いには逆らえません。年下の女性に頼られる=一時の痛み止め、に過ぎない。
そういうわけで、私にとって、青ちゃんの家庭生活を聞かされること、は、過去の私の生い立ちを再計算するうえで、非常に役立つ、参考情報が得られる場、でした。
■ グレード至上主義
クライミングをするうえで、グレードは大切な目安、目盛り、のようなものではありますが、
グレード至上主義
については、その弊害を、最初の師匠の鈴木さんに、すでに早くも指摘されていたのでしたが、私はその意味する 行為が、どういうことなのか?よく分からなかったのです。
グレード主義的登り方というのは、5.9が一本登れたら、次はもう、5.10Aという登り方をすることです。
日本の外岩クライマーの9割は、罹患中です。これには、2つの理由があります。文化的土台と岩資源の少なさ、です。
文化的土台として、特に、RP信仰が強いのが、フリーの世界ですが、これは別に悪いのではなく、険しい道、楽しくない道、と言うだけのことです。世界中でそんな道を強いられているのは、日本人くらいかもしれないです。
なぜなら、RP主体=グレード信仰で、登ってしまうと、5.9が一本登れただけで、すぐに5.10Aに進まなくてはならなくなり、えんえんと四苦八苦、と言うことになるからです。
オンサイトはクライミングの最上の形態です。まぐれの一本ではなく、安定したオンサイトを繰り出すには、下位グレードでオンサイトを相当数、貯める必要があります。
ところが日本には、(フリーでは)易しい課題はほとんどありません。
しかたなく、RPを重ねることになり、そうこうしている間にオンサイトしても楽しくなくなるのだそうです。どこまでMなんでしょう!
というわけで、岩場資源の乏しい環境のために、9割の人が楽しくない道を歩んでいるのが、日本のフリークライミングです。
日本ではグレードは混乱しており、5.9でも実質は5.10bなどがザラにあります。
こういう事情のため、いつまでたっても、グレードを本来的な意味の目安にして、取り付くことができない。結局、グレードが与えてあってもなくても、ルートを見極める目が必要です。
日本では結局、グレードピラミッドを構築して登る、という理想論は実践できない、ということです。
と言うような事情をトータルに理解したのが、山梨を離れた2年でした。
山梨では、グレード偏重主義が、まぁ当然だと思われている、かなり危ないクライミング思想が中心です。そこが文化の中心地なので、それは、日本中に広がりを見せています。
が、その異様さに気が付くには、
1)きっかけとして、グレードピラミッド理論を本で読んで知る熱心さ、
そして、
2)証拠集めとしては、海外の登攀に行って、適正グレードと適正ボルトにおけるスポーツクライミングを知り、日本の特殊性に気が付く、
その2点をクリアする熱意と時間、お金をかける以外ないだろうなと思います。
青ちゃんとまた喧嘩した。喧嘩の原因は、もう本当にしょうもないことで、
1)私が行きたいと前日に頼んでおいた北漢山、縦走(6H)、朝から、だらだらやる気なし。私のしたいことの足をわざとひっぱったこと、
2)翌日はインスリッジ(易しい岩稜登攀)のハズだったのに、ショイナードBと医大ルート2ルート、と朝に急変。私の足を考えてのことか?と思ったら、アプローチですら4級で、むしろ大変なルートだった。つまり、結局のところ、思いやりという訳じゃ全然なかった。
というもの。なぜこのような相手を振りまわす行動をするのか?というと、小さい子供と同じことで、
相手の愛を試している
のだと思います。不安が背景にある。不安は加齢によるものかなと思ったりもしたのですが、違うだろうと思います。相手を振り回すのは、愛に不安がある人の特定の行動で、情緒不安定ということです。安全基地がない。愛着の問題です。
前回の喧嘩は、”残置があるのに、なんで懸垂なの!”でした。私は、クライミングに来ているので、クライマーとして合理的な行動ではない場合、当然ですが、意義を唱えます。それがパートナーとして責任ある行為だからです。
しかし、龍洞でパートナーを募集していたら、デートクライマーの存在を知りました。デート(=彼女への接待クライミング)が目的であれば、クライミングで合理的と思える行動が二の次であることは分かります。ラブラブでいる、というのが目的だからです。それなら、青ちゃんの行動も説明がつく。
1)はラブラブで歩くのが目的だから、のんびりしたかっただけで、まさか、私の足を引っ張っているとは思っていなかったのでしょう。
2)は昨日は相手にサービス(=合わせる)したのだから、今日は俺がしてもらう番と思っただけでしょう。
私はレスト日は、エキスパート、と書いてある箇所に、負傷した足で一人で行くのは不安だったので、一緒に行ってもらいたかったのです。翌日のマルチ2ルートは、肉体的に無理、でしたので、そんなに行きたかったのなら、他のメンバーと行ってもらっても怒らなかったのです。クライマー同士なので、気持ちは分かります。
ということで、もしかして過去の言動から推測すると、青ちゃんはクライミングを劇場としたデートを私としたいのであって、別に私をクライマーとして育てたかったわけじゃないのかもしれません。
たぶん…、娘さんの身代わりに私が登ってあげていただけかもしれません。彼にとって最も大切な人は娘さんだからです。でも、娘さんはクライマーではないので。
私にしょっちゅう娘さんの自慢話をしていました。
■ クライマーとして愛されなければうれしくない
ということで、私はなんとなく、自分が誰かほかの人の身代わりで登っているような気持なのです。期待している役割を演じるよう、強いられているような?
褒められたら謙遜しろ、というのは明らかなコントロールでしたし。
例えば、娘さんは身の回りの世話をしてくれるそうです。そして、飛行機のチケットをとってもらいたがったり、私にもその役割を期待しています。が、そんなこと、クライマー同士はしない。
結局のところ、私は私のクライマーとしてのニーズを満たしてくれる人が好きです。
ビレイをしてくれ、私が登れそうなルートを教えてくれ、あるいは新しい岩場を紹介してくれる人です。
私を可愛いな!と女性として個人的に好きになってくれるのは、それは予想外に光栄なことで、うれしいですが、もう売り切れていますし(笑)。以前、青ちゃんは、お酒を飲んでいるときに
”わがままだけど可愛いから許す!”
と私に発言して、私をビックリ仰天させました…。あれは驚いたな。
これだけ、合わせさせられておいて、わがまま、と称されたことも驚いたが、それ以上に 可愛いから許す、には、さらに驚いた。いや~、まさか、可愛さが核心だったとは。
私は可愛さで、誰かに登ってもらおうと思ったことは一回もありません(笑)。
私が欲しいクライミングパートナーは、私のビレイをきちんとしてくれ、私が楽しいと感じる易しいグレードでも、嫌々ながらではなく、ちゃんと安心ビレイしてくれる人です。
夏に行った志賀でも、今回のインスボンでも、私のクライマーとしてのニーズは後回しにされ、私は愛されてない、クライマーとして大事にされていない、と強く感じました。
いっくら、可愛いって言われても、私のクライマーとしてのニーズを満たしてくれない人では…。何のためのクライミングパートナーなんだか。
というので、世の中にごまんといるという噂の、”愛人クライマー”、あるいは、”彼女クライマー”の不満や不都合、そして、不自由…を非常によく理解できるようになりました…。
こういうことだったのか…。
以前は、M川さんのこともあって、こうした ”愛人クライマー&彼女クライマー”を軽蔑していました。それなりにトレードオフがあり、大変と言うことが分かった。
愛人クライマーの立場に立ちながら、自分の必要なニーズを満たしてくれるよう、相手をコントロールするのは、それなりに上級者の心理操作テクニックが必要です。私はそんなコントロールはしたいと思っていないので、関係解消、大いに結構です。
■ シングルマザーを助けない親は悪か? 答え:悪です。
青ちゃんとの間のことで、書いておくべき、大事なことは、青ちゃんの娘さんのことです。
クライマーとして知り合っているのに、娘さんの話ばっかりしていることには、最初から大きな違和感がありました。
一般にクライマー同士は、今後登りたいルートなど、クライミングの話題で持ちきりで、あれ?あの人独身?えっと…あ、実はしらない…って感想に陥ることが多いからです。結構、相手が誰と恋人関係にあるか?はどうでもいいっていうか。青ちゃんについては、まぁ、とりあえず、娘さんを愛しているんだろうなぁと理解。
娘さんは夫を亡くした寡婦のシングルマザーです。男の子一人。
私は自分がシングルマザーの3人兄弟長女なので、シングルマザーと言う人たちには、特別、同情的です。他人ごととは思えない。特に女親です。
私の母は、夫を失ったとき(我が家の場合は離婚です)、最初に父親や母親、私の祖父母を頼りました…しかし、母が欲しかった援助は得られなかったのです。
祖父には愛人がおり、祖母は自分自身も離婚したてで再建中でした。家族がバラバラ、です。
もともと、私の母の実家は、その土地で知らない人がいないほどの裕福な家庭だったのです。母はド田舎から、東京女子美に進学したという、かなり優遇されたお嬢様でした。
青ちゃんの娘さんも、同じような出自でした。両親ともに大阪市の公務員。大阪市職員と言えば、全国にとどろく高給取りで知られています。
娘さん、大学に進学するだけに1000万円もかかったそうで、芸術系の大学でした。母とそっくりです。
違いは?親に助けてもらえなかったこと。
青ちゃんの娘さんは、母と同じ、シングルマザーになったわけですが、違いは、お金持ちの祖父母が子育てを助けているという点でした。
特に奥様。その様子を知るにつけ、私自身は、母への憐みの気持ちが強くなりました。娘さんと同じように、母も、おばあちゃんに助けてもらいたかった、ハズです。母が3人の子を抱えて路頭に迷ったのは、28のときで、まだ小娘です。祖母はまだ50代です。
一方で青ちゃんの娘さんは30半ばを過ぎるまで、経済的な独立が遅れたとしても、親が娘の面倒を見続けた、というご家庭でした。
青ちゃんの自慢は、娘さんが芸術家として生計が成り立つまで、「10年かかりました」と言うことでした。その時の誇らしげな口ぶりは、一仕事成し遂げたのは俺、という半ば、疑問なノリも入ってはいましたが、娘さんへの愛を感じさせるもので、母を強く愛していた私としては、とても心安らぐものでした...。
母には愛してくれる両親が、特に父親の経済力が必要だったのです。
母の父=私の祖父は、孫の私が、”おじいちゃん”と呼んだことに腹を立てました(笑)。孫におじいちゃんと呼ばれて、傷ついた、っておかしな話でしょう。当時、私は6歳で、祖父は、妻と別れ、元愛人と新しい家庭を作っているところでした。60代ですでに引退して悠々自適の生活でした。
まぁ、私はクライミングで、男性としての自信を喪失中の年齢層の男性に多く出会って、まぁ、祖父のこの態度も、仕方ないかも…と理解するようになりました。
登れなくなっていく自分、男性性を失っていく自分…と言うのは不安なものでしょう。
そして、自分より若い女性というのは(別に美女でなくても)、そのような自分から現実逃避させてくれる存在だということは、夏の佐久で知りました。
しかし、どんな人間も、老いには逆らえません。年下の女性に頼られる=一時の痛み止め、に過ぎない。
そういうわけで、私にとって、青ちゃんの家庭生活を聞かされること、は、過去の私の生い立ちを再計算するうえで、非常に役立つ、参考情報が得られる場、でした。
■ グレード至上主義
クライミングをするうえで、グレードは大切な目安、目盛り、のようなものではありますが、
グレード至上主義
については、その弊害を、最初の師匠の鈴木さんに、すでに早くも指摘されていたのでしたが、私はその意味する 行為が、どういうことなのか?よく分からなかったのです。
グレード主義的登り方というのは、5.9が一本登れたら、次はもう、5.10Aという登り方をすることです。
日本の外岩クライマーの9割は、罹患中です。これには、2つの理由があります。文化的土台と岩資源の少なさ、です。
文化的土台として、特に、RP信仰が強いのが、フリーの世界ですが、これは別に悪いのではなく、険しい道、楽しくない道、と言うだけのことです。世界中でそんな道を強いられているのは、日本人くらいかもしれないです。
なぜなら、RP主体=グレード信仰で、登ってしまうと、5.9が一本登れただけで、すぐに5.10Aに進まなくてはならなくなり、えんえんと四苦八苦、と言うことになるからです。
オンサイトはクライミングの最上の形態です。まぐれの一本ではなく、安定したオンサイトを繰り出すには、下位グレードでオンサイトを相当数、貯める必要があります。
ところが日本には、(フリーでは)易しい課題はほとんどありません。
しかたなく、RPを重ねることになり、そうこうしている間にオンサイトしても楽しくなくなるのだそうです。どこまでMなんでしょう!
というわけで、岩場資源の乏しい環境のために、9割の人が楽しくない道を歩んでいるのが、日本のフリークライミングです。
日本ではグレードは混乱しており、5.9でも実質は5.10bなどがザラにあります。
こういう事情のため、いつまでたっても、グレードを本来的な意味の目安にして、取り付くことができない。結局、グレードが与えてあってもなくても、ルートを見極める目が必要です。
日本では結局、グレードピラミッドを構築して登る、という理想論は実践できない、ということです。
と言うような事情をトータルに理解したのが、山梨を離れた2年でした。
山梨では、グレード偏重主義が、まぁ当然だと思われている、かなり危ないクライミング思想が中心です。そこが文化の中心地なので、それは、日本中に広がりを見せています。
が、その異様さに気が付くには、
1)きっかけとして、グレードピラミッド理論を本で読んで知る熱心さ、
そして、
2)証拠集めとしては、海外の登攀に行って、適正グレードと適正ボルトにおけるスポーツクライミングを知り、日本の特殊性に気が付く、
その2点をクリアする熱意と時間、お金をかける以外ないだろうなと思います。
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