2016/08/25

ピラ21

■ 毎日1時間作戦

今日もピラへ。暑い日だ。途中夕立があり、買い物帰りには、すごく大きな虹の柱が見えた。なかなか消えない虹だった。

短い時間で、同じことをする、という作戦の初日。毎日1時間、同じことをする。というつもりで出かけたが、いまいち何をしたらいいんだかなーな感じだった。

今日も15本くらい登ったが、あまり痛みは出なかったので、アイシングしてお終い。2時間弱

6級 スターウォーズ ムーブ不明
6級 愛の16号    ムーブ不明 どうもヒールフックとマントリング?

7級 初めてなんです 易
7級 寄せてあげて 普通
6級 ムービング芋 易
8級 ビビリブラート 易
7級 鮭タバコ UP課題 易
6級 飲む信玄餅 UP課題 易 ルーフ
トラバース
7級 凸角のお手本 易
6級 人間失格 易
7級 しゃけバター 易
6級 ロールケーキ星団 前回できていない→3便 150度
9級 贅沢に仕上げた逸品 フラッギングムーブ練習
7級 モノタロウ 易 クールダウン

ストレッチ

大体、何回かやっていると簡単になっていくので、今回は、150度傾斜の壁の6級ロールケーキ星団ができたのが、良かったかな。

6級 ムービング芋 もカンタン化していた。

以前はアップ課題は、9級の課題にしていたが、今はアップは6級のルーフでいいような気がする。

 調子が悪い=足の位置が低くなる 

ということに私の中ではなっているようだ。

 毎回同じことする=調子の差が分かる。 

私は毎朝太陽礼拝をしているので、今日の調子が分かる。同じことをしなかったら分からないのではないだろうか?

■ 上腕三頭筋の硬縮

故障がある。左手薬指の腱鞘炎とクライマー肘。

肘は、内側が痛いので、調べていたら、どうも上腕三頭筋の硬縮が原因のようだ。

なんだか、思い当たる節があるぞ。

ということで、必要なストレッチは、

・上腕三頭筋のストレッチ
・リバースプッシュアップ

■ 関連の読書

スポーツ障害については、ちょっと勉強したいと思い勉強中。


http://hide-yamamoto.com/pare-stretch.html




強みを生かす

■ リスクフリーは退屈人生

20代のころから、ちょっと思っているのは、人生が退屈なのは、リスクがないから、ではないか?ということだ。

これはアメリカに行っても、そう思った。海外へ単独で出かけて、ゼロから生活を作ったことがある。

住むところを探し、銀行口座を開き、電話を買い、免許を取り、仕事を探す。全部、自分でするのだが、日本でするのとは大違い。

何もかもが難しい・・・。だが、日本でのんびり暮らすにはない、生きている実感、というものがあった。

自分の人生を作り上げている実感と言うもの。

なぜ、アメリカでは、”生きている実感”があり、日本では”ない”のか? 

それは、リスクフリーだからである。要するに、日本は過保護すぎ、安全過ぎ、守られすぎていて、その上、さらに保身を身上とする生き方を当然のものと受け入れて、皆が生きている。

選択肢があれば必ず安全な方。であれば、これはまったく選択肢として成立していないのと同じだ。

その結果、退屈が蔓延している。

・・・ということに、9割の人が陥っている。毎日同じことをして、毎日平凡、使命感もなく、何のために生きているのだろうか?と自分の人生にため息をつく。

■ 登山 = 人生の縮図

私が登山を気に入ったのは、登山にはリスクがあるから、である。

リスクを取る、それが、そのまま、私の人生の縮図であったので、あんまり登山が難しいことはなかった。

リスクに対しては、避けるのではなく、それを具体的に知ろうとする、これがコツだ。

一般登山には、ごく正常で常識的な知性が備わっている人、体力が平均の人には、リスクはほぼない。

休憩したら反対に歩き出してしまうような、平和ボケ&天然の人もいるが、そういう人は、生き方が山に現れていて、人の後ろを金魚の糞のようについて歩く山をしている。

一人で歩けない。一人で歩く意思もないから、地図も持たない。そもそも精神的に自立が出来ていないので、一人前の大人であっても、メールの一つも打てない。挨拶一つきちんとできず、社会的にも個として確立していない。

このような人たちとは、一緒にいる方が山ではリスクで、あれがないとこれができない、とうるさいので、思わぬレスキューをしてやらなくてはならなくなるかもしれない・・・。

ガイド業をやる人は、よくやるよなと思う。子供をベビーシッターするのは楽しいが、大人をベビーシッターしなくてはならないなんて。

私はそんな選択肢取らないなって感じだ。

■ ヨセミテ

登山が気に入ったのは、自己責任で人生を歩んできた考え方をそのまま生かせるからだ。

私の子供としての経済的自立は早く18歳だ。これは母への愛情の証である。大学進学以降、1円も、母には出してもらっていない。

これは、私から母へ、あるいは後へ続く弟、妹への、姉としての愛情の表現であり、子育ての経済的負担に苦しむ母と、私同様に経済的には恵まれない立場である弟と妹への、平たく言えば、”口べらし”のための自立だ。

やってみたら、意外に簡単だった。もちろん、時間が大変だ、というのはあったが、それは他の人と同じだった。力が余ったので、ついでにアメリカくんだりまで行ってしまった。

その頃、私はヨセミテに誘ってもらったのだが、どうせベビーシッターさせられるのかなぁ・・・と思ったので、行かなかった。

その後、もう一度ヨセミテの誘いが来て、それは、碧眼のボーイフレンドのデイビッドと行くヨセミテだったが、仕事の都合がつかず、行けず終い。当時、84歳のメイおばあちゃんのお世話をしていた。無理しても行けばよかった。

それで、ヨセミテを断ったことを残念だと思っている自分に気が付き、後年、夫と結婚してから、再度、ヨセミテにでかけた。積み残し課題の消化だ(笑)。

とても楽しいヨセミテだった。

■ ウェリントン

その後、仕事で、1か月間ウェリントンに出かけた。総勢20人のエンジニアを連れて行く、副キャプテンのような立場で行ったのだが、リーダーが全く使い物にならない男性だったので、ほぼ私が指揮をとらないと行けなかった。

その証拠に、この仕事では客先のテレコムニュージーからヘッドハンティングが来た。私が私室へ招かれ、ヘッドハンティングされている姿を見て、無能のリーダーは、会社に私が秘密保持契約を守っていないと告げ口した。昼間っからビールを飲んで仕事をしていなかったのは、彼のほうだった。

まぁ、この件は不愉快な事件だったが、客先で仕事をしていると、誰の目にも誰がボスか、一目瞭然らしく、下っ端―ずのエンジニアの人たちは、私に仕事をもらいに来て、報告も私にしていたし、あとで感謝状みたいな言葉ももらったので、完全無視。

その男性の嫉妬もいたしかたないなと思った。何しろ、態度と図体が大きいだけで、必要な能力は何も身につけていない人がリーダーに祭り上げられているだけだった。英語も話せず、仕事も理解していない。職場経験の長さだけが買われていた。山岳会と似ている。

能力がないにも関わらず、責任だけがあって気の毒だと思った。が、多分、私がその次に備え付けられていた理由だ。上もそのようなことは見て取れるものである。私が見て取れたのだから。

まぁ、会社は帰国してすぐに買収されて解体されてしまったので、問題そのものも消失した。

何が言いたかったかというと、ウェリントンでは、インターコンチネンタルに1ヶ月泊まり、朝は波止場に散策に出かけ、そこで長ーいクライミングウォールを毎日見た、ということだ。

朝から運動している人は、開発チームでは私一人だった。

クライミングウォールを知らなかったので、何だろう?と眺めていると、そこのお兄さんが一度、「登ってみる?」と私に声を掛けてきた。

私はびっくりして、「No Way!」 と返事をしてしまった… 

ウェリントンでは、店は17時に締り、スーパーは19時に締ってしまう。飲食店も20時くらいで締るし、仕事するだけの退屈な日々だったので、クライミングでも試してみたら良かった、と、今になって思う。

あのクライミングウォールの印象が残って、今リード壁しているような気がする。

この時は、ミルフォードトラックについても学んだ。バックパッカーが多い国柄なので、会社に飼われてる羊の身だったから、バックパッカーがとにかく輝いて見えたのかもしれない。

ウェリントンは30年前のイギリスのような感じらしかった。韓国好きの日本人が、韓国に魅かれるのと同じような感じなのかもしれない。

余談だが、オーストラリア、ニュージーランドは、ヨーロッパ、英国圏の人にとって、Iターン先になっている。東京から長野に移り住むように、スローライフを目指しています、みたいな人が多い。

■ サンフランシスコ

他にも外国は色々行ったが、主に仕事で、だ。数えてみたら10か国ほど。

外国には、以前は行きたいなと思っていたが、今ではあんまり外国に行きたい気持ちにはならない。

サンフランシスコは、私の心の町で住みたい。住むのでなければ、あまり興味がない。

ただ住むだけで良ければ、飛行機券を買って、一泊のホテルだけ予約して行けば、明後日にも生活が開始できるのを知っているが、そのような形で生活をスタートしても仕方ないと思っている。

住めればいいってわけでもないからだ。中身が重要だ。

日本のような、何もかもお膳立てがされて、ぬくぬくと生きて行ける環境で、自分らしく生きる、ということができない人が、外国で出来るわけがない。

私がソフトウェアエンジニア職を目指したのは、数年日本で仕事をしたら、またサンフランシスコに戻ろうと思っていたからだ。

当時、婚約していた人がいたので。ただ彼は待つことができず、日本に来てしまった。豊津。大阪の下町だったが、下町は人情味があふれる街なのに、日本社会に適応できず、困った結果になってしまった。結婚の予定も狂った。ので、私のサンフランシスコ行きは実現していない。

が、そもそも実現しなくて良いから与えられないのかもしれない。

今与えられているのは、クライミングとヨガで、それを頑張るべしなのだろう。

前もこのようなことはあり、何かを頑張っていたら自然と運が開けるものである。

■ 女性の強み

小さいころ、弟と一緒に並んでいることが多かったので、よく男の子と間違われた。

さらに、小中高と、先生たちには「お前が男だったらなぁ・・・」とよく言われたものだった。母もそう思っているらしかった。祖母もそうで、常に女の子であることを残念がられたように思う。

でも仕方ないじゃんね。生まれ持った性は、変えることができないし、変えることができないものを嘆いても、無駄だ。

子供のころは、大人の嘆きを理不尽に思うだけだったが、社会人になって、世の男性たちの実像を見るにつけ、私自身も、かつての周囲の大人がそういう感想を持ってしまうのを理解するようになった。

例えば、私はロボット開発部が最初の職場で、ロボットを操作するには1週間の講習を受けないと触ることさえできないのだが、1週間の内容を3日で終って、講師には、「今まで1000人くらいに教えたが、1番か2番くらいに覚えが早いから自信を持って取り組むように」と言われた。そんなに難しい講習ではなく、これまでの講習生はどんな人たちだったんだろう・・・と思った。

大学の頃は、一昔前のフェミニズム的な成功した女性像を私に求める人も多く、辟易させられたのだが、あんまり、そうなりたいとも思えない。あんまり楽しそうな生き方に見えない。闘争的な生き方だ。

とはいえ、私もそういう生き方をした時期があった。男性並みに有能であることを証明しないといけない、と感じさせられる職場もあり、市場調査の職にある時は、周囲に脅威を感じていた。まわりはみなすごい学歴で、イギリスの大学院帰りとか、コロンビアユニ卒とか、で萎縮した。

でも、女性には女性しかできない役割があるだろうに、なんで男性と張り合わないといけないのだ?と思う。

ので、強みを生かした道は模索中。山ではロングな山歩き。クライミングではイマイチ分からない。

■ 5.11

クライミングのグレードについても、頑張れと発破かけられると、「ああ、めんどくさいな~」とそういう気持ちになる。

クライミングは、強い男性は強いので、同じように強い女性がいても、役割分担にならないじゃないか。役割の取り合いになってしまうだけだ。

ある一点のグレードへの到達で見ると、男性が到達するのに必要な努力と女性に必要になる努力では、倍以上の開きがあり、そのような負け戦をしたいとは思えないのだ。

それは強みを生かす道ではない。

それにそもそも、時間的に短時間で、到達してしまうこと自体が、味わいにかけ、面白みに欠ける。

ただ5.11というのは、男性・女性関係なく、山ヤの最低限ラインな気がする(その辺はベテランが知っている基準だと思うが・・・)ので、そこまではいかないといけないな、とは思っている。

5.11へ到達するのに、男性なら指の強さや腕力の強さを生かすだろうし、私はそれらは生かせないから、ムーブの巧緻性を利用する以外ない。

でも、この先20年も山をやるのだから、急いで達成してしまうと、やる山が自体が無くなってしまうかもしれない・・・。と危惧している。

■ 強みを生かす

山でも山でなくても、担いだり、危険個所を突破したりは、男性の仕事で、女性である私の強みを生かした仕事とは思えない。

だからと言って、私の分まで担いでもらおうとか、自分が突破できないところを突破してもらおうとかは思わないが、どっちがやった方が効率的か?とみると、要救助者が出たら、私が背負うより、男性が背負い、私が先導した方が効率が良いのは目に見えている。

クライミングのパートナーシップにおいて、女性の私はどんな役割を担うの?と言われると、強みを生かした役割は何か?と頭を抱えてしまう・・・が、以前の上司は、私とだと男性の部下とよりも、仕事が大変やりやすいと言ったものだ。

同行者のリクルートには、女性のほうが向いているような気がする。これまであまり同行者が切れたことがない。男性同士だとつい競争してしまうが、女性はそうした緊張の場を和ませる効果がある。

とは言っても、私固有の強みではなく、女性なら誰でも、というような話だが。

女性がパーティに混じると、雪崩遭難にあう危険が増すと言われている。つい良い恰好を見せたくなる男性心理がその理由。

というわけで、鎧兜を脱げる間柄、であることが、男性女性が組んだときには必要なことなのだろう。










2016/08/24

ピラ20

■ 子供達

今日は、腱鞘炎もあるので、一時間くらいのつもりで行ったら、3時間近くもいてしまった。

かわいい4歳の女の子が、小学校二年生のお兄ちゃんとパパに連れられてきていた。私はとりあえず、子供には受けがいい。

20歳のころ、ベビーシッターしていたのは、マシュー6歳とダニエル11歳。二人とも大きくなっただろうなぁ。20年足すと、26歳と31歳・・・ああ、月日が経つのは恐ろしい・・・。

6歳が26歳になる伸び率と、21歳が41歳になる伸び率はだいぶ違うだろう・・・が、やっぱり私の20年での成長も、かなりすごいと思う。全く別人と言って良いくらい違う人になっている。

過去、7年を考えても、違う人だと言える・・・。山梨に来た頃は、まったく登山も知らず、クライミングは登山をしなければ、一生することがなかっただろうと思う。

■ 今日のまとめ

今日は、勘をにぶらせないために、1時間程度で帰ってくる予定にしていたのだが、結局、漫然と色々な課題を触った日になった。子供がいたから、ちょっと楽しかったというのが理由。

全部、書き留めたわけではないが・・・

黄青 自分探し 最後の1手のみちょっとクラムジー

黄青 人間合格 一撃

黄青 愛の16号 意味不明

黄青 ミス信玄 よく分からない

黄青 ムービング芋・・・ 1手目だけ最初苦戦したが、カラダの向きを変えたら楽勝化

黄青 ミス漬物石 一撃

黄色 私のマイナンバー・・・一撃

黄色 エリカ様  意味ワカラナイ 後回し

黄色 ひとりバックドロップ 一撃

黄色 初めてなんです

ピンク黄色 自分に易しく 易

黄色 チョーミフー 易

黄色 アレで行こう 易

トラバース、アップ課題、フラッギング練習、1手飛ばし練習 

これくらいしても、あまり疲れていないので、疲れるのは、やっぱり精神的課題と言うか、リードの時は、

 技術に裏打ちされた自信

が不足しているのだろうと思う。

今取り組んでいる黄色青課題では、かぶっている課題の方が、足が自由で易しく、かぶりが深いだけであり、垂壁の方が難しい。

垂壁の方が苦手になってしまった・・・。7級はゆとりがあり、6級は半分くらいはできる。6級の垂壁のほうが難しい。

そういえば、今日は、佐藤さんも来ていた。先日はミキヤツさんにも会ったし、クライミングの世界はどうも狭そう。

幸せが先で、結果が後

■ 幸せが先

クライミングをする人は、クライミングが楽しいから、クライミングをする。バレエをする人もバレエをするのが楽しいからバレエをする。

楽しい=幸せ

「なぜ幸せになりたいのですか?」

この質問にはもう答えはない。誰だって幸せになりたい。 

幸せになるための方法や手段として、クライミングや山がある。

つまり、本当の夢や目標は、〇〇山、例えば、エベレストではない。山は

「(自分が)幸せになるためには、この方法がいいんじゃないかな」

と思っている一つの手段にすぎない。

■ 楽しい人と楽しく登る

私たち・・・クライマーが、本当に欲しいものは、何だろうか?

高い登攀能力や優れたパートナーではなく、実は‘一緒にクライミングしていて楽しい!って感情’だ。

ただ、”感情”を手に入れるための手段・・・山行、あるいは、そのためのパートナー確保・・・を最終目標(幸福)だと勘違いしないことがすごく大事なのです。

クライマーだから普通にしていれば楽しいはずの山を楽しくなくする元凶は

 ・勝ち負け偏重 
 ・取引的な考え方

だ。

■ よくある間違い

たとえば、「結婚したら幸せになれる」と思って多くの人が結婚する。

ところが、結婚している人の何%が今でも幸せを感じ続けているだろうか?

そう思うと、結婚は幸福の条件ではない。

つまり、結婚する(した)ことで、その後ずーっと幸せでなければ、幸せという目標達成したとは言えない。

同じことが山にも言える。

■ 自分で自分を満たし、その後に満たされる

すごい山歴なのに、それで、まだ満足していない。自尊感情が満たされていない。

だから、嫉妬します。幸福な人に対して、嫉妬が辞められない。

有名ガイドを悪く言うとか。

ですが、嫉妬の元凶は、自分が満たされていないからなので、どうしようもない。

どれだけ山に行っても満たされない。

多くの人は手段を達成することに多大な時間やパワーを使います。

一般的には、金銭、名声、、女性なら結婚、山なら、すごいルートや、海外遠征のような人にすごい奴だと印象付けるためのもの・・・そういう何かを手に入れても、手に入るのは一瞬の幸福で、持続的な幸福感を手に入れることはできないです。

幸福は、他人が自分をどう思うかにはなく、自分が自分をどう思うか?にあるからです。

■ 永遠に足りない

今、「これが足りないから幸せではない」と考えている人は、どんなに恵まれた環境になっても、今と同じように足りないものを探し出して幸せを遠ざけます。

どんなに素晴らしい山に行っても。どんなに素晴らしいパートナーを得ても。

他の人から見たら苦境であっても、幸せを見つけ出して幸せになれる人もいます。必ずしも潤沢と言えない資金の中で進学した時、多くの人が助けの手を差し伸べてくれました。

今私に助けの手が差し伸べられているのも同じ理由からです。

人は与えられて当然と思っている人ではなく、困っている人を助けたいと思うもの。

ないことではなく、あることに集中しましょう。

内面を磨くということは、持てるものに満足を感じられる自分自身になることです。

いいことがあったから一瞬幸せになる、というだけの感情の応報反応ではなく、

周りの出来事に関係なく自分自身で幸せになる。

いわば、意図的に幸せを見出せるということ。ありがたいと言う気持ちが土台です。

■ ありがたいを連続していたら、

幸せを作り出していたら、勝手に夢や目標を実現してしまった・・・

というのが私の過去のパターンでした。

楽しくて本を読んでいた → オールAになってしまった
海外に憧れていて、英語を勉強していた → カリフォルニアから仕事のオファーがきた
海外で楽しく暮らして帰ってきた → TOEIC925点。
元々パソコンが好きで中学の頃プログラミング自習&エナメル線クラブ → 開発者
英語&開発&マネジメント → 海外出張
仕事が楽しい → ビジネススクール
ビジネススクール → 商社の仕事
バレエを楽しく続けていた → ヨガイントラ
商社の仕事 → 自由快適&登山快適

いつも、なんだか、わくわくしていただけのことで、”わらしべ長者”。

山も同じで、素晴らしい師匠を得てしまいましたが・・・勝手に素晴らしい相手が向こうからやってくるってのが私の印象です。

まぁ、危なっかしいから心配、ということもあるかもしれませんが・・・(笑)。

いつも素晴らしいパートナーが得れて、私はホントに幸せ者だなぁ~と思っているからかもしれません。


ウォームアップ

■ ウォームアップ

大体やっていることは同じだった。

この人がやっているダイナミックストレッチはもっと質を上げることができるが、そうなっていない。

トラバースは毎回やっている。ジプス練習はしていなかったので入れようと思った。

まぁ、ウォームアップよりも、パワーアップしたいところだなぁ。クライミングで、山みたいにヘトヘトになるまで、オールアウトするまで登ったことってあったっけな?小川山のクラックだけかな。

パワーとテクニックは相反する

■ クライミング原則 

で、クライミングの原則だが・・・ま、誰でも知っている知識だと思うが・・・

 パワーとテクニックは相反するということ

だ。

 1) テクニックを使わずに登ればパワーがつく

 2) テクニックがあれば、パワーが要らない

カンタンに言うと、手だけで登れば、パワーがつく。キャンパシングを考えれば分かるだろう。男性クライマーの懸垂回数と同じ。

一方、登れるクライマーは最小限の力しか使わない。だから、筋肉ムキムキにはならない。

私が知っているクライマーでも強い人で筋肉ムキムキタイプはいない。

■ スタミナ

しかるに、スタミナがないのは、パワーがないのではなく、無駄な力を使っているという意味。

課題は脱力であって、パワーアップではない。脱力するには、ムーブの洗練が必要。

 1)腕を伸ばす

 2)足はできる限り切らない

 3)完全に脱力クライミングをマスターするまで易しい課題を登り続ける

ムーブの解決が不要で楽に登れる壁にできるだけ長居するのが正しく、できない課題をできるようになる(突破力をつける)はいらない。

■ パワーを付けたい時

 1)足を切って登る

 2)ダイアゴナルを使わないで登る (つまり正対&デッドになる)

 3)マッチ禁止


2016/08/23

ピラ19

■ ゲリラ豪雨

今日もピラニアへ。

今日はすごい土砂降りで、家を出るタイミングが見いだせない(汗)。

昨日は台風と言うから、用心していたのに、なんともなかったが、今日は台風というか、ゲリラ豪雨というような日だった。

今日は、気温が下がったためか、体力回復して、クライミングに行ったくらいでは体力が余って仕方なく、もっとどこかで体力を燃焼しないとマズイっ!!って感じだ。

余った力は使わないと、体力ダウンになってしまうことは、体験上、知っている。明日はどこかを歩いて来よう。

■ 教えると勉強になる

今日は、火曜日の友となった、E藤さん、いるかなーと思ったら、いた。

それでカンタンピンク課題を。 

しかし、私の方が勉強になる。ピンク課題はまったくムーブゼロで登れる。

が、ダイアゴナルを覚えてもらう。

けど正対でも登れるから、彼女が正対で登った時は、正対のムーブのアドバイスをしている。

正対の場合、二等辺三角形が作れていないのが彼女の課題。足を開いて置かないといけないのに、かならず足を閉じて、近すぎる場所に置いてしまう。

ダイアゴナルは、彼女はまったく習得していないので、全然できないのだが、それを教えていると、私の方が逆に勉強になって、教えるために、えっと私、どこに足を置いたんだっけ?と考える・・・

・・・とすごく勉強になる。実は分かっていたんだなぁ・・・ムーブ。分かっていても、できないってやつ?

正対も、ダイアゴナルも分かっていて、使い分けも分かっていて、最適な足の位置も分かっていて、それで、なんで登れないんだっ?!

・・・パワーですかねぇ・・・な感じ?

今日は、そういうわけでテキトーに流して、クライミングムーブが悪くないのだけを確認した。

≪今日の成果≫

・教える方が勉強になる

・スローパーからのデッドは、も一回したら楽勝になっていた

・でも絶対に届かなさそうなデッド一つ

・スタミナは別の運動でやらないとつかないかも 

・クライミングのスタミナトレーニングとは別にトレーニングしないと体力が余る

■ 腱鞘炎&上腕骨内側上顆炎

で、左手の薬指は腱鞘炎である。そして、肘の痛みは、上腕骨内側上顆炎だ。両方ともアイシングで良くなる。

でもって、全然、私には、体力的にクライミングでくたびれたとか、前腕のパンプで登れないとか、なく、単純に、筋組織が弱いのであった・・・

腕が壊れるのが、先になってしまう・・・

これは、”やっぱり感”があり、そうなるであろうと思ったシナリオである・・・なんだか、やる前から分かっていたような気がする。

ので、結局、もともと上半身(肩・腕・背中)が弱点だというハナシ。

それは前から分かっていて、筋肉量の分布で、上体は常に平均点以下だったんだよな~。

腕力を付けたいから、疲れるまで頑張る、という作戦は、やっぱり無しであることが、これで確定した。

筋力をつけるには限界まで行かないといけないと言われるが、その作戦はやはり私にはない。

私にあるのは、毎日1時間のほうである。

体力の50%程度の負荷を毎日。そういうスタイルでないと、

 ・もともと筋力がない
 ・正しいフォーム自体を習得中

という人には、習得前に体が壊れるのである。

なにしろ、疲れない体の使い方自体が、分かっていないのであるから。

丁寧に正しいフォームで疲れないように登る、そういう風にしないと。

なにしろ、”無駄な力を使っている”というのが登れない理由なのだから。

■ バレエ

このところ、クライミングをすればするほど、またバレエをしたくなる。自分が良く知っている、身体感覚、身体知というものから、類推を引き出そうとしているらしい・・・

でも、クライミングムーブとバレエってホント関係ないなって感じ。

バレエで使う反力は、床を押す力だ。 床を押して、ピルエットで回る。床を押して、ジャンプする。

何もかも、床を押すことで始まる。

これは、登山では斜面で大地を踏みしめることと同じで、だから、私には登山でキックステップするなどは、かなり簡単だった。

クライミングではスラブも、押す系で、鉛直のラインを押す、ということは理解しやすい。

鉛直がそもそも存在しないような壁をスメアのフリクションで登るのは、まったく意味不明・・・(汗)

■ ナンバ

最近、クライミングはナンバだと理解しつつある。

ナンバとは、ナンバ歩きのナンバである。右手右足。同じ側を使う。




その活動がプラスかマイナスか見極める

■ なぜバレエを辞めたのか?

バレエは19歳で始めた。大学の新生活も落ち着いた頃、自分らしく生きるために始めた趣味だ。

私がバレエに傾けたエネルギーは大きい。就職して、4、5年のブランク、2~3年のブランクがあっても、なんだかんだと、都合をつけて再回し、山梨に来るまで20年続けた。

カリフォルニアに2年住んだことがあるが、そこでもバレエのレッスンを日常的に受け、先生はアメリカ人だった。

他に、パリとメルボルン、カンザスでレッスン経験がある。海外出張に行ったら、バレエのレッスンか、バレエ公演、あるいはバレエ用品店がないかな~、と探すからだ。

その大事なバレエを山梨に来て辞めた。大きな転換点だ。

その理由は・・・ 先生が体を壊すレッスンを強要するから。

山梨は子供中心の社会なので、”大人が趣味で行うバレエ”については、後進県である。大人の趣味のクラスはあるが、力は入れられていない。あくまで、子供の才能発掘が活動の中心だ。ただ経営上の理由で子供のレッスンが行えない時間帯に、子供のレッスン収入だけでは不足する収入を補うために大人向けクラスが行われている。

そういうクラスでも、自分一人でバーレッスンするよりはマシなので、「ま、現状維持でいっか~」と当初、思っていた。

・・・が、子供の育成と同じメソッドを大人に適用しようとするレッスンは、体が壊れるのが先だと気が付いた。

それまで、都会暮らしが長く、そして、都会では競争が激しく、一流の先生しかバレエ教師として生き残れない・・・ので、ハッキリ言って一流からしか指導を受けていない。

・・・なので、子供のついでという意識レベルの指導では、大人は体が壊れる、と分かってしまったのだった。

実は、私自身も初期のころ、小学生と一緒にレッスンしていた(^^;)。20代は、まだ体が子供の側に近く、私は若かったし、初心者なので、無理なレッスンの無理さもよく分からず、吸収が早く、2~3年で、あっという間に上達した。

その後、一旦就職でブランクが空き、20代後半で再スタート。大人として、オープンクラスでレッスンした。

だから、かろうじて、だが、子供から始めること、大人から始めること、の両方が分かるのである。

話を戻そう・・・なんで、バレエを辞めたか?

体を壊すこと確実な指導にお金を払うことはできないからだ。

体を壊してしまっては、現状維持にさえもならない・・・。

しかも、お金を払ってまで、自分のカラダにマイナスなことをすることはできない。

趣味は、人生をより豊かにするためにあるからだ。

幸いなことに、カラダの維持はヨガで教えるほうに回ってやっている。しかも、この分野はとても幸せになれる。

■ 教えて気が付くこと

ヨガもバレエと同じで、先生の側からみると、”なんでこんなこともできないのっ!!”というようなことが生徒さんはできない。

例えば、”骨盤を立てる”こと。

骨盤を立てるなんて、あまりにも初歩過ぎて、教えようがない。立てるのは立てるのだ。

それ以上説明しようがない。というのが、多くの先生のホンネだろう・・・

でも、大人の生徒さんの約7割は骨盤を立てて、座ることがそもそもできない。

私自身も、どうやってできるようになったのか?自分でも説明しようにも説明ができない。

でも、基礎なので、できるようになってもらわないと、ヨガをしても体を整える活動でさえなく、逆にカラダに悪い活動になってしまう・・・。

ので、自分の体を実験台にして、どうやったら骨盤を立ててもらえるか、思考錯誤する。

それが先生業だと思っている。

しかも、かなり報いがある先生業で、5年同じことをやっていると、初心者で来た生徒さんでも、かなりの人が、骨盤を立てて、スカーサナできるようになっている。

これには本当に感動している。継続は力なり、は本当なのだ。

一方一向にできない人もいる。その人たちは、本人の努力がないのかというと、違うと想定すべきなので、私のチャレンジ課題になっている。

■ 山

山岳会も、山仲間も、クライミングジムも、クライミングのパートナーも、自分の人生を趣味によって、より良く、より豊かに、より幸福に、より充実感を持って、生きるためにある。

人生がより良くならない・・・ 複雑怪奇現象化する・・・なら、イラナイ。

つまり、誰かの不勉強のために、自分の命が短くなる・・・より命のリスクに晒される・・・ようなら、全然、人生はより良くなっていないどころか、より悪く、マイナスになっている。

そのような場合は、切り捨てるべきだ。

日本人は真面目で、Mなので、自分にとってプラスになっていないことでも我慢して続けようとする。

しかし、それは間違っている。

趣味は、自分の人生をより良くするためのもの。

友人は、自分の人生をより楽しくしてくれるもの。

その基本が抑えられていないところに、何を築いても、無駄だ。

2016/08/22

女性クライマーのパートナー探し

■ 女性クライマーの事情

女性クライマーのパートナー探しは、非常に難しい。

 1)組める女性クライマーがそもそもいない

 2)男性クライマーには、”人間的成熟”と”クライミングに対する正しい理解”がある人が、ほとんどいないため、女性の側が生命の危険にさらされてしまう

というのが事情だ。

はっきり言おう!

精神的に未熟な男性クライマー諸君と一緒に登るほうが、単独で登るより、女性にとって、命のリスクが高まる。

私は登山2年目で厳冬期甲斐駒の誘いを受けたが、同行者が危険だと思ったのでお断りした。その後、自分で厳冬期甲斐駒はソロで登った。行けるようになる(その山の危険認知ができるようになる)まで、時間がかかったとしても、安全なほうが良い。

仲間とは命の保証をし合う相手だ、という山仲間の最低限の要件が満たされないため、未熟な男性クラマーとは基本的に登れない。

例: 

 ・そもそもデートレイプされる恐れが拭えない

 ・単純明快。ビレイがそもそもできていない 

 ・実力以上のルートを無理強いされる

 ・体力的無理を強いられる

 ・体格的無理を強いられる  たとえば大きな飛び石のジャンプ

 ・危険認知が疎か。通常、避けられる危険にさらされる

 ・人はそれぞれ強みが違うものだという事情を考慮できない

 ・自分さえよければいい

 ・救急救命を知らない 

 ・相手が無茶をするので、こちらは救助する側になる確率が高い

したがって、

私が円熟クライマーとしか登らないのは、そうでないと、時間の問題で殺されてしまうからだ。

■ 誰に貸し出すか

パートナーを誰が誰に貸し出すか、見ていたら分かるのである。

自分のパートナー(女性)を会内の誰にも(男性)貸し出さなかったら、つまり、それらの人々(男性)は、み~んな”落ちれない(つまり危険な)ビレイヤー”。

そんな人たちにビレイされて登っていたあの頃・・・、ああ、ホントに落ちなくて良かったな~。

落ちれないビレイヤーとしか登れなければ、当然ながら登れるようにはならない。

恐怖があれば登れない(登らない)のが当然であり、恐怖の克服には、信頼関係が必要だ。

■ 信頼関係構築には時間がかかることが受け入れらない人が多い

信頼できるかできないか?

それも難しい問題なので、信頼しない人とは登れない(登らない)。

信頼というのは、一朝一夕に築けるものではない。にも関わらず、築いた信頼は、一晩で崩れうる。

体調が悪い、あるいは怖いと言っているパートナーに、同行を無理強いする人は、信頼がおけるパートナーではない。

人間関係において、どのような無理強いも、自己中心の反映でしかない。

信頼できない人に命を預けてまで、登らないといけないか?と言うと、いけなくない。誰が考えてもそうだ。

ので、最近は運を天に任せる気分でいる。

なぜクライミングしているのかというと、エンジョイマイライフのためであり、死にちかづくためではない。





  

2016/08/18

ピラ18

■ 今日もピラニアへ

今日は暑い日だった(汗)。 今日もピラニアへ・・・ガラガラ!空いていた。

今日は行ったら、私と同じことをしている人がいた・・・課題名のリストアップ中・・・あら~。しかも、シールの形まできれいにリストアップしていて、ビックリ。

私は課題名と課題がある壁以外は、自分でする勉強用なので、ま、いっかとしていたのだった。

今日の目的は、黄色青課題がこなせるか調べる。

 結論: 垂壁の黄色青課題は難しい!!

黄色青課題になると、足限定が出てくるが、そのほとんどが垂壁周辺。振らないといけない急傾斜の壁では足限定は出てこないのだ。

・・・ので、一つのホールドに対して、最適な足の位置を研究中の私としては少々ツライところ。

できない課題をやるよりは、できる課題を数やってフィジカル(要するに腕力の持久力)をアップした方がいいので、あまりムーブ解決にこだわることは辞めた。

突破力、今のところイラナイ・・・。

■ 痛み

昨夜は左手の薬指が痛くて、夜中に目が覚めた。うーん?突き指みたいな痛さなんだけど?

テーピングの強度が強すぎて、剥ぐときに指が折れそう・・・フィンガージャムで全体重を指にかけるなんてないなー。サイコキネシスは、当分無関係な世界にいよう・・・

フィンガージャムは、やっぱり昇仙峡で勉強しよう・・・ あそこの課題は少し寝ているので、指が折れそう!と思ったら、普通のフェイスに逃げることができるから。

しかも、少し前からのことだが、両方の肘が痛い。腕を引っ張りすぎなのだ。関節が外れそう・・・ということだ。

子供のころからウンテイが特に苦手だった。のは原因は明らかで、母が私の腕を引っ張るので、すごく良く脱臼していたのだった。軽い児童虐待ですね。まぁ母は色々ストレスにさらされていたので、仕方ありませんねー。

子供の頃、うんていが苦手でも特に人生に差しさわりはなかったが、現在クライミングをするにあたっては、肘が痛いというのは、だいぶ、やりたいことがやれないというわけで、差しさわりが。負の遺産。

・・・というわけで、アイシングが必要になってしまった。 ヨガでも、なんでも、痛みは、カラダからのメッセージと言う訳なので、痛くないように体を使う方法を考えなくてはならない。

何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。

■ ランジ

今日は、ピラ15の日に課題として浮上した、スローパーからのランジができた♪

今日の成果は、このランジ。あーあ、ついに飛びつく女になっちゃったよ。

■ 今日の成果

前回難しかった課題 3つ → 解決

ランジ → 解決

フラッギング → 新しいやり方で

易しい4級課題を難題化 → 一個とばしで 到達

手がうまく行かなくなってからは、易しい課題にグレードを下げて、トータル3時間

■ 次回の課題

壁から降りないで登るスタミナトレーニング 

■ 体組成計

なんと、アマゾンで、2500円強で、入手。 しかも、翌日配送な勢いで来た!

夫が喜び、トレイに行っては「あ、う○ち100gだったんだ~」 ご飯を食べては「500g増えてる~」とやっている。

しばらく楽しめそう☆

計ってみたら、私はBMI21.4 体脂肪率22.8% やっぱり7年前と何も変わっていなかった・・・

”至って普通”体型・・・

夫は体脂肪率13%。 夫の”痩せすぎ”が心配・・・ 体重も実は4kgくらいしか変わらない。

2016/08/17

体力についての謎

■ 夫がぐったり

今朝は起きたらピーカンで、今日は夫と温泉に遊びに行く日。なのに夫が朝から全然起きてくれない。

・・・というか、昨日、クライミングジムから帰ったら、夫がバテてぐったりしてしまい、なんだかソファで小さく丸まってしまって、使い物にならなくなってしまった(汗)。

うーん・・・。

 「〇君も、たまには運動しないとね」

 「毎日運動してるよ。五階まで、階段を使って上り下りしてるんだよ」

夫は、特に山歩きしなくても、運動が十分だと主張して譲らない。

しかし・・・ジムで3時間遊んだだけで、この様子じゃ、やっぱり体力的なものがダメってことでは?

夫はまだ50代の前半で、そりゃひょろっとした体格ではあるけれど・・・つまりメタボとは無縁で、痩せているから、運動が必要ないという訳ではないだろう・・・。

ひょろ~としているから、パワーウェイトレシオ的には、私なんかより、クライミングには有利なハズだ。

夫は当然だが、まだクライミングは初心者なので、腕を引きつけて曲げて登っており、結構大変そうにしていた。

それを勘案しても、前腕が疲れて大変というのは、私にもあったが、ジムでこんなにぐったりと言うのはない。

クライミングで一番ぐったりしたのは、去年、クラックに行って、左上する「ムードはいい線」を落ちながら、無理くり登った翌日。惨敗兵みたいにヘトヘトになった。翌日は畑の予定だったが、予定を返上。まったく使い物にならなかった。

今年は岩で翌日の予定を変えなくてはならないような、くたばり具合はない。

■ 講師と二人っきり

3年前に参加したリーダー講習で、男性3人と私の女性1人の4人の班になった。

班分けはおそらく、登山経験が考慮されて、10班程度あったが、私は、たぶん上から数えて、9班とか10班に属していたのだろう。今から考えれば。弱い子グループ。

班では、歩荷負担に一悶着あった。私が担ぐと主張したのに、つまり皆と平等の負担でいいと言ったのに、結局、20kg、19kg、18kg、17kgの歩荷負担になり、私は一番軽い17kgを背負った。七倉沢まで1時間半のよく踏まれた雪道を歩荷するだけだ。

講師を先頭に、弱い人の定位置セカンドで私、後ろに男性が好きな順番でついた。

・・・ら、講師と歩いていたら、いつのまにか、講師とふたっりきりになっていた。気が付くと、仲間は、はるか後方に。

「悪いけどトレース外して歩いて」と私だけ、雪上の上をラッセルしながら歩く羽目に。

仲間のうち2人はメタボ気味な体型で、一人は夫のようなスラリ体型だった。私の班は、滑落停止をやるよりも、雪上歩行をやるほうが良いということで、雪上歩行を特訓したが、雪上歩行、なんどやっても、できない人もいた。仰向けで寝てスタートするタイプの滑落停止も同じだった。あとは雪上のラン。

この時の経験から、体格が良くても、体格の小さい私より強いとは限らないし、運動神経も人それぞれなのだと学んだ。

■ 沢で置いてきぼり

モロクボ沢に行った時は、全然歩けなかった。 沢泊一泊だったが、寝るときに敷くマットを私はバックパックの中に縦に入れて、存在感を消してしまうのが好きで、そうしようとすると、大型ザックしかない。

それで、大型ザックに入れていったんだが、ザックが振られて沢を飛び石するのが一苦労。

仲間ははるか前方に離れてしまい、沢が屈曲したら、姿が見えないほど・・・

しかも、この時は沢継続だったので、踵を返して、入渓点に戻るという選択肢もない。どうやっても、同じ道を追いかけるしかなかった。

ので、ザックに振られながら、頑張って追いつくしかなく、非常につらい沢山行となってしまった。

師匠には「もっと早く歩いてください」とさえ言われ、おもいやりのない言葉だと思った。

この時、とても嫌だったので、初めて一緒に歩く人が遅くても、「はぁ~」とか嫌味な態度は取らないようにしている。

山は弱い人を中心にして動くものである。そうでない山は、歩きでも登攀でもダメ登山だ。

■ 白峰御池まで、80分

北岳のバットレスの偵察に、会の先輩と同期入会の自衛隊隊員と3人で出かけた。先頭で、白根御池小屋まで1時間20分で歩いたら、二人に早すぎると文句を言われてしまった。

でも、まったくの初心者で山歩きもまだ4回目とか言う時に、単独で北岳にでかけ、そのときも、同じコースで白峰御池小屋まで1時間半で歩いている。

ので、なんで文句が出たのか意味が分からなかった。2度めはテント泊とはいえ、軽量化していたし。

強い男性二人を後続に持っていると思っていたのだった。一番弱い人(つまり私)が、ペースメーカーになるのではダメなのだろうか?

■ 富士山 8時間半

須走から、5月の富士山に出かけた。この時は山で出会った自衛隊の人と一緒だ。

彼は、山頂まで4時間なのだそうだ。私は生まれて初めての富士山で、そんなに短時間で登る気は、そもそもなかった。

自分のペースを守って登り、きっちり6時間で登った。ら、下山ではヒョウが振って、雷までなってきてしまい、怖くなって、走って降りた。

・・・ら、2時間半だった。富士山往復、8時間半。

■ 厳冬期の黒戸尾根

今冬、正月に黒戸尾根をソロで登った。まぁ一般道だから。そうしたら、登って行く人の大方を追い抜いてしまった。

・・・みなさん、山岳会の人たちで、アイスクライミングの方たちだった。小屋には2番についた。

が、20代のメンバー主体のパーティは、黒戸尾根は日帰りだそうだった。

桁違いの体力があるのは、20代のほうで、山岳会の人は20代には追いつけなさそうだった。

■ 総括

・・・というわけで、体力については、いまいち、よく分からない。

分かっているのは、

 ・特段強くもなく、特段弱くもない、ということ。

 ・暑さに弱いということ

 ・トレーニングするとすーぐ筋肉質になり重くなってしまうこと

大体、夏は毎年苦手だ。

私は、152cmしかないのに、体重が48kgもあり、重い。たとえば、野中選手は、160以上あって、体重は47kgと私より軽いくらいだった。

私は、体脂肪率も、23%もある。ちなみに、この体脂肪率は、女性がもっとも健康的である体脂肪率であり、多いとは言えないが、女性のアスリートで、この体脂肪率はない。(別にアスリートになりたい気持ちがないから、いいのだが)

私は太っているとは見えない。が痩せているようにも見えない。つまり、ちょうど良いってことだ。

今より、1~2kg軽くなれば、バレエやヨガでは体が軽く動かせて、気分も良い。

でも、スリムになると、レッスン3本連続とか、公演前のリハーサルとか長時間の行動で、スタミナが減ってしまって、アミノ酸ドリンクにお世話になることになる。

私の体重は、ここ20年ほど一定で、体重計自体に乗ることが、めったにない。歩荷量を計る時くらいだ。

それでも、大きな変動はまったくないから、やっぱり体重はこのままでいいのではないか?という気がする。

まぁ1~2kgくらいなら、クライミングのために減らしても、すぐもとに戻るような僅差でしかないが、体重計の奴隷になる気がしない。

めんどくさいなぁ・・・

まぁクライミングのためには、少し痩せておくかなぁ・・・。











2016/08/16

ピラ17

■妻孝行の日

今日は夫とクライミングジムに行った。知り合いが夫を見て「お気の毒に・・・」とつぶやいた。

その通りなのである。夫は、まったくクライミングには興味のキの字もないのだからして。

だから、今日は妻孝行の日☆

■ 〇〇バカ

”〇〇バカ”という言葉がある。以前の私はバレエ馬鹿で、バレエ馬鹿はバレエ馬鹿同士、瞬時に分かりあうことができた。

以前、メルボルンに一人旅に出かけた。なにかの講演で、たまたま隣に座った男性とは、なぜかジャック・ケルアックの話題で盛り上がり、ディナーを奢ってもらった。彼はアメリカ文学馬鹿(この場合は、かぶれ、というべきか?)で、私の大学での専攻はアメリカ文学。それでケルアックで盛り上がったのだった。

山ヤで言えば、ガストン・レヴュファで盛り上がりました、というようなハナシ。

同じようなことは、よく起る。今西錦司が好きだと言ったから、とか。(私は今西錦司が好きです。)

こと、夫に関しては、彼は秋葉原のパーツショップの話なら盛り上がれる。ただ、最近はパソコンは自分で組み立てるものではなく、オールインワンのラップトップを買うものに、時代が変化してしまった。

パソコン自作に代わる何か良い趣味が持てればいいのだが・・・。

■ 健康的で素直な子供たちと戯れる日

今日はリストアップして行った、黄色と黄色青の課題を全課題。できないものは執着せず飛ばした。

できない課題の分析、解析は後回しだ。

今日は、知り合いの子供がいっぱい来ていて、リード壁を登って見せろといってうるさいので、登って見せた・・・ 子供はすごいかスゴクナイか、が到達高度だけだ。

単純明快なすごさでないと、子供の心には訴えない(笑)

小さい女の子が、初めてボルダリングジムに来て、一番易しい垂壁のガバの課題にも苦労していた。

彼女は、一つも課題が登れなかったが、負けん気を発揮しているのが、率直で、健康的で、子供らしかった。

私は7歳とか6歳の頃は、きわめて臆病に、人の影に隠れるようにして、生きていたっけな~。

先生に爪が長いと言われ、涙ぐむだけで、うつむいているような子供だった。

世間が怖いところだという世界認識は母親からハンドダウンされたものだろうと思う。

男の子たちは若いクライマーに群がって、クライマーの方も、「登って見せて~」に答えていたが、12登れるクライマーの凄さが伝わったかどうかは・・・怪しい。