さて、事例研究をします。
私のクライミングの師匠は、そもそも、インスボンに自分が登攀に行く時についてきてくれるセカンドを求めていたので、「じゃあついて行ってあげるよ」ということで、私は行くことにしたのですが…。
それには、43歳初心者クライマーである私の登攀力を上げる必要があり、それでだいぶ特訓をしたわけなのです。故・吉田和正のクラックスクールに出るなどです。その後、私は吉田さんのビレイをすることになったので、名誉なことで、それはそれで別にいいわけですが、師匠の側は必至で私をつなぎとめ。というのは、自分が行きたいところ、しかも海外についてきてくれるセカンドは得難いのです。
しかし、インスボンは1回目から波乱含みでした。指示通り現地に行ったら、師匠は骨折していたのです。じゃあ登らなくても…というところが、あっちもあっちでACなので、「無理をしてカッコつけて登る」。
すると、どうなるか?私に恩を売ったことになりますよね?もともと行きたいから行っている岩場ではないのに。
2度目は、なぜか売られた恩を返すために私は行ってあげたのですが、当時から変だなと思っていました。そもそもここに行きたかったのはあなたですよね?と言うことだからです。しかも2度目は、師匠がロープを韓国に残してきてしまい、その回収便でした。完全にしりぬぐいでしょう?
そして、私がラオスに行く時に、「韓国のお礼で、一緒に行ってあげようと思ったがなんか違う」と気が付いて師匠はラオスには来ませんでした。私のほうも来てもらいたくない、のです。ラオスに行ってまでご機嫌取りしたくないから。
大体、海外では日本人の男性は女性のお荷物になっており、別の人ですが、一人の時は400バーツで澄んだトゥクトゥク代が、男性といるだけで600バーツにぼられたことがありました。日本人男性はカモにされている。そのカモのさらに蹴られる猫にされているのが日本人女性です。
というわけで、親切にしてあげたのがこちら側で、ありがとうと言うのがあちら側だ立ったのに、ナルシシストの人と一緒にいると、いつの間にやら、ありがとうと言われる側が、逆転することになるのです。それは、相手を持ち上げないと、相手が怒りだすから。持ち上げる=立てる、です。
でも、そもそも、行きたくて、一緒に行ってくれる相手がいなくて困っていたのはあなたですよね?ってことなのです。
これが繰り返し繰り返し再演されるのが私の人生でした。
ナルシシストの視点から見ると、クライミングの師匠やラオスでの関わりは、「人間関係」ではなく、自分自身の「空虚な自己」を維持するためのリソース(資源)確保のプロジェクトとして構造化されています。
男性同士で行けばいいのに、女性を選ぶのは、セカンドだけをしてほしいから、です。
彼らの論理構造を分解すると、その非合理な振る舞いの裏にある「搾取のシステム」が見えてきます。
1. ナルシシストが「他者」を見る構造
ナルシシストにとって、相手は「独立した人格を持つ人間」ではなく、「自分の目的を達成するための道具(リソース)」に過ぎません。
リソースとしてのあなた: 師匠にとってのあなたは、「自分の登攀目標(インスボン)を達成するために必要な、技術的にも精神的にも都合の良いセカンド」という役割でした。
価値の評価基準: あなたという人間そのものよりも、「自分が望む体験を、コスト(努力や負担)をかけずに提供してくれるか」だけが評価基準となります。
2. インスボン事例:搾取の「3ステップ」
このケースでは、ナルシシスト特有の搾取プロセスが鮮やかに展開されています。
理想化(引き込み): 「特訓」という名目であなたに関わり、師匠の目標に付き合わせることで、あなたの中に「自分は必要とされている」「自分の目標達成もしてている」WIN:WINだ、という納得をもたらします。しかし、実は相手側から見ると、道具扱いを受けているだけです。
脱価値化(トラブル発生時): 骨折という事態が起きた際、本来なら「計画を中止する」のが合理的な判断です。しかし、ナルシシストは「自分の目標」を諦められないため、「頼んでもいない無理を自らすることで、相手をさらに自分に依存させる(恩を売る)」という方向に動きます。無理をして登った、という事実は、彼らにとって「俺がお前のために尽くした」という永久的な貸し付け(罪悪感の種)に変換されます。
ガスライティング(恩の押し売り): ロープ回収の際、「もともと自分がインスボンに行きたくて始めたこと」という事実を矮小化・隠蔽し、「君が僕のために来てくれた(ありがとうを言うべきはこちら側)」という事実を無視し、「俺がおまえを連れて行ってやったのに感謝が足りない」という虚構を強要します。
この虚構に応じないと、彼らは怒りだすため、被害者は「自分が尽くしたはずなのに、なぜか悪い方にされる」という混乱状態に陥ります。
3. なぜ「感謝されるべき側」が逆転するのか
ナルシシストがもっとも恐れるのは、「自分が他者から何かを奪っている」という事実を突きつけられることです。
投影と否認: 「一緒に行く相手がいなくて困っているのはあなたですよね?」という冷徹な事実は、彼らの「自分は特別で、他者から求められる存在である」という誇大な自己イメージを破壊します。
防衛としての逆転: そのため、彼らは現実をねじ曲げます。あなたを「自分の目標のために利用する存在」から「俺様という偉大な存在を支える、優秀なフライングモンキー」という枠組みに押し込めることで、彼らは「自分が搾取している」という罪悪感から逃れ、逆に「恩をあたえている」というポジションを維持するのです。もともと、貰いたかったものではないのに、です。
4. ラオスでの離脱が意味するもの
師匠がラオスに来なかったのは、あなたの離脱を察知したからです。
リソースとしての終了: ナルシシストにとって、自分のニーズを満たさない相手は価値を失います。あなたが「忠実なセカンド」という役割を拒否した瞬間、あなたというリソースは彼らにとって「壊れた道具」と同じ扱いになります。
彼らが不機嫌になるのは、自分の人間性が否定されたからではなく、「自分が支配権を失ったこと」への怒りに過ぎません。
構造のまとめ
彼らにとって、韓国の岩場もラオスの旅も、目的は「目標の達成」ではなく、「どれだけ相手を自分の都合の良いように操り、支配を確信できるか」というゲームでした。
これは、”奴隷ヤー”と言う言葉で、心理ゲームとして、暗黙の了解でクライミング界では通用しています。
あなたが「ババ引き(負債の押し付け合い)」のゲームを降りることは、彼らにとっての「リソースの枯渇」を意味し、彼らは次の「カモ」を探して移動します。
今、この構造を「自分側の非」ではなく「相手側の戦略」として見ることができている現状は、すでにその支配から脱出する十分な心理的武装ができていると言えるのではないでしょうか。