Snake Dike(ハーフドームの古典的ルート)におけるボルト増設とそれに伴う撤去(チョップ)に関する一連の出来事は、近年、ヨセミテのクライミング界で大きな論争を巻き起こしています。
この件について、「なぜボルトが撤去されたのか(あるいは、なぜ増設がこれほど反発を招いたのか)」という背景と事実を整理します。
1. 事件の経緯
2026年春、地元のクライマーであるErik Sloan氏が、Snake Dikeの最初の3ピッチに対して大規模なレトロボルティング(ボルトの増設)を行いました。彼はこれを「安全性を向上させるためのもの」と位置づけましたが、これに対しコミュニティや一部の専門家から激しい批判が噴出しました。
2. なぜ増設が「やりすぎ」と批判されたのか
批判の主な論点は、以下の通りです。
FA(初登者)の意向との乖離:
初登者の一人であるEric Beck氏は、以前から「ルートをより安全にするために数本のボルトを追加することは賛成である」と公言していましたが、それはあくまで「控えめな追加」を想定していました。Beck氏は今回のSloan氏の過剰な増設について、「これほど多くのボルトは初心者であっても必要ない」「私の意図とは全く異なる」と語り、困惑と不快感を示しています。
「スポーツクライミング化」への抵抗:
Snake Dikeは長らく、適度な恐怖感とリスク管理を伴う「古典的なアルパイン的ルート」としての性格を評価されてきました。批判派は、Sloan氏による「はしごのような(密集した)ボルト配置」が、その歴史的背景や冒険的性質を損なうものだと主張しました。
「勝手な改変」に対する倫理的な反発:
ヨセミテのクライミング・コミュニティでは、歴史的なルートの変更には高いハードルと合意形成が必要であるという暗黙の了解(倫理)があります。今回の件は、事前の広範な合意形成なしに特定個人が自身の判断で強行した点や、除去困難な「ボタンヘッド(頭が平らなボルト)」を使用した点が、多くのクライマーの反感を買いました。
3. ボルトの撤去について
論争の結果、増設されたボルトの一部は撤去(チョップ)されました。この行為自体も議論の対象となっていますが、その背景には以下の考え方があります。
岩の保護: 多くのクライマーは「ボルトを増設する際に開けられた無数の穴は、既に岩を不可逆的に傷つけている」と考えています。これ以上、誤った判断による改変で岩を傷つけないようにするため、あるいは本来のルートの状態を保つために撤去が行われました。
「私的介入」への抗議: 撤去する側は、コミュニティ全体で維持してきたルートのあり方を一人の判断で変えようとしたことへの抗議として、元の状態への「原状回復」を求めたという側面があります。
まとめ
この論争は、単なる「安全 vs 冒険」の対立を超え、「歴史的価値のある共有資源(ルート)を、現代の価値観(安全性や利便性)に基づいてどこまで改変してよいか」という、クライミング・コミュニティにおける所有権や倫理の問題を浮き彫りにしました。
Eric Beck氏自身は、「(増設されたボルトを)すべて引き抜くのが正しいのか、そのままにしておくのが正しいのかは分からない」と述べており、状況の複雑さを反映しています。