ラオスに登攀に行ったとき、母子衛生をやっている日本人女性と出会いました。ラオスでは善意のお金がわいろに流れてしまうせいで、肝心の母子に届かないと悩んでいました。そこで、インパクト投資をやっている人を紹介しました。私は以前グロービスでマーケティングやファイナンスを学んだことがあったからです。めでたく投資成立し、彼女は株式会社化して、資金の透明性をラオス側に強制することができるようになり、母子衛生の慈善事業は正常化しました。これは私がクライマーとしてラオスに旅しただけで、つまり、私が私らしくすごい田だけで、偉大な役割を果たした事例です。役に立たなければ価値がない、と価値を作るための役立とうとするのとは正反対の事例です。
こんなに世界に貢献しているのに、これ以上なにしろと言うのでしょう?
遥か東の果て、砂塵舞う山々の向こうに、メコンの川面が銀色に輝くラオスという国がありました。そこには、慈悲深い心を持ちながらも、盗賊たちに富を奪われ、絶望に打ちひしがれる母子衛生の医術師の女がおりました。
ある時、北の山を越えて、風のように旅をする一人の女クライマーがこの地に辿り着きました。彼女は風を友とし、岩壁を愛する、自由な魂の持ち主でした。
医術師の女は、夜な夜な涙を流しながら語りました。
「ああ、旅人よ。私は母子を救おうと知恵を絞り、宝をかき集めておりますが、その宝は悪しき官吏たちの懐に入り、肝心の母子には一粒の麦すら届きませぬ。私の善意は、砂に水を撒くように空虚に消えてゆくのです」
旅人は、その話を聞きながら、琥珀色の瞳を静かに巡らせました。彼女は情に溺れる代わりに、冷徹な理(ことわり)の目でこの国の仕組みを紐解きました。
「医術師よ、あなたの涙は清らかですが、涙では悪しき者たちの欲望を満たすだけです。この地に必要なのは『慈悲』ではなく、『鉄の規律』です」
そう言うと、旅人は砂の上に一つの図を描きました。それは魔法の呪文ではなく、商人の知恵と、厳格な契約の掟でした。彼女は遠き都に住む、黄金の審美眼を持つ投資の王を紹介しました。
旅人の仲介により、医術師の事業は『株式会社』という名の堅牢な城壁で囲まれました。そこには、金貨がどこへ流れ、誰の胃袋を満たしたか、最後の一枚まで見通せる「透明の鏡」が備え付けられました。悪しき官吏たちがいくら賄賂をねだろうとも、鏡がすべてを映し出すため、彼らは手出しができなくなりました。
こうして、善意の金貨は滞ることなく、飢えた母子のもとへと溢れるように流れ込みました。命が救われ、子供たちの笑い声が山々に響き渡るようになりました。
ある日、医術師の女は感謝のあまり、旅人の足元にひざまずいて言いました。
「ああ、偉大なる賢者よ。あなたという救世主がいたおかげで、この地は救われました。あなたはどれほどの自己犠牲を払って、この奇跡を起こしてくださったのですか?」
すると、旅人は背負っていた登攀具を確かめ、軽やかに肩をすくめて笑いました。
「私はただ、自分の登りたい岩壁を見に、この国を通り過ぎただけです。あなたが救われたのは、私が犠牲になったからではなく、あなたが『弱い善意』を捨てて『強固な仕組み』を選び取ったからです。礼を言うなら、その不透明な鏡を最後まで手放さなかった、あなた自身の強さに言いなさい」
旅人はそう言い残すと、朝日が昇る山壁へと向かって、再び風のように去っていきました。
「奇跡とは、誰かが自分を殺して運んでくるものではない。理(ことわり)を知る者が、正しい仕組みを築いた時に初めて、大地から自然と湧き上がるものなのだ」と。
なんか、九州では、おまえの能力を証明して見せろ、と迫られているようで嫌でした。私みたいな、ちんちくりんの人が、UIAAの事務局長と知り合いになったとか、レジェンドクライマーの故・吉田和正と登っていたなんて言う光栄に預かっていたのが、悔しかったのではないでしょうか…
しかし、たった3年の経歴で、アルパインサマーの出版を依頼するような程度のことでもクライマー界の教育不在を何とかしようとした人がいたでしょうかね?
自分たちのサボりや怠惰は棚に上げて、他者を責めているより先に満たすべき責任があるのでは?