2019/08/20

自分もアブナイし、相手もアブナイ

■自分もアブナイし、相手もアブナイ

今回の佐久の合宿で学んだことの一つが、相互の安全監視ということです。

私は相互に安全保障しあうのが、クライミングにおいては当然だと考えていたのですが、そうでない場合やそうでない人も意外に多いということを知りました。

クライミングのパートナーというのは、相手もですが、自分も守り合うというのが大事なことです。

■2ウェイを想定しましょう

レスキューと言うのは、

1)相手が怪我をした場合
2)自分が怪我をした場合

の2ウェイを想定しましょう。私はクライマーとして軽いので、レスキュー訓練ではいつも、あんこ役です。

あんこ=要救助者役

ということですから、自分が救助される側になるという想定は私にとって目新しいものではありません。

が、多くの自信家・・・・つまるところ、多くの男性、にとっては自分がレスキューされる役になるという想定は、まったく考えもしていないのではないでしょうか?

これは男性だけでなく、女性でも同じような人もいるようでした。それではダメです。

レスキュー想定は相互、どちらかが怪我をした場合が必ず必要です。3人であれば、3人のうちのどの一人がけがをした場合も想定して、レスキュー訓練をするのが、当然ですが、もっとも合理的です。

■ いつも登っている先輩

私がいつも登っている先輩とは、ビレイ&クライマーの体重分布がちょうど良い。

私は50Kgくらい、向こうは60kgくらいです。

これくらいだと、墜落でキャッチしても、私が浮く分量が壁にぶつかるほどではありません。ちょうど引かれて衝撃吸収になって良いくらいです。

体重差がありすぎると、私が前に引っ張られる量が多すぎるので、私が非常に危険になってしまいます。

つまり、クライマーがビレイヤーより、10kgくらい重いとちょうどよいらしいのです。

■ 私に最適なビレイヤーは?

ということは? 私がリードする場合に最適なビレイヤーはというと、私より10kg軽いくらいの人…って、なかなかいないじゃーん!と思いましたが、先日お会いしたクライマーは、体重が軽かったので、私としては安心して落ちれるビレイヤー候補かもしれません。

■ ビレイヤーは自分で育てるもの

先輩との関係を復習すると、自分がリードしたいときに頼れるビレイヤーと言うのは、リードクライマーが育てるもの、と言う気がします。

この先輩は、最初から、私を育ててくれたなぁと思うからです。

1)まずはガンガン落ちる。

自分は落ちるクライマーなんだよ~、ちゃんとビレイしてよ~と、行動で伝える。

2)その上で、ビレイに注文を付ける。もうちょっと壁によって、とか。もっとだらりんでいいよとか。

■ 落ちるところを登るときと落ちないところを登るとき

「俺は落ちるクライマーは嫌いだ」と言うのは、「落ちないところしか登らないでくれ」と言い換えることができるのかもしれません。

一般に登れるところしか登らないならば、成長できないという成長神話が強固ですが、私が急激な成長を見せたのは、海外で初対面のビレイヤーと組んで登ったラオスの直後です。当然、落ちないところしかリードしていませんし、自分で登攀する課題を選んでいます。

ということで、落ちないところしか登らなくても、成長はできますこの方がオンサイト能力が上がるのではないかと思います。

なので、落ちるクライミングが嫌いなビレイヤーと組むときは、そのような登れる課題ばかりをたくさん登るのが良いのではないかと思います。

海外では、怪我をした場合、病院にいくことも、日本でやるより難しいと思いますので、できるなら、日本においてよりも一段大きな安全マージンでグレードを下げて登るのが良いと思います。

■ 楽しいホルモン

クライミングで大事なことは、いかに楽しい~!というホルモンを出すか?と言うことだと思います。

このホルモンは、無邪気に先輩のビレイは絶対に確実だ、と信じている初心者時代は出やすいです。

それが、

・先輩とはいえ、人によっては、ビレイが確実とは言えないこと
・支点も確実とは言えないこと
・グレーディングも信頼がおけないこと

など、クライミングにおいて知識が増えれば増えるほど、

 他者の評価ではなく、自分の目で評価

しなくてはならなくなります。そうなると、頼るべきものは自分の審美眼だけですから、そこから、自己不信という恐怖との闘いが始まります。

そうなる以前は、クライミングと言っても、その機微を分かっているとは言えないのかもしれません。

そういう意味では、クライミングは、ちょっとしたサスペンスドラマ以上の、恐怖とスリルとサスペンスの世界です。疑心暗鬼の世界と言うこと、です。

そこから、脱して、真の信頼関係で登れるようになった時、それがクライミングの信頼関係の真の確立、と言えることなのかもしれません。

大事なことは、自分の岩を見る目を育て、そして、その目を自分で信頼できるということです。