2024/02/21

【自己理解】周囲への期待が高すぎる件‥‥

■周りの人が自分の期待より、情弱(レベルが低い)という事情

福岡に来て思うのは、

井の中の蛙

を今現在進行形で継続中の福岡の人って、井の中の蛙状態に気が付かないので、自分たちの古い常識に非常に強い正義感を持っていること。

そして気が付いた側の人は、他の人全員が気が付いていない、という前提で、ものすごく他者を見下してくること。

 A)井の中の蛙に気が付いていない人 = 自信満タン

 B)井の中の蛙に気が付いた人 = 他者見下し系

例えば、

    Google先生に何でも聞く、

ってことは、もう10年前の山梨で普通の一般の人がやっていることでした。福岡では、Google自体を使いこなしている人がいない(Aの人材)。

で、使いこなしている若い人(B)の人材は、すべての人を見下してくるので、私なんて、28くらいからGoogle使っているし、プロのプログラマーとしてコーディングが可能だが、IT音痴だと思われて、めちゃくちゃ見下してくる。

福岡の若い男性の他者見下し路線は、いったいなぜ?と言うくらい強い。おまえら分かってねーだろ、俺なんか時代の最先端を行ってるんだぜ感がオシオシである。

でもそれって、マジただのフツーですけど?

■ A人材・B人材と同じ土俵に載ったら負け

私と夫は、山梨に行ったとき、大阪と比べて世間が30年遅れている!と思って、びっくりしたのでした。

その頃は一般登山を二人でしていましたが、GPSで登山した軌跡が取れますが、それをしただけで、ものすごくハイテク人材扱いでした。え?ヤマレコで出てるよ?

っていうか九州ではヤマレコ知らず、ヤマップが一番最先端だと思っている…。ヤマレコは、アメリカのマウンテンプロジェクトの物まね、です。ヤマップはヤマレコの物まねです。

でも、山梨では、普通に、教えたらありがたがられました。あるいは、私たち夫婦がやっていることを真似て、自分は真似ているのに、まるで前から知ってるみたいな感じでやっている人がいて、ちゃっかりしてんなーと思ったりしたのでした。

 C)素直に真似る

 D)教えてもらってありがとうと言う姿勢がなく、ちゃっかり自分の手柄にする

山梨は30年遅れと感じたが、それでも、C人材か、D人材でした。私が御坂山岳会に参加したときは、私はリーダー講習の出たことは話をして出たので、先輩たちは、「ぜひ当会へ」という姿勢でしたが、「え、今時はムンターっていうの?へぇ~クローブヒッチ?昔は半固定と固定とか、インクノットとか言ったんだよ~」と時代のすり合わせを最初からしてきていました。

だれも、「は?クローブヒッチ?なんだよ、それ!」とか言いません。この自分の古い知識が絶対的正解だ感は、九州独自で、ただ井の中の蛙だっただけではなく、

 俺が正しい!

が半端なく強い。なんで? 

いやノットの名前くらいだったら、別になんて読んでもいいのですが、

 支点ビレイ

 危険個所でロープを出さない

 明らかに間違ったパッツンビレイ

 明らかに間違ったビレイの立ち位置

 明らかに使うべきでないボルト

などの、命のリスクが直接的にかかる危険行為に関してもそうなのです。ある会のメンバーなどは、

「易しいところではセルフをとらない!」

と叫んでいましたが、

「動くものに道標をつける」

「2人を1人がビレイする」

「エイドをアルパインロッククライミングにそうと記述しない」

「フリーで登れていなくても、全く意に介していない」

などなどで、”?”となりました。”?”となっただけではなく、そのままやれば、死に直結。

まとめると、

 A人材=自分が(古くて)間違ったことをしていても自信が満タン

 B人材=自分が(誰でもやっている)普通のことをしても自信が満タン

でした。その自信が謎。

そこはさらっと、新しい情報にしていけばいいだけなのではないでしょうか?例えば、最近はジム上がりのクライマーが主体なのだから、ジムでビレイを教え、ある位程度…例えば5級がすいすい登れた時点で、外岩に連れていくとか。

っていうか、アルパインでリーダーをやっている山岳会の指導者たちは、ジムの5級登れるんですかね?もしかして登れないんじゃないですかね?

九州クライミング界・登山界は、40年遅れのA人材が主体で、そして、A人材は、自分たちが時代から取り残されて遅れていることにまったく気が付かない上、ものすごく自分のやり方だけが正解なのだ感がある。

たしかに古い技術は役に立つことが多いです。私も、カラビナで懸垂下降する方法を3つ以上知っています。なんせ、新人はビレイ器を落とすことがあり、山で落としたら、まず見つかりません。その時カラビナ懸垂ができないと、家に帰れないですよね?カラビナ懸垂だけでなく、肩がらみや腰がらみも教わりましたが、垂直でやる気になります?しかも、ゴアテックスの高級ウエアで?

でも、普通に外岩を集団で登っているときに、腰がらみなんて要らないし、カラビナ懸垂を知らなくても別に困りません。それより先に覚えることがあるだろ、って感じ。ビレイの体重差の話が分かっているとか。

繰り返しになりますが、40年遅れの人は、遅れている自分たちが正解だという感じがものすごく強い。

間違ったビレイでもそれが正解だと主張したりする。

分かっていないのは、”おめーだろ感”で、ものすごい張ってきます。

でも、本当に分かっていないのは古い人のほうです。

■ トリック?恥ずかしい目に合わされている若い人?

さて、現代の新人君が、そうした古い考えに接すると、圧倒的正解感で先輩は教えてくれるわけなので、一般的な人は相手を疑うことができません。言うとおりにして、その基準をも受け入れる。しかし、その基準…40年前のトップクラス。

40年前の山岳会のトップクライマーって、現代ではただのその辺の人と同じスキルです。

逆に言えば、現代でその基準を適用すれば、ただのその辺の人が、え?俺ってもしかしてトップクラス?って思えてしまいます。

米澤先生は、私と野北の岩場で登った時、私がカムで登るので、「昔はあなたがやっていることができるだけで山岳会のトップリードだったんだよ」でした。実際、今でも九州ではアルパイン系の人は、フリーのリード能力5.7止まり。

40代スタートの私がリードできるようなところって、実際、入門者から初級者クラスの課題です。野北で登った課題は、小川山や昇仙峡で登っていたころと比べると、まぁ楽勝感ありました。

インスボンだって、小川山と比べると楽勝なんですもん。登りやすい。楽で長いです。もちろん、当時、私は登り慣れが必要な時期だったので、それで充実した登攀ができたのですが、まさか、簡単で長い課題を登ったことが、困難の克服をメインの価値判断の基準とするフリークライミングの世界で、自慢話になるとは思っても見ませんでした。ので、別に自慢していないと思います。

アイスクライミングに関しても、時代錯誤が顕著です。現代となっては、アイスの5級なんて、”あのー、その日、初めてアックス持った素人でも登れるんですけど?”みたいなグレード。壊れそうなアイスを登る行為は、まぁ基本、考えていない人のやることです。

コンペで、解け解けのスカスカ氷になった部分を見ては、

 「アックスサクサク刺さってめっちゃ登るの簡単だけど、リードはいやだよね~」

と皆で言いあいます。それで分かりますよね?あんなのが、目の前に出てきた滝で起こっていたら、まぁ基本登らないです。

師匠の青ちゃんなんて、高い標高の八ヶ岳にあったとしても、南面のは登らないくらい慎重です。摩利支天に行ったときも、ベテランの俺のほうが分かってるのは当然なのですから、私が登りたくて取り付こうとすると、制止してきました。これくらい登れよ、とあおられたことはありません。九州の指導者はあおり系で、事故を起こすクライマーを作っています。

以上を総合すると、誰も登ってなかった課題の初登…それは簡単なのに危険って意味で、すごさの表現じゃなくてバカさの表現ではないんでしょうかね?

九州男児の底力を見せてやる!

なんて、

 簡単だけど、ものすごい危険なルートで張り切って登って見せてくれる

のは、今ではどちらかというと、

 子供っぽくて可愛らしい行為、

なのではないでしょうか? 男らしい行為っていうより。

今日、アイスクライミングのワールドカップのギンちゃんの動画を見て、そう思いました…。ギンちゃんは大分出身のクライマーなのに、全く九州で無名。スルーされている。

本来なら今こそ祝杯ですよ。九州男児よくやった!って。別に九州男児だから、すごいってわけではありませんけど、ほんとすごいです。そのすごさが分かっていないって話。でもって、すごくない記録をすごいすごいとあがめているって話。

ギンちゃんと一緒に練習したことがありますが、めちゃ丁寧にいろいろ教えてくれました。

つまり、えばっていない。なんで、九州では、男子なら登れて当然の5.12がやっとこさのしょぼい人がえばってるの?

だって、5.12で一般標準男子なら、なんとか登れるってのに、5.12をつけていたって話ですからね。

クライミングの世界はまだ人口が少ないので、初心者でもトップクライマーとの接点がすぐ起きます。

しかし、九州ではそういう恩恵がないので、ただA人材がいうことを黙って聞くしか、若い人はクライミングを知る機会がないのかもしれません。気の毒ではありませすが、情報化時代、普通の情報力があれば、気が付きますよね。

福岡出身のクライマーで、本州で活躍している人に話をしてもらえばいいだけだと思いますけどね…

あまりにスポーツクライミングとしてのアイスクライミングが発展したので、別のものになってしまって、外で氷を登るアイスと競技の間に落ち込んだ、

 技術的つながり、歴史的つながり

が全く見えなくなってきてしまっているんでしょうね… 今では6級の氷柱だって、趣味で登ってるだけで競技はしないクライマーが登ってる時代に5級で自慢していたら…自慢ではなく無知の露呈ではないでしょうか?

逆にスポーツクライミングしか知らないで、カットアンカーのボルトにバンバン落ちている、なんてのも、無知の所産です。外岩はフリーであっても、ドカ落ちないように登るもの、という教育を受けました。ボルトが衝撃に耐えれる保証はないからです。そのほうが岩場の現実を反映した登り方です。

ホント、クライミングも知性が必要です。

もっと悲しいのは、最初から山梨・長野で、現代の価値基準をインストールされたはずの人が、周囲からの賞賛欲しさに、A人材の言うとおりにしてしまうことです。

王様は裸だと分かっている人が、裸の王様を見て

 素敵なお召し物ですね、って言っているようなもの

ですよ。

これらの件に関しては、

 私の側の問題=私がクライミング界に持っている期待が高すぎる、

と言うことではなく、

 周囲のレベルが明らかに低すぎる、

という結論に達しました。

私がすごいのではなく、周囲の人が時代遅れすぎる、のです。

まともな思考能力の新人の側が付き合ってられんのは、生命保存の法則から当然です。

2024/02/20

【心理学】無共感性に基づく攻撃行動の被害

■ もっと頑張れ、まだまだ頑張れ…? ダメな俺たちのために?

さて、ここ4年間にわたる、

  失業×肉離れ×右ひざの亜脱臼×仲間の裏切り×鬱×アキレス腱断裂×という逆境生活

そもそも、夫の仕事の転勤で、

  自分の意図によらず、失業

その上、

 やりがいや生きがいであったアイスクライミング&トラッドクライミングのはく奪

で、精神的に落ち込んでいるところに

 クライミングだめだめ事情が発覚

疲れた。

そこにあったのは、

 脅しとパワハラによる古い指導法

で、

 もっと、もっと の古い価値観

で、心がすり減った。ちょうどそこへ、

 ずるい人が現れて、搾取される

ことが起こり、

 背負うべきでもない責任を背負わされそうになり、

 拒否すると、仲間外れにされる

という、パターンでした。

しかも、そもそも

 レベルが非常に低下している

 それを自覚できていない

 パワハラである

 そのパワハラを指摘すると、保身に走る

という私の想像を上回るずるさ具合でした。しかも、それをやっている人たちが、パワハラと自覚ができない。

あーびっくりした。

開拓者には、名誉もあれば、責任もあります。指導者には、被指導側を保護する責任があります。

無共感性に基づくハラスメントということが

クライミングで蔓延している…







2024/02/19

【コミュニケーションスキル】アサーティブ表現リスト

以下、オールドクライマーを含む、”トンデモ”クライマーに考えさせる会話事例です。

■トンデモに対するアサーティブ表現リスト

登山者1:私には疑問なのですが…、山に残置はありませんが、支点構築技術を磨かないでどうやって登るつもりですか?

登山者2:私は一体どうやって、と考え込んでしまうのですが…山に残置はありませんが、支点構築技術を磨かないでどうやって登るつもりですか?

登山者1:私には疑問なのですが、敗退ロープなしでどうやってピンチを切り抜けるつもりですか?

登山者2:私は不安なのですが…敗退ロープなしでどうやってピンチを切り抜けるつもりですか?

登山者1:私には疑問なのですが…トポを見ないでどうやってマルチピッチに登るつもりですか?

登山者2:私は興味があるのですが、いったい…トポを見ないでどうやってマルチピッチに登るつもりですか?

登山者1:私には疑問なのですが、地図を持たずにどうやって登山するつもりですか?

登山者2:私には驚きなのですが、地図を持たずにどうやって登山するつもりですか?

登山者1:私には疑問なのですが、落ちた人をキャッチした経験なく、どうやってビレイを習得するつもりですか?

登山者2:私は考え込んでしまうのですが、いったい、落ちた人をキャッチした経験なく、どうやってビレイを習得するつもりですか?

以上がアサーティブな表現です。

■ 説得表現

登山者1:私は説得を試みているわけではありませんが、山に残置はありませんが、支点構築技術を磨かないでどうやって登るつもりですか? 

登山者2:私も検討したいのですが、山に残置はありませんが、支点構築技術を磨かないでどうやって登るつもりですか? 

登山者1:私は説得を試みているわけではありませんが、敗退ロープなしでどうやってピンチを切り抜けるつもりですか?
 
登山者2:私は不安なのですが、敗退ロープなしでどうやってピンチを切り抜けるつもりですか? 

登山者1:私は説得を試みているわけではありませんが、トポを見ないでどうやってマルチピッチに登るつもりですか? 

登山者2:私は興味津々なのですが、トポを見ないでどうやってマルチピッチに登るつもりですか?

登山者1:私は説得を試みているわけではありませんが、地図を持たずにどうやって登山するつもりですか? 

登山者2:私は驚いたのですが、考えてみたのですが、地図を持たずにどうやって登山するつもりですか? 

登山者1:私は説得を試みているわけではありませんが、落ちた人をキャッチした経験なく、どうやってビレイを習得するつもりですか? 
登山者2:私は慎重なタイプなのですが、落ちた人をキャッチした経験なく、どうやってビレイを習得するつもりですか?

これらテーマでYouTube対談をするのがいいかもしれません(笑)。



【白亜スラブ】プロテクションプアのルートとして確立したら?

 白亜スラブの記録を読みなおしていますが、

https://allnevery.blogspot.com/2019/03/blog-post.html

彼はちゃんと日本人男子の平均的運動能力を備えた人だったので、5.12まではオンサイトとまではいかなくても、四苦八苦すれば登れましたけど、学力のほうは標準より下だと思いますので、

・ロープによる確保の仕方、

・ロープドラッグを起こさない方法、

・トポの見方、

などをきちんとは指導されておらず、主たる動機が、

 グレード稼ぎ、

にありました。この点でも、標準的クライマーってことです。

なので、ボルト打ち換えなどの、いわゆる

 リーダーシップ

には不適合な人材でした。もちろん、今では違うかもしれず、成長して、適正なクライミングができるようになっているかもしれませんが、

クライミングには、

 行動の振り返りと、

 それを基にした

 行動修正

の2つが必要で、それがない人でした。一言で言えば、反省する習慣がない。

これも、一般的な習慣だと思いますので、責める意図はありませんが、長年、多くの周囲の人からは、そのやり方では、早晩事故につながる、と指摘を受けていても、その理由が本人には、今一つ理解ができないようでした。それはまさに振り返り力の欠如からです。

それ以前にも懸垂でロープがちょっと足りない、アイスのリードでリードラインの読みが甘く、ロープが強烈に屈曲する、クラックでカムの設置位置が悪くロープがスタックする、などの失敗を露呈していましたが、なぜか成功体験として彼の中では数えられるようでした。

それらは私から見れば、失敗したリードです。

失敗は悪いことではなく、そこから学べば貴重な教訓です。

しかし、教訓とするためには、振り返り、そして、行動修正しないといけないのですよ…

ここが欠如しているのが40年来のアルパイン教育で、学びを重視していません。

したがって高度なルートに行っていても、実力は表現しておらず、ただの運試しです。

■ ボルト打ち直しではなく、ボルト撤去

一般に、

 初心者はスラブ

と相場は決まっています。私も初心者時代に頑張ったマルチピッチは、5.7が3ピッチの春の戻り雪です。

 初心者なのに、いきなりクラック

とか、

 初心者なのにいきなりどっかぶり

ってことはめったにないです。私はジム上がりクライマーは石灰岩の岩場でデビューするのが適しているデビューで、インドアジムで、スラブは練習できないので、ぶっつけ本番でスラブを登るのは、トップロープを張ってもらっても厳しいと思います。

実際アイスでは、どっかぶりの6級は登れても、4級が全く登れないジム出身クライマーは普通です。私は逆なので、うまいことリードを交代できてよかったのです。

私は雪の出身なので、スラブには耐性がすでについた状態で、小川山は登っていました。

クラックは雪でも出てこないですし、アイスクライミングの登りとも全くムーブが違うので、苦労して、1年程度はへとへとでした。同じクラックでも、

A)プロテクションにクラックが使えるが、ほとんどフェース登りで行けるクラックと、

B)本当にクラックしかなく、ムーブもクラックをたどるしかない、クラック登り限定のルート

では、必要な能力が違います。

初心者は、フェイスで登れるクラックでプロテクションの設置を覚え、その後本来のクラックに進みます。

さて、白亜スラブですが、プロテクションプアのルートの典型として、トポに記載し、プロテクションは全部撤去したらどうですかね?

そうすれば、ここを登るのに十分な能力…

 プロテクション設置能力

 ブランクセクションに耐える能力

の2点を備えたクライマーを迎え入れることができるルートになると思います。

今のように中途半端にボルトがあるせいで、いざとなれば、エイド出来るという気持ちが芽生え、安易にルートをゲットできる!と思ったクライマーが集まってしまいます。

錫杖などは、上級クライマーが行って、残置を撤去しています。それでも、時代遅れとなった過保護な親切心から残置する人たちとのいたちごっこですが、

 残置を頼るクライミングってそれ、そもそもアルパインの精神ですか?

 そんなんで、アルパインのクライマーが育ちますか?

      氷は、プロテクションが打てるから、登り道になったんですよ


【スポーツ虐待】隠ぺい体質=大人が子供を被害者に差し出す倒錯

 ■ 大分 九州の体質?

https://imidas.jp/girls/2/?article_id=l-60-119-22-07-g421 より引用



地方移住した東京方面の友人が、大分県・福岡県の教育委員会の古い体質を指摘していました。

こんなのに付き合ったら、メンタル病みます。子供を性的搾取者(コーチ)に差し出しているんですよ、親が。


大人であれば、これが病んでいる行為だと気が付いて、子供を守らなくてはなりません。





【Old climbers and mental disease】

 ■ Shocking! a book called "The Toxic Mother"

I picked up this book, thinking that maybe my mother was a narcissist....................................shocking revelation....

Read it. Then...I found out.

My mother was a typical "narcissistic mother".


■ Free climbing is so unforgiving.


My mental resistance to step toward free climbing... was because I knew  I would be told, "5.9? Climb 5.10. 5.10? Climb 5.11!"  it is endless... you are never be enough.


I started climbing when I was 41 years old, and it seems like a great accomplishment to be able to onsight a 5.9 at 43, did a second climber in Insbon at 46, go climb alone in Laos, so does in trad in Taiwan? Doesn't it?

I can also lead climb ice 5th about 20 to 30 m. If second, 55m X 3 times was easy job.

Do you still say, "Push your limit" to a lady who's going on late middle age? 

The free climbing world, currently going on, will not forgive you for that. 

You know, people can not grow endlessly, that is a myth. We are human. 

So, in my mind, I've already climbed one 11 onsight (so I have already reached my goal), and I don't see the point of going any higher in grade, by reducing finger skin, weight loss strategy, or strength training in the first place....

You have to have bent fingers if you are climber, prove it!! 

That's is the nasty challenge the climbing world confronts to you. That is a threat. 

As a result, so many people are mentally ill..

When I was climbing 5.9, people who were climbing 10c was super bossy,  with her onsight theory, but when I started to climb 10c, I was  even not allowed to loosen the reins... not just that, people asking me taking a leadership for the crag... 

They are shifting their responsibility to me. Because they think I am easy target.

Isn't this "endless striving" feeling the same as in the days of studying for entrance examinations?

So everybody is a looser. No one really feel the feelings of accomplishment they deserve.

If I were a teenage competition climber, even I'd say, "Why don't you work harder while you still can? " 


But that is because so you can climb in old age. 

 I don't think I would be aiming to win a competition at the age of 41.... 

I don't think it's such a bad result to be 5th in the Iwane ice competition, which I only participated in because I wanted to see if I could make it out.

I didn't understand why you wanted to involve me, a slowest starter, in such a silly competition... Tell me when you are at the top...

Adult climbing is self-satisfying from the start. 

Not number one, nor only one.

■ Thanks to my narcissistic partner

I noticed my mother's narcissism because I worked with a partner who was highly narcissistic and I saw similarities in their behavioral patterns...


Huh? This person is just like my mother...? This was the event that happened....


So, it's the same as saying that I appreciate illness and injury. It means that they are there to make me aware.


This book sums it up and makes sense. 

2024/02/18

【スポーツ虐待】事例 ストックホルム症候群、自己肯定感の低い親、生存者バイアス

 https://imidas.jp/girls/2/?article_id=l-60-119-22-07-g421より事例抜粋

■ 事例1 ストックホルム症候群

■ 事例3 自己肯定感の低い親

■ 事例2 生存者バイアス

■ 親の期待を背負う2世クライマー

クライミング界で最も有名な2世クライマーは 室井登喜男さん、と思いますが…。

もうなんとなく名前を聞いただけで、登らないわけには行かない、ですよね。

相変わらず、子供と登りたい親クライマーは多い、と思います。

念願のワールドカップ優勝を取った方もいました。

しかし、子供に親の期待をかけて動かすのはコントロールです。

なので、山岸尚政さんの娘さんが、クライミングの道を進んでいないことは、いいなぁと思いました。

■ ユージさんの奥さんも別にクライマーじゃない

配偶者は、クライミングに巻き込むべきか、巻き込まざるべきか?みたいな議論もあり、

クライマーカップル

も多いですが…

一説には、結局クライマー同士で結婚したとしても

 お互いにやりたいクライミングスタイルが違う…

という話も。

■ 愛とは相手の希望を尊重すること

私の母も東京女子美、油絵科の卒業。

しかし、母は私たち子供には、絵は教えなかったんですよね。

弟は、水泳でアスリート教育されて、スポーツ虐待を受け、
私と妹は、教育虐待を受けました。

弟は24歳で死亡。
妹は彼と同じ年齢の時に自殺未遂をしました。

私は、激しい反抗期で、親の期待を180度否定しました。18歳で経済的に自立して、自腹で大学に行きました。

弟や妹には、それだけの力がなかったのです。

親にすがるしかなく、そうなると親からの搾取を受ける。

本来助けてくれるはずの親、自分の幸福を願ってくれるはずの親が、子を搾取する。

結局、妹を救ったのは私です。

母のしくじりのケツを拭いたのは私ってことです。

普通の親は、子供の学費を出してくれ、それは基本的にひもなし、です。

私への学費は、弟と妹の学費を工面するための布石という、ひも付きだったので、そんなひもつきなら、イヤ、というので、自腹で大学出ました。

もう、17歳の時点で、

 パワーが違う。

親に学費出してもらっても実感がなく、のんびり遊んですごした、そこらの一般の人とは背負っている人生の内容が違います…

弟を母から救うのに、時間的に間に合わなかったのは残念ですが、

それは私のせいではない。

クライマーが技術ゼロなのは、

どう考えても、今までの指導者たちの怠慢…です。

俺たちだって、教わらなかったぞ?

それ、ほんとです?

先輩が背中を見せてくれたのは、教えてくれたって意味だと思いますけど?

私は、母は、母なりに良いと思ったことを頑張っただけだと思いますし、

そこには愛があった

と思いますが、ワールドカップ優勝という親の夢を背負ったクライマーが

この先、そのまま親の毒に気が付かないで生きるのかどうか?

気になりますね…。

だって、俺らは教わっていない!だから教えない!といって

現代の指導者層は、必要なことをしない言い訳をしているわけでしょう?

外岩でも、スポーツ虐待、は起こります。

それは、リードの無理強い、です。

え”?怖い?なんでだよ?  それ、虐待ですよ。モラハラ系の。

怖いという感情には、ちゃんと理由があります。そもそも、自由意思でクライミングに来るほどの人が、根拠なく怖がるわけがありません。

怖い。なぜなら、支点が信用できないから。

怖い。なぜなら、ビレイヤーが信用できないから。






【次なるビジョン】スポーツ虐待のないクライミングの世界を実現する

 ■ スポーツ虐待と言う言葉

ご存じですか?

リードの強要はスポーツ虐待ですよ?

ラオスでトニーが気づいてくれたのは、私が

パートナーからスポーツ虐待を受けている

ということでした。

男性は、自分の基準で後輩を裁くことで、悪気がないとしても、スポーツ虐待しています。

以下スポーツ虐待についての情報収集です。

■ 情報収集

https://www.hrw.org/ja/report/2020/07/20/375777

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スポーツが痛みや恐怖、苦痛をもたらす経験となってしまっている。

暴力は、一種の指導方法として、日本のスポーツ界に深く根付いている。試合や競争で勝ち、個人の人格を向上させるためには不可欠だと、受け止められてきた。この危険な慣習は、スポーツにおける暴力を根絶する上で、大きな壁となっている。

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https://gendai.media/articles/-/68832

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親側が「こうあってほしい」と思った通りにならないことが苦しい、腹立たしい。
子どもが「できないこと」に対する拒否反応が、虐待になって表れてしまう

しかも、日本のスポーツ現場はいまだに暴力やパワハラを容認する土壌があり、親は何の疑いもなく、わが子を圧迫する。

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「自己愛性パーソナリティー障害の親は、子どもの失敗をなかなか許せないんだよね。子どものためと口ではいっておきながら、子どもの存在を自分のストレスの発散のはけ口にしたり、意思を尊重せず自分の思い通りにコントロールしてしまう。これらはすべて親自身のためで、子どものためじゃないんだよね」

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クライミングの指導者、陥っていますよね。

【クライミングの在り方】岩場は、その地域の人たちの心を示すもの

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Crags are a mirror that reflects the local climbers.

By Yuji Hirayama

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昨日来た、平山ユージさんからのFB投稿。投稿本体はこちら。

岩場の様子が、その地域のローカルクライマーの精神性を表すもの、だとすると、

 人工ホールドが付いていたり、

 木っ端が付いていたり、

 とてつもなくランナウトなのにグレードは簡単だったり…

 40年以上経過したカットアンカー放置してあったり

 とってもヘンテコな支点だらけで放置

してある岩場って、どんな精神性を表現しているってことなのかなぁ?

自分自身でじっくり考えてみましょう(笑)。

それを指摘してじっくり本人に考えさせるのが、コーチ。指摘する技術がコーチング技術です。

口に出して言えないほど、なんか私の目には、目に余るものがありました…。


2024/02/16

【新しい目標のお知らせ】指導者向けのマニュアル作り

 さてと… クライミング技術そのものを教えるのは、別になんてことはないことだし、誰でもYoutubeを見てだってできると思うのですが

在り方

を教えるのに、失敗しているというのが、たぶんクライミングで大したこともできなうちから人がバタバタ死んでいく原因ではないかと思います。

■ 人工壁育ちの人は何が分からないか?

だいぶ出そろいました。

・”登る動作(ムーブ)”ができるだけで、ロープに使われているのがジム上がりクライマー。ジム上がりの人だけでなく、山から入ったクライマーでも、ロープ使い慣れがない場合、同じ。

・大体の人が、自分の実力を適切に見極めることができない。過剰評価が多い。安全のためには過小評価のほうがマシです。

・自分自身で現在の力に合わせてルートを選ぶことができない。

・10年登っていても、ロープドラッグの回避方法は分からない=観察学習する能力がない

・支点ビレイなどのバッドビレイを見ても、まず気が付かない (子供が毒親に気が付かないのと同じ状態)観察能力の欠如。

・自分の実力を客観的に見出す力がない(大体グレードで判断するので過大評価)

・昔のルートグレードを読みこなせない

・次に何が起るか?という先読みをできない

・トラブルを想像できない

・トラブルに対処できない

・皆が一律に同じ能力であるという前提を持っていることに気が付かない

・誰がえらくて誰が劣位かというヒエラルキーを内的に持っている

無謀なほうがヒエラルキーの上であるという無意識の前提がある

・ヒエラルキー順に発言権があるという前提がある

・思い込みに気が付いていない

・その思い込みが導く帰結に気が付いていない


こんなところですかね?無意識の前提は、

1)経験値があればロープドラッグは回避できる 

→実際は経験しても、そこから学ばない人の数が一定数あり、座学による知識も合わせて与えないと知識と経験の定着にならない

2)10年の経験があれば、自己評価能力がある。

→ 現実には、自己評価能力は、登攀の年数に依存しない。

3)学習の拒否を行ってきた人=経験値を自慢する人

→これらは両輪であり、片方では抜け道につながる

4)危険回避より冒険主義

→ 冒険は大事ですが、危険回避能力が備わってこそ冒険と言えるのであり、ただ危険に対して丸腰で突っ込むのであれば、冒険とは言えない… 自殺行為である。

例えば、降り方を学ばずに登る。



2024/02/15

【クライマーのゲストハウス構想】終了のお知らせ 指導者がリスクがあるクライミングをあおっている日本

 ■クライマー向けゲストハウス(によるクライミング教育普及)を辞めた理由

ゲストハウス構想を辞めた理由は簡単に言うと2つあります。

    1つは、ゲストハウス運営だと収入がゲストハウスに一極集中してしまい、岩場がある地域の人にとって、関係ない話になってしまうこと。地域内多点AirBのほうがベター。

    2つは、今までクライミング教育を私が先輩として、渡してきた人達の行動を見て。

長野県山岳総合センターのリーダー講習は、誰でも入れるところではありませんでした。もちろん、昨今の登山業界の現実から、限りなく敷居は低くなっていたとは思いますが、それでも、山行履歴は出さねばならず、「昨日、山、始めました」みたいな人は入れないのです。

理由は簡単。誰でも出れるんだったら、リーダー講習=リーダー育成にならない。

    仕事で忙しく、人間関係のめんどうな山岳会に入る時間がない

    煩わしい山はしないけど、個人では、きっちり行ける範囲の山に着実に登ってきて、実力を上げている

という人達が存在し、その人達こそサポートが必要で、将来のリーダークラスであると山岳総合センターは思っているのでしょう。

特にコロナで職を失った山ヤもいるし、40代、50代は、介護が必要な家族への負担が増えたり、と公私ともに忙しく、山=余暇という世間の認知から、40~50代って登山人口ではもっとも少ない年齢層です。

私が山岳総合センターに属して分かったことは、登山教育が問題と言うよりも、そもそも、

 登山の指導法が確立されていないことが問題

のようでした。つまり、指導者マニュアルの不在ということです。みな教え方が分からない。

講師になってくれている先生たちですら、指導法について、喧々諤々の議論をして、懸垂下降のセット一つでも、議論した結果のベストだと思える内容を教えてくれたそうです。

今、日本で足りていないのは、この議論、みたいな感じです。

■ 先鋭クライマーを作る方法と、本格的登山をきちんとこなせる人を作る方法、は違う

A)山野井さんとか、ギリギリボーイズのような先鋭的登山者を作るための必要な登山教育

B)一般山岳会のリーダークラスに必要な登山教育

は、

誰が考えても違いますよね? そこが切り分けられないで、議論されているのが、たぶん、何を教えるべきか、意見が分かれる源だと思います。

A)懸垂下降のロープの末端は結ばない

B)結ぶ

おそらく歴史的に、A)とB)は限りなく近い時代があったのだろう…と思いますが…社会人山岳会がバンバン歴史的登攀を登山史に残した時代もありましたよね…。でも、それって、もはや40年前。

アルパインクライミングの土台になる、フリークライミングの基礎力をクライミングジムの出現によって、”山に通わずに”あげられるようになった1980年代以降、特に2000年以降は、もう、

 スーパーアルパインの時代

に入り、A)のレベルは、もうB)の人が理解できないくらいに、ずこー!!と上がったんですよ。

 A)5.12はフリーでオンサイトできるほどの楽勝で登れる × 40kg歩荷

 B)5.12はPRで何とかやっと登れる (昔のⅤ級には、12まで含まれていたから)

たぶん、九州ではそのこと自体に気が付くこと、そのものが抜け落ちてしまっていたようですが…。

一方、B)のほうは、もう零落中というか… 昔の標準的な市民山岳会のレベルすら維持できないくらいなんではないか?と。

八ヶ岳の赤岳で、ひいひい言っているレベルでは、山岳会ではなく、一般登山愛好家レベル、です。市井の山岳会でも、もう、サロン的な会になったほうがいいです。

九州では動くものに道標つけて、これで良し!とか言ってるレベルの低さです。

■ ジム上がりのクライマーは?というと…

さて、ジム上がりの一般クライマーは…というと別の話。

彼らの外岩デビューについては、

   与えられても、受け取るだけのキャパがない

です。

一般にクライミングガイドの開催するクライミング講習に参加すると、トップロープ祭りなんですが…。

 その指導方針だと…?

  お腹がすいている人に魚をあげても、明日またおなかがすく。

です。

同じ人に魚の釣り方を教えたら、自分で出来るようになる。

でも、魚をあげると、また魚を欲しがる・・・。

インドアジムクライマーを外岩教育してみて感じたことは、ここでした。

コロナでお客さんが減ってしまったクライミングジムは、たくさんあると思います。立て直したいですよね…

で、外なら三密もないし…誰か教えてくれないかなぁと思いますよね… できればタダで。

見ている限り、トップロープの端を持っているだけで、簡単そうだし…

知り合いの男性クライマーの様子からして楽勝っぽいし…

ロープ? どんなのがいい? みんなが人工壁で使ってるのでいんじゃね?

ビレイ? やってりゃそのうち覚えるでしょ。

どこを登るか? そんなの、登ってる人みて判断すればいい。あいつが登れるなら俺だって登れるだろ…

誰と登るか? そりゃ俺の言うなりになってくれる奴に決まっているだろ…

外岩を登るための知識? は?何のこと言ってるの。クライミングはクライミングだろ…インドアもアウトドアも何が違うものかよ…

ボルト? え?40年物?でもペツルって書いてあるぜ… なら、いんじゃね?

事故? そんなのは、自己責任だろ…俺は事故らねぇ。

俺が無責任すぎて組めねー?って? じゃいいよ、俺、ボルダーしかしないから

…とまぁ、そんな調子なんだろうなぁ…という心の声が読める感じでした。

でも、自分がビレイされる側になった時、そんなんで登れます?

クライマーが言う”自己責任”は、責任転嫁のための、自己責任。自分だけ責任逃れをし、相手に責任を転嫁するために言うのが、「クライミングは自己責任です」のセリフです。

ボルトが40年経過したカットアンカーの時、それは、登る人の責任範囲にありますか? そんなのどこに書いてあるんです?トポに記載してあれば自己責任ですが、そうでないなら、設置した奴の無責任です。

自分が登るために設置したというのなら、とっとと抜いておいてください!

「クライミングは自己責任」…このセリフが、誰かから聞こえたら、相手は自分の責任を棚上げしている、転嫁している、と見て、ほぼ間違いないです。

自粛期間、クライミングがほとんどできなかった人も多いでしょう。

気の毒に思って、外の岩に安全に登る方法を教えてあげようかなと思って、いろいろと巡り合う人には、先輩の義務があると思って知識を伝授しました。

特に岩場がある自治体の人たちには、今、転勤中でゆとりがあり、時間があるからこそ、外岩を安全に体験してほしいと思って、サポートをしていたのですが、残念な様子も見えました。

全員じゃないですよ!

でも傾向が見えたという事ね。

”岩場に連れていくお礼として、次の人に教わったことをシェアしてほしい。

そうすれば、他にも必要なクライマーに情報を届けることが出来るから。”

とお願いしていたのですが、そのような行動は全くない人もいましたし、自分のビレイ技術は棚に上げて、講習は全然来ない… 

スポーツクライミングのビレイをオリンピックのボランティアで習って、外岩のビレイはオリンピックで習ったのでできます!とか…。

新人じゃなくて指導者層が問題なんです。

そもそも、分かっていないことが分かっていない指導者がほとんどのようでした。

急務なのは、新人をクライマーにする育成じゃなくて、指導者育成

分かっていないことが分かっていない…それって新人の常で、新人なら許されますけど…教える側。

こういう人達に限って、私が身銭を切って、講習会を開いても、参加はしないかもしれませんよね。故・村上先生はやってくれるって言ったけど。

樋口先生が開いてくれた、奥村さんのビレイ講習会イベント(=1000円で勉強出来る☆)にも、指導者は一人も来ませんでした。

そもそも、学ぶ必要自体がある、という自覚自体がないのです。

山ヤは一生勉強だ、という山ヤ道を教わり損ねているからです。

まぁ、山梨にいたころも、勉強したはずの!危険なビレイを、のんびりやっている後輩の様子が見えました…。

うーん、あんときは、めちゃ深く挫折しました…。

なんせ、彼には蒼氷の先輩にも登場してもらって、めちゃエリート教育したんでしたっけ…。

でも、彼指導者ではなく、新人君ですから…。

23歳の彼の様子から、私が43歳の非力な女性にしては、非常にスピーディにクライマーとして成長したことが分かりました。

大体、20代で3か月かかるところが大人は3年って言われているんですよ。

でも、たぶん、それは運動習慣のない人で、今水泳を習っていますが、数か月でだいぶ向上したので、ヨガやバレエ歴の長かった私とは別の話かもしれません。

■ 新人は悪くない

若いクライマーが全然クライミング技術を学ばない理由も少し分かる気がするんです。

人気だから、そんなシリアスなのじゃなくて、ちょっとだけクライミングしたい。体力や熱量が余ってるから、消化したい。暇だし、やってみようかな、的な気持ちだけの人もいたのかもしれませんし…、

”みんながやっているから” ”自分は困らないから”

バッドビレイのまま、という人もいるかもしれません。ビレイは相手に文句を言われないと自分のビレイが悪いと気が付けない。そして、悪いことを指摘すると、相手はたいてい怒るので指摘しづらいのです。

ここが、「己の姿を知らないから、自分では気が付きようもない」ってところなのかもしれません。

とはいえ、日本のトップクライマーからじかに教えてもらえる機会となる奥村さんの講習会に来ないって、ちょっと自信過剰じゃないかとも思いましたが、

こういう勉強をしている事を知られたくない(俺、山岳会の会長なのに、会員に知られたら、気まずい)という人もいるのかもしれません。

たぶん、奥村さんがトップクライマーだということで嫉妬したのかもしれません。

  変化は怖いかもしれないけど、変えなかったら、変わらない

これが、私が九州の指導者層のクライマーに言いたいことです。

もうね… めちゃイケていないですよ… 

会の方針を変えたり、考え方&指導を変えるのは怖いかもしれないですよね。

特に長年やってきたなら。

でも、同じことをやっていたら、同じ結果しかでません。

    山岳会に人が入ってこない

    入っても、「失望して」と辞めていく

    若い人の数が増えない

 ちゃんとした人ほど当会を避けているようだ…

このような問題があったら、同じことを繰り返していても変わらないはず。

「昔はこうだったのよ」的な考えを捨てて、人工壁は外岩の代わりにはならない事を理解して

現状の指導法の何かを変えなければいけないでしょう。

これまでもずっと書いてきましたが、私も含め、登っているときにクライマーの安全を第一にすることが「当たり前」でなかった時代の指導者は、

    ただしいビレイ知識のインプット=今までのクライマー人生を覆されたような、自分を否定されたような気持ち

    指導へアウトプット=今までの間違った指導に罪悪感をもちつつ、生徒と向き合う

という内面の戦いもあると思います。

さしずめ、孤独ですよね。

並大抵のことではありませんよね。

でも、今のままでは上手くいっていないんでしょう? 何か変えなきゃ、変わらないよね。

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狂気とはすなわち、同じことを繰り返しおこない、違う結果を期待することである。

Insanity is doing the same thing over and over and expecting different results.

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これは天才物理学者アルバート・アインシュタインの発言と言われています。

小さなチェンジでも問題なし!

「何か変えなきゃいけないよね?」とお話すると

すぐさま拒否反応を起こす人達がいます。

    うちの会では無理だから

    大先生が聞かないから

    ド田舎だから無理

    それだけの規模じゃないし

    トップクラスを目指しているクライマーはいないし

などなど。

でも、その傍ら、自分の山の会の、会員が10人以下でも、山の指導をしている山ヤが、きっちり勉強を続けているのも知っているし

田舎でも、山岳会をよりよいものにするために、考えている山ヤも知っています。

変化は小さくてもいいんですよ。

前にいた御坂山岳会では、地図を持ってこないおばちゃん登山者がいました。地図を持ってこない人が一人でもいた時点でその日は敗退にします、と事前に告知して、私の当番の山行リーダーはやりました。

一人の先輩が、そのおばちゃんの自宅玄関に行って、地図、渡していた(笑)。

でも、山に地図持っていかない会員がいる、なんて、山岳会って言えます?普通は恥ずかしくて言えませんよね…?

凄く小さな変化だけど、一人が一つ変えれば、12か月後には12回、変わっている。

この会の端にも棒にもかからなかった新人君が、谷川馬蹄形を一人でやっていてうれしかった。

この会であったエイドがクライミングのことだと思っていた男性が、クライミング講習会の音頭取りをしてくれるようになったそうで、うれしかった。

この人、「俺はやっぱりアホです。落ちた人をキャッチしたことがなければ、ビレイはできていることにならない。そんなことはちょっと考えればわかるはずなのに、分かっていませんでした」と私に書いてきた人です。

何よりも、その人のクライミング理解が向上している。

そうした小さな一石を投げることを皆が恐れた結果が、今のていたらく、なんです。

 同じように

    「ランナウトがしびれる」「流して止めてあげる」など、会で言わない言葉を1つずつ増やしていく(=良い環境作り)

    カットアンカーは使わない、ペツルのサイトを皆で見るなど技術をちょこっとだけ伝えてみる(=クライミング技術の理解)

    登攀前後は、きちんとウォーミングアップ(=集中力維持によりケガ予防)

    マルチはちゃんとレスキューを共有してから(=競争ではなく山としての成功を考えられるように)

    グレードではなく、その人のレベルや得意を生かしたオリジナルなクライミングとする(=レベルに合わせた登攀)

など、ちょっとしたことでいい。

粋がるのを辞めて、そういうことをしていく。

上で挙げた例はお金がかからない。

だべりんぐしかしない、つまらない飲み集合のために会費をあげるくらいなら、講習会を開いたらどうでしょう?

ビレイとか、山行計画の立て方とか、レスキュー訓練をみんなで練習するとか。

だって山岳会って、一人で登る可能性より、団体で登る可能性の方が高いんだから。

そこに必要なのは、弱い者に合わせてロープを出す、ですよ?

だから、北鎌尾根で死者だすんですよ?その人の死を本当に意味あるものにしていますか?

私に言わせれば、そんなことも習っていないのか…ですけど。

でも、私も講師の高橋さんに言われましたからね、そんなこともしらねーのかって。

知識は絶対に無駄になりません。ちゃんと使えたら。

ロープの理解は、自分の理解。

つまりクライミングを辞めても、実社会で使える知恵なんですよね。

魚の釣り方ではないけど、ロープを組む、その相方との関係性の作り方が大人になった時に会社で使えるとか、結婚生活で使えるとか、

チームワークや表現力、創造力は社会生活で必要でしょう。

何より、楽しいから、クライミングを辞めたくない!と思う人達が増えてくれたら、山岳会の幹部としては嬉しいはずです。

ま、そんなわけで、クライミングを人に教える活動のためにゲストハウスを作る構想は、クライマー界のほうがまだ機が熟していないと思って、辞めました。

でも、クライマーとしての気づきの蓄積、は引き続き行っていきます。

魚を与えるだけでなく、釣り方を覚えてもらえたら、より多くのクライマーをサポートし続けることが出来ると思うからです。

    ・楽しく安全に登りたい

    ・今の事故だらけのクライミングから、次のもっと楽しいクライミングの世界にアセンションしたい

    ・一生楽しくクライミングを続けられる未来の日本を作りたい

人達とお会いできるのを楽しみにしています。

■参考記事

https://allnevery.blogspot.com/2023/09/blog-post_29.html

https://allnevery.blogspot.com/2023/09/blog-post_22.html

https://allnevery.blogspot.com/2023/10/blog-post_84.html


頭を一個、差し出したが彼はビレイを習得した。たとえ、私の命を差し出しても、現状の空気では彼は学ばないだろう、と思ったのが白亜スラブ



一気に良くなった帯状疱疹…怒りの表出の完了

■ 一気に良くなった帯状疱疹

『がんが自然に治る生き方』を読んだ。なんとなく、元の自分に戻る感覚があった。

ホットタオルを患部に当てるのを辞めて、カイロを腰に貼ったら、なんかよく寝れて、ピリピリした神経痛も引いて、今朝は、すっかり良くなっている実感があった。帯状疱疹は枯れる系のものです。

ちなみに今回の帯状疱疹は、父とA木さんへの怒りの表出だと思います。

■ 枯らす…きっかけ トシゾーさんが来てくれたこと

感情は、執着するのではなく、枯らすことに意味があるんだが、枯れないのは、語らないからだろうと思う…。

去年の今頃、トップクライマーの佐藤ユースケさんと登っているトシゾーさんが、訪ねてきてくれた。話の中で、白亜スラブでのパートナーのA木さんのことを聞いてきたんだが、

 「やっぱロープは60mだね!」のセリフをトシゾーさんが聞いて、”A木さんは考え方そのものがおかしい…”と、彼はすぐ気が付いた。

やっぱり…。だよねぇ~。なんかトシゾーさんの同意を得て腑に落ちた

いくら弟かわゆしの私でも、こんな奴と登っていたら命はいくつあっても足りない…。

そのトシゾーさんの様子を見て、やっぱりこの返事で、彼のアホさがついに露呈していると私も思ったんだが、トシゾーさんが裏付けをくれたと思った。つまり心理カウンセラー役。

私が、”自分自身の心理カウンセラー”として、気が付けなかった、

 小さな場面緘黙

に気が付いたんだよなぁ…

あの場面は、めちゃ怒るべきシーンであった・・・。が、最もひどい事態を想定していたので、とりあえず生きていたことに、ほっとしたのだった。

その怒りが、今頃表出したのが、今回の帯状疱疹である。抑圧がどれくらい強いか?を示すのだと思う。

■ あまりにアホすぎるので、指摘したら、相手に悪いという気持ち=場面緘黙

その場面緘黙の理由は、”あまりにアホさが明確なので指摘したら、失礼かも…”、という気持ち…だ。

なぜなら、そのピッチ、25mと35mで、持っている50mロープでつないだら、途中でロープが足りなくなることなど、登る前から分かっているからだ。

登山で、4時間かかる尾根に、9時出発するのと同じだ。いわゆる、”あのバカまたやったぜ遭難”。

そして、50mしかロープはないのに、現在いるところは?終了点まであと3m。

ということは?どういうことなのか?その時点でも、どうも考えなかったらしい…。

最初からトポ見て知っていたら、25+35mは60mなんだから、50mのロープで60mまであと3mの地点にいたら、セカンドの私がビレイポイントから上がってくれたんだと分かる…。つまり、セカンドの技術力で、リードのケツを拭いてくれたんだと分かる。それが分からないということは?

逆説的に言えば、彼は”トポすら見ないで来た”ってことだ。どんだけ~? え?10年登っている人に、そこから教えないといけないの?だ…。

どーりで、どうも考えている人が私だけっぽい感じだったんだよなぁ…。

■ さきゆきの見通しがない人のしりぬぐいをする人生を歩んでいる

どうも、私の人生は、このように考えていない人のしりぬぐいを、あとからしてやっているパターンになっている。

母の時も、母は見通しなしに子供を3人も生んでしまい、結局、下の二人の子供の”子育て”をしたのは、たぶん長女の私。

父はひと時の快楽に逃げて子供を3人も作ったにも関わらず、ボク知~らない!としたために、結局、落とし前を付けたのは、母とそれぞれの子供たち。私なんて、祖母と妹まで仕送りしてる。

■ 世間の善は役立たない

それでも、仏教は、親は生んでくれた恩があると、一般論的には言うんだが、どうも個別では違うらしくて、納得いかないと思ってスマナサーラ長老に直々に聞いたら、やっぱり、徳は私に落ちたんであって、親が、できた子供を自分の成績表として、”よくできました☆”と花丸ハンコをもらうものではない。

親がサボれば、子は賢く育つしか選択肢がないが、だから、サボった親の育て方が良かった、と言うわけではない。

同じことで、パートナーのA木さんがセカンドの私に助けられて登った白亜スラブは、彼の実力相応のルートではない。

この行為を特に悪いことと自覚していないことから判断すると、たぶん彼の今までの登攀履歴がほとんど全部そうだった、のだろう…。実力がかさ上げされているのだ。

それにも関わらず、リードしているから俺のルートだ!というのはおかしい… むしろ、彼のリードは、セカンドのおかげでリードに花を持たせてもらっている系だ。

教訓:リードしているからと言って、そのルートをきちんと消化して登れているとは限らない。高い倫理観を持って登っていないと、トンデモリードを、登れた判定してしまう。

私もちゃんとしたルートをマルチピッチでリードしているが、客観的に自分の力を評価している。

当方の記録:https://allnevery.blogspot.com/2019/01/hyugami-benzaiten-iwa-east-ridge.html

一方、彼のルート自慢は、だれか先輩や、後輩のセカンドでも、しりぬぐいができる人に、花を持たせてもらった、底上げの山だったわけだ。

■ 場面緘黙を治す

この場面緘黙…あまりに事実関係から、明らかになった事実がバカっぽいので、あきれて声もでない=黙る…が起きたのは2度目だ。

最初は山梨アルパインクラブの会長さん。

 「なぜ〇〇さんには、ほかの男子と組ませないんですか?」@人工壁

 「〇〇さんにけがしてほしくないから」

 → え?その答えって、今その男子と組んでる私はケガしてもいいってこと?

回答したご本人は自覚がないようだった(汗)。

その後、この会長さんが女性に恋をしているために、せっせとルートに連れ出しているということが分かったんが…。

他にも彼がその女性のぞっこんであることを示す会話があったんだが、それは省略する。地元では女性にお熱を上げるのは3人目みたいな感じで、周囲の人は周知のことらしかった。

私のように技術志向、スキルを追求型の人は、集中力がありすぎて、脇が甘くなり、そうしたことに気が付かないで、気が付いたら巻き込まれている、ということになっているかもしれない…(汗)。

■ 80代の水泳指導者がロールモデル

女性の世界の水泳はいいなぁ~と、最近ひしひしと実感中。

水泳の先生は、80代の丸林先生で、今度、編み物教えてくれるそうです。

この丸林先生みたいな人になりたいなと思っています。

さて、この場面緘黙をどう治そうか? 

今習っている、上手な伝え返しで治せると思うのですが、このシーンを再現してくれることができるカウンセラーがいない。これはクライマーじゃないと内容の意味が分からないからだ。

シナリオライティングの技で治そうかなぁ…どうしたらいいかなぁ…。