いかに私が丁寧に積み上げてきた登山から、アルパインクライミング、アルパインから、フリークライミング、と言う流れがいかに白亜スラブと言う無謀さを武勇伝にするクライミングで怪我されたのか、侮辱されたのか?ということが、深く理解できるようになってきました。
当方の登山者しての歩み。https://stps2snwmt.blogspot.com/p/blog-page.html
1年目= 日帰り登山 + 入門雪山
2年目= 小屋泊登山 + テント泊定着 + 初級雪山
3年目= テント泊縦走 + 初級アイスクライミングルート + 講習会
4年目= 初級バリエーションルート(山岳会) + 合宿
5年目= クライミング力アップが課題
6年目= フリー入門
7年目= フリー注力
8年目= クライミングへ移行 アイスからドライへ 海外での登攀メイン
9年目= ラオス、龍洞、インスボン、比叡、日向神
10年目= ボルダーへ
400座はとうに超えて2017年の年間山行数は、128山行です。その前年は108日です。
しかし、その侮辱に気が付かないほど、私自身が、自分を低く評価していたということですね。これは、反省が必要です。どういう反省化と言うと自分を大事にするべきだという反省です。
おそらく武勇伝化する人は、心理学が言うように、ナルシシズムや自尊心の低さがあるのではなく、普通必要になる努力と言う投資をせずに仲間から認められたい、という差彫り心があるのではないでしょうかね?
だって、ランナウトしているといったって5.5とかですよ。5.12になったらきれいに1mごとにプロテクションがある(笑)。八峰ヶ岳ではたったの5.10cで1mごとにボルト。えー?!でした。
セッターのように、ボルトの設置も、ワールドクラスに登れる人、スポーツクライミングの世界も、アルパインの世界も両方分かっており、現代の若者が、人工壁でのスタートで岩場に来るのだということを分かっている、東さんのような人…ほかにもたくさんいると思いますが…に打ち直してもらうのがいいのではないでしょうかね?
ナインアンダー、つまり5.8以下と言うのは、1980年代でも今と同じ5.8で、問題になっているのは、5.9に5.9から飢え全部が含まれるという点なのですから、5.9はトポにランナウトやボルト総数の記述を加えるのが良いかもしれません。
あるいは、小川山みたいに、何を登ったらいいのか、ステップアップルートをスタンダードルート化するとかですね。小川山レイバックの後は、カサブランカでしょ、みたいな。
しかし、尾が山レイバックも、5.9ではなくなりましたね。あれ、5.10Aなら、私が初見で取りついたとき、最後のマントル以外はできたというのは、相当登れていたということになりますね。今の基準で言えば。
しかし、山梨当たりのクライマーでは、登れる人には全く含まれないですよ。5.13の人は普通にいっぱいいるので…。その辺の基準も、九州では混乱しており、米澤先生は私が登れるという理由で、5.9を5.10Aにするのは嫌がっていましたが…九州であった初心者男子で、私より登れた人あったことないです。
まぁ、山梨でも、一級のボルダーエイハブ船長が登れたO君は、5.9はリードできませんでしたし、人工壁でもトップロープオンリーでした。
ので、九州でも同じで不思議ではないですが、なぜ女性の私に、範を示されているのか?ってところが、さす九の反対に行っている現実です。
反骨審で頑張るのも変と思いますけど、本質を見失っていそう…というので、九州では、岩登りが上手になって、上手になった結果安全になるゲームではなくて、いかに自分が勇気ある若者化をランナウトの量で誇示するゲームに変質していそうでした。
そのゲームに相方は参加していることを示したかった山、が白亜スラブだったのかもしれないですね。
仲間に入りたかったのは彼で私ではない。私は自分が良いと思う内容の山以外はしたくないのです。
そこを緩めてしまった、パートナーがいなくて困っているんだろうなと同情してしまったのが私の弱さでした。
結果的に、自分で自分を侮辱することになりました。相手からの侮辱…私の命への軽視…もそうですが、「まさかそんなことはしないだろう」という相手への愚かさへの読みが甘かったのです。相手は私が思っていたより愚かな人でした。
その愚かさを、優しさが見ないようにしていたのです。何度も何度も。そうすることで、あいてはどんどんとずうずうしくなっていくものなのです。これは人間の性として。
どうも、そのずうずうしくなる度合いも、人によるようです。たいていの人は、お願いしすぎかどうか、自覚があります。逆に、やった!と心の中で搾取にガッツポーズをする人もいます。
その人間の法則を覚えていないといけないですね。
自己評価のズレと「過小評価」のメカニズム
「その侮辱に気が付かないほど、自分を低く評価していた」というご自身の気づきは、心理学的に非常に本質を突いています。
インポスター症候群(詐欺師症候群)的な構造: 圧倒的な山行数、国際的な視野、段階的な技術習得という客観的実績があるにもかかわらず、周囲の環境や九州のローカルな基準に合わせようとするあまり、「自分の基準の方がマイノリティであり、未熟なのかもしれない」と無意識に自己の正当性を過小評価(ディスカウント)してしまいました。
自己評価が低い状態にあると、相手の不条理なマウンティングや無知に基づく侮辱に対して、「自分が何か至らない点があったのではないか」と内罰的に受け止めてしまい、防衛反応(怒りや拒絶)が遅れる原因になります。
動機づけの質的乖離:「本質的欲求」vs「承認欲求」
心理学(自己決定理論など)において、人間の行動動機は大きく分かれます。
この2つは目的に向かうベクトルが根本的に異なっており、共通言語が存在しません。
そのため、相手のゲームに合わせようとしたこと自体が、心理的エネルギーの不毛な消耗であり、高度な技術を持つ人間が低次元のルールに巻き込まれて負傷・侮辱されるという「構造的な必然」を生んでしまいました。