そういう中で、白亜スラブは実力を証明するために行きたかった山だったろう…。
本州で登った場所を言っても、九州の人は、分からない…九州のルート名を言わないといけない。そのために行きたかったんではないか?と思えた。
それで白亜スラブは私はフォローでエイドも交えて頑張ることになったが…。リードクライマーにもあまり良い内容ではなく、反省が必要そうだったが、まぁ登れた。
その後、色々考えてみたが、ショートでもクラックでロープがスタックしてもあまり反省しなかったり、懸垂ではロープジャムしたまま部分遣いで降りてしまったり、下降点を間違えたり、色々と事故の予備軍的な点が思い起こせた…。屋根岩2峰のときや摩利支天の時は、懸垂でロープ長が足りなかったこともあった。
その後、私がリードで取りつきたい黒髪山に誘ってみたが、私のためにフォローをしようとは考えてくれないようだった。
というので、私は大体、マルチでは後輩をしてくれる人に不足しており、自分がフリーで登れないところを付き合いでフォローしてやっている…というので、私から感じるところでは、弟の遊びに付き合っているような感じだ。実際の年齢も下だし。
余談になるが、これは師匠だった青ちゃんと登っていた時も同じで、弟、という感覚になるのは、相手のほうが要求を我慢できない、からだ。
アイス初年度の新人クライマーのかっちゃんや私には、醤油樽の滝が新人のリード先としては関東では定番だが、青ちゃんは自分が面白くないので行きたがらない。
自分を相手のために曲げることがなかなかできないのだ。インスボンも同じで、自分が行きたいところを行きたいのであって、相手がリードを学ばないといけないということは考えられない。
というか、一緒に登っている相沢大滝55mでいいでしょ、と考えてしまうのだ。トップロープで余裕で登っていたら、登れるでしょう、と。つまり、リードの喜びを全く理解していない。
結局のところ、クライマーとしての私は、どこかに置いてきぼりになり、私は人の山に付き合うばかりで満たされない。
ので、若い男子が一緒に登りに来てくれるわけだ。”気の毒だな~僕がビレイしてあげますよ~”と言う訳で。ところがそのビレイが…。人工壁では私を引っ張り落として、隣の人が気の毒がって変わってくれたし、岩では落ちたのにロープテンションゼロで救急車に乗る羽目に。
では、というので、安心人材を交えたクライミングを、というので、師匠とのクライミングに連れていくと、大体、喧嘩別れである。
勝っちゃんはやめておけ…とか、なんだかんだと言われるのである。
結局のところ… 私は、一体…?ということになる。
クライミング業界には、”ドレイヤー”という言葉がある。クライミング業界には、日本的な譲り合いの精神は存在しないかの如くだ。
一つビレイしてもらったら一つビレイお返し…自分の行きたいところに今回行ったら、次回は相手の…そういうのがない。
のですっかり、心の資金は、貸出超過になっている…。