2023/12/18

【心理学】自我の発達 第二段階

この段階がクライマーのマジョリティを形成しているように思います。

自我の発達:包容力を増してゆく9つの段階 第二段階 スザンヌ・クック=グロイター (門林 奨 訳)

ーーーーーーーーーーーーhttps://integraljapan.net/articles/JTA2018EgoDevelopment.htm より引用

この段階は、よちよち歩きの幼児を見守ったりお世話したりするなかで、私たちの大半にとっては馴染み深くなっている段階である。少しの間、2歳児にとって、

  あらゆるものが意思を試す手段(a test of wills) 

となる。

意思がくじかれたり、欲求や願望が対立したりすると、癇癪を起こす。こうした振る舞いは、自己防衛的段階にいる成人にとっても共通のものである。

彼らは他者の意図に対して用心深く、最悪のケースを想定する。彼らにとって、

あらゆることが意思の戦いである。

人生とはゼロサムゲーム〔全員の利得の総和が常に0になること〕である。

彼らの

 「私が勝ち、あなたが負ける」

という心的傾向は、必然的に、彼らが行くところでは、どこでも摩擦を生み出し、さらには他者(特により慣習的な段階にいる個人)の感情を害することになる。同様に、

 他者は、しばしば自己防衛的段階の人々を狡猾で搾取的な人物だと感じる。 

 自己防衛的段階で描写されるのは、

 自分自身の欲求と願望の視点からのみ世界を眺める

人々である。彼らはまだ、心理学的な意味で自己や他者を洞察することができない。

欲しいものを手に入れる唯一の方法は、他者を支配し、自分自身を防衛することである。しかし、彼らは利己的な態度で、常に好機をうかがっており、熟考することなく即座に欲しい ものを追いかけるエネルギーを備えているため、日和見主義的(opportunistic) であるとも呼ばれるということを知っておくことは重要である。

自己防衛的段階の成人は、壊れやすい自己を注意深く守ろうとする。

ここでは自己とは、個別の成人自己ではなく、意思や考えや望みと同義である。

自己は、自分自身を守るため、内側にある真の自己と、外側にある自己すなわち「偽物の顔」という2つの側面をもつのとして感じられるかもしれない。

もし人々が自分の望んでいることを知ったならば、彼らは自分に対して力をもつことになるだろう、というわけである。

自己防衛的段階 の人々は、

限界を試し、自分自身に支配力があることを主張するために、他者の意思に抵抗する必要がある。

他者からの反応を予測する初歩的な能力が備わっているので、個別の人間または個別の「モノ」として他者を意識し始めることのできる最初の段階である。それゆえ、自己防衛的段階では、他者と意識的 に交流するための基本を身につけることが必要になる。「もし他の人たちが何を求めているのかが分かれば、人々をもっと上手にコントロールして、自分の欲しいものを手に入れることができる」

この段階にいる個人は、しばしば「問題を起こす(get into trouble)」ことになる。許される限度をうっかり超えてしまえば、面倒なことが起きるのである。自己防衛的段階の人たちは、面倒なことが起こらないように用心し、またその結果を避けようとする。

彼らは、 自らの意志を貫けなかったとき、あるいは限度を超えてしまったとき、自らの外側に原因があるとみなす。欲求不満に陥り、しばしば、怒りと敵意を自由に表現する傾向がある。非難されるべきは他者であり、決して自分自身ではないのである。

世界に対して抱いている怒りは外部へ投影され、他者は1日中怒っているように見える。 自己防衛的段階の個人にとって、世界とは敵意に満ちた、危険な場所である。

ルールは認識されるが、それに従うのは、すぐに利益が得られる場合と罰を避ける場合だけである。

生存のためには、巧妙さと、好機を横取りすることが必要

なのだ。

自尊心は、他者に抵抗して獲得することのできる支配力の大きさと結びついて経験される。

自己防衛的段階の個人は、しばしば自分自身を、外部にいる風変わりな人間だとみなす。彼らは孤独を感じるが、別の方法で他者と接する方法が分からない。「他の人々に敵対しているのはいつも自分だ」。このため、非常に低い信頼感と過度の警戒心が永続することになる。

 自己防衛的段階の個人は、

ご都合主義的な道徳性を備えている。行動が悪いのは、捕まって罰せられたときだけなのである。

捕まえられても、恥を感じることはなく、激しい後悔に襲われることもほとんどない。彼らは、行動とその結果にある関係についてまだ理解できないため、自分が起こした失敗や問題に対して責任を感じないのである。

他者の欠点を非難することが、自分自身を守るための方法である。

幸運や不思議な力が自己を守ってくれるということに対して大きな信頼がある。

危険で骨の折れる仕事を選ぶ人々は、しばしば、この段階の肯定的で勇敢な側面を象徴している。

例えば、テストパイロットの中には、強運の持ち主だが一匹狼だとして知られている者もいる。

自己防衛的段階の個人は、社会的なネットワークのなかにあまり埋め込まれておらず、力に基づいていない微妙な人間的相互作用を理解することができない。他者との関係は非常に不安定なものである。友情は容易に台無しになる。感情は外在化されており、外部へものを追いかけるエネルギーを備えているため、日和見主義的(opportunistic) であるとも呼ばれるということを知っておくことは重要である。

自己防衛的段階の成人は、壊れやすい自己を注意深く守ろうとする。ここでは自己とは、個別の成人自己ではなく、意思や考えや望みと同義である。自己は、自分自身を守るため、内側にある真の自己と、外側にある自己すなわち「偽物の顔」という2つの側面をもつのとして感じられるかもしれない。

もし人々が自分の望んでいることを知ったならば、彼らは自分に対して力をもつことになるだろう、というわけである。

自己防衛的段階の人々は、限界を試し、自分自身に支配力があることを主張するために、他者の意思に抵抗する必要がある。他者からの反応を予測する初歩的な能力が備わっているので、個別の人間または個別の「モノ」として他者を意識し始めることのできる最初の段階である。それゆえ、自己防衛的段階では、他者と意識的に交流するための基本を身につけることが必要になる。「もし他の人たちが何を求めているのかが分かれば、人々をもっと上手にコントロールして、自分の欲しいものを手に入れることができる」 

この段階にいる個人は、しばしば「問題を起こす(get into trouble)」ことになる。許される限度をうっかり超えてしまえば、面倒なことが起きるのである。自己防衛的段階の人たちは、面倒なことが起こらないように用心し、またその結果を避けようとする。彼らは、自らの意志を貫けなかったとき、あるいは限度を超えてしまったとき、自らの外側に原因があるとみなす。欲求不満に陥り、しばし投影されている。洞察力不足と自己防衛のため、彼らの感情のなかに表現力や熟考力を見ることはほとんどできない。どのような弱みを見せることも危険である。

「他者が私のことを知れば知るほど、彼らはますます私のことを利用できるようになる」。

そのため、大抵の自己防衛的段階の個人は、一般的な敵意を示すとともに、闘争か逃走かの準備ができている。

危険度の高い特定の仕事(テストパイロット、刑務官、消防士)──もし自己防衛的段階から見て意義が感じられるのであればだが──に携わる人々は、生存のために仲間に頼らなければならず、したがって互いを保護するために協定関係を結ぶかもしれない。

○認知のスタイル:

  思考は具体的で、二分法的である。全体的で、差異化されていない判断、単純な見解に基づいている。物事には、黒か白かのいずれかしかない。


○主要な関心:

  支配力や強みを手に入れることで、あるいは人々を騙すことによって、統治するといったテーマを好む。他方で、自己防衛的段階の人々は、他の誰かが自分を支配し、制御し、騙そうとしていることを常に恐れている。


○内面の特性:

  心理とは、心理的状態や長期的目標というよりも、今その人が何を行い、今その人が何を望んでいるかによって定義される。


○意思決定のスタイル:

  これはあなたの問題であり、私の問題ではない。


○組織のタイプ:

  権力と強制。


○防衛作用:

  自己防衛的段階の成人は、不安を最小化して自尊心を最大化するため、外部を非難するとともに、歪曲したシステムを用いる。彼らの防衛作用と対処スタイルは未成熟である。

空想(fantasy)、行動化(acting out)、投影(projection) といったものが最も一般的な防衛 作用である。

あらゆる因果関係および重要な心理学的作用は、絶えず脅威をつきつける外的世界の一部であるとみなされる。(Vaillant による防衛機制の階層を参照のこと)

○憂うつ:

  望むものを手に入れられなければ、どこか間違ったものがあるに違いない。支配されたか阻止されたと感じたら、私はそれを憎む。悲しみはほとんどの場合、自己や他者の攻撃性として表現される。

○人物例:

  アーチー・バンカー型〔訳注2〕。

自己防衛的であり、馬鹿で頑固で、視野が狭く、自分自身の身に起こったことに関して絶えず他者を叱責・非難している。

時々、他者の軟弱な側面をあばく痛烈なユーモアを言う。

自己防衛的な個人は、自分たちの住む具体的な小さ な世界に関心があり、しばしば身体的な容貌や満足にわくわくする。偏見を示し、議論を二極に分裂させ、他者の弱みにつけこむ。

○言語上の手掛かり

  経験は、単純な二分法(よい/ 悪い、正しい/ 間違いである、楽しい/ 退屈である)および具体的で身体的な言葉(例:「人生は苦しい(life is hard)」)で記述される。

自分自身が所有している様々な「モノ」からなる具体的な世界に関心を抱いている。非身体的な概 念に対しても身体的な言葉を使うかもしれない。

うんざりしている(sick)、動揺している(upset)、興奮している(excited)、頭にきている(mad) といった最も単純な感情のみを差異化することができる。