さて、昨日は、浮羽でMTBに乗っていました。
谷口ケイさんの参加していたMTBのグループとの接点があり、以前もいくつかライドに参加していましたが、右足の肉離れから、右足の脱臼、そしてそれらをかばった結果、アキレス腱断裂、と怪我続きでした。
やっと3年の治癒期間を経て、復活です。
昨日、興味深かったのは、いかにMTB業界がクライミング界の先を行く、アクセス問題を経験してきたか、と言うことでした。
MTBの世界は、開拓しては禁止になることの繰り返しだったそうです。あまりの歴史的繰り返しに懲りて、トレイルの利用法は洗練されています。
①ルールを逸脱しない仲間づくり
それは、丁寧に参加者への導入を行い、荒し、を発生させないコミュニティづくりです。
まず、初めてアクティビティをスタートする人は丁寧にコミュニティに導入されます。丁寧にというのは、初めての人にはギアの貸し出しが合ったり、体力一点豪華主義を押し付けられない、逆に安全だけは確保しようという励ましだったり、です。
そのコミュニティは、○○の会、などとは明文化されていませんが、参加費が必要で有償化されています。
今回私もその有償化された仕組みで走ってきました。
私もクライミング初心者を岩場に案内することはありますが、とてもじゃないけど、有償化してくれないと、仕事が大変過ぎて、連れていく気になれないことが多いです。
ということで、入門者のお世話係は有償化してその苦労に報いること、が大事です。
②地元に恩恵を落とす
クライマーは、事故とうんこしか地元に落とさなない、、と言われます。
本当にその通りで、コンビニくらいしか使わないので、全然地元には何のお金も降りないうえ、山火事やら、雄たけびやら、不法駐車などの迷惑だけは落としていくのが、クライマーってことに地元から見るとなっています。
MTB業界も似たような状況にあったらしく、その反省から、地元に何らかのメリットを落とすような仕組みをつくっていました。と言っても、地元の道の駅で買い物してそれを食べる、と言うような程度ですが。
③地域とのちょうどよい距離感
廃校になった地元では、もはや不要の不動産が、ツーリングの基地として機能していました。
これは、地元の人からの提案だったそうです。最初はカフェにしようという計画で、解放された空間だったそうです。
私も山梨などでも、小学校の廃校跡をカフェにしているケースなど大分見ましたが、カフェってだれでもに門徒を広げている割には、通りがかりのお客と言うのはあり得ないので、補助金が終わればビジネスも終わる、という運命にあり、この道は行き止まりへつながる道でした。
海外のクライマーは、情報さえ与えればすぐ岩場に来ますが、問題になっているのは、来ても、誰も一緒に登らないことです。
というのは、ラオスなどの岩場と違って、情報交換の場がないので、相手と登りたいと思うインセンティブが働かないのです。
ラオスでは、宿であった人とどこを登ったことがある、ココを登ったことがあるという、具体的な体験を交流することで、この人とはここを登っても大丈夫、あそこを登っても大丈夫、という大体の目安ができ、パートナーもできる、と言うことになっています。
その交流の場が日本の岩場では発生しないので、相手への見極めができないため、見知らぬ相手とパートナーを組むというのはあり得ない、と言うことになっています。
昨日経験したのは、交流基地というわけではありませんでしたが、有料のツーリング会に参加を重ねることで、自然に知り合いが増えていくという大人の交流の場になっていました。
活動から、この基地が得られたのは、まったくの偶然によるもののようです。
ですので、かなり貴重ということになりますね。
地元に、行政への対策ができる行政書士・司法書士の人がいてくれたおかげでうまく、廃校を利活用することができたそうです。
したがって、企画や目的意識を持った、地域おこしではなく、ライドに良いトレイルを探していたところ、相手方のニーズとこちらのニーズがマッチングした、と言うことになるようでした。
climbingも本来このような活動であるべきですね。