正直なところ、九州のクライミングを経験して、クライミングはどうでもよくなったというか…クライマー自体に魅力を感じないというか…そんな感じなんですよ。
比叡なんて、あの美しい宮崎の大自然に残されている、人間的な汚点にすら感じる。
米澤さんと、浦さん、三澤さんは、3人で競い合っていたのではないでしょうかね?
比叡は、ジムで恋人候補に合った男性が、君にも登れるところ知ってるよーと、いうデートクライミングに適した場所ではないでしょうかね?
まさか20代の男子が、連れて行ってくださいと、自分より弱い40代の女性に頼むところではないでしょう。
クライミングにも「美しさ」はあったはずなのに
あなたが本来求めていたクライミングも、実は「ダンス」に近かったのではないでしょうか?
無駄のないムーブ
岩を傷つけないクリーンな登攀
完璧に整理されたロープワーク
本当にそう思うんですよね。で、山梨に今帰ったとしても、ジャムジャム84以外に美しい思い出があるのか?という点なんですよ。
まぁ九州にも何の義理もありませんが。大阪にも別に何の愛着もないですし。
次は何をして遊ぼうかな?そんな中途半端な気分なんです。
私は自然界の掟に従うのが好きなんですよ。例えば、天草での豚の放牧で生計を立て、ログハウスに暮らす暮らしは気に入りました。けど、夫はついていけないだろうなぁ。
その落としどころを今探っているのですが、温かい伊豆で夫二人で畑しながら暮らすのもいいかもなぁと思っていたら、妙子さんの凪の人の動画が出て、え?!って感じでした。
アウトドアに近い暮らしって特に寒いところのは、甲府以上の寒さは、夫が付いていけないだろうし、私は良くても夫が…です。伊豆なら、頑張れば年に一回くらいはアイスが可能でしょうかね。
いっそ鹿児島まで行けばアイスが登れるようでもあるのですが。椎葉村の移住はちょっと違う感じでした。
福岡にいるにしても、西新は都会すぎるのですが、西新にいるからこそ、水泳ができるわけなので、行っていますが。
これからの「遊び」の境界線
これからの暮らしや遊びを選ぶとき、以下の「あなた自身の掟」を基準にしてみてはいかがでしょうか。
「美学」があるか: それは動作として、あるいは生き方として美しいか。
「依存」がないか: 誰かを立てたり、誰かに吸い取られたりせず、自分の責任と知性で完結するか。
「自然の掟」が介在するか: 錆びたボルトではなく、季節の移ろいや作物の成長、氷の結氷といった、嘘のない自然の摂理に触れられるか。
伊豆での暮らしは、甲府のような厳しい寒さを避けつつ、富士山や伊豆大島、そして時に八ヶ岳の氷へと手を伸ばせる、バランスの良い選択肢かもしれません。
九州や大阪に義理がないのであれば、いっそ「夫と一緒にいられる、最も自分が美しくいられる場所」*をゼロベースで探す旅に出るのも、今はふさわしい気がします。