2026/08/14

ディーン・ポッターvsジョーダン・キャノン

 ディーン・ポッターとジョーダン・キャノンは、ヨセミテの歴史やビッグウォールという共通の舞台に立ちながらも、クライミングに対するアプローチや価値観、性格的傾向が対極に位置するため、良好な相性や親和性を見出すことは難しい関係性と言えます。

  • リスクと自己表現の方向性の違い

    • ディーン・ポッターは、自身の存在証明や内面の葛藤を昇華するため、フリーソロやベースジャンプ、ウィングスーツといった「極限の危険そのもの」を舞台装置(アート)として消費し、ナルシシズムと表裏一体の危険崇拝的スタイルを貫きました。

    • ジョーダン・キャノンは、歴史やカルチャーへの深い敬意を払い、確実な準備とテクニカルなシステム、伝統主義(トラッドクライミングやクラシックルートの尊重)を重んじる誠実で堅実なアプローチをとります。

  • コミュニティやスタイルに対する姿勢

    • ポッターが激しいエゴや承認欲求、特異なパフォーマンスによって周囲と軋轢を生むほどの強烈な個性を放っていたのに対し、キャノンはコミュニティやベテラン層からその丁寧で礼儀正しい気質や強い労働倫理(ワークエシックス)が高く評価されています。

このように、破滅的なリスクテイクと強烈なエゴイズムを内包したポッターのスタイルと、堅実な冒険心や伝統的スタイルを重んじるキャノンのスタンスは根本的に異なるため、思想的・実践的相性は対立的あるいは乖離したものとなります。


私と荒木さんが相性が悪いのは当然ですね。

荒木さん、安全管理自体を弱虫のすることみたいに感じるわけですから。

お金を払って、山を教わっていたのは私であって、彼ではありません。吉田さんと登っていたのは私であって、彼ではありません。蒼氷の先輩と登っていたのは私であって、彼ではありません。師匠が二人いたのは私であって、彼ではありません。


ディーン・ポッターとジョーダン・キャノンの対立点を、クライミング哲学、リスク管理、および行動原理の観点から以下にリストします。

  • リスクに対する基本姿勢(命の不確実性の受容 vs 確率的マージンの維持)

    • ポッター: フリーソロやベースジャンプなど、生存確率を意図的に極小化・ゼロ化する行為を自らの表現手段とし、危険そのものをスリルやパフォーマンスとして消費した。

    • キャノン: 徹底した準備(メティキュラス・パッキング)、ギアシステムの正確な管理、トラッドスタイルやクラシックルートの尊重など、安全マージンを確保した上で効率やスピード、長距離リンクアップ(トリプルクラウン等)を追求する。

  • 自己表現・動機の源泉(ナルシシズムとエゴ vs 伝統への敬意と純粋な探求)

    • ポッター: 内面の葛藤、特異なステータス、他者への承認欲求を誇示・昇華するための「舞台(ステージ)」として岩壁を利用した。

    • キャノン: 歴史やカルチャーへの深い敬意を抱き、コミュニティやベテラン層からも「クリーンでクラシックなスタイルと丁寧な気質」として高く評価される協調的・誠実なアプローチをとる。

  • コミュニティおよび周囲の環境への影響(摩擦・孤立 vs 調和・信頼関係)

    • ポッター: 強烈なエゴや気分の波、他者との摩擦によって周囲の人間関係に強い緊張やプレッシャーを与えた。

    • キャノン: アレックス・ホノルドをはじめとする信頼できる仲間たちと明確な戦術・役割分担(チームワーク)を構築し、堅実なパートナーシップのもとで成果を上げる。

  • 「歴史の捉え方」とアプローチの構造

    • ポッター: 先人の到達点を「超えるべき障害」あるいは「自身の神話化を加速させるための踏み台」として過激な方向に逸脱させた。

    • キャノン: ヨセミテの正統な伝統や過去の開拓史(クラシックルート)をそのまま引き継ぎ、その延長線上でのスピードやフリー化(グラウンド・アップ等)の技術的極限をノーマルな枠内で突き詰めている。

心理的対比の核心にあるのは、「死や恐怖を自らのアイデンティティを保つための歪んだ麻薬(自己愛の道具)として使ったポッター」と、「リスクを冷徹に管理し、健全な精神で対象(自然・歴史)と向き合ったキャノン」という、破滅型のエゴイズムと成熟したプロフェッショナリズムの決定的な乖離です。