赤ちゃんの時に、父親に水に突き落とされておぼれた、言葉になる前の身体記憶(トラウマ)を、50年以上の時をかけて克服しました。
(泳げない私)から(泳げる私)への、0→1は、ものすごく大きな変貌でした。
「お水が気持ちよくて楽しい」感じをプレゼントしてくれた先生
最後のレッスンで、先生が、「泳ぎたくてたまらないようだね」「楽しかろう」と言ったんですよね。それを聞いて、きょとん、としてしまった。
私は心理学を勉強し出して、もう4年です。うつ病を発症してから、本格的に図書館通いで、専門書を読み漁り…、それによると、人間の子どもは、感情には、「楽しいね」「悲しいね」などとラベリングしてもらうことで、「あ、これが楽しいってことなんだ」と学習するのです。
今回、先生に「楽しいね」と言ってもらって分かったのです。
”あ、これが水泳が、楽しいってことなのだ”って。
私の父が、娘の私から奪ったもの。
それは水を楽しむという、動物としての人間が持つことができる、楽しみ。
それを取り戻してくれたのが、先生なんだなぁ…ってしみじみと感じました。
こちらの方は、1年で水が怖い子供を泳げるようにできるみたいなんですが…。
幼少期の私にも、こんなスイミングスクールがあれば、1歳などの言葉が出ない時期に父に水に落とされて、水トラウマがあったとしても、小学校のころには、水が怖くない子供になれたのかもしれません…。
実際に私に起きたことは、水が怖くて、下を向いてシャワーが浴びれず、髪の毛も洗えないほどなのに、普通に水泳の授業はあって、水が怖くない子どもと同じレベルのことを強要され、小学生時代の水泳の授業は
まさに、臨死体験でした。
当時もっとも悲しかったのは、このトラウマから守ってくれる大人がいなかったことです。親には「この子は水トラウマを持っているので、水泳の授業は受けさせません」と先生に通達するか、水泳がある日は学校に行かないとか、自分の心を守るのに、協力してほしかったということです。
なんせ、落水のトラウマがあるのは、私のせいではなく、父親のせいなのですし、落水が起きた日が赤ちゃんすぎて、本人は自覚もできないまま、ギャーって、トラウマ反応なんですから。
身体化されて、水=恐怖、ってなっていました。
この記憶は、ロッククライミングで殺されかけて思い出しました。2018年です。そして、8年後に水トラウマを克服しました。もう50年以上の持ち越しです。本来は、学生時代にも、楽しくスイミングで来たはずの時間は、ただただ、水からどうやって逃げて回るか?どうしたら泳がされずに済むか?ということを考えて過ごしました。
大人のスポーツは何を着地点にするか
私自身がヨガの先生でもあり、登山ガイドの有資格者でもあるのですが、大人の運動って、競争を持ち込むべきでないと思います。
でも、実際は、日本人は子供のころから競争させられてきているので、いきおいそのまま、競争モードに突っ込んでいる大人が多く、そういう人は心に深い傷…競争に負けたことを抱えています。
そういう人は無作為抽出で、他者を攻撃してきます。
おじさんが多いですが、おばちゃんでもいます。多いのは、無言で競争を仕掛けてくる人です。
水泳なら死にませんけど、ロッククライミングでも、これをやる人がいて、クライミングに行く前から破綻しているとしか思えない計画で行き、実際に事故死(という風に統計上はなるが、分かっている人から見たら自殺行為)をやっている人が後を絶ちませんでした。
こうしたプール事情の対策として、最後に私の水泳の先生は、男の人のいるレーンで泳がないように、3人以上は危険、というアドバイスをくれました。これなど、女性が生涯スイマーとなるには、事故を避けるのが大事なので、非常に有益なアドバイスと思いました。
競争的環境で泳がないとすれば、じゃあ、どうすればいいのか?
その答えは、大人は自分で編み出していかないといけないのです。
そして、それができない人が、競争を選ぶのです。
なぜなら、プリインストールされている価値観が競争で、それは子供時代の名残だからです。だから、大人になっても競争している人は、なんか子供っぽい印象を持ちますよね。
スイミングメイトとの心の交流(コミュニティ、居場所)
水泳技術の卓越性(キャッチの感覚、フォームの美しさの追求)
健康維持・体力づくり(週1回の習慣化)
水の抵抗を感じる、浮遊感を楽しむ(マインドフルネス、感覚の解放)
自己ベストの更新(過去の自分との比較、成長の実感)
日常からの離脱・デジタルデトックス(水の中の静寂)
リカバリー・疲労回復(アクティブレスト、浮力によるリラックス)
新しい泳法やスキルの習得(知的好奇心、挑戦)
季節感や環境を楽しむ(屋外プールや海での遊泳)
ただ「水に浸かる」ことによる癒やし(ハイドロセラピー的側面)
私はエニアグラムタイプ1なので、水泳技術の卓越性に傾きがちなのです。正しく泳ぎたい、ってことです。「無駄」を嫌うタイプ1にとって、流体力学に基づいた合理的な泳ぎを身につけることは、知的好奇心と美意識の両方を満たすのです。だから、82歳のおばあちゃん先生も、そういう方でした。その先生に出会うまで、4件も水泳教室を訪ね歩いて、見つけたんですよね。
先生側の立場で言えば、ヨガの時は、女性が価値を見出すのは、交流や運動不足の解消、リカバリーでした。私のように瞑想状態に価値を見出す人は少なかったですが、おまけのようなもので、もれなくついてきます。
大人になれなかった大人、つまり競争的価値観を脱することが結局できず、自分なりの価値観へ自己分化することができなかった人が、他の大人に迷惑をかけまくっている…それが、市民プールです(笑)。
今後はTI(トータルイマ―ジョンスイミング)の方法論で、ときどきチェックを入れながら、泳いでいこうと思っています。
心の傷を負った大人はどこへ行けばいいのか?
競争的価値観で、泳いでいる人は多く、日本では、どうも、そういう人は、競争的価値観の環境に居ればいるほど、癒されず、老いというものは、成長曲線ではなく、減衰曲線を眺めるものなので、「自分は優れている」と主張しようとすればするほど、逆に「衰え」を眺めることになってしまい、結果、終わりのない敗北を眺めることになってしまい、フラストレーションを貯め、爆発する、ということになっていると思います。
「自分は優れている」と証明し続けなければならない強迫観念は、かつて受けた心の傷(ありのままでは認められなかった経験など)の裏返しであることが多く、その場に留まる限り、心の再養育(リ・ペアレンティング)は困難です。
そういう人は、いったいどこへ行けば、競争的価値観で止まってしまった自分の心の成長を、再養育できる場にたどり行けるのか?
私が思うには、個人レッスン、がいいと思うんですよね。
というのは、私はクライミング歴40年の師匠がいたのですが、ある意味彼は、有名クライマーになれなかったことで、深く傷ついていましたが、私と二人きりで登る中で、私がクライマーとして成長するプロセスで、彼のほうが癒されていた…からです。40代だから、これくらいできれば十分だ、クライミングは怖いものだ、などなど…、私を見ることで、彼自身を許してきた、ようだったからです。
「ケアする側が、ケアされる側の成長を通して、自分の中の傷ついた子供(インナーチャイルド)を癒やす」という、相互的な再養育が心理学では、親業と言われています。
「○○ちゃん、クライミングは分かればわかるようになるほど、こわいもんやで」など、おそらく、怖いと思っている彼自身にかけていた言葉でもあったのでしょう。
競争的価値観から、彼が脱した瞬間があり、それは、クライミングで瞑想を価値とできたときでした。あの時に、脱・競争的価値観が完成したんだろうと思います。
大人の水泳個人レッスンが脱・競争的価値観に良い理由
1. 「絶対評価」の世界への移行
個人レッスンでは、隣のコースの誰かと比べる必要が物理的にありません。
心の変化: 「あの人より速いか」ではなく、「前回の自分の感覚とどう違うか」「今、自分の指先はどう動いているか」という主観的な真実にだけ集中できます。これは、外側に剥き出しになっていた意識を、自分自身の内側へと連れ戻す作業です。
2. 「適切な承認」による再養育(リ・ペアレンティング)
優れたコーチとの個人レッスンは、心理療法における「セラピストとの関係」に似ています。
心の変化: できない自分を否定されるのではなく、「今はこういう状態ですね」と正しく鏡のように映し出してもらい、微細な変化を拾い上げてもらう。この「見守られている」という安心感の中で、競争に疲れた心は、ようやく「武装」を解いて成長を再開できます。
3. 「減衰」を「深化」に書き換える作業
大人(シニア層)の個人レッスンでは、筋力で押し切る泳ぎではなく、骨格や水の抵抗を計算した「賢い泳ぎ」へとシフトしていきます。
心の変化: 若さという「量」の勝負から、熟練という「質」の勝負へ。これは単なる衰えではなく、「余計なものを削ぎ落として本質に近づく」という、大人にしかできないクリエイティブな成長曲線です。
4. 自分のペースを「奪われない」特権
日本の集団レッスンでは、全体の流れに合わせる(同調圧力)ことが求められます。
心の変化: 「今日は疲れているから、浮かぶ感覚だけをやりたい」「この動きを納得いくまで30分やりたい」。自分の心身の声を最優先にし、それを他者に受け入れられる体験は、自己決定感を取り戻す強力なプロセスになります。
ホントにメリットだらけ。私は形式上は、弟子でしたが、子育てをしたなぁって感覚が、実はその40年のベテランクライマーに対してあるんですよね(笑)。
そして、あれは、本当に価値のある、60代の男性への再養育、だったと思います。