↓
地権者との交渉
↓
アプローチ整備
↓
岩の清掃
↓
クライミング
=安全に登る
=ノーマットとか
ランナウトとか、命知らず自慢をしたい人は
自分でルートを発見し、他者に公開すべきではない。
(公道ではシートベルトの法則)
つまりハイキングも有料。
今までのやり方では、地元には、デメリットしかない。
クライマー
=自覚不足の人たち
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地権者との交渉
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アプローチ整備
↓
岩の清掃
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クライミング
=安全に登る
=ノーマットとか
ランナウトとか、命知らず自慢をしたい人は
自分でルートを発見し、他者に公開すべきではない。
(公道ではシートベルトの法則)
つまりハイキングも有料。
今までのやり方では、地元には、デメリットしかない。
クライマー
=自覚不足の人たち
■ 優しくすると…どんどんつけあがる現代のクライマー
以前、アイスクライミングに、冬の靴も、ウエアも、アックスも貸して連れていく羽目になったことがあるのですが…、次を断ると、
「ケチ!」
と言われたことがあります…。冬靴4万円。冬のシェル4万円。アックス1本3万円×2が最低。+ロープ、アイス専用。他にも、いろいろありますが…
連れていかれる人はどんどん増長
します。
■ 最初に親切にしたら、その人は次の人にも親切にする?? しません!!
”最初に親切にしたら、その人は次の人にも親切にする”、
は、現代の人心を正確には表現していません。これは最初の師匠の鈴木さんの思想ですが、間違っているということを確認しているのが、私のクライミングの歴史です。
■ 既得権益化
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人は一度手に入れた権利を既得権益として認識します。
一度手にしたものを手放す時の喪失感は、同じ価値をもらう以上に高いというのは、心理学でよく言われる話です。ここでも同じような「勘違い」が起きてしまうのかもしれません。
実際に自分がそのシチュエーションになって初めて気が付くのでしょうね。
ーーーーーーーーーーーーーーー
■ 現代のクライミングの普及において、何が核心化しているか?というと
1)最初に親切にしすぎ…
何もかも貸してお客様待遇でクライミングに連れて行ってあげる
=既得権化して、権利意識が強いモンスターを作り上げる
2)マナーが悪い
=岩場にうんこ
=なぜなら、岩場に愛着がない
=だから、自治の発想がない
3)頭が悪い
=トップクライマーと登っても死ぬ人がいる
=なぜなら、事故内容を分析すると、ほとんど防げる自業自得の事故
=なぜなら、自学自習できない
=なぜなら、土台の知識レベルが下がっている
=加えて、教育が悪い(無い)
=つまり、昔はあったものが無くなっている
■ 対策
以上を対策すると?
1)最初にモノを貸してクライミングに連れて行くのは、一回目だけ。
本当にやりたいかどうか?を確認する手段、と釘をさす。
2)岩場に愛着を持たせる
3)教育はかみ砕く、え?と驚くレベルへ。そもそも論が欠けているため。
■そもそも JFA依存症は好きになれない
故・吉田和正さんも、別にJFA礼賛していなかったし、JFAがクライマーの中から発生した自主独立の、自治性の高い組織として尊敬、していますが… どちらかというと、今回の組織改編で、中央集権制の権力化に傾き、”JFAにさえお願いすれば大丈夫”みたいな、各地の岩場からのJFAに対する依存性を高めよう、とする方向性に移行しているようにしか思えない。
まるで、補助金行政に群がる市民みたいに、JFAにお願いお願い、という体制は好きになれない…
以前、JFA所属のあるクライマーさんが、近所の岩場を整備した記録をこのブログに上げたら、”次からは俺らに報告するように”、となんか超エラソーでした…
はぁ?って感じでした。なんで自主的に岩場のコケを落としただけで、今日はコケを落としましたってJFAに報告しろって言う話になるんだ? それ言われた人の身に立って、考えたら、どういう方向に意識が働くか?っていうと、
そんな報告をしないといけないんじゃ、めんどくさ!二度と行くまい、
になるでしょう。
つまりこれを言ってきた人は、お役人根性ってやつですね。自分のものでもないのに、権力をかさに着ている、許可と提供の文化ってやつで、今、全国の地方自治で問題になっています…
つまり、なんでもお上にお願いお願い、ってやつです。お上の方も、お願い、されるんだったら、やってやろう、みたいなスタンス。ひらたく言えば、共依存、です。
本来は住民の自治で実践するべきことでしょう。お上不要。
JFAは存在価値がこれまでの時代はあったと思いますが、もはや、権力腐敗の匂いすらしてきていますね…
■ 温情的でないJFA
JFAは、日本のクライミング界に必要な組織で、これまでの功績は多大だと思います。
が… 温情的組織でないことは、今回、送られてきた議事録を見て残念に思いました。
書かれていた、去年まで事務局長だった井上大助さん(CW)へ対する処遇を見て、JFAへの信頼は、一気に減らしました。
なにしろ、リボルトしなくてはならない!という発想を作ったのが彼で、そしてリボルト職人への並々ならぬ情熱を傾けてきたのが彼、なんですよ?
一般クライマーからは、JFAと井上さんは、ほぼイコール関係に見えていました…。ま、小うるさいお母さんみたいには見えていましたけど…(笑)。
JFA=井上大助。その一体感というか、そのイコール関係は、彼が自分を案内してくれた影の功績者について言及しないから…であるのは、福岡を案内して分かりましたが…つまり、一緒にいるのに、なんか一人で行動しているように見える記述で驚いた…。
しかし、そこを引き算しても、JFAの事業のうち、リボルトだけが現在まっとうに機能している事業です。
悪口になり、すいませんが、『フリーファン』なんて、中身のない雑誌、誰も読んでいませんよねぇ…。名前は忘れたけど、別のですごい面白いのがあったでしょう…。ツヨツヨクライマーばかりが寄稿している…あっちのほうが普及しないのが不思議。
今回も、特集、”チョークとパモ”ですよ… 要するにボルダラーのマナー特集です。理由はボルダラーのマナーが悪いから。
そして、チョークを肯定するためのアルパインクライマーこき下ろし…。これじゃ、互いの理解ではなく、反目をさらに助長させます。
もはや、終いには、チョークに粘着力つけて、登り始めそうな勢いです。それ、エイドってば…。アルパインの奴らが気に食わない以前に、そもそも、フリーじゃない。アルパインの人に見下されて嫌なのは理解できますが。その嫌っているアルパインのクライマーがやっているエイドクライミングに、自分のボルダリングが同一化して言っているのを理解していないのでしょうか?
あ、話がそれましたが、リボルトがメイン事業って話です。それから井上さんを除外するって、どんだけ? 自分が育てた子供を引き離される母親でしょう…。ああ、かわいそう。
情報公開などがJFAの基準に合っていないとありましたが、そもそも、JFA自体が情報公開ほとんどしていない。
うさんくさーい感じ、です。
外注する職人が自分の調達した材料でやらせろ、って当然なんで、発注者のJFAが反発する意味わかりません。大工さんに、家の造作をお願いするときは、材料を施主は買ってきたりしません、そんなの、大工さんが持ってきた材にお金払うのが普通です。もちろん、床板は杉でお願いします、とかそういうのはやりますけど。クライミングに直すなら、”25kNの強度が出ているやつ”っていうのは必須でしょう。資材提供をさせず、作業だけにさせれば、労働の喜びを奪います。労働者への不遜な態度でもあります。
さらに言えば、リボルト職人としても、もっとも多くの知識が溜まっているのは、井上さんでしょう… せっかくの彼の10年、20年の経験値を葬り去ろうとでもいうのでしょうかね???
つまり、クライミング界全体のことを考えていないで、私怨の匂いぷんぷん… なにしろ貴重な、”他の人に教えられる”レベルの職人です。
井上さんは理事長時代も、JFAの月給が未払いで大変そうでした…。お金がなくてカツカツみたいでした…。今もリボルトが主力事業でしょう…なのに、干されたら、メインの収入を奪うことになります。
また、彼の過去の努力はどうなるの…?と、とても無念でしょう。お気の毒です…。
もちろん、欠点がなかった、とは思いませんが…(例えば、正確に職人を育てることに注力しすぎて、職人が育つのが、牛の歩み、とか)でも、仕方ないですよね、欠点がいない人間はいないし、いい加減なことはできない、と固く念じたためだったとしたら。
どうも九州では(というか日向神ではなのか?)理解されていないようですが…。
カットアンカーは終コン、ですよ。
私がカットアンカーの仕組みを理解していない(ボルトの短さは強度と関係がないのだそうです。へぇ~。Byマサさん。マサさん、ありがとう~)のは、事実かもしれないですが、
カットアンカーを理解することは、クライマーとして全く重要なポイントではない、
です。
カットアンカーは悪くない、を主張する日向神クライマーにマサさんの指摘を伝えたところ、カットアンカーを理解していないのはお前だろ、と、連絡がきましたが。
私がカットアンカーを理解することより、九州のクライマーがカットアンカーのルートを主体性をもって判断しつつ登れる、ほうが大事です。
カットアンカーについて理解すべきは、唯一…終コンのボルトということです。
とっくの昔…30年前に賞味期限切れのボルトです。施工が成功していて、ピカピカ状態で、せいぜいカム並みの強度しかない。
(1kN~最大15kN。UIAAが規定するスポートルート(=ボルトルートと言う意味)の強度基準は、25kN。スポートルート以外で落ちまくる=リスクテイキングなクライム、が世界のクライマーの定義です。ボルトルート登っているつもりでトラッドやっているのと同じです)
ので、落ちたい人は、各自の判断で勝手に落ちればいいでしょう。
私は、サビたカットアンカーでバンバン落ちる登りをしたいとは思えない、ですので。
”古いカットアンカーは安全です”、みたいな話だったが、ではなぜ更新になるので?というので、この方面に突っ込むのは、めんどくさい議論だった。
結論: カットアンカーの支点は終コン。
終コンのボルトで落ちる登りをするかしないかは、個人による。
したい人はご自由にどうぞ。
![]() |
| ボルトの短さは強度と関係がない |
![]() |
| ボルトの短さは強度と関係がないそうです |
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| カットアンカーの全体像 今も新規開拓で使う人がいます |
ある時、三人の若者が山の中で吹雪にあい、遭難しそうになった。 C君はぐったりしてうごけなくなった。途方に暮れたA君、B君のうち、A君は頭の良い人で『このままでは皆があぶない。僕が一人で先に様子を見てくる』と言って、二人を置いて、身軽に行ってしまった。
ところが待てど、暮らせど、戻ってこない。残されたB君は、『まぁ仕方がない。ともかく凍えるよりは』と、倒れたC君を背にして、とぼとぼと雪の中を歩き始めた。
さいわいB君も、C君も救助隊に助けられたが、途中で彼が遭遇したのは、なんと一人で先に進んだA君の死体だった。
その時、B君が電光のように悟ったことがある。『僕はC君を助けるつもりで歩いていた。だが実は、背にしたC君の体のぬくもりで温め合い、自分も凍えず助かったのだ』
■ 開拓vsリボルトの比較
開拓 vs リボルト
自分が登るため ⇔ 他人が登るため
プライベート ⇔ パブリック
白いキャンバス ⇔ すでに描かれたキャンバス
自由度あり ⇔ 自由度無し
名誉 ⇔ 名誉なし
命名権あり ⇔ 命名権無し
ボルト代100円時代 ⇔ ボルト代1000円時代
ということです。
先日、著名なボルダー開拓者から、「開拓者はつくづく損だ、誰かがやってくれるとみんな考えている!」という苦情が上がっていました。
ボルトを打たない、ボルダラーの開拓者からすら、そうなのです。
であれば、一番くたびれ損なのは、リボルトしてくれる人だと思います。
私が考える、もっともあるべき道は、自分が開拓して、その開拓したルートのボルトが、経年劣化したために、責任を取って、自分でリボルトする、ということです。
■ グリーフケア
クライマー向けグリーフケア
としてリボルト職人があるというのは、可能性があるかもしれません。
私は弟を24歳の若さで亡くしていますが…、クライミング活動は、なんとなく、弟に付き合っている感覚でした。ある意味、弟の死に対するグリーフケア。
アルパインでは、新井さん、講習生仲間、など、初期に亡くしています。リードで人を落としてしまった人にも会ったし、自分が落とされて頭を縫ったし、ソロで登っている墜落を見たり、九州では一発目のクライミングでグランドフォールを見たし…、もちろん、吉田さんの死もありました… というので、
クライミングのリスク喚起=死者への弔い
です。リボルト職人と言うのは報いがない仕事ではありますが、グリーフケアとして、無心でボルトを交換する、というのは、ありうるかもしれないなぁと思いました。
■ クライミングで、死に筋を外すとは?
平地での安全安心は、足元が崩れない大地に立っていること、です。
高所での安全安心は、壊れない支点にぶら下がっていること、です。
死に筋を外すには、この平地と高所の大きな差を分かっていないとダメですが…そこが一番大きな発想の転換で、クライミングをスタートした初心者の人たちにとって理解するのが一番難しいポイント。
■ クライミングの成功とは?
死に筋を外していることです。
つまり、考え方として、常に高所ではセルフにぶら下がっている、という発想が身についていること。
落ちてもフリークライミングやスポーツクライミングではもちろん、平気で死にませんが、だからといって、バンバン落ちて無駄なリスクを取らなくても良いわけです。