■ パートナー骨折の知らせ
富士山麓のロゲイニングの大会から、帰ってきたら、いつも一緒にクライミングに行ってくれる人から、メールが・・・
タイトル: やってしまいました・・・
??? 何を?
と本文を見ると・・・ 骨折・・・(汗)。
あーあ・・・
骨折かぁ・・・さぞ痛いんだろうなぁ。骨折。 生まれて初めてヘリに乗ったそうである(汗)。
■ スキル関係なし、らしい・・・
この人は、学生時代から大学山岳部だし、著名な会に所属しているベテランで、私は小川山レイバックに以前の相方(初心者)と一緒に行った時に、トップロープを張ってもらったことで知り合った人だ。
要するに、うっかりの怪我などしそうにない熟達者の域の人。
なので、骨折の知らせには驚いた。
でも、熟達者かどうかは、骨折するかしないか、つまりうっかりの転滑落には関係ないのかもしれない・・・。
最近別の人で女性だが、長年アルパインやクライミングをしている人も、普通にトライしていて、フォール、打ち所が悪くて、足首の内部の骨を骨折されている。
これも落ち方が悪かったと言えば、それまでだが、一瞬のことで落ち方までコントロールできなかったろうし、例えば、頭から落ちるなど、特別初心者じみた落ち方をしたわけではない。ビレイヤーもマズイ止め方をしたわけではない。
なので、不可抗力と思える事故だ。
だが、どうであれ、骨折は骨折で、自宅療養が長くなり、大変な事態であることには変わりがない。
今回のパートナー(と呼ぶにはおこがましいが・・・。まぁ大先輩)の骨折も、結局、技術的な要素の不足があったとは思えない。
技術があっても、骨折するときには骨折するのだ、ということなのだろう・・・。
■ 予兆
それにしても、予兆というのか、佐久にクライミングに行った折り、なんと3回も落石によりフォール・・・
どれも、ハンドホールドにしていた岩が欠けたものだ。
そのうち一回は私のビレイ中で、私の上にもラクがあったんだが、あの時は落石のラインがゆっくりスローモーションで見えた・・・
以前、雪上訓練で、ピッケルを上にして構える滑落停止で、ピッケルの向きを間違ってしまった時に、あおむけに寝そべりながらピッケルの向きを直したが、この時のラクもそんな感じで、軌道が見えたので、避けるのはそう大変でもなかった。
ただ落ちた側にしてみると、なんで俺だけ・・・な状況だったと思う。何しろ、その時は6人で登っていて、まったく一人だけに集中的にハンドホールドの欠けが起ったからだ。
一回のクライミングで3回も起ることはめずらしい・・・特に良く登られているゲレンデ・・・小川山などでは、ほとんどホールドが欠けるなんて考えなくて良いからだ。
いやはや・・・あのラクは、何か神の予言的なものだったのだろうか?
■ 休めのサイン
病気は、体にアクセルをふかしすぎたツケと考えられる。
生活習慣病を始め、心臓病にしても、習慣の累積が病気の根本原因だ。そう言う面では、病気はある意味、体からの休め、のサイン、と言える。
信じがたいことに、事故も同じだと言われている。事故なんて、運じゃないの?と思うのだが、そういう考え方だと治るものも治らないから、そう言われているのだろう。
自分の身に起こること、すべてが、起るべくして、自分に必要だから起っている、と考えることで、療養の時間を前向きに過ごすメンタリティが出来上がる。
おそらく、大事なのは、運か不運かということを判定するよりも、どちらにしても、事故は起ってしまったことなのだから、体を休める機会として、最大限に活用したほうがよい・・・ということなのだろう。
しかし、それにしても、こんなにも多くの”休めサイン”があるということ・・・は、それだけ、みなの体が酷使され、体のケアがおろそかにされてきた、と言うことであるかもしれない。
私はヨガを教えているので、体のケアについてはよく知っていないといけない立場でもあるのだが、その私自身についても、バレエでもヨガでも登山でも、どちらかというと、不調が始まってから、酷使に気が付いている・・・自分に鞭打つタイプである、ということは、そもそも、クラミングや登山が好きだということから、自明のようなものである。
そう言うやり方では、体は反逆しますよ、体が反逆しなくても、事故によって、強制休養になりますよ、ということなのだろうか?