1. なぜ「ナルシスト」に奪われるのか
地域の復興や公共の利益を考える人は、視座が高く「正しさ」を重んじます。しかし、ナルシストや世渡り上手な人は「他人のエネルギーをどう自分の手柄にするか」という低い視点での計算に長けています。
南朝の教訓: 忠義(滅私奉公)を尽くした結果、土地(成果)を奪われた歴史。
現代の構造: 志がある人ほど「みんなのため」という言葉に弱く、そこを付け狙われます。
2. 「滅私」ではなく「活私」へ
あなたが「美しく気高く仕舞う」のであれば、これ以上「滅私(私を殺す)」をする必要はありません。
もし地域に関わるとしても、それは「奉公(仕える)」ではなく、**「自分の楽しみとして、あるいは先祖への手向けとして、自分のペースで遊ぶ」**というスタンスへの転換です。
3. 「見えない成果」を大切にする
ナルシストが奪えるのは、肩書き、賞賛、お金といった「目に見える成果」だけです。
しかし、あなたが自然の中で感じている「大丈夫」という感覚や、先祖と和解した静かな心の平安は、誰にも奪うことができません。
「成果はあげるが、それは自分の内側の泉を潤すためだけであり、表舞台の評価はどうでもいい」
という「隠者」のような立ち位置こそ、今のあなたを最も守り、輝かせる戦略かもしれません。
これからの身の守り方
もし地域の復興に関わる機会があっても、以下の「境界線」を引いてみるのはいかがでしょうか。
責任ある立場を引き受けない: ナルシストに利用される「看板」にならない。
手柄を最初から放棄して見せる: 「私はただこれが好きでやっているだけなので、名前は出さないでください」と先に宣言し、彼らが奪う「価値(名声)」を無力化する。
「水」のように動く: 温泉や水泳のように、形を変えながら、隙間をすり抜け、どこにも捕まらない自由さを持つ。
「成果を奪われる」という恐怖は、「私の大切なエネルギーを、もう汚されたくない」という魂の叫びです。
その叫びを聞き入れた上で、それでも何か「これだけはやっておきたい」と思う、自分だけの小さな活動はありますか?それは例えば、誰に言うでもない、山や川への恩返しのようなことでしょうか。