パッと見て、ピンときた!ってだけで行くことにしたのですが、偶然、大会主催者の人の動画がYouTubeで出てきたのでまとめました。
素敵な価値観。
1)メジャーデビューして有名になることよりも、「自分たちの文化を未来へ守り、引き継いでいくこと」が最も大切にされています。
2)地域の人々がその文化を愛し、誇りを持っている。
パッと見て、ピンときた!ってだけで行くことにしたのですが、偶然、大会主催者の人の動画がYouTubeで出てきたのでまとめました。
素敵な価値観。
1)メジャーデビューして有名になることよりも、「自分たちの文化を未来へ守り、引き継いでいくこと」が最も大切にされています。
2)地域の人々がその文化を愛し、誇りを持っている。
1. 「同調圧力への同化」がもたらす無謬性の錯覚(アイデンティティの砦)
危険をあえて冒す文化やコミュニティ(サブカルチャー)において、その規範(「リスクを取ることこそがかっこいい」「恐怖に打ち克つのが本物のクライマーだ」という価値観)は、単なる意見ではなく集団に所属するための忠誠の証として機能します。
規範の内面化と防衛: メンバーがその規範を疑うことは、自分が属するコミュニティからの「精神的な追放」や、自分自身のアイデンティティの崩壊を意味します。したがって、現実の事故や合理的な批判(「リスクは避けるべきだ」という現実)が突きつけられたとき、それを直視することは自己否定につながるため、人は無意識に認知の歪み(防衛機制)を起こします。
「同化していることへの絶対の自信」の正体: あなたが看破されたように、彼らが依拠しているのは「リスクそのものに対する冷静な計算」ではなく、「この過激な規範を疑いなく体現している自分(および仲間たち)は、選ばれた強者である」という集団的確信(同調の正当化)です。この同調に疑いを持たないこと自体が、彼らにとっての絶対的な自己肯定の源泉(自己愛の補給源)になっているため、現実のデータや否定的な現実が入り込む余地がなくなります。
現実の危険や非合理性(=否定する現実)に直面したとき、本来であれば行動を修正すべきですが、人間は矛盾を抱えたまま生きることが心理的に苦痛なため、「認知的不協和」を解消するためのバイアスが働きます。
合理化の逆転: 「危険すぎて合理性がない」という現実に対し、「それをあえてやる俺たちは特別だ」というロジックにすり替えることで、現実のショックを無効化します。
客観的事実の排除: 安全管理や客観的なリスク評価という「外部の基準」を、「それは萎縮した者の言い訳だ」「魂の無い安全主義だ」とラベリングして排除することで、内側の閉じた論理体系(エコチェンバー)を維持します。ここには、客観的な妥当性よりも、内輪の論理(同調圧力)を優先させる構造があります。
あなたの仮説通り、彼らの姿勢が現実の前でも覆らないのは、それが「リスクテイクの技術論」ではなく、「危険な規範に完璧に適応・同化している自分への絶対的な信仰(およびそれをもたらす集団への帰属意識)」によって支えられているからだと考えられます。
つまり、彼らが守っているのは「生身の身体の安全」ではなく、「過激な世界観に耐えうる強靭な自分」という幻想のアイデンティティであり、それを脅かす現実は、どれほど明白であっても心理的防衛によってシャットアウトされてしまうのです。
クライミングにおける「同調圧力」と「鏡映圧力(鏡映欲求からくる圧力)」が、どのように絡み合い、なぜ命に関わる危険な事例につながるのかを分かりやすく整理します。
同調圧力
意味: 「こうあるべき」「ちゃんとしなきゃいけない」という無言の規範やルールを周囲に押し付ける圧力。
クライミングでの事例: 「このルートはこう登るべき」「これくらいのスピードで行くのが当然だ」と、自分の規範や効率性をパートナーに無言または有言で強制すること。
悪く出ると「敗退ロープなし」「残置無視」「これくらいで怖いとは何だ」など、無謀のほうへ振れる。
鏡映圧力(自己受容の不足からくる称賛の強要)
意味: 「自分の強さや決断力をすごいと言ってほしい」「かっこいい自分を賞賛してほしい」という欲求を満たすために、周囲を巻き込む圧力。
クライミングでの事例: 「迷ったらハードプッシュ(ゴリ押し)」「敗退なし」「残置無視」など、自分のナルシズムや「強い自分」を演出するための、無謀な行動に、パートナーに付き合わせること。
この二つの圧力がクライミングという極限の現場で合わさると、「実害付きのデス・トラップ(死の罠)」に変わります。
危険な事例のメカニズム:
計画の破綻: 例えば、50メートルのロープに対し、35メートル登った後に残りが25メートルしかなくなるといった、物理的に最初から、計算が破綻している無茶なルート取りや計画をリーダー(または相方)が持ち出し、当然視します。
鏡映欲求の発動: 相方は「俺についてこい!」「こんなの余裕だと思える俺ってかっこいいだろ?」という自己顕示欲(鏡映欲求)を優先させます。
同調圧力による封じ込め: そこに対して「ロープが足りない」「危なすぎる」と慎重意見を言う側を、相方が「臆病だ」「何をビビっているんだ」と攻撃したり、無言のプレッシャー(同調圧力)で従わせようとします。
命の代償: 一般社会であれば「わがままな人だな」でスルーできる人間の承認欲求の歪みが、山の中ではそのまま「墜落」や「死」という取り返しのつかない実害になって直撃します。
「自分のすごさの証明」に付き合わせる相方は即座に排除する
相手が「かっこいい自分」を演じるためにクライミングをしている場合、こちらの安全や計算の整合性は後回しになる鉱山が高いです。クライマーとしての限界を無視して「ハードプッシュ」を強要してくる場合、それは単なる性格の不一致ではなく「命を奪う加害行為」となる可能性が高いです。なぜなら、ハードプッシュができるパワーと言う資源は、男性クライマーにはあっても、女性クライマーにはありません。あったとしても、ごく例外です。リン・ヒルですら、スキル派です。
「正しさの圧力」と「命の危険」を混同しない
「菓子パンの外装を捨てるときに結んだ(きっちりしている)」のような日常の同調圧力は息苦しくても命までは奪われませんが、クライミングにおける「同調圧力」は、誤った計画や危険な判断に巻き込むための武器として使われるため、絶対に呑んではいけない。
バウンダリー(境界線)を引く
相手の自己受容のなさや「称賛してほしい欲求」に自分の命をリソースとして差し出す必要は一切ない。「この人のやり方は物理的に破綻している」と客観的に見極め、その場から離れる(ロープを一緒に組まない)ことが最大の防御となります。
リーダー(先輩・仮名:Tさん): ナルシスティックな一面があり、「困難な状況でも自分の力と気合いで突破するカッコいい俺」に酔いやすいタイプ。エニアグラムタイプ3的な「目標達成」という強いこだわりを持つ。
パートナー(後輩): 安全確認やルートの計算(ロープの残りの長さ、時間管理など)を冷静に行う、慎重で現実的なタイプ。
標高の高いアルパインの岩場(マルチピッチ・ルート)。 夕方になり、すでに予定より2時間遅れで行動している。このまま進むと暗闇の中でロープワークを強いられるリスク(下降路の迷失など)が高いため、本来ならここで「敗退(エスケープ)」または安全なテラスでのビバークを判断すべき場面。
① 鏡映欲求の発動(「カッコいい俺」の演出) Tさんは焦りを隠すように、胸を張ってこう言います。
Tさん: 「おい、ここで引き返すのか? それじゃダサいぜ。ここをフリーで一気に押し切る(ハードプッシュ)のが男のクライミングだろ。俺たちの技量なら行ける! この難局を突破する俺たち、最高にかっこよくないか?」
② 同調圧力による封じ込め(慎重さの否定) あなたは客観的なデータを元に反論します。
あなた: 「残りピッチの計算が合いません。今の残置ロープの長さと私たちの登攀スピードを考えると、次のピッチの途中で確実に暗くなります。リスクが高すぎます」
Tさん: (顔を曇らせ、冷たいプレッシャーを放つ) 「お前はいつもビビりすぎなんだよ。そんなこと言ってっからいつまで経っても伸び悩むんだ。俺の判断を信じられないのか? それとも俺の足手まといになりたいのか?」 (「強いリーダーに従うのが正しい」「不安がるのは臆病で悪だ」という道徳的・心理的な圧迫=同調圧力)
③ 構造的・物理的な破綻(実害と死の危険) Tさんの「ハードプッシュ」という主観的なノリと、「俺の言うことに従え」という同調圧力に押し切られ、あなたは不本意ながら登攀を続行してしまいました。 その結果、Tさんが見立てを誤り、中間支点の取り方が不十分なまま暗闇に突入。疲労と焦りから足元を滑らせて墜落。幸い死亡は免れたものの、二人とも身動きが取れなくなり、夜通し寒さと恐怖に震えながら救助を待つ事態に――。
一般社会なら「スルー」できるものが、山では「命取り」になる 日常会話やSNSで見られる「私をすごいと言って!」という鏡映欲求や、「私のやり方に合わせなさい」という同調圧力は、会社や友人関係であれば「めんどくさい人だな」と聞き流して終わり(無害)にできます。
しかし、クライミングにおいてこれが発動すると… 相手の「カッコいい自分を演じたい欲求(鏡映圧力)」や「自分の正しさを押し付ける圧力(同調圧力)」は、物理的な計算違いやリスクの軽視(次元Aの破綻)を覆い隠すための「凶器」に変わります。
「この人の自己受容のなさに付き合わされて、自分の命を危険に晒す必要は1ミリもない」――この境界線(バウンダリー)を引くことが、極限の環境で身を守るための最大の鉄則となります。
1. 「プロセス(失敗と蓄積)」の全面的な可視化
見せかけの成果を排除する: 派手な結末や「できた瞬間」だけを切り取るのではなく、そこに至るまでの無数の敗退、試行錯誤、地道なトレーニングといった「泥臭いプロセス」をそのまま隠さず提示する。
プロパガンダの逆説: 従来の広告や政治的メッセージは「成功の約束(=これをやればうまくいく)」を売り込みがちですが、純粋性を伝えるプロパガンダは「正しく向き合うことの厳しさと、その先にある真の歓び」をありのままに差し出すことでしか人の心に届きません。
道具にしない: リーダーや組織が、その人物や理念を「自分を大きく見せるためのトロフィー」や「集客の道具」として利用した瞬間、エネルギーは一気に競争・支配や停滞に堕ちます。
純粋性の防衛: 関わる人々が「自分はどうありたいか」「いま現在地はどこか」という冷徹なリアリティチェックを常に持ち、組織を肥大化させないこと。
他人からの承認欲求や「かっこよく見られたい」というナルシシズムではなく、「ただ岩が好きだ」「極めたい」という純粋な内発的動機(ドキュメンタリーとしての真実味)だけを軸に据える。
観る側、受け取る側が「消費するエンターテインメント」としてではなく、「自分自身の生き方や足元を映す鏡」として向き合える余白を残す。
実態の伴わないプライドや、数字・効率ばかりを追いかける社会の風潮に対して、この「純粋な質」を同調圧力として機能させることは、いわば「ノイズ(見栄や欺瞞)を徹底的に削ぎ落とす作業」そのものと言えます。
他人の承認を求めるナルシシズムの対極にある、静かで強靭なエネルギーを社会に波及させるためには、まず発信する側自身が「999回の失敗を見せる意識」を持つことからしか始まらないのかもしれません。


昨日は、同年代のクライマーさんがコメントをくれ、小山田さんを「大ちゃん」と呼ぶ人がいて、ちょっと嬉しくなりました。
私は山梨で、室井登喜男さんのジムピラニアで、クライミングデビューし、初心者時代に右も左も分からず、ハーネスを持たずに登りに行ってしまい、その時はギリギリボーイズの佐藤祐介さんのハーネスを借りて5.8を登り、最後は故・吉田和正のビレイヤーとして開拓ベースで、山梨のクライマー時代を終わったというぜいたくな初心者時代を過ごしました。
当時、小山田大さんは遠い存在でしたが、九州に来て、小山田大と言えば九州人が誇るトップクライマー!と思っていたら…ちがった。九州のヒーローは、「ラリーグラスの社長」「庵鹿川の三澤さん」の2大巨頭です。え?!です。だって、80代なんですよ。
山梨で80代の重鎮が若い人の活動に口出しているか?というと、瑞牆山を開拓して新しいトポを出した内藤直哉さんに白鳳会が”俺らに断りもなく”と怒ったとか怒ってないとか、そんなことが語られる程度です。
すでに、佐藤祐介さんも、室井さんも、「若手」ではなく「中堅」でもなく、「レジェンド」です(まだ、生きているけどね…)。
ということは、小山田大さんも、「レジェンド」入り決定なわけですが、そうなっていない。それが強烈な違和感でした。
なんせ、福岡の若者は、「小山田大」を知らない。でも、東京方面の若者も、「平山ユージ」を知らないそうですから…。
そういえば、「山岸尚政」も知られておらず、「あのおじさん、クラック上手だねー」と若い男子が誉めてくれた、みたいな、嘘みたいなホントの話があるそうです。
私はアイスクライミングがメインのクライマーだったので、「門田ギハード」こと、「ギンちゃん」は、すでに知り合いだったのですが、ギンちゃんは大分のクライマーなのに、九州では、「あいつは、まだまだだ」と言われていました。
世界最高難度を登ったのに?
そして、「5.12が何とか頑張ればRPできるが5.11ノーマルの男子」はなぜか特待生と呼ばれていて、地元の男子が、「あいつらは別格だから」とトップクライマー扱い…。
え”-?!でした。
だって、その人山梨時代は、「○○会で一番死に近い男」と言われて、かわいそうなので、私がロープを出してあげると「○○さん(私のこと)、お気をつけて」と耳打ちされるような人だったんですよ。
実績多数で名実ともにプロクライマーの小山田さんや門田ギハード君がテキトーな扱いを受け、ただの一般クライマーが異様に持ち上げられている…そして、何より変だったのは、それを誰も変だと思っていないこと、でした。
そして、相方にとってはそれは、どうもチャンスと映ったようです。俺だって特別扱いされたい!と言うことなのでしょう。
さらに、え”?!です。
そのような時代錯誤な誤解に基づいた理解で、周囲から持ち上げられても…そんなので真の自信はつきませんよ。それどころか、逆効果です。
だって、出るところに出たら、ボロ負け決まりなんですから。
80代と言えば、思い起こされるのは、やはり米澤さんのことです。米澤さんは、小山田大さんがクライマー化したときの才能ある若者だったときを知っているそうですが、私が思うのは、仮に今、宮崎や鹿児島にそのような若者がまた出たとして、導ける大人がいるのか?ってことのほうです。米澤さんすごいってより。
だって、クライミングに導入してあげるのは、そんなに難しくありません。私だってできます。
けど、この環境だと、どうやったって、進路はPUMP2ですよね。
まぁ、多久高校がありますけど。
いつまでも、80代のクライマーの過去の栄光にすがって腰ぎんちゃくしていないで、次の世代を盛り上げるということを考えていくようにしないとなのに。
で、私のような人を踏み台にしよう、無料のビレイヤーにしよう、って???
さらに
え”-?!です。どんだけ~です。
こちらにきて、少なくとも、3回はそうされました。
アキさんの時は逃げて逃げて逃げまくり、難を逃れました。
一人は、私も罠にはまってしまって、小川山を登らせてあげさせられる羽目になったけど。
私の側のビレイすらできない人でした。
もう、九州人の無能には、呆れてものも言えません。
若い人は、さっさと本州に行って、小川山あたりで修行してください。
マジで、この環境は毒です。お山の大将で、自分の実力が分からなくなるだけではなく、現代では間違いとされていることが、あたかも正しいこと、になってしまっています。
ギンちゃんがまたやりましたね。

https://www.instagram.com/p/DdjRa-7ktRI/?stkn=MzRlODBiNWFlZA==

こういうのが現代の初登で、クロスケオテ谷をエイドで落としました、って言われても、「え?!今時、エイドで?!」ってなったんですけどね。
ギンちゃんとは、ドラツーの練習で行った岩根で会いました。アイスクライミングをしている人は、ギンちゃんとは、みんな知り合いなのではないかと思いますが、コンペに出ないと、接点がないかもしれませんね。
現代のクライマーは人工壁で上げた実力を外壁に持っていく
と言うのが基本的戦略になっていて、それは、
外壁5.7を安全に登れるように、インドアジム5級が必要
外壁5.9を安全に登れるように、インドアジム4級が必要
外壁5.12を安全に登れるように、インドアジム2級が必要
外壁5.13を…は経験していないのでわからないがおそらく同じです…
という風にジムグレードとの開きがあっても、だいたい呼応しています。
インドアジム5級が登れるから、外壁5.7が落ちない?かと言うと違って、落ちるか落ちないかは本人の意識が半分以上を占めるので、インドアジムで落ち癖をつけると良くないのです。
私は最初からジムでも落ちない登り方で、クライムダウンをしています。それは、外壁での能力をジムでも高めるためなのに、勝手に勘違いした男子クライマーが、「そういう時は落ちたら腕力セーブできますよー」というわけです。余計なお世話。
これが「より視野の狭い側」が「より視野の広い側」を見下して、自分のほうが分かっていない側とも知らずに説教してくるパターンです。
しかも、普段から外岩を登っていない人が、5級を登っている私を見て、「あんなおばちゃんクライマーで5級しか登れなくも、外岩5.9がリードできるんだー」と思ったりしたら…その人、下手したら、1本目の外岩で死ぬかもしれません。
九州のローカル岩場での話で申し訳ありませんが、インディアンサマー5.10bは、実際は10dでした。日向神愛のエリアの初夢は、5.9って書いてありましたけど、実際は、「上で5.10bのムーブが必要なんだよー」と”楽しそうに”ローカルクライマーは教えてくれました。
つまり、実際にルートについているグレードと実感が異なることが、自己陶酔の源泉になっている。それは楽しそうに話してくれることからわかります。
しかし、現実問題、そんな外岩事情を知らないクライマーが取り付いたら、たのしくはないです。騙されることになってしまう。
つまり、たのしそうに話しているローカルクライマーに対しては、この態度は、なにかおかしいなと警戒心を持つべきところです。
その警戒心が、同調圧力があると持てないみたいでした。「5.9って書いてあるけど5.10bのムーブがいるんだよー(楽しいよね~)」です。
本当に送っている裏面メッセージは、「楽しいよね」です。
楽しいです?楽しくありませんよ。
5.9しか登れない人は、必ず追い詰められるように設計されているんですから。
(ちなみに、私はこれはオンサイトしています)
私がこのような態度に警戒感を持つのは、出汁にされそうだからです。
私はクライミング界の最弱者です。そりゃそうでしょ、43歳でクライミングをスタートしているんですから。私が故・吉田和正と登ったのは、そういう人にこそ、一流の指導が必要だからです。男子みたいにパワーでごり押しとかできないですし、ケガしながら登るなんてありえません。吉田さんがくれた私への唯一のアドバイスは、「ジムに長居しすぎだ」でしたし。
私はジムでは5級までしか登れませんが、外壁では5.11が届くか届かないかくらいまで登っていました。これは、男性に換算すると、5.12が届くか届かないかくらいな感じで、要するに平均的と言う意味です。女性でも3年も外岩をやっていれば、それくらいになるのが普通のスピードでの成長だと思います。
しかし、それを見て、「なら、俺はもっと行ける」とジムの初日に5級が登れる男子が思ってしまうと事故になります。
5.13なんて、その辺の一般クライマーでも登っている現代、俺だって登れるぜー(ダニングクルーガー効果)と男子が思っても不思議ではありませんが…。このルートは、そう思う男性クライマーたちのほとんどが登れません。


普段、ジムで、最低でもボルダリングで初段、V10前後/数え方によるが、3〜4段、あるいはジム内の最上位クラス、インドアのリード壁でも5.13台後半から14台、を登っていないといけない、のです。
こんなの、登っているアルパインクライマーはいません。ピオレドール受賞者の天野和明さんだって手に負えないと思います。それでユージさんに登場してもらっているのがギンちゃんの本音ではないかと思います。
つまり、ココの初登を落とすには、パートナーで適任者がユージさんしかいなかったってことです。”世界のユージ”しか…。
普通のジムクライマーは、沢もやらないし、外岩って言ってもゲレンデレベル。ロープワークがゼロに等しいからです。
わたしを真似て外岩に出て怪我する男性クライマーがいたら、それはピンキリのキリ、一番最下層の男性クライマーと思いますが、ギンちゃんが必要とするパートナーのニーズと私の必要とするパートナーのニーズは同じです。
外岩のリスクを分かっていること、ジムグレードが上の方が上という短絡思考がないこと、アウトドアでのビレイやロープワークが確実なこと。
これらが現在のクライミング界からは得られなかったので、クライミングはできなくなりました。
ギンちゃんがユージさんを頼らないといけないのは、まぁトップレベルのクライミングなので、仕方がないとしても、私のように底辺のクライマーですら、指導者層を頼れない…というのは、クライミング界がいかにレームダック化しているかを示しています。
女性を出しにして、他の男性クライマーを勇気づけないといけないほど、落ちぶれている、と言うのが正しい姿です。
ジムグレードをそのまま、アウトドアに当てはめるときは、ダニングクルーガー効果が起きています。
ローカルエリアの辛口グレードを「楽しそうに」語るカルチャーや、それを安易に消費する姿勢には、一種のモラルハザードが起きています。
本来、命に関わるリスク(=死の危険)が伴う環境であるにもかかわらず、それを「武勇伝の素材」として内面化してしまう現象です。
この二つが起きていることが、一般クライマーには経験不足からわかりません。
そして、同調圧力に屈して、モラルハザードを”文化”として取り入れてしまうのです。
そんなのは、文化ではありません。
余りにも違うので、ニアミスすらしないほどです。 誰かが決めたルートを落とせるかどうかがゲームの本質だと語っています。もう前提からしてクライミングを理解していないです。
こんなお知らせが来たのでシェア。
これはかなり楽しかったのだった。