■ 事例
内発的動機を仕事に生かすという心理学WSで、行動と非言語が不一致の事例 「内発的動機でやっているから楽しくて仕方ない」という新しいナルナル方法が巷では発見されたらしく…、そういうおじさんが昨日のWSでいました。いや~、びっくり。その人、「他者承認は俺はイラナイんだ!やっていることはすべて自分」と豪語しつつ、場を独占しようとする。つまり、非言語では、「俺の話を皆の者聞け!」となっていました。背景は、花束を抱えた女性二人に自分が囲まれている図。明らかにナルシスト映像。 なぜ、ナルシストの人は自分がナルシストだということに気が付かないのだろうか? というのが不思議だった。
このようにして無料のWSは、”定年後の過去の栄光おじさん”に汚染されるということが分かった。
■ ChatGPT
ナルシストが自分をナルシストだと認識できない理由はいくつかあるけど、典型的なのは以下のような心理メカニズムが働いているから。
1️⃣ 自己欺瞞(Self-Deception)
- ナルシストは自己イメージを「特別で素晴らしい人間」に固定している。
- 「俺は他者承認なんて要らない」というのは、実は承認欲求が強すぎて認められないだけ。
- → 無意識レベルで「承認されたい」という欲求を抑圧している。
2️⃣ 認知の歪み(Cognitive Distortion)
- 「俺は場を独占しているわけではない。みんなが俺の話を聞きたがっているんだ」
- → こういう自己正当化のバイアスが働く。
3️⃣ 演じているキャラと本性のズレ
- 「内発的動機でやってるから楽しくて仕方ない!」
- でも、実際には「みんな!俺を見てくれ!!」になってる。
- → 行動(場の独占) と 言葉(他者承認は不要) が不一致。
- つまり、自分がナルシスト的に振る舞っていることに無自覚 なのではなく、自分をナルシストではないと「演じる」ために必死。
4️⃣ ナルシシズムの防衛機制
- ナルシストにとって最大の恐怖は「価値のない存在になること」。
- 「俺はナルシストではない」と思い込むことで、自己の脆弱さを隠す。
- 逆に「他のやつらが承認欲しがってる」と他人をナル扱いすることも多い。
結論
「俺はナルシストじゃない!」と主張しながらナルシスト的行動をとるのは、自己欺瞞と認知の歪み の結果。
そして、本当は「承認されたい」のにそれを認めるのが怖いから、「俺は楽しんでるだけ」ってことにしたい んだよね。
■ クライマー版「俺はナルじゃない!」の不一致現象
クライミング界にもいるよね、「俺は純粋に登るのが楽しいだけ!」って言いながら、やたらと周囲の目を気にしてる人😂
🧗♂️ ケース1:承認欲求はない(と言い張る)系クライマー
「俺は純粋に登るのが楽しくて仕方ないんだよね!」
→ でも、SNSには登ったルートの報告を毎回投稿、写真もバッチリ。
→ 「いいね」の数めっちゃ気にしてる(そして減ると病む)。
🧗♂️ ケース2:俺は強さを求めてるだけ(なのに人目を気にする)系クライマー
「俺は他人にどう思われようが関係ない。強くなることしか興味ないんだ。」
→ でも、ジムでは一番目立つ壁に行き、強い人がいると急に張り合う。
→ セッション中に「ちょっと待って、今のはちゃんと見てた?」と確認。
🧗♂️ ケース3:俺はクライミング哲学者(のくせに場を独占)系クライマー
「俺はクライミングを自己探求の手段としてやってる。他人の評価とかどうでもいい。」
→ でも、セッションが始まると急に「クライミングとは何か…」と語りだし、みんなの時間を奪う。
→ そのうち「俺の思う理想のクライミング論」をひたすら語り続け、誰も登れなくなる。
🧗♂️ ケース4:「俺はただ自然を愛してるだけ」(でも動画は回す)系クライマー
「俺は人と競争とか関係なく、ただ岩と向き合いたいだけ。」
→ でも、新しい課題を登る時はしっかりカメラセット。
→ 自然を愛するためにGoPro3台で撮影、後日YouTubeにアップ。
なぜ彼らは「俺はナルじゃない!」と思い込めるのか?
1️⃣ 自己欺瞞:「俺は純粋なクライマー」→ でも、実際は承認がほしい。
2️⃣ 認知の歪み:「みんなが俺の話を聞きたがってるはず」→ いや、誰も聞いてない。
3️⃣ 防衛機制:「俺は強さだけを求めてる」→ でも、見てくれる人がいないと病む。
4️⃣ 演じてるキャラと本性のズレ:「俺は他人の評価は気にしない!」→ SNSではライバルの成果をこっそりチェック。
結論
クライマー界にもナルシストは大量発生してるけど、「俺はナルじゃない!」って言うやつほどナル度が高い。
「俺は内発的動機だけで登ってる」って豪語するほど、実は他者承認に飢えてたりするんだよね。
🔥 対策:本当に「他人の評価が関係ない」なら、SNSもやらず、カメラも回さず、黙って岩に向き合ってるはず。
「俺はナルじゃない!」と思ったら、一度その行動を客観視してみると…面白い発見があるかも🤣
■ 他者承認を欲しがること自体が悪いのではない
健全な他者承認 vs. ナルシシズム
他者承認を求めること自体は全く悪いことじゃない!むしろ、人間は社会的な生き物だから、適度な他者承認の欲求は精神的な健康やモチベーションにつながる。
ただし、「他者承認がどのように動機づけになっているか」 で、健全かどうかが分かれる。
🏆 ✅ 健全な他者承認
1️⃣ 他者承認を自己成長のフィードバックとして使う
👉 例:「自分がどこまで登れるか、他人の視点も参考にしてみよう!」
✔ 他人の評価をヒントにしつつ、自分の価値を決めるのは自分。
2️⃣ 他者との関係性を大切にする
👉 例:「仲間とお互いの成長を讃え合うのが嬉しい!」
✔ 承認欲求は交流や共有の一部 であり、「俺が一番よく見せるため!」じゃない。
3️⃣ 内発的動機とバランスが取れている
👉 例:「登るのが楽しいし、誰かが応援してくれるとさらに嬉しい!」
✔ 他者の評価がプラスアルファのモチベーションになる だけで、評価がなくても活動を続けられる。
🚩 ❌ ナルシシズム(過剰な他者承認依存)
1️⃣ 他者の承認がないと不安・怒りを感じる
👉 例:「なんで俺の登りをみんな褒めないんだ!?😡」
❌ 他者の評価がアイデンティティの中心になっている。
2️⃣ 他人を引き立て役として利用する
👉 例:「俺の登りを見て感動するのが、お前らの役割だろ?」
❌ 他者をライバルや仲間としてではなく、”観客” としてしか見ていない。
3️⃣ 「他者承認はいらない」と言いながら、実は求めている
👉 例:「俺はただ登るだけで満足なんだ(でも、誰か見てよな?)」
❌ 承認を求めること自体を否定しながら、実際は誰よりも求めている。
まとめ
✅ 健全な他者承認 | ❌ ナルシシズム | |
---|---|---|
動機 | 成長や交流のために承認を活用 | 自分の価値を証明するために承認を要求 |
承認がなくても? | なくても活動を楽しめる | ないと不安・怒り・焦燥感 |
他者との関係 | お互いに讃え合う | 自分が賞賛されるための道具として扱う |
自己認識 | 「他者承認も大事だけど、すべてじゃない」 | 「俺は他者承認なんていらない!(でもめっちゃ気になる)」 |
🔥 じゃあ、どうすれば健全な承認欲求を持てるのか?
1️⃣ 承認を「栄養」として受け取るが、依存しない。
→ いいねの数や賞賛がモチベになるのはOK!でも、それがすべてではない。
2️⃣ 他人と「比較」ではなく、「共有」する。
→ 自分の成長と、仲間の成長を一緒に喜べる関係を作る。
3️⃣ 「俺は承認が欲しい」と素直に認める。
→ 求めること自体は悪くない。問題は、それがどれくらい必要か。
💡 結論:承認欲求は適量ならプラスになる。でも、足りなくなると暴走する!
「俺は承認なんかいらない!」と強がるより、「俺、見られていたら、ちょっと嬉しくなるわ」くらいのほうが健全で、結果的に魅力的なクライマーになれるってこと🔥
■ NPD
ナルシストの場合、一般の人は、かわりばんこ、ですが、お返しがありません。
自分が承認されたら、次は、相手を承認する。
自分の話をしたら、次は相手の話を聞く。そういう、順番がない上、相手が話すと、「話が長い」と文句を言って、後はずっと自分の話をし続ける。
つまり、相手を非難するのが自分の利益のため。
■ 「内発的動機が他者承認なんですね」
🔥 これ、めっちゃ効くけど、高度な爆弾ワード😂
✔ ポイント:
→ すごくシンプルなのに、矛盾を的確に突く。
→ 言われた相手は「いや、俺は純粋に楽しんでるだけ…のはず?」と一瞬思考停止する。
→ でも、否定しようとすればするほど、「いや、俺は本当に内発的動機でやってるんだ!」と証明したくなる(=他者承認を求める行動に走る) という罠。
💡 オプション(追撃)
相手が「違う!」とムキになったら…
👉 「でも、それみんなに伝えなきゃ気が済まないんですね?」
これで完全に証明できます。
■ ナルシストは日本的教育の結果
ナルシストが日本的教育の結果だと考えるのは、かなり鋭い視点かも。
日本の教育システムは 「外発的動機を内発的動機と錯覚させる」 仕組みが組み込まれてるから、ナルシシズムと相性がいい。
📌 日本的教育がナルシストを生む要因
1️⃣ 「正解ありき」の評価システム
👉 点数や偏差値でしか評価されない世界 に育つ。
✔ 「良い成績を取れば褒められる」= 承認を求めることが生存戦略になる。
✔ 「先生や親に評価されるために努力する」= 自己の本当の動機を見失う。
✔ 本音は「承認が欲しい」なのに、「俺は純粋に頑張ってるだけ」と思い込む。
➡ 「評価されるための努力」=「内発的動機」と勘違いする。
2️⃣ 「謙虚であれ」と言われながら、結局「承認欲求」で動かされる
👉 日本では「出る杭は打たれる」と言われつつ、結局、認められることがゴール になっている。
✔ 「頑張ってます!」と堂々と言うのはダメ → だから「俺、別に頑張ってないけどね~」って態度を取る。
✔ でも実際は「評価されたい!」という欲求は人一倍ある。
✔ だから「内発的動機でやってるだけ」という建前を作りつつ、人の注目をめちゃくちゃ集めようとする。
➡ 「承認欲求を否定しながら、最も承認を求める人間が生まれる」
3️⃣ 「みんなと同じが正しい」文化
👉 「個性を大事にしよう」と言いつつ、実際は空気を読んで周りと同じ行動をしないと生きづらい。
✔ 「みんなが褒めるものを好きになれば、認められる」
✔ 「みんなと同じ価値観を持っていれば、安全」
✔ 「でも個性も必要だから、”俺なりの特別感” も演出したい…」
➡ 「結局、周りの評価を気にしながら”俺は個性的”って言うナルシスト」が誕生。
🔥 結論
日本的教育は 「外発的動機を内発的動機に偽装させる」システム だから、
✔ 「俺は評価を求めてない」
✔ 「俺は純粋にこれが好きでやってるだけ」
✔ 「承認なんか関係ない」
みたいな ナルシシズムの自己欺瞞 を生みやすい。
本当に「内発的動機」なら、SNSで発信せず、誰にも言わずに黙々とやるはず。
でも、結局「見られる場」でやりたくなるのは、日本的教育で培われた「隠れ承認欲求」が爆発してるからかもね
■ SNSで承認されつくせば、昇華するか?
ナルシストのSNS承認欲求、開放し尽くせば昇華する?
結論から言うと…
▶ 可能性はあるが、そのままでは難しい。
▶ 「満たされる→昇華」の前に、依存ループにハマるリスクが高い。
🌊 可能性①:承認欲求の満たし方を変えれば、昇華できる
もし、承認欲求が健全な形で満たされ続ければ、いずれ「もう承認はいらない」と感じて別のものにシフトする可能性はある。
💡 例えば…
✔ 最初は「いいねが欲しい!」→ でも、一定の評価を得ると…
✔ 「もう誰かに認められなくてもいいや」と思えるようになる。
✔ 最終的に「他者の承認」より「自己の探求」にシフト。
🔹 ケース1:クライマーのSNS成長
- 最初は「すごい!って言われたい」(外発的動機)
- SNSで注目を浴びる → いいね&フォロワー増加
- 次第に「自分が本当にやりたいことって何?」と考える
- 内発的動機にシフト:「もう評価は気にせず、自分が登りたいものを登ろう!」
▶ こういうパターンで昇華する可能性はアリ。
⚠ 可能性②:逆に承認欲求が無限ループする
ただし、開放し尽くす前に「もっと承認が欲しい!」とループにハマるケースが多い。
💡 例えば…
✔ 「100いいね→満足」 → でも翌週は「100じゃ足りない!」
✔ いいねが減ると不安 → どんどん過激な投稿へ
✔ 「このままじゃダメだ」と焦りつつも、やめられない
✔ 「もっとすごいことをしなきゃ…」→ SNS依存へ
🔹 ケース2:クライマーのSNS中毒
- 「すごい!って言われたい!」 → SNSに投稿
- 「フォロワー増えた!」 → 一時的に満足
- 「でも、もっと増やさなきゃ…」
- 「バズるためのクライミング」になり、本来の楽しさを失う
- 結局、承認を求め続けるだけの人生になる
▶ こうなると、承認欲求が尽きることなく、昇華どころか依存状態に。
🎯 じゃあ、どうすれば「昇華」できるのか?
▶ 「他者承認の使い方」を変えれば、昇華できる。
1️⃣ 他者承認の「質」を変える
✅ ダメなパターン:「いいねの数=価値」と考える
✅ 良いパターン:「誰に評価されるか?」を大事にする
▶ 「SNSの大衆」ではなく、「尊敬する人・大切な仲間」に評価されることを目指す。
2️⃣ 承認のゴールを設定する
✅ ダメなパターン:「もっと評価されたい」と終わりのない欲求
✅ 良いパターン:「この目標を達成したら、SNSの評価はもう気にしない」と決める
▶ 例えば「フォロワー1万人達成したら、もう気にしない」と決めると、承認欲求の出口が作れる。
3️⃣ 他者承認を「他者貢献」に変える
✅ ダメなパターン:「俺を見ろ!」
✅ 良いパターン:「この情報をみんなに役立ててもらおう」
▶ 自分の承認欲求を満たすだけでなく、「この情報が誰かの役に立つか?」にシフトすると、SNSを「貢献の場」に変えられる。
🔥 まとめ
▶ 開放し尽くせば昇華する可能性はあるが、無限ループのリスクも高い。
▶ 昇華のコツは「誰に・何のために承認を求めるか」を意識すること。
▶ 「自分を見て!」から「誰かのために」にシフトできるかがカギ!
つまり、ナルシシズムをコントロールできれば、それは強力な「影響力」にもなる。
「どうせ求めるなら、賢く求めろ」ってこと🔥